光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ウィリアム・スミス
愛用の紀行録 3-1
オラリオの土地はエオルゼアと比べると随分と大量に余っているらしく最近家を買った。ここに来てまだ二週間程しか経っていないにも関わらずだ。これでこの都市での大方の目的が達成されたと言えるだろう……大迷宮バハムートなんてものもあった様な気がするが、そんな遠い
エオルゼアではこう上手くはいかなかっただろう。
冒険者居住区の土地争奪戦は新たに開放された区画が増える毎に、血で血を洗う泥沼のハウジング戦争が競売開始と共に始まり、高度な情報戦が繰り広げられ、瞬く間に売り切れになるのがエオルゼアでは常識である。
家を……ましてや個人宅なんて物を手に入れられるのは本当に選ばれた一握りの冒険者だけなのだ。
それに比べるとオラリオの住宅事情はなんと優しいことか。
住宅購入の為に超えるべき戦争は一つもないし(エオルゼアでは最低でも二つの戦争を超えなきゃいけない)、血眼になってせっせと金策に勤しむ必要もない。あらゆる準備を重ね、それでも運悪く敗北し、物乞いの様に譲ってくれとせがむ憐れな姿を世間に晒す心配も無い。
なんと良心的で、心優しい土地なのだろう。
土地代も桁を間違えたかと思うほどにリーズナブルなお値段で懐にも大変優しかった。流石、神々が暮らす街である。神々に愛されし土地とはえらい違いだ。
流石に大規模ファミリア御用達の居住区などは、色々な手続きや条件(そういった場所の土地はファミリアに所属していないと購入できないらしい)があって購入することは出来なかったが、一般人が多く集まる西側のメインストリートを外れた所になかなかにいい物件を見つけた。
寂れた廃教会の向かい側にぽつんと建っているその物件は土地代併せて百万ヴァリスといったところだった。約アダマン鉱一個分だ。凄く安い。
だが、ルララにとってはアダマン鉱一個分以上の価値があった。
大きさはエオルゼアで言うところのMサイズの土地で、少し荒れているが簡単な修繕を行えば十分に使えるものであった。まあ、そんなことはどうでも良いのだ。外観なんてのは後からでもどうとでも出来る。
ルララにとって決め手になったのは庭先に青い小さなクリスタル──都市内エーテライトが置かれている事だった。
いずれ来たるべき時の為にプライベート・エーテライトを常に持ち歩くような事は、流石にしていなかったルララだが、これなら都市内エーテライトをプライベート・エーテライトとして運用しても誰も文句は言わないだろう。だって庭に置いてあるんだもの、きっと付属品に違いない。
この土地を即断即決の現金一括ニコニコ払いで購入したルララは、さっそくハウジングに取り掛かった。
外装や内装、調度品に庭具等を片っ端から製作していく。
家具等の製作品は、防具等の製作品に比べ大量に素材を消費するので、その都度必要になった素材をダンジョン内で入手してくる。
これまでわざわざ徒歩で行ったり来たりしていたが、ダンジョン内にエーテライトを発見しプライベート・エーテライトも入手したお陰で移動が格段に楽になった。テレポ代を払うべき相手もいないのでやりたい放題し放題だ。
今後ダンジョン内を徒歩で行くことがあるとすれば、エーテライトを登録していない者と共に探索をする時位になるだろう。その際には必ず同行者にはエーテライトの登録を勧めようと心に決める。無駄な時間や労力は出来るだけ排除するべきなのだ。特に彼女には
『やるべき事』と言えばこの都市の地下にはバハムートが埋まっているのだった。いや、実際この目でバハムートそのものを見たわけではないので断言は出来ないが、拘束艦が埋まっていたという事はそういう事なのだろう。
どうやってここまで来たのかは全くもって謎だが、大方第七霊災の次元圧壊で次元の狭間がどうのこうのなって、なんやかんやあってここまで辿り着いたのだろう。
もしかしたら星の生命とも言える『エーテル』が、ここではかなり少ないのも何か関係しているのかもしれない。
どちらにせよさっさと討滅するに越したことは無いだろう。
今は何事も無いが、もしバハムートが復活したらこの街などひとたまりもないだろうし、折角手に入れたマイハウスを破壊されるのはとても癪だ。
その為にも仲間を募る必要がある。
思い立ったが吉日である。そして何よりぶっちゃけ飽きた。やってみて良く分かったのだが、ハウジングは一人でやるもんじゃない。自慢できる
一人孤独に
*
そんな念願であったマイホームに不法侵入者が出た。可愛らしいエレゼン族の少女だ。なんというか大歓迎である。
これが例え、全身全裸で紳士のポーズを決めるハイランダーや、とっても大きな白いモーグリ──通称、白い妖精さん──であっても、ばっちこいの、ウエルカムなので、こんな可愛いエレゼン族の少女なら毎日きて欲しいものだ。
このところ不法侵入者が出ても、『いい加減にアポロン様の言うこと聞きなさーい!』だとか『白髪赤目! 貴様がベル・クラネルかー!! 死ねぃッ!!』だとか『今日こそ言うこと聞いてもらうぞー!!』だとか奇声をあげながら問答無用で襲いかかってくる輩ばかりで、それはそれで面白いのであるが、流石に飽き飽きしてきた頃合いだったので、礼儀正しく大人しくソファーに座っていて行儀が大変よろしいこの少女には感動すら覚えた。新しい搦手だろうか? そうであったなら中々に効果は抜群だ。
それにしてもオラリオの住宅事情は殺伐とし過ぎである。お陰で家具は散らかり放題、庭は荒れ放題だ。折角作ったのに大変遺憾である。
ちなみにルララの名前は間違っても『ベル・クラネル』なんて名前じゃないし、『改名』した覚えも、『幻想』した覚えもない。
もちろん『アポロン』とかいう人物、もしくは神様にも心当たりは全く無く。十中八九……というか間違いなく人違いである。
『ベル・クラネル』というのは、向かい側の廃教会の地下室を根城にしている『ヘスティア・ファミリア』に所属している冒険者の事だろう。丁度彼も白髪赤目だし、名前も確かそんなのだった筈だ。多分襲撃者達はその子と勘違いしている。
どんな因縁があるのか知らないが、何度返り討ちにしても飽きもせずまた襲い掛かってくるので、相当恨まれているのは確実である。もしくは襲撃者達皆が揃ってドMなのかもしれない。
どちらにせよ住所ぐらいしっかり調べてから襲ってきて欲しいものである。
『ベル・クラネル』自身にはあんまり会ったことはないが、その主神である『ヘスティア』とはちょっとした親交があったりする。
ご近所付き合いも兼ねて挨拶代わりに進呈したポーションに始まり、彼女にせがまれてミスリル製の双剣(件の冒険者はナイフ使いだ)を作ったり、とある小人族が最近やたらとべたべたしていると愚痴を聞いたりとしている。
最初はまるで殺人鬼にでもあったかの様に怯えていた(思えば神様に会う時は何時もそうだった気がする)が、ここ最近じゃそんな様子は滅多に見せなくなった。
何にせよ、今のところ教会側から四連装対竜カノン砲なんかは向けられていないのでご近所付き合いは良好だと言える……多分。
はてさてそんな友好的不法侵入者であるエレゼン族の少女であるが、どうやら随分前に出していた募集を見てここまできたそうだ。確かにそんな募集を出していた気がする。すっかり忘れていた。
募集要項はエルザに書いて貰ったものだが、内容についてはルララが考えたものだ。
ちなみにオラリオの文字は現在エルザに習っている。
超える力による影響なのかまともな文字は全てエオルゼア文字に翻訳されてしまうので(どうにも文字であると認識すると自動的に翻訳されてしまうみたいだ)、文字なのか、それともただの複雑な線なのか区別がつかないユニークな筆跡を持つ彼女は教師としてうってつけであった。
それにしてもこんなクソ汚い文字で書かれた、アホみたいな募集に乗ってくるとは、奇特な冒険者がいたものである。
読み書きの練習と、ついでにバハムート攻略の募集を兼ねた冗談半分の募集だったのだが、正直言って驚きを隠せない。暇潰しに出した『ネタ募集』に、マジで人が来てしまった時の衝撃に似ている。申し訳ないが、この募集はネタ募集なんだ……。
だが、ネタ募集とはいえ書かれている事に嘘偽りはない。
報酬金である一千万ヴァリスも探索で入手した素材を売ったので用意出来ているし、それこそ一億ヴァリスだって簡単に稼げる方法があるので全く心配ない。
レベリングに関しても様々な理由により、育成しきった冒険者よりも発展途上の冒険者の方が都合が良いのできちんと付き合うつもりだ。
これはチャンスと言えばチャンスである。
PTメンバーが足りていないのは言い逃れようの無い確かな事実であるし、今後の攻略の事を考慮するとキャスター枠は必須。それに何より彼女はエレゼン族の『少女』なのだ。『少女』枠はとても貴重だ。それがエレゼン族なら特に。これを逃す冒険者は冒険者とは言えない。
それに何と言っても彼女の頭上には懐かしのメテオマークが燦々と輝いており、放置するという選択肢は元々なかった。
最近じゃすっかりクエストマークも見かけなくなり、あるとすれば毎日必ず困った事が起きる『青の薬舗』の店員から発行されるクエストぐらいだ。
幸薄そうな
そんな彼女の片腕は機械仕掛けの銀製の義手になっており、その借金のせいで財政は火の車。にっちもさっちもいかなくなったので冒険者の出番、という何時ものお決まりのパターンでこのクエストは始まった。
確かに我々冒険者は物珍しい報酬を用意すれば涎を垂らして周回する様な人種だが、残念ながら今のところ大した報酬は貰ってない。
先日ようやく評判が『認定』に上がったが、追加されたアイテムがハイポーションだけだったのは流石にショックだった。しかも一万ヴァリスとか法外過ぎる値段で売られている……。購入する予定は今のところ全く無い。
それでも所詮『認定』で開放されるアイテムなので、いずれ『信頼』や『誓約』まで評判が上がったら可愛らしい
募集の話に戻そう。
随分と前に出したネタ募集に対し、何処かガチな雰囲気を醸し出して切羽詰まった様子でやってきた少女の姿を見ると物凄く嫌な予感しかしないが、それはそれ、これはこれである。
目に見える地雷原を敢えて踏み抜いていくのも、それもまた冒険者道というものである。
嫌な予感というものは総じて当たるものらしく、案の定、彼女──レフィーヤは折角開いた歓迎会をほっぽり出して出て行ってしまった。効率厨かッ!
やはり募集に『ギスギス☓』を入れておくべきだっただろうか……。でもアレもアレでアレだからなぁ。
飛び出していったレフィーヤは『こんな事をしている暇があるなら私は周回するッ!!』といった感じの事を言い残していった。まあ、気持ちは分からないでもない。とことん効率を重視して、徹底的に無駄を嫌悪し、足手まといを排除する。それは周回する上ではある意味正しい。
ルララ自身もゾディアックウェポンやアニマウェポン製作時にはひたすら極限まで効率を追求し、死んだ魚の様な目でブレイフロクスの野営地やガルーダ姉さん、またはゴブリン族の機械兵器を蹂躙していったものだ。シャイニングババァありがとう!
だがそれをライトに生きる冒険者達にも強要するのは如何なものかと思わなくもない。彼等には彼等の流儀があり、お互いに尊重しあうのが寛容だろう。
とはいえ、折角入った貴重な
PTリストの中にレフィーヤの名前がいまだにしっかりと残っているので、彼女も何だかんだいって同じ気持ちみたいだ。
まだ、レフィーヤはパーティーから抜ける気は無いらしい。
これはいわゆる『追いかけて来て』アピールというヤツだ! そうルララは判断した。良いだろう。本気になった光の戦士から逃げられるとは思わない事だ。
レフィーヤの現在位置は『マップ』によって筒抜けだった。ついでに目的地も赤い範囲で表示されている。流石にこれだけお膳立てをされて逃すような失態は犯すことはない。
方向から察するにダンジョンに向かおうとしているみたいだ。キャスターの割に移動速度は大して速くない。スプリントは使用していないみたいだ。
都市内エーテライトを駆使して先回りし、光り輝く指定場所で待機する。5秒程待つとレフィーヤがやってきた。意外に速い。ワープでもしたのだろうか?
やってきたレフィーヤに声を掛ける。ちょっといいですか? と五回繰り返す事がこのクエストの達成条件だ。
全く同じ質問を五回も繰り返すメリットが何処にあるのか分かりかねるが、きっと大いなる神が決めたことなのだろう。深く考えてはいけない。光の戦士は深く考えない。
レフィーヤを引き止めるとそれ以降は『自分の思いを伝えよう!』と超える力からのお達しがあったので、その通りにする。
【フレンドになってくれませんか?】
彼女と友人になりたいのは事実だ。エルゼン族の少女の友達なんて想像しただけでも心が踊る。彼女がキャスターだからとか、PTメンバーが足りないからとかは結構二の次でありどうでもいい。
【一緒にやりませんか?】
仲を深めるには一緒にやるのが一番だ。なにをするにしても一人よりも二人の方が良いに決まっている。一応断っておくが決して変な意味ではない。断じて。
【助けはいりますか?】
まだ駆け出しの冒険者だった頃、ルララにとってこの言葉は何よりも心強いものであった。
この言葉を迷わず言える冒険者になろう。誰かを助けられる冒険者になろう。そう心に決めた。
その決意は
「……お願いです……私を……仲間を……助けて下さい!!」
【わかりました。】
何だかんだいって“その”言葉を聞くとやる気が出てきてしまう辺り、根っからの冒険者なんだなと思うルララであった。
*
レフィーヤの説得は見事に成功し、彼女の本心を聞くことが出来た。彼女もまた大迷宮バハムートの犠牲者だったということか……。
泣き崩れるレフィーヤを優しく抱きしめると、彼女も強く抱きしめ返してきてくれた。遂に時代が来たのかもしれない。
レフィーヤと何だか良い雰囲気になっていると、突如として目眩に襲われ彼女の過去を覗き見る事となった。折角の良い雰囲気が台無しである。
超える力による過去視で見た光景は、とあるパーティーが崩壊する場面であり、何処かで見たことのある冒険者達が必死になってカドゥケウスと戦っていて、見事なまでに返り討ちにあい全滅していた。
初見だったのだろう。一撃でタンクらしきドワーフがやられ、その後、結局立て直せず(恐るべきことに彼等のパーティーにはヒーラーがいなかった)瞬く間に全滅と相成った。エオルゼアじゃ腐るほど良く見られる極々一般的な光景だ。流石にヒーラー無しはあまり見ないが……。
戦闘フィールドからの締め出しとかも初歩中の初歩のミスで、クリスタルタワーやヴォイドアークで良く見られるものだ。そんな失態を演じたのがこのレフィーヤなのだろう。
エオルゼアでの冒険では何がなんだか分からず、気付いた時には全滅していたなんていう場面は一度や二度あるどころの騒ぎではない。
それどころか新たに出現した極まった蛮神や、やたらと脚色された戦闘を追体験する時なんかは二桁レベルで全滅するのが当たり前だ。もはや日常と言っても差し支えない。
こんな光景は散々見るどころか、散々体験してきたので良く理解しているつもりだ。そしてこの光景を見てどうすれば良いのかも手に取るように分かった。
要するにこの彼等を助けに行けばいいのだろう。
以前、彼等のそっくりさんと戦闘になりまとめてミンチにした様な気がしないでもないが、世の中にはそっくりさんが三人はいると言うしきっと別人だろう。三人以上倒しただろうという突っ込みは厳禁だ。
諸々の事情は理解したのでさっさと現実に戻して欲しい。わりと切実に。痛切に。
そんな願いが通じたのか再び目眩に襲われて現実に戻ってくる。でも些かタイミングが遅すぎたようだ。
ルララが現実に引き戻された瞬間にはレフィーヤは正気に戻っていたのかルララから離れていってしまっていた。クソがぁ。私は正気に戻った! とかいらないからぁ。
その後、まるでタイミングを見計らっていたかの様に合流したPTメンバー達のせいでこの件は有耶無耶になってしまった。毎回の事ながらこういった時のタイミングの良さには唸るしか無い。クエストが終わった途端、見計らっているかの様なタイミングで合流するパターンが多いのだが、どこからか監視でもしているのだろうか。
それから彼等とレフィーヤとの間で心温まるやり取りがあった様な気もするが、完全に蚊帳の外だったのでよく覚えていない。まあいいさ、何時もの事だし。
【パーティーに入りませんか?】
それでもいちおうこのPTのリーダーなのでパーティーを代表してレフィーヤに問う。
既にPTメンバーは入っているのでぶっちゃけ意味は無いのだが、それでも敢えて聞く。
「はい、喜んで」微笑みながらレフィーヤは答えた。
エターナルバンドしませんか? という定型文が無かった事が非常に悔やまれる。このタイミングだったら絶対イケてた筈だ!
*
ロールプレイというものを知らないまっさらな若葉ちゃん達に、ロールプレイというモノの何たるかを教えるのは存外に難しい。
敵視というものをまるで理解していないタンクに、ターゲット合わせという概念がないアタッカー。
敵視はあっちこっちに飛び放題で、アタッカー達は好き放題自由に攻撃している。実に楽しい動物園だ。チンパンジーが沢山いる。ある意味ヒーラー冥利に尽きる状況だ。なので毛根が死滅する心配は無い。この程度は問題にもならない。
彼等と共にPTを組んだ当初の戦闘はそんな感じだった。もう目も当てられない程の酷い有り様だったのは言うまでもないだろう。まあ、でも最初の内は何処もそんな感じだ。最初の内はそれで良いのだ。
ルララとて最初から何もかも完璧を要求する気はなかった。
自分だってかつては敵視の“て”の字も知らなかったし、ターゲット合わせのやり方なんて知るはずもなかった。出来た事といえば、ただあたふたと右往左往する事ぐらいだった。
初めての集団戦の時も心臓が飛び出るほど緊張したし、初めてのダンジョンの前には何度も何度もギルドオーダーに通い詰め、訓練したものだ。中央ラノシアでくぐり抜けた集団戦は数えるのも億劫になる程にこなした。
これは誰しもが通る道なのだ。なので、まずは微笑ましく見守る事にする。かつて自分もああであったと思い出に浸りながら。
とはいえ何時までも思い出の中でじっとしている訳にもいかない。
何時までもわちゃわちゃされていては何時まで経ってもロールプレイが身につかない。
彼等にはいずれ、『よろおつ』だけで全てのコミュニケーションが取れるようになって貰わなければならないのだ。丁度忠義の剣、盾で会話をするナイトの様に。
ある程度は放置して、死にそうになったら回復してやり、それでも分からない様だったら一旦転がし、徐々に徐々にどう自分がどう動けばいいのかを身体に叩き込んでいく。
何が駄目で、何が良いのか、どうしたら良いのか、どうしたら駄目なのか、頭ではなく身体に理解させていく。
パーティーの生殺与奪を握っているヒーラーに見捨てられる行為が何なのかを文字通り骨の髄まで体感させていく。
その甲斐あってか彼等はメキメキと腕を上げていった。
ロールプレイ自体は初めてでも似たような連携が元々あったのも大きな要因だろう。
彼等は柔軟性が高い。身体が柔らかいという意味ではもちろん無い。
思考が……というのも少し違う。冒険者として有り方が──というか
ルララの常識では『剣を持った鍛冶師』なんていうものはあり得ない。クラフターが戦ってもあんまり意味が無いからだ。
だがそれが、オラリオではあり得る。
『剣を持った鍛冶師』という無茶苦茶な道理が通ってしまう。それ程までに
それはありとあらゆる防具を身につけ、ありとあらゆる武器を手にし、ありとあらゆる魔法を使い、ありとあらゆるスキルを繰り出し、ありとあらゆるアビリティを駆使して戦う伝説のジョブ『すっぴん』に近い性質を持っていた。もしくは『オニオンナイト』または『たまねぎ戦士』。
恐らく『肉弾戦で戦う魔法使い』なんて荒唐無稽な存在になることも出来るし、それこそ『剣で戦う鍛冶師』なんてアホみたいな存在も創り上げることが出来る。それに意味があるかどうかは分かりかねるが……。
だからこそ目の前でひたすらピカピカと光ってみたり、無駄に強化アビリティを使ってみせたりして、彼等にこういったものがあると、こういったものが欲しいと思えるように披露していく。
そしてそれを彼等はまるでスポンジの様にみるみる内に吸収していった。
とはいえ流石に満面の笑みで新たに覚えたというアンナの魔法──
広範囲に渡る敵視上昇効果のある魔法を覚えたことにより、ある程度見られるPTになった。やはり範囲ヘイトスキルはパーティープレイには欠かすことの出来ないスキルだ。
とはいえ、細かい事を言えばそれでもまだまだだと言えた。取り敢えず初心者は卒業かなというレベルだ。
敵視は偶にブレるし、モンスターの殲滅も装備しているアイテムレベルにしては遅すぎる。スキル回しが上手く出来ていない証拠だ(というかスキル自体が一個か二個ぐらいしかなかった)。
範囲殲滅と各個撃破の選択肢なんてものは無いし、パーティーのシナジー効果もいまいちだった。まだまだ課題は沢山ある。
そこに新たに加わったレフィーヤであるが、どうやら彼女は結構な“アレ”であったらしい。
ロールプレイは初めてにも関わらず自分で考えて行動したのは評価できるが、その行動は明らかな地雷プレイだった。中々に“アレ”な子だ。いわゆるHimechanというヤツだ。
先程もわざと別のモンスターに攻撃を仕掛け敵視を奪っていた。あからさまな地雷行為である。そういう事は身内のパーティーでやってくれ……と思ったがそう言えば“ここ”が身内だった。仕方なくタイタン・エギに指示を出して迎撃させる。
そのタイタン・エギこそあからさまな地雷行為じゃないかと言われると、まあその通りで反論の余地も無いのだが、ガチヒーラーでヒールすると彼等程度の体力では完全にオーバーヒールになってしまうし、いまだタンクの敵視は安定しないのでヒールヘイトでモンスターの敵視がこっちに飛んで来てしまうのだ。
そうすると
それにしても、この所少しいじめすぎたのか
アンナもアンナで一向に盾を持とうとしないので、いっそのこと暗黒騎士にでもなって貰おうかと思い、それならば都合が良いとちょっと心を鬼にして強目の対応をしている。
クソダサいタンク装備をいちいち製作し彼女に無理矢理着させたりしているのもその一環であり、決してルララの趣味という訳ではない。ああ、早く暗黒に目覚めて欲しい。意地悪するのはとても心が痛むのだ……暗黒が高まるッ!!
とはいえヒーラーからしてみれば、あの程度の攻撃で敵視を奪われるタンクもタンクだし、ちんたら詠唱しているキャスターもキャスターであり、どっちもどっちだ。アンナさん、あなたさっき一回しか光らなかったよね? ちゃんと見てましたよ?
いずれにせよ、
新たに加入したレフィーヤも今は絵に書いた『墨』の様な魔法使いでも、いずれは華麗に滑りながら詠唱する魔法使いになるのは確実──むしろさせるので是非とも頑張って欲しいものである。
メリュジーヌ戦はキャスターが要なのだ。
レフィーヤにはボスと戦いながらも雑魚を誘導し、かつ石化ビームを意識してそれを回避して貰わなくてはならない。
前途は多難だがやりがいはあるはずだ。有り過ぎて引退者が続出したりもしたが……。
そう考えている内に49階層に辿り着いた。
前回のカドゥケウス戦からは1週間以上が経過している。そういった意味でもそろそろ良い頃合いでもあった。
魔法
・Cast Time Instant
・Recast Time 2.5秒
自身の神威を一時的に上昇させて、敵に『神』であると誤認させて敵視を上昇させる。
修得 アンナ・シェーン
吉田の日々赤裸々を読んでいると吉田が3人ぐらいに分身しているように思える……。