インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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というわけで水着回になります。
そして福音編でもあるので束の登場頻度も増していきます。







EP-51 夏、涼と熱に浸る二人

7月5日午前10時50分

高度2万フィート

 

「帰って来たぜぇぇぇ!日本(ジャアァァップ)!束さんは帰って来たァ!」

 

––––––短距離弾道ロケット・ニンジン号に乗りながら、視界に映った日本列島を見て、束は叫ぶ。

 

「さぁ、あとは箒ちゃんに紅椿を渡すだけ!ん〜予定より早いけど、仮拠点とか作っちゃうかぁー、2日で♪」

 

ニンジン号は先端部に採掘機構を有しており、それによって地中潜行が可能となっていた。

さらに簡易拠点として使えるよう、各種機材も完備されていた。

故に、束はそう決めた。

 

…だが、その目論見を焼き払うように。

––––––一条の(あお)が、疾る。

 

「ぎゃひんッ⁈なっ、な……⁉︎」

 

突如、爆発が発生する。

蒼の光が、ニンジン号を真下から貫いたのだ。

それで––––––

 

「い、今の––––––イギリスのレーザー兵器⁈」

 

そう、理解する。

だが直後––––––第二射が叩き込まれ、再び爆発。

瞬間、ニンジン号は紙吹雪のように空中分解した。

…後に残されたのは、海面目掛けて落下する破片と、

 

「うっぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

––––––紅椿を収めたコンテナに捕まりながら堕ちていく、天災だけだった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◆◇◇◆◇◇◇

 

同時刻

日本国領東京都小笠原村・硫黄島

永良部崎沖

アメリカ情報軍航空母艦・エンタープライズ

––––––同・飛行甲板上

 

––––––そこに展開するTSF-22(ラプターⅡ)戦術機が、2機。

 

『––––––命中、天災(キャンサー)の撃墜を確認。天災(キャンサー)本人は海上に落下した模様。』

 

『––––––了解。こちらHQ、状況終了。各班は分担して甲板の資材格納作業に当たれ。』

 

––––––精密機械で構成された金属の匣(コックピット)の中に、通信越しの音声が木霊する。

 

「ふぅ、やれやれ––––––亡国機業を潰したから大きな人類間の火種は無くなったかと思ったんだけど…天災様はまだまだヤる気でいらっしゃる様ね。」

 

『…そうね。ねぇナターシャ––––––どうして天災本体(・・・・)を撃たなかったの?

イギリス軍から提供されたストライク・バンガードなら、出来たハズよ。」

 

窘めるように、通信先の女性––––––ヘックス・オブライン中尉が問う。

それにこの機体の主––––––ナターシャ・ファイルズ中尉は溜息混じりに返す。

 

「高度2万フィートからの自由落下よ?下が海でも助からないわ。」

 

地面への落下より衝撃は少ないとはいえ、高高度からの水面の落下はコンクリートに叩きつけられる事と大差ない。

––––––それは、人を全身粉砕骨折による死へ誘うには充分だった。

 

「それにストライク・バンガードなんかで撃ってみなさい。蒸発しちゃうわ。」

 

そう言って、ナターシャは視線を現在のラプターⅡが保有する装備に移す。

現在所持している装備は、戦術機や艦載砲用に調整・量産化されたイギリスの新型レーザー装備––––––ストライク・バンガード。

元々、開発中止となったブルーティアーズに搭載予定だった、天災のロケットを撃ち落とした兵器だ。

…地球低軌道上さえも射程圏に収める威力を持つレーザー砲なら、確かに天災本体を仕留めるにはオーバーキルだろう。

––––––…また、本装備は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)などに装備させれば、低軌道上からの対地支援攻撃が可能となり、戦線の安定化に繋がるとして、現在NATO諸国を中心に配備が進んでいた。

 

『––––––分かってる。でも、あの女は"世界の癌細胞"みたいな生き物よ。…いつか殺さなかった事を後悔する羽目になるかもしれないわ。』

 

ヘックスが忌々しげに口にする。

––––––それが事実となるのは、今より2ヶ月後の話だった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◆◇◇◆◇◇◇

 

同時刻

神奈川県新東京箱根市(旧箱根町)

芦ノ湖南岸・白浜口遊泳場

 

降り注ぐ夏の日差し。

見渡す限り穏やかな浜辺。

船が作り出す、人工の波。

だがそれらが、擬似的な海を作り出していた。

 

「––––––」

 

『すッげ––––––っ!マジで海みたいだァ––––––ッ!』と叫びたくなる衝動と。

波打ち際目掛けて走り、飛び込みたくなるウズウズを必死で堪える。

既に何人かの女子は芦ノ湖に浸かっている。

 

「…いや、ガマンだ。ガマン。箒と泳ぐ約束したんだ。一人先走るのは良くない。」

 

そう自分に言い聞かせ、砂浜に腰を下ろして胡座をかく。

視界には、楽しそうにはしゃぐ女子たち。

水着もどれ着ようか迷ってた、なんて声もチラッと聞こえて来る。

なんだそれ、水着なんか1着ありゃ良いだろ。

俺なんかロリシカ派兵前に渋谷で買ったやつのままだぞ。しかも安いからって買っちまった競パン。

…結局今日まで使わなかったけど。

 

「織斑くーん、一緒に泳ごー。」

 

視界の端に、女子たちに連れられて水際へと入っていく、ロングスパッツ型水着姿の織斑の姿。

…何故だろう、一般男性が見たら羨ましがる光景のハズなのに、刑務所に連行される囚人に見えなくもない。

てか、逃げられないように数人がかりで両脇ガッチリホールドされてるし。

 

「……知らんフリしとこ…。」

 

本能的な危機を感じた千尋はそっと目を逸らす。

––––––ふと、

 

「すまん、待たせた。」

 

「お、箒。」

 

––––––背後からの声に振り返る。

 

「––––––––––––、え?」

 

視界に映ったのは、紅色の生地に白いラインの入った、少し、渋めのブラとスカート付きパンツのビキニ––––––を、身に付けた一人の少女たまった。

 

「……あ…」

 

––––––既視感(デジャヴ)

それは千尋の今履いている水着同様、ロリシカ派兵前に渋谷で購入したモノだった。

そして千尋の反応はその時の反応をそっくりそのまま再現していた。

…いや、いやいやそれよりも。

あの時は服の上から着た風にしてみるだけだったが––––––本当に着ると、こんなにも似合うものなのか。

 

「ど…どうだ、ろうか…?この水着、買ったのは3ヶ月も前だが、着るのは今日が初めてで……」

 

恥じらうように、頬を赤くしながら箒は口にする。

 

「に、似合って––––––いる、かな?」

 

不安半分、期待半分という眼差し。

––––––瞬間、千尋の顔が赤くなる。

そして沈黙。

……白状すると。

この瞬間まで「(女子)と一緒に泳ぐ」というコトがどれだけオオゴトなのか、全く理解していなかった。

箒の裸は見慣れていた筈なのに。

実際にソレを着て、その表情を浮かべる様は––––––あまりに初々しく、そして可憐だった。

…そんな不意打ちを食らった脳がマトモに機能するハズなど無く。

 

「うん、すっげぇ可愛い。」

 

真顔で脊髄反射的に応えてしまう。

 

「なッ!?おま…!〜〜〜〜〜〜ッ!!」

 

それに箒はさらに顔を赤くして、頭から湯気のような何かが噴き出す。

まるで、頭に活火山でも出来たみたいだ。

––––––箒らしい紅い水着は、派手過ぎず地味過ぎず。明る過ぎず暗過ぎずのまさに自然体とも言うべき絶妙な色合い。

だがその自然体とは裏腹に、大胆なデザインが箒の平均的な女子より恵まれたボディラインを強調し、ビキニタイプの水着は白い地肌をこれでもかと見せつける。

そして、その露出に反するようなスカート機構が、箒の純潔さを残している事を表しているようで––––––見ているコッチにも熱が入ってくる。

 

「…あ、…あり、がとう。千尋の水着も、似合ってるぞ。」

 

「…え、あ––––––よかった、あ、ありがとう。」

 

恥じらいから復帰した箒の言葉に、煩悩の海から引き上げられる。

…だが、また煩悩に溺れてしまう。

もう容赦なく、言い訳なく、男として––––––いやもう、雄として目が離せないようなブツが胸にあるのだ。

 

「め、目のやりどころ––––––」

 

滑りそうになる言葉を、噛み潰す勢いで口に閉じ込める。

よーするに、箒の胸に視線を釘付けにされてしまったのだ。

…いやだってしょうがないだろ、だって箒、いつもはサラシ巻いてるから、断崖絶壁のペッタンコなんだもん。胸。

それが巨豊の双岳になっているのだ。

…てか、若干生地を突き抜かんばかりに乳輪部分の突起までクッキリとシルエットが見えてるし!

 

「…?千尋?どうした、トイレに行きたいのか?」

 

ふと、全く見当違いの質問をしてくる箒。

ああうん、前屈みになって、興奮し荒ぶる俺の俺(意味深)を鎮めようとしているとしてるから、そう質問しちゃうのも仕方ない。

けど違うんだ。箒のその暴力的かつ我儘な身体付きが悪い!

…なんて、理不尽に内心叫んでしまう。

 

「いや、別に––––––…あ、そ、そうだ、着替えも終わったし、泳ぐか!」

 

必死で取り繕った笑顔で、千尋は口にする。

 

「あ、ああ––––––だがその前に準備運動だ。」

 

「え"?…面倒くさい……。」

 

「面倒くさくてもやる!」

 

「へーい…」

 

(急に生真面目モードに戻るのやめてくれませんかね…。いやまぁ、そのおかげでムスコの昂りも収まったんですが…。)

 

…なんて内心呟きつつ、まぁ準備運動は必要か、と思う。

白浜口遊泳場は、芦ノ湖から遮断された遊泳場だった。

芦ノ湖は平均水深25メートル、岸から2〜3メートル行くといきなり水深10メートル、などといった急に深くなる地形の湖であり、遊泳場開発前は、全域が遊泳禁止区域となっていた。

現在は芦ノ湖湖畔再開発に伴って白浜口沖に土砂が堆積した為に、平均水深1〜3メートルとなったこの辺り一帯だけ、遊泳が許されていた。

…とはいえ、それだけで遊泳できるようにならないのが芦ノ湖クオリティ。

芦ノ湖は湖底から極めて低温の湧き水が溢れ出しており、夏だろうが冬だろうが水温はたった4℃に保たれている。

つまり遊泳シーズンでも泳げる水温ではないのだ。

真夏に寒中水泳ができる、とプラス方向に解釈できなくもないが、いかんせんそんなモン願い下げである。

再開発時に土砂が堆積した事で、比較的暖かい水温になるようになったが、今でも沖の方へ行くとほのかに肌寒い水温となる。

––––––こんな経歴のある遊泳場なのだ。

普通の海水浴場でさえ年間10人程度の人間が溺れたりするのだから、ここもソレらと同じように警戒するべきだろう。

––––––そう思っていた時期が2人にもあった。

 

「あ"あ"〜水温程よく涼しくて気持ちいいわ"〜。」

 

––––––浮き輪に上半身をもたれかけ、ぐで〜ん、としながら千尋が言う。

土砂の堆積と、照り付ける太陽の熱によって、遊泳場の水温は25℃と、熱帯魚の水槽並みに快適な空間となっていた。

 

「オジサンかっ。…しかし、マイナスイオンが元から凄いのもあって、気持ちが良いな。」

 

同じく、千尋と同じ浮き輪に、対面するように片方の腕を掛けながら水面を揺蕩う箒が口にする。

元々、箱根一帯は広大な自然を活かした森林浴が活発な地域で、再開発が進んだ今でも自然と共生する、森林浴都市として知られていた。

そのせいか、遊泳場の水は塩でベタ付く海水と比べて心地良い。

浮き輪に引っ掛かりながら、ちゃぷちゃぷと水をかき分ける。

涼しい水に浸かり、身体の芯から力が抜けていくような錯覚を覚える。

––––––ふと、箒を見る。

夏の暑さから来る暑さと、水温によって心地良さそうに火照る箒は少し官能的で、どれだけ真面目な眼差しでも。

箒の身体は容赦無く千尋の邪念を呼び起こす。

固唾を呑んで、千尋は箒を眺めた。

真っ直ぐに見ることしか叶わず、顔が熱くなっていく。

なので出来るだけぼんやりと、顔だけを見る。

 

「––––––––––––っ」

 

白い肌の眩しさに、クラッとする。

しなやかで柔らかそうな身体が水に抱かれているようにさえ見える。

初めて見た時より慣れたとはいえ、やはり目のやりどころに困る。

…ま、いつまでもドギマギしてたって仕方ない。

 

「な、なんかさ、緊張しないけどするよな。」

 

「––––––どっちなんだ、ソレ。」

 

「ホント、そうだな。」

 

思わず、ヘンな事を口にした。

それに箒はくつくつと笑いながら問いかける。

千尋も笑いながら返す。

ヘンに神経を尖らせたり思考を巡らせたため、若干頭が鈍ったらしい。

––––––こんな時は、思いっきりはっちゃけた方が良いかも知れない。

そう思って、

 

「よっし、じゃあ競争すっか!」

 

そう口にする。

 

「え、は、ちょっ?!ま、待て!浮き輪はどうするんだ!!」

 

箒は唐突の出来事に、素っ頓狂な声を上げて問いかける。

 

「置いといて良いんじゃねぇかな。これ、湖底にヒモで繋いでるっぽいし。」

 

「––––––そっか、じゃあ…」

 

言い終わるなり、箒は水を割った。

 

「行くぞっ!」

 

「あ、待て!ずるいぞ!」

 

千尋も慌てて泳ぎ出した。

二つの影が、イルカのように水中を駆ける。

箒はその造波抵抗を生むようなデザインの水着をしていたが、身体付きは箒の方が抵抗を生みにくい分、有利に思えた。

しかし、千尋はすぐさま箒と肩を並べ、さらには追い抜こうとした。

こと泳ぎには自信のある箒は内心動揺しつつも理由を理解する。

それは千尋の方が泳ぎに適した水着であることもそうだが––––––単純な千尋の脚力の強さがモノを言っていた。

 

(こいつ、いつの間にこんなに脚力をつけたんだろう。)

 

箒/私は思う。

––––––足の長さなら千尋に負けない自信があるのに。

背丈だって、自分の方がほんの少しだけ千尋を上回っているはずなのに。

箒は追い抜かれまいと必死に水を嗅ぎ、腕を振り、水中を疾走する。

––––––二人は、水流になる。

箒は千尋に負けたくなかった。

姉である以上、義弟に負けることはかすかに残っていたプライドが許さなかった。

同い年とはいえ歳下に劣るところを見せたくなかった。

千尋のその姿に魅かれつつあるのに、その存在が、強さが、憧れであるはずなのに––––––いや、だからこそ、箒は負けたくないのだ。

難易度の高い技術に憧れ、習得したいと願うのと同様の心理だ。

人は皆、手の届かない存在に羨望の眼差しを向ける。

ある者は憧れ、ある者は嫉妬する。

そしてまたある者は、その存在に劣等感を抱き、対抗心を燃やす。

箒は必死で駆けながら、はっとする。

このとどまるところを知らない対抗心こそ、自分が千尋を思う何よりの証だと気づいたのだ。

––––––自分より小さな身体でありながら、その命の燃やし方が、山の如き巨躯を思わせる在り方。

自衛官としても、女としても、箒は千尋を誰よりも想っている。

しかし、その思いに素直になれない箒は、どうにか自分をごまかしているのだ。

それに気づいた途端、箒はますます自分が恥ずかしくなり、懸命に駆けた。

女としての感情を必死で抑え込み、ただ千尋に勝つことだけに専念した。

しかし、泳げば泳ぐほど、千尋への思いもまたとめどなく溢れ出した。

––––––まるで今まで人間性を閉じ込めていた檻が洗い流されていくように。

やめてくれ––––––と箒は内心叫ぶ。

私は兵士だし、私は––––––アイツの贄だ。

こんな時に男に、しかも弟に惚れている暇なんかないんだ。

第一、兵士や贄としての私に、恋だとか愛なんて必要ないのに––––––!

愛?––––––そんな言葉の意味を、自分はいつの間に覚えたのだろう。

 

《––––––なんだ、箒。貴女やっぱり千尋が好きなんじゃない。》

 

心の中から、柳星張(アイツ)の小馬鹿にするような声が聞こえた。

相変わらず、過去に贄をもってヒトを護ってきた(いにしえ)の人間達の最高傑作はいつだって口数が減らない。

柳星張を創り出した者達の腕前は、箒も素直に尊敬している。

だが、千尋と競争している今、茶々を入れられるのは––––––とてつもなく鬱陶しい!

 

ゔうっはいッ(うるっさいッ)!」

 

思わず水中で叫ぶ。

瞬間––––––千尋が視界に映る。

千尋に抜かれた。

その事実に私の中でふたつの感情が生まれた。

ひとつは、千尋が私を抜くくらい強くなったのだという喜び。

もうひとつは、絶対負けるもんか––––––!という、負けず嫌いの私特有の、対抗心。

故に、力一杯腕でストロークを描き、脚で水を蹴る。

掻く、掻く、掻く。

ふと、千尋が女子の一団を避けるように迂回する。

––––––しめた…!

そう思った私は、女子たちの一団の真下。

ギリギリ底についていない脚と砂地の、30センチ程の隙間に––––––飛び込んだ。

 

「ぐっ…ぶ…ッ!」

 

飛び込むなりやって来たのは何も知らぬ女子たちに踏みつけられる洗礼だ。

控え目に言って、かなり痛い。

…だがそれがどうした。

––––––そんなもの、無理矢理突破してしまえば良い…!

そう内心呟き、バタフライの容量で私は女子の一団を突破する。

––––––視界の右端に、こちらへ向かって来る千尋が映る。

千尋は女子の一団を一直線に打通して現れた私に一瞬目を見開く。

だがそれだけ。

私は千尋の視線なんか気にせず泳ぎに執心した。

なので、私も必死に水を蹴る。

負けるもんか––––––と、私は内心叫ぶ。

お互い意地と意地のぶつかり合い。

決して譲ろうとなどしない。

どこまで泳ぐのか、それ以前にどこがゴールなのか。

––––––そこで、泳ぐ前に目標を決めていなかった事を思い出した。

だが、慌てる事などない。

そして千尋も同じことを考えていたのだろう。

…そう、ゴールがないのなら。

どちらかが、根を上げて浜に上がるまで競えばそれで良いだけのこと––––––!

だがふと––––––眼前に波打ち際の泡が見えた。

それは即ち、湖の終点だった。

 

(…あ––––––、)

 

内心、間抜けな声を上げるがもう遅い。

私は、泳ぎに執心するあまり、立ち上がる事を忘れてしまっていた。

ブレーキが壊れた暴走機関車のように。

そのまま––––––波打ち際に、突っ込んだ。

 

「「ぶはぁッ!」」

 

砂地で顎を擦りながらも、水から出た為に思わず、息を大きく吸う。

…泳ぐ事に全身のリソースを費やしたせいか、上手く立ち上がれない。

それは私だけではなく、千尋もだった。

…2人して、波打ち際に打ち上げられた亀か鯨にでもなったようだ。

 

「ぜぇ…ぜぇ…ど……っち、が、先に…はぁっ、…着いた……?」

 

千尋が問う。

先に浜に上がった方が負け。

だが、だいたい同着だったかも知れない。

でも、途中から泳ぐ事に執心していて、ゴールしか見ていなかった。

…失敗した。

審判役を用意しておくべきだったと、今更になって思う。

でも負けたり引き分けになるなんて癪だった。

––––––なので、

 

「はぁっ…はぁっ…ぜ……絶対、お、お前……だ……っ。」

 

––––––負けず嫌いの私は思わずそう言った。

…ふと、

 

「––––––2人とも、」

 

…頭上から声がした。

なので私と千尋/2人は同時に顔を上げて、

 

「「どっちが先に着いた!?」」

 

吠える。

そして、顔が引きつった。

––––––なぜならば、

 

「––––––競争するにしても、周りの迷惑を考えんかぁッ!!」

 

スパーン!スパーン!と鳴り響く軽快な音。

 

「「うゔォアッ?!」」

 

鳴り響く2人の悲鳴。

––––––そう。2人は運悪く、千冬の前に到着してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

「––––––それで2人とも頭にタンコブ作ってきたんですね…。」

 

––––––数分後。

出席簿アタックの傷が癒えぬ2人は、山田先生と共に浜辺に併設された、飛び込み台も兼ねている桟橋に腰を下し、足を水につけていた。

 

「ええ…まぁ…。」

 

山田の問いかけに、申し訳なさそうに箒は口にする。

 

「まぁ、仕方ないかもしれませんね。最近は鬱屈とした状況が続いていましたから、ハメが外れちゃうのも当然かもしれませんね。」

 

––––––なんて、山田は苦笑を浮かべる。

 

「…じゃあ、私も泳ごうかな。篠ノ之さんに篠ノ之くんも泳ぎません?」

 

「あ、良いっすね!じゃあ、あそこの浮き桟橋まで競争で!!」

 

山田に誘われ、千尋は水を得た魚のように喜び、

 

「お前、懲りないなぁ…」

 

箒は呆れながらも付き合う意思を示した。

 

「よっし、じゃあ最下位はスイカバー全員分奢るってコトで!」

 

「むっ、ならば負けられんな。」

 

「良いですよ〜、若い子に負けてられませんからね!」

 

––––––三者三様。しかして目標は同じ。

故に再び、競争が展開された…!

…結論から言うと。

 

「うゔ…若いって…良いですね……グスッ…」

 

山田先生が泣きを見る結果となった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◆◇◇◆◇◇◇

 

 

同時刻。

 

「ぜぇー…ぜぇー…ひ、酷い目に遭ったよ全く…」

 

白波立つ岩場に這い上がる人影がひとつ。

それは、まごう事なき篠ノ之束だった。

 

「あ、紅椿の展開装甲システムに…いくつか…ぜぇ…汎用性…持しといて…はぁ…良かっ、た…」

 

彼女は空中から自由落下する中、紅椿の展開装甲を自動防御システム兼耐ショック防御システムとして使用した。

それにより海面に叩きつけられて死ぬ––––––という未来を回避したのだ。

 

「紅椿も…なんとか無事…束さんも、陸に着いた……ふふふ…待ってろよぉ…これから…束さんの、逆襲が始まるのだ……」

 

そう言って、束は岩を這い上がる。

そして、

 

「––––––は?」

 

––––––絶句した。

視界に映るのは––––––荒く白波を立てる、藍色の海。

今いる場所は陸地ではある。

だが日本列島の浜辺などではなく、

 

「ど……」

 

島ですらない。

島と呼ぶにはあまりに小さいそれは––––––岩礁であった。

その先には、未だ大海原が続いている。

…視線の先にある水平線を見て、

 

「何処なんだよここ––––––ッ?!」

 

––––––絶叫した。

 

 

––––––現在地。

北緯33.94度・東経138.81度

神奈川県伊豆半島沖、南方80キロ。

太平洋上・銭洲岩礁

––––––IS学園新校舎まで、あと120キロ。

 

 




今回はここまでです。
水着回はもうちょっとだけ続くんじゃ。

久しぶりに三人称視点と一人称視点の切り替えを文章で使ってみましたが、やはり一人称は心情が伝え易くて良いですね。

次回も不定期ですが、極力早く投稿致しますのでよろしくお願い致します。


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