光の戦士がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ウィリアム・スミス

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レフィーヤ・ウィリディスの場合 6

 52階層のとある区画にそれはあった。

 その区画は不気味なまでに薄暗く、巨大なシリンダーが規則正しく整然と並べられていた。

 何かを保存しているのか、はたまた何かを培養しているのか定かではないが、シリンダーの中には人型のナニカが収められている。

 冒険者としての本能が囁く。『アレを見てはいけない、アノ中身を見てはいけない』と。

 その本能に従い、極力シリンダーの方を見ないようにして先へと進む。幸いな事に辺りは薄暗いためシリンダーの中身は良く見えない。

 

「不気味です……」

 

 そう言いながらレフィーヤは額の汗を拭いた。先程から嫌な予感がして仕方がない。

 周りを見渡すと他のパーティーメンバーも皆一様にして険しい顔をしていた。嫌な予感を感じているのはレフィーヤだけでは無いようだ。

 

 その中で唯一、平然としているのは先頭を行くルララだけだ。彼女のこういった物怖じしない所はある意味尊敬に値する。どれだけ修羅場を潜ればこんなにも図太い神経が持てるのだろう。

 

 ルララは周りの様子なんて少しも気にしないで、まるで勝手知ったる我が家といった感じでドンドンと進んでいく。

 彼女のその堂々たる態度にレフィーヤ達は大いなる頼もしさを覚えた。前を行く小さな背中が何時になく大きく感じられる。

 こんな彼女をフォローするなんて本当に出来るのだろうか……? レフィーヤの心にそんな疑問が浮かんできた。そして、直ぐさま頭を振って思い直す。

 いけない! 悲観的に考えるな! そんな事では出来るものも出来なくなる。

 

(この程度の事で怖気づいていたらルララさんを助けるなんて夢のまた夢。しっかりするのよ、レフィーヤ・ウィリディス! 彼女を助けるって決めたのでしょう?)

 

 レフィーヤはぱんぱんと自らの頬を叩き気合を入れ直すと、今一度、気持ちを新たにしルララの後を追った。

 

 

 

 *

 

 

 

 しばらくして、ルララの歩みが止まった。

 彼女の前には、沈みゆく夕陽の様に不気味に発光する球体状の物体があった。謎の怪球はピラミッド状の台座の頂上に嵌め込む様な形で置かれている。その全長は丁度レフィーヤと同じ位だ。

 球体状の物体には、幾重にもあみだ状に模様が刻まれ、それが規則正しく、かつ複雑に全体に渡って張り巡らされている。これ程までに精巧に作られた物体は、オラリオでも見ることは出来ないだろう。

 この球体……いや、50階層からここまでのありとあらゆる場所に込められている技術力は、世界でも随一を誇るオラリオの技術力すらも遥かに凌駕していた。

 

「これは、何かの装置ですかね?」

 

 専門的な知識を持たないレフィーヤは取り敢えず、この物体を何かの装置であると当たりをつけた。

 

「わかりませんが……あまり弄らない方が良いでしょうね」

 

 アンナの言葉に皆、無言で同意した。

 下手に弄って余計なトラブルを招くのは御免だ。触らぬ神に祟りなし、藪をつついて蛇を出すなんてのは、この階層に至っては冗談にもなりゃしないのだ。

 誰だってそうする、冒険者だってそうする。きっと、神々だってそうするはずだ。

 そうだ、普通の冒険者だったらそうするのが当たり前だ。

 

 だが、彼等は忘れていた。

 

 このパーティーには“神”をも“蛇”をも恐れぬ冒険者が一人いることを。恐れ知らずの冒険者がいることをレフィーヤ達は失念していた。

 

「……ってルララさん! 言ってるそばから触ったら駄目ですって!」

 

 アンナが叫んだ時にはもう遅かった。

 いいや、無理だね! 触るね! と言わんばかりにルララは勝手に装置に触れる。

 滅茶苦茶に弄くっていると突如として謎の音声が装置から発せられた。

 

『#$&%~|*`! $#%&“!=*@』

 

 今までに聞いたことのない謎の音声と共に、うぃーん、うぃーん、という起動音が区画内に鳴り響く。

 それと同時に淡く発光するだけであった物体が一際強く輝き、一回転するとあみだ模様に沿うようにして赤色の光線が走った。

 赤色の光線は球体が置かれている台座を中心にして床や壁へと駆け巡り、徐々に区画全体へと広がっていく。

 

 行き渡った光線により、薄暗かった室内が徐々に照らし出される。

 暗闇で覆われていたこの区画の全容が明らかになる。

 さっきまで見えていなかったシリンダーも今でははっきりと見ることができる。その()()までもしっかりと──。

 

 この世のものとは思えない光景がレフィーヤ達の目に入ってくる。

 

 そこには、狂気の沙汰が、神をも恐れぬ人間の所業が、禁断の技術の結晶が、狂いに狂った研究の成果が──。

 

 人が──。

 

 人間が──レフィーヤの仲間が、彼女のファミリアの同胞達が……。

 

 

 

 何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も……。

 

 

 

「イヤァアアアアアアアアア!!」

 

 切り裂かれた様な悲痛な叫び声が階層中に響き渡る。

 悲鳴が轟くこの区画の入口に、この世界では誰も読めない異世界の言葉でこう書かれていた。

 

『クローン生成培養区画』

 

 この日、この時、遂にオラリオの冒険者は知る事となる。

 異界から来たりし招かれざる文明を。落ちる所まで落ちて、狂いに狂った文明の残滓を……。

 そして、彼等の大地の奥底に一体ナニが潜んでいるのかを……。

 

 心せよ、心せよ。

 少しずつ、少しずつ。

 だが確実に、着実に……。

 

黄昏(ラグナロク)』は近づいてきている。

 

 

 

 *

 

 

 

 生きているはずがないと思っていた。

 見つけられるはずがないと思っていた。

 それでも生きていた、見つけられた。

 待ち望んでいた奇跡の様な瞬間になる……()()()()()

 

 こんな、こんな事、望んじゃいなかった!

 こんな事になるなんて思ってもいなかった!

 一体誰が、こんな、こんな……。

 

 助けに来た救いに来た仲間達の姿が今目の前にある。数えきれない程に、数えるのが億劫になる程に。

 同じ顔が全く同じ顔の人間が何人も、何人も並んでいる! なんだ、これは! 一体なんなのだこれは!

 

 理解の範疇を超えた身の毛もよだつおぞましい光景に頭が混乱する。

 目の前の現実を受け入れるのに身体が強烈な拒否反応を起こす。認められない! 認めたくない! こんな現実認めて良いはずがない!

 恐ろしい程の嫌悪感と共に、激しい嘔吐感がこみ上げてくる。

 

「……うっ!」腹の奥底から何かがせり上がってくる。堪らず、嗚咽をあげソレを吐き出す。びちゃびちゃと液体が床に落ちる音が響き、辺りに刺激臭が立ち籠める。

 

「お、おい! 大丈夫か!」

 

 その音と匂いにようやく正気を取り戻した仲間達がレフィーヤに駆け寄る。

 崩れ落ちて何度も嘔吐(えず)くレフィーヤ。その度に耳を塞ぎたくなる様な嫌な音が鼓膜を震わした。

 

「おい! しっかりしろ! くそっ、なんなんだよ、ここは!」

 

 レフィーヤの背中を擦りながらも、彼等は動揺を隠しきれていなかった。

 当たり前だ、あんな光景を目の前にして冷静にいられる人間がいる筈がない。もしいたとしたら、そんな“モノ”はまともな人間じゃない。

 自分達も彼等の様な有り様になるかもしれない。彼等と同様に捕獲され、瓶詰めにされるかもしれない。

 そんな焦りと恐怖心がパーティー達の心をかき乱していた。

 身体の震えは止まることを知らず、汗がダラダラと止めどなく流れ、目からは涙が溢れそうになる。

 彼等は本能で悟った。人を人と思わない光景を目の前にして瞬時に理解した。

 “ヤツら”の前では自分達はただの無力な実験体に過ぎないと。

 

「おい! おい! こんな所にいて大丈夫なのか!? 流石にヤバイだろう!」

「でも、その前にレフィーヤちゃんを落ち着かせないと!」

「っく! そうだな、おい! しっかりしろ! ほら、嬢ちゃん特製のポーションだ!」

 

 慌てふためきながらもレフィーヤにポーションをかける。

 だが、レフィーヤは一向に落ち着く気配がない。当然だ、彼女のこの尋常でない状態は体力の消耗が原因では無いのだから。ダメージを受けたのは、精神の、心の方だ。生憎、それを癒やす為の薬は存在していない。

 

「くそ! 効果なしか! こういった時どうすればいいんだ!?」

「そんな事! 兎に角、彼女を一度落ち着かせて……」

「そんな悠長な事言ってる場合なのか!? ああ、くそっ! どうしたら良いんだよ!!」

 

 尋常でない様子のレフィーヤを前にしてパニック状態に陥るパーティー達。

 そんな中、いまだ苦しむレフィーヤにルララが近づく。

 混乱するパーティーの視線がルララに集中する。

 いつの間に着替えたのだろうか? ルララの格好は緑色のコート姿から青いガウン姿へと変わっていた。傍らには光り輝く妖精が静かに浮遊している。

 モルタルボードに似た特徴的な帽子を被っているその様子はまるで『学者』の様だ。

 

 そんな彼女をパーティーメンバーが固唾を飲んで見守る。

 ルララが合図する様に空高く手を振り上げると、妖精が舞い上がる。

 舞い上がった光り輝く妖精が、その輝きをよりいっそう強くしたかと思うと、周囲に浄化の光が降り撒かれる。

 浄化の光により生命力が活性化され状態異常が浄化されていく。

 みるみるうちにレフィーヤの様子が落ち着き初める。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……す、すみません、ありがとうございます」息も絶え絶えといった様子だが、はっきりとレフィーヤは答えた。

「レフィーヤさん、大丈夫ですか?」

「はい、もう、大丈夫です。ルララさんの、お陰ですね……」

 

 あれだけ乱れていたレフィーヤの調子はすっかり良くなっていた。恐るべき回復の速さである。

 レフィーヤが回復した事により、パーティーにも落ち着きが戻ってくる。

 

「……それで、一体“これ”はどういう事だ?」

 

 リチャードが言う“これ”とは当然の事ながらこの部屋の事だ。

 同じ顔をした人間が何人もシリンダーの中に入れられている。

 中に入れられている者達はオラリオでも……いや、世界中何処に行っても知らぬ者はいない程有名な冒険者──ロキ・ファミリアの第1級冒険者達だ。

 そんな彼等が謎の液体が詰まったシリンダーの中で、生まれたままの姿で眠りに付いている。その姿は産声を上げる瞬間を今か今かと待っている赤子の様だ。

 

 この異様な光景を前に疑問を零さずにいられる訳がなかった。

 だが、当然の事ながら、この中に回答を持ち合わせている者はいない。

 

「わかりません……でも、碌な目的があるとは思えません」

 

 この光景を見て良い印象を受ける者がいるとしたら、それは頭のイカれた科学者か、もしくは狂気に飲まれた研究者だけだ。

 

「しかし……これは、生きているのか?」

 

 そう言いながらリチャードがシリンダーに触れる。

 中には美しいロングブロンドの女性が浮かんでいる。彼等の正気が確かなら、女性の名はアイズ・ヴァレンシュタインだった筈だ。

 その様子はまるで芸術品の様だ。もっとも、何十人と同じ顔をした人間が並べられているせいでまるで台無しだが。

 

「……実は物凄く精巧な人形ってことは……ッッ!!」

 

 そんなリチャードの『そうであったらいいなぁ』という気持ちが宿った楽観的な意見は、内部の人間の瞳が突如として開かれた事により打ち砕かれた。

 同時に区画全域からけたたましい警戒音が鳴り響き、中心にあった球体が激しく回転し発光し始める。良い兆候とは思えなかった。

 

 案の定、リチャードが触れていたシリンダーにピキピキと亀裂が入っていく。

 このシリンダーだけでなく、周りのシリンダー全てにも同様の現象が起こる。中の“モノ”が眠りから覚め、産声をあげる為に中から打ち破ろうとしているのだ。

 

「おいおい、マジか!? 冗談じゃないぞ! こっちはストリップショーなんか頼んじゃいないぞ!」

「ちょっと、リチャードさん! こんな時に最低です!!」

 

 シリンダーの亀裂がどんどん大きくなっていく。内部に詰まっていた液体が徐々に溢れてくる。“ヤツら”が解き放たれるのは時間の問題に思えた。

 

「どうするんだ!? 戦うのか!? 相手は人間だぞ!?」

 

 相手はモンスターじゃない、正真正銘人間だ。少なくとも彼等の目にはそう見えた。

 ファミリア同士の抗争や、修練等で人間同士が手合わせする事は珍しい事じゃないが、生命を賭けて、生死を賭けて戦う機会は意外な程に少ない。

 彼等が尻込みするのは当然だった。

 だが、そんな事を知ってか知らずか、シリンダー内部の“ヤツら”は何度も、何度も内壁を殴りつけてやる気満々といった感じだ。

 生気はまるで感じ無いが、驚くほど強い敵意の篭った瞳が真っ直ぐにこちらを捕らえて離さない。

 

「でも、でも、あの人達は……私の……」

 

 震えながらレフィーヤが言う。このままでは彼等と、かつての仲間と戦わなくてはならなくなる。

 

 どうする!? どうする!? どうする!? ぐるぐると思考が回転する。

 だが、迷っている時間は無かった。何故なら、“ヤツら”には待つ理由なんてこれっぽっちも無いのだから。

 内部からの衝撃に耐え切れなくなりシリンダーが打ち砕かれる。

『檻』から開放され、中の“ヤツら”が解き放たれた。

 

 

 

 *

 

 

 

 碌な装備も無く、産まれたばかりだからなのか動きも鈍い“ヤツら”は大した脅威とは言えなかった。もっとも、その言葉には一人一人だったらと付くが。

 兎にも角にも数が多かった。飢えた獣のように我先にと敵対者へ雪崩込む姿は、見ているだけでも恐怖心を煽るものがある。

 

(クソッ!)

(思うように……)

(身体が動かせない!)

 

 そして、それ以上に苦戦を強いられている理由は“ヤツら”が人間であったからだ。人間の()()()をしていたからだ。

 自分達と同じ形をした“モノ”を攻撃するという事は、思っていた以上に拒否感と嫌悪感と忌避感を感じさせるものであった。

 対人戦に不慣れで、かつ、人型の“モノ”が相手では本来の実力が発揮できないのは当然だった。良くいるアンデット等の人型のモンスターとは訳が違う。

 それが、必死になって探し求めていた人達にそっくりなら尚更だ。

 

「……んな、そんな…」

 

 愕然とした表情で呟くレフィーヤ。今の彼女はまるで隙だらけだった。

 そんな彼女を絶好の獲物と思ったのか複数の“ヤツら”が襲いかかってくる。

 “ヤツら”に対し有効的な行動を全くとれないレフィーヤ。為す術もなく呆然としている。

 そこに、彼女をかばうかの様に、ルララが飛び込んで来て瞬時にして地面から巨大な氷柱を発生させる。

 氷柱は“ヤツら”に突き刺さり動きを阻害する。”ヤツら“の襲撃は寸前の所で防がれた。

 

『……ァ……ァァ……』

 

 レフィーヤの目の前でヤツらが藻掻(もが)いている。

 レフィーヤに攻撃を加えようと必死になって虚空を掴むその姿には、知性の欠片も感じられなかった。人間らしさは微塵も感じられなかった。

 その哀れな姿に言いようのない悲しみがレフィーヤを襲う。

 

(なんで、どうして……こんな……)

 

 彼女の目に写る“ヤツら”は、レフィーヤの憧れる女性のアイズに……アイズ・ヴァレンシュタインそっくりだった……。

 

『……ァァ……ィィ…タ……ィ……』

 

 藻掻(もが)き続けるアイズ達にルララは容赦なく攻撃を加える。そこには一切の迷いが無かった。

 あらゆる毒や病気を撒き散らしヤツらの生命力を奪っていく。

 一人、また一人と力尽きていくアイズ達。ルララの周りに“ヤツら”の亡骸が死屍累々と積み上げられていく。

 

(どうして……そんな……非道いことを……)

 

 躊躇(ためら)わず戦い続けるルララを見てレフィーヤは恐怖を抱いた。襲いかかる“ヤツら”よりもルララの方が恐ろしかった。

 何故戦えるのか、何故立ち向えるのか分からなかった。理解することができなかった。

 一心不乱に戦い続ける彼女は、まるで、まるで、()()というものが欠如しているみたいだった。

 

 思えば彼女にはそんな節が幾つもあった。

 時折見せる微笑みは次の瞬間には煙の様に消え失せ、その後にはなんの感情も見せない空虚な表情に戻っていた。

 滅多に口を開かず会話をしても抑揚が全く無く、感情を微塵も感じられなかった。

 どんな強敵と相対しても、これっぽっちも恐怖を感じていない様だった。恐れを知らぬと、勇敢と、言えば聞こえが良いが、彼女の()()()異常だった。『死』ですらも彼女の前では日常の些細な出来事の様に思えた。

 まるで何度も、何度も『死んだ』経験があるみたいだった。

 彼女はまるで……まるで……。

 

 レフィーヤが恐れ慄く間にも戦いは続いていた。

 “ヤツら”はルララを最大の脅威と認識したのか、次々と彼女に襲いかかっていく。

 それを真正面から堂々と迎え討つルララ。

 ヤツらの攻撃を一身に受けながらも何度も何度も反撃を繰り返す。

 

 

(なぜ……どうして、貴女はそこまで戦える? 強いから? 恐れを知らないから? どうして……どうして……そこまでして……貴方は……)

 

 一人孤独に戦い続けるルララを見てレフィーヤはある事に気付いた。彼女が()()()()()()()()()戦っているということを……。

 一体何を? 一体誰を? それは、それは……。

 

 本当はレフィーヤも最初から気付いていた。

 彼女が、ルララがレフィーヤ達を守るように戦っている事を。

 決して彼女達が傷付かない様に戦っているという事を。

 その為に己が傷つく事になろうとも、それを厭わずに戦っている事を。

 本当は、本当は分かっていた!

 

(そうだ! そうだった! 彼女は、何時だって、どんな時だって、そうだった!)

 

 彼女を、ルララを、あんな()()にしたのは()()()()! あんな()()()にしたのは()()()()()! 

 まるで感情の無い殺戮マシーンの様に仕立てあげたのは私達だったのだ! 助けられてばかりの弱い私達だった! 私達の()()だった! 

 

 きっと誰も彼もが彼女に頼ったのだろう。どうでもいい些細な事から、世界の命運を賭けた大事まで、何もかも彼女に頼ったのだろう。頼って、頼って、頼り抜いて、頼り抜いた先に彼女が出来上がったのだろう。

 彼女はあんなふうになるしかなかった。己を殺し、感情を殺し、只々人の為に、他人の為に、世界の為に、星の為に……望まれるまま、求められるまま。

 まるで宿命づけられているかの様に、運命づけられているかの様に()()なった。そうならざるを得なかった。

 

 だから彼女にはどんな時も迷いが無かった──迷う事は許されなかったから。

 だから彼女にはどんな時も躊躇いが無かった──躊躇う事は許されなかったから。

 だから彼女にはどんな時も恐れが無かった──恐れる事は許されなかったから。

 だから彼女にはどんな時も容赦が無かった──容赦する事は許されなかったから。

 

 再び新たに産まれ出でた“ヤツら”がレフィーヤに襲いかかって来る。

 だが、それを阻むかの様に光輝く障壁がレフィーヤを包み込む。それはかつてアンナを護った障壁と似た性質を持っていた。

 障壁を突破出来ずにいる“ヤツら”が藻掻(もが)いている隙に、遠距離からルララの魔法が飛んで来る。

 レフィーヤを中心にして青いドーム状の結界が形成される。青い結界は激しく流動し“ヤツら”を蝕んでいく。

 どうやら結界内にいる存在にダメージを与え続ける魔法の様だ。不思議な事にその結界は、中心にいる筈のレフィーヤには全くの無害だった。

 それでも“ヤツら”は執拗にレフィーヤを攻撃し続ける。攻撃を加えられるごとに光り輝く障壁の輝きが減少していく。

 障壁が破壊されるのが先か、それとも結界が“ヤツら”を貪り尽くすかのが先か……答えが出るのは時間の問題に思えた。

 

『……ァァァァ!』

 

 “ヤツら”の渾身の一撃が放たれ、レフィーヤを守る障壁の輝きが消える。どうやら賭けに勝ったのは“ヤツら”の方の様だ。

 “ヤツら”は青い結界により満身創痍といった様相だが、レフィーヤ(獲物)を殺すには十分過ぎる体力が残っている。

 完全に無防備になったレフィーヤに“ヤツら”が亡者の様に襲いかかる。

 正気が無いとはいえ第一級冒険者である“ヤツら”の攻撃はレフィーヤを打ち倒すのに十分な威力を秘めていた。

 

「うぅ」ダメージを受け、うめき声をあげるレフィーヤ。

 

 だがそれすらも、いつの間にかそばにいた小さな妖精の()()()()()によって瞬時に癒やされる。

 “ヤツら“に与えられたダメージが、何事も無かったかの様に元通りに癒やされていく。

 結局“ヤツら”が出来たのはそこまでだった。青い結界からのダメージに耐えられなくなったのか、次々と力尽き崩れ落ちていく。

 

 レフィーヤを中心にして次々と倒れていく“ヤツら”はアイズそっくりだった。

 そっくりだ……。

 そっくりだった……。

 だが、違っていた。

 これは違っていた!

 

 彼女の顔には生気が感じられずまるで人形の様であった。血肉の通っていない人形の様であった。

 ()()()アイズ・ヴァレンシュタインとは似ても似つかなかった。

 優しく微笑み、勇ましく戦う憧れの冒険者とは全然違っていた。

 

(そうだ……こいつは……こいつらは、()()!)

 

 “ヤツら”はファミリアの仲間達とは違った。一緒の筈が無かった。これっぽっちも全く一緒じゃなかった。

 陽気に笑い、夢を語り、勇敢に戦うあの人達とは全く違っていた。

 どうしてもっと早く気づけなかったのか!? “ヤツら”を見て直ぐに気付けた筈だ! 同じファミリアであるからこそ誰よりも真っ先に気付けた筈だ!

 だって、“ヤツら”の背中には無いじゃないか! 

 神々の恩恵を受けた証、神聖文字(ヒエログリフ)で刻まれた眷属の証の──『ステイタス』が刻まれていないじゃないか!

 

『“ヤツら”は! “ヤツら”は()()()!!』

 

 

 

 *

 

 

 

 真実に辿り着いた途端驚くほど思考が回転を始め、視界が明確になる。

 地獄をひっくり返した様な凄惨な光景が、酷く陳腐なホラーハウスの様に見えてくる。あいつもこいつも、みんな、みんな、偽物だ!

 

 レフィーヤはルララを見た。はっきりと、真っ直ぐと、曇り無き眼で彼女を見つめた。

 彼女は戦っていた。ずっとずっと戦っていた。

 レフィーヤが絶望している時も、恐れている時も、慄いている時もずっと戦い続けていた。彼女の代わりにずっと戦い続けてくれていた。

 そんな彼女を助けたい──もう何度も何度も思ったその想いを、今まで以上に、これまで以上に強く心の底から願った。

 

 レフィーヤの中に“何か”が渦を巻いて生まれようとしている。

 

 ルララだけじゃなかった。広がった視界の中ではアンナもリチャードもエルザも戦っていた。戦い続けていた。

 彼等は苦戦していた。膠着状態に陥っていた。

 大量に雪崩れ込む“ヤツら”に対し決定打に欠けていたのだ。広範囲にわたって攻撃できる手段に欠けていたのだ。このままでは大量の物量に押し潰され蹂躙されてしまうだろう。

 広範囲の攻撃手段──この中で“それを”持っているのはレフィーヤだけだった。

 

(私が──私だけが──“ヤツら”を打ち倒せる!)

 

 “ヤツら”を打ち倒す──それは憧れの冒険者達を自らの手で滅ぼす事を意味していた。

 “ヤツら”を滅ぼす──それは、何もできなかった自分との、弱かった過去の自分との決別を意味していた。

 

 彼女には憧れの冒険者がいた。ずっと、ずっと憧れていた冒険者がいた。

 ずっと羨望の眼差しで見つめていた。見つめているだけだった。ずっとこのままでいたいとさえ思っていた。

 でもそれじゃあ駄目だった。駄目だと気付かされた。嫌という程思い知らされた。

 だからこそ彼女は前に進むと決めた。強くなろうと決めた。

 何時か彼女に助けが必要になった時、今度は自分の力で助けられる様に……そう出来るように強くなると心に決めた。

 そして何よりも絶望していた時に助けてくれた“あの人”を、“あの人達”を今度こそ助けられる様に、支えられる様に、並び立てる様に……

 

(今こそが、今こそがその時だ!)確かな決意と共に立ち上がる。

 

 ずっと戦い続けた“チカラ”の結晶がレフィーヤに宿る。

 

(“ヤツら”を打ち倒す! その為には広範囲の魔法を! 一撃で“ヤツら”を殲滅する強力な魔法を!!)

 

 レフィーヤの脳裏に自身の最高威力を誇る魔法(ヒュゼレイド・ファラーリカ)がよぎる。だが、その考えは直ぐ様捨て去る。

 “あの”魔法ではあまりにも遅すぎる。“ヤツら”を殲滅するには弱すぎる──もっと速い魔法を、もっと強い魔法を!!

 だが、既に三種類の魔法を習得しているレフィーヤが新たな魔法を覚えることはあり得ない。恩恵(ファルナ)ではそんな事あり得ない。

 

(でもそんな事! そんな事、関係ない!!)

 

 今までに散々見てきたじゃないか! 常識がぶち破られるところを! 当たり前だと思っていた事が打ち破れるところを!

 下らない固定観念や、常識など捨て去ってしまえ! 打ち破れ! 打ち砕け! 打ち倒せ!

 限界を! 

 限界を! 

 限界を!

 

『超えろ!!』

 

 想像を絶する“チカラ”の奔流がレフィーヤの中で渦巻く。

 仲間を想う心が。

 助けたいと強く願う心が。

 仲間(パーティー)との絆が──彼女の限界を突破(リミットブレイク)する!

 

 レフィーヤの脳裏に“何か”が溜まりきる謎の音が響き渡る。

 どうすれば良いのかは不思議と理解できた。自然と導かれる様に身体が動いていく。

 レフィーヤはその手に持つ杖を地面に突き刺すと、祈るように両手を大きく掲げ天を仰ぎ見た。

 パーティー全員の想いと、絆と、願いと、戦い続けた“結果”が、溜まりに溜まった“チカラ”が、限界を超越した“チカラ”が、限界を超えて顕現する。

 

『LIMIT BREAK!!!』

 

 彼女がこちらを見つめてくる。期待を込めた眼差しでこちらを見つめてくる。

 それに応えるようにレフィーヤも彼女を見返す。

 彼女と彼女の視線が交差する。

 何か言いたげなその瞳に、どう答えればいいか瞬時に理解できた。

 ありったけの思いを込めてレフィーヤは叫ぶ。

 

「いいですともー!!」

 

 巨星が──天より降りし巨星が、凄まじい轟音と共に落ちてくる。

 一人の力では到底発揮できない壮絶な魔法が“ヤツら”の頭上に落ちてくる。

 巨星が“ヤツら”をなぎ倒し、吹き飛ばし、押し潰していく。極光と土煙が上がり視界が真っ白になる。

 そのせいで結果を見る事ができないが、見るまでも無いとレフィーヤは思った。

 確信があった、勝ったという確信があったのだ。

 視界が晴れ、仲間達の無事な姿が顕になる。

 そこまで見て、限界を超えて力を発揮したレフィーヤは意識を手放した。

 

 

 

 *

 

 

 

 それから……三日が経った。

 

 結局、レフィーヤが次に目覚めたのは何もかもが済んだ後だった。

 あの後、ルララ達はあの区画の最深部に進み、そこで厳重に保存してあったシリンダーを発見し、その中から冒険者達を見つけ出し無事救出したそうだ。

 それがロキ・ファミリアの冒険者であったのは言うまでもないだろう。彼等の背にはしっかりと神聖文字(ヒエログリフ)で『ステイタス』が刻まれていた。

 その話を聞いた時、レフィーヤには意外な程に驚きがなかった。不思議に思う仲間達に『きっと皆さんを信じていたからですね』と彼女は答えた。

 

 救出した冒険者達は次の日にはみんな目覚めた。特に問題は無いそうだ。

 しばらくは大事を取って活動は控えるそうだが、また直にでも活動を再開する予定だ。当面の目標はカドゥケウスへのリベンジになるみたいだ。

 血気盛んな何人かの者は直にでも出て行くと思っていたが、流石にカドゥケウス相手には実力不足だったのは痛感しているのか大人しいものだった。

 

 レフィーヤの主神『ロキ』もすっかり元気を取り戻しいつもの調子に舞い戻った。

 何人かの女性団員は、再び意気揚々とセクハラを仕掛ける様になった主神に対し終始お冠の様子だが、大人しい時の方が良かったと言われない辺り、なんだかんだで彼女こそがファミリアの中心で、そのお茶目な性格にみな惹かれているのだと改めて認識できた。

 

 ロキ・ファミリアはかつての活気溢れるファミリアに戻りつつあった。

 そんな最大の立役者ともいえるレフィーヤはファミリアの本拠地である『黄昏の館』ではなく、とある場所を目指していた。

 その場所は一般居住区7-5-12。

 

 レフィーヤの歩みが止まる。

 目の前には小さな家がある。『黄昏の館』に比べるとかなり小さくて質素な外観だ。

 だがこの家には『黄昏の館』にも負けない魅力が沢山あった。

 ここは彼女のホーム。彼等のホーム。そして彼女の第二のホームだ。

 

 前にここに来た時の事が随分昔の様に思える。実際には一週間も経っていないというのに……。

 本当に、本当に色んな事があった。

 レフィーヤの“願い”はまるで閃光の様に驚くほど速く叶えられた。

 でも、彼女のとの契約は終わっていない。彼女の“依頼”はまだ叶えられていない。深層の攻略はまだ終わっていない。

 だからこそレフィーヤは強くなる必要があった。彼女と並び立てる位に、彼女を助けられる位に……。

 

 レフィーヤは奇妙な庭具が設置されている庭中を通り抜け”ある“場所で止まった。そこには一風変わった木製の人形が置かれている。

 その木人と相対し、呪文を詠唱し始めるレフィーヤ。

 取り敢えず、まずは詠唱速度の向上からだ。

 

 

 

 






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