◆月〒日
汎用機に引き続き俺の専用機も完成したので早速乗って動作の確認を行った。
アベル・カムルは素体内部にあるゲル状の部分に人が入る事で神経接続をし、脳波によって操縦するようになっている。しかし、そのゲルに包まれる感覚が気持ち悪い上に動かそうとすると自分の体も一緒に動いてしまうので慣れるまで苦労しそうだ。
だが、動作に関しては俺の望む動きをしっかり再現していたので問題はなさそうだ。
ちなみにこのアベル・カムルに乗っている時は、ロボットを操縦している感じではなく、自身がアベル・カムルになったような感じだ。
具体的に言うとゲルを通じて神経接続をしているのでアベル・カムルが見ている視界がそのまま俺の視界になり、操縦というより、巨大化した俺が動いているような感覚になるのだ。
まぁ、現段階ではゲルに包まれた違和感と動かす際の自分の身振りがあるので乗っているという感覚があるが、慣れれば完全に自分の体のように動かすことができるだろう。
なので、これからアベル・カムルに慣れる為に毎日訓練する事にした。
そして、操作に慣れたら汎用機と模擬戦だ。
汎用機の方は現在汎用機同士で模擬戦をさせて戦闘データを取っている最中だが、俺が専用機を乗りこなすまでには最適化も終わっていることだろう。
ああ、そうだ。そろそろこいつの名前も決めないとな。いつまでもアベル・カムル改じゃ可哀想だ。
うーん・・・アベルの対という事でカイン・カムルとでもするか? 意味としては「得た者」・・・汎用機が生体CPUで自分で動けるようになったからある意味「得た」とも言えるが、語感が悪いな。あとダメ兄貴の代名詞と同じ名前を付けるのもなんか嫌だ。
じゃあ、アベルの弟という事でセト・カムル? 意味としては「代替の者」・・・微妙だな。
・・・ここは単純に新しいアベル・カムルということで「
これなら語感もおかしくないし、意味も変じゃない。まぁ、アベル・カムルを知らない奴は何が新しいんだ?と思うかもしれんが、その辺は気にしないでおこう。
というわけで、「アベル・カムル改」改め「アシル・アベル」!
これからよろしく頼むぜ!
◆月♡月
おかしい。最近ウルゥル達からのアピールが無い。
以前まで事ある毎に俺に迫ってきていたというのに俺が皇弟としてお披露目されてからはそういうのが全く無い。
習慣となっていた抱っこさえも疲れているでしょうからと言って要求してこなくなった。
なんだか嵐の前の静けさのようで怖いな。気を抜いたところで一気に攻勢をかけてくるかもしれんから気を引き締めよう!
なんて考えながらサラァナに膝枕で耳掻きされているあたり、俺は大分懐柔されてしまったような気がする。
だってしょうがないだろ!俺がして欲しい事を言わなくても察してくれるし、仕事で疲れた俺の体を労わってくれる!これに甘えるなっていうのが無理な話だ!
・・・待てよ。まさかそれが狙いか!俺を散々甘やかし、自分達が居なければ何もできないダメ人間にしてしまおうって魂胆か!おのれウルサラッ!なんて卑劣な姪っ子達なんだ!だがそうと分かればこっちのもんだ!俺はもうお前達の優しさに惑わされんぞ!
「叔父様。次は反対です。」
あっハイ。よっこいせ。右の耳はちょっとゴロゴロ言ってるから入念に頼むな。
「はい。かしこまりました。」
・・・もうちょっと姪っ子達の思惑に乗ってやってもいいかな。現行問題は無いんだし、ここで拒否って以前のようになったらそれはそれで問題だ。別に今の環境が惜しいわけじゃないぞ?最近フトモモの肉付きが良くなったなぁとか、良い匂いだなぁとか全然思ってないんだからな!
なんて心の中で誰に言うでもなく言い訳しながら耳掻きされる俺。傍から見るとまるでダメな叔父さん、略してマダオである。
これで仕事が無くてニートだったらマジで堕落した叔父さんでマダオになりそうだ。
まさかニート脱却の効果がこんなところで現れるとは・・・。初めて働いて良かったと思ったぜ!
そんな事を考えていると耳掻きが終わり、今度はウルゥルにマッサージをされる。
あ゛ぁ゛~!そこだそこ!そこをもっと強く押してくれ・・・。
「了解。これくらい?」
おおう!・・・いいぞ。そのまま頼む・・・。
そうしてマッサージされていると仕事と訓練で疲れていた俺はだんだん眠くなってきて、そのまま眠ってしまうのだった。
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「計画は順調」
「でもまだまだ油断はできません」
「それだけ叔父様のガードは堅い」
「機会を待ちましょう」
「叔父様の警戒が完全に無くなるその時を」
「そして、叔父様が私達を欲するその時を」
「「全ては叔父様の
◆月$日
息抜きに帝都を一人でぶらぶらしていると後ろから、
「そのやる気の無い後ろ姿はヒロシじゃない?」
と声をかけられた。
その特徴的な語尾にもしやと思って振り返ると案の定ヤクトワルトだった。
別れてから数ヶ月。思っていたより早い帰還に早かったじゃないかと肩を叩くとその背中に何か背負っているのが見えた。
よく見るとそれは白い布に包まれており、時折モゾモゾと動いてる。
おいおい、いったい何を持ってきたんだ?
と疑問に思っているとヤクトワルトは約束の土産じゃない!と言いながらその布の塊をこちらに押し付けてきた。
いきなり土産だと渡されたその物体に恐々としながら布を解いてみると中から一歳ほどの赤ん坊が・・・って、うぉい!?なんじゃこりゃ!?
予想だにしなかったその中身に俺が驚いているとヤクトワルトは声を上げて笑い出した。
そんなヤクトワルトにいったいどういうことだと詰め寄ると、悪い悪い。冗談だと言いながらその赤ん坊を抱き上げ、自分の娘のシノノンだと紹介してきた。
なん・・・だと!?分かれてから半年と経っていないのに娘ができただと!?・・・いや、ヤクトワルトも結構遊んでそうな感じだし、子供の一人や二人居てもおかしくないか。だが、それだと奥さんはどうしたんだ?周りを見てもそれらしい人は居ないし、もしかして別行動中か?それとも何か複雑な事情があるのか?
なんて考えていると詳しい話は座りながらするじゃないと言って、ヤクトワルトはお茶屋に向かって歩き出した。
そして、お茶屋で団子を食いながら話を聞いてみると、どうやらシノノンはあの時会いに行くと言っていた友人の娘でその友人夫婦が災害で亡くなった為、自分が引き取って育てることにしたらしい。
俺は別にお前が引き取る必要はなかったんじゃないかと聞いてみたが、どうやら災害の爪痕が大きく、友人夫婦が住んでいた村には親無しの赤子を育てる余裕もないらしい。しかも、そこはヤマトでも辺境に位置しており、國からの支援も中々届かない場所なのでヤクトワルトはシノノンを引き取り、更に御前試合の賞金の殆どを村に寄付してしまったのだそうだ。
金がなくてここまで苦労したじゃない!と笑うヤクトワルトに俺は呆れてしまった。
まさか他人の子供を引き取った上に金までくれてやるとは。ホント良い漢だよお前は・・・。
そんな事を考えながら茶を啜っていると突然シノノンが泣き出したのでどうしたのかとそちらを見てみるとどうやらお漏らしをしたようだった。
するとヤクトワルトは店の人に謝ると手馴れた様子でおしめを交換し始めた。
シノノンの世話をするヤクトワルトの顔には慈愛の表情が浮かんでおり、シノノンを本当の娘のように思っている事が伺えた。
そうしておしめを交換し終えるとヤクトワルトはシノノンを抱き上げ優しく体を揺らした。するとシノノンはすぐにうとうとしだして眠ってしまった。
ヤクトワルトはそれを見て微笑むと隣の座布団の上にそっとシノノンを寝かせた。
俺はそんなヤクトワルトを思った以上に父親が板についてるじゃないかとからかうと
「ここまでずっと世話してきたんだ。これくらい当然じゃない。」
とニカッと笑いながら返してきた。しかし、すぐに真面目な表情を作ると俺に頼みがあると言ってきた。
その真剣な眼差しにいったいどんな頼みなのかと身構えるとヤクトワルトは、
「頼む!仕事を紹介して欲しいじゃない!!」
と土下座しながら言ってきた。
その思いもよらぬヤクトワルトの頼みに一瞬自失したが、すぐに気を取り直してどういう事か聞いてみた。
するとヤクトワルトは現在無一文で働こうにもシノノンがいるのでそれも難しい。だが、生活の為にはなんとか仕事を見つけなければならないので、シノノンが一緒でも大丈夫な仕事があったら紹介して欲しいと言われた。
うーん。仕事を紹介しろと言われてもな。子供も一緒だとなると難しいぞ。一応候補としては白楼閣があるが、あそこにヤクトワルトができる仕事は少ないだろうし、用心棒もトウカで事足りる。
他に仕事と言うと知り合いの居酒屋や本屋があるが、そこじゃシノノンは一緒にいられないし、何よりヤクトワルトに似合わない。
・・・そうだ!確かヤクトワルトは御前試合で優勝したからヤマトに将として仕える権利を持っていたはずだ。これを使って俺配下の将にするってのはどうだ?そして仕事中はウルゥル達にシノノンの世話をさせれば子連れの問題も解決だ!
となるとどうやってそちらに誘導するかだな。一般市民のヒロシが皇弟に仕えるのを勧めるのも変な話だ。ここは俺からヤクトワルトの話をオシュトルとミカヅチに持って行って、それとなく皇弟に推薦するように言ってみる。二人共有名なヤクトワルトの実力を知っているだろうし、俺の推薦とあれば無下にはしないだろう。まぁ、それでも皇弟に話を持っていかない可能性もあるがその時は別の方法を考えよう。
そうと決まれば今夜早速二人を呼び出してヤクトワルトを紹介するとしよう。
まぁ、ヤクトワルトは兄貴から与えられた称号を断っているから最初はギクシャクするかもしれんがそこは俺がフォローしてやろう。
とはいえ、その辺はあまり心配していなかったりする。何故なら全員
酒を酌み交わせばすぐに仲良くなるだろう。
そして、俺は土下座を続けるヤクトワルトになんとかしてみると伝えるとやっぱり持つべきものは友達じゃない!と喜ばれた。
俺はそれに苦笑しながら白楼閣に数日泊まれるだけの金と飯代を渡して今晩この前の飯屋に来るように言った。
それにヤクトワルトは男泣きしながらこの恩は忘れないじゃない!と言い、大事そうに金を懐にしまっていた。
ヤクトワルト・・・。ここまで本当に苦労したんだな・・・。きっとなけなしの金もシノノンの為に使っていたに違いない。
そんな貧乏人のような友人の姿に目頭が熱くなった俺は、今晩好きなだけ酒を飲ませてやろうと決めるのだった。
・アシル・アベル
アベル・カムルの弱点をカバーした改修機
「アシル」はアイヌ語で「新しい」を意味する言葉。