Operation Racoon City. Scenes U.B.C.S   作:オールドタイプ

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Mission report18 PM19:30i

 10数名の生存者を乗せた車両は警察署から無事に脱出。その現場を、建物や残骸と化した車両の影から目撃する8名程のグループ。マスクの奥の眼光が捉える車両には感情がなく、淡々と眺めているだけである。

 

「デルタチームから指令部へ、警察署から逃亡する車両を視認。生存者と思われる」

 

 チームリーダーである女性が無線を通して何処かへと報告。やはりその声も事務的な無感情さが表れている。

 

『指令部からデルタチームへ。優先すべきは、署内に保管されているアンブレラに関する機密文書の破棄だ。生存者の始末は後回しにし、任務をこなせ。これ以上の任務の失敗は許されない』

 

 一方的に通信を断つ指令部。どうやら彼女達はまた別の任務を与えられているようだ。

 街へ降りた当初から裏で工作活動に励んでいたが、予期せぬ妨害により思うように任務が進んでいなかった。

 

「チームリーダー了解。......行くぞ」

 

「任務失敗」という言葉を聞いた瞬間、僅かだがチーム全員の顔が不機嫌そうに眉をしかめた。まるで言いがかりとでも言いたげな表情でもあった。

 

「全て俺達が悪いような言い方だな」

「この街に来たときからそうだ。今回の事件は全て我々の責任にでもするつもりなのだろう」

 

 物陰から静かに姿を見せる面々。一同の目には、先ほどの騒動により、ゾンビの集団で溢れかえる警察署が、彼らを迎え入れんと佇んでいる。

 風に乗せられ流れてくるゾンビ達の呻き声が、より一層恐怖を駆り立ててくる。しかし、既に彼等にとってそれは恐怖を感じるようなことではなかった。

 

「今は任務を完遂することだけ考えましょう。濡れ衣を晴らすのは脱出した後でいい」

 

 ウイルスが街に流出する切っ掛けを、不本意ながらも作ってしまったことを自覚しているが、防ぐことのできなちあくまでも『事故』でしかない。

 あの場で誰が予期することが出来たのか。アルファチームもデルタチームもあの場から離脱することに精一杯だった。

 

 豹変したあの『怪物』を相手に生きて帰り、報告できただけでも御の字。

 

 しかしながら、上層部は報告を受けて益々『G』への期待と、手中に納めることに渇望した。アルファチームのリーダーは、あれ以降音信が途絶えているが、上層部もデルタチームも、彼の死には否定的である。

 誰よりも生存を信じて止まないのが『日本人』である彼。彼はアンブレラが所有するヨーロッパの、絶海の孤島の訓練施設で彼から手ほどきを受けていた。彼のことを『マスター』と呼び慕い、時には自身のチームリーダーに反してまで彼の『教え』を貫き通していた。

 

 狂信的なまでの羨望。チームの和を乱すことはあまりしないが、もし彼がチーム内での意見の不一致から対立することになったときは、『教え』に従っているということであろう。

 

「先ずは『S.T.A.R.S.』オフィスの『隊長』のデスクだ。その後で署長のところに向かう」

 

 事前の情報から警察署の間取り図を入手し、全員頭に入れてあるため、打ち合わせなどは特に行われずグループは真っ直ぐに目的地へと向かう。

 

「弾の無駄だ。感染者共は放っておけ」

 

 長期の任務を与えられているため、弾薬は多めに携行してきてはいるものの、律儀に相手をしていれば、たちまち弾薬はすぐに底が尽きてしまうため、必要最低限の戦闘行為しか彼らはしない。

 

「警官にしては頑張ったほうだな」

 

 正面玄関を抜けロビーに来た彼らの目の前には、床に倒れている感染者達がいた。頭部は正確に撃ち抜かれているため今一度起き上がってくることはないであろう。

 

「負傷者がいるな」

 

 この感染者達を倒した者のであろう血液が、床に滴った後が、血痕が残されていた。血痕はロビーの先、次の部屋まで伸びている。

 警察署から脱出した車両を目撃していた彼らは、この血痕の持ち主が置いていかれたのか、はたまたは自ら残ったのかそのどちらかであることを理解する。

 

「ロビーのパソコンには何かあるか?」

 

 木でできた円形状のデスクのようなものの中には、パチンコ一台置かれている。金髪に防毒マスクで顔全体を隠している女性が、調べるように指示を出す。

 

「各フロアのロックといった管理ができるようね」

 

 それに対し、日系の小柄な女性が対応。慣れた手つきでパソコンを操作していく。

 

「セキュリティも大したことはない。アクセスは容易ね。......署長の部屋に続くまでのフロアを開錠したわ」

 

 衛生員兼研究員でもある彼女は、日夜デスクに向かうことも多くPC関連の知識にも精通している。他者と違うのは自ら現場に赴きサンプルに触れるということ。本人曰く、「現場で生きたサンプルを触るほうが捗る」とのこと。そのためには他者の犠牲も厭わない冷酷さが備えられている。

 

「署長は自らここに閉じ籠ったのか?」

「ここはアンブレラの手が加わった特殊な警察署。構造と仕掛けに熟知している者なら身を潜めるにはうってつけ。何よりここの署長はアンブレラ側が任命している。後はわかるわよね」

 

 署長がアンブレラとどういう関係であるのかは、明言せずとも理解するのは困難ではないであろう。

 

「それでも薄情な野郎だぜ。長く生活を共にした部下に情の一つも沸かないのか」

 

 一際大柄な男性が苦言を溢す。彼もまた頭部をマスクで覆っておりどのような顔であるのかはわからない。

 どのような経緯で失ったのかは不明だが、右足が義足であるため、時折金属の軋むような音が鳴り渡る。見かけによらず、以外と手先が器用なため工作が得意である。頭も悪くないため爆発物も取り扱う。

 冷淡なメンバーの中でも人情に厚いのは元軍人であるが故にか。彼が軍人であることが伺えるのは、仲間思いであるこことと規律を重んじることだけで十分であろう。

 

「署長という役職についているだけで、実力も何もない奴だ。逆らえばろくなことにならないことで人望も皆無に等しい」

 

 内情に詳しそうに話す日系の彼女だが、表情は無表情のまま、まるで興味なしの姿勢。やはり彼女が興味をそそられるのはウイルス関係だけなのかもしれない。

 

「署長そのものはどうでもいいことだ。邪魔をするなら文書諸とも始末するまで」

 

 アンブレラにとって最早署長の存在はどうでもよいものとなっていた。寧ろ彼の存在が不利に働く不穏因子、有害であるものとしてとらえられていると言えよう。

 

「立ち話が過ぎたな......作戦に戻るぞ」

 

 一同はロビーの左奥の扉へと足を運ぶ。扉の先は警官の事務室。事態の混乱さを体現するような荒れ具合は変わらないまま。 やはりこの場所も脱出を果たした者達の手によって倒されたゾンビ達が転がっていた。そのほとんどは警官である。

 

「掃除する手間が省けたな」

「おい、見てみろよ」

 

 室内を物色する彼らの一人が、瀕死の重傷で壁にもたれかかる警官を一人見つける。手傷を負い警察署に残ると決めた"マービン"であった。ロビーの血痕は彼の元まで続いており、血痕の持ち主はマービンであった。

 噛まれた首筋の傷が痛々しい。深く噛み千切られた部分からは、値が絶え間なく流れ続けている。

 瀕死の重傷であるためか、彼の目は閉じられたまま。呼吸は微弱ながらもされているため死んではいないことはわかる。彼らの存在に彼が気付いているのかはわからない。

 

「......この傷では恐らく長くない。負傷してから時間が経ちすぎている。設備のないこの場所で今さら止血等処置をしたところで無駄だ」

 

 金髪の女性が彼を見てそう発言する。

 

 彼女の元々の職業は看護師であった。そのため負傷者の状況を見てある程度のことは判断することができる。その彼女が長くないというのだから彼が助かることはないであろう。

 そんな彼女がアンブレラに渡った経緯は単純なものだった。患者に処置をするのに"麻酔を使用しない"。初めは麻酔が不足した事態に対応するための苦肉の策だった。しかし患者が麻酔をしない治療で痛み苦しむ様に、心が踊ることを知ってしまった。それ以降その様子を楽しみたいがためにそうしていると同僚の告発を受け、病院を解雇された。アンブレラが医療スタッフを募集していたことをたまたま知り、面接にて彼女の内心に潜むものを見抜いたアンブレラ職員によって雇用されたというものだ。雇用後戦闘員としての適正を見いだされ、今に至る。

 

「先に進むぞ」

 

 この部屋に機密文書なるものがないことがわかった一同は、彼に何の興味も抱かず次の部屋へと進む。「まだ死ねん......」と、か弱い声で呟く彼の声に彼らは気づかない。彼自身も無意識に近い内に呟いているため他意はないだろう。

 

「あー、ここはゴミ掃除が必要なのか」

 

 保管庫を抜け、二階に続く階段のある通路に進出。そこには10体程度のゾンビが健在している。あまり広くない通路のため戦闘は避けられないだろう。

 

「私が片付ける」

 

 ポイントマンについていたチームリーダーの女性が、銃を背中に回しナイフを取り出す。そしてゆっくりとゾンビに近づき背を向けるゾンビの頭を左手で掴む。そして、頭部を掴んだまま首を真っ二つに切り裂く。彼女の左手にはゾンビの生首。ゾンビの顔を見ると首を小さく横に振り、それをゾンビ達の方に投げつける。

 バスケットボールが落ちた時のような小さな音がなる。音に気づいたゾンビ達が彼女達の存在に気づく。ゾンビ達が動きだすよりも先に女性が動く。

 先程までの緩慢な動作ではなく機敏になる。掴みかかろうとするゾンビの手を払いのけ、顎からナイフを突き刺す。一瞬の動作でナイフを突き刺すと即座にナイフを抜き取り、動きが止まったゾンビの右脇から背後に回り、後頭部から再びナイフを刺す。

 

 彼女の目には座したゾンビではなく、自分に接近する次なるゾンビを捉えていた。

 

 ナイフを何度も振り、態勢を崩しよろめいたゾンビに前蹴りをし、倒れたゾンビの頭部を容赦なく踏み潰す。ブーツがゾンビの血糊で赤く染まるが彼女は気にしない。

 

 左手からゾンビが更に接近。ゾンビの右手を掴み右回転するように体を捻る。するとゾンビが力なく振り回される。力の方向、人体の構造を利用した技はゾンビといえど通用することは変わらない。倒れたゾンビの手を離さず引きずるようにし、そのままゾンビの手を背中に回し関節を決める。彼女がゾンビの首と肩甲骨付近に膝を立てゾンビが動けないように固定。もがくゾンビの頭部に振りかぶられたナイフが突き立てられる。

 

 一連の動作は洗練されたものであり、高い戦闘能力を見せつける彼女だが、彼女は元々はただの一般人。それも二児の母である。

 そんな彼女が何故これほどまでの戦闘力を有するのか。それは天性のものであるが、彼女の過去が関係していた。

 

 彼女はフランス人である。一般的な結婚を果たし、子宝にも恵まれ、一般的な家庭を築き上げた。しかし、彼女の旦那がDVを働くようになると彼女は一方的に痛みつけられた。耐えきれなくなった彼女はその手で旦那を半殺しにしてしまう。その時自分の天性の才に気づいたのだ。

 

 その後家庭裁判を経て旦那と別れた彼女は子供を引き取り、養うために仕事を探した。そこでアンブレラと出会った。はじめは事務員として従事していだが、旦那の件で格闘に興味をもった彼女はジムに通いだす。そこで、たまたま居合わせた戦闘インストラクターをしていたアンブレラ職員の目に止まり、戦闘員として従事するようになった。事務をしていた時よりも給料が良いため快く引き受けた。はじめは慣れない彼女だが、子供のためと心を鬼にし従事していくことで、非道なことに対する耐性が養われた。

 

 気がつけばゾンビは彼女一人によって駆逐されていた。警察やU.B.C.S.が手こずるゾンビを彼女は庭の雑草を刈るように摘み取っていった。

 

 彼女に限らず彼らは既にゾンビ程度ではものともしない。ゾンビ以外のB.O.Wとの戦闘もそうだが、それを越える化け物と先日戦ったばかりであるからであろう。

 

「道は開けたな」

 

 ゾンビを撃退した彼らは足を進める。階段に差し掛かると上階を見つめる。二階は不気味な雰囲気は変わらず静かなままである。

 

「先に偵察に行こう。上の様子を見てくる」

 

 細身のゴーグルをした男性が前に出る。偵察兵である彼は足音を立てないように階段を上っていく。

 

 彼の喋る英語は少しロシア訛りがある。彼の出身は訛りの通りのロシア。それもソ連のスペツナズの一つに所属していた彼はそこでも偵察兵を務めていた。ソ連崩壊後、新しい体制に馴染めなかった彼は軍と国を離れた。優秀な兵のヘッドハンティングをしていたアンブレラの目に止まったのは言うまでもない。時期的に言えばU.B.C.S.に所属するロシア出身達と同期である。だが、彼自身は彼らと面識がないため、「そうなのか」程度の認識である。しかし、ソ連時代からU.B.C.S.に所属する一人の元スペツナズの黒い噂は耳にしていた。初めて対面したとき真っ先に突っかかったのはそのせいであろう。現に彼によって彼らは妨害を受け、黒い噂が事実であったということも彼は知ることができた。

 

「大丈夫だ。何もいない」

 

 通路を一通り確認した彼が戻ってくる。彼らは悠々と二階に上がり通路を抜け目的地の一つである『S.T.A.R.S.オフィス』へと辿り着く。

 

 S.T.A.R.S.の隊長はアンブレラと繋がる人物の一人であったため、アンブレラに関する情報が残されている可能性が高いため確認する必要があった。

『先の洋館』の生存者は4人。その中にS.T.A.R.S.隊長は含まれていない。彼が死亡したため情報が残されていれば破棄しなければならない。

 

「S.T.A.R.S.ってのは結構な権限が与えられていたみたいだな」

 

 室内は一階のオフィスに比べ荒れてはおらず、綺麗に整っていた。オフィスには独自の通信機、独自のパソコンにデスク、私物の装備品といったものが溢れている。これだけ設備が整っているのも流石は特殊部隊と言えよう。

 

「メンバーの写真か?」

 

 写真立てにはS.T.A.R.S.のメンバーの写真が納められていた。その中で女性は二人のみ。

 

「5人だけが生き残って後は全滅か」

「生存者の内二人はこの街にいるという情報があったがどうする?」

「いずれけりはつくだろう」

 

 アンブレラとしては洋館の一件を知る生存者達は疎ましいが、「少人数の生存者で何ができる」とたかを括っているため、あまり重要視していない。他の3人は国外で活動しているようだが、小蝿が飛び回っている程度の認識。

 

「どうだ?」

 

 オフィスの奥に隊長のデスクとパソコンがあり、再び日系の女性がパソコンを操作している。

 

「......妙だ。アクセスできない。これは外部からの妨害? それだけではない中のデータが吸い出されていく。くそっ! ダメだ!」

 

 女性がデスクを叩く。どうやら中の情報が何者かによって奪われてしまったようだ。

 

「何者かが情報を全て抜き去っていった......」

「デルタチームから司令部へ。S.T.A.R.S.隊長のデスクを漁ったが、パソコンの中の情報が何者かによって奪われた」

『何だと? ......S.T.A.R.S.の隊長アルバート・ウェスカーはウィリアム・バーキンと結託し何かを企んでいた痕跡が見つかった。外部勢力と繋がっていた可能性がある。この件はこちらで調査する。お前達は任務を継続しろ』

「チームリーダー了解」

 

 一連の詳細を司令部に報告。司令部は何か知っているようだが必要以上に彼女らに伝えることはなかった。

 

「もうこの部屋に用はない。次だ」

 

 用が済んだ彼女らはもう一つの目的地署長室を目指す。部屋から出ていく彼女達を通路の奥の陰から眺める小さな影があった。ゾンビやB.O.Wではなく人間のそれも子供のような影はじっと彼女達を見つめるとそのまま警察署の奥へと姿を消していった。

 


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