光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ウィリアム・スミス

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ルララ・ルラ 本作の主人公(真)


幕 間
愛用の紀行録 1


 気がつけば、あたり一面見渡すばかり草原であった。

 

 おかしい……彼女の記憶では、アジス・ラーで蒐集品納品のために『アダマン鉱』を採集し、テレポでイディルシャイアに戻ってきたばかりだったはずだ。あの、毎週毎週飽きもせず蒐集品を回収する、ロウェナ商会のルガディン族の女に、今週分のノルマを叩きつけてやるために……。

 

 そもそもだ、アダマン鉱を蒐集する好事家って一体どんな変態だ! ナゲットやインゴットならまだしも原石を蒐集するだなんて、相当の暇人か変人に違いない。それも毎週必ずだ! あぁそれにしても、ここはどこだろう?

 

 心の中で日頃の鬱憤を盛大に愚痴りながら、ララフェル族の少女──ルララ・ルラ──は、そばに落ちていた採掘道具──マインキープピック──を拾うと立ち上がりあたりを見渡した。

 

 見渡すばかり、草、草、草、草、草ばかりだ……。

 

 ルララは『アーマリーチェスト』の中から園芸道具を取り出し、あたり一面の草を刈り取ってやりたいという衝動に駆られたが、なんとか堪え、もう一度注意深くあたりを見渡した。

 

 ──おっと! 何やら塔を見つけた。

 

 ルララの目線の先には、かなり距離があるのだろう、随分と小さいが塔のようなものが見えた。

 建造物があるならば人もそこにいるはずだ。もし万が一『人』じゃないやつがいたとしても、まあ特に問題はないだろう。

 

 ルララは『アーマリーチェスト』の中に手を入れると、しばらく考え『天球儀』を取り出した。

 その瞬間、彼女が着ていた『採掘師』専用装備──マインキープシリーズ──が瞬く間に消え、一瞬にして『占星術師』専用装備──ウェルキンシリーズ──へと換装される。

 

『アーマリーシステム』

 

 自らの持つ装備を、予め武器ごとに登録し『ギアセット』として保存しておけるこのシステムは、冒険者にとってはなくてはならないシステムの一つだ。

 このシステムのお陰で、面倒な着替えが一瞬で終わり、さらに『アーマリーチェスト』という、システム専用のかばんは、冒険者の所持品問題を大いに改善した……と言われている。

 

 なんせこの『アーマリーチェスト』は不可視な上、入れた装備の重さも消えてしまうのだ、これで冒険稼業が捗らないはずがない。まぁ装備品しか入れられないのが玉に瑕だが、このシステムは通常使用のかばんの方にも応用されているので問題はない。

 

 なんでも、たいそう高名な魔導師と職人がその生涯を掛け、力を合わせて完成させたらしいが、詳しくは知らない。まぁ知らなくても使えているのだ、問題無いだろう。ありがとう、名も知らぬ魔導師と職人さん!

 

 ルララは『占星術師』となると、自己防衛のために強化魔法をかけ始めた。

 

 まずは『プロテス』だ。

 本来であるならば、『白魔道士』の魔法だが占星術師もアディショナルスキルとして使うことができる。

 『アディショナルスキル』とは、『クラス』や『ジョブ』の垣根を越えて使用できるスキルのことだ。

 

 約3秒程の詠唱が終わると、ルララのまわりに透明な不可視の障壁が張られた。その効果は──物理防御力と魔法防御力を向上させる──だ。

 

 続いてルララが詠唱を開始した魔法は『ストンスキン』だ。

『ストンスキン』これも白魔道士がもつアディショナルスキルだ。その効果は──対象に一定量のダメージを防ぐバリアを張る──である。

 

 ルララのまわりに、石でできた壁のようなものが張り巡らされると、しばらくして消失した。

 これで防御の準備は万端だ。

 ルララは僅かに考えると、手に持つ天球儀を空高く掲げ、天に座す星々と己の中のエーテルを結びつけた。

 

『ノクターナルセクト』

 

 占星術師がもつスキルの一つ。己のエーテルを星々の力を借りて強化し、回復魔法の向上や追加効果を付与するスキルだ。

 そう回復魔法──エオルゼアにおいて占星術師はパーティーや自らを癒やし、回復させることのできる、回復職(ヒーラー)なのだ。

 

 ルララがこの状況で占星術師を選択したのには理由がある。数あるジョブの中でも、占星術師が最も生存率が高いジョブだからだ。単独で、しかも見知らぬ土地を行くのであれば、これ以上うってつけのジョブはないだろう。

 

 最後にルララは、天球儀の周囲をまわっている『カード』を『ドロー』した。

 占星術師は星座を暗示するカード『アルカナ』を駆使し、様々な奇跡を起こすことができる。

 

 彼女の引いたカードは──『世界樹の幹』──これは丁度いい。このカードは一定時間、対象の被ダメージを軽減してくれる。もし戦闘になった場合彼女の生存率を高めてくれるだろう。

 

 引き当てたカードは、すぐに使用しなければ、エーテルが枯渇し使用不能になってしまう。しかし今はまだ使用すべき場面ではない。そう判断したルララは──『キープ』を発動した。このスキルはカードに宿るエーテルを固定し保存するためのスキルだ。これを使うことによって、彼女が好きな時にカードを使うことができる。もちろん使用できるのは一度までだが。

 

 全ての準備を整えたルララは、いよいよ、はるか先にある塔に向かって歩き出した。

 空はまだ暗く、満点の星空だけが彼女を見つめていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 さて、面倒なことになった……。ルララはそう思わずにいられなかった。

 

 街──塔の下には街が広がっていた──への道中は大した危険もなく、なんなく進むことが出来たが、問題は街についてからだった。

 

 街──どうやらオラリオと言うらしい──についたルララは、早速ここがどういった場所なのか聞くことにした。

 しかし、困ったことに言葉が通じないのである。彼等の言っていることは理解することができる。しかし彼女の言葉は彼等には理解できないようなのだ。

 

 彼女が操る言語は、エオルゼア共通語で、彼女のような人間以外にも、『蛮族』や『ドラゴン族』、遠いイルサバード大陸にある『ガレマール帝国』、最近、エオルゼアに避難してきた『ドマ国』なんかでも使用する最も一般的な言語なはずだ。

 

 随分遠くに来てしまったのかもしれない……そう思ったルララは思い当たる原因を模索した。

 

『エンシェントテレポ』

 

 通常のエーテルの流れを利用した『テレポ』とは違い、『エンシェントテレポ』はエーテルの流れを利用せず、己のエーテルのみで転移する魔法だ。通常のテレポはその性質上、決まったところにしか行けないが、エンシェントテレポの行き先は自由自在だ。いかにも便利そうな魔法だが、行き先の設定すらも自身のエーテルで行わなくてはならず、それには膨大なエーテルが必要となる。

 

 発動したはいいものの、行き先がはっきりとせずエーテルの海に飲まれてそのまま帰らぬ人に──なんてこともあるのだ。事実、ルララの知り合いも、エンシェントテレポを使用し、何日もエーテルの海を彷徨い、死にかけたことがある。そのためこの魔法は禁呪とされているのだが……少なくともルララは使用していないし、そもそも習得していない。

 

 となると別の理由がある──思い当たるのは、彼女が最後にいたのが、魔大陸アジス・ラーだったというのだ。

 

 またアラグか! そう思ったルララは考えるのをやめた。かの超古代文明に関しては、突っ込むのも億劫になるほど、なんでもあり! な文明なのだ。確かにアラグならやってくれそうだ……くそぉアラグめ……滅びればいいのに……あぁもう滅んでいるか……。

 

 さて、言語問題に戻ろう。どうもあちらの言っていることはわかるが、こっちの言っていることは通じていないみたいだ。恐らくかなり遠い土地に来てしまったのが原因だと思うが、それでは彼女が理解できるのは説明がつかない……まぁ、それには思い当たる理由があった。

 

『超える力』

 

 言葉や心、時間、はたまた時空までも、ありとあらゆる『壁』を超え相手を『視る』ことのできる能力。その力を彼女は持っていた。この能力であれば、今ある現象を説明することができる。要するに『超える力』を持つ彼女は、その力のお陰で彼らの言葉が理解できるが、『超える力』を持たない彼らは、彼女の言葉が理解できないのだ。

 

 コレは困った……言葉の通じない相手にコミュニケーションをとるのは至難の業だ。『獣人族』や『蛮族』はては『ドラゴン族』なんかとも交流のあるルララだが。その大体は話が通じる相手だった。ドラゴン族なんか、こいつ直接脳内に!? って感じで話しかけてきたりもするのだ。

 

 どうしようか考えているルララに妙案が浮かんできた。ルララはほとんど使ったことのないシステム……かつて、これまた高名な魔導師と言語学者がその生涯を掛けて創りだした奇跡の一端……『定型文辞書』だ。

 

 『定型文辞書』かつてまだ、ほとんどの生物がバラバラに生活し、言語もバラバラであった時代……色々あって出来たのがこのシステムだ。詳しくは例のごとくよく知らない! 世の中そんなもんだ。

 

 使い方は実に簡単だ、伝えたい言葉を『定型文辞書』から探しだし言葉にするだけ。そうすると空気中のエーテルやら、精霊やらが、なんやかんやして、あーだ、こーだして、翻訳し相手に伝わるようにしてくれるのである。その数実に2000種類以上! 多いと思っただろうが、その殆どが日常会話で使用することのないものばかりだ。今、ルララに必要になりそうなものだと、大体100種類ぐらいだ。まぁこれだけあればなんとかなるだろう……。

 

 早速ルララは『定型文辞書』を使い、会話を試みた。

 

【はじめまして。】【こんばんは。】

 

 草木も眠るこんな時間にやってきて、訳もわからぬ言葉を話す少女に辟易していた門番は、いきなり意味の通じる言葉を話しだした少女に驚きながらも、ようやく話を進められると安堵した。

 

「おう、こんばんは! それで、お嬢ちゃん、こんな時間に一人でどうしたんだ?」

 

 深夜の休憩時にやってきた訪問者に対して、門番は面倒くさそうに聞いた。

 こんな夜更けに外からやってきて、しかも見たところ小人族(パルゥム)の少女のようだ、なにか訳ありだろう。あぁ面倒にならなきゃいいが……。

 

 少しすると目の前の少女は言った。

 

【ここに来るのは初めてです。】【どうすればいいですか?】

 

 ふむ……どうすればいいですかって、どうすればいいんだろうか? そんなの俺が知りてーよ! 見たところ変な格好しているし、とてもじゃないが商人には見えない。かといって冒険者風でもねぇし……かろうじて見えるとしたら娼婦……だが、小人族(パルゥム)の娼婦なんて需要あるのか? あぁクソッ面倒くせぇ!!

 

 そう思ったのかは定かではないが門番は満面の笑みを浮かべて「それでしたら『ギルド』の方に行ってみるといいですよ」とルララに伝えた。

 

 これはどういう事かというと、要するに門番は『ギルド』に丸投げしたのだ。この『迷宮都市オラリオ』にくる人間の目的なんてたかが知れている。きっと彼女も冒険者になりに来たのだろう。それなら『ギルド』に案内するのが人情ってものだ。じゃあ問題を起こしたらどうするのかって? 問題を起こそうにもこの『神』が跳梁跋扈するオラリオでは難しいだろう。

 だから俺の判断は全く持って正当だし、彼女が通って行くのを見送るのも大事な仕事なのだ。さぁ一仕事終えたし軽くサボッ、じゃない休憩するとしよう。門番は体が資本! 休憩は大切なのだから……。

 

 

 

 *

 

 

 

 『ギルド』への道は迷わず行くことができた。この『オラリオ』という都市は、その中央にある巨大な塔──バベルと言うらしい──を中心に放射状に道が広がっている。

 そのため一度『バベル』を目指し、中央に着いたのち、目的地を目指せば迷わず行くことができるらしい。通りがかりの親切なお姉さんに聞いた。ありがとうお姉さん! もう会うことはないだろう。

 

 『ギルド』内は、深夜だからだろうか薄暗く、一見したところ人影は1つだけだった。薄暗い室内の中で、唯一明かりに照らされているその場所には、大きくて長い事務用の机があり、そこには妙齢のエルゼン族の女性──エイナ──が静かに佇んで座っていた。

 

 ミュレーヌさんみたいだな。彼女を見てルララはそう思った。

 

 ほっそりとした身体に、尖った耳、ブラウンの髪色は、かのグリダニアの冒険者ギルドの顔役兼受付を思い起こさせる。

 彼女が座る机にはご丁寧にも『受付』という札がある。どうやら目的地は彼女で間違いないようだ。

 

 彼女がこちらに気付いたのか軽く会釈をしてくる。それにルララもお辞儀で返すとそちらに向かって歩き出した。

 

 受付の場所は、ララフェル族のことをちっとも考えていないのか、標準的な人間のサイズに合わせた作りになっていた。そばに着いたものの、ルララの身長では受付嬢の顔が見えない。ルララは『ララフェルステップ』を探したが、どうやらそれもないようだ。

 

 これはいけない、ララフェル族の人権を無視したようなこの行為は、断固として認められるものではなく、エオルゼアララフェル振興同盟は遺憾の意を表明し然るべき措置をうんたらかんたら。

 

 冗談はさて置きこうなってしまっては、まあ仕方がない。それに、こういったことは往々にしてよくあることだ。

 ララフェル族の多い、ウルダハやリムサ・ロミンサなら兎も角、クルザスなんかじゃよくある話だ。ここはベテラン冒険者らしく笑って済まそうじゃないか。ルララは、かばんの中から『ララフェルステップ』を取り出し、床に置くと、その上に乗った。こういった時の為に準備は抜かりは無い。

 

 ああそうとも、こういったことは往々にしてよくあることなんだ。

 

 

 

 *

 

 

 

「──ギルドへようこそ、どういったご用件でしょうか?」

 

 僅かに顔を覗かせるルララにエイナが聞いてくる。

 ルララは、あごに手をあて少し考えると、こう質問した。

 

【ここに来るのは初めてです】【どうすればいいですか?】

 

 先ほど、門番にした質問と全く一緒だ。

 

 『定型文辞書』は便利だが万能ではない。細かいニュアンスや意図を伝えるのには不向きなシステムだ。

 パターンも少なく、日常会話で使用するには難がある。そのため会話はワンパターンになりがちだ。だから今回も同じ質問をするしかなかった。後は身ぶり手振りで伝えるしかない。

 

 どうすればいいですかって、どうすればいいのかしら?

 

 奇しくも門番と同じ様なことを思ったエイナ。だが彼女はプロの受付嬢、ここからが素人──門番──とは違った。

 この『ギルド』にやってくる人間は2種類に分けられる。つまり冒険者か、冒険者になろうとする者かだ。

 

 見たところ彼女は冒険者のようには見えない。であるならば、新しく冒険者になりにきたのだろう。こんな夜更けに非常識だが、ようやく、念願の冒険者になれると、言うことで興奮しているのだろう。ならば彼女がとるべき行動は1つだ。

 

「冒険者登録でしたら、こちらで伺っております。ご自身のお名前と『ファミリア』の名称を提示して下さい」

 

 聞き慣れない単語がでてきた。『ファミリア』とは何のことだろうか? ああ、それにしてもここは『冒険者ギルド』だったのか、みんなして『ギルド』と言うから気が付かなかった。しかし冒険者ギルドならば話が早い。こういったところには彼女に必要な情報がごまんとあるのだから。

 

 とりあえず、冒険者登録を済ましてしまおう。エオルゼアでは既に冒険者として登録されているルララだが、ここでも登録しておいて損はないだろう。問題はどうやってそれを伝えるかだが。

 

 ルララは、身ぶり手振りを駆使して伝え始めた。

 想像以上に困難だったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 *

 

 

 

 ルララとエイナの会話は平行線を辿るばかりであった。

 

 まあ、それも仕方のないことだ。なんせルララは、ファミリアのファの字も知らないようなヤツなのだ。この仕事にやり甲斐と誇りを持っているエイナは、この世間知らずも甚だしいルララを冒険者として登録するのは、断固として認められなかった。

 そもそも彼女はファミリアに所属していないし、会話もなんだか同じ様なのを繰り返したり、微妙に変な言い方だったりと要領を得ない。そんなヤツはとてもじゃないが冒険者として認められない。

 

 エイナは生真面目で優秀な受付嬢だ。その誇りにかけてでも、今回の件は阻止しなればならないと思っていた。

 

 それに対して、堪ったものでないのはルララの方だ。

 

 ルララとしては『せっかくだし、興味もあるから、ちゃちゃっと登録しちゃおうかしら』なんて軽い気持ちで言ったのだ。それが、なんだか凄く大それた話になってきている。冒険者になるのってこんなにハードルの高いものだったけ? それにしても彼女の話は長い。その長さたるや、まるで彫金師ギルドで出会ったエリックのようだ。

 

 若い身空でとか、そんな小さい体でとか、その服装はなんだとか、ファミリアにも所属しないでとか──うるさい、ほっとけ。小さいのは生まれつきで、種族特性だし、この装備は由緒正しき占星術師の正装だ、それに……それに、ぼっちでなにが悪い!!

 

 言いたい、伝えたい、でも通じない。

 

 ルララはこの世知辛い世の中を呪った。まあ、諦める気はこれっぽっちも無かったが。

 そんな訳で、2人の会話はいつまで経っても終わりが見えなかった。

 結局、そんな2人を見かねた、通りすがりの冒険者が放った「そんなに言うなら一回ダンジョンに行ってみりゃいいんじゃねぇの?」という台詞が出るまで続いた。

 

 

 

 *

 

 

「では、優秀な冒険者について行ってダンジョンを探索。その際、冒険者の人には、ルララちゃんが冒険者として十分な実力があるかどうか採点してもらいます。もし合格点を貰えれば冒険者とし認める。ダメだったら諦める。これでいいかしら?」

【わかりました。】

「それから、お願いする冒険者は私の方で推薦します。問題ありますか?」

【はい。お願いします。】

 

 その件に関しては問題ない。そもそも、知り合いのいないルララにとっては逆にありがたいことだ。問題があるとすれば、エイナがわざと不合格にしようと細工することだが、どんな細工をしようとルララには合格する自信があった。まあエイナの性格上、小細工など絶対にないのだが。

 

「じゃあ決まりです」

【やったー!】

「それでは、しばらく待っていて下さい。」

【ありがとう。】

 

 結論が出たところで、ルララは受付から少し離れたところに移動した。

 

 ダンジョンに行くためにパーティーを組むには、相当な時間がかかる場合がある。ルララは空いた時間を有効利用するために、『天球儀』をアーマリーチェストにしまうと『クロスペインハンマー』を取り出した。一瞬にして装備が切り替わり『鍛冶師』となるルララ。

 

 とりあえず、もはや用済みとなった『アダマン鉱』を片付けてしまおう。

 

 『アダマン鉱』を『アダマンナゲット』に加工する作業を、ライン工のように続けながら、ルララは思考に没頭していた。

 

 オラリオでは、思っていた以上に冒険者になるのは大変なようだ。エオルゼアでは結構簡単になれたものだが、オラリオではそういう訳にもいかないらしい。

 エイナの話では、相当危険も多いようだ。エオルゼアも危険は多かったが、それ以上なのかもしれない。まあそれは実際体験してみれば判ることだ。

 それにエイナは、ルララのその見た目から、実力を過小評価しているきがする。ララフェル族に対してそういった反応は良くあることだが、それでもあまりいい気分はしない。

 

  大量にあった『アダマン鉱』の加工が終わり、いくつかの『アダマンナゲット』が出来上がる。そのうち高品質の物が3個。簡易製作でやったにしてはボチボチの結果だ。

 

 ルララは『アダマンナゲット』をかばんにしまうと時計に目を向けた。どうやら、まだ時間はあるようだ。であるならば、せっかくだしついでだ、かばんにある素材をやっつけてしまおう。

 

 ルララのかばんの中には、エオルゼアで採れる希少な素材や薬品、アイテムなどが入れられている。もちろん、これだけが彼女が持つ全てではない。彼女の持つ貴重品や装備品等そのほとんどが、彼女専属の荷物管理人『リテイナー』に預けられている。彼女が、今持っているのはそのほんの一部だ。

 

 ルララは、かばんの中から使えそうな素材を幾つか出し、さっそく作業を始める。

 ルララのところに今日のパートナーが来たのは、それらを全て処理し終えてからだった。

 

 ルララのところにやってきたのは、典型的な若いヒューラン族の女性だった。腰には剣を携えている。大きさから察するに『片手剣』だ。であるならば、彼女は『ナイト』だろうか。

 『ナイト』とは、敵を引き付けパーティーを守る『タンク』の役割(ロール)に特化したジョブのことで、パーティーに欠かせない存在だ。

 

 どうやら、エイナは思っていた以上に良い人選をしてくれたようだ。『タンク』は、現在『ヒーラー』である占星術師なルララには、欠かすことのできない存在なのだから。

 

「あなたが、エイナさんの言っていた冒険者志望の子ね。私の名前はアンナ。アンナ・シェーンよ、アンナって呼んでちょうだい。エイナさんの依頼で今日一緒にダンジョンに潜ることになったわ、よろしくね!」

 

 そう、アンナと名乗るヒューラン族の女性が声をかけてきた。

 ならば、こちらも挨拶を返さなくてはなるまい。挨拶は大事だ。初めていくところでは特に。冒険者としての最低限のマナーと言える。

 

【ここに来るのは初めてです。】【よろしくお願いします。】

 

 ルララのオラリオでの冒険はこうして始まった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ダンジョンに着いたのは正午になろうという時間であった。

 

 途中、色々と寄り道をしたような気がするが、まあ気のせいだろう。

 ルララは依頼されたクエストは断らない主義だ。例え下らないチラシ配りだとしても、それは変わらない。

 

 なんでもかんでもやっちゃうのが英雄になる秘訣だ。それに意外とこういったクエストが、巡り巡って世界を救ったりするのだ。そう、きっと、多分。

 だから彼女が行っていたのは、寄り道なんかではなく、立派な世界平和の活動だったのだ。これは寄り道とは言えない。ええ言えませんとも。

 

 しかしながら今日のパートナーは、そういった意見でないらしく。業を煮やしたのか、ルララを持ち上げると、ダンジョンへと強制連行されてしまった。全く、効率厨かな?

 

 ダンジョンは『バベル』の真下にあった。どうやら『バベル』が『ダンジョン』という訳ではないらしい。てっきり、そうだと思っていたルララであったが、地下深くへ続く大穴が、『ダンジョン』の入り口だと知ると、僅かに冷や汗をかいた。

 

『地下深く続く巨大なダンジョン』

 

 そう聞いて、冒険者が思い浮かべるのは1つだけだ。

 

『大迷宮バハムート』

 

 第七霊災の時に落ちてきた、月の衛生『ダラガブ』

 その破片が地上に突き刺さり出来たこのダンジョンは、数多くの冒険者が挑み、そして散っていった、最高難易度のダンジョンだ。数多くの凶悪なモンスターや、古代アラグ文明の防衛システム、その全てを退けて、最後にたどり着いた先には……。

 

 もちろんルララも挑み、そして辛くも踏破したが、その道のりは、筆舌にしがたいほど困難な道のりだった。ルララの脳裏に多くの思い出──トラウマ──が蘇る……。

 

 もしこのダンジョンが、それクラスの難易度を誇るダンジョンであるならば……最悪の場合、全滅する可能性がある、万全を期す必要があるだろう。

 ルララは、アンナに補助魔法の『プロテス』と『ストンスキン』をかけて、ついでに『アスペクト・ベネフィク』でバリアを張る。カードはすでに厳選したものを『キープ』してある、もちろん『ロイアルロード』済みだ。

 

 これで準備は万端。いつでもいけますタンクさん!

 

「よっし!じゃあダンジョン探索いきますよ!!」

【ここに来るのは初めてです。】【よろしくお願いします!】

 

 アンナの声がけにルララはそう答えた。

 

 胸が高鳴り、気分が高揚する。初めてのダンジョンに挑むときはいつもそうだ。一体どんな不思議や未知が待っているのか……考えただけでもワクワクする。さぁダンジョン探索の始まりだ。

 

 

 

 *

 

 

 ダンジョンに入るとそこは薄暗く、地面や壁の岩や土がむき出しになってゴツゴツしており、まるでカッパーベル鉱山のようであった。 

 ダンジョン探索はいたって順調にいっている。むしろ順調に行き過ぎているとも言える。

 

 ルララが想像しいてた、強敵や、嫌らしいトラップなんてものはなく出てくるモンスターといえば、エオルゼアでいう『スクウィレル』や『レディバグ』のような低レベルのモンスターばかりであった。

 

 当然、ルララたちがそんな相手に苦戦するはずもなく、全てアンナが一撃の元に叩きのめしていた。ルララがやったことといえば、精々が『カード』を投げたり、効果の切れた『ストンスキン』や『アスペクト・ベネフィク』をかけ直したりするくらいで、有り体に言うとかなり暇だった。

 

 そんなに暇なら、ヒーラーも攻撃に回るべきなのだが、探索前にアンナに言われた『ルララさんは手を出さないようにしてください!』という言葉に従って手を出せずにいた。タンクさんの言うことには、大人しく従うのが“プロヒ”というものだ。

 

 これが被弾の多いタンクであったら、多少忙しくなるのだろうが、アンナの回避能力が高いのか、彼女は殆ど被弾しないのだ。どうやらアンナは『ナイト』ではなく、伝え聞く回避タンクのようだ。道理で盾を持っていない訳だ。最初そんな装備で大丈夫か? って思っていましたごめんなさい。

 

 それなので、折角かけた『ストンスキン』や『アスペクト・ベネフィク』は無駄になることが多く、ルララが戦闘に貢献したのは『カード』による戦闘力の向上ぐらいだった。

 

 ルララは先程引いたカード──『オシュオンの矢』──をアンナに投げながら、閉じそうになる瞼をなんとかこじ開けて、アンナの戦闘を見守っていた。

 アンナは丁度、やせ細り青白い体色をした魔物──ゴブリン──を相手にしていた。そうゴブリンだ。ルララが知るかぎりゴブリン族はあんな姿形をしていなかったはずだ。

 

 奇妙なガスマスクを被り、全身を覆う防御服に身を固め、大きな荷物を背負い、しゃべる時にゴブゴブ言いながらしゃべる、探究心が強くて、多くの失われた技術や知識を現代に蘇らせた、技術者にして探求者……それがルララの知る『ゴブリン族』だ。まあ、もしかしたら、あのガスマスクの下にはそういった素顔が隠れているのかもしれないが、ルララとしてはあれを『ゴブリン族』とは認めたくなかった。だってコミカルさの欠片もないのだもの。

 

 ダンジョン内に出現するモンスターは、ルララも聞いたことのあるモンスターが多かったが、その殆どがルララの知るものとはかけ離れた姿形をしていた。「あれが『コボルト』です」と言われた時には、耳と目を疑ったものだ。ルララの知るコボルト族は、モグラ野郎だったが、ここじゃイヌ野郎だった。

 ルララはここに来て、ようやくエオルゼアとは、物凄くかけ離れたところにいるのだと、実感を持って認識することが出来た。

 

 果たして帰れるのだろうか……。ほんの少しルララは不安になる。

 

 エオルゼアには、まだやり残したことが多くある。残してきた仲間がいる、友達がいる、エオルゼアに蔓延る脅威は減る気配はなく増える一方だ、いずれは必ず戻らなくてはならないだろう。なにせ自分は、これでもエオルゼアの英雄だ、必ず必要とされる時が来る。

 

 ──でも、それまでは、普段の束縛から解放されて羽根を伸ばすのもいいかもしれない。

 

 英雄にも休暇は必要だ。いずれその時が来るまで、ここでのんびり過ごすとしよう。それに、もしかしたらここに自分が呼ばれたのには、何か意味があるのかもしれない。なにせそういった用件で呼ばれるのは、嫌というほど経験があるのだ。むしろ、そういった用件が無ければ呼び出されないと言い換えてもいい。だから、今回もそういった感じなのかもしれない。

 そうであるならば、今までの経験からして、問題は向こうの方からやって来るはずだ、だったら滅多にないこの機会を存分に楽しむとしよう。

 

 まあつまり何が言いたいのかというと、グッバイ週制限!! ということだ。

 

「ルララさーん、何してるんですかー? 早く行きますよ―!!」

 

 先行していたアンナが、立ち止まっていたルララを呼ぶ。

 元気に手を振るアンナは歳相応に見えて、とても微笑ましい。どうやらゴブリンはとっくに片付けたようだ。

 

 手を振るアンナに手を振り返すとルララは彼女を追いかけた。

 現在の階層は第4階層。冒険はまだまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 *

 

 

 

「そろそろ、戻ったほうがいいですかね」 

 

 そう言われたのは、第7階層で休憩している時だった。

 残念ながらルララの冒険はここで終わってしまった。たった数行前に始まったばかりなのに、もう終わってしまうとは、なんと情けない。

 

 とはいえ、当初は第5階層までだったはずの探索が、ルララの要望で第7階層まで延びたのだ。これ以上を要求するのは野暮というものだろう。それに今回が最後というわけじゃないのだ、今後追々じっくり探索すればいい。時間は、おそらく、いっぱいあるのだから。

 

「それじゃあ、そうと決まれば休憩もこれまでにして、帰りましょうか!」

【わかりました。】【お疲れ様でした!】

 

 ルララたちは休憩の後始末を終えると、帰還のため移動し始めた。

 帰還中はこれといった脅威もなく、2人共無事地上に戻ってくることが出来た。

 

 途中、ミノタウロスとかいう、本来であるならば出現しないはずのモンスターに遭遇したのは、アクシデントといえばアクシデントだったが、ルララの『ストンスキン』と『アスペクト・ベネフィク』のお陰でアンナは無傷であったし、そもそもルララにはあの程度のモンスターは全く問題なかった。

 

 ここのダンジョンの経験は少ないが、すでにルララには各モンスターの強さがなんとなく判ってきていた。これも、一種の『超える力』なのだが、まあつくづく便利な能力である。

 

 ミノタウロスは、ルララが初めて行ったダンジョン──サスタシャ鍾乳洞──で戦ったサハギン族と同じぐらいの強さだった。つまりだいたいレベル15くらいだ。

 

 ミノタウロス戦は、何回かアンナが直撃を貰って肝を冷やす場面もあったが、結局、ミノタウロスの攻撃はルララの『ストンスキン』と『アスペクト・ベネフィク』のバリアを一度も突破することは出来なかった。最終的には、アンナが気絶する事態にもなったが、これは肉体的ショックのためというより、疲労と精神的ショックの要因が大きかったのだろう。

 

 そういえば戦闘中に、アンナの武器が壊れるなんてこともあった。装備品の修理は、事前にしっかりやっておかないと、こういった事態になってしまうので注意が必要だ。今回の件は、調子にのってモンスターを狩りすぎたのが原因だろう。

 その責任の一端はルララにもあるので、修理してあげるのも良いかもしれない。昔だったらいざ知らず、現在エオルゼアでは他人の装備の修理は違法だが、ここはエオルゼアではないので問題ないだろう。

 

 ルララは気絶したアンナを、自らのかばんにしまう。このかばんもつくづく便利な代物だ。明確な意識がなければ、生物でさえもしまうことが出来てしまうのだ。なんでも物質をエーテル体として保存して、しまっておけるとかなんとか。

 

 小柄なルララに、気絶したアンナをそのまま地上まで運ぶのは出来なくも無いが結構骨が折れる。でも、かばんにしまってしまえば、重さも無いに等しくなるのでこれなら楽ちんだ。

 地上までは全く問題なく帰還することができた。初めてのダンジョン探索にしては上出来だったといえるだろう。

 

 

 

 *

 

 

 

 気絶したアンナを起こし、壊れた武器を修理し終えた頃には、あたりはもう黄昏時になっていた。

 

 その後『ギルド』に行き、魔石の換金を済ますと、エイナに捕まり小一時間説教を受けることになった。

 こうなるのが嫌だったから『こっそり換金して報告は後日にしましょう』というアンナの提案に乗ったのだが、あいにくアンナは天性の囮役(タンク)だったらしい。見事に敵──エイナ──の敵視(ヘイト)を集めると、彼女もろともルララも連行されてしまった。

 

 エイナとアンナの会話は結構長く続いた。あいにくルララは会話の内容は理解できるが返答できないし、そもそもルララ自体口数は少ないため、退屈な時間であった。次第にうとうと居眠りを始めるルララ。目的がある限り不眠不休で活動し続けられる彼女だが、退屈な時間には眠たくもなるのだ。

 

 ようやく話が終わり『ギルド』を出た頃には、もうすっかり日が暮れて、辺りは暗くなっていた。

 

「今日は、色々ありましたね……」

 

 確かに色々あった。エオルゼアから単身見知らぬ土地に来た時はどうしようかと思ったが、意外となんとかなるものだ。

 アンナと少しの会話し、ルララは別れの挨拶をして歩き出した。

 

 別れ際にアンナのファミリアへの加入を誘われたが、ルララは丁重に断った。元々ルララはどのファミリアにも所属するつもりがない。それはいずれ必ずエオルゼアに帰るからであるし、それにルララにはファミリアという組織自体に懐疑的であった。

 『ファミリア』。神々が恩恵と引き換えに組織するもの。ファミリアに属している者はその恩恵により力を得て、代わりに神々にその信仰を捧げる。

 

 それは、それは、まるで『蛮神』と『テンパード』ではないか。

 

 エオルゼアに幾度と無く召喚される『蛮神』は、存在し続ける限り星の生命を喰らい続ける。『蛮神』はエーテルと召喚者の祈りの力の量によって強さが決まり、そのため祝福と称してあらゆる生物を洗脳し、自らの『テンパード』とする。『テンパード』となったものは、狂おしいほどの信仰心に侵され『蛮神』を盲信するようになる。中には特別な能力を授かるモノもいる。

 

 そして『テンパード』になったモノを元に戻す方法は存在しない。

 

 ルララには、オラリオの『神』と『人』との関係が、『蛮神』と『テンパード』の関係と似ているような気がしてならなかった。もちろん今日一日一緒に過ごしたアンナにおかしいところは見当たらなかったから、全く一緒ということではないのだろうが、だからといって、得体の知れない組織に身を置く気にはなれなかった。

 

「……やっぱりそうです、よね……残念です」

 

 アンナの気落ちした顔を見ると、少し申し訳ない気になるが、ルララの気は変わることはなかった。

 アンナと完全に別れるとルララはオラリオの街を独り歩いていた。人通りは少なく明かりもまばらだ。

 

 さて、またこれからダンジョンにでも行こうかな? それとも街中を探索しようか? やりたいことが色々あって楽しみだ……そう考えながらルララは暗い夜の中へと消えていった。

 

 冒険者は眠らない、夜はまだ始まったばかりなのだから。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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