Gambler In Sword Oratoria   作:コイントス

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PAST:001-003

 アイズの迷宮探索に付き合い始めて一週間が経つ。元々の素質があったのだろう、アイズは日に日に【ステイタス】を伸ばし既に5階層までの敵では囲まれても相手にならなくなっていた。

 強い、それは確かなことだ。このまま成長すれば、自分を越えるのもそう遠くはないだろうことは簡単に予想できるくらいに、アイズ・ヴァレンシュタインの剣には天賦の才があった。

 

 そもそも、俺はそこまで強くなることに固執していない。血の滾る、心の底、魂の底から楽しめる、そんな勝負ができれば良い。そこに、冒険者として強くあることは絶対条件ではない。勿論、ロキ・ファミリアに所属している以上遠征やその他探索で最前線を担うことがあるのでレベルが上がっていく。

 だから、強さだけを求めるアイズが俺より強くなることは必然だ。

 

「おい、今日は帰んぞ」

「……」

「三日間の約束だぜ」

 

 ダンジョンに入ってから三日が過ぎていた。現在は朝、このまま地上に戻れば昼頃だろう。

 

「もう、少し」

「もう食料がねえ」

 

 そう言うと、アイズは懐から携帯食料を取り出そうとした。俺はそんなものを夕飯だと思って食べたくないので釘を刺す。

 

「アイズ、また俺に運ばれたいのか?」

「……帰る」

「素直で何より」

 

 食料がないというのは完全な嘘である。不測の事態を想定して、五日は生きていけるくらいの食料は持ってきてある。騙されたのは完全に俺に持っていく荷物を準備させたアイズの落ち度としか言えない。

 

「ったく、何が楽しくてこんな地下に何日も篭もらないといけねえんだよ」

「帰っていい」

「はっはっは! 実際、お前のそういう素直なとこは嫌いじゃねえな。んや、この場合素直というより遠慮がねえって言うのか? ま、俺にそういうのはいらん」

「……今日は、何処に?」

 

 何について聞かれたのか一瞬分からなかったが、どこに昼食を食べに行くのかを聞いてきたのだと理解できた。俺はアイズに食事を一緒に取ることを強要した覚えはない。一度目は放って置いたらそのままダンジョンに帰りそうだったから夕食に連れ出したものの、三日間過ごした後に一日空けずに行くことは考えづらい。身体は子供なのだ、疲労は俺よりも溜まっているはずだ。

 しかし、アイズは俺と一緒に食事を取ることを前提に考えている。可愛いところもあったものだが、それは敢えて言わないでおいた。

 

「今日は帰ったらまずはホームで風呂だ」

「……そうだね」

 

 アイズの戦利品や荷物を持っている俺と違い、身軽なアイズは自分の身体を嗅いで俺の言ったことに同意した。

 

「俺はそのままホームで飯だな。外に出るのは面倒くせ」

「じゃあ、私もそうする」

「勝手にしな。別に、飯は俺と食わなくていいんだぜ?」

「……そっか」

 

 その事に今気が付いたと言わんばかりだ。誰かと食事をする、アイズにとってそれは当たり前のことだったのだろう。だから、つい習慣で俺と食っていた、きっと理由なんてそんなものだ。

 

「ま、俺はお前が一緒にいようと一向に構わないが」

「…………」

「お、そうだ」

 

 そう言えばここ一週間くらいカジノに行っていないということに俺も気が付く。ずっと子守りをしている状態なので行く時間がなかったが、三日間通して探索したのだ。アイズも明日くらいは休みにするだろう。

 そうなれば、俺にも暇ができる。今晩行こう、即決した。

 

「今晩俺に付き合え」

「嫌」

「付き合えば、そうだな……次の探索は一週間ぶっ通しでいいぞ。どうだ?」

「……行く」

「よし。夕方部屋に迎えに行ってやる。あ、言っとくがくれぐれもリヴェリアには言うなよ」

 

 その理由が分からないのか、アイズは口では返事をしなかったが首を縦に振った。リヴェリアに知られると絶対に説教される。三日間の探索に次いでリヴェリアの説教三時間なんて洒落にならない。

 

「後、次からは自分で荷物用意しろよ。食料とかは多めに用意することだ」

「……え、でも」

「三日分しかないなんて、嘘に決まってんだろ」

「――ッ」

「殴るなっ、おい、こら」

 

 荷物を持って反撃できないことをいいことにアイズは俺を殴ってきた。俺は常々思っている――騙される方が悪い。

 

 

 

♣♣♣

 

 

 

 辺りが暗くなり、街頭が通りを照らし始める。街はそれでも静まることはない。探索から帰ってきた冒険者達は酒場へと足を運び酒を飲む。商人達もこんな時間に店じまいするほどやわではなく、街が寝静まるのは日付が変わって数時間してからだ。

 それでも、夜にこそ眠らない場所というものは存在する。

 

「よう」

「あら、ニコじゃない。来ないから死んじゃったのかと思ってたわ」

「はっ、誰が死ぬかよ」

「だって貴方が一週間も来ないなんてねえ……あら、その子は?」

 

 ニコライ行きつけのカジノ、というよりも彼の前ファミリアのホームでもあるグランドカジノに足を踏み入れる。入った瞬間、顔馴染みのウェイトレスが入ってきたニコライに気付く。多くの金を落としていく相手には、カジノもそれなりの対応をするのだ。

 そうでなくとも、元眷属のニコライには知り合いが多い。

 

「ん、ああ、こいつは」

「可愛らしい恋人さんね」

「俺に幼女趣味はねえ」

「それにしては、良い服着させてるのね?」

 

 アイズは探索時の格好からは想像できない姿となっていた。

 闇夜に似た漆黒のAラインドレス。腰には大きめのリボンが飾られている。前みごろから続く布地やひもを首の後ろで結ばれ、肩は大きく露出されている。

 

「社会勉強のついでだ」

「はぁん、これがついでねえ……で、誰なの?」

「ファミリアの新人、俺の後輩」

「貴方に後輩? 面白いことするわねロキ様は」

「こっちは迷惑だ」

 

 履きなれないロングスカート、というよりもこれまで一度も着たことがない高価なドレスで歩みがぎこちないアイズはニコライを一度睨むように見上げた。しかし、ニコライにはまったく効果がない。巨体のおかまが店主の服屋に連れて行かれ何が始まるのかと思えば、ニコライはアイズに合うドレスを探すため着せ替え人形のようにアイズに様々なドレスを着させた。

 その度に女性店員に着せてもらっていたアイズは若干申し訳無さと恥ずかしさで顔を赤くしていた。

 

 そして極めつけには付き合えと言って連れてきた場所――カジノである。

 アイズとはなんの接点もない夜の世界だ。しかし、それも当然。アイズはまだ八歳の子供であるからして、ギャンブルなんていうものに接点がある方が異常だ。

 

「そう言えば、シャーネちゃん。最近酒場の方でウェイトレス始めたのよ。可愛いから見に行ってあげなさいな」

「へえ、あいつが。いつか冷やかしに行ってやろう」

「ほどほどにね」

 

 そう言って女はその場を離れていった。

 

「ほれ、行くぞ」

「何処に?」

「久しぶりにルーレットでもやっか。ルールも分かりやすいしな」

「……私もやるの?」

「やりたくねえのか?」

 

 アイズの質問にニコライは質問を返す。それすなわち、やらせるに決まってるだろ、という意味だった。

 先を歩くニコライをアイズは素直に追う。彼女はその場の雰囲気に圧倒されていた。初めて見るものばかりで、誰もが楽しそうにその場で遊んでいる。きらびやかな装飾が施されたホールには、それを照らす照明が降り注ぐ。

 綺麗だ、その時少女は確かにそう感じた。その場所も、そこにいる人々も、忌避されることもあるギャンブルの世界であっても、人の営みは人の集まりは、こうも温かいと思ってしまった。

 

 だが、頭を振るう。自分はそれを捨てたのだと言い聞かせる。強くなるために、弱さを、幸せを、光を、すべてを犠牲にするのだ。早く、誰よりも早く辿り着くために、己を殺して強くなると決めた。

 

「ほい」

「わっ」

 

 テーブルまで辿り着くと、ニコライはアイズを持ち上げて椅子に座らせた。来る客に合わせて設置されている椅子に、アイズ一人では手間取る。さっさと座らせてニコライも隣に座る。

 

「ま、最初は分からねえだろうから見てろ」

 

 そう言ってニコライはアイズにテーブルを見るように促す。

 1から36の数字、それに0と00を加えた38の数字が描かれた赤と黒のルーレット。その隣にはそのルーレットと同じ数字と色、それ以外にも偶数と奇数、赤と黒と言った様々なマスのベットエリアがある。

 

賭けてください(Place Your Bets)

 

 ディーラーの声がかかると、テーブルについているプレイヤー達が自分のチップをベットエリアへと置いていく。即座に決める者、数秒悩んでから決める者、そしてディーラーがルーレットを回すのを待つ者、反応は色々だ。

 独特の緊張感をアイズは感じ取った。まるで戦場のようだ。

 

 事実、カジノとはギャンブラー達の戦場に違いない。その空気を感じ取れるということは、幼くとも彼女は冒険者、戦う者だということだろう。

 

 プレイヤー達がチップを置いていく最中、ディーラーはウィールを反時計周りに柔らかく回転させる。一切力を感じさせないしなやかな手付きだった。

 

「美人は手も美しいねえ」

 

 ニコライが独り言を溢す。確かに、そのテーブルのディーラーは顔もスタイルも大変よろしい妙齢の女性だった。アイズもつられてディーラーを見ると目が合って微笑み返された。アイズは表情を微動だにしなかった。

 続いてディーラーがボールを投げ入れる。ウィールとは反対方向、時計回りにボールは回っていく。その速度は徐々に失速していきウィールへと近付いていく。

 

そろそろです(Last Call)

 

 どこに置くか悩んでいたプレイヤーもディーラーのその声で重い腕を動かしてチップをベットエリアへと置いた。

 

そこまで(No More Bets)

 

 ベットエリアの上をディーラーの腕が仰ぐ。それ以上チップを置いてはいけないという合図だ。その後はもう、運命に委ねて待つしかない。

 

 テーブルに座る全員の視線がウィールへと注がれる。

 ボールがウィールに触れた瞬間弾かれ違う場所へと跳ばされる。カラカラと心地よい音を鳴らしながら、勢いは弱まりボールは一つのスロットへと落ち着く。

 

「5」

 

 スロットが収まったのは5のスロット、色は赤。ディーラーがベットエリアの5のマスにウィンマーカーを置く。マーカーの回り以外に置かれたチップをディーラーが回収、当選したチップには賭け方によって様々な配当がプレイヤーに返されていく。

 

「分かったか?」

「……なんとなく」

「よし、じゃあやってみるか」

 

 ニコライは現金をチップへと換金、今日はそれほど長居するつもりはないのでそれほど多額ではない。アイズの分も自分より少ないがチップを交換して渡した。

 

「ニコライさんが人を連れてくるなんて。小さい子に悪い遊びを教えるのはどうかと思いますね」

「おいおい、俺は子供(ガキ)の頃からここを遊び場にしてたんだが?」

「ニコライさんと比べてはだめでしょう。何と言っても、貴方はフォルトゥナ様のお気に入りでしたからね」

 

 アイズは二人の会話をよそにどこに賭けようか考えていた。どうせ他人の金なのだから好きにしてやろうと思っていた。ここまで何も知らされずに連れてこられたのだ。相手がニコライでなければ即刻帰っていただろう。

 それも、別段ニコライに好意的だからという理由ではなく、逃げたら後々面倒になるということがアイズでも分かった。

 アイズはチップを置こうと手を伸ばした。

 

「まだだ」

 

 しかし、その手はニコライに掴まれる。そう言えばディーラーの声があってから皆チップを置いていたことを思い出したアイズは手を引っ込めた。

 

「ふふ、始めましょうか」

 

 ディーラーは柔らかい笑みをアイズに向けて、静かにベットの声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、上々だな」

 

 アイズが初めてカジノに足を踏み入れてから数時間、良い子が寝る時間をとっくに過ぎている。アイズは眠たそうにしながらニコライに手を引かれてホームへの帰路についていた。

 ニコライはあの後大負けも大勝ちすることもなく、着実にチップを増やしていった。アイズは最後に大負けして殆ど利益はなしだ。

 

「お前も、なかなか持ってるじゃねえか」

「……別に」

 

 だが、ニコライは最後のベットをアイズに任せた。しかも、チップすべてを使えというのだからアイズは戸惑った。自分が失った以上の金を他人に任せるというのは正気じゃないように思えた。ぱーっとやれ、というニコライの言葉に従いアイズはニコライのチップすべてを赤に賭けた。

 当選すれば配当は一倍だ。

 

「なんで」

「ん?」

「最後、なんで」

 

 ボールは見事赤のスロットに落ち、ニコライのチップは二倍になったところで帰ることになった。流石にアイズを連れたまま夜通しというわけにはいかない。

 

「不安だったろ?」

「うん」

「でもよ、勝った時は嬉しいじゃねえか」

「それは……」

 

 その通りだった。当たった時、思わず声を出してしまった。次の瞬間ニコライが荒っぽくアイズの頭を撫で回したが、それが気にならないくらいには嬉しかった。

 そんなもの、いらないと思っているのに感じてしまった。

 

「負けた時は凄え悔しいぜ?」

「……」

 

 だが、それは何故あの時アイズに任せたのかという質問の答えにはなっていない。その答えを求めて、アイズはニコライを見上げた。

 

「ほれ、おぶってやる」

「いい」

「早くしろ」

「いい」

「あっそ」

 

 眠そうなその目を見てニコライは屈んでアイズに背を向けたが、アイズは頑なに拒んだ。だが、ニコライはその返事を無視し、背負わせないのならと言って抱き上げた。

 他人に持ち上げられるという浮遊感、そして安心感がアイズを包む。それは、きっと眠気のせいなんかではない。それだけ強くあろうとしても、彼女はまだ子供なのだ。本来であれば親に甘える年頃だ。

 

「いやさ、お前表情全然変わんねえじゃん。だからさ、こう笑わせたり泣かせたりしたかったわけだよ、俺は」

 

 勝っても笑わなかったけどな、とニコライは残念そうに言った。

 それは違うとアイズは思った。笑わなかったわけじゃなかった、笑う暇がなかった。あの時感じたあの喜びが、余りにも初めての感覚だったから笑えなかったのだ。

 

「や、めて」

「あ?」

「いらない、楽しさなんて――いらない」

 

 そうか、ニコライは自分に感情を求めているのか。その事にアイズは漸く気が付いた。そこに何の意味があるかなど分からない。他人の感情が見たいなんていうことを彼女は望んだことはない。

 彼女が望むのは強さのみ、それ以外はいらない。

 

「強く、なら、ない、と」

 

 アイズの意識が暗闇へと落ちて行く。初めて言った場所で緊張もしていたからだろう、予想以上に眠気が彼女を襲う。

 

「そうじゃ……ないと…………」

 

 その後の言葉を言わずに、抱き上げられたアイズは眠りに落ちていった。

 

「そんなんじゃ、壊れちまうぜアイズ」

 

 溜息を吐きながら、少女に届かない言葉をニコライは呟く。

 この時点で、アイズとニコライの賭けはアイズの勝利だった。興味を引くどころか、率先して世話までしてしまっている。付きっきりでアイズのことの面倒を見るというのは、ニコライは受動的に行動する。

 しかし、カジノに連れて行った時点でそれはニコライの能動的行動、アイズでは決してしない行動を彼女にさせるということだ。

 

「ああ、面倒くせえ」

 

 そもそも、アイズとの賭けとロキとの賭けは両立しない。

 アイズとは、自分の興味を引くかどうか。ロキとは、アイズを笑わせるという賭けをしている。アイズを笑わせることなど、彼女に興味がなければできない。それくらい本気で向き合わなければ、少女の凍てついた心は動かせない。

 ロキとの賭けに決して負けたくないニコライは、アイズとの賭けに負けるしかなかった。

 

「ちっ、あのセクハラ神め……覚えてろよ」

 

 だが、それとは別にニコライはアイズを放って置けない理由があった。

 昔の自分に似ている、ニコライは無意識にアイズと子供の頃の自分を重ねてしまっていた。もし、あの時自分にも今の自分のような人間がいれば、救われたのだろうかと考えてしまった。

 

「笑えよ、アイズ・ヴァレンシュタイン。世界は、てめえが思ってるより面白えぞ」

 

 それは、過去の自分に向けた言葉。今の彼女に向けた言葉。闇夜に溶け込み、その言葉を誰も受け取ることはなかった。




うーん、なんだか長い間この小説書いてなかったからニコライのキャラがぶれてるかもしれないです。お許しを。まあ、過去の話だしね、いつものニコライと違ってもしょうがないよね。

後、久しぶりの更新にも関わらず日刊ランキング入ってました。読んでもらえて嬉しいです。

ディーラーとは話さないイメージあるけど、小説だし会話ないとつまらないのでそこらへんは察してください。というか、子供を深夜まで連れ出すというのはどうなんだろう。書いてないけど、この後リヴェリアに怒られるのは必然。

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