Operation Racoon City. Scenes U.B.C.S   作:オールドタイプ

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Mission report16 PM18:00i

「これでもないか......」

 

 顕微鏡から眼を離し頭を悩ませる生き残ったただ一人の医師。彼を除く古手の、ベテラン医師達はこぞって医療の現場で殉職した。皆職務を全うすべく、一人でも多くの人命を救おうと尽力したが志し半ばであった。

 

 大学を卒業したばかりである彼は、そんな現場においてはサポートする立場であった。研修を終えていない彼に現場を任せるには荷が重すぎた。

 

 それ故に生き残ることができたのかもしれない。

 

 急患で運ばれてきた患者達が、次々とゾンビとして病院への脅威となったのは彼が薬品を取りに倉庫に行っている間であった。

 

 何が起きたのか状況を確かめる暇もなく、病院は死者の巣窟となった。

 

 次々と餌食になっていく同僚や先輩医師達を目の当たりにし、彼は自然と足がすくんでしまいその場で踞ってしまった。

 

 どれぐらい時間が経ったのか分からないほど小さくなりながら恐怖に震えていた。

 

「見つからないでくれ」と何度も何度も願かけていた。

 

 騒動がある程度、ほとぼりが冷めた頃を見計らって彼は倉庫から警備室へと移動した。そして再び部屋に閉じ籠った。

 

 時たま生存者が病院を訪ねてきてはゾンビに襲われる現場を何度もカメラ越しに見ていた。見ていたが彼は何もすることはなかった。

 

 その時彼は心の中で「自分でなくて良かった」と思っていた。

 

 人を救うべき立場の自分が、こんなことを思ってしまったという事実に自己嫌悪を抱くが、直ぐにそれは失せてしまった。自分にはどうすることも出来ないと。仕方のないことだと。自分に言い聞かせていたからである。

 

 そんな彼が医者を志したのも大した理由も大義もなかった。

 

 昔から勉強ができ、常に周りから一歩抜き出た存在であった。親も自慢の息子だと周りに言い張り、学校でも誉められなかったことがなかった。

 

 常に名声がついて回った彼は、より多くの人間からの称賛の声を受けるべく、医者という道に進み始めた。

 

 当然周りからの反対もなく、志望校にも満点合格という何もかも順風満帆に進んでいた。

 

 そして研修医として配属された矢先に今回の一件である。

 

 器の小さい自己陶酔に浸りたいがために医者となった彼が、現場で役に立つはずもなく、今日までに至っている。

 

 自分より成績が劣っていた同期の研修医達は、皆医者として最期まで現場で働いていた。最も期待されていた彼は自ら現場ではなくサポート側に雑用に回っていた。

 

「先生、あまり無理をなさらないように」

 

 頭を悩ませる研究員に優しく接する若い看護師。彼女も研修医とほぼ同時期に配属された人物。

 

「止めてくれ。俺は医者でも何でもない。ただの学生さ」

 

 これまでの自らの立ち振舞い等から研修医ですらなく、所詮自分は学生止まり。「周りからちやほやされたいだけの子供でしかない」と卑屈になる。

 

「いいえ、こうしてワクチンの開発に尽力している貴方は一人の立派な医者です」

 

 そんな研修医の気持ちも知らずに労いの言葉を掛け続ける看護師。

 

「俺が同期や先輩医師達を見捨てこそこそと隠れていたとしてもか? 子犬のように惨めに怯えていたとしても医師として見れるのか?」

 

 疲労と後悔から自虐に走る。今の彼は労いの言葉を掛けられるよりも自分を責めてくれる相手を求めている。

 

「たとえそうだとしても、それは誰にも責めることはできません。私も貴方も一人の人間です。職務を全うしなければならないかもしれませんが、それが自分を犠牲にしていい理由にはなりません。だからといって亡くなった先生達の行動を非難するつもりもありません」

「大衆はそうは見てはくれない。研修医であっても応召義務云々を問われるさ。それに俺は持ち場を放棄したのだから」

 

 医療従事者や軍人といった人種は、どうしても非常時に際し、自己よりも第三者を優先する必要がある。

 こうした事態において、専門的知識を有する立場の者は、そういったモノを持たない者達を救助するのは当然なようになっている。

 

「過去を変えることはできません。私達に今できることは最善を尽くすことです。それに私は、本当に貴方がどうしようもない人でしたらこうしてワクチン開発に尽力するとは思えませんから」

 

 研修医にとってワクチンの開発など気紛れ。罪滅ぼしぐらいにしか思っていない。

 

 ここ数時間で死への恐怖、自らが死に近づいていると感じている彼は、死の前に僅かながらでも罪を軽減できないかと考え行動に至っていた。

 

「お取り込み中だったか? 悪いが直ぐに来てくれ」

 

 研究室の扉を勢いよく開けたのはU.B.C.S.の隊員。銃を携行し少し慌てたようにしてる様から何かあったことは間違いないだろう。

 

「どうしたんですか?」

「部屋の窓から外を眺めていたら生存者の一向がこっちに向かってきてな。問題はお連れが大分いることだ」

 

 彼の言うお連れとはゾンビ共のことを指しているのだろう。研修医はこれ以上人員を増やすのは気乗りではない。蓄えていた非常食も残りが少なく、余裕がないからである。

 

 しかし、U.B.C.S.と看護師は救出に乗り気であった。

 

「手を貸してくれ。裏口から彼らを中に入れる」

 

 物資の調達用に確保した裏口。既にゾンビ共は掃除されており安全である。

 

「彼らが中に入るまで俺達が連中の相手をする。あんた達は全員中に入るまで出入り口を確保しておいてくれ」

 

 裏口に向かいながら一連の流れを説明する隊員。出入り口の確保を任された看護師と研修医に拳銃と弾倉を手渡す。

 

「いいか。合図をしたら扉を開けてくれ」

 

 裏口までたどり着いた彼ら。二人はU.B.C.S.からの合図を待つ。外では生存者による発砲音がしている。丸腰の手ぶらというわけではないようだ。

 

「よし、行くぞ」

 

 研修医と看護師が両開き扉を開け外に出ていく4人の隊員。正面入り口に向かう。正面から裏口には迂回しての移動となるため、道中の脅威を排除していく。

 

「こっちだ!」

 

 俊敏な動きで正面まで回り、生存者達の誘導を開始する。突如現れた兵士に戸惑うも、生存者達は直ぐ様彼らの誘導に従う。

 

 二人が生存者達の後方を継続的な射撃で安全を確保。一人が合流地点で手を振り続け、残りの一人が来た経路を、リア警戒にあたる。

 

「お前で最後だな」

 

 生存者の最後尾に対して最後であるかどうかの確認を行う。

 

「はい!」

 

 確認が取れたところでリア警戒をしていた隊員がポイントマン、先頭員となり、合流地点にいた隊員が生存者達の後方の安全を確保していた二人にスクイーズを送る。

 

 後退しながらも継続的に射撃を行い、裏口にゾンビ共が押し寄せてこないようにする。

 

 絶え間ない射撃音に緊張する看護師と研修医。そのため物陰の奥からゾンビが接近していることに気づいていなかった。

 

「先生危ない!」

 

 手と手が触れる位置に来てはじめてゾンビの存在に気づいた二人。

 

 ゾンビは研修医に襲い掛かろうとするが、その前に動いた看護師が研修医をはね除けることど研修医は無事であった。

 

 だが、はね除けた看護師が代わりにゾンビに押し倒されてしまった。必死に押し退けようとするがゾンビの方が力が勝っており、看護師は首筋を噛まれてしまう。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 研修医はどうすること出来ず看護師が首を噛み千切られる光景を眺めていた。

 

 裏口に戻ってきたU.B.C.S.が二人の異変に気づいたときは既に遅かった。直ぐ様AR-15でゾンビの頭を撃ち抜いたが看護師は右総頸動脈をやられ危険な状態だった。

 

 動脈をやられたことで血圧に合わせて血が流れ出る。

 

「何してる! あんたが止血しろ!」

 

 隊員はポーチからエマージェンシーバンテージを取り出し座り込む研修医に指示する。

 

 隊員が止血をしないのは現場の安全化がなされていないからである。

 

 戦闘中の医療行動の基本は脅威の排除である。

 

 隊員の怒号に近い指示を受け研修医は圧迫止血を開始する。

 

 看護師の左腕を上げ、バンテージを当て、左脇から背中を通るように、コンプレッションバーに通し、折り返し、グルグルと徐々にきつく巻いていく。

 

 最後はクロージャーバーで包帯を止め、上げていた腕を下ろし自分の力で圧迫させる。

 

 しかし血は止まらず流れ続ける。次第に出血量は減少するが、それは循環に必要な血液が不足し血圧が低下しているからである。それによってショック状態に陥る。

 

「ダメだ......喀血している上に呼吸も浅く早くなっている。脈も触知できなくなってきた。気道も確保できない。バンテージの袋を使って空気塞栓は防いだが、血腫や血液が気管内に入って気道閉塞を引き起こしたかもしれない」

「何とかするんだ!」

「どうしたんだ!?」

 

 残りの隊員達も直ぐに看護師の異変に気づいた。

 

「噛まれたのか!?」

「エアウェイとか持ってないのか?」

「そんないいもんは支給されていない」

「ここにはバッグマスクもない......急いで手術室に運ばなければ!」

 

 最後の隊員が中に入り急いで扉を閉める。ある程度ゾンビは排除さたことにより裏口に押し寄せてくることはないだろう。

 

「急いで運ぶぞ!」

 

 一人がファイアマンズキャリーで看護師を運び、残りの隊員達が避難してきた生存者達を誘導する。

 

「急いでいるところ申し訳ありませんが、私は別の病院で外科医をしているものです。そちらの看護師さんの治療を任せては貰えないでしょうか?」

 

 30代後半の男性が搬送中の隊員に声をかける。

 

「責任者は俺じゃないそっちの先生だ。先生! こっちの生存者が外科医で治療したいそうだ!」

「外科医なら願ったりだ! 是非とも頼みます!」

 

 階段を上りながらやり取りをする二人の医者達。話の内容が内容なだけにU.B.C.S.隊員達はさっぱり理解できない。

 

 理解できているのは看護師が緊急をようする事態(ロード&ゴー)であることだけである。

 

「気道閉塞を起こしているなら直ぐに処置しなければ......。輸液と輪状甲状靭帯穿刺の準備を直ぐに! 3mLの無菌生理用食塩水を入れた10mLのシリンジを14~16ゲージの静脈内カテーテルをつけて下さい! ジェット換気装置とヨード剤を含んだ消毒液を忘れずに!」

 

 移動しながらも外科医と名乗った生存者は研修医に的確に指示を出していく。その間研修医は「これが本物か」と惚れ惚れしていた。自分が目指すべき姿がそこにあった。

 

「大勢を助けるために一人を犠牲にしちゃ後味が悪すぎる」

「先生方頼むぜ!」

 

 手術室に看護師を運び終えた隊員達も外科医の指示の下サポートを始める。

 

 彼らはゾンビに噛まれたらどうなるのか知っているが、それでも彼女を救おうとするのであった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 同時刻。Front street of R.P.D

 

 輸送車両の確保に来ていた4人は思わぬ襲撃により、近くの建物内に避難していた。

 

「なんたる仕打ちだ! 犬好きの俺に犬を殺させるとは!」

 

 襲撃者の正体は感染した警察犬、ドーベルマンであった。しかし、咄嗟に襲撃者を感知した隊員によって全員無事であった。

 

「なら犬にムシャムシャされたかったか?」

「あれを犬と思えるのがスゴいな」

 

 感染したドーベルマンは本来の姿とは掛け離れている。皮膚はただれ落ち所々骨が剥き出しになっており、白濁した眼はゾンビ達と同じである。

 

 感染したことにより、より獰猛で攻撃的になっているため、再調教は不可能であろう。

 

「これからどうするの? 車両の周辺には犬が溢れているわ」

 

 感染したことによって嗅覚を失ったのか。獲物を見失った犬は車両の周囲を徘徊している。それを彼らはスーパー内で見つめる。襲撃してきた個体はその場で倒したが、どんどん数が増え、今では10頭近くいる。

 

「さっきの狂暴性から見るに、あれを10頭まとめて相手にするのは厳しいな」

 

 何か方法はないのかと考える彼らの背後から物音がした。音源はカウンターの奥。小さな何かが動いた音だが極度の緊張状態の彼らはその音を聞き逃さなかった。

 

 瞬時に音のした方向に銃を構えゆっくりと近づいていく。

 

 カウンターの奥に続く扉は閉まっており確認するには扉を開ける必要があった。

 

「開けた方がいいか?」

「ゾンビと犬の挟み撃ちはごめんだ」

 

 男性警官が引き扉のドアノブに手をかける。背の高い方のU.B.C.S.隊員が頷き警官が扉を開ける。

 

「まっ、待ってくれ! 撃たないでくれ!」

 

 扉の奥から現れたのは一人の小太りした警官であった。

 

「ハリー! 生きていたのね! エリックとエリオットは?」

 

 婦警が現れたハリーという名の警官の元に寄る。残りの三人も警戒体勢を解いた。

 

「二人ともダメだったよ。準備は上手くいったんだが、最後の最後で二人とも......」

「お前はエリオットと一緒にエリックの護衛についていたんじゃないのか?」

 

 男性警官が詰め寄る。小太りした警官に詰め寄る。気が弱いのか、詰め寄られた警官はぶつぶつと、うつむきながら答える。

 

「予想以上に数が多過ぎてどうしようもできなかったんだよ......」

「じゃあ、爆破は失敗に終わったのか......。くそ! レイモンド達の動向も気になるのに」

 

 小さく舌打ちし不満をこぼす男性警官。どうやら小太りした警官は何かの作戦に従事していたがそれが失敗に終わったようだ。

 

「身内話はそこまでにして、一人増えたってことは余計に行動に影響が出るってことだ」

 

 ここまで少数で行動してきた彼ら。彼らの立てたプランはあくまでも彼らだけの内容であり、ここにきて人員が増えることは予想などしておらず、彼をどうするの考える必要が出てしまった。

 

 この作戦に役に立つかどうか。

 

「見ての通り気の弱い警官だ。警官になれたのが信じられないくらいにな」

「そんなこと言う必要はないでしょ」

「こいつはエリックとエリオットを見捨てずっと隠れていたんだぞ!」

「彼は無理やり作戦に加えられたのよ」

 

 ここにきて警官達は口論を始める。今そんなことをしている場合ではないというのに。

 

「喧嘩は止めろ」

 

 隊員二人が間に入って仲裁を行うが、男性警官は腹の虫が収まらないようだ。

 

「兵隊さん、こいつは足手まといになるだけだ。ここに置いて行こう」

「ローズ!」

 

 彼らの口論は予想以上に大きな声で行われていることに誰一人気づいていない。その大きな声が外にいるモノ達の耳に入っていたことも。

 

 黒い影がスーパーの窓ガラスを突き破ってきた音で5人は我に帰った。

 

「最悪だ」

 

 背の低い方の隊員が呟いた。窓ガラスを突き破ってきたのは先程自分達を襲ったドーベルマンであった。

 

 ドーベルマンは彼らを見つけると低い唸り声をあげ彼らに向かって突進しだす。

 

「な、なんだよあれ!」

 

 小太りした警官ははじめて遭遇したゾンビ犬の姿を見て悲鳴を上げる。

 

 一匹の突進を皮切りに次々とスーパーに突入してくる犬の集団。何匹かは勢いあまって商品棚に激突し棚と陳列されていたパン等の商品を転倒させる。

 

「奥に行くんだ!」

 

 背の高い隊員が叫ぶ。全員が一斉にスーパーの奥へ急ぐ。

 

「俺は大人しい犬が好きなんだ!」

 

 背の低い隊員が持っていたAK-47の銃床で飛び掛かるゾンビ犬を横から殴り付ける。

 

 キャンと犬らしい鳴き声を上げ吹き飛ぶ。しかし致命傷ではないため直ぐに立ち上がる。

 

「くそったれ!」

 

 奥の部屋に入り扉を閉める。閉められた扉に寄りかかるゾンビ犬。口から出される白い息と涎。見た目と相まってその醜態に気分が悪くなる。

 

「今のうちに車両に行くぞ!」

 

 奥の部屋に窓を開けそこから外へと出る5人。駆け足で車両に向かうも、5人が外に出たことに気づいたゾンビ犬達も後を追う。

 

 ゾンビ犬へと成り果てたとはいえ、犬本来の脚力は失っておらず、距離はあっという間に詰められる。

 

 5人の中でも婦警と小太りした警官は足がかなり遅かった。ゾンビ犬達は先ずはじめに二人をターゲットにした。

 

「もっと早く走れ!」

 

 前を行く三人はチラチラと後ろを気にしながら走る。そして二人が追い付かれことを目にする。

 

「先に行け!」

 

 男性警官と背の低い隊員にそう告げた背の高い隊員は、その場でニーリングの姿勢をとりゾンビ犬に照準する。

 

「も、もうだめだ」

 

 転んだ小太りした警官に飛び掛かるゾンビ犬だが、背の高い隊員が発砲したことにより、ゾンビ犬は食いつくことなく小太りした警官の上で絶命。

 

 だが第二、第三のゾンビ犬が迫り来る。

 

「死に物狂いで走れ!」

 

 照準を保ちながら大声を出す隊員。次は婦警に接近するゾンビ犬に対して射撃を行う。

 

 猛スピードで走るゾンビ犬の頭部を的確に撃ち抜いていく。

 

 二人は隊員の行動によって命を助けられる。そんな二人もようやくニーリングする隊員の横を通過した。

 

 隊員は二人とゾンビ犬の距離を稼ぐためその場に残りながら射撃を継続する。

 

 先程までは二人に目掛けて飛び掛かった目標であったため、精密射撃(アイボールシューティング)できたが今は残りの8匹が自分に向かってきているため概略照準射撃(フラッシュサイトシューティング)に切り替える。

 

 文字の通り概略照準による急射であるため命中率はあまりよくない。当たったとしても足や胴体といった一時的に動きを止める程度であった。

 

「そろそろヤバイな」

 

 ゾンビ犬と自分との距離が縮まってきため、隊員は立ち上がり銃口を上向きにするレディガンの姿勢をとり、4人の後を追う。

 

 先に走っていた二人は輸送車両に到着残りの3人を待ちながら車両周辺のゾンビを撃退していく。

 

「おいあんた車両のエンジンを入れてきてくれ!」

 

 男性警官にトラックをいつでも動かせるように、準備するように指示を出す隊員。

 

「あぁ......くそっ! キーがない!」

 

 しかし、男性警官は腰につけていた車両のキーがないことに気づく。

 

「何してんだ! どこにやった!?」

 

 ポケットの中等を手探りで探すがキーを出てこない。どうやら走っている最中に落としたようだ。

 

「おい! お前達そこら辺に車のキーが落ちてないか!?」

 

 二人に聞こえるように声を張り上げキーを探すように伝える。

 

「なんだって?!」

「車のキーが落ちてないか見てくれだって」

 

 その場に立ち止まる二人。

 

「あ、あれのことか?」

 

 小太りした警官が指差す方向、前方3mぐらいのところに銀色に光る鍵らしきものがあった。

 

「きっとあれよ」

 

 鍵を見つけると再び走り出す。

 

「俺が拾うからリタは先に行って」

 

 婦警を先に行かせ鍵を拾う小太りした警官。拾った鍵を落とさないようにギュッと握りしめる。

 

「キーは?」

「ハリーが拾ってくれたわ」

「あんたは先に乗れ」

 

 先にたどり着いた婦警を車両の中へと入れるべく、引き戸を開ける。

 

「ノー! ジョンソン!」

 

 遅れてくる隊員の援護をしていた隊員が叫んだ。

 

 ほんの一瞬目を離した時のこと、車両周辺のゾンビを撃退した後のことだった。

 

 婦警と小太りした警官を先に行かせるために残った隊員の脹ら脛をゾンビ犬の牙が捕らえた。

 

 痛みでその場に転倒した隊員の体に食いつくゾンビ犬。両手、両足、脇腹を頸部に牙が食い込む。抵抗のため転げ回るがゾンビ犬は牙を離さない。

 

 やがてもがく動作が弱くなってくる。そして遂に隊員は動かなくなった。

 

「そんな......」

 

 助けられた婦警も隊員の死にショックを受ける。残された隊員もふつふつと込み上げる怒りと悲しみを感じていた。しかし感傷には浸らず直ぐに車両に乗り込む。

 

「ハリーまだエンジンは掛からないのか!?」

「それが全然掛からないんだよ!、クラッチを踏んでも何をしても!」

 

 キキキと音は鳴るがエンジンがかかる気配はしない。更に銃声がより多くのゾンビを車両周辺に集めることになっていた。

 

「まずいわ。どんどん集まってくる」

 

 車窓から見えるゾンビの集団が運転席の警官を余計に焦らせる。

 

 このままではトラックの中で孤立無縁状態になってしまう。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!」

 

 銃を置き外に出る隊員。両手で車両の後部を押し出す。それを見た男性警官も隊員と同じようにトラックを押す。

 

「リタは中にいろ」

 

 婦警も外に出て一緒に車両を押そうとするが男性警官に制止させられる。

 

 火事場の馬鹿力。

 

 緊急事態に際して二人の力は常時を越えたものを発揮。それによって1トンを越える車両は動き始めた。それと同時に掛からなかったエンジンも掛かった。

 

「やった! エンジンが掛かったよ!」

 

 エンジンが掛かったことに喜ぶ小太りの警官。しかし、後ろに乗っていた婦警は喜んでいなかった。

 

「ローズ! キースさん! 後ろ!」

 

 車両を押し出していた二人の背後には、銃声に呼び寄せられたゾンビの姿があった。既に二人とも肩を掴まれていた。

 

「立ち止まるなよ! そのまま行け!」

 

 開いていた車両の扉を閉める。最後に婦警が見た二人の姿は、大勢のゾンビに噛みつかれながらも車両を押し続けるといった凄惨なものであった。

 

 




外科医の人が出てきましたが、私は医療関連の知識が無いので資料を参考にしながら描写したのでかなり間違っているところもあるかもです。

あと後半の方でちらっと名前を出しましたが一部はオリキャラですので。

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