光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ウィリアム・スミス

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光の戦士達の場合 6

 ベオル山地より遥か北。

 山嶺を越え、暴風を越え、雷雲を越え、その先に──天を覆う雲海が広がるその先に──それはあった。

 

『ここは、我らモンスター達の楽園。その名も──『理想郷(アヴァロン)』』

 

 理想郷(アヴァロン)は迷宮で産まれ、育ったモンスターが羨望し憧憬した空と雲と太陽が、世界で一番近い場所にあり、世界の敵であると認識される彼等が唯一安息を得られる場所であった。

 

「す、凄い……」

 

 これまで見た事の無い光景に、思わず驚嘆の言葉を漏らすヘスティア達。

 いたる所から巨大な魔石が生え、空中だというのに清水が沸き出る理想郷(アヴァロン)は、溢れんばかりの大自然に満ち満ちていた。

 まるで、ダンジョンをそのまま掘り出し、宙に浮かせたかのように荘厳な光景だ。あちらこちらに生息しているモンスターが、それにより拍車をかけてくる。

 

「一体、どうやって……?」

 

 理想郷(アヴァロン)には外の世界では考えられない程に、実に多種多様なモンスター達が棲息していた。それこそここがダンジョンの内部であると錯覚してしまうほどに、だ。

 

 モンスターの群れの中には、深層でなければ出現しないような強力なモンスターも含まれている。 

 自然とここまでモンスターが集うとは考えられない。明らかに人為的な介入が行われたのは間違いなかった。

 

「もしかして、これは君達が……?」

「──その通り、彼等は我々が保護し、集め、育てたものだ。もちろん、ただ闇雲に集めた訳ではない。彼等には、ある共通点があるんだ」

「共通点?」

「そう、共通点。彼等は皆、君達と同じ、星の使命を授かった者達だ。説明するよりも、見て貰った方が早いだろう──リド!」

 

 フェルズがそう言うと、一匹のリザードマンがこっちを振り向き、のしのしと歩いて来る。

 そしてヘスティア達の前に立つとこう言った。

 

「ゲギャギャギャギヤ! アンタ達が人間の使徒かッ! すげぇぜ、マジに人間だッ! フェルズやマリウス以外の人間がここを訪れる日が来るなんて、世も末だな! オレっちはリドってんだ、ヨロシクな!」

 

 早口で滑らかに人語を話すリザードマンを見て、ヘスティア達に強烈な衝撃が走る。

 流暢な共通語を喋って差し出された掌を、ヘスティア達は茫然と見つめていた。

 彼の掌の中には魔石──それも恐らく彼自身の──が握られている。

 

 それが意味する所をヘスティア達が理解出来ない訳では無かった。

 完全に無防備になった自身の核を、他人に曝け出す事の意味を理解出来ないはずが無かった。

 そこまで彼等は常識知らずでは無いのだ。

 

 差し出された掌、そして魔石──これは明らかに友好を示す行為だ。

 

 世界の敵であるモンスターからの歩みより──それはある意味では人類の待ち望んでいた大望であると言えた。

 だが、だからといってこれまで血で血を洗う戦いを演じていた不倶戴天の敵と、今更通じ合えるのか? 彼等の中にはそんな戸惑いがあった。

 

 その迷いを断ち切ったのは、彼等の持つ光のクリスタルであった。

 クリスタルは静かに淡く光輝くと、リドの持つ魔石と共鳴し始め、少しばかりの知識と勇気を彼等に与えてくれた。

 彼等が如何にして生まれ、如何にしてここに至ったのか──それは、ヘスティア達と一緒だった。姿形は違えども同じだった。同じ使命を授かり、同じ意志を持つ星の戦士だった。

 

 彼等からは敵意も害意も全く感じられない。そうであるならば、ヘスティア達が応えない訳にはいかないだろう。

 

「あ、あぁ、よろしく、だね、リド君」

 

 仲間達を代表してヘスティアがリドの手を取り、魔石を包み込むようにして握手をする。

 ゴツゴツとした固い鱗と案外柔らかい掌が印象的な手、そして暖かい生命の温もり──それを、ヘスティアは感じとった。

 

「ああ! よろしくな!! ……って何だ、アンタ神族なのか! 触るまで気付かなかったぜッ! 神様がここに来るなんて初めての事だ! ウラノスですら、ここには来たことが無いんだぜッ!」

 

 握られた手から何かを感じ取ったのか、ヘスティアの顔を覗き見ながらリドがそう捲し立てた。

 非常に興奮しているのか鼻息が荒く、その長い尻尾をブンブンと振り回している。

 

『神族がここに来るのは『場』に悪影響を及ぼし、危険だからな。だからこそ、ウラノスはここに来る事は無かったし、そなたにそのクリスタルを託したのだろう』

「それは、どういう……」

 

 黒竜の言葉に反応し、ヘスティアが尋ねる。

 

『ウラノスのクリスタルには神の力を覆い隠し、制御する『力』があるのだ。身に覚えは無いか? 人の嘘を見破れなかったり、人に神として扱われなかったり、そういった事は?』

「それは、そういえば、ある……かも……」

 

 これまであまり気にしてこなかったが、そう言われてみれば確かに思い当たる節は幾つかあった。

 エダス村の孫娘の対応や、エリン国での主役の態度は、神に対してするには随分とくだけたものであった様な気がする。

 

『ならば、ウラノスに感謝すると良い。そなたが無事旅を続けられたのは、そのクリスタルの賜物だ』

 

 そうでなければ、神への憎悪に燃える人間達に迫害され、ヘスティアは最悪、殺されていた可能性もあったのだ。

 それに、『神』のままでは、人々の持つ真の本音も、偽らざる心の声も、聞くことは叶わなかっただろう。

 

「──ウラノスも、君達に協力をしていたのかい?」

『そうだ。むしろ、その件はウラノスが主になって企んだと言っても良いだろう』

 

 ヘスティア達を都市から送り出し、世界の真実を見せ、光の戦士に覚醒させたのは全て大神の思惑だった。

 それは、年老いた老神の代わりに、若き慈愛の女神へと使命を託す儀式でもあった。

 

「そうだったのか。でも、どうしてウラノスはそんな事を……」

『それは……それが、奴の使()()であるとしか言えぬ。『偽りの神』であるのに、世界の真実に気づいてしまった悲しき老神の、な』

 

 憐憫の籠った声色で、黒竜が語る。

 使命、偽りの神、世界の真実……含みを持たせる黒竜の言葉に、ヘスティアは遂に核心へと迫る言霊を口にした。

 

「君は、君達は、一体何をしようとしているんだ? 僕達をここに導いて、モンスター達を集めて、何を仕出かそうとしているんだ? 教えてくれないか? 黒竜──」

 

 ヘスティアの言葉に黒竜は一度低く唸ると、重く震える声でゆっくりと語り出した。

 

『無論だ、託されし者よ。その為にそなた達をここまで招いたのだ。もはや隠すべき時は過ぎ去り、真実を語る時が来た。今こそ語ろう、我等の秘事を、我等の企みを……全ては五年前、異界より来たりし竜の神と、狂った人の文明が召喚された時から始まった──』

 

 

 

 *

 

 

 

 黒き竜が世界で最も高い場所で世界の真実を語っている頃、世界で最も深い場所でも同じ真実が語られようとしていた。

 

「全ては、千年前──人が願い、生まれた幻想から始まりました──」

 

 星の代弁者のその台詞から始まった星の物語に、ルララ・ルラは沈黙を守り耳を傾けていた。

 それは、どこにでもあるありふれた幻想の物語。人の願いと望みが生み出した夢想のお伽噺。千年続く偽りの神の歴史。星の怠慢と、魔の傲慢が招いた悲劇のストーリー。

 

「──そして五年前、ある星の世界で、激しい次元の圧壊が起きました……」

 

 エーテルの揺蕩(たゆた)う星の海で、星の代弁者は異世界の戦士へと物語る。

 

「次元の壁を崩壊させる程の力の奔流は、次元の均衡をも崩し、ある一つの世界を終焉へと導きました──」

 

 悲痛な顔で語る代弁者を見つめながら、光の戦士はあるヴィジョンを見ていた。

 あの時の、あの世界の終焉の、あのカルテノーの戦いの時のヴィジョンだ。

 

「私はその光景を、遠く遠い次元から見つめていました……そして、崩壊しゆく次元を見つめた時、あるものを見つけたのです──」

 

 それはとても小さな命の雫。

 次元に零れた僅かな残り香、次元を崩壊させた『力』の残滓、蛮神バハムートのエーテルの雫だった。

 

「私はその『雫』を掬い取り、自らの世界へと導きました。次元を圧壊させる程の力なら、あの『神』を倒せると思ったからです──」

 

 星の命を蝕む幻想を、人の願いから生まれたあの『神』を、この『力』なら打ち倒せる──そう星は考えたのだ。

 

「あの『神』が生まれ、存在し続けたのは、私の怠慢以外の何物でもありません。私の甘さと弱さが招いた愚行だったのは否定しようがありません。ですが、その過ちに気付いた時にはもう既に手遅れでした。私の力はすっかり消耗し、代わりに『神』は力を付けていたのです……」

 

 それはもはや、この世界の『力』だけでどうにか出来る領域を遙かに越えていた。

 千年に及ぶ幻想は星の力を凌駕し、星に取って代わり敬われ、単独ではどうにもならないレベルにまで達していたのだ。

 

「人の、『脅威から身を守りたい』という願いから生まれた、貴方達の世界では『蛮神』と呼ばれる存在は、人にそう望まれた通りに世界の“穴”を塞ぎ、恩恵という“力”を与えました」

 

 想いは願いを呼び、願いは幻想を呼び、幻想は『蛮神』を喚ぶ。

 

 きっとあの時、誰かがそう想ったのだろう。

 千年前のあの日、世界の脅威が溢れ出す大穴を見て、きっと誰かがそう願ったのだろう。

 

 『あの穴を塞ぎたい』と。

 『あの穴に負けない力が欲しい』と。

 

 強く強く、想い願ったのだろう。

 

 そしてその願いはやがて幻想となり、血肉を得て、生命を宿し、意思を持って、この世界に顕現した。

 

 それが、『神』の正体だ。

 

 彼等は天界から舞い降りた超越存在(デウスデア)などでは無く、人の願いから生まれた幻想だったのだ。

 

「ですが『神』は、貴方も知っているように、命を食らい、生命を貪る幻想です。神の恩恵によって人は強くなりましたが、溢れるべき生命は『神』によって塞き止められ、満ちるべき命は『神』によって吸われていきました」

 

 ダンジョンとは、星の生命を育む母なる『子宮』だ。

 

 だからこそダンジョンの中は恐ろしい程に超自然的で、多種多様な命に溢れ、まるで世界をダンジョンの中に押し込めたように、様々な顔を見せるのだ。

 そこで生まれた命はやがて母なる子宮から旅立ち、世界を巡り、世界を育て、世界を潤わせ、世界を生命で溢れさせる──筈だった。

 

「ある世界ではそれは『クリスタル』と呼ばれ、ある世界では『マナ』と呼ばれ、ある世界では『ライフストリーム』と呼ばれ、ある世界では『幻光虫』、またある世界では『ミスト』、貴女の世界では『エーテル』、そしてこの世界では『魔石』と呼ばれる生命の力。その循環が、貴方達がモンスターと呼ぶ“命の運び手”が、バベルによって阻まれる事になったのです」

 

 モンスターとは星の命に手足を生やし、血肉を宿らせ、生命を運ぶ小さな方舟だった。

 命を運び、命を巡り、命を鍛え、やがて朽ち果て、そこで更に新たな命を育む──星の生命循環の、星の命のシステムの一部であった。

 

 それが生まれ出ずる命の穴を、人と神は塞いでしまった。

 その結果、巡るべき命が巡らず、満ちるべき命が満ちず、代わりにダンジョンは命で一杯になり、世界の命は荒廃していったのだ。

 

 星の命が限界を迎えるほどに……。

 

「だから私の“闇”の部分が、異なる次元の力を利用することを閃きました。それが貴女の世界の『力』──次元を圧壊させるほどの、竜の力でした」

 

 だが、それは大いなる間違いだった。

 世界に招いた竜の神は、星が想像していた以上の力を持ち、竜を追ってやってきた文明は、星が思っていた以上に異常だった。

 

「何よりも私は、私の世界を、私の戦士達を裏切ってしまった。人の戦士を信用せず、魔の戦士を信頼せず、神の戦士を信託せず、異界の竜神と、そして貴方に頼ってしまった……それが、私の犯した罪……」

 

 それを知ったこの世界の光の戦士達の失望と失意は、計り知れないものだっただろう。

 だからこそ、彼等は彼女の出現を契機に、長く暖めていた計画を実行に移したのだ。

 異界の神と戦士の力でなく、自らの力でこの世界を救うために。

 

「彼等を裏切ってしまった私に、彼等を止める権利はありません。彼等を信じ、貴方を止める事が、私に残された唯一の戦士達への手向け、罪滅ぼしなのです──」

 

 星の代弁者から静かな敵意が放たれ、きらびやかに煌めいた星の海が徐々に漆黒の闇に包まれていく。

 

「ハイデリンの使徒よ……我が子等の悲願のため、我が子等の願いのため……貴方にはあるべき世界へと、あるべき場所へと還って貰います……」

 

 そして、星の『闇』がルララ・ルラを飲み込んでいった。

 

 

 

 *

 

 

 

『──それが、この世界の真実だ。『神』は打ち倒すべき存在であり、それを成すために我等とそなた等は選ばれたのだ……』

 

 遂に暴かれ真実に、戦士達は言葉を失っていた。

 昨日まで信じていた常識が、さっきまで疑いもしていなかった真実が、ガラガラと音を立てて脆くも崩れ去っていく。

 この旅路の中で何度も常識が崩壊するところを経験したが、これほどまでに常識を根底から覆す真実が暴かれた事は無かった。

 嘘であると思いたかったが、彼等に宿った光のクリスタルの輝きが、黒竜の言葉が真実であるとひたすらに訴えてくる。

 

 暗く沈む戦士達には、明らかな疲弊の様子が見て取れた。

 それを感じ取った黒竜はゆっくりと囁く。

 

『多くを知り、皆、思うところがあるだろう。語るべき真実は語り終えた。今日はゆっくり疲れをとるが良い。寝床は用意してある。そして、我が言った事を良く聞き、良く感じ、良く考えるのだ……自らが取るべき選択を。戦いは既に始まっている……』

 

 

 黒竜の言葉を茫然とした表情で聞くと、ヘスティア達はすっかり焦燥し疲れきった顔で寝床へと向かっていった。

 

「──大丈夫なンか? アイツ等は……」

 

 とぼとぼと移動する戦士達の背中を見て、リドは心配そうな声を上げた。

 

『真実を知り、戦いを恐れるのならばそれでも良い。むしろ、逃げ出しても構わないのだ。星に選ばれたとはいえ、この戦いは強要すべき戦いではない。自らが選び、立ち向かわなければ意味が無いのだ。いずれにせよ、彼等が来なくとも我等は行く。戦いの關は切られた。後は、駆け抜けるのみだ……』

 

 遥か遠く南の空を見つめて黒竜は言った。

 彼の視線のその先で、彼の同胞がきっと懸命に戦っている。

 何時までも待たせておく訳にはいかない。

 

『──ただ、願わくば、彼等が皆、再び立ち上がり、共に戦える事を……』

「きっと、きっと大丈夫さ──」

 

 黒竜の願いに、今度はフェルズがはっきりとそう答えた。

 

「彼等は光の戦士だ。多くの困難を乗り越えてきた彼等なら、きっと、きっと大丈夫さ」

 

 それは、神であるヘスティアもそうである筈だ。

 ずっと彼等を見てきたフェルズだからこそ、そう確信して言えた。

 

 この戦いで最も不安を抱いているのは、葛藤しているのは、間違いなくヘスティアだろう。

 

 それはフェルズには痛いほどに理解できた。

 彼の主もそれに悩み、苦しんできたのだから。

 

 己の存在意義と、世界の存亡を天秤にかけるなんて、想像を絶する苦悩だろう。

 世界を蝕む神であるにも関わらず、世界を救う戦士になった『神』の“ソレ”は、形容し難い程に壮絶なものであるはずだ。

 

『だと良いのだがな──だが、己の存在ほど重いものもあるまい……』

 

 余す事無く『神』を消し去る──それがこの戦いの最大の目的、それがこの戦いの最大の意味。

 星に巣食う神々を、一切合切一掃するのがこの戦いの最大の目標だった。

 味方であるヘスティアもウラノスも、『神』であるならば例外ではない。

 

 つまり、この戦いが終われば『神』であるヘスティアは、夢幻の如く()()するという事だ。 

 

「それでも、それでも彼女なら、ヘスティアなら、答えを見つけられるはずさ──」

 

 フェルズの呟きは、すっかり日の落ちた星空へと消えていった。

 

 流れ落ちる星を見つめフェルズは静かに願う。『どうか、人と神の恋が悲哀で終わりませんように』と──。

 

 喩えそれが実現不可能な事であろうとも、そう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 ずっと、一緒にいられると思っていた。

 ずっと、見守っていけると思っていた。

 少なくとも、彼等の生き様は、彼等の行く末は、最後まで見届けられると思っていた。

 

 神は永劫で、人は儚いものなのだから。

 自分には時間は幾らでもあるのだから。

 神である自分には、無限の時間があるのだから。

 

「──でも、“そう”じゃなかった」

 

 理想郷(アヴァロン)の端っこで、広大な宵の雲海を眼下に見つめながら、ヘスティアは小さく呟いた。

 

 時間が無いのは自分だった。

 儚いのは自分だった。

 有限なのは自分だった。

 

 まるで、人が夢見た幻想の様に消え去っていくのは、自分の方だった。

 

 黒竜から告げられた真実を、ヘスティアは否定することは出来なかった。

 否定しようにも分かってしまったのだ、理解できてしまったのだ。

 星から教えられなくとも、竜に諭されなくても、人に慰められなくても、ヘスティアはこれまでの旅路の中で抱いていた疑問や猜疑心から、自然と答えを導きだしてしまっていたのだ。

 

 神が人の生み出した幻想で、星の命を吸って行き長らえる存在であるのなら、全ての事に納得がいった。

 

 神がモンスターに憎まれるのも。

 神がオラリオに固執するのも。

 神が人に恩恵を捧げるのも。

 神が縋らない人に興味が持てないのも。

 神が人の信仰を集めるようとするのも。

 

 全ての事に辻褄があった。

 

「僕は、僕達は、世界の敵だった。生きることは望まれず、存在する事すら許されない。星を蝕む病魔だった……」

 

 ヘスティアは、ウラノスから譲り受けたクリスタルを、そっとその身から外し地面に置くと、そこから僅かに遠ざかった。

 すると、クリスタルの抑制が無くなった神の肉体は、瞬く間に周囲の生命を吸いとり命を枯らす。

 それを確認するとヘスティアは素早く再びクリスタルを身に付ける。

 するとその現象は、まるで風の様に綺麗に消え去った。

 

 この現象が、自分が、ヘスティアが、神という存在が、命を喰らう化け物であると、否が応にも突き付けてくる。

 

「これは、思っていた以上に……クるなぁ……」

 

 零れそうになる涙の代わりに、弱音を溢すヘスティア。

 己が否定されるべき忌まわしき存在であるという事もそうであるが、それよりも愛しき仲間達の道程を最後まで見届けられない事実の方が、遙かに辛く苦しい事だった。

 

 自分がどうすれば良いのかは、頭も心も理解している。でも、それでも心残りは確かにあった。

 あの時、大好きな少年と夕日に向かって誓った事はまだ達成出来ていなかったから……。

 

「こんなところにいたんですね。神様……」

 

 そんなヘスティアの背後から声が聞こえてくる。

 その声はヘスティアが最も大好きで、今は最も聞きたくない音色をしていた。

 

「ベル君……」

 

 ヘスティアがそう答えると、ベルは彼女の隣に寄り添った。

 あの時、あの戦いの後で、ヘスティアがベルにしてあげた様に……。

 

 ヘスティアとベルはお互い寄り添って、夜の帳が降りる雲海を静かに見つめた。

 少しして、ヘスティアの頭がベルの肩に触れる。

 一瞬、ビクッと緊張するベルであったが、直ぐにほぐれ、ヘスティアを受け入れた。

 

(昔のベル君じゃ、とても出来なかっただろうな……)

 

 そんなちょっとした事でもベルの成長を感じ取れて、ヘスティアは嬉しさのあまり微笑みを浮かべた。

 

(そう、そうだ……ベル君はもう──)

 

 二人の間に言葉はいらない。

 口に出さなくても通じ合える程に、ヘスティアとベルの間には固い絆が結ばれているのだ。

 

 どこか憂いと哀愁、そして強い決意を宿したベルの顔を見て、ヘスティアは全てを悟った。

 後は、彼がそれを、決意の言葉を発するだけだ。

 

 それが重要なのだ。喩え、通じ合えていたとしても、言葉に出し、誓いを立てる事が、人と神との間には大切な事なのだから……。

 

 暫くの間、心地良い沈黙が流れていく。ゆったりと過ぎていく時間と、雲海の流れに身を任せながら、ヘスティアはベルの言葉を待った。

 そして、幾ばくかの静寂の後に、ベルはゆっくりと切り出した。

 

「僕は、僕達は、明日戦いに行きます──」

 

 その言葉をヘスティアは、振り向かずに黙って聞いた。

 

 ベルなら、ベル達なら、そう選択すると分かっていた、信じていた。

 

 もはや『神』は世界の敵だ。それは疑いようもない事実であり、神であるヘスティアでさえも、倒すべき存在であると思っていた。

 だからこそベル達が取った選択を誇ることは有れど、失望することも、戸惑う事も無かった。

 

 それでも、僅かな寂しさと悲しみが浮かんできてしまったの己の心が、どうしようもなく悔しかった。

 

「星に選ばれたとか、使命がどうとか、世界がどうとか、ルララさんだったらどうするだとか、そんな理由で行くんじゃありません。僕達は、僕達なりに答えを見つけて、僕達の意思で戦いに行きます。だから、僕は……僕は……僕はッ──」

 

 言葉に詰まるベルを、ヘスティアは思わず優しく抱きしめた。

 

 その決意を揺るがせないために。

 その勇気を認めるために。

 愛する者の意思を尊重するために。

 

 母親のような慈愛を籠めて、ヘスティアは優しくベル・クラネルを抱擁した。

 

 痛々しく苦しむかけがえのない我が子の姿を見て、女神の決意も決まったのだ。

 もはや母を名乗る資格すら無いと分かっていても、それが偽りの幻想だと理解していても、この少年はヘスティアの大事な我が子だった。

 

 その子の未来に『神』が不要であるならば、この身を捧げる価値はある。

 

「大丈夫、大丈夫だよ、ベル君。君の決意を、君達の意思を、僕に教えてくれ……」

「僕は、僕達はッ……貴方を、神様をッ……倒しますッ!」

 

 ヘスティアの腕の中で、泣き震えながらベルが咆哮した。

 

 そう、それで良いんだ。

 

 それでこそ、僕の眷族だ。

 それでこそ、僕が愛した者達だ。

 それでこそ、僕の大好きなベル・クラネルだ。

 

 愛する者に、愛する者達に殺される運命ならば、それも悪くない運命だった。

 夢の終わりに、幻想の終演には悪くない幕引きだった。

 

 雲海の果てから闇を切り払う様に、静かに暁が昇ってくる。

 

 これに似た光景を、ヘスティアは見たことがあった。

 あの時は、黄昏時で、市壁の上だったが、それでも昇ってきた太陽の輝きは一緒だった。

 

「ベル君。君はとても強くなった。誰がなんと言おうとも、君は()()になった」

 

 あの時誓った言葉の通り、少年は強くなった。

 あの時叫んだ言葉の通り、少年は英雄になった。

 

 少なくともヘスティアにとっては、ベルは世界一の英雄になった。

 その姿を見れたならば、もう思い残す事は何も無い。

 

「その姿を見れて、僕は満足だ……だから、一緒に行こう、千年続く幻想を終わらせに……」

 

 ヘスティアの終演はまだここでは無い。

 神であるのに星に選ばれたヘスティアには使命があった。

 神である彼女にしかできない、大切な使命が。

 

「喩え、その使命の果てにあるのが“死”であろうとも、消え去ることになろうとも、ベル君。君となら、君達のためならば、僕はどこまでも行ける! だから、僕と一緒に行こう、()()!!」

 

 君のその勇気が僕に勇気を与えてくれる。だから怖がらずに戦いに行ける。

 君のその決意が僕の背中を押してくれる。だから恐れずに立ち向かって行ける。

 君のその慈愛が僕を起ち上がらせてくれる。だからどんな苦境でも乗り越えて行ける。

 

 君が支えて、励ましてくれるから……僕は強くなれた。それは君が思っている以上に、君が感じている以上に、僕に力をくれた。

 喩え、君がいなくなっても、それは決して変わらない。

 

 その想いに応えるために、その想いを伝えるために、少年は答えた。

 

「はい! 一緒に行こう、()()()()()!」

 

 

 

 *

 

 

 

 朝日が登り、地平の果てまで続く大草原の真ん中で、人の兵士と神の戦士の戦争が始まった。

 至るところから雄叫びと土煙が上がり、剣戟の音が響き渡る。

 

 人の兵士は圧倒的な『数』の暴力で、神の戦士は脅威的な『質』の暴力で──死闘を繰り広げていた。

 

 神の戦士が腕を一振りする度に、その数倍の兵士が宙を舞い、更にその数倍の兵士が戦士へと飛び掛かっていく。

 圧倒的な『数』の暴力と、脅威的な『質』の暴力の衝突──その激戦を、マリウスは満足そうに見つめていた。

 

 戦況は全くもって互角だ。

 

 敵陣の遥か後方に構える豪華絢爛な天幕にいるであろう神々の大方の予想を覆し、両軍一歩も引かぬ一進一退の激しい攻防が繰り広げられていた。

 

 神の出現により、戦いは量よりも質の時代となった。それは疑いようもない真実だ。

 

 神の恩恵を受けた者は岩よりも硬く、風よりも速く、雷の如き力を身に付ける。

 神の恩恵を極めた究極の『一』は、『万』の数に等しい能力を持つのだ。

 彼等は一騎当千の天下無双の絶対的存在として、戦場に暴君の様に君臨する──それが、神の恩恵を受けた冒険者の戦闘力だった。

 

 だがそれは、あくまでも机上の空論での話であり、時と場合によっては幾らでも覆る酷く脆い理論であった。

 それは、あくまでも『ステイタス換算でどれだけの性能差があるのか』を示しているに過ぎないのだ。

 

 戦場において、自軍を勝利へ導くものは、何も自軍の戦闘力だけではない。むしろそれは、数多くある要素の中の、極々一部に過ぎないのだ。

 

「例えば地形だ──」

 

 人の兵士と神の戦士の戦闘を、どこか他人事の様に眺めながらマリウスは言った。

 

 遮蔽物も障害物も無い見渡すばかり大草原の『シュリーム平原』の地形は、守るべき都市と神がいるオラリオ軍に不利に働いていた。

 北も東も南も大平原に囲まれたオラリオの立地は、少数精鋭で防衛戦を行うには最悪の立地だった。

 

「そして、情報──」

 

 神の自尊心と顕示欲を満足させるために、その眷族である戦士達は有名人が多い。

 そのため、彼等の情報は幾らでも簡単に手に入った。

 もちろん、特に重要な情報は厳重に秘匿されていたが、その情報を一括管理する“ギルドの神”にかかればそんな情報、漏洩し放題だ。

 

「士気も低く──」

 

 神々の都合で急遽結ばれた急造の同盟は、戦争をするにはあまりにも弱い仲間意識と団結心しか与えなかった。

 士気も、戦意も、団結も、神聖オラリオ同盟軍は圧倒的に低い。

 彼等にとってみれば、大した大義も名分も無いこの戦争は、命を懸けるに値しない無意味な戦争だった。

 

「練度も低い──」

 

 同盟軍は連携も、協調も有ったものでなく、神の尖兵は好き勝手目の前の敵と戦うだけだった。

 如何に俊敏で強靭な戦士であろうとも、それではただの有象無象に過ぎない。

 

 確かに彼等は一騎当千の猛者だろう。そんな相手と馬鹿正直に真っ正面から張り合っても、勝ち目なんて万に一つも無いのは自明の理だ。

 だが、自らの神の為に武功を上げようとする彼等は、邪魔者を排除するために味方の足を引っ張り、出し抜き、突出し、猛進し、突っ走った。

 

 そんな馬鹿みたいに突出する猪共を、罠に嵌め、命を掠め取るのは実に容易い事であった。

 

「経験も浅く──」

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)などというお遊戯で満足していた『神』と『神の戦士達』では、好き放題暴れる有象無象達を、強烈な意思の下纏め上げるのは、実質、不可能と言うものだった。

 

 戦陣の真っ只中で必死に檄を飛ばす女エルフは、指揮も、命令も、統率も、全てがお遊戯レベル。

 これでは彼女──リヴェリア──の、悪夢の様な殲滅力を無駄にしているようなものだ。

 

 彼女は冒険者としてのLv.は高いのだろうが、指揮官としてのLv.は素人同然だった。

 

「後方支援も貧弱──」

 

 巨大な壁を作り、自ら進んで孤立し、塀の中に閉じ籠り外部との接触を極力避けてきたオラリオには、圧倒的に後方支援が不足していた。

 

 確かにダンジョンは膨大な生命を排出するが、ダンジョンは彼等の“味方”では無い。

 虎視眈々と神と都市の命を狙う、危険な同居人であった。

 

 そんな存在から支援を得ようとするのは、危険過ぎる選択であった。

 つまり、オラリオは必要最低限の人員と、僅かな土地と農場で、冒険者全てを養わなければならないのである。

 

 外部からの補給は望めない。

 どっしりと王者の様に敵を待ち構えていたのが仇になった。

 

 補給線は既に封鎖され、オラリオ包囲網はもうとっくに完了している。

 そうで無くとも、オラリオに補給が来るのは望み薄だった。

 

「オラリオは、我々以外の潜在敵が多い──」

 

 オラリオには敵が多い。

 

 世界の富と資源と人を独占し、外の世界に放出しようとしない神の都市に、潜在的な敵意と悪意を持つ者は世界中にいた。

 彼等は己の利益に正直だ。

 ある程度、勝機と商機をチラつかせてやれば、彼等は面白いほどに掌を返してきた。

 

「高Lv.冒険者は、リスクやコストもバカ高く──」

 

 神の戦士はその高い『質』が故に、替えがききにくく、また消耗や損失に脆弱だった。

 幾ら人智を越えた力を持とうとも、無限に、永遠に、補給も無しで戦闘をし続けることなど不可能だった。

 

 じわじわと削られ、じりじりと消耗し、ずるずると疲弊し、摩耗しても、質が高い反面数が少ないが故に、代わりは殆どいない。

 そのため、彼等は休み無く戦い続けなくては戦線を維持出来ず、少しでも隙を見せれば瞬く間に防御線を突破され、都市は襲われてしまうだろう。

 

「対して我々はどうだ? 我々は、死を恐れず、命令は絶対の狂信者(テンパード)と、神伐討滅という強力な大義の下に集った同志の集団だ。地形は我々に有利で、情報収集は完璧。士気は旺盛。練度は上々。連携はそこそこ。経験は豊富。支援は潤沢。潜在敵は少数。リスクは低く。コストは安い──兵士の品質以外は我々の勝ちだ。戦いは量より質の時代になったが、だからといって、質だけで決まる訳では無いのだ──」

 

 マリウスがとった作戦は、実に単純だった。

 古今東西、数で勝る軍勢が取るべき戦法なんて一つしか無い。

 

 数と補給で勝るからと言って、戦力の逐次投下なんて馬鹿な真似はしない。

 地理と情報が勝っているからと言って、戦力を分断するだなんて阿呆な真似もしない。

 

 ただ単純なシンプルな戦法──『()()()()』だ。

 

 全軍の戦力を一点に集中し、圧倒的な数の暴力に物を言わせ、全速力で雪崩のごとく押し潰す──この作戦こそが、マリウスがとれる唯一無二の正解だった。

 

「しかし、それでも届かない──それだけやっても、神の軍勢には遠く及ばない」

 

 喩え、情報で敗北していても。

 喩え、経験で敗北していても。

 喩え、補給で敗北していても。

 

 それでも、確実に神の軍勢の方が有利だった。

 

 神々の恩恵はそれほどまでに圧倒的で、脅威的で、無敵で、馬鹿馬鹿しかった。

 だからこそ、何に於いても『質』こそが世界で一番重要であると、世界は嘯いたのだ。

 

「だが、それで良い──」

 

 それでも人の兵士は良く奮闘し、良く戦っていた。

 神々が僅かに備えていた予備戦力を投入しなければならない程に、オラリオを空っぽにしてでも戦いに赴いかなければならない程に──戦況は拮抗していた。

 決して侮れず、無視出来ない程に人の軍団も精強だったのだ。

 

 神々が、神の軍勢が、人の軍団が、この『シュリームの戦い』に夢中になるほどに──。

 

「それだけ出来ていれば、充分過ぎる──」

 

 それは、でかければでかいほど、目立つのであれば目立つほど、注意を引くなら引くほど、無視できないのならできないほど、都合が良かった。

 神の“目”を欺くのには、丁度良かった。

 

 最初から、マリウスにとってこの戦争の勝敗がどうなろうともどうでも良い事だった。

 神が、世界がこの戦いに注目さえすれば……。

 

「所詮、神の同盟も、人の連合も、捨て石に過ぎない。この戦争は、この闘争は、ようするに、その為に用意したのだ。これは、この戦場は……ただの巨大な、『囮』に過ぎないのだ」

 

 この戦いが、この戦い自体が大きな“罠”だった。

 神をこの手で滅ぼすためにマリウスが仕掛けた、強大な落とし穴だったのだ。

 

「そして……これで()()()()。レヴィス、行くぞ──」

「あぁ、これでようやく終わりだ……」

 

 マリウスが詠唱を開始する。

 約3秒間の詠唱を終えると、マリウスとレヴィスそして側に控えていた六名の精鋭はエーテルの粒子になり、戦場から姿を消した。

 

 昇っていた太陽は沈み始め、黄昏時が近づこうとしている。

 

 

 

 

 

 

 エーテルの地脈を遡り、標を目指して突き進む。

 何度も確認し、何度も訓練した通り、マリウス達は()()()()()()()()()()()へと転移した。

 

 誰もいない、誰も通らない、誰も知らない秘密の場所──ギルド本部の地下、ウラノスの神殿の更に隠された場所──に鎮座している()()()()()()()()()()()で待ち構えていたのは彼等の仲間、老神ウラノスであった。

 

「来たか……これが地図と、経路だ──武運を祈る」

「ありがとう、ウラノス──貴方も武運を……」

 

 生涯最後となるであろう親友と会話を僅かわし、マリウスは侵入経路が描かれた地図を受け取るとレヴィスに指示を出した。

 

「レヴィスはダンジョンだ、念のため三人連れていけ──後は、()()()()()()()?」

「あぁ、大丈夫だ──お前とお前とお前、私と一緒に来いッ! 行くぞ!」

 

 転移魔法を唱え消え去ったレヴィスを見て、マリウスと残りの三人の精鋭達は。それぞれがやるべき事を果たすため動き出す。

 ほぼ無人となったオラリオを疾走し、ウラノスが示した通りの経路を突き進んでいくマリウス。

 

(この時を、何度も、何度も、夢想した──)

 

 外の戦争に夢中で空っぽになった都市内を、蹂躙するようにマリウスは駆け抜けていく。

 ただでさえ人気の無い都市内で、ウラノスが指示した経路は更に人気が無かった。

 

 敵に会う事は確実に無い。

 

 それでも、それでも、はやる気持ちを抑えきれず、全速力で都市を駆けていく。

 

(この日の事を、何度も、何度も、イメージした)

 

 ウラノスから渡された地図は確かに意味のあるものだったが、ある意味ではマリウスには必要の無いものでもあった。

 マリウスの頭の中にはオラリオの全構造が入っている。喩え目隠しされていても、目的の場所へと辿り着ける自信がマリウスにはあった。

 

 それ程までにこの瞬間を何度も夢想しイメージしてきたのだ。

 

 都市の中心──ダンジョンの大穴──へと辿り着く。だが、彼の目的はダンジョンでは無い。

 

 マリウスはダンジョンへの入り口を一瞥すると、その上にある塔を、摩天楼施設(バベル)を登り始めた。

 忌まわしき『神の塔』を、愚かしい世界の蓋を征服するように……。

 

(この塔を登る瞬間を、何度も、何度も、夢に見た)

 

 昇降機(エレベーター)は停止し、塔を昇るには自らの脚で駆け上がる必要があった。

 だが、それも想定通りだ。

 摩天楼施設(バベル)内の螺旋階段を、一段飛ばしで猛然と突っ走っていく。

 

 沈み始めた太陽が摩天楼施設(バベル)を赤く染める。

 その赤き光に照らされながら、一心不乱に脚を動かす。

 

 動悸が高鳴り、鼓動が激しく高鳴る。

 呼吸が荒くなり、汗が全身を伝う。

 筋肉が焼けるように熱くなり、鋭い痛みが襲ってくる。

 

 だが、それでも休む気は無かった。

 

 全身の細胞が、全身の血肉が、マリウスの全身全霊が、それを拒否していたからだ。

 待望の、念願の瞬間はもうすぐそこなのだ、今更休むなんて行為、愚の骨頂以外の何物でも無い。

 

(これで、これで、ようやく終わる。計劃は、使命は完遂される……)

 

 斯くして、マリウスは辿り着く。

 神が集う場所、英雄が断罪された場所、摩天楼施設三十階──神会(デナトウス)が行われるその階層に……。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 忌々しい程に豪華絢爛な扉の前でマリウスは息を整えると、万感の想いを籠めて扉に手を掛けた。

 

 ここに来るまでに様々な事があった。

 ここに至るまでに多くの犠牲があった。

 

 父を殺し、神を殺し、同志を殺し、部下を殺し、連合を犠牲にして、ようやくここまでやって来た。

 

 血塗られた存在である自分がここまでこれたのは、同じ使命を持つ仲間と、そして、やはりあの異世界の冒険者のお陰だった。

 

 彼等と彼女の存在が無ければ、ここまで来る事は出来なかっただろう。

 異界の光の戦士はあんなにも強いのだと知る事が出来なければ、ここまでする事は出来なかっただろう。

 

 それも、この扉を開ければ全てが成就する。

 神の時代は黄昏を迎え、終焉を迎える。

 他でも無い、人の──マリウスの──手に因って……。

 

 そして、マリウスは腕に力を込めて、一気に扉を開けた。 

 

「神々よ、これでお前達の負け──」

 

 マリウスはその言葉を最後まで言う事が出来なかった。

 扉の先にある光景をみて言葉を失ったからだ。

 

 そして沈黙するマリウスの代わりに、()()()()()()()()()を代表してロキが宣言する。

 

「残念やったな……この戦い()()()()()()()や──」

 

 そして、神々から光弾が放たれた。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 クライマックスに強制BANされそうになる主人公がいるらしい…… ( ゜ω゜) 

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