Operation Racoon City. Scenes U.B.C.S 作:オールドタイプ
「シェリー!!」
重厚なコンクリートの壁を突き破り乱入してきたソレは、2m近い筋肉が剥き出しになったかのような毒々しい皮膚をしている。猛禽類の足爪を思わせるように反りたつ鍵爪。二つの巨大な目は爬虫類のように鋭く、白目部分は黄色に染まっている。
おおよそ、生物学上類を見ることのない生物が目の前に立っている。上半身に比べ、下半身が些か華奢であるが、通常の成人男性程の体格である。
少女を見つけた怪物は、何者にも目をくれず、真っ直ぐ少女の方へと駆け出す。
少女を担いでいる男は少女を担いだまま。片手でレミントンM870ショットガンを怪物の右肩の目に向けて発砲する。
だが、怪物は目をガードするように右手をかざしているため目に弾が命中することはない。
発達した筋肉の鎧の前にはショットガンの散弾程度では効果が薄いようである。
男の仲間達も男をカバーするため怪物を背後から攻撃するが、やはりダメージはほとんどない。怪物は怪物で後ろからの攻撃をものともせず、また見向きもせず少女に向かい続ける。
そのひた向きな姿勢は怪物の"意思"というよりは"本能的"な行動であるのではないだろうか。しかし、怪物の本能がどういったものであるかまでは解りかねない。
「くそ! 学習しているだけでなくあの時よりも固くなってやがる!」
ジリジリと後退しながら射撃を継続するが怪物は怯みすらしない。7発装填されていたシェルも切れ、スライドが解放状態でロックされる。
壁際に追い詰められた男。怪物は少女を手にいれるために邪魔な男を排除しようと右腕を振りかぶる。巨大に発達した鍵爪は当たりやすく、掠り傷一つでも重傷に成りかねない。
焦る男に隙が生じる。がっつり固定されていた少女は男の力が緩んだことに気がつくと全身を使いもがくことで、ようやく男の拘束から解放され、少女は男の足元に落ちる。
少女が自分の手から離れたことに気をとられてしまった男は、怪物の攻撃を避けるのにワンテンポ遅れてしまう。そのため、横に大きく飛び退いてしまった。
男と少女のの間に怪物が立つ。男は尻餅をつきながら後退りし、ショットガンに弾を急いで装填する。セカンダリとして拳銃を持っているが、怪物相手には意味をなさない。
「くそ! バーキンの娘が!」
女子大生を相手にしていた3人も、敵意を女子大生から怪物に移す。女子大生は3人が銃口を怪物に向けたことを確認してその場から退避し、通路の陰から怪物と、少女、謎の集団を見る。
怪物は少女の正面に立ち、見下ろしていた。今度はその爪を少女に向ける。
「逃げて!」
女子大生の叫びに少女は反応するが、目の前の怪物を前にし、恐怖で体が硬直してしまっているようだ。
「っ! こんなときに......」
少女を援護しようと拳銃を向けようとするが、右肩に痛みが走り照準が上手く出来ない。
どうやら謎の集団との攻防で肩を銃弾が掠めていたようだ。興奮状態であったため、痛みに気づいていなかったが、怪物が乱入してきたことにより一度興奮状態が冷めたらしい。
近づけられる怪物の爪。謎の集団も少女を失うわけにはいかないと、怪物に攻撃を浴びせ続けるが、結果は変わらない。
恐怖に怯える少女の目の前、丁度鼻先に爪が当たる。少女は自然と怪物の顔を......胴体に埋まった顔を目にする。
「パ......パ......?」
無意識に少女から声が出た。目の前に立つ怪物を父親と呼ぶ。胴体に埋まった顔は酷く腫れ上がっているため判別が難しい。
それを裏付けるかのように、怪物の動きは男の時とは比べものにならないほど緩慢であった。そこに害意はなくむしろ、穏やかさが見てとれた。
それは、子を思う親の、子に優しく触れようとする親の心の現れのようであった。
気のせいか、怪物の表情もどこか安らぎのようなものがある。
だが、それもほんのいとっときのことであった。穏やかな態度から一変。怪物は苦しみ出す。
「......!!」
うめき声を上げよがり狂う怪物。両手で頭を抱え、自分の中の"ナニか"と戦っているように感じる。
「に......げろ......シェ......リー......」
蚊の羽音のような小さな警告。他の誰にも聞こえてはいないが少女だけには聞こえていた。少女の耳は確実にそう聞き取っていた。
どうやら怪物は本当に少女の父親なのかもしれない。しかし、少女には父親がなぜこのような姿になってしまったのかはわからない。
一歩、二歩と少女から下がった怪物。苦しみが収まると、また少女に近づく。その姿、その表情には先程までの"父親らしさ"はどこにもない。
怪物が少女を掴み上げる。何かを確認するように少女の体を舐め回すように見ている。まるで"品定め"だ。
一通り確認して満足したのか、怪物はそのまま何処かへと立ち去ろうとする。逃がすまいと謎の集団が後を追おうとするが、彼らの接近を許さんと、警察署の壁に爪を差し込み、彼らに向かって腕を振る。
警察署の壁が崩れ、瓦礫のボールのような塊が彼らに向かっていく。1m程の塊、当たればただでは済まないであろう。
その場に伏せる、飛び退く、体を反らす、それぞれ思うように瓦礫を回避。幸いにもこの攻撃で負傷者は出なかったが、これでは思うように近づくことができないであろう。
彼らは少女を傷つけることなく取り戻したい。よって銃を使うことは出来ない。無闇に発砲し、少女に当たってしまってはどうしようもない。だからといって怪物と肉弾戦をするのも困難。
女子大生は女子大生で、レベルの違う攻防戦に指を加えて見ているしかない。女子大生は現時点ではただの一般人。家庭の事情から戦闘訓練は受けていても、初心者に毛が生えた程度でしかない。
女子大生と謎の集団。両方とも少女が目的だが、彼らだけではどうすることもできなかった。そう"彼ら"だけでは。
少女を取り戻す算段を考える彼らの間を一人の男性が駆け抜けていく。金髪に『RPD』のロゴが入ったベストを着た男性の右手にはナイフが握られている。
再度接近する障害に対して怪物が反撃に出るが、男性は怪物の攻撃をギリギリで避けると、ジャンプし、警察署の壁を蹴り、怪物の頭上に飛び上がり怪物に背後から張り付き、右肩の目にナイフを深々と突き刺す。
弱点に予想外な攻撃を受けた怪物は悲鳴を上げる。
ダメージに仰け反る怪物が少女を落とす。落下する少女を先ほどの警官が受け止める。
「"レオン"!」
「"クレア"! 目を瞑れ!」
"レオン"と呼ばれた警官が女子大生、"クレア"に指示を出す。警官の手には閃光手榴弾が握られており、そのピンが今抜かれた。
フラッシュバンは謎の集団達の足元に転がる。警官は少女の目を両手で塞ぎ、自身もフラッシュバンから顔を反らす。
足元に転がってから1秒もしないうちにフラッシュバンが破裂。一瞬の強烈な光と音が、フラッシュバンを受けた者の平衡感覚を鈍らせる。
警官は少女を抱き抱え、女子大生が隠れているところまで走り出す。
全てが一瞬の出来ごとだった。颯爽と現れた警官が事態を何の不具合もなく収拾してしまった。
「大丈夫かクレア?」
肩を押さえる女子大生に警官が包帯を手渡す。手渡された包帯を受け取った女子大生は、慣れた手つきで傷を手当てする。
「よく来てくれたわレオン」
「それよりあれは何なんだ?」
改めて怪物を確認する警官。目の前で苦しむ怪物は女子大生と警官がこれまでに遭遇してきたどの化け物よりも化け物であった。
「分からないわ。突然現れてこの子を狙っていたの。あの連中も」
怪物と謎の集団。3人にとってそれらは得体の知れないモノ達。詳しい事情は不明だが、警官は何をするべきなのかを一瞬で判断した。
「クレア、その子を連れてこの場を離れろ。ここは俺に任せろ」
「わかったわ。......気をつけて」
少女の手を掴み立ち去る女子大生。連れられていく中少女は、怪物の方を振り向く。幼いながらも複雑な心情を抱かずにはいれない少女。
ホルスターから拳銃を抜き2人の前に立つ警官。怪物は目に刺さっていたナイフを抜き取り、少女を奪われたことに怒りが心頭を。殺気に満ちた表情を警官に向けている。
謎の集団もフラッシュバンの効果が無くなったことにより平衡感覚を取り戻す。そして怪物と警官。両者を一瞥する。
「くそっ! ガキが連中のところに! どうするんだ?」
「......一先ず退却だ。当初の目的は達した。ここで無理に消耗する必要はない。バーキンの相手は奴にしてもらうさ。"ベルトウェイ"、"フォーアイズ"、"バーサ"、"スペクター"、"ベクター"行くぞ」
謎の集団は引き際を見極め、スモークグレネードを2個程投げ捨て、煙が充満している間にその場から速やかに離脱。
残ったのは怪物と警官。怪物は逃げていった彼らに興味を向けず、警官だけを睨んでいる。
「こい!」
警官が声を上げたと同時に怪物がそれまで以上の速度で、警官に向かって走り出す。
◆◆◆
September,27days.
26日作戦開始日にU.B.C.Sが確保した市庁舎周辺は現在は放棄され、市民の回収ポイントとしての機能も事実上放棄されることとなった。
あの日以来分隊員からの通信連絡はない。各々バラバラに逃げることとなったが、結局ここに戻ってくることになった。
土地勘もないまま変に逃げ回るより、ある程度撒いてから元の場所に戻るのが得策......他の連中もそうであって欲しかったが、そうはいかなかったようだ。
「よし、出てこい」
民家と民家の陰から手信号を送り、後ろにいる"女子大生"を側に来させる。
逃げる途中で見つけた生存者。地元の大学に通う生徒らしく、友達や家族と一緒だったらしいが、俺が見つけた時にはもう一人だった。
見つけた時は俺を見るや、泣き叫びながら拒絶してきた。ゾンビと見間違えたらしく、友達や家族を失ったことによる悲しみと憎しみからそうしたようだ。
必死に宥め、味方で救出に来たことを何度も説明して、今は大分落ち付いている。ただ、トラウマ、ショックから失語症に陥ったらしく、言葉を話せない。
ことばは交わせなくても、ジェスチャーや表情からなんとか意思疏通ができるだけ、ゾンビと共よりはましだ。
「今から市庁舎に突入する。今まで同様俺の後をついてくるんだ。途中もし俺に何かあっても迷わず逃げろ」
市庁舎に突入する前に女子大生に改めてプランを説明する。プランといっても俺一人な上に、いつも通りの俺が斥候をするだかだがな。
説明をする中で女子大生の目がうるうるとしだし、表情の雲行きが悪くなり、俺にしがみつく。
これもショックの後遺症なのか、俺に対して異様なまでに執着を持つようになった、俺が危険を犯すことが分かるとこうしてしがみついて行かせてくれない。
「悪かった悪かった。俺は大丈夫。何処にも行ったりしない。君を一人にはしない」
彼女の目を見て語りかける。
青く澄んだ瞳は美しく、波風立たない水面のようだ。その水面は今嵐でざわめいている。嵐が止むのを待たなければならない。
数秒間無言で目を見続けると、彼女は落ち着きを取り戻し、表情も明るくなる。
「じゃあ、行くぞ」
自然に綻ぶ彼女に合わせて俺も微笑む。そして市庁舎方向に向き、銃を構え前進する。なるべく足音を立てず静かに迅速に。
夜ということもあり、周囲が見えずらいが、市庁舎に降りた際に大体の地形は把握した。近づくのはさほど困難ではない。
俺の後を彼女が同じようについてくる。通りを横切り、市庁舎の入り口に張り付いた。
呼吸を整え市庁舎の非常口を開け、中に突入する。正面ロビーは夥しい数のゾンビで埋め尽くされているため、非常口、裏口を使わなければならない。
「......クリア」
突入と同時に室内の確認をする。照準をしながら上下左右を。化け物共の中には天井に張り付いていたりするやつらもいるから油断はできない。
彼女を落ち着かせたのはいいが、今度は俺が緊張で落ち着けない。セーフティーエリアだったここが瞬く間にデンジャラスエリアに変わってしまった。
どこから現れたのかは分からなかった。気づいたら侵入を許していた。
ふと、視線を下ろすと、強張る俺の表情を見た彼女がまた不安そうに俺を見ていた。
俺がビビってどうする。俺が確りしなくちゃいけない。部隊が壊滅した今、誰も助けてはくれない。生存者の希望でなくてはならない。
今思えば俺は必要以上に肩に力が入ってたのかもしれない。使命感に駆られ、周りが良く見えて無かったのかもしれない。
「先に進もう」
救助ヘリが来るまでまだ時間はあった。出入り口は一番危険な場所。時間が来るまでここよりも安全な場所を求め俺達は前に進んだ。
途中何度か蜘蛛やゾンビ、四つん這いの気味の悪い化け物とも戦った。彼女を守りながら。
勝つ度に俺は彼女に笑顔を送った。彼女も笑顔を返してくれた。それを何度か繰り返している内に俺達は化け物共が全くいない部屋にたどり着いた。そこで時間まで過ごすことにした。
「俺がずっと守ってやるよ」
室内の壁にもたれ掛かる俺の左肩に頭を乗せる彼女。そんな彼女に対してそう言った。その時は彼女の顔を見ていなかったから彼女がどんな表情をしていたのかはわからない。
こんな告白紛いなことを俺なんかから言われて戸惑わないわけがない。
目付きも悪く、強面でお世辞にも容姿が良いとは言えない。
変に拒絶されるのが怖かったから顔を見なかった。一番の理由は恥ずかしかったからだ。自分の容姿なんて嫌と言うほど目にしてきた。それを理由に断られてもなんとも思わない。
ただ、こんな俺が生まれて初めて告白したという事実が後になって盛大な羞恥となった。同じ部隊の奴等がいたら大笑いされていただろうな。
彼女にいつから惚れたのかはわからない。気がついたらそうなっていた。
けど、彼女は俺の肩に頭を乗せたままでいてくれた。言葉を失っている彼女の心情はわからない。距離を置かないということは受け入れてくれたという現れかもしれないし、ただ単に彼女に聞こえていなかっただけかもしれない。
自分本意で物事を進めてしまって、取り返しのつかないことにさせてしまったこともあるため、ある程度時間が経つと俺はそのことを考えなくなった。
ジャパンの言葉で褌を閉め直すという言葉がある。その続きは脱出したあとにして、今は脱出までこの命を守ることだけに専念することにした。
ヘリまでの時間は1時間を切っていた。
あと1時間で全てが終わる。そう思っていた。彼女が異常に咳き込んでいることの理由を知るまで。