Operation Racoon City. Scenes U.B.C.S   作:オールドタイプ

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9月26日
Mission report01 AM12:00i


 1998年9月。夏の余韻を残す蒸し暑さの中、私の元に『U.B.C.S.本部』から緊急呼集が届いた。

 呼集事態は物珍しくもない日頃の業務連絡と何ら変わりのないもの。"問題"が起きたときの"解決"の為の仲裁者であるU.B.C.Sの唯一の仕事として赴くだけである。

 

 『U.B.C.S.』本部に帰還したとき、本部が妙に慌ただしかったのを覚えている。

 

 自分が配属されているA小隊C分隊の人間だけが呼び戻されたのかと思っていたが、そうではなかった。

 

 メインゲートを潜った中央窓口には他の分隊員全員が押し寄せていた。この時点で「従来の業務ではない」と弱卒ながら直感していた。

 

 本来ならば必要最低限の人員のみが投入される業務において、全ての人間が同時に呼集されることなど一度もなかった。

 

 私は目の前にいた同僚に「何事なんだ?」と声を掛けた。

 

「さぁな。大規模な作戦が展開されるみたいだけどな」

 

 肩を竦めながら返事をする同僚。アンブレラ本社のお偉いさんの地方巡りのお守りにこれ程の人材を割く筈がない。かといって"掃除"にしても人が多すぎる。

 

 U.B.C.S.。それはアンブレラコーポレーションによって非公式の司法取引等によって集められた元軍人、ゲリラ、戦争犯罪者といったならず者達で編成されている。飛びっきりのろくでなしがこぞって集められ日夜訓練と仕事に追われている。

 基本的に私達が出張るのは、アンブレラという巨大な製薬会社としてのメディアへの目を考えて、表沙汰に出来ないことへの対処に当たることが殆ど。自社社員を使うよりも好きな時に何時でも切り捨てられる傭兵である私達の方が使い勝手が良い上に損失も少ないからである。

 此方にしても、重罪による重い刑罰を課せられ、本来なら外に出ることなど不可能に近かったのを取り消し、自由を与え、生きるチャンスをくれた。しかも報酬も悪くない。

 

 アンブレラにとって金など吐いて捨てるほどに有り余っているため金で釣ることなど容易いのだ。

 

 それによって両者にとってwin-winの関係が確立されているとも言える。

 

 しかし残念なことに金による関係は永くも続かない上に簡単に脆く崩れ落ちる。それが偶々この日だった。

 

 何も分からないまま装備品庫に保管されている装備品を身に纏い、出撃の準備を着々と進めていた。

 

 アンブレラ社制式貸与のアーマーベストにはアンブレラ社のロゴマークでもある赤と白の傘マークがペイントされている。

 各ポーチにはそれぞれの弾薬、コルトM4カービンライフルの弾倉が4つとSIG220拳銃の弾倉4つ。手榴弾ポーチには手榴弾が3つ。後は非常用のバヨネットナイフが1本。ニーパットに携帯医療パックにはファーストエイドキット。通信連絡手段に無線とヘッドセット。それが私の装備。

 

 総重量にして20kgは固い。アーマープレートだけでも実に約8kg。それに付け加え銃に弾倉といった携行品をぶら下げればこの重量は避けれない。

 

 自分の命と仲間の命を守る道具なのだから軽くては困るのも事実。

 

 私自身も軍人であったため、このような装備品を身に纏っての訓練は数多く積んできた。時には今以上の装備をつけてのレンジャー訓練もしてきた。

 

 少なからず自分の能力は一定は満たしていると自負はしている。

 

 それは私だけではなく他の同僚もそうだ。ここいるのは戦場を食い物に修羅場を演じてきた者達ばかり。皆自分の能力を出し惜しみせず今日まで生き残ってきた。

 

 出撃前だというのに呑気に談笑に浸る者もいる。

 

 精神安定剤だと称して酒を煽る者。

 

 愛人にラブコールを送る者。

 

 国籍も違えば人種も宗教も主義も違う。私達に共通しているのは今日を凌ぐ金と明日を手に入れるために銃を取ることだけである。

 

 所詮は同じ穴のムジナ。類は友を呼ぶ。ならず者同士が絆を深めるのにはそう時間は掛からなかった。

 

 出撃前の最後の装備の点検。銃の機能を確認し、互いに装備品の不具合を確認。弾倉を詰め、コッキングレバーを戻し薬室に弾を装填。同様に拳銃もスライドレールを戻し装填が完了。全ての確認が済み我らが隊長に合図を送る。

 ヘリへの搭乗が令され、C分隊総勢10名がUH-60通称ブラックホークに搭乗。

 エンジンの暖気運転が終了し、パイロットによる機内のチェックも終了。異常なしが確認されたところで離陸開始。僅かに開いている後部ハッチから離れていく地上の景色が見える。

 

 小さな窓には他の分隊員を乗せたブラックホークが一列になって目的地に向かっている。

 

 出撃前に伝えられた今回の作戦の内容は『市民の救出及び治安維持』とのこと。最底辺軍人であった私達に市民の救出を命じるとはなんとも皮肉なものである。

 

 既に日は沈み掛け。見慣れた夕暮れに染まる空の景色だと言うのに何故か安らぎを覚える。

 

 安らぎを覚える傍らで私は今回の作戦に対しての疑問が頭の片隅から離れなかった。

 

 何故市民の救出にここまでの重装備なのか。治安維持にしても些か余剰火力であることは否まれない。

 目的地である『ラクーンシティ』で起きている事態は我々の想像を絶するものなのか? と

 

 一抹の不安を拭えぬまま私は作戦領域である『ラクーンシティ』へと辿り着いていた。

 

 そして、ここは地獄すら生温い目示録的な世界が広がっていた。

 

 あぁ、この時ばかりは自分自身の運命を呪った。U.B.C.S.に身を落とさなければ、こんな目に会うことは一先ずは無かったのかもしれない。

 

    ◆ ◆ ◆ 

 

 ヘリの下では質の悪いB級のホラー映画が繰り広げられている。

 

 逃げ惑う民間人とそれを追う人間の姿を模した化け物共。只の市民の救出だとたかをくくっていたのに全く最悪な1日になりそうだ。

 

「降下予定ポイントに感染者が多数いる。ポイントを変更して降下させる」

「降下用意!」

 

 片道切符にならないことを祈りながらラペリング降下用意を始める。エイト環にラペリングロープを通し、左右同時に地上10mの高さから降下。ラクーン病院前に降下し、ダウンウォッシュの影響を受けながらも展開。仲間が降りてくるのを待つ。

 

 ライフルのアイアンサイトを覗き込みながら街の状態を確認。至るところから火の手が上がっており、逃げ惑う市民の悲鳴と警官隊による銃声がしきりなしに耳に入る。

 

 今なら何でU.B.C.S.全部隊が召集されたのか解る。一筋縄ではいかない。俺のこれまでの過去の経験なんて比べ物にならない惨事だ。

 

「よし! 行くぞ!」

 

 隊長の号令に従い隊列を組ながら先を走るチーム員の背後を追う。

 

 "感染者"だとか言う連中に遭遇したときときたら。肝っ玉が冷えるってレベルじゃなかった。今まで怖いもの知らずで生きてきた俺がブルッちまっている。

 

 考えるよりも先に引き金を引く指が動く。雄叫びと一緒に打ち出される5.56m弾が化け物共の身体を抉るが、気にする素振りもせずに連中はにじりよってくる。

 一心不乱にライフルを連射。銃声が声をかき消し、排出される薬莢が視界から消えていく。火薬の臭いと連中の肉と血の臭いが俺を更に興奮状態にさせる。

 

 撃っても撃っても進んでくる上にどんどん数が増えていく。

 

 生きた人間の血肉を貪る連中の餌さなんかになってたまるか!

 

 片っ端からぶっ殺してやる!

 

     ◆ ◆ ◆

 

 最悪だ......部隊とはぐれた上に噛まれた傷口の血が止まらない。衛生兵ではないが、ある程度の処置は軍で一通り習った。ガーゼで傷口を圧迫止血しているが一向に血が止まらない。

 ガーゼが血で染まり止血帯に変えても同じだ。左腕の二頭筋をかなり深く食いちぎられた。犬に噛まれる以上の鋭痛だ。

 

 噛まれた直後から嫌な汗も止まらない。喉もカラカラだ。一先ずは落ち着ける場所を探してそこから部隊に連絡をしよう。他にも展開している仲間がいるはずだ。最悪はそこの部隊と合流しよう。

 

 この場を離れるために銃を杖がわりにして、重い腰を持ち上げ、傷口を庇いながらガソリンスタンドを後にする。

 

       ◆ ◆ ◆

 

 畜生、民間人が邪魔で全く狙えない。警察署近くまで来たはいいものの、避難の為に押し寄せている車や人で状況が混乱。警察も事の大きさに処理が追い付いていない。

 

 人が大勢集まるのを感知出来るのか、"ゾンビ"共が角や通りの先から集まってきてやがる。

 

 市民を掻き分けゾンビ共の進行を食い止める為に廃棄された車の車体に身を乗り出して防衛線を形成。警官を呼び合同で制圧をするが、警官共もビビって弾がゾンビ共を掠めるだけだ。

 

 足を撃ち抜き転倒させるも直ぐに立ち上がって来やがる。

 

「手榴弾!」

 

 見かねた仲間が手榴弾を投擲。投擲された手榴弾は近くの車を何台か巻き込み大爆発。爆発に巻き込まれたゾンビの何体かは動かなくなったが、それでもまだまだ数がいる。

 

 市民の救助の前にてめぇの身を守るので精一杯だな。

 

      ◆ ◆ ◆

 

 降りた途端にこれかよ。

 

 市庁舎前に降下してきたが、ここはもう奴等の巣窟と化している。降下直後に襲われ早くも部隊は散りじり。

 

 息も絶え絶えになるが走る足を止めるわけにもいかない。安全な場所があるかどうかは分からないが取り敢えず奴等から逃げる為に走らないとな。

 

 それにしても生存者を余り見かけないな。ここにはもう生存者はいないのか?

 

      ◆ ◆ ◆

 

 クソ、予想以上に感染者の数が多いな。データを収集しようにも余り役に立たない連中だ。データを収集しても私が死んだところで意味がない。

 

 こんな連中だが、生き残る為にも最大限利用しなければな。コイツらもコイツらで生き残るために必死。必死になれば必死になるほどコイツらの兵士としての力が発揮されれば、それだけB.O.Wとの戦闘データーの採取が望める。

 

 まぁ、精々頑張ってくれたまえ諸君。

 

       ◆ ◆ ◆

 

「クリア。一先ずは安心だな」

 

 安全とおぼわしき場所に辿り着いた私と部下は室内の敵を一掃し、情況整理も兼ね一旦休んでいる。

 

 部下達の顔色は良くない。街に降下してまだ3時間しか経っていないが、部下達の精神的疲労は計り知れない

 作戦の進行も芳しくない。市民を市庁舎に集めて迎えのヘリが来るのは3日後。それまでに可能な限りの市民を救出したいが、果たして上手くいくかどうか。

 

『全隊へ報告! 全隊へ報告! 市庁舎近辺は化け物共で溢れ返っている! 市民の集結場所を変更する要あり!』

 

 事態が発生してからまだ初日だぞ。初日でここまで規模が拡大するとは。これは只のバイオハザードではないな。

 

『下がれ! 一時撤退だ!』

 

 ヘッドセットを通して市庁舎に展開している仲間の怒号と銃声と奴等のうめき声が嫌というほど伝わってくる。

 

 こうして私達がうかうかしていられるのも今だけかもしれない。次は我が身。長居は無用。青ざめる部下を激励しながら私の隊は次なる場所を、市民が収容出来る広さで厳重なバリケードを築ける場所を目指して移動する。

 

 ここからだと学校が近いな。

 

      ◆ ◆ ◆

 

 帰ったら死ぬほど酒を浴びて干からびるまで女とヤってやる!

 

 非常食を貪りながら悪態をつく。デパートの食品売り場でライフラインとなる水や食糧を確保しにきたのだ。長丁場が予想されるため、自前の携帯簡易食糧だけじゃ足りないからだ。

 

 既に俺の小隊は民間人を何人か囲っている。途中の銃器店で配られた武器を頼りに生き残っていた連中なため、足手まといにはならずに済みそうだ。

 

 かといって戦力になるわけでもない。武器を持っていても民間人。戦場とは無縁な連中だ。いつ壊れてもおかしくはない。俺達でも気がおかしくなりそうなのに民間人が堪えれるわけがない。

 

「あの金髪の姉ちゃんいい体していたな。生き残ったらヤらせてくれねぇかな?」

「馬鹿なこと言ってないで作業を進めろ」

 

 人間窮地に追い込まれると種を残したいという本能が強くなるっての本当のこと。そんなことをヤってきたせいでこんなところにいる羽目になっちまったんだけどな。

 

 戦場で気が狂いそうなのを抑えるためだったし、そのお陰で正気でいられて生き残れてきたんだ。悪いとは思ったが後悔はしてない。

 

 今回もそれでいきたいところだ。

 

 

        ◆ ◆ ◆

 

 地獄の前触れとも言える事態に誰もが気付けなかった。ラクーンシティ郊外アークレイ山地での事件が始まりであり、ラクーンシティ内でも猟奇殺人が起きていたが、市民の誰もが何れは解決する自分には余り関係のない出来事だと認識していた。

 

 いつものように新聞を片手にコーヒーをすすっては、出社するサラリーマン。

 

 子供の通学を見届け、テレビの前でエクササイズを始める主婦。 

 

 スクールバスで週末の予定などを交わす学生。

 

 趣味のランニングに汗を流す中年男性。

 

 いつもと変わりのない日常。当たり前であり、当たり前のように過ぎ去っていくだろうと誰しもが"日常"を流してきた。

 

 だからこそ市民は当たり前だった日常が何故こうも簡単に崩れ落ちたのか理解出来なかった。当たり前を当たり前のように享受していた市民が異変に気付き当たり前ではなくなっていると少しでも感じていたら少しは違ったのかもしれない。

 

 昨日まで普通だった隣人や家族が今では自分に襲い掛かってくる。そんな現実を受け止めきれずに今でも部屋の片隅で身を小さくしながら怯える市民達。

 

 街を出ることさえ恐怖で足がすくみ実行出来ていない者が大半。何とかして逃げようと外に出ては事故や怪我で動けなくなり、襲われる者が大半。火事場泥棒で金品を漁るものが少数。

 

 惨劇が起きてから数時間。そんな市民達の救世主として街に降り立った兵士の姿を目の当たりにした市民の中に僅かな希望が生まれたのは言うまでもない。

 

 


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