Operation Racoon City. Scenes U.B.C.S   作:オールドタイプ

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Mission report02 PM18:00i

 

 投入から既に2時間が経とうとしている。スーパー内のゾンビを駆逐した私と小隊は貪るようにしてスーパー内の食品を漁っていた。

 人が人を食い殺すような猟奇的な光景を目の当たりにしていながらも、軍人としての気質なのか食への意欲が削がれることがなかった。

 現実離れしている事態に瀕して、通常の戦闘行為よりを遥かに凌駕する精神的ストレス並びにエネルギー消費。カロリーを補給し戦闘行為を継続させるためにもエネルギーの確保は最優先された。

 

 私はレンジャー部隊出身が功をなしているからなのか、精神的には他の同僚よりも安定していると自覚している。

 

 限られた食料と水、重い装備を背負いながら地図とコンパスを頼りに険しいジャングルや山道を進んでいくレンジャー教育も地獄だった。

 しかし、ここはそこよりも更に地獄だ。ある意味では狂えればどれだけ楽なことか。ここに来るまでに何名かの生存者だったとおぼしき死体を発見した。

 噛まれた痕や体が食いちぎられたような痕跡がなく、何かの鈍器で撲殺されたような痕が至るところにあった。

 再び蘇らないように処置をして死体の検索を行った。死体の女性の格好はジーパンにTシャツと非常に軽装な格好であり、所持品も見られなかった。

 

 正確に言えば所持品は持っていたが、私達が見つけたときには持っていなかったと言える。

 

 火事場泥棒。

 

 有事の際、暴徒と化した民衆が働く代表的な行動。秩序が崩壊していく中で尤も厄介な相手。此方の話に耳を傾けることなく野蛮に向かってくる。始末に負えない。

 通りで見掛けた女性の遺体は、そんな連中の中でも更に質が悪い集団の毒牙にあったのであろう。

 動く死体の相手も生理的嫌悪感を抱かずにはいられないが、生きている"人間"よりかはましなのかもしれない。

 

 生きている人間が一番怖い。そんな言葉をよく耳にする。なまじ知能が高いが故に、追い込まれた猿以上に何をしでかすか分からない。

 

 火事場の馬鹿力により思わぬ力を発揮する。

 

 私達は動く死体だけでなく、この先は生きている人間にも脅威を感じなければならない。

 

 通りで教われた女性から相手はこの近辺に潜伏しているに違いない。その上で獲物を見定め、テリトリーに侵入したところで襲う。

 辛うじて女性だと判別出来る程の体の欠損状態からも、集団であることが伺え、それだけ派手にしているにも関わらず周辺には凶器等も見られず、死後そこまで時間も経ってはいなかった。

 

「よし、引き上げるぞ」

 

 あらかた食糧を手に入れた私の隊は、安全な場所を目指し、再び死者の行き交う街の中を進まなければならない。

 元々安全と見定めていた場所も、ゾンビ共が雪崩のように押し掛けてきたことで、安全ではなくなってしまった。退却の際の戦闘で仲間を一人失った。

 

「おっと、そうはいかないぜ」

 

 この街に降り立ってからもそうだが、私達にとっては日常的に聞き慣れた空を裂く発火音。死臭が立ち込める街の中であってもその臭いは容易にかぎ分けることが出来る。

 隊長の足元、アスファルトに火花が弾け飛ぶ。跳弾する銃弾。

 銃声の方向に対して私達は一斉に銃を構える。

 

「兵隊さん達よお、誰の許可を貰って食料を漁ってんだ?」

 

 銃口の先にはTシャツにジーンズといったラフな服装をした、年若い6名程の青年達が、スーパーの反対側のアパート前から拳銃を構えて立っていた。

 短く刈り揃えられた短髪の白人の青年。両腕に彫られた天使と悪魔の刺青が印象的だ。

 恐らくこの集団のリーダーなのだろう。地元の青年グループといったところだろう。

 

「こんな非常時に縄張りなど気にしているのか?」

「質問をしているのはこっちだ」

 

 構えている拳銃を突き出す青年グループ。

 

 構え方を見て素人なのはよくわかる。一体何処で拳銃など手に入れたのか。

 普段扱わない強力な武器を手にしたことで、増長しているのだろう。

 

「我々はU.B.C.S。アンブレ社のバイオハザード対策部隊だ。市民救出の為に街にやって来た。食料は生存者や我々の為に必要なもの。許可など取っている場合ではない」

 

 相手がチンピラだろうと私達は気を抜かない。銃を所持しているのもそうだが、この街ではどんな些細なことだろうと、一辺たりとも気を抜けないからだ。相手が人間だろうがバケモノだろうが変わらない。

 

「おいおい、みんな聞いたかよ。俺達を助けに来たってよ」

「マッポですら怖じ気付いて逃げ出すのにご苦労なこった」

 

 何が可笑しいのか。ゲラゲラと笑い出す青年グループ。

 

 状況がわかっていないのか?

 

「君達も立派な生存者だ。我々が争う理由は何処にもない。大人しく銃を下ろしてくれ」

「状況が分かってないみたいだなオッサン」

 

 青年が右腕を上げた瞬間に、アパートやビルといった建物から複数の銃が私達に向けられる。

 

 油断していたわけではない。ここは青年達のテリトリー。ずっと気配を消して此方を伺っていたのだろう。

 

「こういうこった。大人しく銃を下ろすのはどうやらそっちの方だな」

 

 隊長が私達にアイコンタクトを送り、言う通りに銃を下ろせとの合図を出してくる。

 人数も武器の数も此方が不利。仮に戦うとしてもここは身を隠すような遮蔽物や場所が何処にもない。後方のスーパーに隠れたとしても袋小路。

 スーパーの裏口から逃げるのも手段としてはあるが、複数の相手に背中を向けるのは得策ではない。援護しながらでも無理がある。その間に撃たれないとも限らない。

 

 大人しく銃を下ろし地面に置く私達。両手も上げる。

 

「よし、銃を回収しろ」

 

 拳銃を構えながら私達に近づくチンピラ達。目は大きく見開かれ額には皺が寄ってる。

 ずっと私達の方を見ながら、足元に置かれた銃を取り上げていく。呼吸も若干荒く、緊張しているのが伝わってくる。

 

「俺達のアジトに案内してやるぜ。歩きな」

 

 グループの内の2人が私達の後方、少し離れた位置に立つ。

 拳銃と小銃は青年達に取り上げられた。ナイフが胸のポーチに納められているが、それだけで反抗する気はおきない。一先ずチャンスが来るまで言いなりになるしかないのだ。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

「ようこそ、俺達のマイホームへ」

 

 連れてこられたのは、スーパーから大分離れた町外れにある寂れた工場。幾つもの車や溶接機、整備道具といった物が置いてあることから中古車の修理や改造等を手掛けているのだろう。

 

「この工場の持ち主は?」

「親父が経営してんだ。今は俺の所有物だけどな」

 

 整備道具が乱雑に置かれているテーブルに銃を置き、パイプ椅子に腰掛ける青年。

 

「何故俺達をここに連れてきた?」

 

 私達の所持品が目的ならば奪う物だけ奪って逃げればよかったはず。けど、彼らはそうしなかった。

 

「あんたら軍人なんだろ? なら脱出ようのヘリか何かがあるだろ? それの場所を聞きたくてな」

 

 脱出が目的か。ならばこんなことをせずに素直に私達と共に行動すれば良いものを。

 

「我々の目的は一致している。こんなことをする必要がどこにある」

 

 今の私達は両手に手錠を掛けられ、残ったナイフも取り上げられてしまっている。両手を塞がれ武器も何もない完全な丸腰。

 

「脱出するのは俺達だけで十分だ」

「何をバカなことを」

「あんたらにはその為の道案内をしてもらう。最悪な場合、あんた達を囮にすれば俺達は助かるしな」

 

 ここに置いていかれるのならば、此処等にある物で手錠を外すといったことが出来るが、連れられて移動となると下手な動きは見せられない。

 

「諸々の準備があるから少しだけ待ってな」

 

 銃を取り工場の奥へと歩いていく青年。私達の頭部に突き付けられている銃はそのままだ。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

「待たせたな」

 

 工場の中心に続々と集まってくる青年の仲間達。私達を襲撃した時よりも多いな。20人前後のグループをまとめ上げるこの青年の力量なのか、生き残れるだけのサバイバル能力は十分評価できる。

 街の惨劇は私達が投入される前から起きていた。既に街の機能はダウン。生存者も決して多くはない。それでも彼等は生き残っている。私達に協力的ならば頼もしい限りなのに。

 

「カーク! ヤバイぜ! 化け物共が集まってきてやがる!」

 

 

 工場の二階窓際で外の警戒をしている青年の一人がそう叫んだ。

 カークと呼ばれたリーダーの青年とその仲間達が、ガラス窓から外の様子を伺う。

 私達も青年達の後ろから外を覗く。覗いた先にあったのは無数の化け物達がヨタヨタと歩きながら此方に向かってくる景色だった。

 何処からやってきたのか。何故ここに真っ直ぐに迫ってくるのか。

 連れてこられる前の銃声に誘き寄せられたのか? それとも私達が一ヶ所にここに集まっているのを察知したからなのか? どちらにせよピンチなのは変わらない。

 

「ダメだ! 囲まれている!」

 

 反対側の窓から警戒している青年の声が震えている。どうやら工場は連中によって囲まれてしまっているようだ。

 

「車は使えないのか!?」

「修理用のパーツが足らなくて、まだ動かないんだよ!」

 

 どんどんと近づく化け物の群れ。ここで防衛戦を展開すれば殲滅出来ないこともないかもしれないが、弾薬は限られている。この先連中の襲撃に合わないとも言い切れない。補給が望めない状況で無闇矢鱈に弾をばらまく訳にもいかない。

 だが、車は使えない。走って逃げ切るには数が多すぎる。戦闘は免れない。

 

「冗談じゃないぜ、こんなところで喰われてたまるか!」

 

 青年カークの拳銃が火を噴く。それを合図に青年達は一斉に発砲。

 一人、また一人と化け物共は倒れていくが、一向に数が減る気配がしない。

 青年達が撃つ弾に比べて倒れる化け物の数が釣り合っていない。化け物共の弱点、頭部への着弾が少ないからだ。

 私達も戦闘により、化け物共が頭部に弾を受ければ倒れることには気づいた。しかしながら、近距離でもない相手に正確に頭部を撃ち抜くには、一定の技量がなければ難しい。恐怖で体が萎縮していれば尚更のこと。

 

「ちくしょう! どんどん来やがる!」

 

 減らない数。寧ろ増えていっているようにも思える化け物共に青年達の顔がみるみると青ざめていく。

 

 かなり派手に、窓ガラスが割れる音が随所から上がる。

 

 工場の奥、南側の方から窓が割れる音と扉が壊される音が同時に鳴り響いた。

 銃声と恐怖で神経が敏感になっている私達の耳にそれはよく届いた。出来ることなら届いて欲しくはなかった。恐怖を更に扇ぐだけだからだ。

 

「侵入されたか......」

 

 距離が縮まるにつれて青年達と私達は窓から徐々に離れ、工場の中心で輪を描くように、それぞれがそれぞれの方向に銃を向けるようにして集まる。二階にいる青年達は二階からまだ射撃を続けている。

 

「俺達の手錠を外せ」

 

 このままでは全員お陀仏。青年達に最早手に終える数ではない。

 

「ふざけんな、誰が外すものか」

 

 こんな状況でも意地を張る青年カーク。手錠を外して主導権が私達に移ることを恐れている。 危機が差し迫る中で私達はそんなことは考えていない。今をどう切り抜けるかしか考えていない。

 

「このままではここで全員死ぬぞ! 嫌なら早く手錠を外せ!」

 

 化け物共が本格的に工場に侵入した。二階にいる青年達も逃げようとするが、それよりも早く階段を昇る化け物共に捕まれ、悲鳴を上げる間もなくその場で捕食されてしまう。

 

「早く外せ!」

 

 仲間が惨殺されるのは目の当たりにし、隊長の気迫に負けた青年は手錠の鍵を取りだし私達の手錠を外していく。

 

「銃も返せ!」

 

 青年達から取り上げられた銃を取り返し、私達は化け物共に銃を指向する。

 

「お前達も協力しろ。協力なければここを切り抜けるのは不可能だ」

 

 民間人との共闘。救助対象である民間の手を借りるのはやむを得ない。それは今回だけではなく、脱出までに何度もあるだろう。

 

 濁った白目、傷だらけのボロボロ体で両手を突き出しながら、呻き声を上げ迫る死体。腐臭と死臭が青年達やU.B.C.S.のメンバー達に不快感を催させる。

 

 彼等にとって第一の正念場。彼等は無事に切り抜けられるのか。


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