Gambler In Sword Oratoria   作:コイントス

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多分に勢いで書いている部分が多いです。温かい目で見守って雰囲気だけでも感じ取ってください。


023

 ウダイオスとの戦いは、その黒大剣が未だかつてない攻撃を繰り出してから膠着状態に陥っていた。一撃必殺はどちらにも言えることだが、明らかに疲労を感じないウダイオスの方が有利である。アイズはそう何度も大技を放てない。だが、ウダイオスは迷宮から援助を受けている状態だ。

 アイズの後ろにもニコライとリヴェリアはいるものの、二人の助けを彼女は借りるつもりは毛頭なかった。

 

 自然とアイズの心にも焦りが生まれる。逃げ回るだけでは意味もなく、しかし生半可な攻撃では関節を破壊できない。ウダイオスの大技を阻止するために魔力を溜める動作を妨害していては自分が大技を放てない。風を収束させる時間を短くし突貫してみたものの、それくらいの威力では大剣に阻まれてしまい意味がなかった。

 色々な考えが交差し、アイズは攻めあぐねる。それがいけなかった。

 

「――――ぁ」

 

 膝の力が抜けた。次いで全身に疲労した身体で魔法を全力で行使していたための激痛が走る。身体が過負荷に耐えきれず悲鳴を上げる。

 

 絶好調という心の状態と、休みを取っていたとはいえ五日間我武者羅に戦っていた身体。そこには確実にズレがあった。心は折れない、しかし身体はどうだろうか。

 疲労を気合いで忘れても、なくなりはしない。身体の悲鳴を聞き逃していたアイズに、大きなしっぺ返しが襲う。

 

「――がっ」

 

 ウダイオスはその大きな隙を見逃さず逆杭(パイル)を打ち込む。なんとか避けようとアイズは動いたが遅すぎた。アイズを突き飛ばすように斜めしたから伸びた逆杭が襲う。なんとか鎧部分に攻撃を当てることができたアイズは吹き飛ぶだけで終わった。

 しかし、それは致命的だった。

 

『ァァァアアアアアアアアアアア――――』

 

 再び響く地を震わせるような唸り声。次いで肩、肘、手首の各関節の紫紺色の輝きが明滅しながら膨らむ。もう止められない。破壊の一撃が放たれてしまう。

 

「あ、ぐぅっ」

 

 痛む身体に鞭を打ち立ち上がる。内蔵を吐き出しそうな感覚に襲われながらもアイズは風を練りながら後方へと跳躍しようとする。しかし、その間も逆杭の猛攻は止まらない。魔力の練りが僅かに足りない。

 

『――ォォォオオオオオオオアアアアアアァァァ――――ッッッ!!!』

 

 飛び退くアイズを邪魔するように交差して跳び出てきた逆杭を潜りながらアイズは爆進。今できる全力の風を持って加速と共に、風を爆発させ自分を突き飛ばす。

 

「――うぁっっ!?」

 

 なんとか大剣を回避することは叶った。だが、攻撃はそれだけでは終わらない

 黒大剣の切っ先がアイズのすぐ傍を通り過ぎる。核関節の爆発の衝撃が大剣を伝ってアイズを襲う。それだけでアイズはまるで木の葉のように吹き飛ばされた。

 

 何十M(メドル)も地面を削るようにして転がり、漸く止まった。その頃には身につけていた鎧も何処かへ吹き飛び、身体中に裂傷ができ血がとめどなく流れていた。魔法の効果も解け、身を包む風はもうアイズには感じられない。

 意識、そして視界が赤く染まっていく。

 

「アイズ!?」

 

 リヴェリアの叫び声がなんとか聞こえた。だから、そちらを向いた。

 

「――退けぇ!!」

 

 リヴェリアは怒りを露わにし、杖で『スパルトイ』の頭部を破壊しアイズの元へと駆け寄ろうとしていた。そんなに怒ったリヴェリアは滅多に見れない。身体は緊急事態だったからか、心は身体に反して何故か落ち着いていた。

 

(助けられる)

 

 リヴェリアの後ろにはニコライがいる。ニコライはまだ動こうとしていない。ただじっと倒れたアイズを見ている。

 

「ニコライ、即刻倒してアイズを治療する!! もうこれ以上は見てられん!」

 

 リヴェリアがニコライに呼びかける。

 

(ニコライに、助けられる)

 

 血溜まりに倒れ伏す自分を、あの背中がまた守る。その光景は簡単に想像できる。昔からニコライはアイズを守ってきていた。その心が折れないように、その心が壊れないように、強くなるにつれ傷付いていく心をニコライが優しく撫でていた。

 でも、今はだめだ。

 

(嫌だ)

 

 自分はその背中に挑んでいるのだ。そんな時に、その背中に守られてどうする。

 

(負け、たくない)

 

 何度も守られた、何度も助けられた。今も尚、心はニコライのおかげで奮い立っている。でも、身体は。アイズの身体はニコライがどうこうできる問題ではない。ニコライがいるからと言って、傷が治るわけではない。

 身体は、自分が動かさなければ。

 

(私は、まだいける)

 

 身体に言い聞かせる。今戦わなければ、助けられても死んでしまう。そして、またニコライに死の淵から救われる。

 

(私は、まだ戦えるっ)

 

 何度、何度それを繰り返すのかと自分を叱咤する。自分はニコライに追いつきたいのだろう、追い越したいのだろう。ならば、戦え!

 

「――う、ぐ、ぐうぅああぁぁっ!」

 

 四肢に力を入れる。傷付き血を流し、酷使に酷使を重ねた身体を心が引っ張る。

 

「やめろ、アイズ! もう戦うな!!」

 

 リヴェリアの悲痛の声が耳に届く、それでも立ち上がろうとする。

 

「――あぁああぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 ふと、ニコライは何をしているのかと目を向けた。ニコライは――――笑っていた。いつも浮かべるような、アイズを試す時の笑みだ。ああ、こんな時までニコライ・ティーケはいつもの彼でいてくれる。それだけで、安心してしまうアイズがいた。

 

――まだ立てるか?

――心は折れてねえか?

――戦えるか?

 

 言葉は届かない、しかし思いは届いた。ニコライが、アイズに向かって拳を突き出す。

 

――そうか、戦えるか

 

 そしてその拳を自分の胸板に力強く、鼓動の音を増幅させるかのように、打ち付けた。

 

――なら、自分を信じて立ち上がれ

 

「ぁああああああああぁぁぁぁっっっっ――!!!」

 

 思いを声に、大声を出すことが滅多にない声帯が擦り切れるくらい声を出す。その足が大地を踏みしめる。

 

――賭けに出ろ、アイズ

 

「私は、勝つっ……!!」

「アイズっ!」

 

 そして少女は駆ける。

 

 

 

♣♣♣

 

 

 

「ニコライッ!!!」

「ぅぐ」

「何故だ! 何故アイズを行かせた!?」

 

 駆け出したアイズを止めることができないと悟ったリヴェリアはその怒りを俺にぶつけた。俺は抵抗しない。

 

「行ったのはあいつだ。俺が行かせたわけじゃねえ」

「嘘を、言うなっ」

「嘘じゃねえよ。あそこで助けて欲しいって言われたら助けたさ。だが、あいつはそうしなかった」

「それでもっ、助けるべきだった!!」

 

 その端正な顔が怒りに歪む。美しい瞳は鋭くニコライを睨みあげている。ニコライはリヴェリアの手を見た。強く握り過ぎて爪が皮膚を破り血が滴る彼女の手は、震えていた。それは怒りからか、それとも情けなさからか。

 

「殴るなら、俺にしとけ」

「誰が殴るものかっ! 仲間だぞ、家族だぞ!」

「仲間だって殴り合う時もある、家族だってそうだ」

 

 笑い合うだけが仲間ではない。助け合うだけが仲間ではまい。ぶつかり合う仲間もいれば、傷付け合う仲間もいる。それはきっと家族だって同じなんじゃないだろうか。可愛がるだけが子供との接し方ではない。厳しく叱る時もあれば、泣いている我が子を慰めない時だってあるに違いない。

 

「見ててやれ。成長なんて一瞬だぜ、見逃しちまうぞ?」

「何、を」

「ほら、来た」

 

 リヴェリアは俺の声で振り返った。

 そこには空を舞いながらこちらに飛び退いてくるアイズがいた。その勢い、通常の跳躍とは思えない速度だった。どうやったのかはさっぱりだったが、意図は読めた。

 

「大博打の始まりだ」

「ま、さか――っ!」

 

 ウダイオスの関節が禍々しく輝く。光は徐々に強くなっていき、あの攻撃を仕掛けてくることを示していた。そして、アイズはとうとう俺とリヴェリアの近くの壁にブーツの底をめり込ませ着壁。靭やかな足は血を流しながら力を溜めるために折り曲がる。

 

「ロイヤルストレートフラッシュの打ち合いだ」

 

 力の解放はウダイオスもアイズも間近だ。片や巨大な骨の怪物、片や小さい人間の少女。だが、そこに負けが確定する道理はない。何故なら少女は冒険者だから。自分の可能性を信じる、冒険者だから。

 

「ぶっちぎれ。今のお前は最強(スペード)だ」

 

 解放の瞬間、壁が踏み抜かれ爆風と石つぶてが俺を襲った。

 

 

 

♣♣♣

 

 

 

 体力の限界は越えていた。身体の節々から悲鳴が聞こえ、立ち上がり走っていることがアイズは自分でも不思議に思えた。

 だから、もう長くは戦えないだろう。

 

 決める、次の一連の攻撃で相手を倒す。だから、彼女は自分の身体に謝った。こんなに無茶をさせてごめんと。もう一回だけ、力を貸してくださいと頼んだ。

 心臓は強く脈打った。勝つことを、彼女全身が望んでいる。

 

「はぁ……」

 

 アイズは立ち止まった。それでは逆杭の餌食となってしまうが、それが彼女の狙いだった。襲い掛かってくる逆杭を何度か避けながら、一番良い位置から突き出るものを待った。

 奇しくも、それはウダイオスが魔力充填を始めた瞬間に突き出てきた。

 

 斜め下、後ろ方向をアイズを突き刺す逆杭が射出される。アイズは凄まじい反応速度でその尖った先端だけを斬り捨てた。その断面は、身体は限界に来ていても綺麗な平面だ。

 直ぐ様、その断面に乗る。そして伸び切ったタイミングを逃さず、勢いを殺さずに自分も跳躍する。温存のためにまだ魔法を使っていなかった身体は、吹き付ける風で悲鳴を上げる。本当に、これが最後の攻撃になる。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 空中で回転、迫る壁に向かって足を向ける。すぐ近くにニコライとリヴェリアをアイズは見た。リヴェリアは怒りながら心配そうに伺っていた。ニコライは不敵に笑っている。つられてアイズも笑いそうになった。

 風が彼女を包み、壁に着地した時の衝撃を和らげた。身体に力を込める。血が更に勢い良く流れ、痛みが走る。だが、止めない。この攻撃で終わらせるために、もう止まるわけにはいかない。

 

 ニコライが自分に向かって何か言ったことをアイズは分かったが、もう聞こえない。でも、彼女にはなんとなく意味だけは伝わった。すなわち敵を倒せ、きっとそれに違いない。

 

「はぁぁぁぁっ!!!!」

 

 叫びと共に力を解放。ウダイオスも同時に力を解放していた。今まで見ていた薙ぎ払いとは違う、破壊力を一点に集中させるための突き。最終戦は突きの対決となった。

 

 黒大剣の切っ先とアイズの風の螺旋矢がぶち当たる。拮抗し、力のぶつかり合いが始まった。そこ地点で嵐が吹き荒れ、地面に転がっていた岩までもが吹き飛ばされる。

 

(もっと、もっとっ!)

『ルゥォオオオオオオオオオオ――――ッッッ!!!』

 

 限界を越えて力を放出するアイズに対してウダイオスも答えるようにして各関節の光を瞬かせる。足りない、アイズは直感で理解した。相手の方が力の放出を長く保てる。それでは、勝てない。だが、もう打てる手はない。放ってしまえば矢は戻ることはできない。

 

「【集え、大地の息吹――我が名はアールヴ】!」

 

 そんな彼女を、誰かの風が背中を押す。

 

「【ヴェール・ブレス】!!」

 

 見やると、リヴェリアが近くまで来て魔法を発動させていた。壁の方ではニコライが倒れているのが見えた。恐らく殴られて止められなかったのだろうと、場違いにも笑ってしまいそうになった。

 ヴェール・ブレスは補助防御魔法。魔法と物理両方に対しての抵抗が増し、更に回復効果まである。しかし、それだけではない。魔法の効果だけではない活力がアイズの中に蘇った。

 

「――――ぁぁぁあああああああああっっっっ!!!」

 

 もう一度力を込める。リヴェリアの魔法によってウダイオスの黒大剣の威力は減衰していた。アイズの風がウダイオスの一撃を弾き返す。黒大剣は弾かれ、半ばで折れた。

 アイズは弾いた勢いを利用して上空へと跳躍の方向を逸らす。そのまま天井へと辿り着く。

 

(今度こそ、倒す)

 

 リヴェリアが魔法を使ってくれた、思わず笑ってしまいそうな光景を見た。そのおかげでまだ何とか戦うだけの活力がある。だから、この一撃で仕留める。

 飛んできた勢いで天井を踏みしめる。屈むようにして、最後の突撃の力を充填する。

 

「っぐぅっっっ――ぁぁあああああッッ!」

 

 身体が軋んだ。跳躍の勢いで身体が潰れそうな気がした。屈んだだけで身体がばらばらになりそうなほど痛みを感じた。泣きそうだ、もう諦めたいと思う自分もいた。でも、そうはしない。死と隣合わせの戦場で、今尚死に向かっている。それは確かに恐ろしい。

 だけど、そこにだけ存在するものがある。その死を乗り越えた先を見るには、あの男が見た景色を見るには、死を恐れながらもそれを倒すだけの強い想いが必要だ。苦しい時こそ楽しみを見つけろ、辛い時こそ未来を思え、そこにこそ勝機がある。ギャンブラーとは得てして夢想家(ロマンチスト)な連中なのだ。

 夢見ることこそが彼等の本領だ。

 

 だから、アイズもこの死にそうな直面で楽しみを、幸福な未来を思い浮かべた。

 両親は死んでしまった。それを悲しまなかったことはない、今でも思い出すだけで気分は沈む。でも、自分を家族だと言ってくれる人達ができた。たくさん迷惑をかけた、たくさん心配をさせてしまった。だから会って謝って、そして感謝したい。

 自分が家族だと思える相棒ができた。その人の隣に立ちたい、その人に答えたい、その人に相応しい自分でありたい、その人に――褒められたい。

 

 想いは力に、気持ちは力に、未来は力に、その死地を越えた先にだけある何かを掴みたいという夢が敵を倒す力となる。

 

 だから――!!

 

(泣くのは後でいい)

 

 

 

 

 

「リル・ラファーガァッ!!!!」

 

 

 

 

 

(今は自分を信じて、笑え(戦え)

 

 

 天から撃ち降ろされる一条の螺旋矢が、重力に引かれ更に加速。流れたのは一瞬、だがその一瞬風の弾丸はまるで流星の如く敵を撃ち抜いた。

 肋骨に守られた魔石を真上から、鎖骨の骨を砕き射抜く。勢いは衰えず、魔石を貫いた後地面に激突。ウダイオスの一撃に負けないほどの爆発を生んだ。

 

 魔石を貫かれたウダイオスの動きが止まる。関節の光が徐々に弱くなっていき、そして身体の末端から灰になっていく。地面から突き出ていた逆杭も灰になって消えていく。爆発によって撒き散らされた埃や土が晴れた頃には、その場には灰しかなかった。

 

「おい、アイズ」

「――ぃ、こ」

「しっかり生きてんな」

「……ぅん」

 

 もう動けないが、アイズは生きていた。灰の山に身体を放り出し、愛剣デスペレートはすぐ隣の大地に突き刺さっていた。

 

「私、勝ったの?」

「ああ、勝ったぞ」

「そっか、勝ったんだ」

「寝ぼけてんのか? ほら」

 

 寝ているアイズに近寄り、ニコライは抱き起こす。その途中、アイズはニコライの首に腕を回して抱きついた。

 

「私、勝ったよっ」

「滅茶苦茶凄かったぜ」

 

 抑えきれずアイズは瞳に涙を浮かべる。顔をニコライの肩に押し当て、誰にも見られないように涙が溢れた。

 

「私、強かった?」

「ああ」

「あの時のニコくらい強かった?」

「言っちゃあ何だが、あの時の俺より強そうだったぜ」

 

 ニコライはアイズの頭を少し荒っぽく撫でた。普段だったらもっと容赦なくやっていただろうが、今は頭に怪我を負っている都合上ニコライも手加減した。

 

「私は、ニコの相棒でいれる?」

「お前以外、誰もなれねえよ」

「――よかった」

 

 ニコライがアイズを相棒と認めるのなら、それは彼女が追いつくことを待ち望んでいるということ。いつか、追わせ追う関係ではなく、隣で一緒に戦う時を待っているという証拠。

 

「にしても、ここまでやると次どうするか思いつかねえな」

「次?」

「ここで終わりじゃねえだろ? 次がある次が」

 

 今自分は死にそうな目に会って、そして本当に死ぬ一歩手前まで踏み込み漸く強敵を倒したのだ。そんな相手に次を要求するにはどんな神経が必要なのかアイズには理解できなかった。

 しかし――

 

「一緒に行くか?」

「――うん」

 

 次の冒険が待っている、そう思うだけで心が満ちた。

 

「流石は俺の相棒、いい返事だ」

 

 自分より大きい手のひらがとても暖かく、自分よりも大きい身体がとても頼もしく、自分より低い声がとても心地よく――その姿は記憶の中の父にどこか似ていた。だから、抱きつく腕に力が入った。




戦闘長かった!更新はこれで一旦止まる、気がします!!
次はたぶん過去編を終わらせると思います!

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