インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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前回と同じく群像劇です。


EP-05 濁侵スル魔獣(バルゴン)/進展する群像

 

 東シベリア・ロリシカ共和国。

 雪原を一人の少女が、”ISスーツのみ”を纏い、”傷だらけ”で、”ナニカ”から逃げていた。

「はっ、はっ、はっ、はっ…」

 息絶え絶えの状態になりながら、打撲した箇所が内出血をおこし、皮膚が裂け、出血しても、必死で逃げ続ける。

 …彼女を追うのは、10メートル〜16メートルの巨体で4足歩行の、錆色の皮膚に白い突起の生えたバケモノ––––––の、群れ。

 その数50体近く。

 なんでこうなっちゃったんだろ…ロシア軍のIS部隊所属の少女は、思い返す。

 ロリシカ––––––ソ連崩壊後に独立を宣言し、それを許さないロシアと戦争し、アメリカの援助もあったとはいえ、あらうことか勝ってしまった新興国家。

 だが未だに内政不安で紛争地帯と化していて、自分たちは昨年からはじまった、そのロリシカへのISを用いた定期偵察にIS2機で向かった…ISが撃墜された事は置いといても、ゲリラ兵に襲われたならまだいい。だが今はバケモノに追われている。

 ありえない。

 だが実際、あのバケモノに自分の僚機であり指揮官をしていた女性は自分の目の前で喰い殺された。

 最後の、助けを求める断末魔、肉が裂ける音、骨を噛み砕かれる音、全てが耳にこべりついて離れない。

 だが内心、ザマァ見ろ。とも思ってしまっていた。

 母と離婚して、自分を男手ひとつで育ててくれた、自分が大好きで敬愛していた軍人の父を訓練中に、…公式では事故とあるが明らかに故意に殺したのに女尊男卑に物を言わせて助かり、さらに自分をこき使った醜い女には相応しい幕切れだ。

 …でも、

「ここで死んじゃうから…どうでもいっか…」

 少女は、呟くと、走るのをやめる。

 疲労、そして––––––

「だって、周り全部、あいつらじゃない」

 嘆くように、諦めるように、呟く。

 …あたりには先程から自分を追ってきていたバケモノと同じか––––––いや、それより大きい、2、30メートルくらいのバケモノ––––––数十体が、少女の周りにいた。

 ––––––もう、助からない。

 少女はそう察したから、無駄な足掻きだろうと思い、大人しく、膝を雪の上に落としてしまう。

「もう、無理なんでしょ?…だったら、さっさと食べなさいよ…どうせもう、守るものなんてないんだから…」

 自嘲するように、少女は嗤いながら言う。

 ズン。

 一歩。

 ズン。

 また一歩。

 バケモノたちは少女との距離を詰めて行く。

 それをハイライトの消えた、濁った瞳で見つめる少女の目の前に詰め寄ったバケモノは口を開け、少女を捕食しようとする。

瞬間。

 けたたましい銃声と共にジェットエンジンの轟音が、雪原に轟く。

 反射的に少女は身を伏せ、恐る恐る目を雪原に向ける。

 そこには、上空から機関砲の弾によって撃破されていくバケモノの姿が目に入る。

 そして、その機関砲を放たれた元を辿ろうと、見上げた視線の先には––––––ジェット噴射でホバリングしながら滞空し、まばゆいサーチライトでこちらを照らす、鋼鉄の騎兵––––––。

「戦…略、機……?」

 瞬間、疲労と安堵で、意識を手放した。

 

 

 …ここ、は?

 次に目が覚めた時、一番最初に目に入ったのは、LED照明のついた見知らぬ天井だった。

 いつの間にかISスーツからパジャマに着替えさせられていて、暖かい布団に包まれながら、ベッドの上で寝かされていた。

 上半身を起こして、周りを見る。

 すぐそこにはBDU(戦闘服)を着込んだ、焦茶色の髪に白髪混じりの、けれど顔の見た目からして20代後半といった感じの男性兵士がパイプ椅子に座りながら書類を読んでいた。

「あ、あの…」

 少女はその男に声をかける。

 するとその男は少女の声に反応して、顔を上げる。

「ん、ああ、気がついたか?」

 少女を安心させる為か、微笑みながら、言う。

 普通、女尊男卑の浸透しているロシア軍ならあり得ないことだ。

「あ、はい…あの、ここは…?」

 その様子に困惑する少女に、男はやはり微笑みながら、

「ロリシカ軍、マガダン統合基地だよ」

 男は応えた。

 

■■■■■■

 

 マガダン統合基地

基地周辺には敷地内の地上には自衛隊から提供された90式戦車の技術を基にロシア軍のT-80戦車と組み合わせたT-05戦車、M1A2戦車、シルカ自走対空砲、MLRS、MS-97戦略機・ガンヘッド、MF-14ワイルドキャットⅡなどが展開していた。

 その、医療棟・4階の廊下。

 そこを2人の兵士が歩いていた。

 1人は栗色の髪に俗に言うアホ毛の生えた、明るそうな顔つきのロリシカ陸軍第1戦略機中隊”メドヴェーチ”所属で最年少の少年、ユーゲン・ストヴィツキー軍曹。

 もう1人は金髪のウェーブがかかったロングヘアの、母性を持っているようで何処か厳しそうな顔をしている同じく第1戦略機中隊”メドヴェーチ”所属で副官であり、ロリシカ自由党隷下の軍人・政務将校であるイリーナ・チェスコフ中尉。

「…リーナ・ベシカレフ伍長。サンクトペテルブルク出身。歳は18歳。ロシア空軍第11IS中隊所属。父の捏造された死をきっかけに軍に志願。数度の実戦参加経験あり…まったく、キミは面倒なモノを拾ってきたなぁ…」

 少女––––––リーナ・ベシカレフの経歴を読みながら、呆れた顔をして、ユーゲンに言う。

「あはは…すみません。とっさで…」

 それにユーゲンは笑いを浮かべて応える。

「彼女の行為は明確な領空侵犯だ。あの場で放置しても問題は無かった」

「それは…そうですが…」

 そう言っているうちに、リーナを収容している病室の前にたどり着く。

 ユーゲンがノックをして、

「失礼します」

 そう言いながら、手動スライド式のドアを開いて、中に入る。

 ベッドの上にリーナが上半身を起こした状態で座っていて、その隣に男性兵士––––––第1戦略機中隊”メドヴェーチ”隊長、ニコライ・ジノビエフ少佐がいた。

「お体は大丈夫ですか?ベシカレフ伍長?」

 ユーゲンが聞く。

「あ、は、はい」

 思わずリーナが応える。

「…で?何か聞き出せましたか?同志少佐。」

 イリーナはそのやり取りを無視してニコライに聴く。

「今、メドヴェーチ中隊について話してたところだ」

「–––⁉︎何考えてるんですか同志少佐‼︎ロシアの人間ですよ⁉︎」

 瞬間、イリーナが思わず怒鳴る。

「報道されたり、連中に知られてもいい程度の話だ。」

「はい。ロリシカ陸軍最強の戦術機部隊・メドヴェーチ中隊、ロシア軍でも有名ですから」

 リーナが補足する様に言う。

 それは事実だった。ロリシカ陸軍の主力戦術機・ガンヘッドは冷戦時代に確立された第1.5世代のもので、カタログスペックでは第2世代ISに敵わない筈なのだが、メドヴェーチ中隊は地形を利用し、さらには光学兵器、レーダーを阻害するチャフを多用し、国境からのロシア軍のISの侵入を阻止した実績がある。

 …もっとも今はチュクチ・カムチャッカ方面を守備するパーレーン要塞基地所属の第2戦術機大隊”ジャール”がAH(対人類)戦の任を担っているが故に、メドヴェーチ中隊はAH戦を行っていない。

 …今行っているのは、リーナを襲っていた様なバケモノ狩りだ。

「あ、あの…」

 リーナが気まずそうに何か言いたげにする。そして

「お願いが、お願いがあります‼︎私を、皆さんの中隊に加えてください‼︎」

 リーナは言い放つ。が、次の瞬間、

 パシィン‼︎

 イリーナが、ビンタをリーナの頬に叩き込む。

「ちょ、同志中尉…‼︎だ、大丈夫ですか⁉︎ベシカレフ伍長?」

 ユーゲンが一瞬イリーナに何か言おうとするも、すぐにやめて、リーナに寄る。

「一体何を吹き込んだんですが⁉︎同志少佐‼︎」

 イリーナが再び怒鳴る。

「別に何も。後で部屋の盗聴器を確認してみろ」

 ニコライはそれを受け流す。

「…ベシカレフ伍長、今の言葉は、大変重い意味を持つものだ。わかっているのか?」

 ニコライは冷ややかに、叱責するような、それでいて心配するような声音で、聴く。

 リーナが言ったことは簡単に言えば亡命希望だ。

 祖国を裏切る、という事だ。

「む…昔から憧れていたんです…もうひとつのロシアは…ロリシカはどんなところだろう、どんな人がいるんだろう、理想である民主主義を樹立したロリシカはどんな場所なんだろうって。…それに、私はロシアで守りたいモノなんてもう無いですし、どうせ、国に帰っても…。」

 つまり、そういう事だった。

「…どう思う?同志中尉」

 ニコライが聴く。

「政務将校の私が許すとでも?」

 イリーナは不機嫌そうに言う。

 政務将校。共産主義、社会主義思想の監視、国内に滞在する敵国であるロシア人の監視、赤色思想主義者への政治的指導を役割とする。

 部隊の思想の監督役として、部隊に1人は配属されている。

 部隊の政治的判断はこの、政務将校が行うのだ。

「彼女は、先の戦闘で殉職した者の、穴埋めにはなる」

「だからって…‼︎」

「彼女がIS乗りであるから、戦略機適正もあるだろう。なくとも歩兵強化装甲殻の適正は充分ある。」

 噛み付くイリーナを、ニコライは受け流しながら、リーナに寄っていたユーゲンを見ながら、聴く。

「それに彼女が単独で生き残っていたのも、また事実だろう?ストヴィツキー軍曹」

「…はい。ISの機能は喪失したものの、他のIS乗りと比べれば、善戦していました」

 子供らしいが、芯のある声音でニコライの問いに応えると同時にイリーナにも言うことを含めて、ユーゲンは言い放つ。

 それを聞いたイリーナは、少し抵抗を感じながらも、

「政務将校の権限を使え、ということね…」

 ため息を吐きながら、言う。

「…確認するぞ。ベシカレフ伍長。貴官は我が国に亡命を希望するか?そして新たな祖国と国民と軍に忠誠を誓うか?」

「はい‼︎私、リーナ・ベシカレフは、亡命を希望します‼︎」

 リーナは、力強く言い放った。

「…よろしい。だが、これは特例である。貴官を我々はまだ信用したわけではない。…指導は、ストヴィツキー軍曹から受けろ」

「うえ⁉︎じ、自分ですか⁉︎」

「お前が拾ってきた”犬(ロシア人)”だ‼︎貴様が面倒を見ろ‼︎」

「う…はい。了解しました」

 少しへこむユーゲンを尻目にニコライとイリーナは部屋から出て行った。

「あ、あのストヴィツキー軍曹?」

「⁉︎は、はい‼︎何でしょうか⁉︎」

 いきなり声をかけられ、ユーゲンは驚く。

「失礼ですが…あの、指導、とは?」

 リーナが困惑しながら、聴く。

「ああ、えっと、この国で暮らして行くロシア人の方の心掛けです。

…まず、絶対に自分がロシア人、だなんて口が裂けても言っちゃダメです」

「⁉︎どうしてですか⁉︎だってこの国は民主主義国家なんだからそんな些細なこと…」

「最後まで聴いてください」

 思わずリーナが叫ぶ、が、ユーゲンが、先程までの子供らしい声音から一転して、酷く厳しい声音で遮る。

「…この国はロシアと戦争をしていたんです。しかもロシアから核攻撃や無差別爆撃を受けた街だってある」

 それを聞いた瞬間、リーナは稲妻に打たれた様な衝撃が走る。

 核攻撃や無差別爆撃をしたなんて、聞いていないし教えられなかったから。

「そんなロシア人と仲良くしてくれる人間なんて、この国にはほとんど居ません。自分や隊長みたいに過去のわだかまりを仕方ないと諦める人間だっていますが、大抵の人間はロシア人に対して排外的、差別的なんです。…下手すりゃ、リンチだってされかねない」

 それを聞いてリーナは愕然とする。まさかここまで自分が–––ロシア人が嫌われてるなんて想像できなかったんだろう。

「でも、今は欠員の穴埋めとしてはみんな納得してくれますし、その間に人間関係を築ければ大丈夫です。…ああ、あと、もうひとつ」

 まだあるのか、とリーナは反応する。

「トイレは別ですが、風呂場は原則水着着用で混浴ですから」

「…は?」

 先程の暗い反応から一転して、リーナは唖然とする。

「こ、混浴って…え?え?」

「男女別の浴場なんて贅沢なモノ、作ってる暇も人員も予算もないですから」

 リーナは困惑するが、ユーゲンはさも当然だのように応える。

 ふと、その時、警報が基地に鳴り響く。

『定点観測にて、バルゴンの接近を確認‼︎数300体‼︎各戦闘車軸と各駆逐艦は面制圧攻撃の準備を、戦略機部隊は非常事態に備えよ––––––』

 

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

 理事長室。

 光の部屋には、2人の客人が来ていた。

「わざわざ御苦労です。CIAエージェント、スコール・ミューゼル、情報庁諜報員、巻上依子」

 光が、言う。

「全くだぜ、ファントムタスクに潜入してたから急な呼び出しに応じるの大変だったんだぜ?」

 巻上依子…コードネーム・オータムが、言う。

「そうね…中米にあるファントムタスクのデータを米海兵隊に直に渡しに行った直後だから、日本に来るのは疲れたわ。…ま、今頃ファントムタスク中米支部は全滅してるだろうから、暫くは羽伸ばしできそうだけど…」

 そのスコールの発言に、オータムが食いつく。

「情報を与えて他人に殺らせんのかよ…相変わらず嫌な奴だな」

「ふふ…私、潔癖性なの」

 スコールは、どこか、見てると寒気を覚える笑顔を浮かべて、言う。

「さて、本題に入りましょうか」

 スコールが言うと全員が真面目な顔になる。

「…ファントムタスクはどうでもいいけど、どうやらバイオメジャー、フランスのデュノア社と共謀して何か始めるつもりらしいわ」

 欧州共同の第3世代機開発計画・イグニッションプランから外され、第3世代機の開発が進まず、経営不振のデュノア社は、なにか事を起こすだろうとは思っていたがバイオメジャーときた。

「また…面倒な奴らだなぁ…」

 光が呆れながら言う。

「ええホント…モナークから提供された情報が正しければ今年の11月か12月には……」

 スコールが言おうとするが、辞める。

 皆、知っているからだ。

 モナークからの情報通りなら、今年の11月から12月にかけての間に人類世界は終わる。

 そして終わった後の世界は、ロリシカが破滅後の世界に近い。

 日本もアメリカもイギリスも、ロリシカのデータを分析して国土防衛の方法を模索している状況だ。

「…オータム、君からの報告は?」

「…大したモンは無かった。…でも、南太平洋で原子力艦船が次から次に消息を絶ってる。」

「原子力艦船が?」

「衛星からじゃ海中に巨大な影も確認されたらしい」

 瞬間、光の脳裏に嫌な予感がよぎる。

 …原子力、巨大な影。

 その、巨大な影は多分原子力を狙って…そんな奴は、この世にあいつしかいない……‼︎

 光の顔から一瞬、余裕が消える。

 まだ活動は先だと思っていたのに、ソレはもう活動を開始したから。

 …少し早過ぎだろう…なぁ?………ゴジラ。

 

 

■■■■■■

 ビキニ環礁。

 ファントムタスク所有、原子力空母ホーネット。

 ファントムタスクが南太平洋の移動式活動拠点としており、ジェット戦闘機やISが甲板に並んでいた。

 

 艦内・プレイルーム。

 2人の女が卓球をしており、1人はソファーに座って本を読んでいた。

「よっ、ほっ、ちょ、あぁん‼︎…負けたぁ…。」

「よっし勝った‼︎ホラジュース買って来て〜賭けたんでしょ〜」

「うぅ〜分かったわよ〜」

 卓球をしていた女たちはジュースを賭けていたらしく、負けた方の女が部屋から出て行く。

「…ところでアンタ何読んでんの?」

 卓球で勝った女がソファーに座っている女に聞く。

「昔、日本に巨大生物が来たんだって〜」

「へぇ…1954年11月3日?大分昔ねぇ…それにしちゃその日に黙祷ってヤツしないのね?」

「あの国は地震に台風と、災害が多いしその度に沢山の被害がでてんだから…いちいちそんなのしてたらキリがないわ。…それに、当時はまだ終戦から10年だし、混乱の最中だったんじゃない?」

「ふーん、まぁどっちでもいっかぁ。私らには、関係ないし––––––」

 ガッゴォオン‼︎

「きゃあ‼︎」

 瞬間、空母が揺れる。

「な、なに…地震?」

 卓球で勝った女が、怯えた口調で、言う。

「そんなわけないでしょ‼︎海の上なのよ––––––」

 ソファに座っていた女が叫ぶ。だが、

 ガァアン‼︎ギギギギギ…

 さらなる衝撃と揺れ、そして船体が軋む音が、それを遮る。

「な、なに…何なのよぉ⁉︎」

 恐怖のあまり、女は叫ぶ。

 瞬間、

 バギャァン‼︎

 ”巨大な爪”のような物体がプレイルームの壁を突き破り、さらに、

 ガリガリガリバリリ‼︎

 その物体が壁を引っ掻く。

 その物体に、ソファに座っていた女はソファごと、爪のような物体とプレイルームの壁に挟まれて、潰れる。

「いや…いやぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 卓球で勝った女は悲鳴をあげるくらいしか、出来なかった。

 

■■■■■■

 

 空母ホーネット・艦橋

 艦橋内は混乱していた。何故なら今、目の前には甲板が腰くらいまである身長の、全身ケロイドの様な荒々しく、禍々しい肌を持ち、白骨化したような、不気味な背びれをもつ、乳白色の濁った目のバケモノに襲われていたからだ。

まるで、ハリウッドのB級映画のような展開のうえに、ありえなさ過ぎる現状に唖然とするしか無かった。

 そして、艦橋要員が最後に見たのは、強大で神々しい、青白い”核の炎”だった。

 

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

東京・特務自衛隊八広駐屯地。

 墨田大火災で焼失し、財政的破綻が理由で消滅した墨田区を防衛省が買い取り、特務自衛隊本部が置かれている駐屯地となっており国連調査組織モナーク日本支部も置かれている自衛隊基地だった。

 千尋と箒が住んでいた場所でもあるそこに、光は来ていた。

 その、地下6階・第4格納庫。

 特殊コンクリートの床に、四方を可動式装甲隔壁に閉ざされた部屋の中央に、全長60メートルの、銀色の装甲に身を包み、機械の龍となった、かつての怪獣王の亡骸が鎮座していた。

 第4格納庫・予備管制室。

 放射能遮断用厚さ2メートルの黄色い特殊ガラスの窓から眼下にその機械の龍を見下ろせる部屋。

 この部屋とは別に、正式な管制室があり、そこが健在のために、今のこの部屋は何もない状態だった。

 そこで光は、眼下に見える機械の龍を、哀れむような、やるせないような、そんな目で見ていた。

 不意に扉が開き、

「またせたな。光」

 理知的な、冷めた目をした男––––––特務自衛隊特将(中将)にして旭日院幹部・タカ派の轡木誠が入ってくる。

「IS学園勤務のお前が戻って来るとは珍しいな。…ホームシックにでもなったか?」

 冗談交じりに誠は聴く。

「まさか––––––。…自分はお尋ねしたいことがあっただけで––––––…」

「ああ、いつも通りの素の状態でいいぞ。そんな気色の悪い敬語で話されてはこちらがやりにくい。」

 誠が言うと、光は、

「…そうか。なら単刀直入に聴くぞ」

 気色悪い敬語をやめて、素の言葉遣いで話す。

「あの銀龍とかいう戦略機…アレにどういう小細工をした?」

 光は、凶器を突きつけるような目で睨みながら、誠に問う。

 しかし誠は全く動じずに受け流す。

「小細工?何のことだ?」

「とぼけるな。銀龍の動力源と思しき部分の他にも多数の部分がブラックボックス化されているうえに、銀龍の付属兵装である460ミリ超電磁投射砲…あれは動かすのに少なくとも小型の原子力発電並の電力が要る。にも関わらずそれらしき発電機も、それに相当する大容量バッテリーも、設計書の隅から隅まで確認したが確認されなかった。

おまけに銀龍の設計、開発担当は”貴様ら(タカ派)”と来た。

…詳しく教えて貰えるか?」

「断ったら?」

「喋りたくなるように全身を刺身にしてやる」

「ははは」

「…まぁそれは冗談だが、仮にも私は銀龍の配属されている部隊を仕切る現場指揮官だ。 知らなければ不味いことだってあるだろう。…それとも、言えないのか?」

 光は、やはり威圧するように言う。

 …タカ派の連中が絡むとロクな事がないから。

「…そうだな……アレに関する事、だろうか」

 第4格納庫の機械の龍に、顎をしゃくりながら誠は応えた。

「アレ?」

「…ふむ。まぁ、もっと具体的に言うなら、あの機械の龍と、墨田区で確認された核に変わる可能性のある存在…だな」

 瞬間、光は目を見開く。

 墨田区で確認された存在…それはつまり、異界から流れ込んだ泥に混じっていた、強大なゴジラの生体エネルギーである、G元素という未現物質だった。

 そして機械の龍も異界からこちらに零れ落ちた、異端の存在。だが人には制御出来なかったのだ。

 だが”人間でないもの”であれば?

 あるいはその、G元素を用いれば?

「お前、まさか…」

 嫌な予感が光の胸をよぎる。

 つまりこいつらは、眼下に見える龍以外にもG元素を用いた兵器の開発に着手している可能性が、ある。

 そしてそれを光が語らずとも察したからか、誠は肯定するように、笑う。

「お前、G元素がどんなに危険なものか分かっているのか?」

 G元素を用いれば原子力発電並の電力なんて簡単に手に入る。しかも原子力発電所程の容積を取る必要もなく。

 多分、銀龍や460ミリ超電磁投射砲のブラックボックス化されている動力源は、G元素を用いたジェネレーターか何かだ。

 だが––––––それは同時に毒でもある。

 G元素に汚染された地域は草木の植生が進みにくくなり、長期的にその地域にいる人間に何かしらの健康被害を、及ぼす。

 つまりG元素を含んだ泥に汚染された墨田区は–––––––今ある、特務自衛隊墨田駐屯地は、そのG元素の影響を調べる為の、壮大な”人体実験の舞台”なのだ。

 人体実験の被験者は八広駐屯地勤務の自衛官やモナークの職員…その中には当然、光やアイリ、そして誠も被験者に含まれていた。

 G元素による、大量殺戮兵器の開発を阻止する為に。

「知っているとも。この、かつてG元素に汚染された墨田区跡地に作られた八広駐屯地勤務の、お前や俺を含めた人間を人体実験の被験者にして得られたデータから危険性は充分理解している。」

「なら––––––」

「だがそれは日本が破滅後の世界で生き残り、国際的地位を維持するのに必要な犠牲だ。」

「っ––––––‼︎」

 つまりそういう事だった。

 G元素を用いた装備も含めた実力で国土の安泰を図り、”ここ(墨田駐屯地)”でしか取れないG元素やその他の資源エネルギーで経済の安定も図る。

 …まず、破滅後の世界で予測されるのは、厄災そのものである”奴ら”の襲来と、奴らの中東占拠による資源…すなわち石油などの化石燃料の高騰化や輸入途絶だ。

 今の時代、人類の大半が石油に依存しているのに、それは最悪のシナリオだ。

 そうなれば世界経済が壊滅的打撃を受けかねない。

 だから、G元素や現在開発中の領海内に豊富にあるメタンハイドレートによる発電などによる経済安定を図り、圧倒的経済を用いて、日本が世界を支配する事さえ、アメリカの犬だった日本がアメリカの飼い主に変わる事すら、破滅後の世界なら容易いはずだった。

 そしてそれを、こいつは、誠はやろうとしている。

 …だが、

「私たちに、それだけの時間があるとでも?」

 眼下にいる龍を直すのにだって3年かかり、兵装開発に2年かかり、G元素の研究は進めていても、G元素のジェネレーターを大量生産する予算も時間もないはずだった。

「…正直に言うと、無いな」

 後頭部の髪をガシガシとかきつつ、つまらなさそうに、言う。

 嘘偽りの無い顔で。

「時間までは、我々タカ派に味方してくれなかったよ。良かったな。G元素の危険性を国連に訴えられる猶予ができて」

「…ふん」

「ところで、頼みたい事がある。」

 誠がそう言った瞬間、光はそちらを見る。

 誠が––––––タカ派の代表がハト派に頼み事とは珍しかったから。

「…来週のロリシカ派兵に、篠ノ之千尋2士と篠ノ之箒1士を加えたい」

 

 

 

■■■■■■

 

 八広駐屯地前

 光は誠から一通り聞かされた。

 内容は『銀龍の実戦テストと荒吹壱型丙の寒冷地テスト』だった。

 危険だが、あちらには、まりもとその部下、そして家城燈一尉が同行するから、おそらく大丈夫だ。…恐らく。

 …学園守備隊に穴が開くのはキツイが、さすがに先の侵入者事件からしばらく経つのだ。

 いい加減、教師部隊も動くだろうということで了承してしまった。

 …本当はロリシカには行かせたく無い。

 あそこは今のIS学園が襲撃を受けた時より数万倍危険な場所で、場合によっては精神崩壊しかねるような、血みどろの凄惨で陰鬱な事態に出くわす場合だってある。

 千尋や箒を想えば、そんなモノは却下だ。

 だが、しなければ破滅後の世界を生き残ることのできる望みが極めて低くなる。

 そうなれば元も子もない。

 …だから、引き受けるしか、ない。

 ––––––ああ、胃が酷く痛い。

 ふと、目の前を見る。

 そこに居たのは––––––

「なんだ、楯無か」

 学園の生徒会長であり、簪の姉であり、暗部の当主である更織楯無だった。

「なんだとは何ですか?迎えに来てあげたのに」

 むー、と膨れながら、楯無は抗議する。

「悪かったよ」

「それで、やはり2人を派兵するんですか?」

 光と誠の会話を聞いていなかった楯無が言う。

 だが、光はすぐに察する。盗聴器を付けたのだ。こいつは。

 いつ?

 今日、この駐屯地に向かう際に学園内ですれ違ったことだろう。

「どこにつけた?」

「タイツの太腿あたりに。仕組みは引っ付き虫と同じで…」

 楽しそうに楯無が言うが、

「盗聴マニアが。」

 くだらなそうに光が言いながら、太腿から盗聴器を外して、指で握り潰す。

「…まぁ、途中からしか聞き取れなかったんですけどね…千尋くんと箒さんの派兵案のあたりからしか…」

 重要機密の会話を盗聴した楯無を、状況によっては光にとっては避けたい催眠暗示で楯無の記憶を消す事も考えたが、どうやら誠側は盗聴器の存在を察知し、ジャミング波を放って盗聴を阻害したらしい。

「…で?どうするんですか?」

「…上から圧力掛けられたら仕方ないだろ。…行かせたく無いのは、…山々だが」

 光はそう言う。

「はぁ…情けない。…子供を戦場に送り出す自分が、情けないよ…」

 どうしようも無いくらい、嘆くような声音で、光は言った。

 

 

 

 

■■■■■■

 

 

 IS学園・第2シャフト・仮設生徒宿舎

 千尋は自室の畳の上に転がりながら考え事をしていた。

 世界の破滅とは、どのようなものなのか。

 そして、今はどれくらい破滅が進んでしまっているのか。

 考えても仕方ないが、どうしても考えてしまう。

 今は4月下旬。

 今年世界が破滅するとしたら、仮に年末に破滅するとしたら、もう、半年しか猶予はないのだ。

 なのに、

「平和すぎる…」

 思わず、呟く。

 今年世界が破滅する割には、前兆らしい前兆が、千尋の確認できる限りでは全く確認できないのだ。

 もしかしたら世界は破滅しないんじゃないか?とすら思えてくる。

 でも、なんとなく、予感というかなんというか…本能的な何かが、危険が迫っているようなことを、告げる。

「はぁ…」

 溜息をつきながら、適当に買ってきたスナック菓子を食べる。

 ふと、床––––––畳に視線を落とす。

 そこで、異変に気付く。

 …ここの畳だけ…新しい?

 基本この仮設生徒宿舎の床は中古の畳なのだが、千尋が座っているところ––––––ちゃぶ台の前の一枚とちゃぶ台真下の畳だけが、新品になっていた。

 もちろん、初めて来た時は、全て中古のボロだった。

 なのに、

 いつからだ––––––

 畳を見つめながら、千尋は思う。

 いつから、変わってた?

 疑問が浮かぶ。そして、千尋は、畳を捲る。

 そこには、コンクリートに染み付いていた、小さな血溜まりが、あった。

「何だよ、これ…」

 千尋は呻く。

「ただいま帰りました…あれ、千尋?」

 そこに、舞弥が帰ってくる。

 舞弥は、畳を捲っている千尋を見て、状況を察する。

「…なぁ、舞弥、教えてくれ」

 千尋が、獣のような、獰猛な唸り声をあげそうな声音で、言う。

「こいつは…誰のだ?」

 畳の下にある血溜まりの跡を見ながら、横目で舞弥を見て、聴く。

「…お教えできません」

 舞弥は顔をしかめながら、困った感じの顔をして、言う。

「…なんでだ?」

「千尋には言わないように、と頼まれています。」

「頼まれている?命じられている、じゃなくて?」

「ッ––––––‼︎」

 千尋が聞いた瞬間、舞弥はしまった––––––という顔をする。

 頼まれている。命じられている、ではなく頼まれていると、舞弥は言った。

 基本、光や上官などから物事を言われた場合は、命じられている、と舞弥は言う癖がある。

 けれど今は、頼まれている、と言った。

 つまり、光や上官以外に言われた。

 そして、多分その相手は、この部屋に関係する人間では、多分––––––

「…箒姐、か?」

 千尋が聴く。

 舞弥は、沈黙する。

 多分、肯定だ。

「なんで、黙ってたんだよ…」

 千尋は、震えながら、聴く。

「…千尋に、心配を掛けたくなかったからだそうです」

 舞弥が言う。

 そして、これ以上黙っていても無意味と判断したのか、千尋が問い詰める前に、その日あった詳細を、話してくれた。

 箒が吐血したこと、箒のシミの状態が悪化しつつあることを。

「また…また、我慢してんのかよ…箒姐は、また自分だけで背負い込んで…それに俺は、また気付かなくて…」

 聴き終わった千尋は、拳を震わせて、指を掌に、血が出るほど食い込ませながら、言う。

 苛立ちが、千尋の脳内を支配する。

 ずっと自分だけで背負い込んでいる箒に、それに気づかなかった自分に、苛立ちを覚える。

「ただいま……え?」

 そこに、箒が運悪く、箒が帰ってきてしまう。

 舞弥が、

「すみません、箒。その…バレてしまいました…」

 申し訳無さそうに、言う。

「箒姐…話がある。…舞弥は外してもらえるか?」

 そういうと舞弥は出て行き。箒と千尋はちゃぶ台を挟んで対面する形で、座る。

「…大体は、舞弥から聞いた」

「…そうか。」

「箒姐は、俺に心配かけない為に、黙ってたんだよな?」

「…ああ。…余計な手間をかけさせて、悪かった」

 ひどく申し訳無さそうに、箒は言う。

「––––––っっ‼︎そうじゃねぇだろ‼︎」

 瞬間、千尋の中でこみ上げてきたモノが、爆発した。

 箒は、思わず、呆気に取られる。

「俺が知ったら心配する?当たり前だろ‼︎”箒”は俺の家族だから、何かあったら心配するに決まってんだろ‼︎」

 思わず、千尋は怒鳴る。

「…それに、なんでいつも自分だけで背負おうとするんだよ?なんで、俺とかに相談しないんだよ?」

 

「だ、だって他の人に余計な迷惑をかけると思って…自分のせいで誰かに迷惑がかかるくらいなら…」

 瞬間、箒の脳内にある光景がフラッシュバックする。

 大勢の人が死んだ、いや、その内の何人かは箒が見捨てた、墨田大火災の、光景。

 自分のせいで誰かが不幸になるなんて、そんなことは許されない。

 だから私の問題は私で解決しなきゃいけないんだ…例えそれが、他人の助力なくして解決出来ないことなら、自分を犠牲にすることで周りの人間を不幸にならないのなら、それで大丈夫だ。

 箒は、そう、思考する。

 

「それに、私には他人に余計な心配してもらう資格なんてないから…」

「〜〜〜ッ‼︎もう、ほんっとに頭きた‼︎」

 箒の発言を受けて、千尋は、さらに怒りのボルテージが上がる。

 ちゃぶ台に身を乗り出して、箒の顔の目の前に人差し指を突き出して、注意するような姿勢になって、

「自分からいつも焦点をはずし過ぎなんだよ箒姐は‼︎」

「え、いやちょ…」

「うるさい口答えするな‼︎…なんで箒姐は自己犠牲的なんだよ…‼︎」

 その理由は、知っている。

 墨田大火災の経験によって患ったサバイバーズギルトが原因だ。

 だがそんなこと言ったら箒姐の事を頭がイカれてる奴、なんて言ってるようなもんだし…実際そうなんだろうけど、ストレートに言うのは……どうしたらいいんだよ…。

 千尋はそう思う。

 実の所、こうして千尋と箒が言い合いをするのはこれが初めてではない。

 これまでも2人が、というか千尋が箒を叱責するのは、よくあったのだ。

 これほどにまで千尋の怒りが上昇したのは、初めてだが。

「だ、だから”そんな程度の事”で、別に怒らなくても…」

「ああ、もう………はぁ…」

 そして、沸点をアッサリ超えた千尋がオーバーヒートして疲れて呆れ返る事で、いつも終わるのだ。

「その…すまない」

「…よし、決めた」

「え?」

「明日絶対に”箒”に参ったって言わせてやる‼︎」

「え?え?あ、えっと千尋?まさかいつかの続きを?」

「ああそうだよ‼︎飛びっきりスペシャルなの味あわせてやるから、覚悟しとけ‼︎」

 そう言って、千尋はまだ若干、イラつきながら、部屋から出て行った。

「…すまない……。」

 千尋が出た後、箒は、ポツリと呟く。

「私、ダメな姉だよな…うん。知ってるよ、千尋…でも、さ…」

 ひどく寂しそうに、呟く。

「でも…私自身の幸せなんて、願っちゃ、駄目なんだよ……他人を見殺しにした、私なんかは………駄目なんだよ…」

 嗚咽を漏らし、涙を流しながら、箒は誰もいない部屋でただ1人、呟いた。

 

■■■■■■

 

 第2シャフト・廊下

 ガンッ‼︎

 人通りの少ない廊下に、鈍い音が響き渡る。

「はぁ…何してんだよ…俺……」

 千尋が壁に額を打ち付けている、音だった。

「クソが…」

 …箒姐に…怒鳴ったところでどうなるんだよ…なんも変わらないだろうが…むしろ箒姐を追い詰めちまうだけじゃねぇか…何してんだよ…俺は。

 千尋は、そう思う。

 箒があんな状態じゃ––––––自分を犠牲にする事すら厭わないままじゃ、いつか死んでしまう。

 …自分が守りたい、一緒に居たいと願った、家族なのに…何もしてやれない。箒は自分が負担することしかしなくて…自分はどうすればいいのか、分からない。

 自分なりに頑張ってはいるが、どれが正解なのか…どうするのが正解なのか…

「クソッ‼︎」

 ガァンッ‼︎

 千尋は再び額を壁に叩きつける。

 額の皮膚が裂け、鉄味の、生暖かい、血が流れる。

「……いってぇ…」

 でも多分、箒は、この、何倍もの痛みを抱えているのだ。

 今は、自分なりに箒を支えるしか、ない。

 世界の破滅も迫っているのに、しっかりしなくてどうすんだよ馬鹿野郎––––––⁉︎

 千尋は、額の血を拭いながら、自問した。

 

 

 

■■■■■■

 

 

 学園・生徒寮

「織斑くんクラス代表おめでとう〜」

 クラス代表に”多数決”で決まった織斑は、1組の女子たちから、クラス代表決定の祝杯を挙げられ、絶賛ハーレム状態だった。

 その、織斑と織斑を取り巻く女子たちを影から見ている、女子がいた。

 2組クラス代表、鳳鈴音が。

 …私は…お呼びじゃないわよね…。

 そう内心思いながら、引き返す。

 …一夏は、幸せそうだった……幸せそうだった…本当に、女に囲まれて幸せそうだった……。

 そうだよね。私みたいな女なんて………私ミタイナ、穢レタ女ナンテ。

 瞬間、記憶がフラッシュバックする。

 賀に乱暴に犯されて処女を奪われて孕まされて堕胎させられた事、ハニートラップの一環で中年オヤジや歳80の老人や同い年ぐらいの同性に抱かれた事。

 唇と唇を合わせられ、舌を差し込まれ、相手と自分の唾液を絡めさせて、理性が、腐っていく感覚が鈴の脳裏に浮かんだ。

「ッ‼︎うっ…‼︎」

 強烈に上がってきた吐き気を堪えながら、鈴は近くのトイレに駆け込み、便器のフタを乱暴に開け、顔を突き出し、

「う、えっ…うおぇええぇ‼︎」

 胃袋の中身を、便器の中に吐き出す。

 そうする事で忘れようとする。

 賀にレイプされた過去を、ハニートラップの為に体を汚したことを、反体制派の人間を強制とはいえ殺したことを、胃の中の吐瀉物と共に吐き出し、忘れようとする。

 穢れた自分を、洗い流そうとする。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 気がつけば胃袋の中身は空になり、唾液に胃酸が僅かに混じる程度になっていた。

「大丈夫…大、丈夫よ…あたし、は…あたしは、一夏に見てもらえるようになって、母さんも取り、戻して、あの頃の幸せに、戻るん、だから…あふ、ふふふ…ふふ…」

 半ば壊れかけた声音で、鈴は呟いた。

 

 

 

 

■■■■■■

 

 ロリシカ軍。

 ウエスト・コムソモリスク・ナ・アムーレ統合基地。

 食堂。

 そこに、ユーゲンとリーナは居た。

「あの…」

 リーナがユーゲンに声をかける。

「何ですか?伍長?」

 ユーゲンがメニューのクリームシチューとパンを食べながら、聴く。

「…お昼の、出撃は……?」

「幸い砲兵や駆逐艦、爆撃機で殲滅できました」

 昼間のバルゴン襲撃に少し怯えた様子のリーナに、ユーゲンは安心させる為か、微笑みながら、言う。

 実際、バルゴンはアムール川東岸にあるイースト・コムソモリスク・ナ・アムーレ統合基地とウエスト・コムソモリスク・ナ・アムーレ統合基地の戦力で挟撃する形で殲滅できた。

 今2人が悠長にクリームシチューやブリヌイを食べていられるのは、そのおかげだった。

「明日はこの基地の見学をします。結構広いですし、寒いですから暖房着は必須ですよ。」

「あ、はい‼︎」

 なんて、会話を交わす。

「あ、あの…」

「はい、何でしょう?」

 少しして、リーナがユーゲンに、

「ストラヴィツキー軍曹は、好きな方とかいらっしゃるんですか?」

 なんて聴く。

 すると、何か言いにくそうな顔をする。

「あ〜、え〜とまた…急にどうして…?」

「いえ、気になったので…」

「………そうですね…好きな娘は…いたことは、居ました」

 どこか、黄昏た様な顔をして言う。

「徴兵された時から同期で…ちょっと勝手だし、お馬鹿だし、人の話は聞かないし…でも、優しくて、可愛い娘でした」

「…今は…お別れになられたんですか?」

 リーナの問いに、ユーゲンは首を横に振り、すこし、悲しそうな笑みを浮かべて、

「2年前のバルゴン侵攻時に脚を潰されて、『私がいたら、足手まといになっちゃうから…貴方は生きて…』…そう言って、自分の目の前で、彼女は、”自分の頭を自分で撃って”、自決しました」

 その、予想していたものより遥かに凄惨なその、ユーゲンの恋人の最期に、リーナは思わず絶句する。

「……”そういう事”は、よくあるんです。”ここ(戦場)”では」

 やはり、悲しそうな笑みを浮かべながら、言う。

 そして、そのユーゲンの恋人の亡骸が転がっているであろう、食堂から見える広大な雪原は、ただただ、静寂に満ちていた。

 

 

 

■■■■■■

 

 IS学園・第2シャフト・仮設宿舎

 箒は、やはり寝付けないまま、布団の上で体育座りをしていた。

 千尋にあれだけ怒鳴られるのは、初めてだったから、すこし驚いてしまった。

 その、当の千尋は、気持ちよさそうに布団で寝ているが、時々うわ言として、

「箒姐…ごめんな…怒鳴ってごめんな…」

 そんな声が聞こえて来る。

「ごめんね…千尋…」

 …情けない。

 自分のせいで千尋にまで負担をかけさせてしまっている…そんな自分が情けない。

「私が…しっかり、しないと…」

 箒はそう、呟いた。

 

 

 

 

■■■■■■

 

 特務自衛隊・第7研究室

「状況はどうだ?葵」

 そこに誠がいた。

 葵と呼ばれた、白衣を身にまとった女性技術士官の女性は、畏まって、

「は。以前、G元素との調合が難しい為、もう少し時間がかかりそうです。」

 少し、残念そうな顔を葵はする。

「ですが2ヶ月経つまでには完成する見込みです」

「ほう…それは楽しみだ」

 それを聞いた誠は満足そうな、狂気を孕んだ顔をしながら、ソレ、を見る。

 奇妙な機械に繋がれた、砲丸ほどの大きさの球体を。

 この世界にあってはならない、大量殺戮兵器を。

 【酸素破壊剤《オキシジェン・デストロイヤー》】を。

 

 

 




今回はこれまでです。
後半グダリましたね…。

さて、今回は自分への焦点が外れている、分かりやすく言えば自己犠牲の強過ぎる箒を書いてみました。
あとは、ちょっとヤバイ鈴や、ロリシカでの”当たり前な事”、でしょうか。
そして墨田駐屯地に眠る【機械の龍】、ゴジラの生体エネルギー【G元素】、そして、まだ未完成とはいえオキシジェンでデストロイ…じゃなくて【オキシジェン・デストロイヤー】…
これから、如何にして世界が壊れていくのか…

不定期ですが、次回もよろしくお願い致します。

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