Gambler In Sword Oratoria 作:コイントス
「ああ……不幸だ」
「ちょっと、辛気臭い雰囲気出さないでよね。伝染るでしょ」
「誰のせいでこんなに落ち込んでると思ってるの? ねえ? 分かってる? お前のせいだからなティオネさんよお?」
「ハッ、拠点に残って楽してようっていう意図が見え見えなのよアンタ。いつもは一緒に居たがらないリヴェリアに胡麻をするアンタを見て分からないとでも思ったのかしら?」
「な、何を言っているのやら。俺は、普通にリヴェリアの事す、好きだし。一緒にいて魔法談義するのも結構楽しいしい」
ダンジョン51階層を共に探索するのはティオネ、ティオナのアマゾネス姉妹、アイズ、それとエルフで固定魔法砲台のレフィーヤである。完全に役割分担の決まったパーティーではあるものの、メンバーに問題だらけだ。
まず、アイズは一人で飛び込んでいく。これは心配ないから俺は構わない。ティオネもキレると何も考えずに突っ込んでいくが、たぶんキレない。というかキレたら俺ではどうにもできないのでキレないでください。
ティオナは考えなしに突っ込んでいくわけではないが作戦というものをあまり理解してくれない。凄く感覚派の冒険者であり指示も「右翼の敵を牽制しつつ後退」とかよりも「あっち頼むわ」とかの方が動いてくれるから始末が悪い。
「ガルルルル」
そして一番の問題であるレフィーヤ。何も実力や性格に問題があるわけではない。むしろ他の三人に比べればかなり言うことも聞くし、頭も良いから作戦を理解してくれる上突拍子もないことはしない。若干自信がないというところが玉に瑕ではあるが、魔道士としてはかなり良い腕をしている。リヴェリアの後釜でもある。
「こらこら、お前はどこのモンスターだ?
「馬鹿にしないでください!」
「いや、待て。先に変なことをしてきたのはお前だ。ここに証人が三人いる」
そう言って俺は他の三人を指した。しかし、ティオネはまったく俺には同調せず、ティオナとアイズは話を聞いていなかったのか仲良く首を傾げるばかり。ガッデム、俺には味方が誰もいなかったのか!
「アイズさんを見ないでください!」
「指示を出すんだから見なきゃいけないだろ」
「見ないで指示を出してください」
「無理を言わんでくださいレフィーヤさん」
「むしろ、アイズさんと同じ空気を吸わないでください」
「俺に死ねと!?」
彼女の問題は、彼女がアイズを最早愛しているのではないかと言うほど想っていることにある。そしてそれは時としてアイズと仲の良い俺に牙を向くのだ。そもそもレフィーヤは俺を嫌っている節がある。一度聞いてみたら軽薄そうな男で、どうしてアイズと一緒にいるのか理解できないとまで言われたが、それくらい昔からリヴェリアに言われている。
曰く、俺はアイズの情操教育等に悪影響だと。いや、確かにアイズをカジノに連れて行ったのは少し悪いとも思ったがあいつはあれはあれで楽しんでいたのだ。などと弁明しても聞く耳を持たれないくらいの扱いを受けている。
「大体だな、なんで俺がこんなガールズパーティーに入らないといけないんだ。おかしいだろ」
「あら、そこは男として喜んでおくべきとこじゃないの?」
「はあ? フィンにゾッコンのショタコンアマゾネスと、アイズにゾッコンのレズっ娘エルフとアマゾネスなのにスタイルが寂しいティオナだぞ? アイズならいざ知らず、誰がお前らといて楽しいか!?」
「貧乳って言うなああ!?」
「言ってねええええ!!?」
前二人は自覚があったのか何も言ってこなかったがティオナは大いに反応した。そう、ティオナ・ヒリュテは褐色でスタイル抜群なことで有名なアマゾネスの中でスリムなことで悩んでいる。主に胸がスリムだ。
アイズは何のことを言っているのか分からないのかまた首を傾げている。もう、お前はそのまま純粋なアイズでいてくれ。
「大体だな、俺がこっちのパーティーになったのはティオネのせいだからな!?」
「何よ、私がちょっと『ニコライなら指示出せるでしょ』って言っただけじゃない? それを言うならあんな挙動不審にしてるニコライも頭おかしい。そして判断を下したのは団長よ? それに文句があるってことは私に喧嘩を売ってるってことでいいのよね? 買うわよ?」
「あ、はい、俺こっちのパーティーで超嬉しいなあ!」
フィンのことで豹変するティオネは慣れたものだ。しかしこいつの難しいところが俺がフィンをおだてても心が篭っていないということが知られているので効果がないところだ。
「敵、来るよ」
言い争っている俺とティオネの間を割ってアイズがモンスターの来訪を知らせる。ダンジョン大好き人間であるアイズは他の団員より遥かにモンスターの気配に敏感だ。俺は一緒にいる時は密かに『アイズセンサー』と心の中で呼んでいる。
「前五匹、後ろ三匹」
「じゃあ、前はアイズとティオナが殲滅、後ろはティオネが足止め。レフィーヤは魔法で後ろ3匹潰せ」
「アンタは?」
「俺はレフィーヤのお守りだ」
「子供扱いしないでください!」
「取り敢えず全員動けッ!」
若干フライングしていたアイズには後で注意しておくとして、俺の号令と共に意外や意外、全員が指示通りに動き始めた。アイズとティオナは前の五匹に突っ込んでいき、ティオネは後ろ三匹を一人で引きつけるために移動し始めた。
「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ。同胞の声に応え、矢を番えよ】」
そしてレフィーヤは数秒で精神統一を済ませてから魔法の詠唱に入った。紡がれる言葉は現実を塗りつぶす奇跡の引き金となる言葉だ。唱えようによって威力は変動し、迷いながら唱えると当然魔法もそれだけ弱くなってしまう。
レフィーヤは自信が足りていない。それでもLv.3である彼女がLv.5であるアイズやティオナ達と同列として扱われる程の威力を魔法で弾き出すというのだから恐ろしい話だ。
「――ッ、レフィーヤ、右だ!」
「――ぇ」
『――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
突如レフィーヤの左側の壁を突き破って巨大蜘蛛『デフォルミス・スパイダー』が襲いかかる。
モンスターはダンジョンから産まれる。奴らはダンジョンの壁からまるで卵から産まれるかのように増えていくのだ。今回はそれが豪快に起こっただけのことだ。
「ちぃッ!」
サーベルを抜かずにレフィーヤと『デフォルミス・スパイダー』の間に身体を滑りこませる。レフィーヤを襲おうとしていた巨大な大顎を掴んでその攻撃を止める。
「レフィーヤ、詠唱を続けろ」
「ぇ、あっ、はいッ!」
「オラァッ!!」
俺はレフィーヤに指示を飛ばしてから『デフォルミス・スパイダー』の頭を下から蹴り上げる。顎を離し、相手がよろめいている隙に身体を捻らせて力を溜めてから渾身のアッパーをもう一度その頭にお見舞いしてやった。
『デフォルミス・スパイダー』の頭はまるで粘土でできていたかのように簡単に胴体から千切れ飛んでいった。絶命した『デフォルミス・スパイダー』の身体は地面へと倒れた。
俺がモンスターを一匹倒している間にアイズとティオナは前の五匹を倒し、ティオネが足止めをしていた三匹も倒されていた。そしてレフィーヤはと言うと。
「ご、ごめんなさい……」
結局パニックに陥って詠唱を完成させることができなかった。俯きながら杖を力いっぱい握りしめている彼女を責める気にはなれなかったし、そもそも俺の不注意が原因とも言えた。いや、そうとしか言えないように思えてきた。
「気にするな。今回は俺のせいだ。ほら、いつもの様に罵ってくれていいぞ?」
「何レフィーヤに対して変なプレイ強要しようとしてんのよ変態。後でリヴェリアに言っておくから」
「ちょっと待てえ!! 別にそんな意図はないし、というかリヴェリアには言わないでくださいお願いします」
モンスターを倒し終わった各員が戻ってきて状況の確認をする。幸い誰も怪我らしい怪我はせずに済んだ。最も重症なのはパニックで詠唱が終わらなかったレフィーヤか、後でリヴェリアの説教が待っているかもしれない俺だった。
「まあ、レフィーヤ本当に気にすんな。お前はLv.3なんだから、他の奴らより動けないのは当たり前だ。だから俺が付いてたんだが、役に立てなくてすまん」
「い、いえ……ニコライさんがいなかったら私は……何も出来ずに無駄死にしていました」
「だから気にすんなって。でも、そうだなあ……帰ったらリヴェリアにでも並行詠唱習っておいた方がいいかもしんねえな」
動きながら詠唱をする高等技術である並行詠唱はできるだけで色々と戦術の幅が広がるし、何よりも固定砲台が移動砲台になり生存率があがる。
「まあ、ほら、お前の魔法で助かった場面も多いし、今回は運がなかったと思っておけ」
「で、でも」
「そうよレフィーヤ、今回はこの運運うるさい運野郎が役に立たなかっただけ」
「そうだよー、ニコはもうちょっと役に立って欲しかったなあ」
「ぐっ、甘んじて文句を受け入れようじゃないか」
ティオナとティオネが俺に文句を言ってくるがその通りなので何も言い返せない。
「そもそも紅茶がまずいからツイてないとか、朝一番に雲を見たから今日は運がいいとか意味不明なこと言ってるからアンタは恋人の一人もできないのよ」
「そうそう、この前はなんだっけ? ええと……朝一番にアイズを探しているベートに出会って嘘っぱちを教えてやって信じたから運が良いとか言ってたよ」
「ああ、もうだめね。一生独り身よこりゃ」
「黙って聞いてりゃまったく関係ねえこと言ってんじゃねえか!?」
「……ふふ」
「あ?」
俺達のやりとりを聞いていたレフィーヤが暗い顔から少し明るい顔になり、口から笑いをこぼした。その事に気が付いた本人は恥ずかしそうに口を手で抑えたが、冒険者として感覚も強化されている俺達は聞こえないわけがない。
「大丈夫。レフィーヤは私が守る。だから、レフィーヤも私の事守って?」
「―――ッはい!」
最後のとどめとしてアイズの言葉が入り、レフィーヤは完全とまではいかないが復活を果たした。その様子を見て、俺はそろそろ進むことにした。後ろで、ガールズトーク(お題がダンジョンなことは気にしない)を繰り広げる面々を引き連れて俺は『カドモスの泉』へと足を進めた。
進む先からガンガンと伝わってくる悪い予感というものを感じながら、もう引けない所まで来てしまった俺は冷や汗をかくばかりである。
「ちょっと待てえええ!! なんだこりゃ!?」
「うるさいわよ」
「はっ……びっくりしすぎた」
何回かの戦闘と数十分の移動の末俺達は『カドモスの泉』へと辿り着いた。
本来であれば、その泉をモンスターである『カドモス』が守護者として守っているはずなのだが、今回は違った。
「『カドモス』の死骸?」
「みたいだな……しかもドロップアイテムまで放ってあるなんで……こりゃ冒険者の仕業じゃねえな」
灰となった死骸のすぐ近くにドロップアイテムである『カドモスの皮膜』が回収されず残っている。『カドモスの皮膜』は革より遥かに希少なドロップアイテムで換金すればかなりの金になる。こんなもの置いていくアホはいないし、そんな切羽詰まった状況なら何かしら跡があるはずだ。
そこは荒らされているだけだった。
「ああ、もうマジで嫌な予感しかしねえんだよ! おい、早く水回収して帰んぞ」
「一応この『カドモスの皮膜』は持って帰りましょうか」
そして
『――あああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!??』
男の絶叫がダンジョンの中を反響して俺達の耳に届いたのだ。それは聞き覚えのありすぎる声だった。
「ラウル……!」
【ロキ・ファミリア】の一員であり、次期司令塔としても有望視されているLv.4の団員ラウル・ノールドの声に他ならなかった。
「ああ、クソッ! だからツイてねえって言っただろうが!!!」
「グダグダうるさいわね! 行くわよ!」
「言われなくても行くわ! ああ、ったく! 死ぬなよラウル!」
悲鳴の響いてきた方角と、後は勘を頼りに俺達は絶叫を上げた仲間の元へと走りだした。