「カカロット……カカロ…ット」
無限に広がる大宇宙、広大過ぎるこの世界に一隻の小さい宇宙船が漂流していた。
小型の宇宙船に乗っている男の胸元には貫かれたかの様な深い疵痕が刻まれており、そこから夥しい量の血が流れている。
常人ならショック死、または出血多量でいずれにしても死に至る。
しかし、それでも男の命には届かずにいた。
「カカロ……ト」
男は怨念にも似た感情で名前と思われる言葉を何度も口にする。
まるで、そんな言葉しか話せないかの様────いや、実際に男にはそれしかなかった。
傷口から流れる血と共に男からあらゆるモノが消えていった。
記憶に名前、自分が何者だったのか、そして何故これほどまでにカカロットという名に反応するのか……それすら判らなくなっていく。
否、それは駄目だ。それだけは許さない。
記憶なんていらない、名前なんていらない。
記憶なんてものは自分には些細なものだし、名前だって不要だ。
だが、これだけは駄目だ。これだけは手放す訳にはいかない。
コレは自分の存在意義であり、根幹。
コレが無くなれば自分は自分ですらなくなる。
「■■■■■■■■■ッ!!」
男は吼えた。痛みに、そして自分の中から消えていくモノに抗いながら、男は小さな宇宙船の中で叫び続ける。
それは、慟哭にも似た魂の叫びだった。。
口から放たれる叫びに意味はなく、ただありったけの感情を乗せて、男は吼え続けた。
響き渡る男の叫びは、宇宙にまで轟いていく。
その最中、自分以外いる筈のない宇宙船で声が聞こえてきた。
”生きたいか?“
誰だ? なんて問い掛ける余裕など今の男にはない。未だ叫び続けている彼に声の主は語り続ける。
“悲しみと憎しみにまみれ、感情すら本能に喰われ、破壊でしか己を顕せない悪魔よ”
”それでもお前は生きたいか?“
「■■■■■■■■■■■ッ!!」
最早、男には声の主からの言葉は届いてはいなかった。
既に男からは感情など色褪せ、ただ本能の限り叫び続けるだけとなってしまった。
意思疎通など出来る筈がない。だが、声の主はそれでも男に語り続けた。
”────その願い、確かに聞き届いた“
男の叫びの中から聞こえてきたモノ、生まれながら本能に呑まれ、感情すら喰い尽くされ……。
否、だからこそ声の主は喰い潰された底にあるモノ(願い)に気付く事ができたのだろう。
何もかもが流れ落ち、欠片だけとなった願い(感情)に───。
”もし、また逢える事があれば、その時は聞かせてくれ“
「ア、あああぁぁぁ……」
“お前の────────を”
薄れ往く意識の中、男が目にしたものは。
巨大な黒き銃神と
“テトラクテュス・グラマトン”
白銀の髪の青年だった。
”いつか、また逢おう。孤独な悪魔よ“
無限に広がる宇宙にただ一人残った青年は、儚くも優しい笑顔で─────。
◇
様々な世界、様々な宇宙……。
別の時空に存在するそれらは並行世界と呼ばれ、互いに交わる筈のないものであった。
そう……あの日がくるまでは。
大時空震動……。
とある世界で発生した巨大な時空震動により、それぞれの世界を隔てる次元の壁が破壊され、数多の世界は混じり合い、多くの新たな世界が生まれた。
それが多元世界の誕生である。
新たな世界の誕生は新たな出会いを生み、新たな出会いは新たな戦いを生み、多くの多元世界が誕生から長い間混沌の中にあった。
しかし、その中のいくつかには次第に新たな秩序が生まれていった。
宇宙へは軌道エレベーターが伸び、地球外部にはそれを支えるオービタルリングが関西し、ラグランジュポイントではスペースコロニーが次々に建造されていた。
しかし、どんなに技術が発展しても、世界に平穏は訪れなかった。
大時空震動により北米大陸に同時に存在する事となった連合国家ユニオンと、神聖ブリタニア帝国の合併によって誕生した《ブリタニア・ユニオン》
ヨーロッパ各国の連合である《AEU》
中華連邦を中心にアジア各国とロシアが連合を結んだ人類革新連盟、通称《人革連》
この巨大な三国は三大国家と呼ばれ、世界の覇を握るべく睨み合いを続けていた。
国際的な意思決定機関として国際連合が存在するものの、事実上、世界は三大国家に統治されており、スペースコロニーも三大国家によるコロニー宗主国連合〈CMC〉に管理という名の下に支配されていた。
三大国家の冷戦状態が続く中、各地では小競り合いが続いていた。
小国間の争い、政府軍とレジスタンスの対立、テロの横行……。
二年前に新たにこの世界な一員となったアストラギウス銀河の人間たちは軍組織をそのまま傭兵組織として戦火拡大に一役買っていた。
また、人類には共通の敵が存在していた。
別の次元から散発的に現れる謎の生命体、《次元獣》である。
大時空震動の直後に発生したイマージュの襲撃が減少する一方で、次元獣の出現は年々増加する傾向にあった。
不安と怒りの火種を多くの人間が抱えたまま、今日も世界は回る。
そして、その先には変革という名の戦いの嵐が待ち受けていた──────。
◇
「はぁ……これで漸く今日の公務は終了か」
夜の海に月が照らす海岸通り、専属の運転手に車を走らせ、後部座席に座る女性は苦々しく呟いた。
齢25歳で外務大臣の席へ着くことになった女性、彼女の顔は連日の激務により疲弊の色は強く、銀色に輝く髪はゴワゴワと痛んでいる。
今日の公務は現時点を以て終了、しかし、あと数時間もすれば次の仕事が待っている。
自ら進んでこの道を進んだとは言え、流石にキツイ。
「だけど、リモネシアの繁栄の為にも、私が頑張らないと……」
自分に言い聞かせる様に呟き、車窓から見える景色を眺める。
美しい景色、黒に染まる海に星々が海面に反射し、大海に散らばった宝石箱の様に映るこの光景は、正に幻想的なモノだった。
この景色を守る為にも、自分が頑張らなければ───。
女性は胸の中で意を決してきた……その時だった。
「ッ!?」
耳をつんざく様な鋭い音と共に大地が────空間が揺れる。
突然の事態にドライバーは急ブレーキを掛け、車を停止させる。
「まさか……時空震動!?」
時空震動、土地や人物ごと別世界から転移してくる……所謂次元の地震。
大時空震動以来、時折起こる自然災害である。
やがて揺れは収まり、夜の静寂が辺りを包みこむ。
波の小波が細かくを揺らし、暫くして漸く彼女は時空震動が収まったのだと気付いた。
「お、収まった?」
辺りを見渡し、何もない事を確認すると、女性は恐る恐る車から降り、海に向かって歩き出した。
その時だった。
「ひ、人……?」
波打ち際で倒れてる人影、女性は警戒しながら近付くと。
「ひっ!?」
女性はその光景に言葉を失った。
全身から流れる血、端からみれば明らかな死体が波打ち際に転がっていたのだ。
腰を抜かし、砂場に座り込んでしまう状態。
すると。
「あ……ぐっ」
「っ!?」
死んでいたと思われていた男から掠れた声が聞こえ、女性は恐る恐る近付き、胸元に耳を添えると。
─────ドクン。
「! まだ、生きてる」
心臓から聞こえてきた小さいが確かな鼓動。
「ちょっと! 早く来て! この人はまだ生きてるわ!」
気が付けば、いつの間にか女性は男の命を救う事に夢中になっていた。
ドライバーを呼びつけ、男を車に乗せ、病院へと走らせる。
此処からならば近い所に病院があるし、救急車を待つよりも早く男を助けられる。
正直、どうして自分がここまで必死になるのか、女性自身判らなかった。
女性はどちらかと言えば慎重で、悪く言えば臆病な人間に分類される。
本来ならこんないきなり現れた人間に構う事などそれこそ有り得ないのに、だ。
なのに、今こうして男を死なせまいと傷口を手で抑えている。
(一体、貴方は何者なのです?)
女性の質問に、男は答える筈もなく、ただ苦しげに呻くだけ。
苦しそうに、何より泣いている男に女性はその額に手を乗せ。
「大丈夫、きっと助けるから」
幼い子供をあやす様に語り掛けると、男は僅かだが表情を和らげるのだった。
混沌とする世界、其処に平和がないのなら────。
破界せよ、この世の総てを。
最後に注意。この作品においてシオニーちゃんをバンッやら、ひっ!などとするようものならブロリーが腹パンしてくるのでご注意下さい(全て嘘です!)