Gambler In Sword Oratoria 作:コイントス
「ずるいずるいずるいいいいい!!」
「うっせえな、貧乳!」
「貧乳って言うなああああああ!」
「だからうっせえつってんだろうが!!」
「アンタも煩いわ!」
現在ダンジョン17階層。中層とも言われる、中堅冒険者達が居座る領域だ。
50階層での激戦の後、俺達は先に進むための物資が心もとなかったので進行は終了、急いで帰ることとなった。あの未確認の芋虫型モンスターとまた戦うだけの装備がなかったこともあるが、
かく言う俺は疲れたので帰ることには大賛成した。そんな俺を見て呆れるフィンを見たが、俺としては何千万ヴァリスもする指輪を二個も消費してしまった遠征はトラウマでしかない。
「ニコはいいよねえ!? あんなに暴れられてさああ!!!」
「暴れたくて暴れたわけじゃねえぞこの戦闘狂め」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃねえ」
「嘘だ」
「嘘じゃねえ」
「うーそーだーーーー!!」
俺の隣ではブンブンと腕を振り回しながら駄々をこねるティオナがいて、その横には自分の妹を呆れた目で見ている姉であるティオネ、一向に声量を下げない俺達を諦めたリヴェリアがいる。少し後ろにはアイズがサポーター役を担い深層域からずっと荷物を運んで疲れている下位団員達を手伝おうとしてベートに止められていた。
ベート曰く、強者は強者らしくふんぞり返って上から弱者を見下ろしているべきらしい。そんなことを平然と言ってのけるベートにティオナが文句を言いに行っていた。ティオナは皆仲間でハッピーに行こうが心情である。
「いつも不思議なのよね」
「あ? 何がだ」
「アイズにあんなこと教えるベートにアンタが怒らないことよ」
「なんで俺がアイズの考え方にまでとやかく言わなきゃならん。俺は父親じゃねえし、父親にもそんな義務はねえ」
「でも危険な事に突っ込んでいくスタイルを埋め込んだのはアンタでしょ?」
その言葉を聞いて俺は吹き出してしまった。
俺がアイズの無茶をする性格を作った? バカ言え、むしろ昔からアイズのせいで危険なことに巻き込まれてきたのは俺だ。
「アイズのあれは昔っからだ」
「そういえば、アンタとアイズっていつから相棒してんのよ? 私が入った時にはもうコンビ結成してたわよね」
「別にコンビってわけじゃねえ。俺に付いてこられそうなのがあいつしかいねえだけだ」
「――それは私が弱いって言いたいのかしら?」
「言ってねえ言ってねえ。ったく、お前は本当におっかねえなあ。そんなんじゃフィンにビビられて逃げられるぞ?」
「団長はアンタみたいにビビリで弱虫じゃないから大丈夫に決まってるでしょ」
ティオネが俺のことをビビりで弱虫であると思っていたことに驚いたが、まあ否定はしない。むしろ大いに肯定しよう。
「分かってるじゃねえか」
「はい?」
「賭け事のスリルっていうのはなあ、ビビリで弱虫で、心が狭くて余裕のない、小心者なほど味わえるんだよ」
「意味分かんない」
「死にそうな時に『次の攻撃が当たったらマジで死ぬ。冗談抜きで本当に死んじまう』って思うとよ、俺は興奮するわけだ。その未来を覆したくなるわけだ」
「つまりドMってこと?」
「もうちょっと言い方があるだろ」
しかし否定しない俺に若干引いたティオネはリヴェリアに一瞬視線を送ったが、リヴェリアも何度か俺に同じことを言われているので肩を竦めただけだった。リヴェリアに言った時は蔑むような目で見られたが、別段俺は興奮しなかったのでドMということはない。絶対違う!
「でも、結局は最後の最後に踏みとどまる胆力とか度胸が必要なんでしょ?」
「最初の一回だけな」
「後は必要ないわけ?」
「いらねえよ。んなもんなくても味わいたくなるんだよ、最高に達したスリルを越えたその先をな」
例えば後一回しか回せないスロットで7が二つ並んだあの瞬間。例えばブラックジャックでカードの合計が20の時に待つ最後のエース。例えば、嵐のような攻撃の中を掻い潜った先にある逆転の一発。
後一歩で負けるという崖っぷちに立ちながら、自分なら踏みとどまれる、否、そんな崖飛び越えて新たな可能性を掴むことができると信じるその
そして、更にその先を望むのだ。崖っぷちの勝負では物足りなくなり、崖から落ちながら賭けるのだ。負ければ地獄へと直滑降、勝っても何時しか地獄の業火に焼かれる破滅的で刹那的な命を賭けたゲーム。
「ギャンブルってのはな、麻薬と同じさ。一度味わっちまったら止められねえ。何度でも何度でも、より強く、より高く、より色濃くその快感を味わいたくなるのさ」
「……麻薬中毒者と対して変わらないじゃない」
「変わらないんじゃない、まるっきり同じだ。お前、忘れてないか? 俺の名前は【
「……リヴェリア、こいつやばいわ」
俺の決めセリフを聞いたティオネは、すすすっとリヴェリアの横に移動して小声でそう言った。
「昔から変わっておらん」
「え、前からあんな感じなの? 嘘でしょ? 流石のニコライにも幼くて可愛い時があったんでしょ? ねえ、そうだと言って」
「私が出会った時には既にあんな感じだった」
「リヴェリアがニコライに初めてあったのは……」
「十五年前だ。因みにあやつは今二十三だ」
「――――八歳で賭け狂いって……頭おかしいでしょ」
驚愕の事実だったのか、ティオネはこめかみを指で揉みながら何故か苦しそうにしていた。ああ、そういえばこいつはショタコンだったんだ。小さい子供が全員可愛いとでも思っていたのだろう。残念だったなああああ!
「俺からしたらお前等はこのスリルを味わわずに生きていける方が不思議だぜ」
「ちょっと近寄らないでよ、感染ったらどうすんのよ!?」
「おうおう、感染してやんよおお!!」
「来るなあああ!!」
『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオヴ!!!!』
身体をじりじりと寄せる俺から逃げるようにリヴェリアの後ろへとティオネが回りこんだ瞬間、リヴェリアの若干嫌そうにしている顔を見てしまった俺の耳に野太い鳴き声が響いた。
「ミノタウロスかよ……俺パス。ラウル、任せた」
「へっ?」
「そうだな、ここはラウルに指揮を任せるとしよう。そしてニコライ、元々お前を戦わせる気はない」
「お、何? 俺ってそんな特別扱いされんの? まあ、俺は【ロキ・ファミリア】の最終兵器と呼ばれる男だかんな」
「そんな呼び方は初耳だが、確かにお前は特別だ。格別に悪い意味でな」
「悪い意味でも目立ったもの勝ちってのが世の常だ」
「どこの世だそれは」
ラウルの指揮の元、サポーター役に徹していた団員たちがミノタウロスを頑張って倒しているというのにティオナやベートと言った中層より遥かに強い下層でも駆逐するようにモンスターを狩る連中が参戦する。
もちろんその中にはアイズもいた。50階層であれだけの激戦を繰り広げたというのにもうピンピンとしている。俺も元気ではあるが、あの戦いの後だとどんなモンスターと戦っても詰まらなく感じてしまって萎えるのだ。
しかし、第一級冒険者とも呼ばれる高レベルの冒険者達が戦線に加わった瞬間ミノタウロス達の様子が激変した。何かを恐れるようにいななき、そして本能に従うまま始めは一匹、それに続くように何匹ものミノタウロス達が逃走を開始したのだ。
『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオォォォォ!?』
「おおおおおお! こんな光景は初めて見るわ!?」
「そんなことを言っている場合かたわけが!! 追え、お前達!!」
敵前逃亡をやってのけたミノタウロス達に呆気を取られているアイズ達に檄を飛ばすようにリヴェリアが指示を出す。リヴェリアの声を聞いた瞬間全員が走り始め散り散りに逃げていったミノタウロスを追っていった。そこに戦士も魔道士も違いはなかった。
「頑張れー!」
「お前も行けええ!!」
「やなこった!!!! 戦うなって言ったのはお前だかんなリヴェリア!!」
「緊急事態だぞ!」
「おいおいリヴェリアさーん、そんなこと言っている間にミノさん達がどっか行っちゃうぜー?」
「くっ、後で覚えていろ」
「え……ちょ、待ってリヴェリア。俺に何をする気!? 説教? ねえ、説教なの!?」
リヴェリアの肩を掴んで問い詰めようとしたがそれより先にリヴェリアも走り去っていってしまった。残ったのは、手を伸ばして後で何が起こるか戦々恐々としている俺と、荷物を運んでいる団員たちだけだった。
「あああぁぁ……まあ、いいか! よし、お前等ゆっくりあいつ等の後を追うぞ!」
俺の指示のもと、戦闘員を殆どなくした【ロキ・ファミリア】の集団はその足をまた進めた。目指すは地上、オラリオである。
ミノタウロス達を追いかけていた面々に追いついたのはダンジョン5階層というかなり上層になってからだった。
「よう! 元気だったか!?」
「ああ、ニコ! 一人だけミノタウロスの後追わないなんて最低!!」
「おいおい、さっきまで暴れたい暴れたい言ってたのはどこの誰だよ? お前の分まで俺がぶっ殺しちまうぜ?」
「それはそれ、これはこれだよ! 危なかったんだからね!」
「まあ、ティオナには言わないと分からんだろうが。俺には残されていた団員と荷物の護衛という大切な役割があったわけだが、そこんとこどう思うよ?」
「うぐ、た、確かに」
「だろう?」
言っていることだけはまともな俺に対して文句が言えなくなったティオナは、数秒間唸った後きらりと瞳を輝かせて爆弾を投下した。
「でも、リヴェリアが後でお説教って言ってたよ!!」
「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!? 嘘だと言ってくれティオナ!?」
「マジだよマジ、大マジ! 動こうともしなかったニコにはきっっっっっっっついお説教だってさ」
「こ、こんな疲れて実りもなかった遠征から帰った日にリヴェリアの説教とか……死ねる!」
俺は救いを求めるべく、俺が名ばかりの護衛を務めていた荷物持ち集団に振り返った。その集団の先頭にいたのはリーネと呼ばれるヒューマンの女性冒険者だった。眼鏡をかけた気の弱そうな、そして今の俺にとっては好都合な奴だ。
「リーネ!」
「ひゃ、はい!」
「お前は俺の味方だよな!?」
「え、えっと」
「な!!」
「は、はいぃ」
「弁護人一人ゲットおおおお!!!」
そうやって俺は団員たちに声をかけていって弁護人を増やしていく。最終的に二人くらいしか増えなかったがいないよりマシである。
「あん? アイズ、どした?」
集団の中、ふと見慣れない雰囲気を纏っていたアイズに目がいってしまった。アイズは表情筋があまり動かない無表情さんだが、ちゃんと表情はある。悲しい時はどんよりしているし、嬉しい時はどことなく舞い上がっている。
まあ、しかし、それは俺がその昔アイズに真正面からぶつかりその内に秘める丸裸の感情を見たことがあるからかもしれない。アイズ・ヴァレンシュタインは最強の女剣士でもなんでもない、ただの少女であるということを知っているからかもしれない。
「……」
「何そんな不貞腐れてんだよ? 兎でも死んでたか?」
「死んでない」
「じゃあ、どうしたっていうんだよ?」
「逃げ……逃げられた、助けたら」
「ああ、まあ、野生の兎つうのはかなりビビリだからな」
「違う」
アイズはこう見えて可愛い物が好きだ。特に兎を見せてやった時は喜んでいたので、俺は今でもアイズの一番好きなものが兎だと思っている。
ちなみに、その後兎の美味さを教えてやろうと目の前で兎を調理したら泣かれた。
「白い髪の冒険者。兎っぽい子」
「ははあ、んでそいつをミノタウロスから助けたら何故か逃げられたと」
「うん」
「そりゃ、お前」
その光景を思い浮かべる。神速で駆けるアイズが一瞬でミノタウロスを肉塊にする光景は、見慣れていなければかなり驚くし、恐ろしいものだ。それが上層にいるような駆け出し冒険者が見たとなれば、怖いことだろう。
俺なら絶対にアイズが鬼神にでも見えただろうね。
「怖がられたんじゃね?」
「……そうなのかな……私って怖い?」
「俺は別にどうってことないが、まあルーキーからしたらなあ」
「うぅ」
俯いて自分の強さを今だけ呪う彼女を見て、笑ってしまう。そこにはオラリオ最強の剣士の影も形もない。ただ自分の好きな動物に似た少年に逃げられて悲しむ、どこにでもいそうな少女の姿があった。
「まあ、気にすんな。今度会った時謝れば良い話だろうが!」
「今度?」
「おう! 俺も見つけたら教えといてやっから」
「うん――お願い」
まるで今度があるなんて思っていなかったのか、アイズは俺の言葉を聞いて顔を上げた。
「会えるって信じろ。話はまずそれからだ」
「また、会える」
「そうだ。そう信じてろ。そうすりゃ会えるさ。俺が保証してやる、何か賭けるか?」
「ううん、大丈夫」
「いいや、駄目だ! 何か賭けろ! そっちの方が効果が上がるはずだ!」
「ニコが賭けをしたいだけ、でしょ」
「んなことはどうでもいい! 俺は、そうだな……お前が一週間以内にその冒険者に会えなかったら好きなだけジャガ丸くんを奢ってやる」
「……会えたら、今度一緒にカジノ行く」
「おっし、賭け成立な! って待て、それつまり俺と一緒にカジノに行くことが罰ゲームみたいになってないか!?」
「リヴェリアに、怒られるから」
「怒られたら俺に言え、俺が逆に説教してやるから。アイズから賭け事をとったら何が残るんだってな」
「やめて」
ばっさりと拒否されて大笑いする俺は、目の前から差し込んでくる自然の光が目に入り地上への帰還を肌で感じ取った。暖かな日差し、爽やかな空気、人々の喧騒。
俺達のダンジョン遠征は、ひとまず終わりを告げた。