Operation Racoon City. Scenes U.B.C.S 作:オールドタイプ
三人の殉職者を出すも無事に窮地を乗り越え、脱出用の車両を入手した生存者達。
しかしながら、ほんの数分前まで何気なく会話を交わしていた人物が突然この世から去るという事実は、生存者達にとって耐えかねないほど辛い現実であり、受け入れるにはある程度の時間を要する必要があった。
「ところでこの車はどこに走らせればいいの?」
ゾンビとゾンビ犬の集団から大分離れた位置で車両は一時停止。運転席にいた小太りの警官が、運転席の後方車窓から車両後部に佇む婦警に問いかける。
「......」
しかし、婦警は呆然と閉められた扉を眺め続け声に反応しない。
特別親しい間柄ではなかったにしろ、同じ職場の同僚で今日まで生き残り手を取り合ってきた仲間の死が、残酷な現実として重くのし掛かっていたのだ。
解りきっていたこと。そうなる可能性がなかったわけではない。そう認識していたはずなのに受け止めきれていない。
考えるだけと実際に体験するのでは天と地程の差があるのだと改めて実感。
「あと、二人はどうしたんだい?」
運転席で車両の始動にばかり気を取られていた警官は、二人の身に何が起きたのか知るよしもなかった。
「......警察所よ。そこで私達の帰りを待っている人達がいるわ」
扉を眺めながらようやく返事をする婦警。そこに二人に対する返答はない。
「......そうか」
哀愁が含まれた小さな声と、二人に対する問い掛けの返答が無いことに全てを察した運転席の警官。それ以上彼が後部に座る婦警に声を掛けることはなかった。
二人の警官の心中は様々である。
停めていた車両を再び走らせ、警察署へと向かう最中の運転席の警官は、「自分のせいではない」と必死に自分に言い聞かせていた。
あの場で自分に何ができた? あのときもそうだ。二人が懸命に爆破の準備をしてやられた時も。
自分は射撃が得意ではない。小太りで運動も得意ではない。だけど、あの作戦に無理矢理参加させられたけど、心のどこかで自分も活躍出来るのではないのかと思っていた。
冴えない警官の自分が英雄的な活躍ができのかもと、自分に期待していた。
けどやっぱり出来なかった。僕が活躍できるわけがなかったんだ。あの大群のゾンビを前に何も出来なかった。結局自分の容量を越えることは出来ないのだと悟った。
今回もそうだ。二人が死んだのは決して僕のせいではない。だからといって二人の死を嘲笑いはしない。二人は僕と違って英雄的な行動で命を落とした。それは誇られることであって卑下にされるものではない。
僕は臆病で弱虫でひ弱だ。僕にそんなことは出来ない。なら、僕は僕の出来ることをする。車両を走らせ警察署に向かうだけの簡単んなことかもしれない。けど僕はそれでいいんだ。
彼は彼なりのやるべきことを、出来ることを見出だし、割りきった感じを見せる。一方で婦警は未だに割りきれていない、納得がいかない様子だ。
いつもそうだった。何かある度に女だから、現場の危険な状況から外されていた。覚悟を決め警察になったのに。一番悔しいのは誰かが傷つき倒れた時にその場に私がいれないこと。苦楽を共にするはずの仲間から外されることだった。
だから車両の件を任された時は嬉しかった。初めて皆の為に役に立てる時が来たのだと。私だって戦えるのだと証明できるのだと。
なのに......ローズ、キースさん。何故なの? 何故私に頼もうと手助けを求めなかったの? そんなに私は皆の足手まといなの? 自分一人だけ助かるぐらいなら私は......
片や、自分と見つめあい自分を知ることで、自分が成せることだけを追求する者。
片や、自分の成すべきことより仲間と運命を共にすることを追求する破滅的な願望をもつ者。
両者とも自身の胸の内を明かすことはない。
どちらが正しいのか。それは当人にも第三者にも解り得ないこと。結果に基づき過程は評価される。最善と思えたことが最良で無いことなど多々ある。
彼らには、この先も辛く厳しい現実が待っているであろう。困難な現実にどう立ち向かっていくのか。彼らの選択の結果は果たして......
◆◆◆
時は少し遡り、警察署内。
4人を送り出し、彼等の帰りを待つ残りの生存者達は「まだか......まだか......」と心待にしていた。
彼等だけが脱出の要であり、こうしている間にも、生者を求めて警察署に詰めかける死者の軍勢。
まるで、命に引き寄せられるかのようにどこからともなく現れるそれらに対して、生存者達は身を寄せ合い震えることしかできない。
「奴ら獣並の嗅覚でもしてるのか? 次から次へと......」
木材を組み合わせ、封鎖された窓の隙間から外の様子を伺う警官が吐露する。
見た目も損傷が激しく、五感のおおよそが機能していないであろうゾンビ達が、生存者を探知することに対する正直な感想である。
「ここ数時間発砲はしていない。少なくとも銃声で集まっていることはなさそうだ」
「生前の記憶でもあるんじゃないか?」
一人、また一人と口々に呟き始める。
警察署に立て籠りはや二日。厳重に封鎖したとはいえ、無数のゾンビの軍勢に、バリケードはいずれ破られるのではないのかという不安が沸き上がる。
「連絡はまだなのか?」
「あぁ、音沙汰ない。」
無線を握りしめる黒人の警官も、連絡の遅さに最悪の事態を考えられずにはいられなかった。腕を組み、目を瞑りながら頭の中で考える。
もしもの場合の脱出の方法を再度検討する必要があるため、これ以上連絡がなければ四人のことは諦めるつもりでいる。
「市民もそろそろ限界かもしれない。別の案を考えましょう」
数が増える度に増すゾンビの呻き声の声量。生存者達が恐怖からいつ飛び出すかわからない。
「......もう少しだけ待とうと思う」
悩みに悩んだ末、彼はもう少しだけ待つことにしたようだ。
「慌てたところで何も始まらない。四人を信じて待つしかない」
「俺も同意見だ」
残った二人の隊員も、もうしばらく待つことに賛成のようである。彼らも彼らで信じて送り出した仲間がそう簡単には殺られたりはしないと思っているようだ。
「私はしばらく外にいる。もしかしたら室内で無線が届いていないのかもしれない」
外は室内に比べ危険だ。柵があるとはいえ周囲はゾンビに囲まれており、いつ、どこで突破してくるかわからない。
しかし彼は、危険なことは承知の上で外に出ると進言している。車両の音、ライトの光。無線連絡以外でも車両の接近を感じることはできるため、いち早い脱出を促すために外で待機するつもりのようだ。
「各員は引き続き各所にて待機、警戒にあたってくれ車両の存在を確認次第、暑内マイクで伝える」
そう言い残し彼は、正面入り口へと歩き出す。残りの人員も彼が去ってからそれぞれ思う場所に配置へ着く。
ただ一人、不良警官の彼だけは定所ではなく、警察署内を巡回する形となっている。彼も彼で"犬舎"へと向かった警官のことが気がかりになっており、途中で様子を見に行くようである。
U.B.C.S.については一名が、民間人達が集う場所にて彼等の警護についている。もう一名は黒人の警官の後を追い正面入り口に立っている。
「心配せずともあいつらはきっと来るさ」
彼の隣に立ち正面を向いたまま話しかける。二人の視線の先には、外柵から此方に向かって手を伸ばしながら呻き続ける死者の群れの姿がある。
外柵を揺らしたり叩いたりするような仕草から、ある程度の知能は残されていることを理解することができる。
そしてそんな様子から、外柵も長くはもたないことも同時に理解する。それでも彼らは取り乱すことなく比較的落ち着いた様子で会話をする。
「少し思い込みが激しいところがあるが、彼女は優秀だ。同行した彼もそうだ。責任感が強く常に職務を全うしてきた。そんな彼らが失敗するはずがない」
「お互い希望的観測が過ぎるな。こっちも長く組んだ間柄ではないが、互いを補いながら生き残った信頼できる仲間だ」
両者共に頬を緩ませ笑みをこぼす。隊員はポーチから煙草を取り出し火を点けそれを吸い出す。
「吸うか?」
彼にも一本差し出す。
「止めていたがこういう時ぐらいいいだろう」
差し出された一本を受け取り口に加える。加えたのを確認した隊員はそっとライターで火を点ける。
深く吸い込み空を仰ぎながらゆっくりと息と煙を吐き出す。
「久しく忘れていた味だ」
「禁煙なんて長くは続かない。好きなものは好きなだけしたほうが良い。後悔しないようにな」
彼はふと隊員の方に顔を向け、素朴な疑問をぶつける。
「なぜ俺達に協力してくれた? あんたらなら自力で脱出することもできるだろうに」
隊員達が正規軍ではなく、アンブレラ社に雇われている傭兵であることは以前に聞いていた。市民救助名目で街に降り立ったとはいえ、彼らにとってはこの街は縁も所縁も何もない。市民の中に旧知の中の者がいるわけでもない。
それでも彼らは今も生存者達に協力している。彼は彼らが単に生き残るためだけの行動とは思えていないよう
だ。
「金だよ金。金を受け取っている以上最後まで任務を全うするだけだ。傭兵となった俺達を繋いでいるのは金。それすらも放棄しては俺達は完全な無となる」
あくまでも金と言い張る隊員。しかし彼は警官で何人もの荒くれ者達を目にしてきた。それこそ金のためならばどんなことでも平気でする輩もいた。
だが、目の前の彼とその仲間達にはそんな犯罪者達とは少し違う印象がある。
「嘘とは言わないがそれだけではないだろう」
「......強いて言うなれば、俺達はどこで道を間違えてしまったのか。こうなるはずではなかった」
愚痴にも聞こえるその言葉には彼の様々な思いが込められている。彼は隊員達の過去については聞かされていない。何故彼らが傭兵に身を落とすことになったのか。彼等の素振りから正規軍時代も優秀であったことは簡単に想像できる。
「全員が全員どうしようもない奴ばかりではないということさ」
「あんた達がまともなのはここにいる誰もが知っているさ」
二人の会話を割くように正面入り口の扉が内側から開かれる。現れたのは不良警官。普段からポーカーフェイスを崩さない彼だが、ほんの少しそれが崩れていた。
「ここにいたのか」
「何かあったのか?」
不良警官に気づいた二人は彼の方を向く。ごく僅かな彼の表情の崩れに隊員は気づかないが、上司でもある黒人の警官はその変化に気づいていた。
「ここはもう限界のようだ。ゾンビ共がバリケードを破り中に入ってきていた。このままじゃ内と外からの挟み撃ちだ。あと......トニーが殺られていた」
良くない報せに現実に戻される。悠長に話をしている暇は最早どこにも無いようだ。
彼の話を聞いてはじめて警察署内が突破されつつあることもそこで知る。
「そうか......良い警官だった」
「あぁ」
仲間の更なる殉職による二人の精神的ダメージは大きい。
『"マービン"! マービン!』
そんな時、生存者達の願いが届いたのか、外に派出していた婦警から無線連絡が入った。
「無事だったのか!」
直ぐ様応答。それまで不安にしていた顔も今ではすっかり晴れている。
『今そっちに向かっているから正面玄関に皆を待たせておいて』
「急いでくれ。こっちはもう限界に近い」
『わかったわ』
「聞いての通りだ。まもなくリタ達が戻ってくる。それまでに全員をここに集めるぞ」
◆◆◆
警察官と兵隊さんに助けられて2日がたった。僕のパパは怖い人達に連れて行かれた。ママは泣きながらいつか帰って来るって言っていたけどまだ帰ってこない。
大人は皆災害で安全になってから帰れるとも言っているけど、まだかなぁ。早く家に帰りたいなぁ。
「ねぇ! ラクーン・シャークスのゲイリー選手でしょ!」
「あぁ、そうだが」
「やっぱり! ずっと気になっていたんだ! 皆忙しそうだったから聞けなかったんだ!」
皆怖い顔して嫌な雰囲気だったけど、そんなのどうでもよくなっちゃった。まさかこんなところでゲイリー選手に会えるなんて!
「ママ! やっぱりそうだったよ! シャークスの不動のエースのゲイリー・オールドマンだよ!」
こんな幸運に喜ばずになんかいられないよ!
「そ、そう......良かったわね」
なんか反応がイマイチだな。つまんないの。
「ゲイリー選手! 僕ずっとファンだったんだ! この前の試合もスタジアムまで見に行ったんだ! あの時最後の逆転トライを決めてた時なんか最高にカッコよかったよ!」
「こんなに喜ばれたら選手冥利に尽きるな。まぁ俺はスーパースターだからな。あれぐらい余裕余裕」
「ねぇ! サイン貰ってもいい!」
「あぁ! 良いぜ」
ゲイリー選手は僕が手渡したシャークスの帽子にサインをしてくれた。何度かサインを求めたけど今日まで一回もサインは貰えなかった。
だけど今日貰うことができた。これで夢が一つ叶った!
「ママ! ママ! 見てよ! 本物のゲイリー選手のサインだよ!」
「すいません......うちの子がワガママを」
「良いんですよ。ファンの要望に応えるのもスターの役目ですから」
「僕一生の宝物にする!」
僕がサインを貰っておおはしゃぎしている時だった。避難している人達の部屋が勢いよく開けられた。開けたのは兵隊さん。大きな声で僕たちに何か伝えてきた。
「もうじき脱出用の車両が到着する! 全員こっちの指示に従い速やかに正面玄関まで移動するんだ!」
また何処かに移動するのかな? ここでの避難も折角落ち着いてきたのに。
「ママ、今度はどこに行くの?」
「ここよりもっと安全なところよ」
よくわかんないや。けどこんなに移動ばかりだと疲れちゃうよ。
「さぁ急ぐんだ!」
荷物の片付けも済んでないのに皆駆け足で外に出ていく。鞄やバックなんかも置いて。
ママも僕の手を掴んで走り出す。強く握ってくるから手が痛いよ。
「あ......」
浅く被っていたせいか、サインを貰った帽子を落としちゃった!
「ママ! サイン入りの帽子が!」
割れた窓の隙間から吹く風に乗って帽子がどんどん転がっていく。折角手に入れた宝物を無くしたくない。
「帽子のことは諦めなさい」
「嫌だ!」
引っ張り続けるママの手を振り払って僕は飛んでいった帽子を追いかける。
「ダメよ! 待ちなさい!」
角を曲がりどんどん警察署の中を転がっていく。後ろからママが叫んでいるけどまずは帽子を拾わなきゃ。
「もぉ、転がり過ぎだよ......」
ようやく止まった帽子を拾い上げる。ちょっとホコリとか着いちゃったけど。
ホコリを払い帽子を今度は飛ばないように深く被る。
そんな僕の目の前に誰かが立っている。上を見るとおじさんが一人よろよろとこっちに向かって歩いている。
「うわぁ!」
よろよろと歩くおじさんの顔を見て思わず尻餅を着いた。怪我というレベルではないほど酷い顔をしたおじさん。「逃げなきゃ」と思っているのに怖くて足が動かない。
その時、大きな音が僕の後ろからした。あまりの大きさに目を瞑る。音が止んでから目を開けると、ボロボロのおじさんが倒れていた。
「ボウズ、勝手に離れるな」
後ろにいたのは緑色の服を着た兵隊さんだった。
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
ママが泣きながらやって来た。ママに心配をかけちゃった。
「こうすればもうどこにも行かないだろう」
兵隊さんが僕を肩に担いだ。ママよりも強くて太い腕でがっつり挟まれて少し苦しい。
そして凄い速さで走り出した。途中途中でさっきのおじさんのようなボロボロの大人と何人も擦れ違った。
「最後か......?」
開いている正面玄関の外にはトラックが後ろ向きで停まっていた。中には他の人達が座っている。
玄関の入り口付近で、話しかけてきた黒人の警察官の人が、右肩を押さえながら苦しそうにしている。
外では別の兵隊さんやもう一人のおじさんの警察官がボロボロの人達に向けて鉄砲を撃っていた。ゲイリー選手もタックルをして倒したりしている。
「俺達で最後だ」
そう言って僕達もトラックに乗った。その後にゲイリー選手と警察官、兵隊さんもトラックに乗った。だけどあの警察官だけ入り口でずっと立っている。
「これで全員?」
綺麗な警察官のお姉さんが僕たちを見てそう呟いた。10人ぐらいしか乗っていないことを不思議に思ったんだと思う。ほんの少し前までもう少し人がいたけど、先に外に出たってママが言ってたっけ?
「何しているのマービン!」
「俺に構わず早く行け!」
「バカなこと言わないで! あなたを置いて行けないわ!」
お姉さんと黒人の警察官が言い合っている。どうしたんだろう?
「ケビン! 離して!」
トラックを降りようとするお姉さんを、もう一人のおじさん警察官が引き留めた。
「よせ、行ってどうするんだ?」
ぞろぞろと、黒人の警察官の人の後ろにボロボロのおじさん達が集まってきていた。中には同じ警察官の格好をした人もいるみたいだけど。
「マービン......良いんだな?」
「早くいけ......」
兵隊さんが、何かを確認するように警察官の人に聞いている。警察官の人が答えるのと同時にトラックが動き出した。
「マービン!」
走り出したトラックの座席に座ったお姉さんが泣いている。何で泣いているんだろう。何であの警察官の人は一緒に来なかったんだろう?
僕の中で沢山の疑問が出てきた。だけど誰も答えてくれない。
「心配するな......あいつは根っからの警官だ。あんな程度でくたばるもんかよ」
泣き続けるお姉さんをママやおばあさん達がなだめる。
「ナマイキな新人共のシゴきも終わってねぇしさ......そうだろ? マービン」
だけど僕はあの警察官の人の顔を忘れることはないだろう。