Gambler In Sword Oratoria 作:コイントス
「ニコってばどこ行ったんだろうね?」
「でもアイツがいても突っ走って金稼ぎにもなりやしないわ」
「確かにー」
所変わってダンジョン15階層。
先日修理中の愛剣《デスペレート》の代わりに店から借りていた細剣を壊してしまったアイズ、そして前回の遠征で芋虫型のモンスターに大双刃を溶かされてしまい新調したティオナは借金に追われていた。
ならダンジョンに行って金を稼ごうという判断は冒険者として当たり前だ。ダンジョンは無限に金の湧く鉱山のようなものだ。当然危険は伴うが、第一級冒険者ともなればそうそう遅れを取ることはない。つまり時間をかければいくらでも稼げる。
「フィンは何も聞いてないのー?」
「ああ、何も聞いてないね。話によると昨日くらいから誰も見かけてないらしい」
「リヴェリアは?」
「最後に見たラウルは昨日の朝どこかへでかけるのを見たらしいが、それ以降はどこをほっつき歩いてるのかさっぱりだ」
「そっかー……」
「何よ、アンタもしかしてアイツに付いてきて欲しかったの?」
「えー、だってそっちの方がアイズはやる気出るでしょ?」
確認を取るようにティオナは数歩前をレフィーヤと一緒に歩くアイズに視線を送った。それを感じ取ったアイズは首を傾げながら振り向いてティオナを見る。釣られてレフィーヤも振り返った。
「アイズはニコに来て欲しかった?」
「……どっちでも」
「えぇ? そうなの? ちょっと意外かも」
予想していなかった反応に驚くティオナを見て、アイズは少し考えた。
来て欲しいか来て欲しくないかで言えば、当然来て欲しい方に傾く。しかし、別にニコライがいるかどうかはアイズにはそこまで関係ない。一緒にいなくともニコライの姿は彼女の視線の向かう方向にいるのだ。
前にいようとも、横にいようとも、後ろにいようとも、更には一緒にいなくともニコライの背中を追い続けるとアイズは決めたのだ。
「いないなら、しょうがないよ」
「アイズとニコの関係ってちょっと分からないな―……好きなんじゃないの?」
ティオナも女性ということだろう、人の色恋沙汰(姉を除く)には割りと興味津々である。レフィーヤもその尖った耳で一字一句聞き逃すまいと聞き耳を立てている。フィンはあまり興味がなさそうであったが、リヴェリアは内心アイズがニコライのことをどのように思っているのか興味はあった――毒されていないかという観点で。
ティオネは周りに発生したモンスターを倒しに行ってしまった。
「好き……?」
「そうじゃないの?」
「……」
好きか嫌いかと問われれば、好きと答えるだろう。しかし、それは【ロキ・ファミリア】の他の団員にも言えることだ。ちょっと苦手なベートが対象でもその二択であれば前者を選ぶだろう、家族として。
「ほら、塔に閉じ込められたお姫様と白馬の王子とかさあ、精霊と助けるために試練を乗り越える勇者とかさ、そういう感じの?」
アマゾネスであるティオナは意外にもお伽話や英雄譚など、世間一般的には子供向けの物語が大好きである。もちろん原本に近付けば近付くほど話は深く詳しくなっていくので、すべてが子供向けというわけではないが。
つまりティオナが言いたいのは、その物語に登場する
「――ない」
それは決してアイズにはない感情だった。
「そこまで断言しちゃう?」
「と、当然です! あんなに野蛮で乱暴者のニコライさんに、アイズさんが恋なんて……!」
――私は
守られるだけの家族であってはいけない。その背中に隠れて守ってもらうだけではニコライ・ティーケを追いかけ、隣に立ち、相棒と呼んでもらう資格はない。
そうニコライなら『ピンチの俺を救うくらいの気概はねえとなあ。まあ、俺がピンチになるなんてありえねえがな』と言うに違いないのだ。
そう、好きか嫌いかで言えば圧倒的に好きだ。しかし、それは男として好きなのではない、とアイズは思った。【ロキ・ファミリア】に入ってから八年間、ずっとニコライと共に戦ってきた彼女だったが、ニコライには様々な感情が渦巻いていた。
兄のように優しい時もあれば、父のように厳しい時もある。仲間のように笑い合うこともあれば、敵のようにぶつかり合うこともある。突き放して追わせる時もあれば、手を引っ張って無理矢理追わせることもある。
――分からない
考え始めればアイズの心は混沌と化した。様々なニコライの印象が混ざり合い、ぶつかり合い、打ち消し合い、纏まりがなくなっていく。
しかし、それが答えに違いないとアイズには確信があった。
――ただ一つの言葉でいい表せないほど、ニコライ・ティーケはアイズにとって大きな存在だ
だからきっと『好き』なんて言葉じゃアイズとニコライの関係は言い表せない。そう、あるべきなのだ。
金の双眸は様々な感情を生み出し、そして優しい光を灯す。かつて抜身の刃のようだと形容されていた彼女は、すっかりなりを潜めてしまっていた。
もうすぐ彼女は自分と向き合うことになる、その瞬間がくるということを、彼女はまだ知らない。しかし、それでもニコライ・ティーケはその背中を魅せ続け、アイズ・ヴァレンシュタインはその背中を追いかけるだろう――そう、昔誓ったのだから。
♣♣♣
街の外れ、『夜』となって随分経つリヴィラで俺とレヴィスはまだ攻防を続けていた。途中から逃げようとしたレヴィスを追っている内に街の中心から大分離れてしまった。今は島のように盛り上がっていいるリヴィラの街の端、つまり崖のような場所に面している。
俺がどうやっても逃さないことを悟ったのか、レヴィスもそれ以上は逃げず俺を殺すことにしたらしい。
本気を出したレヴィスに俺は防御に徹するしかなかった。【ロキ・ファミリア】最速を豪語するベートよりも更に速く、いつも見ているアイズより鋭い踏み込み。防御が間に合わず徐々に俺の身体は傷だらけになっていった。
「いっでぇ……」
「それだけの傷を負って良く動く」
「褒めてもらえて、嬉しいねえッ!!」
「どこをどう解釈したら褒められていると受け取るんだ、ニコライ・ティーケ」
レヴィスに蹴り飛ばされ地面を転がった俺は急いで起き上がった。しかし、予想は外れレヴィスは追撃をしてこなかった。
予想以上、いや、予想もしていなかった程にレヴィスは強かった。出るとこが出ていて、引っ込んでいるところはちゃんと引っ込んでいるその身体は細い。にも関わらず俺と同等、下手をすれば俺より力が強い、その上速さでも俺は負けていた。
――Lv.7の冒険者か?
一瞬その考えが横切ったが、未だオラリオにはLv.7の別次元の力を手にした冒険者は一人しかいない。
「お、やっと名前を呼んでくれたじゃねえか」
「お前は邪魔だ。だが、その強さは認める」
「ハッ、『認める』だけじゃあ足りねえな。思い知って行きな!」
「お前こそ、自分の愚かさを思い知って逝け」
「自分の愚かさなんてなあ――」
数えきれない程の拳のぶつかり合いで傷だらけになった『
だが、それを恐れているだけでは何も始まらない。その恐ろしい強敵に心底震え上がりながらも一歩踏み出す。顔には相手を挑発する余裕の笑みを貼り付ける。痛む身体に鞭を打ちながら、
「――十分知ってんだよッ!!」
そう、愚かでなければこの世界は楽しめない。救いなどなく、不幸など有り触れているこの世界で、最高にハッピーで最高にラッキーな人生を送るには――狂っているくらいが丁度いい!
地面を踏み抜く、そのくらい力を入れて踏み込む。掬いあげるように拳を放ち、その顎目掛けてアッパーをぶちかます。しかし、レヴィスはそれを頭を少し後ろに動かし紙一重で躱した。その瞳に恐怖という感情は見えない。
「そうか、じゃあただ死ね」
ガラ空きの俺の脇腹に拳を突き刺そうと身体を捻って溜めを作ったレヴィスに俺は笑みをこぼした。アッパーなどという隙のでかい技を使ったことには理由がある。
――てめえなら素直に殴ってくるだろうと思ったぜ
レヴィスは強い。しかし、その戦い方はがさつの一言だ。ただ殴る、ただ蹴る。力で相手をねじ伏せる、ただそれだけだ。俺はそういう戦い方が嫌いじゃない、むしろ好きな方だ。だから、レヴィスなら隙を見せれば何も考えず、食いついてくると予想した。
――俺の勝ちだ
『オラアアァァァ!!!!』
「――――ッ!?」
突然レヴィスの
「残念! そりゃあ俺が適当に録音して流した俺の声だ!!」
戦闘中適当に録音を開始し大声を上げ、投げておいたのだ。突然再生を開始した録音結晶の音声にレヴィスは驚いたのだ。
「
「くっ、離せ!」
その一瞬で俺はレヴィスの腰に手を回し、持ち上げる勢いでタックルをする。突然の行動に困惑したレヴィスだったが、その目的にすぐ気づいた。
「おら行くぜえええ!!! 賭けな! 生きるのはてめえか俺か!! 両方生き残ったら第二ラウンドだぜえ!!」
「【賭け狂い】……言い得て妙だな。もう走り回るのも面倒だ、受けて立とう」
抱き着いたままレヴィスと共に崖からその身を投げる。俺達がいた場所は街の端、崖のようになった場所。そしてその下は――
「寒中水泳は大得意ってかあ!!」
「苦手ではないな」
――湖と言っていい規模の湖沼だ
「【
空中でレヴィスを下へと突き飛ばし、魔法の詠唱を始める。なんでもいい、取り敢えず一発殴りたい。炎でも、雷でも、風でもいいから何か攻撃をいれたい。
「【
「ハアッ!!」
俺の魔法を迎撃しようとレヴィスもその拳を俺へと突き出す。しかし、彼女は俺の魔法の性質を知らない。【賭け狂い】という名に相応しい、馬鹿げたその魔法は今回は何を弾き出すのか俺ですら予想できない。
魔法が完成した拳を振り抜く。そこからは風が吹き荒れた。しかし、それは炎のような熱さではなく、氷のような冷気を宿した冬の風。もしかしたら俺の魔法は少し前にみたエルフの魔法でも模倣しようとしたのかもしれない。
それとも、それだけ俺にとってレフィーヤのあの姿が印象的だったのかもしれない。
「ハッ! なかなかに
「これはッ」
下にいるレヴィスと水面に向けて拳から冬風が解放され、吹雪と勘違いしてもおかしくない冷気を含んだ風が彼女を襲いかかった。
「どうやら第二ラウンド突入みてえだなあ!!」
そして凍った水面へと着地する。
「そのようだな」
どうやら凍てつく風も彼女を倒しきるには至らなかったようだ。レヴィスは身体の一部が凍っていたもののまだまだ健在だった。
毛先が凍ってしまい砕けたのか、彼女の長い髪はところどころ短くなっていた。
「だが、第二ラウンドじゃない――」
氷という滑るステージでも尚、レヴィスのスピードは衰えていなかった。むしろ、その滑りやすさを利用して移動をするくらいだ。
「
「つれねえこと言うなよ!!」
俊足で俺の横まで移動したレヴィスは全身を使い拳を突き出す。その衝撃によって地面となっていた氷が砕ける。
「――あ?」
そしてそれを普通にガードした俺は致命的なミスに気付く。氷の上は滑る、そして氷は脆い。つまり、踏ん張りがまったく効かない。氷上での戦闘を想定していない普通のブーツではまったく地面のグリップがない。
「おおおぉぉ――ッ!?」
「今度こそ殺しきる」
踏ん張れずその拳に押される俺を、レヴィスは追撃として何度も拳を突き出す。それをガードする度に後ろに吹き飛ばされ、そして遂に街の崖となっている壁にぶち当たる。
「負けっかよお!! 【
いつものように、俺は賭ける。この危機的状況に陥りながら、やはり俺の心は笑っていた。
「死ね」
「【
拳が交差した。俺の拳はレヴィスの肩を捉え、そしてレヴィスの拳は俺の腹を捉えた。レヴィスの拳で俺の身体は半ば壁にめり込み、そして俺の魔法が発動する。
「な……に」
「なるほどな運試しの拳とは良く言ったものだ」
しかし、拳から僅かな雷撃がレヴィスに流れ、それだけで魔法の効果は終わってしまった。
「どうやらこの賭けは私の勝ちだったようだな、ニコライ・ティーケ」
「マジ、かよ」
【
「お前の
感情の乏しいその声で、レヴィスは俺の死を宣告した。
直後、彼女は両の拳を目にも留まらぬ速さで俺に乱打した。そのすべてを直撃で受けてしまった俺の意識は赤と白で点滅する。しかし、どれほど食らってもレヴィスはその拳を止めない。数秒間、拳の嵐は止まない。
「……ぉ」
「まだ生きているのか……しぶとい」
壁に亀裂が走るほど俺の身体はめり込み、先程のラッシュの威力を物語っていた。あと一撃入れれば崖は崩れるだろう。
「これで、終わりだ」
まだ意識はあるもののまったく動けなくなった俺の前で、レヴィスはゆっくりと構えを取って身体に力を溜めた。今まで高速戦闘をしていた俺はまだ彼女の本気の拳を受けていない。まるで案山子を殴るような感覚なのだろう、やはり彼女の瞳に感情は見られなかった。
「さようならだ、ニコライ・ティーケ」
そしてその一撃が、俺に突き刺さる。
轟音を撒き散らしながら、その一撃は俺にぶちあたり崖の大部分を破壊する。落ちてくる岩に埋まるようにして、俺の意識は薄れていく。
――ハッ、
賭けに負けたのだ、喚き散らしながら悔しがりたいがどうにも身体が動かない。感覚のなくなっていく身体に力を入れようとするが、一向に動く気配がない。
そしてだんだんと視界が暗闇へと沈んでいく。
――早く、誰か来てくれねえかなあ
心の中でその願いを呟いた俺は、後は運に任せるしかないだろうという結論に至った。なんだ何時もと同じじゃないか、と獰猛な笑みを浮かべて俺は目を閉じた。