世界的規模を誇るテロ組織、WLFの襲撃から数日が経過。
復興作業は順調に進み、同時に瓦礫の山となっていた商店街も少しずつその姿を消していた。
リモネシア政府は領地の国民、また世界に対してWLFは現地の警察組織が対応、事態は終息に向かっていると発表。
……否、正確にはそうせざるをえないと言った方が正しいだろう。
そもそも、一体誰が信じるのだろうか。時空振動で現れた記憶喪失の男が機動兵器を所有するテロリストに単身一人で、しかも生身で挑み、打ち勝った等と……。
公表したものとは大分違うし、近い内に三大国家の何れから指摘を受けるのは間違いないだろう。
リモネシア政府……もとい、外務大臣であるシオニー=レジスは今日も今日とで頭を悩ませていた。
そして、その頭を悩ませている大半の原因となっている人物はというと……。
「ほら、動かないの。ネクタイ結べないでしょ」
「うー?」
全身を黒のスーツで包み、ネクタイを結んで貰っていた。
テロリスト達がリモネシアを襲って数日が経過し今日、シオニーとブロリーの関係もごく僅かだが変化を見せ始めていた。
復興作業に予算を注ぎ込んでいる為、SPを雇える余裕はなく、シオニーは不本意ながらブロリーを自分の専属の護衛に登用する事にし、経費削減を目論んだ。
……正直に言うと。それは剰りにも無茶が過ぎた。
護衛という言葉の意味を理解出来ていないブロリーは取り敢えず四六時中付いて行けばいいのかと結論付け、そのまま実行に移すのだ。
食事にも、外交にも、会談にも、トイレや入浴中にも。
特に後半辺りはその都度シオニーは叫び、その度にブロリーは空を舞った。最初こそはブロリーの登用に激しく後悔するが、最近ではそんなに怒鳴る事はなくなってきている。
シオニーがいる部屋には必ずノックをしてから入り、自分と歩く時は三歩後ろに立って付いて来てくれる。
これも自分の躾のお陰だとシオニーは自負するが、問題はまだあった。
それは肝心な護衛に関しての事。
最初に言っておくが、それは別にブロリーが全く弱く、使い物にならないという意味ではない。問題は寧ろその逆。
強すぎるのだ。このブロリーという男はほんの少し力を込めた程度で物を壊し、この間も絡んできたチンピラ相手にデコピンで対応したら数百メートル程吹き飛び、国民の一人を病院送りにした。
どうもあのテロ襲撃から力が溢れて止まらないらしい。
シオニーもこれは不味いと思い、ブロリーに力の出し方を見誤るなと言い付けるが、本人自身もよく分かっておらず、四苦八苦している様子。
今のこの時期、下手に目立てばそれだけで大国の連中に目を付けられるからだ。
「いい? 今日ここに来る人は国連の大使だから、あまり変な事言わないでね?」
「こくれん?」
「前に教えたでしょう? 国際連合組織。国際的な意志決定機関として機能している所よ」
「???」
「つまり偉い人が来るから失礼のないようにって意味よ」
「成る程」
そして、最近ではシオニーはブロリーにこの世界の情勢に付いて教えてはいるが、如何せんあまり物覚えは良くはなく、ブロリーは自身の力と同様の難題に悪戦苦闘していた。
だがそれでも、ブロリーはシオニーに言われた事は直ぐに貰ったメモ帳に書き写し、過ちを繰り返さないよう気を付けている。
書かれている文字もお世辞にも上手いとは言えず、メモ帳は本人にしか分からないミミズが這った様な有り様。
それでも、シオニーがブロリーを解雇しないのは彼のその直向きさが気に入っているのだからだろう。
悪意もなく、ただシオニーの為に尽くそうとするブロリーに……。
『お前を……守る』
あんな事を言われたのは初めてだった。
リモネシアを、祖国を守ろうと決意した時から全てが敵だと思っていた彼女には、真っ直ぐに自分を見つめてくれたブロリーの一言は駆け引きなしに信じられると思えた。
多分、嬉しかったのだ。
あのボンボンや《彼》でもそんな言葉は言わなかったから……。
尤も、あのボンボンからそんな事を言われたら鼻で笑ってしまうが。
「……フフ」
「シオニー?」
そんな単純な自分に笑っていると、どうやら聞かれていたらしく、キョトンとしているブロリーがどうしたのかと尋ねてきた。
「な、何でもないわ! ほら、行くわよ!」
「……はい」
少し態度の切り替えが無茶過ぎたか、ブロリーは頬を掻きながら首を傾げるも直ぐに此方に付いて来てくれる。
本当は色々言わないと気が済まないが……今は止めておく。
何故なら、今振り返ればまたこいつに変な心配をさせてしまうから。
会談時間までに頬の熱が冷めることを切に願いながら………。
◇
「初めまして、国連大使館から派遣されましたアレハンドロ=コーナーです」
「リモネシア外交政務大臣、シオニー=レジスです。この度は我が祖国の為にお越しいただき、誠にありがとうございます。本来ならお迎えに向かいたかったのですが……何分事情が事情ですので」
「お気になさらないで下さい。我々国連は世界の意志決定機関であると同時に所属している諸国への救済機能も備えていますから、我々にしては当然の事をしているまでです。後半についても同様、寧ろここまで会場を整えてくれた事に申し訳ないとすら思えますよ」
会談時間となり、会談の場所となる部屋で待ち構えていると、二人の男性が入室してきた。
一人は赤茶けた髪で整った顔付きの男性、アレハンドロ=コーナー。その髪色にも合ったスーツを見事に着こなしている彼は柔らかい物腰でシオニーとの軽い挨拶を済ませると、今度はブロリーの方へ視線を投げ掛けてきた。
「レジス大臣、失礼だが彼は?」
「あ、はい。彼はブロリーといって訳あって今は私専属の護衛になっています」
「ブロリー……です」
「ふむ、そうですか」
一瞬、品定めするような目でブロリーを見るが、次の瞬間には笑みを浮かべ、アレハンドロは後ろに控える人物の紹介を始めた。
「なら、私も紹介するとしましょう。彼はリボンズ=アルマーク、そこのブロリー君が貴方の護衛である様に、彼もまた私の従者を勤めている」
「初めまして、リボンズ=アルマークと申します。アレハンドロ様が仰られた通りですので省略させて頂きます」
「おいおいリボンズ、その言い方だとまるで私がレジス大臣に対抗しているみたいじゃないか」
「失礼しました。アレハンドロ様」
主人と従者、というより年の離れた兄弟の様な二人の遣り取りに一瞬呆けてしまうシオニーだが、咳払いをする事で場の空気を引き締めさせる。
「では、どうぞ此方に……」
「失礼する」
シオニーに促され、席へと座るアレハンドロ。ブロリーもシオニーの護衛の為に彼女の座る席の後ろへと立つ。
その際、感じる視線の先へと向くと、アレハンドロが紹介した従者、リボンズ=アルマークが不敵な笑みを浮かべて此方に視線を向けていた。
挑発とも思える笑みを浮かべるリボンズに対してブロリーは……。
(何だか、キャベツみたいな頭だなぁ)
………割と失礼な事を考えていた。
そして、会談は順調に進み話し合いは無事リモネシアへの支援援助という形で纏まりつつあった。
リモネシア共和国は国連に所属している小さな国の一つ。三大国家の何れかに介入される前に、国連から支援を受ける事でリモネシアという国を守るというのが、シオニーの今回の目論み。
ただ、今回の一件でリモネシアは国連の中での発言力は一つ失われる事になるが、そればかりは致し方なかった。
大国に好き勝手にこの国を蹂躙されるよりは万倍もマシだからだ。
「……では、国連からの支援援助は準備期間を踏まえて来月から、と言う事で宜しいですか?」
「はい。では宜しくお願い致します」
漸く会談が終わったのか、席を立ち互いに握手を交わす二人。ブロリーもこの窮屈な服から解放されると内心安堵するが。
「レジス大臣、少しお願いがあるのだが、宜しいだろうか?」
「お願い……ですか?」
アレハンドロ大使からの頼み。一体どんな無茶ぶりかとシオニーは内心で身構えていると。
「テロリストが襲ったとされる街へ言ってみたいのですが、案内を頼んでも宜しいか?」
◇
「一体、どうしてこんな事に……」
無事、会談が終わって数十分後。話し合いも進んだ事で国連から支援援助を受ける事になり、シオニーは祖国を守れた事に満足していると、国連の大使であるアレハンドロ=コーナーから意外な頼み込みが舞い込んできた。
それはテロリストが襲ったとされる街への直接視察。
勿論、シオニーはそれを丁重に断った。漸く支援援助にまで漕ぎ着けたというのにそんな大使に万が一の事態に遭遇させたら、国連からの支援の話処ではなくなる。
いや、下手をすれば国連からの除籍すらも有り得てしまう。そうなれば、満足に後ろ盾もない小さな共和国など瞬く間に三大国家のいずれかに吸収されてしまうだろう。
まだテロリストの存在は満足に確認すらとれていないのに……。
何度も説明をして視察を諦めて貰おうと躍起になるシオニーだが、これも為政者の勤めだと押し切られてしまい、視察を許してしまう。
(どうか、なにも起きませんように!!)
瓦礫となった商店街を見て回るアレハンドロ大使に対し、地元警察に警備網を敷かせながら、シオニーは何も起こらない事を切に願うのだった。
そんな頭を抱えて悩んでいる彼女を、ブロリーは遠巻きに眺めている。
ブロリーは先程もアレハンドロとシオニーの話には全くついて行けず、呆然と眺めているだけだった。
今も頭を抱え、悩んでいる彼女にブロリーは何も言えず、ただ見つめる事しか出来なかった。
シオニーは頭が良い、少なくとも自分よりよっぽと。
出来の悪い頭では幾ら頭を絞った所で満足な答えなど出る筈もない……が。
(いざとなったら俺が盾になればいい)
皮肉にもあのテロ襲撃の際に自分の頑強さは証明されている。大変な事態になれば自分が盾の代わりにシオニーを守れる自信はあった。
ただ力を奮うしかないブロリーはシオニーの事を遠巻きにみつめていると。
「少し、いいかな?」
「?」
いつの間にかアレハンドロの隣にいた従者が自分の隣で並ぶように歩き、会談で見せた不敵な笑みを浮かべている。
「お前は……キャベツ倫太郎」
「誰だい!? ……僕の名前はリボンズ=アルマーク。先程アレハンドロ様より紹介があったと思うけど……聞いてなかったのかな?」
「はい、聞いてませんでした」
「……………」
あんぐりと口を開き、目の前の男に呆れ果てるリボンズ。全く掴めない目の前の男に主であるアレハンドロにも見せた事のない表情を晒していると。
「ぷ、くく……面白い人だね君は。でも人の名前は覚えないと失礼だからキチンと覚えた方がいいよ」
「そうですかぁ」
言われてブロリーはリボンズに言われた助言を覚える為、持参していたメモ帳にスラスラと書き写していく。
「書きました」
「そ、そうかい」
どうもこの男は色々遣りにくい。すっかりブロリーのペースに嵌まったリボンズは話を変える為に咳払いをする。
「……所で、君に一つ聞きたい事があるんだけど、聞いていいかな?」
「?」
「以前、この国では小規模な時空振動があっと報告されていてね。ちょっと気になっていたんだ」
「……………」
「リモネシア政府は何もなかったと公表されてるけど、果たしてそれは本当なのかな?」
「…………」
リボンズの口調は柔らかいが、問い詰める様な鋭さがあった。
まるで此方の考えなど全てお見通しで、敢えてその上で聞いてくる尋問紛いの問い掛け。
「その後WLFからテロ攻撃を受けて、その時は警察が沈静化させたと聞いたけど正直信じられないよ。リモネシアは小さな国、警察組織を有しても機動兵器を所有する彼等に対抗出来る術はない」
「……………」
「そして何より気になったのが当時、テロが起こったその場所に君がいたと、非公式だけどデータに記されてあった。……これは偶然なのかな?」
紫色の掛かった瞳からは氷の如き冷たさを持っていて見る者全ての心をへし折る歪んだ強さが潜んでいる。
しかし、そんな彼の問いにもブロリーは一切動揺せず。(と言うか話の半分程も理解していない)
その黒に染まった瞳で見下ろす様にリボンズを見つめる。
「………っ」
闇色、全てを呑み込んでしまいそうな黒の瞳にリボンズはゾクリと得体の知れない悪寒に襲われる。
リボンズはそんなブロリーの態度に「余計な事を喋るな」という、脅しにも感じた。
ブロリーの無言の重圧。並の人間なら尻餅を付いて逃げるだろう、そんな圧力を宿したブロリーを前に引かないで相対しているリボンズは、正しく“人間を超越した存在”なのかもしれない。
暫く続いた視線の交差はブロリーの方から視線を外した事により終わりを迎える。
「………分からない」
「何?」
「俺は気が付いたら此処にいた。ここで戦ってた。………それだけだ」
それだけ告げると、ブロリーは歩く早さを速めて復興作業現場の視察に勤しんでいる二人に歩み寄る。
その背中をリボンズの眼光が射抜いているとも知らずに。
◇
「……なるほど、おおよその事態は把握しました。人材派遣や支援物資の搬入期間を考えるに、やはり1ヶ月後が妥当でしょう」
「……分かりました。では、1ヶ月後にまた」
「えぇ、その時にでもまたお会い致しましょう」
漸く無事に視察も終わり、シオニーは思わず安堵の溜め息が零れそうになる。
気が付けば既に日は沈み掛けており、夕暮れの光が辺りを朱色に染め上げていた。
リボンズもあれからブロリーに何かと問い詰める事はせず、終始主であるアレハンドロの後ろで佇んでいた。
が、それでもどこか思う所があるのか、時たまブロリーを見詰めるリボンズの目が、刃の如く鋭くなっていた。
しかし、ブロリーはそんなリボンズの視線に全く気付いた様子はなく、リボンズ同様シオニーの後ろで待機していた。
「では、レジス大臣。また1ヶ月後に……」
「はい。では空港までお送りします」
「アレハンドロ様」
「何だリボンズ。こんな時に」
別れの挨拶も済ませ、空港に向かおうとしたその時。従者のリボンズ=アルマークが二人の間に割って入ってきた。
これには流石のアレハンドロも看過できず、リボンズに強めの口調で接するが、耳元で話を聞く内に彼の態度はみるみる変わっていく。
そして、アレハンドロの視線が後ろのブロリーに視線を移した時、シオニーはいち早く感づいた。
「そう言えばブロリー君。君はテロがあった当日この場所に来ていたそうだが……?」
「っ!」
やはりそうだ。この男、国連の大使として此処に来たと言っていたがそれは口実でしかなかった。
彼の目的はこのリモネシアへの調査。時空振動による報告を提出していた時から既に疑問は持たれていたのだ。
もしブロリーが時空振動で現れた漂流者だとバレれば、報告の欺瞞容疑として本格的な調査、即ち大国からの介入が待っている。
そうなれば最悪の場合、“あの計画”までバレてしまう危険性が極めてたかくなる。
「え、えっとですね。彼はここに来てまだ日が浅く………」
ブロリーが下手な事を言い出す前に何とか話を終わらせようと奮闘したその時。
──────リィィィィィン。
「「「ッ!?」」」
「なんだぁ?」
耳鳴りの様な音が辺りに響き渡り、瓦礫の大地と四人の鼓膜を震わせる。
音は意外と直ぐに止み、比例して辺りは静かになる。
風も、海も、時が止まったかの様に……。
「一体、何が……」
抑えていた耳から手を外して辺りを見渡すと、それはあった。
空にある黒く淀んだ歪み、その歪みが硝子の様に砕けると無数の怪物が姿を現した。
「あ、あれはっ!」
「次元獣!?」
空から現れる異質な獣の群に、シオニー達は驚愕し、戦慄する。
《次元獣》 それはその呼び名の通り、次元を超えて現れる未知の生命体。
その目的、行動原理、一切が不明で何も解明されておらず。また時間が経過すれば消えてしまう事から人々は次元獣を最悪な災害として捉えている。
そして、その災害が十数以上の群を成してリモネシアの大地を踏み締める。
一体どうして……。シオニーは突如現れた形ある災害に身を震わせていると自然とある答えが導き出される。
それは数日前に起こった時空振動。即ちブロリーがこのリモネシアに現れた時。
まさか、ブロリーは次元獣と何か関係があるのか……。
(何よ。何だって言うのよ!? 私が一体何をしたっていうの!?)
また、この国が蹂躙されるのか? 度重なる不幸にシオニーは心が折れ掛けていた。
そこへ。
「レジス大臣、早く逃げろ!」
「…………え?」
気が付けば、目の前には巨大な壁がシオニーの目前にまで迫っていた。
それは蹂躙の体。その大きさでシオニーに向けて体当たりを仕掛けてきたのだ。
(あ、私……死んだ)
目の前の死を目前にシオニーはあっさりとそれを受け入れていた。
全てを諦め、死を受け入れた彼女には最早何も見えず、何も聞こえなかった。
だから、だろうか。一向に衝撃は来ないし痛みも感じない。
もしかしたらもう自分は死んでいて、ここは既にあの世なのかと。
だとすれば、死というのは案外簡単なのだなと、シオニーはゆっくりと目を開けると。
「……………え?」
恐らく今の自分の顔は、きっと嘗てない間抜けた顔を晒している事だろう。
何故なら、自分を踏み潰そうとした災害(次元獣)はジタバタと無様にもがき。
「シオニー……無事か?」
記憶を失った男ブロリーが、金髪碧目へと姿を変えて次元獣を抑えていたのだ。
……というか、ちょっと待って欲しい。次元獣の体の大きさは20mを超える巨大な体躯を持ち、その重さは現時点で分かっている中で一番小さい『ダモン級』ですら300tを超えている。
マトモにぶつかればMS(モビルスーツの略称)だって簡単に潰される。なのに目の前のブロリーはそんな次元獣の突進を片手のみで防いでおり、尚且つシオニーの無事を確かめている。
一体、何なんだコイツは? それはこの場にいる全員が持つ当然の疑問だった。
しかも、なんか姿が変わってるし。
「シオニー……」
「は、はい!?」
何時もの情けない垂れ目とは違い、鋭くなった碧の瞳がシオニーへと突き刺す。
変わりすぎたブロリーにシオニーは思わず声を裏返すが、それに気に留めずブロリーは続ける。
「よく分からないが、コイツ等……潰していいのか?」
「っ!?」
今、この男は何と言った?
潰す? あの三大国家や国連、世界が手を焼いている次元獣を?
災害とは、文字通り害する災い。自然がその猛威を奮う事を意味する。
自然そのものと認定された化物を、コイツは潰すと言った。
有り得ない。しかし、同時にシオニーは先日のブロリーの姿を思い出す。
商店街の皆のお墓を造り、意味も分からず手を合わせ、誰かに構わず祈りを捧げ。
『お前を……守る』
──────ドクン。
気が付けば、自分の鼓動が速くなっていた事に今更気付く。
待っている。目の前にいるこの男は私の指示を待っている。
シオニーは鼓動を抑える事に必死で言葉が出なかった。
故に、ただ静かに頷く。
ブロリーはその仕草を了承と受け取り。
「了解した」
速やかに、行動を開始した。
手を軽く引き、押し出す。ただそれだけの動作なのに、抑えられていた次元獣はゴムボールの様に吹き飛び。
後ろにいる他の次元獣達の群にぶつかり、ボーリングのピンの如く弾け飛ぶ。その光景に再び言葉を失う。
ギロリ、と、一斉に此方へと振り返る災害達にシオニーは悲鳴を上げそうになる。
だが、それは寸での所で止まった。何故なら目の前に巨大な壁があるからだ。
それは先程の様な次元獣ではなく、たった一人の男。苦しかったネクタイとスーツを脱ぎ捨て、露わになったシャツ越に見える背中は何よりも巨大で頑強で、逞しかった。
「下がってろ」
口調も普段より力強く、シオニーはその言葉に従いアレハンドロやリボンズのいる離れた場所へと避難していく。
それを確認すると、ブロリーは全身に力を込め、金色の炎をその身に宿らせる。
目前には次元獣の群れ、その数はおよそ15匹。煙を上げて此方に向かって突き進んでくる。
普通ならここで逃げ出すのだろうが、ブロリーはそうしようとは思わない。
する必要がないのだ。
溢れ出る力は留まる事を知らず、これでも抑えている方なのだ。
言ってしまえば、負ける気がしない、だ。
押し寄せる災害の群れにブロリーは更に力を込め、地面を抉り出す。
瞬間、ブロリーの姿は忽然と消え、気が付けば次元獣の群れは瞬く間に吹き飛んで往くのだった。
◇
「リボンズ、私は……夢でも見ているのか?」
アレハンドロの呟きは、従者であり秘書であるリボンズの耳には届かず、虚しく空へと消えていった。
答えられないのも無理はない。ここにいる誰もが信じられない光景を現在進行形で目にしているのだから。
空へとカチ上げた次元獣達を直接殴り付け、他の次元獣の放った尾での一撃を難なく受け止めると、今度はそれを掴み取って振り回すのだ。
災害、或いは災厄の類である次元獣を一方的に蹂躙していく。
それが、最新技術で造られた機動兵器ではなく、たった一人の人間がだ。
いや、あれは本当に人間なのか?
空を飛び、自分よりも遥かに巨大な躯の次元獣を玩具の如く振り回し、破壊していくその光景に。
やがて、最後の一匹もブロリーの放った碧色の閃光に呑み込まれ消滅していく。
(あれ? あの光、報告にあった奴と一緒じゃね?)
そんな理解を超えた光景を前に、アレハンドロの思考がおかしくなるのも仕方のない事である。
空中に佇みながら振り返るブロリーに、リボンズは幻視する。
その昔、気紛れで助けた一人のゲリラ兵の少年の瞳を。
今の自分は、きっとあの時の少年と同じ目をしているに違いない。
対するシオニーもまた確信する。
この男の力は間違いなく世界と渡り合える力であると。
同時に恐怖する。自分は、とんでもない存在を見つけてしまったのではないかと。
後悔、懺悔、時既に遅し。
世界よ、刮目せよ。
シオニーは混乱した。
リボンズはたじろいだ。
アレハンドロはSAN置が下がった。