闇を統べる吸収者の少女は友達を欲す   作:ささんさ

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1 『一つの終わり、二つの別れ』

 ──世界の終わりを、黒い少女は無感動な瞳で眺めていた。

 

 一面に広がる大森林が見渡せる、切り立った崖からは崩壊の様子を良く窺えた。

 空は黒紫の雲が渦を巻き、雷鳴を轟かせ、時折稲妻が走る。

 地表から塊が宙へと舞い上がり、まるで世界が端から消えていくよう。

 文字通りの世界の終わりの所以は一つ。

 

 今日を以って、【デザイア・オブ・エターナル】のサービス終了日を迎えたからだ。

 

 【デザイア・オブ・エターナル】は、ダークファンタジーを根底にした雰囲気とキャラクターを売りに発売されたMMORPGだ。

 電波としか形容出来ないストーリー、ナチュラルなキャラクターの残虐性や、何処か影のある世界観は当初こそ話題になったものの、今となっては閑散とした物だった。

 陰惨な世界観だけの魅力では、新しく参入する人間は殆どいないのだから。

 

 開発陣の粋な計らいでか、静かに幕を下ろすはずの世界が崩壊する演出をしていた。

 このゲームのメインストーリーの最終局面の展開……この世界の住人は欲望の化身を倒すことも叶わず、悪辣な魔術師達の禁忌の魔法により世界は滅亡する……と同期させているのだろう。

 ご都合バッドエンドも良いところだ。

 けれども派手に消え去っていく様相には、それなりの開放感と、言い知れぬ哀愁を覚える。

 

 過疎と化していた【デザイア・オブ・エターナル】の廃虚街も、いつ以来かのお祭り騒ぎで非常に賑やかだった。

 それを他所に、少女は静謐な崖にいるが。

 

 ──今日で、終わり。私が生きてきたゲームの世界はおしまい。名残り惜しいけれど、『マカロニサラダ』ともお別れ、かぁ。

 

「なんだか、淋しいな」

 

 少女はポツリと呟いた。

 『マカロニサラダ』とは少女を造形し、少女を操って世界を股に掛けた冒険を繰り広げた、プレイヤーの名称だ。

 こちらの世界ではありふれた妙な名前。

 食べ物の名前らしいが、自分を操作していたのはヒトでなく食べ物だったのだろうか……とも疑問符を浮かべることもあった。

 

 マカロニサラダは、【デザイア・オブ・エターナル】でも凄腕のソロプレイヤーとして良く通った名前だ。

 ギルドに所属もせず、況してパーティも組まずに、ふらりと現れてボスを狩っていく。

 餌の横取りと批判されることもしばしばだったが、他のプレイヤー間では都市伝説や制作側のプレイヤーキャラとも認識されていた。

 その理由は、所詮はロマンスキルである【剥離し掌握する吸収者】を十全に扱い──ボスを吸収し(・・・)、配下に加えるという偉業を幾度となく繰り返したからだ。

 【剥離し掌握する吸収者】は他のキャラクター、エネミーからHP、もしくは経験値を奪い取る凶悪な効果を持つ。または、エネミーを吸収して撃破した場合、エネミーを自らが使役することも可能になる。

 しかし、ロマンにはデメリットが付き物だ。

 

 使用の場合には武器、鎧等の防具を携帯してはならず、更にはエネミーのHPの半分以上を吸収しなければ使役能力も付かず、そもそも吸収速度が遅々たるもの。

 そのため少女は設定上全裸であり、黒いワンピースに見える服装も少女の操る『影』だった。

 滅多に取得出来ないレアスキルでありながら、使い勝手は非常に悪い。

 だが制限を意にも介さず、彼は単身ボスへと挑み、そして勝利を収めてきた。

 

 そんなマカロニサラダは孤独を好んだ。

 伝説的存在の彼には、当然パーティへの誘いは百や二百届いたものの全て跳ね除けた。

 弱者とは群れたくない、と。

 そう突っ撥ねて、やはり反感を買っていた。

 

 しかし少女はマカロニサラダの気持ちが、端々とは言え伝わってくる。

 一匹狼を気取る彼は、

 単に彼は、人と付き合うのが下手なのだ。

 仲間になることを忌避していたのでなく、自らが関わったせいで他人を傷付けてしまうのが、怖かったのだろう。

 あまりにも臆病で神経質な彼は、心の奥底では仲間を望もうとも、決して誰とも会話しようともしなかった。

 だから少女には、生まれてこのかた、まともな知り合いがいない。

 

 

 この紛い物(バーチャル)の世界ですらそうなら、彼が生きる世界では一体どれほど生きにくいのだろうか。

 それは、箱庭でしか生きていない少女には分からない。

 

「マカロニサラダ、あなたに仲間ができるのを待ってたんだけれど……その前にこうなったのは、本当に残念」

 

 今、彼は少女を操作していない。

 慣れない喧騒を避け、着々とした世界の崩壊を見ると、名残惜しむ暇もなく早々にログアウトしてしまった。

 ──最後に、一人きりで終焉を見た彼が何を思ったのか、少女には知る由もない。

 

 遂に、崩壊は足元まで迫り──少女は無抵抗に破滅の足音に飲まれた。

 視界は徐々に真白く塗り潰されていき、最終的には意識ごとホワイトアウト。

 最後に少女が思ったのは、ほんの些細な事。

 

 願わくば、長年連れ添ったマカロニサラダに、無二の誰かが訪れますように。

 

 そして、出来るならば、生涯孤独だった私に沢山の友達を──と。

 

 

 こうして少女はゼロとイチに還元され、淡い願いも、積み重ねた時間も、端正な顔立ちも、全てが等しく情報の瀑布に消え去る。

 

 そのはず、だった。


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