Operation Racoon City. Scenes U.B.C.S 作:オールドタイプ
地べたを這いずり回る羽虫。弱々しいながらも健気に視界の片隅で飛び回る、走り回る光景に気を取られることは度々あるであろう。
普段なら気にも止めないそれに、ふとした時煩わしく、鬱陶しくなることもまた度々あるであろう。
補食するモノは補食されるモノのことを気に病んだりもしなければ、記憶に留めることもない。食欲を満たすためだけの存在に何を抱けというのか。
生物は自らがそちら側に立たされて初めて気づく。「自分と言う存在の脆さ、小さ」を。
血肉を求めるだけの彼らと、殺戮するためだけのモノ達。
大の大人が。屈強な兵士、統率された警官、体力自慢の若者。誰もが淵に立ってようやく気づくことができた。
愚かだった。自惚れていた。自分の力など脆弱極まりないものだった。
どことも言えない街の一角で彼は倒れていた。意識は鮮明、今自分が「何をされているのか」さえ冷静に、客観的に見ることができる。
「何かを千切る音」「何かが滴る音」今まで聞いてきたどんな音よりも脳に刻み込まれる。むしろそれしか耳に入ってこない。
例え静寂であろうがもっと聞こえてくるものがあってもおかしくはない。だが何も聞こえない。
仰向けになっている自分。視界に映るのは、切れかれた電灯、ただの鉄屑となったビル群。それと自分を見下すようにして昇っている月だけ。
そんな自分と月を遮るように「それ」が視界に入った。
赤い液体は水水しく、乾ききっておらずそれを濡らしている。塊であるそれを掴みあげる醜いモノが塊にかぶり付いた。
一口では食べきれないのか、何度も噛み千切っては飲み込み、噛み千切っては飲み込みを繰り返す。赤い液体とは別に、噛み千切られた塊から何かが零れ落ちる。
泥のような滑り気で茶褐色のそれを見て、醜いモノがかぶり付いているのが「自分の腸」であると気づく。下を見ると確かに自分の下腹部から伸びきっているものがある。
少しづつ手繰るようにして引っ張り出している。よく見れば腸以外にも自分の臓器が引き摺り出されているのがわかる。空洞のように大きく空いた穴。自分の足元で集団で群がる奴ら。
改めて自分が「食われている」ことを実感する。しかし、不自然なことに痛みはない。ただ不快感があるだけ。音の正体は自分を食する音なのであると同時に理解した。
目線を足元から再び正面に戻した。
相も変わらず月はきらびやかに光っていた。
こうして月に見下されるのは何度目だろうか。スラム街の道端で夜な夜な空を見上げていた若かりし日が懐かしい。
自我を持つ頃には道端に転がっていた。身寄りの無いガキが悪事に手を染めては何度ボコられただろうか。その都度世界を恨んでは羨んだ。何故自分なのだろうか。何故中心街で歩く親子が自分ではないのだろうか。
毎日のように感傷に浸っていた。その日の仕事が上手くいっても、上手くいかなくてもだ。
気がつけばヤマが大きくなり、扱うモノも多くなった。15を越える頃には人も普通に殺していた。少しヤバくなって生まれ故郷を出た。良い思いでも何もなかったから後悔もしてない。
たまたま紛争地域で傭兵をしてた時だ。一方の国での活躍がたまたま崇められてちょっとした英雄になった。人々から称賛を受けたことがない自分が初めて受けた人の温もりだった。
しかし、傭兵は正規軍でない。傭兵の戦闘行為はれっきとした犯罪行為。直ぐにぶちこまれた。その時も月が昇っていた。何かあるたび常に月がそこにあった。太陽を目にした時の方が少ない。どこにでもまとわりつく。日の光を拝ませてはくれない。
結局最後の最後まで「太陽」には手が届かなかった。自分には暗い陰の世界の住人のままだった。
自分の隊は壊滅。近場で同じように転がっているのが自分の隊の人間。こんな街の外れでは、生き残っている他の隊の人間も助けにはこれまい。
もう自分の力で自分を終わらせることさえ叶わない。
銃を握っていた左手が引きちぎられている。驚異的な腕力だ。いとも簡単に人間の腕を......バリケードや障害物を容易に突破してくるわけだ。
もう、このまま頭のてっぺんから足の先まで食われるのを待つしかない。早いところ終わらせてくれとしか思うことがない。
夜は早く寝るに限る。夜が明けて目を覚ませば朝がくる。「太陽」はそこにある。だからもう「寝る」ことにした。俺でも寝て、目を覚ませば「太陽」を拝められるだろう。
そうさ。俺の「悪夢、夜」はここで終わるんだ。
◆◆◆
「逃げなさい。......他の人の言うことを信じてはダメ。ママの言うことだけを信じなさい」
そういってママは電話を切った。ママの言った通り警察署に来たけど、警察署は成り果てた人達で一杯だった。
私はママと一緒に居たかったけどママは「ママはパパを探してくるから」といってどこかにいってしまった。
逃げながら色んな人が死んでいくのを沢山見てきた。
もしかしたら、パパとママももう......
その少女はこの広い街で独りっちであった。誰も頼らずに生き延びるのは不可能に近い。だが、少女は生きている。
少女の格好は、短パンにセーラー服を思わせる純白の服に、青いスカーフのような襟がついている。それと胸元に金色のペンダントををぶら下げている。
どうやって来たのかはもう覚えてないけど、警察署の中にいた。そこで怖い人達を見かけた。ママの言っていた「黒い格好のこのマークを持っている人達」だった。悪い人だから着いていってはダメって言っていた。ママの言った通り怖くて近づきたくなかった。
少女は物陰に隠れながら署内を物色する彼等を見ていた。必死に何かを探す彼ら。立ちはだかる障害には容赦がない。そんな彼らの姿を子供心から素直に怖いと感じていたのだ。
少しの間彼等をつけていた少女だが、彼らに見つかる前につけるのを止めた。そして再び警察署内を逃げ回ることになる。
女の人だ。だけどあの人も怖い人かもしれない。
少女は逃げ回る最中、一人の"女子大生"を見かける。しかし、大人を他人を信用してはダメという母親からの言いつけと、蛮行を働く者達の姿から自然と彼女から逃げ出す。
......あの人追いかけてくるやっぱり怖い人なんだ。
少女に気づいた彼女は「女の子!? 何で」という声と共に後ろから追いかけてくる。しかし少女は警察署内にできた小さな隙間を、子供の体格を活かして通り抜けていく。成熟した大人がそこを通るのは無理がある。
後ろで「......! 女の子がいたわ!」って誰かと話してる。怖い人と連絡をとってるかもしれない。
少女を見失った彼女は何者かと連絡を取り合っているようである。連絡先の者は彼女に対して「こっちでも捜索する」と短く返事を返す。
また怖い人達だ!
逃げる先で黒ずくめの集団を再度目撃する少女は、一目散に通路の一角の柱の陰に身を潜ませる。隠れながら少女は彼らが何かを話しているのを耳にする。
"娘"、"確保しろ"と聞いた少女は、目をつぶり、拳を握り締め、小さな体を震わせる。彼らは少女を探すまいと、辺りを調べ始める。
やっぱり私を捕まえようとしている。逃げないと。
少女を探す足音が遠ざかっていく。離れていったとほっと胸を撫で下ろす。目を開け動き出そうとする。しかし、目を開けた先、黒のブーツが目に止まった。徐々に上を見上げると、少女が怖いと畏怖していた人物達が少女を見下ろしていた。
遠ざかったふりをしていだけで、とっくに少女のことには気付いていたようだ。「こんばんわ、お嬢ちゃん」と彼らの一人が低い声でそう口にした。
その場を離れようと慌てて立ち上がるが、背後も彼らの仲間に塞がれており、大柄な男が襟を掴み軽々しく少女を持ち上げる。
目元まで少女を持ち上げた男。マスクによって顔は隠されているが、マスクの奥の瞳は少女をじっと見つめていた。数秒間見つめると、視線を少女からリーダーと思わしき人物へと移す。
彼は「こいつか?」と訪ねる。
小さく頷く女性。少女は逃れようと、じたばたもがくが小さな手足は男には届かない。
少女をからかうように男が体を振ってリアクションをとる。自分の無力さと何をされるのか分からない恐怖から少女の目には次第に涙が溜まっていく。
泣きいりそうな少女を見て男は気が滅入ったのか、少女をからかうのを止める。そんな一連のやりとりを見ながらリーダーの女性はまた誰かと連絡を取り合う。
「確保した」と告げる女性。無線の先の人物は少女を連れて来るよう命じる。
命令を受け「了解」と返事を返す。残りのメンバーにも同じ内容を告げると、男は少女を肩で担ぎはじめる。大の大男と小さな少女では力の差がありすぎる。肩をいくら叩こうが男はびくともしない。
目的を果たした彼らは警察署を後にしようとする。すると、彼らの背後、足元に銃弾が一発着弾する。
銃声に対して一斉に振り替える彼ら。
背後から彼等を発砲したのは、少女が先ほど目撃した"女子大生"であった。
赤いジャケットにデニムのショートパンツを着た女子大生が握る拳銃は、少女を担ぐ男に向けられていた。
「その子を離しなさい」
女子大生の目には、彼らに対する明確な敵意があった。彼らが少女を無理やり連れてこうとするのと、彼らそのものの格好がただの民間人ではなさそうなところから、ただ事ではないと直感したのである。
リーダーの女性は「生存者か」と冷たく言い放った。
「あなた達は何者? その子をどうしようっての?」
数的にも、持っている武器にしても女子大生は不利である。それでも女子大生は物怖じない。
「その子を離しなさい。次は当てるわよ」
拳銃を横になぞりながら彼ら"5"人に照準する。彼らの中から不気味な笑みが沸き起こる。素顔がほとんど見えないだけに、より不気味に映る。
「何がおかしいの?」
怪訝の表情を浮かべる女子大生。その顔に銃が突きつけられるまで、彼らが笑っている理由が理解できていなかった。
女子大生の側面は何もない、誰もいない空間、背景であった。だが、そこに今は男が一人銃を構えながら立っている。余りの突然の出来事に何が起きたのか、女子大生は理解が追い付かない。
彼の着る特殊なスーツは、背景と一体化することで自分の姿を偽装する謂わば光学迷彩である。しかしながらそんな技術は世界のどの機関も確立していない。だが彼らの所属する組織はあらゆる分野にも力を入れており、門外不出の技術も存在する。彼のスーツもその一つだ。
「残念だったな」
ただでさえ不利な女子大生は、更なる不利な状況に陥ってしまう。
「悪いが生存者も消せという命令でな。ここで消えてもらう。......やれ」
冷酷な指示がリーダーの女性から出される。女子大生に銃を突きつける男性は右手の人差し指に力を入れ、引き金を引く。
撃鉄が倒れ、遊底内の撃針を押し出す。押し出された撃針はリムと一体化している薬莢の雷菅を叩き、その衝撃に反応した火薬が弾頭をガス圧で銃口から発射させる。線条痕が、弾頭を回転させ空気抵抗を少なくするライフリングをしながら進んでいく。
だが、発射された弾は女子大生に命中はしなかった。
男が引き金を引き、弾が発射されるほんの僅かな間隔。そんな刹那の世界で、女子大生はその場にかがむことで銃弾を回避したのだ。
にわかに信じられない身体能力である。
これには余裕を浮かべていた彼らも言葉を失う。
更に女子大生は、その一瞬の回避から急かさず左足で、男性の右足を内側から足払いする。
接近戦に重点を置き訓練してきた男性も、よもや一介の女子大生このような動きを取れるとは思ってもいなかったようで、体勢を崩してしまう。
他の者達も、いつまでもただ黙って見ているわけではなく、女子大生の反撃に合わせ一斉に射撃を開始する。これに対しても女子大生は飛び込み前転をし、隣の部屋に隠れる。
その部屋目掛けて一斉掃射が行われる。部屋中に銃弾が飛び交う。体を小さく低くし銃弾から身を守る。
女子大生に反撃の隙を与えないように続けざまに掃射を行う。女子大生は物陰から銃声方向に射撃をするが、彼らも壁や扉の陰といった遮蔽物にいるため弾が当たることはない。
「今のうちに行くぞ」
3人が女子大生の相手をしている間に、少女を連れた3人が警察署を出ようと先に進む。
「待ちなさい!」
隙間から走って去っていく3人を見た女子大生が叫ぶが、銃声に阻まれ届くことはない。
この騒動に少女は目を閉じ、両手で耳を塞いでいる。か弱い少女に、彼らの戦闘行為は刺激が強すぎるようだ。視覚と聴覚を閉じる中、少女は心の中で助けを求めていた。
「助けてパパ! ママ!」と。
そんな少女の祈りが通じたのか、獣に似た雄叫びが銃声よりも大きな音として彼らの聴覚を刺激する。
女子大生にとっては得体の知れない何か。彼らにとってそれは、聞き覚えのある忌々しい相手の肉声であった。
両者は一旦動きを止める。銃声が止み、静まり返る警察署内。直後、少女を連れた3人の右手の通路の壁に皹が入る。
皹は大きな振動と共に大きくなっていく。外側からナニかが叩いているようだ。
壁が崩れ、埃がまみれた土煙が立ち込める。土煙の中に1つのシルエットが浮かび上がる。
異常に発達した右手と爪。その右手と同じように、全身がワインレッド色に変色しており、明らかに生物としておかしい巨大な目が右肩と胴体の中心にある。僅かながら、人間であったことを思わせる男の顔が胴体の目の隣にある。それだけで元は誰なのか判別することは不可能。
その異形の生物を見た女子大生は生理的嫌悪感を抱く。黒ずくめの彼らも、声に聞き覚えはあったが、その姿は彼らの知る"ヤツ"ではなかった。
銃声とは別の巨大な音に少女もそちらに目を向けていた。その生物を見るや否や、少女も女子大生と同じ感情を抱く。
「"シェリー"!!」
担がれる少女を見て乱入してきた生物はそう雄叫びを上げた。