Operation Racoon City. Scenes U.B.C.S 作:オールドタイプ
歴史的にも高価で価値のある絵画や出土品等が展示されていたこの美術館は、地元の学生の教育資料としても愛されていた。
しかし、それも今となっては遠い過去のような話。明らかに、人為的に破壊されたショーウィンドウ。保存状態の悪い出土品の破片。荒れた館内。美術館の館長は、ラクーン市長と同様に、これらの物をあっさりと見捨て、早々に街から脱出してしまっていた。
警備職につく者達も命を掛けて美術品を守る義理はない。
「ガラクタばかりで金目のものなんか、ほとんどねぇな」
散らばる美術品を拾い上げては投げ捨てるの繰り返し。目ざといモノは'先客'によってあらかた回収がされている。
「あ~あ、折角やってきたのに収穫はほぼゼロかよ。銀行も同じだったしよ」
『U.B.C.S.
尤も、この者達も当初は真面目に任務にあたっていたのだが、時間を追う毎に消えていく仲間や、民間人を前に次第に任務遂行の意欲が冷めていたのである。
「あのパツキン姉ちゃんも早々に死んじまったし、はぁ、ヤりてぇな」
頭を掻きむしりながらぼやく隊員達。既にこの隊員達の精神はギリギリに近い。
訓練された兵士だからこそ耐えれるものもあるが、それ以上に生存者達の存在が大きかったのである。短時間の仲でも、互いに手を取り合う関係にまで発展していった生存者達を失うことは想像以上に堪えるようだ。
大口を叩くことで、喪失感の誤魔化を担っている。
「ヒュー、最高だったぜあの女」
緩まった迷彩服のベルトを締めながら、個室から隊員が一人出てくる。
開かれた扉の奥には、絨毯の上で俯せの状態の、全裸の女性がいる。部屋は薄暗く、部屋全体の詳細は不明。それなりの広さはあるということだけが分かる。
その部屋に対して右手の親指を指す隊員。
「次は俺だな」
笑いながら立ち上がり、部屋へと入っていく別の隊員。部屋に入ると扉を静かに閉める。
全裸の女性に、やけに上機嫌な男性隊員。室内には二人以外誰もいない。これから二人で何が行われるのかは敢えて言う必要はないだろう。
だが、全裸の女性なのだが、少々普通とは言い難い状態である。
手足は手錠で身動きが取れないように、抵抗......いや、『襲われないように』とでも言うべきか。
女性の口には猿轡がされており、『噛めない』ように施されている。そして、その女性の体を良く見てみれば、比較的外傷は少ないが、至るところに引っ掻き傷があり、化膿している箇所もある。
当然隊員達はそんなことは承知している。承知の上で『お楽しみ』しているのだ。
「普通の女と何ら変わらない。いや、寧ろ普通の女とは違った楽しみ方ができる。しっかり処置はしてるが、いつ破られるか分からない。いつ食いちぎられるか分からないギリギリの緊張感が最高にハイにしてくれる!」
得意気に、自慢気に誇らしく語る『経験者』になった隊員。勿論粘膜から感染しないようしなければならないが。
そんな隊員の話を、話し半分にしか聞いていない他の隊員。自分以外の人間が楽しんだ話を聞いても自分達は1mmも得しないからである。
そんな彼らは地べたに座りながら成果の確認を行っている。持っていけるものとそうでないものの振り分けである。欲張り過ぎて体が重くなっても困る。
「次は日本人、お前がヤってこいよ」
数少ないU.B.C.S.の日本人隊員。この場においてただ、一人略奪行為といった、倫理的、道徳に背いっていなかった。数少ないまともな傭兵である。
まともといってもそれはU.B.C.S.内で話。彼も日本人でありながら、『平和』な国を離れて敢えて危険な道を突き進むあたり、まともではないだろう。
彼が傭兵となった経緯は大したものではない。
『戦いたかった』だけである。所謂戦闘マニアだった。
マニアだったが、その系統の訓練に関しては成績も優秀であり、真面目に取り組んでいた。
国を守るといったことに熱心だったわけではない。だが、そうすることで結果的に国防の役に立っていたのも事実。
いつしか物足りなくなった彼が、国外に進出するのはそう時間は掛からなかった。
「興味ない」
感染者との戦闘を楽しんでいるだけでその他のことに興味はなかった。
「けっ、つまらない野郎だ」
そんなこんなしている間に、先程部屋に入った隊員が出てきた。ご満悦といった表情である。
「じゃ、次は俺」
待ちきれなかったと言わんばかりに、勢い良く立ち上がる別の隊員。だが、彼の欲望が叶うことはない。
「な、なんだこれは!?」
彼の体にまとわりついていく白い糸。それは天井から、大きく空いた天井の穴から伸びていた。何重にも巻かれる糸。そして彼は糸が伸びている天井へと吸い込まれていく。
「ちくしょう! なんなんだ!」
取り乱す隊員。どれだけもがいても糸が解けることはなく、穴に吸い込まれていった彼の姿は完全に見えなくなってしまった。
そんな穴に集まり見上げる隊員達。全員銃を構え警戒する。
少ししてから消えた隊員の悲鳴が挙がり、悲鳴と共に夥しい量の血が零れ落ちてきた。
「撃て!」
天井に向かって銃撃。しかし、どれだけ撃っても死体はおろか、何も落ちてこない。
「はぁはぁはぁ......」
一瞬で緊張感を取り戻し、臨戦体制を取るあたり腐っても兵士。
そんな兵士達が内心異様に困惑している。それは街に降り立って最初に遭遇した感染者達の時以上のものを感じている。
彼らにとって未知の存在、未知の脅威が差し迫っている。
「今のは何だったんだ!」
「ゾンビ以外にあんなのいるのかよ!」
「ここにいては不味い! 早く逃げるぞ!」
ここにいては不味いと、誰もが思った。一刻も早く逃げなければならない。そうする以外彼らに手段はない。
素早く盗品や必要な物をまとめ、美術館入り口まで急ぐ彼らの前に、『それ』が降りてきた。自然界にはまず存在しない大きさの『それ』は幾つもの眼で獲物である彼らを捉える。
異常に発達した胴体からは8本の足が生え、ゆっくりと近づいてくる。足の先は鋭い針のようになっており、全身の体毛はまるで刺であり、それがワナワナと震えている。
突如降ってきた『それ』こそ、彼らは襲った脅威の正体こそ、ゾンビとは別の存在。B.O.W.その内の一体である。
type【ウェブスナー】
アンブレラがT-ウイルスを研究する上で初期から対象として選ばれていた蜘蛛のB.O.W.である。
ウイルスへの適応が他の生物よりも適していな理由から世界中の様々な蜘蛛が研究された。
大きさが巨大になるといったこと以外ウイルスの恩恵は得られなかったが、生物として既に優れた生態を持っているため、人間からすれば脅威度は計り知れない。
しかし、元が昆虫であるため、知能はたかが知れている。そういう意味でアンブレラは兵器として蜘蛛の開発は中止している。
つまり、ここにいるウェブスナーはウイルス流出による二次感染体。
そんなウェブスナーは獲物のである彼らに向かって牙を噛み鳴らす。
ウェブスナーと遭遇したこともなければ、存在すら知らなかったU.B.C.S.隊員達はその体躯から激しい嫌悪感を抱く。
しかもウェブスナーは一体だけではない。彼らの後方にもウェブスナーが二体現れる。三体のウェブスナーは緩慢な動きから一転。蜘蛛らしい速度をもって迫ってくるのであった。
五人改め、四人の隊員達は一斉に左右に飛び退くことで突進を回避する。壁や机などの物体に激突。ぶつけた体の一部を痛がる暇もなく、素早く立ち上がらなければならない。
蜘蛛は複数の眼をもっているため、突然視界から消えても獲物の姿は見失ってはいない。
向きを変え、改めて向きなおすウェブスナー。おしりから糸が噴出される。
ウイルスの影響で巨大化したことで糸はとてつもなく強靭なものとなり、人間の力一人では切ることは不可能であろう。
捕らわれたら一貫の終わり。
先程餌食にされた隊員からそれを学んだ隊員達は、遮蔽物等に姿を隠しやり過ごす。
やられっぱなしのままではいかない。隊員達も平常心を取り戻すと遮蔽を利用しながら応戦する。
5.45mm弾を受けるが一撃では死なないウェブスナー。傷を受けたことで怒ったのか、更に体を震えさせ、威嚇する。
隊員達はウェブスナーを倒すことは考えていない。逃げるための離脱戦闘であり、あわよくば倒せればいい程度の考えである。
壁や天井等を、縦横無尽に動き回れるウェブスナー。室内で戦うのは不利なのだ。
更にウェブスナーの放出される糸も問題だ。糸は外れても壁や床などに粘着して残る。その糸に触れれば動きは止まってしまう。
細心の注意を払いながら、糸に触れないように後退する。
だが、隊員の一人が片足を糸に取られてしまった。床に付着した糸に体制を崩された隊員はその場に倒れる。
それに気付いた別の隊員が救出に戻るが、ウェブスナーの方が一歩早かった。
倒れた隊員の腹部に鋭利な足が突き刺さる。苦痛に顔を歪める隊員にウェブスナーの牙が迫る。首を噛まれまいと、体を捻る。
ウェブスナーは隊員の肩に食らいついた。
深々と食い込むウェブスナーの牙。ウェブスナーは毒も保有しているため、牙から隊員に毒が注がれる。
神経を麻痺させる毒は微量であっても獲物を弱らせ、体の自由を奪う。
そこに、救出に戻った隊員がライフルをウェブスナーの口内に突き刺す。そのまま口内で引き金を引き、フルオートに切り替えられた銃は、弾倉内の弾を撃ち尽くすまで弾を出し続ける。
外皮が丈夫でも内部はそうでもないようである。
ライフルの弾の威力と発射による衝撃がウェブスナーを内部から破裂させる。
ぐったりと倒れたウェブスナーの足と牙を抜き、負傷した隊員を肩に抱える。
極少量の毒しか体内に入っていないためか、少し動ける隊員。しかし、毒以外の傷が酷く腹部の傷を押さえるだけで精一杯。
仲間が死んでも一切歯牙にかけず、弱った獲物への追撃に集中する残ったウェブスナー。
ちなみにではあるが、彼らが慰み物にしていた感染者は、後からきたウェブスナーによって、四肢を食いちぎられ、そのまま貪られていた。
入り口までまだ距離があった。
脱出を急ぐ彼らを更なる絶望が襲う。
入り口と繋がるホールにやってきた彼等に写った光景は、無数のウェブスナーによって、巨大な蜘蛛の巣となった美術館のホールであった。
「ここからは逃げられない」
足を止めるしかなかった。別の逃げ道を探す必要がある。彼らは必死で周囲を見渡し、逃げ道を探す。
そんな彼らに気付いたウェブスナーの群れが一斉に向かってくる。
彼らは咄嗟に目にはいった別の道へと避難する。だが、全員一緒ではない。半々に別れ、別々の通路に避難したのである。
「くそっ!」
一方は負傷者を抱えている。行動が制限されているなかで、この数から逃げることも戦うことも厳しい。
「退きやがれ!」
銃を乱射し、合流しようとするが、合流することできない。
「今は退くぞ!」
泣く泣くその場から後退。曲がり角に入ってしまったため、負傷者した仲間達の姿は見えなくなった。
仲間を助けるためにも、自分が死ぬわけにはいかない。二人の無事を願いながら二人も必死に逃げる。
方や負傷者を抱えた側は、通路から一室に逃げ込み籠城していた。
入り口を本棚や机で塞ぎ、侵入されそうな箇所を見渡し警戒する。
この部屋は物置のようであり、出入り口は一つしかなく、その扉は既に使えない。
だが、ここから逃げる手段は他にもある。人がギリギリ通れそうな通気ダクトがあるのだ。
しかしながら、そこを通ろうとしないのは、負傷者した隊員は自分の力では動けず、引っ張る必要があるのだが、狭い通気口内でそうすることは難しい。
置いていかなければならない。
通気口を使用するとなるとそうしなければならない。
ところが彼はそうしない。別れた仲間が助けに来ることを信じて待つことを選んだのだ。
「もういい......置いていけ」
「俺にポーカーでの貸しがあるだろ。それを貰うまでは見捨てるわけにはいかない」
一度だけこの日本人隊員は仲間に誘われ賭けポーカーをしたことがあった。そのポーカーは、日本人の一人勝ち
という結果である。
弾薬も残り少なく、はっきり言えば、このまま残ればたちまち二人はウェブスナーに補食されるであろう。
別の二人がこの場所を見つけるのは簡単ではない。
「あれの、......貸しだった......ら俺のワインを......ダ......メにした......件でチャラ......だろ」?
負傷者した隊員の顔色がみるみる悪くなっていく。腹部の傷が思ったよりも深く、内臓まで達していたようである。
遅かれ早かれこの隊員は助からない。本人も、もう一人の隊員も重々承知している。
それでも隊員は頑なに見捨てようとしない。
「こんな街からおさらばして報酬で豪遊するんだろ」
必死に励まし続ける。認めたくないのだ彼の運命を。
「死ぬとき......は女に抱かれ......ながらと......決めていたのにな......」
木製の扉の一部が破られる。直にバリケードは突破され室内の侵入を許すだろう。
「決めているならそれを実行するまで死ぬなよ」
破られた一部からウェブスナーの顔が覗かせる。それに向かって、隊員はL85A1を撃ち込む。
「くそ、弾切れだ」
ライフルを捨て、拳銃に持ち替える。
「俺のを持っていけ......」
負傷者した隊員は自身のAK74を弾倉と共に差し出す。
「縁起が悪いようなものを寄越すな。自分で持って自分で使え。形見なんか受け取らねぇよ」
とうとう扉は破られ、無数のウェブスナーが室内に入り込む。
「行け......!」
隊員を逃がすために、脅しとして拳銃を抜き顔の横の壁を撃つ。
そんな彼の左足にウェブスナーの糸が絡み付く。抵抗する力がないため、為す術もなく、無慈悲に隊員はウェブスナーに引き寄せられる。
「......っ! 済まない!」
床に置かれたAKと弾を拾い通気口内に入り込む。
捕獲された隊員が最後の力を振り絞り、拳銃で抵抗をしていたことと、ウェブスナーが食事に夢中になったことで暫くの間、隊員はウェブスナーの追跡から逃れられることができた。
通気口内から通路に出た隊員は、先程分断された二人と合流を果たす。
「無事だったか!」
「奴らがいない逃げ道を見つけた。そこから脱出するぞ」
「......アイツはどうした?」
「やられた......」
「そうか......」
悲しみに包まれるが、悲しむのはあと。
「お前の責任ではない日本人」
そう言われるが、日本人隊員は自責の念に駆られていた。あの時、自分が別の通路に逃げなければと。
「くそ、また来やがった」
更に別の個体が三人を発見。
彼らは盗品を捨て必死に走った。裏口から外に出たあとも必死に、必死に走った。
美術館の外でもウェブスナーは追ってきた。執拗に追ってくるウェブスナーの群れに三人は休む暇はなかった。
その結果、彼らは追い詰められた。逃げ場のない路地。完全に囲まれた彼らはとうとう観念した。
「ここまでか......」
「食われてしぬなんてな」
ようやく食事にありつけると歓喜するかの如く飛び掛かるウェブスナー。
ウェブスナーの群れに覆い尽くされ、体を食いちぎられながら、日本人の隊員は死への恐怖ではなく、故郷日本の古里を想っていた。
実家の両親のことが心残りであったのである。
だが、そんなことを心配する必要はない。もうすぐ、彼という意思は消え失せるのだから。