★月§日
気づくとこの村での生活も半年を過ぎていた。
目覚めた当初はどうなることかと心配だったが案外なんとかなるもんだ。
これも良くしてくれるオッサンや女将さん、村の連中のおかげだな。
それに金がどんどん貯まっていくのが快感だ。
この村じゃ金を使う機会は少ない。
飯はオッサンの畑で取れたものと旅籠屋の賄いで事足りるし、物が必要な時は物々交換で済ませることが多い。
その為、オッサンに住ませてもらっている礼に収めている金と酒代以外に使い道がほとんどない。
結果、浪費しなければ帝都でもしばらく生活できるだけの金を貯めることができた。
そろそろ帝都に行く時期かね。
この村を離れるのは名残惜しいがここで集められる情報はもうほとんどないだろう。
それにそろそろ巡視の兵が周ってくるらしいし、その時に一緒に帝都に行くとしよう。
そうと決まれば準備をしなくちゃならんし、村の連中にも村を出ることを言わなくちゃならん。
とりあえず夕方戻ってきたオッサンにそのことを伝えるとすごく残念がられた。
だが、俺が決めたことで家族を探すためならしょうがないと言ってくれた。
そして、門出の前祝いだと言って秘蔵のハチミツ酒を出してくれて酒盛りすることになった。
まさかこんな高価なものをオッサンが持っているとは思わなかったが、それを俺のために出してくれるっていうのがまた嬉しく、夜が更けるまで二人で飲み続けた。
その間いろんな話をして盛り上がったが、オッサンが最後に言った「いつでも帰って来い」という言葉が身に染みた。
オッサンが俺を弟だと思ってくれていたように俺もオッサンを兄貴のように思っていたんだな。そしてこの村のことも本当の故郷のように思っている。
俺は本当に良い人たちに出会うことができた。これはとても幸福なことなんだろう。
★月∽日
女将さんに帝都に行くので仕事を辞めさせてもらう旨を伝えた。
女将さんは残念がってくれたが、同時に俺の門出を喜んでくれているようだった。
とりあえず、巡視の兵が来るまでは働くとして、算数を教えた
ちなみに算数(筆算や掛け算九九、暗算など)を教えたのは女将さんに頼まれたからだ。
ここシシリ州のように小さな村では寺子屋のようなものさえない。
せいぜい村の長老が子供たちに簡単な読み書きと足し算引き算を教える程度だ。
きちんと勉強するには國の主都や帝都に行かなければならないし、金も掛かる。
なので小学生低学年程度の知識でさえ大変有難がられた。
俺としても熱心に学ぼうとする村人相手に教えるのは楽しかったし、金も貰えたので有難かった。
そういえばと女将さんに旅の準備は何をしたほうがいいかと聞いておく。
必要なのは
これらについては女将さんが用意してくれるそうなのでお言葉に甘えさせてもらうことにした。
代金を渡しておこうと思ったが女将さんに要らないと言われてしまった。
なんでも村の男が旅立つのだから、これくらいのことはさせろと。
半年程度居ただけの俺を村の男と言ってくれる女将さんに思わず頭を下げていた。
思えば女将さんには本当に世話になった。
お世辞にも勤務態度が良くない俺を今まで雇ってくれたし、何かと世話を焼いてもらった。
オッサンが兄貴だとするならば、女将さんは俺にとって姉のような人だった。
またこの村に戻ってくるかは分からないが、いつか恩返しをしたいもんだ。
★月〒日
村に巡視の兵がやってきた。
驚いたことにあのオシュトルが隊長になっていた。
この半年間で賊討伐やらなにやらで功績を立てたかららしい。
オシュトルには是非偉くなって欲しいと思っていただけに彼の出世は嬉しかった。
今回も3日間滞在するらしく、それが終われば帝都に戻るという話だったので一緒について行く旨を伝えると快く受け入れてくれた。
それと同時に俺の家族についてはまだ何も分かっていないことを謝罪されたが、情報が俺の似姿と家族構成のみなのでそれもしょうがない。
とりあえず、感謝しつつ気にするなと言っておいた。
これからの3日間、俺は彼らの世話役として行動を共にすることになっている。
今回は前回と異なり雪が無いため、広範囲に渡り害獣・害蟲の駆除を行う予定だ。
また、タタリが出没しそうな場所には警告の看板や柵を設置することになっている。
そしていざ任務を開始するとオシュトルは的確に指示を行い、隊を上手くまとめていた。
正直若いオシュトルが隊長じゃ不満がある奴も居るんじゃないかと思ったが、能力的にも性格的にも問題なく、前回の巡視の宴の際に打ち解けたこともあり、問題無く巡視隊を運用しているようだった。
任務の合間の休憩中には戦いの手解きをしてくれた。
この半年オルケなどを相手に何度か戦っては来たものの、人を相手にはして来なかったため、オシュトルとの訓練は良い経験となった。
それに帝都までの道のりでは賊が出没することも少なくはなく、対人戦を学ぶのは自分の命を守ることに繋がる為、戦い嫌いで運動嫌いな俺には珍しく真面目にオシュトルの教えを受けていた。
といってもそんなにすぐに戦い方が身に付くわけもないので帝都までの道のりで暇があればまた訓練に付き合ってもらえることになった。
だがやはり人と戦うのは忌避感があるし、殺すのも嫌だ。
道中盗賊なんかには出会わない事を祈ろう。
★月∵日
巡視の兵が来て3日目の夜、つまり俺が村に居る最後の夜なのだが、何故か村を挙げての大宴会が開催された。
どうやら巡視の兵への感謝を兼ねて俺の門出を祝ってくれているらしい。
宴の最中、俺の元には多くの村人が訪れた。
それは旅籠屋の面々だったり、飲み仲間の若い衆だったり、ガキンチョ共だったり、とにかく引切り無しにくるもんだから、休まる暇もなかった。
しかも皆どんどん酒を注いでくる上に前回のお返しなのか人が途切れてもオシュトルが酒を注いでくるため、かなり酔っ払ってしまった。
挙句の果てには俺、オシュトル、オッサン、長老を筆頭に大勢で裸踊りを踊っていた。
後から思うと女子供の居る前で大いにやっちまった感があったが、その時は、それまでの人生で最も楽しい時間を過ごせたと思った。
ただ酔っ払って感極まったオッサンが全裸で抱き着いてきた時は一気に酔いが醒めたが・・・。
しかも一部の女性陣はそれを見て顔を赤くしながら歓喜の声を上げていやがった。
まさか、今の時代に腐った女子がいるとは・・・。
やめよう、俺の精神衛生上よろしくない。俺は何も見てないし聞いてない。
翌朝目が覚めると村の広場には死屍累々の裸の男たちが倒れていた。
そのなんとも嫌な光景を見ないようにしつつ、服を着た俺は二日酔いで痛む頭を押さえながら、水と薬を求めて女将さんのところに向かった。
その後、とびっきり苦い酔い覚ましを飲んだ俺は、女将さんに見立ててもらった
皆弱っちい俺の体の心配や記憶が戻ること、家族が見つかることを祈ってくれていた。
最後にまた泣き出したオッサンに抱き着かれているとオシュトルが準備が出来たと呼びに来た。
どうやら出発の時のようだ。
俺はまだ泣いているオッサンを引き剥がし、改めて村の面々に向き合うと村での思い出が蘇ってきた。
そんな万感の想いを胸に俺は一言「行ってくる」とだけ言って、餞別に貰った
背後からは村人の応援する声が聞こえてきたが俺は手を挙げて答えるだけで振り返らなかった。
ふっ、決まったな!
と悦っていると隣を歩いていたオシュトルにふと手ぬぐいを渡された。
いったいどうした?と聞くと顔を拭けと言われた。
そう言われてようやく気づいたが、俺の顔は涙と鼻水でグショグショだった。
俺はオシュトルに礼を言い、手ぬぐいで涙を拭うと思いっきり鼻をかむのだった