ハクになるはずだった男の日記(打ち切り)   作:秋羅

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どうでもいい事ですけど、よく漫画や小説で
「″しっ″ しょうがないじゃないか!」
みたいなセリフがありますが、これって
「″しょっ″ しょうがないじゃないか!」
が正しいと思うんですがどうでしょう?


30話

★月❄日②

 

 無傷で砦を手に入れた俺達はグンドゥルアとの戦いに備えて兵を休ませることにした。

 これまで休むといっても屋根も無く、奇襲を受ける可能性があるという事で常に見張りを立てたりして、しっかり休む事が難しかったので、これを機にヤマトの兵達に英気を養ってもらう事にしたのだ。

 代わりに元気が有り余っているウズールッシャ人達に見張りと砦の周りに積もった雪の片づけをやってもらう事になった。

 とはいえ、雪掻きなんてした事の無いウズールッシャ人達は雪掻きに四苦八苦していたようだったが、それを見かねたヤマト北部出身の兵達の指導もあり、どうにか日が暮れる前には雪掻きを完了する事ができた。

 ちなみに、集めた雪は溶ければウズールッシャでは貴重な水となる為、瓶や桶に入れて保管している。

 

 

 

 そして日が暮れた後、ゼグニがささやかながら歓迎の宴を開いてくれた。

 ここはウズールッシャの名将ゼグニが詰める砦とあって飢えないだけの食料が備蓄されていたようで、兵卒にもウズールッシャの伝統料理を行き渡らせる事ができたが、あちらばかりに食料を出させるのは気が引けたので、こちらからも食料を提供する事にした。

 

 宴が始まり、久しぶりに落ち着いて食事をする事ができたヤマト兵と好きなだけ食べる事ができたウズールッシャ兵の顔には終始笑顔が見られたが、やはり双方の間には隔たりがあり、いきなり仲良くとはいかないようだ。

 しかし、そんな微妙な空気の中で唯一双方を行き来しているのが捕虜だった連中だ。

 彼らはゼグニが合流した際に引き渡し、今後彼の指揮下に入ってもらう事になっているのだが、数日の間とはいえヴライにKYO・U・I・KUされた為、帝に対して一定の敬意を持つようになっており、ヤマト兵とも交流があったので、ある程度ヤマト兵にも受け入れられていたのだ。

 そして、お行儀の良いゼグニ配下の兵とは違い、モヒカンな彼らに遠慮なんてものは無く、ヤマト、ウズールッシャ双方の集団にズカズカと入り込み、ヤマト人にはウズールッシャの事、ウズールッシャ人にはここまでのヤマト軍の事を教えていた。

 双方の兵にとってそんなモヒカンの話は、とても興味深いモノだったようで、少しではあるが、互いを知る助けとなっていた。

 

 これならば時間はかかるかもしれないが、双方が理解し合う事も難しくは無いだろう。もちろんヤマト人とウズールッシャ人との間には長年の確執があるが、この宴で互いに興味を持ち始めている。ならば、対話により互いを知り、交流を重ねていけば、いずれ本当の意味での融和も可能であろう。とはいえ、その助けとなったのがモヒカンというのがなんだか釈然とせんがな。

 

 そんな事を考えながら兵達を眺めていると突然音楽が聞こえて来た。

 音のする方を見てみるとウズールッシャ人の男が棹の先端がウマ(ウォプタル)の頭を模した弦楽器を演奏していた。

 隣に座っていたゼグニに聞いたところ、あれはモリホルというウズールッシャ伝統の楽器らしく、その音色は柔らかで奥行きのある響きを持ち、チェロやヴァイオリンのような澄んだ音にはないノイズが含有された独特の音質を形作っていた。

 そして、しばらくその音色に耳を傾けていると、今度は煌びやかな服装に身を包んだ青紫の髪をシニヨンにした女性が現れ、舞いを舞い始めた。

 その舞いは、俺がヤマトで見てきたモノとは一風変わっており、大胆に腕を動かし、手首と肩のコンビネーションを重視した舞いで、動くスペースは小さいながら身体の動きにより豊かな表現が見てとれた。

 

 失礼な話ではあるが、俺は世紀末なウズールッシャにこの様な伝統舞踊があるとは夢にも思っていなかった。あったとしても半裸の男が炎を灯した棒を振り回すファイヤーダンス的なモンだろうと思っていたのでかなりの衝撃だ。しかも舞い手が凄く美人で清楚ときたもんだ。男共があんなんだから女はレディースとか女子プロレスのヒールみたいなのを想像していたので舞いと合わせてダブルショックであった。

 

 そんな風に衝撃を受けているといつの間にか舞いは終わっており、舞い手の女性がこちらに近づいてきていた。すると、ゼグニがその女性の隣に立ち、彼女がエントゥアという名前で自身の娘であると紹介してきた。

 

 本日3度目の衝撃である。

 

 まさか武人然としたゼグニにこんなお嬢さんが居たとは・・・いや、武家のお姫様と考えればおかしくも無いか。

 いかんな、モヒカン共の所為でウズールッシャへの偏見が酷い。

 

 そして、挨拶もそこそこにそのエントゥアにお酌をされる事になったのだが、それまで酌をしていたウルゥル達から凄まじいプレッシャーが!!

 だが、ここでエントゥアの酌を拒否すると、こちらがゼグニ達を警戒している様に思われるだろうし、心象も良くないだろう。

 なので、ここは素直に厚意を受け取る事でこちらにゼグニ達に対する警戒心が無い事を示し、更に彼女を介してゼグニともコミュニケーションを取る事で、俺がヤマトとウズールッシャの融和を望んでいる事を身を持って兵達に示す必要がある。

 その為にも不穏な雰囲気を放っているウルゥル達を俺から引き離す必要があったが、ここはエントゥアの舞いへの返礼として、2人にも舞いを舞ってもらう事にした。

 流石の2人も公の場で俺の命に逆らうわけにはいかないので、素直に言う事を聞いてくれたが、後が怖い。最近は大人しいが何か要求があるかもしれんな。

 

 ちなみに2人の舞いも好評だった。

 正体を隠す為に巫女服を着ているので、それに合わせて神楽を舞っていたが、息がピッタリ合い、左右対称で舞い踊られる回転の動きが特徴のその舞いは、神楽の名に恥じない神秘的なモノであった。

 

 その後、宴は宵が更ける前にお開きとなった。

 戦時であり、酒も無かったから盛り上がりには欠けたが、互いを知る良い機会となった。

 それに明日からはグンドゥルアとの戦いに備えいろいろしなくてはならないので兵達にも良い息抜きになったであろう。

 敵の数は多く、その分練度が低いとはいえ、相手は曲がりなりにもウズールッシャの覇王が率いる軍だ。油断しないで挑むとしよう。

 

 

 

 

★月☉日

 

 昨日は砦を血を流す事無く手に入れ、宴でも兵同士の諍いも起こらず問題無く終われると思っていたら、最後の最後でデカイのが来た。

 そう、ゼグニの娘エントゥアが夜伽の相手として俺の部屋にやって来たのだ。

 

 予想だにしない事に面食らったが、思えば宴の時のお酌はこれの前振りだったのだろう。

 あのゼグニが娘にこの様な事をさせるのは意外ではあったが、その考えは理解できる。

 自身の娘を俺と契らせ臣従の意思を目に見える形で示す事で自分達――正確には配下の者達を俺の庇護下に入れようというのだろう。だが、残念ながら俺はここでそれを受け入れる訳にはいかない。

 いや、別に彼らを庇護下に入れたくないという訳ではなく、単純に皇弟という立場にある俺がホイホイと女性と肉体関係を結ぶわけにはいかないからだ。そう、如何にエントゥアが清楚で純情可憐な美しい女性であってもだ。

 まぁ、それ以前にウルゥル達がそれを許さないんだがな。事実部屋にやってきたエントゥアと向かい合い、一触即発な雰囲気を醸し出していた。対して、配下の者達の未来が掛かっているエントゥアの方も覚悟を決めた表情で2人からのプレッシャーを真っ向から受け止めていた。

 そのまま向かい合っていれば壮絶なキャットファイトが勃発しそうな勢いであったので俺はウルゥル達を下がらせ、エントゥアと向かい合うと、

 

 「降伏した兵達は既にヤマトの民であるから私が彼らを見捨てたり蔑ろにする事は無い。だから、君も自分自身を蔑ろにするのはやめなさい。操は愛する者の為に取っておくといい。」

 

 と言って彼女に戻るように促した。

 

 エントゥアはそんな俺の言葉に驚いた顔をした後、しばらく迷うような素振りを見せたが、俺が再度促すと深々とお辞儀をして帰って行った。

 

 よし、これでいい。かなり惜しい事をした気がするが、彼女のあの様子を見るにやはり夜伽の件は不本意な事だったのだろう。初対面な上に変な仮面を被った男の相手をするなんて誰でも嫌だろうからな。とはいえ、俺の相手をせずに帰った事でゼグニに咎められるかもしれんから、それとなくフォローしておくとしよう。

 

 そんな事を考えていると俺の両腕にウルゥル達が抱きついてきた。

 やはりというか、お酌の件と言い夜伽の件と言いかなり不満に思ったようだ。

 近頃は自制を覚えたのか過剰なスキンシップが無くなったので安心していたが、内心ストレスを溜めていたのかもしれん。

 やりたい事ができないっていうのはかなりきつい事だからな。俺も酒が飲めないのが凄く辛い。

 とはいえ、本気で2人の好きなようにさせるとホノカさんに赤飯を炊かれかねない事が起きてしまう可能性が高いので膝枕で勘弁してもらった。

 左右から両膝に頭を乗せられるという変則的な膝枕ではあったが、2人はそれで満足したようだったので良かった。

 

 

 

 そして、朝になり朝食に呼びに来たエントゥアに何事も無かったかのように挨拶し、食事用に用意された個室に入るとゼグニが待っていた。

 ゼグニは俺を認めると挨拶をした後、深々と頭を下げ、昨夜の件について謝罪してきた。

 俺はそれを素直に受け入れ、今後はあのような事をしない事を約束させ、改めて降伏したウズールッシャ人はヤマトの民として扱い、決して蔑ろにしない事を約束した。

 ゼグニとエントゥアはそれに神妙そうに頷くと再度深く頭を下げるのであった。

 

 

 

 その後、グンドゥルアとの戦いに向けての準備や話し合いが行われた。

 グンドゥルアは現在ヤマトとの決戦に備え、本拠地フレペケレチュプに兵を集めており、そこから軍を3つに分けて俺達と戦うつもりのようだ。

 俺としては、雑兵の多いウズールッシャ軍をまとめて攻撃し、戦慣れしていない者達をバラバラに散らせた後、残った本隊を一気に叩きつぶすという方法を取りたかったんだが、これでは無理そうだ。

 俺がそんな考えをぽつりと漏らすとゼグニが私に考えがありますと言ってきた。

 

 ゼグニ曰く、グンドゥルアは、配下の裏切りを決して許さない。そして、その配下の中で最も信を置いて自分が裏切った事を知れば、怒り狂って全力で滅ぼしにくるでしょう。

 

 との事だ。

 

 ふむ。確かにこれなら激情型のグンドゥルアはぶち切れて全軍でやってくるだろう。しかも、ウズールッシャの名将が裏切ったとあれば、兵の士気も下がり、雑軍を壊乱させやすくなるからな。

 よし、そうと決まれば、ノスリに指示を出して裏切りの情報を流させるとしよう。それとオシュトル達にも伝令を出して合流を急がせよう。 

 次の戦が正念場だ。ここでグンドゥルアの首を取って、この戦に終止符を打ちたいところだ。

 

 

 

 

 

 

 




・モリホル
 モンゴルの馬頭琴の様なウズールッシャ伝統の楽器。
 楽器の棹の先端部分が(ウォプタル)の頭の形をしている。





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