インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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一カ月も投稿出来ず申し訳ありませんでした…。

千尋「何してたん?」

企業説明会とか資格勉強とか、予備自衛官補の試験とか…。

千尋「へ〜…え?ちょっと待て、予備自衛官補?」

うん、色々就活してたら「自衛隊って結構ホワイト企業では?」と思って受けてみた。
ちなみに次は一般曹候補生の試験受ける予定。

千尋「いや体力どうすんねん…」

体力は…今からつけてる…。

千尋「ええ…」

とりまそんなわけで第47話です。
…福岡市の地理に詳しい人なら楽しめるかもしれない内容となっています。





EP-47 戦闘ト平穏と特使、来日。

6月14日午後2時

––––––福岡県福岡市中央区

––––––天神明治通り・天神交差点

 

世界全てが燃えていると錯覚するほどに、闇の中––––––市街地は赤く爛れ落ちていた。

––––––立ち込める火の粉と煙。

外気と遮断されている筈の内部管制整備室(メンテナンス・ブース)内でさえむせ返えるような錯覚を覚えるほどの––––––煉獄。

炎は視界を覆い尽くし、煙は空を閉ざし。

空に在る筈の月さえ曖昧に。

全方位から鳴り響く地鳴りと爆砕音、そして

警報音––––––それは軽く数1000体は下らない数の、無数の巨大不明生物が建造物を粉砕しながら進撃している証左だった。

日本有数の貿易港として機能していた政令指定都市、福岡は今、朝鮮半島からの巨大不明生物侵攻によって––––––死の都(ネクロポリス)と化していた。

––––––糸島市に上陸した巨大不明生物群に対し、福岡市西区を防衛線に設定。

福岡前原道路・福岡西料金所付近に正面防御を目的として、

陸上自衛隊第4師団

「西部方面混成団第19普通科連隊」

「第4偵察戦闘大隊」

陸上自衛隊第8師団

「即応機動連隊」

を展開。

側面支援防御として、

「叶岳下山門砲撃陣地」

「叶岳上ノ原砲撃陣地」

「能古島展望台砲撃陣地」

「鴻巣山砲撃陣地」

など4つの仮設砲撃陣地群。

加えて博多湾に展開している国連海軍の

ノースカロライナ級戦艦

「ワシントン」

タイコンデロガ級巡洋艦

「タイコンデロガ」

「トーマス・S・ゲイツ」

はるな級巡洋艦

「はるな」

「ひえい」

スプルーアンス級駆逐艦

「スプルーアンス」

「ヒューイット」

「エリオット」

あぶくま級駆逐艦

「あぶくま」

「おおよど」

「とね」

OHペリー級フリゲート艦

「ジョージ・フィリップ」

「ブーン」

GB型ロケット支援砲艦

「GB-006」

「GB-011」

「GB-014」

「GB-015」

「GB-020」

––––––以下、20隻から成る水上部隊による支援砲撃、そして地形さえも利用しての巨大不明生物の侵攻阻止戦を展開。

当初は正面と南北からの挟撃によって漸減に成功するも、一部の個体群が西区横浜町より今津湾に入水。

海底を打通侵攻し––––––松原町に上陸。

さらに巨大不明生物の第2波が福岡市東区志賀島・勝間海水浴場に上陸。

これにより第4師団司令部および国連軍司令部は混乱状態に陥り––––––市街地への内部浸透を許す事となった。

そして––––––今に至る。

…既に福岡市の防衛は半ば放棄されたと言って良い。

現に守備部隊の大半は臨時の集積場となっている博多空港および郊外の福岡駐屯地に撤退中だ。

…戦況図には巨大不明生物を表す赤の光点(グリップ)

主に4つのグループに分かれて分布しているそれは、

 

…左翼は––––––荒津埠頭。

…中央は––––––大手門および警固。

…右翼は––––––城南区福岡大学付近。

 

その位置に点在していた。

…追い詰められつつある。

今や福岡市中央区大正通り以西は。

その悉く全てが、業火燃え盛る火の海へと沈み墜ちていた。

そして、街の中には人の姿は全く無い。

だが––––––ここ、明治通りは別であった。

業火に燃え上がる車両であった鉄の塊。

半ば崩落した、ビルだったコンクリートの塊。

なぎ倒された電柱だった棒切れ。

度重なる振動で粉砕されたアスファルト。

その最中––––––全高60メートルを超える、銀鉄の巨獣が君臨する。

 

「––––––各種兵装、残弾平均3割強………キツいな、こりゃ。」

 

その、内部管制整備室(メンテナンス・ブース)––––––この人造の巨獣を繕う為に設けられた設備を転用した操縦室(コックピット)で、様々な情報モニタを前に呟く。

…そしてひとつの情報モニタを目にして、千尋は生唾を飲む。

『––––––荒津山仮設基地、陥落』というログと、樋井川以西より肉の津波が押し寄せる戦況図。

––––––推定8万体のギャオス梯団が、迫り来る…!

 

『––––––各機、まだ行けるか!?鷹月、ホーゼンフェルト大尉、状況報告(レポート)!」

 

まりもの号令––––––即座に中隊副官の鷹月仁一慰が反応する。

 

『––––––第75中隊全機健在!なれど、推進剤・弾薬共に枯渇しつつあり…!』

 

『––––––こちらシュヴァルツ01、第666中隊第1小隊も同様だ。』

 

焦燥を孕んだ声と、務めて冷静に放つ声。

––––––対局の感情を孕みながら仁とユリアは回答する。

 

『中隊長、このままでは––––––…』

 

『––––––ああ。鷹月、貴様は損耗の激しい機体を引き連れて那珂川以東へと先行して撤退しろ。殿は我々が務める。』

 

…それは、部隊の全滅を避ける為の判断でもあった。

千尋も操縦桿(スティック)を強く握りしめて応答し––––––あることに気付き、そして、

 

「––––––中隊長!!」

 

––––––叫ぶ。

同時に。

那の津通りから舞鶴2丁目交差点を経て、天神西通り、自動会館通りに至るまで展開していたバリケード––––––本来は水害時の浸水や津波による市街地浸水を防ぐ為の、路面格納型緊急展開式防波堤––––––を突き崩しながら、異業の鳥達(ギャオス群)が姿を現した。

…粉塵を巻き上げながら迫り来る姿は、さながら濁流のように。

––––––昭和通りへと、雪崩れ込む…!!

煤汚れた街路樹が。

遺棄された放置車両が。

踏み潰されて行く––––––。

 

「自分が直接食い止めます!中隊長らは援護を!!」

 

千尋が叫ぶ。

この状態でまともに太刀打ち出来るのは千尋の機体だけだ。

だからこそ、

 

『了解した。中隊各機、––––––食い止めるぞ!!』

 

まりもの号令。

続くように「了解」の連鎖が響き、

 

『機龍––––––前へ!!』

 

「了解––––––!!」

 

号令と共に千尋は機体を起こす。

直後––––––体高60メートルの巨躯が跳ぶ。

 

「––––––ぐ、ぅ…ッ!!」

 

––––––全身が押し潰されかねないと錯覚するような、殺人的なGが千尋を襲う。

それは、実に400メートル近い距離を飛び。

(ゴオ)ッ、と。

轟音と地鳴りをもって大気を震わせながら、4万トンにおよぶ鋼鉄の塊が––––––舞鶴一丁目交差点に着地する。

…眼前には、距離100メートルにまで迫ったギャオスが。

 

《ギュヴァァァァ––––––––––––ッ!!》

 

ヒステリックな、金切り声めいた咆哮。

醜悪な牙を剥きながらソレは、機龍に飛び掛かる。

機龍は、

 

「––––––うるっせぇ…!」

 

ギャオスの顔面目掛けて、

大質量の拳(マニピュレーター)を叩き込む…!

 

ぶぱんッ、と。水風船が爆ぜるような音。

数100トンにおよぶ拳を受け。

ギャオスの頭部は鮮血と内臓物、そして奇跡的にほぼ無傷だった眼球を撒き散らしながら爆ぜ堕ちる。

千尋は流れるように、アンダースローでマニピュレーターをもって後ろに投げ飛ばしそして––––––

 

「––––––次ッ!」

 

新たに視界に映る(ギャオス)へと狙いを移す。

福岡天神センタービルに突き刺さった先程のギャオスと同じく、他の個体群も千尋に襲い来る。

––––––迫り来る、8体の猛鳥。

千尋は、投げ飛ばした所為で下を向いていた腕部兵装(アーム・ユニット)の、

––––––腕部の旋回は追い付いていない。

4式120mm2連装超電磁投射砲をギャオスに向けながら、

––––––着弾修正も完了していない。

千尋は操縦桿の引き金(トリガー)を握り、

––––––故に、

 

「ふッ––––––!」

 

––––––乱れ撃つ。

瞬間、4式120mm2連装超電磁投射砲の砲口が火を噴く。

大気をプラズマ化させながら、毎分800発––––––1秒間に14発ずつ––––––もの連射性をもって。

超電磁場で加速された120ミリ高速徹甲弾が緋色の光芒と化す。

超電磁投射砲(レールガン)は大気を裂きながらアスファルトを砕き、

––––––爆ぜる。

大きさ2メートル、重さ約10トンものコンクリート塊の群れが––––––紙吹雪のごとく吹き荒れる。

それは人間にとって生命を脅かす事象。

ギャオスに対しては致命どころか負傷となる事象でさえない。

だが意識していた存在に向かっていた先で、予想だにしない事象が起きた時、生物とは反射的に怯んでしまう。

もちろんそれはギャオス(怪獣)も例外ではない。

ただギャオスは立て直す時間が早いというだけで––––––千尋にとっては、それで充分だった。

地雷の如く爆ぜたアスファルトは、篠突く雨の如くギャオスを叩き打ち、

だが、僅かに怯んだ程度。

ギャオスが顔を上げ、進撃を再開しようとする。

…そこには、

––––––光芒と化した徹甲弾を放ちながら、稲妻を走らせる2つの砲口が。

…腕部の旋回は終わった。

…着弾修正は終わった。

…照準は怪鳥の頭部。

ならば、

 

「––––––ッ!!」

 

異形の頭を穿つのみ……!

…1秒とかからず、120ミリの砲弾はギャオスへと吸い込まれて行く––––––…!

 

––––––爆ぜる。

ギャオスの頭は潰れたトマトのように原型を失い、地に伏し尽きる。

だが、これで終わらない。

さらに後続として迫る、ギャオスの群れ。

視界に入るは、

異形たちの濁流。

砲弾が枯渇していく様を訴えるウィンドウ。

––––––残弾100発未満。

千尋はそれを躊躇うことなく撃ち放つ。

…先のように、砲弾は最先頭にいた個体を蜂の巣にして––––––同時に響く、残弾欠乏の合図。

それはヒトからすれば畏怖の瞬間であり、千尋からすればそれは、足枷が解かれた瞬間である。

 

「––––––機龍、弾薬欠乏!近接戦闘に切り替えます!!」

 

そう言うと共に腕部兵装(アーム・ユニット)の付け根より展開される––––––蒼雷を纏う、黒鉄(くろがね)の刃…!

それは、統合機兵・打鉄甲一式の試製14式誘導熱放出打刀(メーサー・パイルバンカー)の祖となった劔。

…名を、

––––––00式誘導熱放出斬刀(メーサー・ブレード)

 

その刃を持って、迫り来るギャオスを迎え撃とうとして––––––

 

『––––––サーベラス01了解。…後詰めは任せろ。貴様は前衛で漸減に臨めば良い。』

 

まりもの言葉に、千尋の口角が歪む。

…獣めいた笑みを浮かべるように、千尋は口を吊り上げ、そして、

 

「了ォ解ッ!!」

 

跳ぶ。

脚部の内蔵型跳躍ユニットのロケットモーターが点火される。

熱でアスファルトが融け弾ける。

衝撃で土塊が空中に投げ出される。

ビル群のガラスは飛散して空を舞う。

千尋/機龍はそのまま、ギャオス梯団へと突貫する…!

 

そして、4万トンを超える大質量の巨体をもって。

高さ200メートルを超える塵柱を立てて大地を抉り、

 

「潰れ、ろ……ッ!!」

 

––––––その巨体で、ギャオスをすり潰す…!

 

飛び散る肉片と鮮血。

残るは赤い肉塊。

だが千尋は見向きもせず––––––否、見る暇など与えないとばかりに。

 

《ギュヴァァァァ––––––––––––ッ!!》

 

––––––ギャオス達が、押し寄せる。

血走った眼球が機龍を睨み、それを、

 

––––––(ザン)

 

千尋は機龍の跳躍ユニットを吹かし、腕を旋回させる。

豪風の如く振るわれた腕は、大気を裂きながら宙を舞い。

同時に––––––雷光疾る刃が、ギャオスを一閃する…!!

 

…一瞬で4体の胴体が上下に泣き別れとなる。

そして千尋は、眼前に迫り来る新たな個体を見て、

 

「次ッ––––––!!」

 

––––––刃を突き立て、雷光(メーサー)を放つ…!

肉に深く突き立てられた刃は、瞬時に体躯の水分を蒸発させた。

そして、全身の水分や血液は沸騰し、皮膚を食い破る如く瞬時に爆ぜる…!

 

《ヴュア"ァ"ァ"ァァ––––––––––––ッ!!》

 

上がる断末魔。

あるいは怨嗟の声。

その、地獄の釜の中身めいた咆哮が渦巻いているかのような。

––––––否、本当に(・・・)渦巻いている。

真っ正面から対峙しても勝てないと悟ったのか、

 

《ア"ァ"ァ"ァァ––––––––––––ッ!!》

 

ギャオス達は、機龍を取り囲むように渦を巻く。

それは渦潮。

あるいは竜巻か。

…なるほど、確かにこれでは一匹一匹を狙おうにもやり辛過ぎる。

…口角が吊り上がる。

呼応するように、豪雨の如きギャオス達が襲い掛かり––––––

 

––––––ならば、

 

背部兵装(バックユニット)、全弾斉射––––––!」

 

––––––まとめて叩き潰すのみ…!!

 

紡がれる思考操作。

瞬間––––––肩部に搭載されていた追加艤装のVLS(垂直発射システム)より放たれる、98式320ミリ多目的誘導弾の嵐。

…照準や誤差修正は完全には終了していない。

だが、それで十分。

…なぜならば、

 

《ア"ァ"ァ"!?》

 

放たれた誘導弾(ミサイル)は、次々にギャオスを焼き爆ぜさせていく。

…それが済んでいなくても当たり尽くすほどに密集していたからだ。

…そして何より、そうまでしても殺し尽くせないのだ。

––––––近接信管で爆裂した誘導弾により生じる火炎。

その向こうより躍り出る、6体の異形(ギャオス)

それら全てが口を開き、超音波メス(サウンド・レーザー)を放とうと––––––だが遮って。

 

「––––––背部兵装(バックユニット)、強制排除!!」

 

再び紡がれる思考操作。

千尋の声に応えるように、

背部兵装との接続部より爆ぜる音。

そして、肩部より鉄塊が放たれる。

––––––ミサイルを撃ち尽くした空の兵装は、機動力を落とす欠点となる。

––––––故に、機体と接続しているロックボルトを爆砕し、兵装ユニットを排除することで、機動力と継戦能力を維持する。

––––––だがそれだけでは足りない。ただ排除するだけでは意味がない。

––––––故に、背部兵装そのもの(・・・・・・・・)をミサイルとして、敵に撃ち出すことで、邪魔になったユニットの強制排除と敵への攻撃を両立し、実現する。

––––––それが、機龍のバックユニットの持つ機能…!

 

…そして、

 

鉄塊はそれぞれ、2体のギャオスに命中する。

物理的な衝撃がギャオスの全身の骨を粉砕し、内臓を破裂させる。

それを視界の端に納め、仇討ちと言わんばかりに残る4体が飛びかかろうとして––––––…衝突より、1秒と0.2秒。

 

時間差でバックユニットが起爆する…!

 

バックユニットに搭載されていた自爆用の爆弾は、その実––––––燃料気化(サーモバリック)爆弾。

‪それは爆発と同時に爆鳴気の爆発は空間爆発であって強大な衝撃波を発生させ、12気圧に達する圧力と2500から3000℃の高温を発生させる。‬

数100mの加害半径を誇り、広範囲に衝撃波を発生させるため、命中した個体の周囲の個体にも多大な影響を与え得る。

––––––事実、機龍に飛び掛かろうとしていた6体の個体は周辺の雑居ビルを巻き込んで、跡形も無く(・・・・・)蒸発していた。

 

…その背後より、

 

《ギュヴァァァァ––––––––––––ッ!!》

 

再び迫り来る、ギャオス達。

" ––––––いい加減、そのツラ飽きたぞこの野郎。"

そう舌打ちしながら、突貫するギャオスに狙いを定め––––––直後、その頭が爆ぜた。

…一瞬それがなんであるか、千尋には理解出来なかったが、

––––––爆音に埋もれるように、再び響く砲声。

それで理解する。

16式荒吹一型丙の装備している、155mmライフル砲だ。

西側自走砲の標準規格の155mm砲弾を運用すべく、ドイツが自走砲の砲身パーツを流用しつつ戦術機での運用を前提に開発した装備。

また戦術機での運用が前提だが、砲身自体は自走砲のものを流用している為に、弾薬補給以外に整備の面でも他兵科と互換性のある装備となっている。

自衛隊において運用されているのは、陸自の東部方面(関東)の一部部隊と富士教導団、西部方面(九州)、北部方面隊(北海道)––––––と限られて範囲のみだ。

…故に存在を忘れていたが、そういえば今回は装備して戦闘していたのだと、思い出す。

––––––千尋の直援に、まりもと新井が加わわり。

まりもは舞鶴一丁目交差点北部を、新井は舞鶴一丁目交差点南部に向けて制圧砲撃を開始する。

それを見て、千尋はまりもに通信を放つ。

 

「そちらの状況は⁈」

 

『––––––現在機龍の直援に回っている私の1個分隊と、3個小隊に分かれて布陣している。』

 

戦況ウィンドウには、

––––––昭和通り・舞鶴一丁目交差点(中央)

▪︎第1機龍隊3式機龍

▪︎第1機龍隊臨時司令戦術機分隊

––––––天神北交差点(右翼)

▪︎陸上自衛隊第115戦術機小隊

––––––警固公園(左翼)

▪︎ドイツ陸軍第666戦術機中隊第1小隊

––––––天神橋口交差点(補給中)

▪︎特生自衛隊第103戦術機小隊

そう表示されている。

 

"––––––右翼が押されてる…!"

 

思わずそう舌打ちする。

今すぐにでも救援に向かいたい––––––だが、東進してくるギャオスの侵攻は、未だ途絶える様子が無い。

 

『…右翼は福岡湾からの支援砲撃に任せる。現在博多空港仮設補給基地で補給を終えた西部方面戦車隊と第204メーサー中隊、そして一時離脱していた第75中隊が増援として那珂川東岸および中洲地区に布陣する––––––それまで持ち堪えるぞ…!!』

 

『何だこれ…戦況ウィンドウが…!』

 

まりもの苦悶混じりの号令。

だがそれに、新井の驚愕の声が重なる。

––––––それに千尋も押されるように戦況ウィンドウを確認して、息を詰まらせる。

自分達の至近––––––右翼を務める第115中隊と補給中の第103中隊、そして明治通りの直下––––––に、多数のギャオスと思しき反応が群がりつつある。

はっとして全方位を見渡す––––––だが、前方からは確認出来るものの、反応があった後方にギャオスは視認出来ない。

"––––––センサーの故障か?"

いや、でもそうでないとしたら––––––その思考を終える前に。

 

『総員ここから離れろ!この下には––––––』

 

ユリアの、どこか演技じみた(・・・・・・・・)焦燥の声。

 

『––––––地下鉄のトンネル(・・・・・・・・)が…!』

 

––––––瞬間。

轟音が鳴り響く。

【天神地下街】直上の街区そのもの(・・・・・・)を突き破りながら溢れ出る、肉色の津波が––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––12分後。

赤黒い非常灯が灯るメンテナンス・ブース内で、千尋は息を切らしていた。

…叫び過ぎたせいか、喉が痛い。

そこにふと、まりもの溜息混じりの声が達する。

 

『––––––状況終了。総員、ご苦労だった。30分後に帰還報告(デブリーフィング)を行う。シャワーと着替えを済ませて、ミーティングルームに集合しろ。以上だ。』

 

––––––眼前には。

《仮想戦闘演習プログラム・福岡01 終了》

…そう描かれたウィンドウだけが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◆◇◇◆◇◇

 

 

 

 

 

 

東京都墨田区:特生自衛隊八広駐屯地

司令部庁舎区画 地下第3階層02訓練室

 

「戦闘継続時間、2時間53分。結果は鷹月の率いていた第75小隊を除く戦術機部隊壊滅と機龍の中破。原因は支援中隊と機龍のサイズ差による明らかな連携のズレと、福岡市営地下鉄空港線を侵攻して来た個体群の奇襲による中隊の分断。なれど、機龍の奮戦と有明海に展開した米海軍第7艦隊第15駆逐隊および鐘ノ岬沖に展開した第2護衛艦群第2護衛隊からの巡航ミサイルと燃料気化(サーモバリック)砲弾を用いた面制圧により、福岡市内の個体群殲滅には成功––––––」

 

まりもが書類を読み上げながら呟く。

 

「––––––どう考える?鷹月一尉。」

 

「編成されたばかりの機龍隊にとって、これが初の市街地訓練ならば満足できる結果であると考えられます。

また戦術的には敗北ですが、福岡市に侵攻した個体群による被害をあれ以上拡大させることなく殲滅した…という戦略的観点から見れば、まずまずかと。」

 

仁が感情を極力抑えた声音で答える。

 

「…ですが課題もあります。戦術機中隊にはこれまでロリシカ派兵等で巨大不明生物との戦闘ノウハウこそありますが、都市での戦闘には不慣れであった為に弾薬と推進剤の消耗が激しかったこと––––––第二に、上空や川の対岸、そして海岸からの侵攻に警戒するあまり、地下鉄からの侵攻を想定出来ていなかったこと。他にも問題あるでしょうが、現状はこれら2点が問題かと。」

 

やはり客観視は出来ない。

機龍隊と戦術機部隊の運用自体を見直す必要もある––––––そう、仁は言外に告げる。

それにまりもは頷きながら、

 

「運用については…正直微妙だ。私からも言ってはおくが、決めるのは上だからな…––––––だが先に述べた点は、どちらも訓練次第で克服とまでも行かなくとも緩和できるハズだ。特に後者は私を含めた全員が思い知っただろう。」

 

––––––そう言い放つ。

 

(…確かに––––––地下鉄なんて、完全に盲点だった。)

 

それに同意するように、千尋は内心呟く。

今まで戦っていた場所は––––––お世辞にも発展しているとは言えない、いわゆる片田舎か無人地域。

入り組んでいた場所といえば––––––タッグトーナメント時の障害物エリアやIS学園の地下区画のみ。

だが、前者は分隊規模での連携はあれどたった2回。

後者は戦略も戦術も連携もへったくれも無かった上に、

––––––ギャオスはもっとも未成熟な個体であっても、IS学園地下で対峙したクラブロスより巨大なのだ。

…それらも相まって、今回戦場として選出された福岡市という––––––近代化した都市で、浸透侵攻経路たり得る地下鉄への警戒が疎かになってしまったのだ。

実際、いち早く地下鉄の存在に気付いたユリアの警告が無ければ––––––誰も気付けなかった。

…否。

––––––今回のシミュレーションデータ、部隊長であるまりもは事前に確認している筈だ。

…していなかったとしても、今回のシミュレーションが市街地という事から、欧州連合の提出した国際規格の市街地戦闘データ––––––

 

ウクライナの首都キエフでの戦闘データである、

––––––【キエフ・データ】

ウクライナの工業都市ドニプロでの戦闘データである、

––––––【ドニプロ・データ】

ウクライナ第2の都市ハルキウでの戦闘データである、

––––––【ハルキウ・データ】

ドニプロと同じく工業都市であるドネツィクでの戦闘データである、

––––––【ドネツィク・データ】

ウクライナの鉄道都市であるクルィヴィーイ・リーフでの戦闘データである、

––––––【クルィヴィーイ・データ】

 

––––––それらのデータによれば、地下トンネルからの侵攻によって大規模な損害を被った事例が存在していた。

福岡の戦闘プログラムデータがそれを元にしている可能性がある以上、そちらの方を確認している筈だ。

…という事は。

––––––地下鉄をギャオスが侵攻してくる事を、まりもは知っていた事になる。

いや、まりもだけではない。

ウクライナでギャオスと直接戦っていた事から経験豊富なユリアが、あんなギリギリまで気付かない筈がない。

つまり、ユリアも気付いていて––––––

…ああ、つまり、

 

(ワザと気付かなかったフリをして、俺らがまだ未熟だと理解させると同時に––––––気を引き締めさせるって魂胆だったワケか。

ンで、ホーゼンフェルト大尉は俺達があんまりにも気付かないモンだから思わず声あげちまった…と。)

 

––––––神宮司三佐らしい。と内心納得しながら、千尋は思う。

 

「ホーゼンフェルト大尉からは?」

 

ふと、まりもがユリアに問いかける。

 

「––––––私からは何も。内容もほとんど鷹月大尉と被りますので。」

 

だが、ふと思案して。

 

「ですが、お互いにとって今回は良い機会になったと––––––そう思います。」

 

そう、回答する。

…その意味は単純なことだ。

そもそも、なぜ特生「自衛隊」の訓練に「ドイツ連邦軍」が参加しているのか。

…その答えも単純なことだ。

…ドイツで建造中とされる、機龍をベースにしたメカゴジラという兵器。

それの運用と支援を実施する為に、自衛隊の演習プログラムが最適だったから、というもの。

ではなぜ自衛隊の演習プログラムを使うのか。

それは、ドイツにはもう後がない(・・・・・・)からである。

…既に北ヨーロッパ平原における巨大不明生物群の先鋒は、ポーランド領・ビスワ川周辺––––––ドイツ国境まで300kmの地点––––––にまで到達している。

そして、ギャオスの侵攻速度は一番足の遅い陸棲種でも最高時速160km。

つまり最高時速を維持したまま侵攻すれば––––––2時間程度でドイツに攻め入ることが出来るというのだ。

今はどうにかバルト海からの戦艦やミサイル駆逐艦からの火力投射と、オーデル・ナイセ要塞線およびムンスター陸軍基地、ディープホルツァー陸軍基地に配備された、大陸間横断超電磁投射砲の超々長距離曲射射撃による漸減で、どうにか侵攻を食い止めているという現状。

…ドイツ・ポーランド間国境を抜かれた際の第2次防衛ラインはあると言えばある。

だが、徴兵が出来ない中で用意された戦力の大半が第1次防衛ラインたるオーデル・ナイセ要塞線およびベルリン近郊に配備されているのだ。

…故に、第2次防衛ラインは名ばかりと言っても過言ではない。

国境付近の防衛ラインを突破されればドイツの陥落は確定。

旧西ドイツ領に展開している数少ない予備兵力だけで戦わねばならない未来に直結する時点で、結末は分かりきっている。

加えてドイツ領を突破されれば、フランスやベネルクス三国にもギャオス達が雪崩れこみ、戦火は一瞬で西欧にも拡大し––––––巨大不明生物が、欧州陥落に王手をかけてしまう。

––––––だがそれは通常兵器のみの話。

現在急ピッチで建造中のメカゴジラなる、機龍を基に建造されている決戦兵器(・・・・)が間に合えば、戦況を覆すことはもはや不可能ではあるが––––––現状維持は叶うやも知れない。

…その建造と並行して、自衛隊、延いては機龍隊の演習プログラムで運用ノウハウを学ぶと。

––––––ぶっつけ本番で当たる可能性がほぼ確定であるからこそ、そうなっても対応可能となれるように…と。

だから今回は、第666中隊も訓練に参加したのだ。

 

「では以上だ––––––解散ッ!!」

 

ふと、まりもの号令で思考の海から引き上げられる。

応えるように、

 

「––––––敬礼!!」

 

仁が紡ぐ。

そして全員が敬礼し––––––解散となる。

 

「篠ノ之、身体の具合はどうだ?かなりのGがかかっていたハズだが。」

 

全員が解散して行く中、まりもが千尋に問う。

 

「は、大丈夫です!もともと、自分は身体が頑丈ですので。」

 

直立不動の姿勢で、千尋は応える。

 

「ふむ、それなら良いんだが––––––ああそれと、鷹月一尉の娘さんが貴様を探していたぞ。」

 

「––––––は?」

 

思わず、千尋の目が点になった。

 

 

 

 

 

◇◇◆◇◇◆◇◇

 

 

東京都墨田区:特生自衛隊八広駐屯地

司令部庁舎区画

––––––同・第2庁舎保安部警務隊事務室

 

「はぁ…そういう連絡は事前にしてくれよ篠ノ之…。」

 

「すみません…。」

 

警務隊職員が肩を並べてデスクワークに勤しむ事務室。

その一角で千尋は警務隊の男性自衛官に説教を受けている最中であった。

 

事の発端は。

「––––––千尋!IS学園入学するまではここで働いてたんでしょ!?ちょっと案内してよ!!」

という、訓練後に顔を出しに行った際に放たれた鷹月の一言からだった。

それで、見学用のIDを貰いに来て––––––やらかしてしまった。

 

「将来自衛官を目指してるって子が見学したいってのは、まぁ喜ばしい。だがいきなりアポも無しに来て『見学したいらしいのでゲストID下さい』ってのは無茶があるぞ、おまえ…。」

 

警務隊の自衛官が言う。

しかしそれは当然だと言える。

 

「俺ら警務隊はもちろん、各部署との協議も経て、どこからどこまでを見せるか––––––そういうのも話し合わなきゃならないんだぞ。

市ヶ谷じゃないんだし、そんなに自由度は高くないんだ。」

 

「…はい。」

 

ここで働いていたが故に、見学にかかる手間というものを知らなかったとはいえ、やらかした––––––と千尋は思う。

…普段こういうのは立場上自分よら階級が上の箒が担当していた。

だが––––––箒は現在臨時の健康診断中。

故に千尋が立ち会うこととなったのだ。

…思えば、八広駐屯地は陸海空自衛隊よりも機密性が高い。

だからこそ、見学の承認が降りる可能性は極めて低い。

IS学園入学前はフリーパス状態であったが故に忘れがちだが、よくよく考えればこの施設とはそういう場所なのだと、再認識させられた。

 

「まぁ、地上区画なら良いか…ここの案内もいずれせにゃならんし…一応滑走路や演習場以外はアクセス可能だし…。」

 

––––––今回は見逃してやるよ。その代わり、IS学園の生徒であると同時にここの職員であるお前も随伴しろ。

…そう付け加えながら、彼はゲストIDを千尋に手渡した。

千尋は胸をなで下ろすと共に、

 

「はい、今後は注意します。」

 

––––––そう言って、礼を言う。

 

「今回だけだからな?忘れるなよ。」

 

 

 

 

…そして今。

 

 

◇◇◆◇◇◆◇◇

 

 

 

東京都墨田区:特生自衛隊八広駐屯地

格納庫区画第5車輌格納庫

 

「すごい…すごいすごいすごい…!レオパルド2に、T-72!!」

 

鷹月が感嘆の声を上げる。

彼女の言う通り、第5車輌格納庫には、

––––––ドイツ製にして欧州標準戦車とも呼ばれるレオパルド2主力戦車。

––––––旧ソ連製にして未だ旧共産圏で運用されているT-72主力戦車。

それらが合計28台ほど鎮座している。

 

「欧州の戦車なんて滅多に見れないのよ!地理的にも離れてるし、共同訓練しようにも日本じゃ実弾撃てる場所がほとんどないからアメリカでしかやってないしで日本に来る理由ないから!

旧ソ連製なんてもっとレアよ!旧共産圏とは軍事交流あんまりないからまず日本じゃ見れないし!!」

 

…それを見て、頼んでもいないのに鷹月が興奮気味に解説する。

確かに、日本では諸外国の戦車が陸揚げされる機会などほぼ皆無であるために、こうして海外の戦車を間近に見て興奮するのだろう。

…特に、鷹月のようなミリタリーヲタクは。

 

「でもなんで外国の戦車が特自の駐屯地にあるの?」

 

ふと、もっともな疑問を立花が言う。

それに、

 

「八広駐屯地は特自と国連軍の共用施設で、敷地内に特自管轄区画と在日国連軍基地があるからな。

多分在日国連軍基地の戦車なんだろう。」

 

千尋が答える。

 

「ふーん…でもここって特自の管轄区画よね?」

 

「ああ––––––多分追加戦力として配備されたは良いけど、国連軍基地の敷地内に収まり切らないから、特自の空いてる格納庫を間借りしてる…って感じじゃないかな。」

 

千尋の言う通り、八広駐屯地の国連軍管轄区画––––––通称:在日国連軍墨田基地––––––は今や受け入れられる部隊のキャパシティを超過しており、特自管轄区画や最寄りの自衛隊基地へ分散配備を要請している…というのが現状であった。

それだからか、特自の格納庫にも国連軍の車輌が配備されている。

 

「でもメーサー車は?特自の主力車輌なんでしょう?」

 

食い入るように立花が聴く。

 

「メーサー車は機密の塊––––––海自でいうところの潜水艦やイージス艦みたいなモンだ。だから普段は地下車輌格納庫に配置されていて、地上格納庫に配置されることは有事の際を除いて滅多にない。」

 

––––––というかこの駐屯地自体、地下は機密の塊だからな。

と付け足すように千尋が言う。

事実、八広駐屯地は墨田大火災の跡地より現れた国家機密級の存在たちを覆い隠す為に築かれた蓋に過ぎない。

地下には、墨田大火災の原因である、束が開いたワームホールの果て。

––––––人が自らを守る為に、荒神の肉親にあたる遺骸を用いた3式機龍(遺思を持つ者)

––––––人が巨獣に抗う力として実現してみせた存在の末裔たる90式メーサー車の残骸。

––––––石炭紀から時代を超え、現代に現れた者達の王たる超翔竜(メガギラス)の肉片。

––––––既に焼き尽くされたのか、炭化していた完全生命体(デストロイア)の破片。

––––––破壊し尽くされ、残骸と化していた詳細不明…一部の残骸からモグラを髣髴とさせる物体。

––––––マイクロ・ブラックホール現象を引き起こし、それを制御するシステム(ディメンション・タイド)

––––––ブラックホールの果てを彷徨ううちに液状化し、1万℃もの溶岩めいた液状物質となった、ミレニアムゴジラ(かつての自分)の肉片。

––––––その1万℃もの液状物質の中でも形を喪う事なく、篠ノ之千尋(今の自分)を構築した、ゴジラ細胞(オルガナイザーG1)

…それら異界より流れ着いた、無数の漂流物が地下には保管されている。

つまりは、この駐屯地自体が巨大不明生物に抗い得る存在を生み出す為の兵器廠でもあるのだ。

事実、この駐屯地から発された技術は多い。

––––––特自の主力車輌こと、18式メーサー殺獣光線車や各種メーサー兵器の技術。

––––––統合機兵打鉄甲一式で試験運用されていた試作携行装備群。

––––––120mm弾の連射・装弾・砲身冷却すら可能なレールガン技術。

––––––海自で未だ現役の「やまと型」・「きい型」に搭載されている、超耐熱対弾人工ダイヤモンドコーティング複合装甲およびNNリアクター機関。

––––––超高性能爆薬ことNN兵器。

––––––3式機龍のDNAコンピューター・システム。

––––––アメリカおよびイギリス、ドイツで建造中と噂のメカゴジラなる巨大兵器の基礎技術。

千尋が知っている(・・・・・・・・)だけでもこれらが挙げられる。

知らない場所では、更に良くないものまで作られている可能性は極めて高いのが、これまた不安ではある。

もっとも、これらは既にアメリカや欧州に提供されている技術群だ。

アメリカにはロリシカの支援と日米安全保障条約に基づく技術提供。

欧州…特にドイツには、ウクライナ防衛を確固たるものにし、欧州完全陥落を回避するために。

思惑がどうであれ、少なくとも墨田大火災の翌年にして八広駐屯地が完成した2017年ごろからは既に対獣戦争を見越し、各国との情報共有と兵力増強に携わっていたということになる。

結果として、アメリカでは次期主力空母の主機を原子力機関からNNリアクターに。

ドイツは世界で2番目にメーサー車の開発・実戦投入を行い、崩壊寸前だったウクライナ戦線を2〜3年は延命させた。

 

––––––閑話休題。

 

––––––ふと神楽が、

 

「ええ。残念ながらメーサー車とかは機密扱い。兵器を大量生産しても誰も騒がない国連やアメリカと違って、日本は口煩い人が多いでしょう?」

 

––––––付け加えるように、立花に言う。

…こうした兵器群の存在は、公になり過ぎると、『平和を脅かす』という––––––敵は話の通じない巨大不明生物だし、世界規模で被害は拡大してるし、とっくに平和は脅かされていると思うのだが、そう言ったところで論点をすり替えてくるだけなので、巨大不明生物同様に話が通じない相手––––––輩が多いのがこの国。

だからこそ、兵器廠としての一面も持つ地下区画は機密扱いなのだ。

その一面を見てると、アメリカが羨ましく見えてくる。

 

「––––––ああ、そうそう…」

 

ふと思い出したように、神楽が千尋に声をかける。

 

「アメリカは国連軍に提供する戦力として…半年以内に駆逐艦175隻、揚陸母艦51隻、ロケット砲艦61隻––––––合わせて287隻を建造するそうよ。」

 

「…に、にひゃく…?」

 

––––––冗談だろ?と、

神楽の言葉に千尋は唖然としてしまう。

それはあまりに桁違いであるから。

…分かりやすく言うなら、『海上自衛隊2個分の戦力を今から国連用に作る』と言っているのと同じだ。

 

「そして、近年まで悪化していたアメリカの経済状況も戦争による兵器輸出のおかげでマイナスから回復して連日右肩上がり。」

 

––––––流石は武器商人大国よね、と神楽が皮肉めいて笑いながら。

 

「ま、必要といえば必要ね––––––むしろ、それでも足りないくらい。

これからも人類が世界全域(・・・・)をカバーする気なら、せめて1000隻以上は要るでしょうね。」

 

––––––いくら大量生産とはいえ、第2次世界大戦の時と同じ数程度じゃ足りないわよ。

そう付け足しながら言う神楽の言葉に、千尋は頭を抱える。

 

「––––––つまり前にも一回、この規模の大量生産やったのか…。」

 

「ええ––––––第2次世界大戦時には隔月刊正規空母ことエセックス級、月刊軽空母ことインディペンデンス級、週刊護衛空母ことカサブランカ級、日刊駆逐艦ことフレッチャー級、三時刊輸送船ことリバティ…等が大量生産されてた 。」

 

––––––…まぁ、あの国は日本の30倍くらいの生産力があるし、珍しくもなんともないわ。

…さらりと言うと共に、紡ぐように、

––––––それに第2次世界大戦時のシミュレーションゲームで史実のアメリカを再現したら、ゲームバランス崩壊か処理落ちかの二択と言われている程すごかったそうだから。

…と、恐ろし過ぎる言葉を付け加える。

––––––そして、そこまでしても勝てないであろう、巨大不明生物(かつての自分と同格のもの)達に畏怖を覚える。

––––––だが、

 

「うぉぉぉ––––––っ!61式戦車改じゃない!」

 

…なんて、鷹月の興奮気味の声にその畏怖は吹き飛んだ。

––––––声の発生源では。

陸上兵器ヲタク状態となっている鷹月と。

その鷹月に質問する、海上兵器ヲタクと化した立花が、

 

「え?61式ってもう60年も前のポンコツじゃあ…。」

 

「そっちは2000年に退役した61式戦車。

––––––61式改は退役を免れた61式にUGV化のテストベッドとして、半無人化改造が施されたタイプなの。

だから英語表記だと《Type-61A2_UGV》って呼ばれてるわ。」

 

「ゆ、ゆーじー…?UAV(無人航空機)の親戚?」

 

「そ。UGV(無人地上車両)。…遠隔操作で動くバカデカくてミサイルや砲弾を撃てるラジコンって言えば分かる?」

 

「あー…––––––なんとなく。」

 

「一般的には1991年の雲仙普賢岳噴火時のような人が即死しかねない環境でも機動・対応するべく開発されたの。

––––––…まぁ、無人兵器の技術やノウハウが日本は浅かったから、結果はお察しなんだけど…。」

 

「あー…––––––失敗したのね。」

 

「うん、そもそも火砕流が発生してるような環境じゃマトモに操作用の電波届くわけないから…ね?」

 

「…結局人が乗って操作するハメになる仕様、と。」

 

「うん、だから珍兵器図鑑にも登録されてるのよね…」

 

「珍兵器……パンジャンドラムとか扶桑型戦艦とか潜水艦スルクフと同じ扱いなのね。」

 

「うん。…でもまぁ––––––実際それも怪しいわよね。」

 

––––––ふと、鷹月の声音が反転する。

 

「巨大不明生物だかMUTOだか…とりあえず怪獣がいるって事が分かってしまったら、61式改の存在だって災派(災害派遣)用じゃあなくて––––––最初から、対巨大不明生物戦を想定されてた車輌なんじゃないかって、そう思うわ。」

 

それに同意するように、立花も頷く。

 

「…確かにね。言われてみれば、そう考えた方が合点のいく装備が多いのよね。

––––––海自だと、《いずも型》護衛艦とか。」

 

––––––いずも型護衛艦は、ひゅうが型護衛艦の後継艦として建造されたヘリコプター艦載型護衛艦である(そこ!どう見てもヘリ空母とか言わない!いずもは空母の形をした駆逐艦だ!)。

…便宜上建造された、と言われているが、実際には改造と言う方が正しい。

事実いずも型は––––––建造途中に放棄され、モスボール保存されていた旧帝国海軍紀伊型戦艦3・4番艦(名称なし)の船体に合わせて艦橋構造物を設計・建造した––––––帝国艦と自衛艦の混血艦なのだ。

紀伊型戦艦––––––とはいえ、建造途中で空母への改造や船体の小型化が成された為に、『準同型艦の改造空母』と呼ぶ方が正しいかもしれないが––––––の船体が持つ対20インチ装甲という強靭な防壁。

ひゅうが型のものを基に拡張・大型化した、対潜水艦と航空機運用に特化した設備に加えて、静止衛星とのデータリンクと一括情報処理を可能とする頭脳。

そしてドイツより導入した5インチ超電磁単装砲––––––噂によれば第3世代IS・シュヴァルツァレーゲンのパンツァーカノニーアと同じ型のレールガン––––––という、個艦防衛用にしては過剰な火力を持つ艤装。

––––––事実上の戦闘航空母艦、それが「いずも型」護衛艦であった。

 

「…当時はだいぶと言われてたのよね。運用方法はミサイル護衛艦や汎用護衛艦に守ってもらいながらSH-60(シーホーク)対潜哨戒ヘリコプターの航空プラットフォームとして機能する––––––だったのに、ぶ厚過ぎる装甲とレールガンが明らかに余分だって叩かれてたし。」

 

立花の言う通り––––––それは本来の運用指針と矛盾する。

だがそれは、

 

「まぁ対人類戦以外も想定していれば、装甲やレールガンを運用してる点も、理解できるわよね。」

 

––––––その一言で片付いた。

 

「…でも、他にも理由あるでしょうね。

––––––海自は《やまと型》や《きい型》も運用してるから、既存のヘリ艦載護衛艦を運用する為の予算や戦艦組の維持費に食い潰されて作れなくなる…って事態をどうにかしたくて、予算を極力使わずに作る為に苦肉の策としてモスボールしていた旧紀伊型の船体パーツを使ったって話…どっかで聞いたわ。」

 

ふと、鷹月が言う。

それに同意するように立花はうなだれて、

 

「わ〜か〜る〜〜〜、絶対そっちの面もあったって。対巨大不明生物戦も考えなきゃだけど、当時海軍力を増してた仮想敵国たる特定アジア諸国にも対抗しなきゃいけなくて対人類戦も考えなくちゃだったろうし––––––…割と苦労したんでしょうね…お上さん。」

 

そう言う。

すると鷹月までうなだれて口を開く。

 

「そうよねー…いやまぁ、日本は防衛費より福祉に予算振ってるから私ら普通に生活できるけどさ…。」

 

「ねー……父親が自衛官の身としちゃ防衛費少な過ぎて悲しくてね…予算少ないのはホント悪だわ。」

 

「「……財務省は悪!––––––コロすべし!慈悲は無い!!」」

 

なにか忍殺の効果音が聴こえてきそうなノリで、2人は息の合ったユニゾンを決めながら言う。

 

「お前ら仲良いなぁ…」

 

それを見て、千尋はほのぼのとした顔を浮かべる。

––––––久々に、学生らしい光景を見たような気がしたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◆◇◇◆◇◇

 

 

羽田空港・国際線ターミナル

 

ターミナル内は高さ30メートルに及ぶであろう吹き抜け。

清潔感に満ちた明るい白の床や天井で構成されており、滑走路を見渡せる2階の巨大ガラス窓から入射する陽光によって、解放感溢れる空間となっていた。

––––––その隅で、ベンチに腰を下ろしながら会話をする女性が2人とエスコート係らしき屈強な体型の男が1人。

 

「それ…ホント?」

 

黒髪をたなびかせる日系アメリカ人の女性が、金髪の女性––––––スコール・ミューゼルに英語で聴く。

 

「ええ、公開してないけど––––––ポーランド政府が完全沈黙。中東から新種の巨大不明生物––––––仮称・イルルヤンカシュが侵攻。こちらはまだ大丈夫でしょうけど、シベリア方面のバルゴンは無理でしょうね。

…このままだと半年くらい経てば、ロシア連邦どこれか欧州大陸一帯は地図から消えてなくなるわ。」

 

大国であるロシア連邦が地図から消えてなくなる。

にわかには信じがたい非現実的な言葉だが、今現在の、巨大不明生物が次々と活動を開始し、人間を殺戮あるいは生息圏を拡大させている現状では、それを受け入れざるを得なかった。

 

「ついでに言うと、中国戦線もマズイわ。巨大不明生物群によって防衛線が崩壊。

共産党員も政府専用機が事故を起こしてほぼ死亡現在は国粋派と合作派に分裂。内戦で混乱下にあるわ。

まぁ今は日本にいる駐日中国大使。彼が指揮権を持っているわ。」

 

けど、こちらも消滅するのは時間の問題ね。と冷めた客観的で他人事のようにスコールは付け加えて言う。

––––––さらに付け加えるなら、日本では報じられていないだけ(・・・・・・・・・・)で今から一週間前にモンゴルも陥落(ブラックアウト)しているのだ。

…否、モンゴルだけではない。

既に地球各地で巨大不明生物達が蠢き出している。

パプアニューギニアにはカマキラス。

モーリタニアにはメガヌロン。

キューバにはロクムクル。

チャドにも新種の個体。

––––––それら地域は半ば制圧されてしまっている。

…つまり、それは。

 

「それにしてもおかしな話ねぇ…」

 

スコールは加虐に満ちた感情に歪まみ、口角を吊り上げる。

 

「モンゴル、ウクライナ、カザフスタン、モルドバ、パプアニューギニア、モーリタニア、キューバ、チャド………すでに世界の国が8つ…今朝の時点では21ヶ国も陥落しているのにね。

でもIS委員会の連中はIS学園でイベントを強行させた。いろんな意味で正気を疑うわ。」

 

––––––噂では、それに反対した臨時理事長を左遷して、委員会から理事長代理を送り込んでまで開催したそうだしねぇ…。と付け加えながら。

––––––否。

大規模侵攻により国土の大半を喪った中国やロシア。

ウクライナから侵攻を受けているルーマニアやポーランドなどの東欧。

カザフスタンより侵攻を受けているウズベキスタンやトルクメニスタンなどの中央アジア諸国。

シリアから侵攻されているイランやイラクなどの中東諸国。

それら地域の国々は現在進行系で壊滅していっている。

既に世界人口の1割以上––––––10億人以上の人間が犠牲になってすらいる。

…たった一ヶ月で、だ。

たった一ヶ月で10億人が死んだ––––––まるで出来の悪いSF映画のような話だ。

だが、その出来の悪いSF映画のような事態が現実となっている以上、もはや現実逃避は許されない。

 

「…IS委員会も、そうでもしなきゃ自分達の権力が無くなってしまうからでしょうね––––––まぁ、そんな事はどうでもいいわ。… ” 奴 ” に関しては?」

 

日系人の女性が問う。

––––––その瞳には、真剣に取り組もうとする姿勢が見てとれた。

 

「IS学園と館山市を蹂躙後、別個体…おそらくベッセルング計画で発生した巨大不明生物と太平洋に水没。」

 

「––––––そう…」

 

「既に日米連合艦隊と国連軍が捜索してはいる。でもあの辺りの海底は地形が複雑だそうだから、かなり困難ね…。」

 

「––––––OK、現状は大体分かった。」

 

ふとそう言うと––––––日系人の女はベンチから立ち上がる。

 

「とりあえず私はランドー・ヤグチに接触する準備をするわ。それで、マキと––––––ミト・アサクラについて調べてもらう。」

 

「ええ––––––頑張って。」

 

「Yeah.…ところで––––––」

 

ふと、思い出したように辺りをキョロキョロと見渡したのち––––––スコールを見つめて。

 

「––––––ZALAはどこ?」

 

「––––––さぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでになります。
一か月投稿出来ず申し訳ありませんでした。

…最後に出た人…誰でしょうね?(すっとぼけ)

次回も不定期ですが、極力早く投稿できるよう努めてますので、よろしくお願い致します。



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