インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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日常パートたーのしー!

千尋「でもそれと同時進行でややこしい事態やら惨状やらが起きてるんだよな…。なぁ俺さ、もう機龍でユーラシア大陸介入していい?」

ダメだよ福音編までは原作に沿ってやるから。
あと機龍の最終調整まだだし。

千尋「なるほど、じゃあG細胞を投与してくれ。ミレゴジに回帰してユーラシア大陸の怪獣を掃除してくる。」

何恐ろしいコトしれっと言ってんの!?

千尋「え?だってそうした方が箒は戦わなくて済むから、不幸にならずに済むだろ?(純粋な目をしながら)」

––––––ダメだこいつ、もう「命捨ててでも箒絶対幸せにするマン」になってやがる…!!
…と、まぁ茶番はここまでにしておいて、本編になります。







EP-46 乱世ニ至ル日常

八広駐屯地・医療棟203号室

 

「お姉さん…––––––––––––––––––だぁれ?」

 

その声に、千冬は困惑した。

 

「––––––ラウ、ラ…?」

 

ラウラの反応に思わず私は困惑する。

かつて私がドイツで教え子として技術を与え、私にひどく懐いていた少女は。

私が如何に否定しようと私を引きずり戻すと狂信的なまでに息巻いていた少女は。

 

「あ、あの、私…」

 

––––––まるで無垢な子供のように、漂白されていた。

…私から見ても、数日前の狂犬としか形容出来なかった彼女など、最初から存在しなかったように。

故に愕然とする。

何故こうなってしまったのかと、唖然とする。

 

「お姉さん、大丈夫?顔色が凄く悪くて…。何処か苦しいの?」

 

––––––VTシステムの仕業だろうか?

…可能性はある。

ヴァルキリーの動きを処理し切れるだけの脳がなければ、廃人になる可能性はある。

だが––––––ラウラの出自的に可能性は低い。

では何故––––––、

 

「––––––やはり、こうなったのですね。」

 

ふと、凛とした––––––だが慈しみを孕んだ声が部屋に響く。

千冬が振り返るとそこには、

ラウラと同じ銀髪。

左目には医療用の眼帯。

右目には治療後なのか痛んだ瞼。

その中にラウラと同じ紅い瞳。

ドイツ軍のBDUと国連名義の入館証明書をぶら下げた女が。

 

「––––––クロエ・クロニクル…。」

 

千冬がその女––––––クロエを睨みつけながら言う。

彼女は束の助手を務めていた女だった。

––––––今の服装を見る限り、おそらく国連軍の兵士としてこの駐屯地に入ったのだろう。

…八広駐屯地には、国連軍管理下の区画もあるのだから。

 

…千冬の声に、クロエは少し申し訳ないように顔を浮かべながら。

 

「…それは篠ノ之束の元に潜入する為のコードネーム。私の本名は【クロエ・アドルガッサー】––––––ドイツ陸軍情報部の人間です。」

 

––––––『転属したので、今は元・陸軍情報部ですが。』と付け加えながらクロエは言う。

そしてラウラを見つめて、

 

「ラウラ––––––私のことは…分からない、わよね?」

 

「…うん、こっちのお姉さんも、知らない…。」

 

「––––––そう…。」

 

その答えに、クロエは少し悲しそうに微笑み返す。

 

「…まさかとは思うが––––––」

 

クロエに千冬はある疑念を抱き、投げかける。

 

「––––––お前達ドイツ軍もドイツ政府も…利用していたのか?束も、それと蜜月の関係にあったドイツ軍内のIS部隊も。…ラウラも。」

 

…怒りを孕んだ問い。

それにクロエは、

 

「はい––––––VTシステムを、実戦投入(・・・・)可能とする為に。」

 

––––––隠す事なく、そう告げた。

 

「––––––何のために?」

 

「兵士の生存性を高める為に。」

 

「––––––何故そこまでする?」

 

「祖国を守る為に。」

 

「––––––何故?」

 

「欧州、延いては人類の未来の為に。」

 

震える感情のこもった千冬と。

淡々と状況を報告するクロエ。

––––––対を成す2人の声が部屋に響く。

 

「––––––その為にお前達は何をした?」

 

「VTシステムを制御可能とする思考拡張剤や戦術薬物の投与。」

 

「––––––ラウラに何をしたか分かっているのか?」

 

「VTシステムの運用実験の被験体にした。システムと薬物に改良の必要がある分かっただけで今は良いです。」

 

「ッ––––––!!」

 

相変わらず淡々と告げるだけのクロエ。

それに、千冬は堪忍袋の尾が切れたのか、彼女の胸ぐら掴み上げる。

 

「その結果がコレか!?」

 

「薬物の副作用で精神崩壊を起こし、幼児退行しただけです。」

 

「だけ…だと?何を軽々しく––––––!」

 

「廃人になるよりはマシです––––––それに、元より私達(・・)は実験動物です。」

 

その言葉に、千冬は雷に打たれたように硬直する。

 

「ではVTシステムの搭載も、システムの起動も––––––予定通りだと?」

 

苛立ちを孕んだ声を震わせながら千冬が問いかける。

それは、ISを纏っていたならばクロエの首を跳ね飛ばしかねない形相で。

 

「––––––はい。」

 

だが、そのようなことなど知らないとばかりに––––––クロエは勤めて冷静に言い放つ。

 

「本来ならばIS委員会や近隣諸国から咎めや非難が来る所ですが––––––もう、そんなことに構っている余裕など、我々には無いので。」

 

そこにはただ、篠ノ之束の助手としてのクロエ・クロニクルではなく。

滅びるか否かの瀬戸際に立たされ、覚悟を決めた––––––クロエ・アドルガッサーの姿だけがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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同時刻

ロシア連邦共和国

カリーニングラード州ゴゴレヴォ

 

ポーランドとリトアニアに隣接し、バルト海に面したロシアの飛び地領土––––––カリーニングラード。

第2次世界大戦以前、オスト・プロイセンと呼ばれていたその土地は、戦後のソ連領への編入と冷戦終結によるロシア領への編入を経て、未だ欧州における戦火の火種たり得る土地として存在していた。

そして今この地は––––––鮮血と泥に埋もれる地獄と化していた。

 

––––––田園地帯が広がっていたであろう平野は無数のクレーターに侵食され。

––––––豊かな自然を蓄えていた森林は炎によって焼き払われ。

––––––穏やかに営まれていた住宅は瓦礫の山へと変えられ。

––––––地平線の果てより、異形の鳥(ギャオス)が破滅の足音を鳴らして迫り来る。

––––––それを迎え撃たんと、天よりつるべ打つ、鋼鉄の雨。

––––––その光景は確かに、この地が戦場と化している証左であった。

 

「はっ…はっ…––––––っ、くそッ!」

 

IS【グストーイ・トゥマン・モスクヴェ】を駆る女性––––––ログナー・カリニーチェは、口角から血を流しながら毒づいた。

周囲には単一能力【沈む床(セックヴァベック)】によって拘束することで殲滅することに成功した複数のギャオスの死体。

––––––沈む床(セックヴァベック)とは、高出力ナノマシンによって空間に敵機体を沈めるようにして拘束する超広範囲指定型空間拘束結界であり、対象は周りの空間に沈み、拘束力はAICを遥かに凌ぐというシステムであった。

だがしかし、コレを用いても尚––––––止められるのは精々一体が限界。

加えて通常形態では15〜30メートル級ならいざ知らず、60メートル級の個体には火力不足である為、常時高出力形態【麗しきクリースナヤ】の発動を行わねばまともに立ち回れない。

––––––故に彼女は、バルト海に展開するロシア海軍ならびに国連軍艦隊による面制圧砲撃を生き延びた残敵掃討を担う後方に配置されていた。

…だがそれであっても、彼女にとっては重荷であった。

––––––今やモスクワ方面とコラ半島の防衛に尽力する方針に傾いたロシア軍は戦力をそちらに集中させている。

それ故にカリーニングラードの防衛は困難…否。事実上切り捨てられたと言っても過言ではない。

現在はISと野砲部隊、水上打撃部隊の連携を保つことで戦線を辛うじて維持している。

だが––––––長くは保たない事は、目に見えている。

 

(––––––この戦いに…意味などあるのか…?)

 

ふと、ログナーは思考する。

––––––現在、軍上層部はカリーニングラードの民間人をロシア方面に逃がすかイギリス方面に逃がすかの議論で揺れている。

…早い話。

––––––ログナー達はその議論にケリがつくまでの時間を稼ぐ役割を与えられたに過ぎない。

だが巨大不明生物はそんな事情も御構い無しに攻め込んでくるのだ。

それを抑えることで民間人の脱出先が決まるまで守る事は出来る。

故に必ずしも無意味というわけではない。

だが––––––もし脱出先が定まらず、この地の住人全員を巻き込んで玉砕に至る可能性も極めて高い。

付け加えるならば、巨大不明生物によって東はウラル山脈以東、南はウクライナ国境付近とコーカサス地方、そして西はカリーニングラードと––––––ロシアそのものが包囲されつつあるのだ。

…このままでは、仮にロシア本国に逃がしたところで––––––ならば、イギリスなど、仮想敵国ではあるが巨大不明生物の被害が極めて届きにくい西欧諸国に逃がす方に傾くのが普通だろう。

つまり––––––議論そのものが無意味に近いと言える。

戦いに意味はある。

だがその理由に意味が無い。

 

(––––––これでは本末転倒だ。)

 

内心、独言る。

––––––直後、新たな情報が網膜投影で映る。

 

《旧ポーランド領ビシュコボよりギャオス梯団第17波の侵攻を確認。

推定個体数350体。

旧ノヴォセロヴォ市街跡にて戦術核を交えた面制圧攻撃を実施。

貴官は発生するであろう残敵を掃討せよ。》

 

「––––––…今日一日だけで、何度目よ…この命令…。」

 

いい加減うんざりしたように口を開く。

––––––だが、眼前敵はこちらの事情など構わないのだ。

––––––やるしかない。

だから彼女は、複合兵装ランス・蒼流旋をアクア・ナノマシンを一点に集中、攻性成形した【ミストルティン】を構える。

やらなければ、こちらがやられるのだ。

 

 

––––––眼前に、禍々しいキノコ雲が爆風と共に形成された。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◆◇◇◇◆◇◇◇

 

 

同時刻

ポーランド領ポモージェ県東部

––––––ビスワ川東岸・旧ドレフニツァ市街

 

ベスキト・シロンスク山脈を水源にバルト海へと注ぎ、流域面積は国土の6割を占めるポーランド最長の河川。

そこが、欧州連合軍と巨大不明生物群の最前線––––––ビスワ川絶対防衛線であった。

そして、ポーランド国民救出を目的としたポーランド撤退支援作戦。

それを継続する為の戦線維持として––––––泥濘のような戦いが繰り広げられていた。

 

「総員傾注––––––」

 

バルト海に注ぐビスワ川河口より5キロ南。

核の冬により、季節外れの雪がちらつく下。

泥と血と肉で満たされた大地の中。

ドイツ連邦陸軍第1装甲師団混成機械化連隊第3大隊第2中隊黒兎隊(シュヴァルツァ・ハーゼ)指揮官––––––クラリッサ・ハルフォーフ大尉は号令を掛ける。

それに答える部下––––––

 

当初は26名いたが、今では9人に減った

 

––––––の顔は皆疲労で満たされ、覇気がない。

だが仕方がないのだろう。

ポーランド撤退支援作戦はもはや、壊滅的なまでの打撃を被る戦死者数を出していた。

––––––ポーランド軍、28万716人。

––––––国連軍、9万5927万人

––––––ドイツ軍、1297人

––––––イギリス軍、1061人

––––––北欧理事軍、2506人

––––––民間人、無数(少なくとも2000万人以上)。

否、これから更に増える可能性もあった。

クラリッサは懸念を圧し殺し、ISのマニュピレーターに装備したM60バルカン砲をギャオス目掛けて斉射しながら叫ぶ。

 

「––––––間も無く沿岸部より面制圧が開始される。これより我々はビスワ川西岸に撤退する!」

 

クラリッサの声。

––––––続くように力のない「了解」が連鎖する。

それに唇を噛み締めながら、機体のスラスターを吹かす。

––––––直後、グダニスク湾より響く爆音。

同時に––––––火柱を立て大地を砕かんと着弾する砲弾群が、ギャオス群を肉片に変えていく…!

クラリッサたちは、それを撤退しながら眺めるだけしか出来ない。

…これほどまでISを手にしながら、自分達を無力に思う事は無い。

それは隊員の練度もだが、自分達の継戦能力の無さもあった。

…持ち込んだ武装は、当初は機能していたが既存兵器との互換性が無く補給が困難であった為に放棄。

また、シールドエネルギーの消耗により機体ごと捕食された隊員も数知れない。

…現在は既存兵器の転用やバッテリー・増槽等を増設した戦時改修が施された事で辛うじて戦えているというのが現状。

 

(…あと、どれだけ保つか……)

 

––––––だが、そんな不安も遮るように。

集音センサーが、異常な音波が発生した事を知らせる。

…それが破滅をもたらす音であると脳に訴えかけて。

 

「全機高度落とせ––––––!」

 

クラリッサが叫ぶのと。

甲高い光の刃が空を裂いたのと。

最も高い高度を飛行していたISが鮮血の花火を開いて爆散したのは、同時であった。

––––––耳を劈く程の音の刃が、戦場に踊る。

 

超音波メス(サウンドレーザー)…!!』

 

隊員の一人が畏怖の念を孕んだ声を上げる。

超音波メス(サウンドレーザー)は、ギャオス群の中の成熟した陸棲個体や飛翔種が頭部の音叉型突起を共振させ––––––口部から収束された音の刃を光線の如く放つ、というものであった。

超音波メス(サウンドレーザー)を目にしたのはこれが初めてではない。

幾度と無く仲間をこの攻撃方法で殺害されている。

そしてその過程で、超音波メス(サウンドレーザー)は物質を振動によって分解切断することから、ISが喰らえば即死であるという事も––––––仲間の死から学んでいた。

だからこそ、残された8機のうちの一機が超音波メス(サウンドレーザー)による照射を回避しようと、高度を下げ––––––

 

「ハーゼ11!高度を下げ過ぎだ!!」

 

––––––ハーゼ11のコールサインを与えられていたパイロットは、高度を下げた進路上の地表が、突出していたギャオス陸棲種群に埋め尽くされていたことに気付かずに。

––––––下方より伸ばされた異形の手に捕まった。

 

『ひッ⁈い、いやっ、いやァッ!!』

 

ハーゼ11は当然ながら悲鳴を上げる。

 

『隊長!助けないと––––––』

 

続くように別の部隊員が叫ぶ。

しかし、

 

「––––––跳躍を継続しろ!」

 

それを遮るクラリッサの怒号––––––そして、ISを捉えたギャオスの腕が、ハーゼ11の機体ごと彼女を地表に叩き付けて。

 

『––––––ぐ、げ……っ』

 

バケツの水を撒き散らすような音。

金属のひしゃげ折れる音。

そして––––––潰されたカエルのようなハーゼ11の声がクラリッサの鼓膜を打ち鳴らす。

ごぽッ、と口から泡混じりの血が吐き出される独特の音が、声に追随するように鳴る。

続くように木霊する––––––肉を裂く濡れた音と、骨を砕く乾いた音。

––––––ハーゼ11の人生に幕を下ろす、咀嚼音が鼓膜を侵蝕する。

 

『…あ……た、たいちょ…』

 

部隊員の一人が掠れそうな声をかける。

 

「––––––振り向くな…!」

 

…クラリッサは、ドイツ最強のIS部隊と粋がり踏ん反り返っていた過去の己達を呪う。

部隊長のラウラ––––––今は連絡がつかない––––––が何も対策を講じなかった事もそうだが、副官の自分がもう少し、ウクライナで戦術機部隊や戦闘機部隊が得たデータから対策を講じる等出来たハズだった。

…だから、今はただ––––––世界最強の兵器を扱う人材、というポジションに胡座をかいて何もしなかった事が腹立たしく恨めしい。

もし何かすれば––––––先程超音波メス(サウンドレーザー)に蒸発させられた隊員や、ギャオスに捕食されたハーゼ11のような犠牲者を抑えられた可能性だってあるのだ。

 

(––––––こんな私が世界最強の兵器を扱う兵士だなんて、笑い物だ…!)

 

思わずクラリッサの口は後悔と怒り、そして自責を孕んだ表情に歪む。

 

(––––––せめて…私の独断でも対策を講じるか、VTシステムの制御と運用法確立が、あともう少し早ければ…!)

 

––––––だがそれも所詮は後の祭りと無い物ねだりだと、内心一蹴する。

直後、再度鼓膜を震わせる集音センサーのアラート。

同時に、指向性音波の振動予測位置が戦域マップに表示され––––––クラリッサの機体が、超音波メス(サウンドレーザー)の射線上にいる事を知らせる。

 

「––––––––––––あ、」

 

思わず漏れる、間抜けな声。

––––––自分への怒りに周りを見る事を怠り、高度が上がってしまっている事に気づけなかったのか。

––––––ああ、なんてバカなのか。

思わずクラリッサは、全てを諦めたように醒めた表情を浮かべる。

視界には、自らを蒸発させんと甲高く劈く音を撒き散らして迫る––––––黄色の超音波メス(サウンドレーザー)が。

 

『––––––死ぬにはまだ早いぞ、貴官。』

 

––––––だがしかし、超音波メス(サウンドレーザー)は突如鼓膜に響いた無線と甲高いジェット音と共に振り下ろされたシェルツェンに遮られた。

…否。単純なレーザーと違い、物体を振動で侵食・切断する超音波メス(サウンドレーザー)を防ぐ術はほとんどない。

だというのに––––––眼前のソレは。

無線を投げかけたソレは。

見慣れぬ巨盾を装備したソレは。

 

666(獣の数字)を刻まれた戦術機は。

––––––超音波メス(サウンドレーザー)を遮断してみせた。

音を遮断した。

そして、クラリッサはその戦術機が保持しているシェルツェンと、その性質を鑑み––––––ハッとする。

 

「高速道路の、防音壁––––––⁈」

 

眼前の戦術機––––––MEF-2020(ヴァイツァヒンメル)は、シェルツェンに爆発反応装甲ではなく、高速道路で用いられる防音壁と同質の素材で出来たモノを装備していた。

…否、おそらくそれだけでは無いだろう。

戦術機部隊はウクライナでギャオスと散々殺し合って来た。

ならば、その戦闘データが装備に反映されていないハズが無い。

そして超音波メス(サウンドレーザー)の原理を理解しているならば、おそらくあのシェルツェンは防音・吸音・制振・防振などの各種素材で構成されていてもおかしくない。

––––––なるほど。確かにこれならば、分単位の長時間照射で無い限り数度の直撃であっても防ぎきれるだろう。

––––––直後。地表より爆発が連鎖する。

見ると、クラリッサを超音波メス(サウンドレーザー)から守った戦術機と同じ部隊と思しき機体が、地表のギャオス陸棲種を掃討している。

それはハルバード型近接武装で。

それは57mm機関砲による掃射で。

それは155mm砲による制圧射撃で。

 

『な、何……?』

 

『援軍––––––?』

 

他の部隊員が呆けるように零す。

クラリッサも同様だ。

…現在の戦況図を見れば、ほぼ全ての部隊がグダニスク湾からの面制圧に任せて撤退中。

加えてこの戦術機を運用している部隊も推進剤・弾薬ともに枯渇している。

さらに言えば、この戦術機を運用している部隊––––––第666戦術機中隊は、取り残されていた避難民がビスワ川を渡る為に使用していたキエズマルクの仮設橋の防衛を担当していた。

…聞こえは他愛ないが、実態は四方八方を数万体単位の敵に囲まれた中から千人単位の避難民を護衛し、孤立しながら戦闘を実施する––––––というもの。

切り捨てるように言えば、それは正気の沙汰ではない。

それを証明するように。

––––––全身を返り血に染めた機体。

––––––片方の跳躍ユニットを失った機体。

––––––片腕を失った機体。

––––––頭部を失った機体。

激戦に続く激戦を潜り抜けながら此処に到達した事が一瞬で理解できるほどの損傷を、ほぼ全機が負っていた。

––––––今すぐにでも帰投しなければ自分達が危ういというのに、彼らは此処に来た。

何故?という疑問がクラリッサを支配する。

 

『––––––撤退を支援する。キエズマルクの仮設基地はもうダメだ。グダニスク基地へ向かえ!!』

 

鼓膜に響く、中年と思しいが芯のある男の声。

クラリッサは一瞬表情を硬直させたが、すぐさま叫び返す。

 

「すまん、助かる––––––!私は第1装甲師団混成機械化連隊第3大隊第2中隊黒兎隊(シュヴァルツァ・ハーゼ)指揮官––––––クラリッサ・ハルフォーフ大尉だ。」

 

『––––––こちらは第1装甲師団第2戦術機大隊隷下・第666戦術機中隊第2小隊指揮官。クラウス・エルツェンガー中尉。そうか…貴官らは初陣か。』

 

ふと––––––その言葉に心が曇る。

自分達は初陣で––––––当初26人もいた部下を7人にまで減らしてしまったのだと、自覚して。

世界最強の兵器––––––という謳い文句を振りかざしていたISを装備しておきながら、だ。

あまりに惨めで––––––舌を噛み切りたくなる。

 

『––––––初陣にしてはよくやった。全滅していないだけ、運が良い。』

 

だが返ってきたのは嘲笑でも、軽蔑でもなく––––––礼讃であった。

それに、弾かれたようにクラリッサは顔を上げ、

 

『退路と安全は確保した––––––追随しろ!』

 

「り、了解!全機続け––––––!」

 

クラウスの覇気溢れる怒号に気圧され、クラリッサは追随の命令を下し––––––スラスターを蒸し、疾走する。

…肩から僅かに力が抜けていく。

同時に思考など全て投げ捨てたいような、暗く汚泥に沈んでいく感覚が脳を犯して行く。

…安全圏へと離脱しつつあるクラリッサの網膜に投影された戦況ウィンドには。

カリーニングラードで4発の戦術核が使用されたことを示す放射線のマーカーと。

水上打撃部隊と、MLRS部隊、野砲部隊の面制圧砲撃によって、ギャオスを示すマーカーが消失しつつあった。

…戦況は安定しつつある。

面制圧が終わる頃には、ギャオスは殲滅されているだろう。

だが恐らく––––––この地獄は明日も繰り返される。

まだこの地獄は終わらない。

むしろ、これから激化の一途を辿るのだろうと、クラリッサは予感した––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■

 

同時刻

八広駐屯地・隊員官舎・屋上

 

––––––PX(食堂)へギリギリで滑り込み、食堂内に併設されている売店で手頃なパンやおにぎり等を購入した千尋達は、そこにいた。

…本当ならばしっかりとしたものを食べたいのだが、食堂を閉める都合というものがある。

それらを考慮して、ひとまず腹を満たせるものを腹に放り込む事にしたのだ。

 

「––––––唐突だけど、今後IS学園とISはどういう運用をされて行くのかしらね。」

 

ふと、神楽が焼きおにぎりを口にほうばりながら口にする。

そしてそれに全員が視線を交え、思案する。

––––––確かにそれは最もな疑問だ。

…先のIS学園防衛戦、続く館山市防衛戦においても、ISが単体で有効に機能したとは言えない。

むしろ、ISの火力不足と継戦能力の低さを露呈させるに至っている。

対人類戦ならばともかく、対巨大不明生物戦においては圧倒的に戦力外であることは明白である。

 

「––––––とりあえず、山本三尉…俺と箒の統合機兵の機体付き整備長な。その人曰く、タッグトーナメントでの打鉄甲一式のデータを反映して、日本国内の打鉄36機を統合機兵にアップグレードするのと、倉持技研との交渉で、追加生産の正規量産型が100機ほど製造ラインに乗るらしい。」

 

魚肉ソーセージに齧り付きながら、千尋が口を開く。

––––––正直な話、昨日の今日でここまで事態が進展していることに驚きを隠せない。

というか、昨日の今日で事態が進展できるとは思えない。

––––––つまり、

 

「特自と倉持技研は、元々統合機兵へのアップグレードは実施するつもりでいた。ただ、巨大不明生物の襲撃によって、大幅にスケジュールを繰り上げただけで––––––…特務自衛隊の対特殊生物自衛隊への改組も同様ね。」

 

応えるように神楽が口を開く。

––––––特務自衛隊の対特殊生物自衛隊、略称:【特生自衛隊】への改組。

今朝方、唐突に発表されたその内容に総務課が忙殺されていた事を思い出す。

側から見れば、巨大不明生物の襲撃によって組織を再編したように見える。

だが、そもそも政府内での防衛省隷下の組織への認識と憲法の壁を鑑みるに、再編は1日では不可能であることは明白。

であるならば、特生自衛隊への改組はタッグトーナメント以前…下手をすればロリシカ派兵ごろから作業が実施されており、改組直前に巨大不明生物が偶然襲来した––––––というだけの話。

––––––閑話休題。

とりあえずISの運用に話を戻そう。

 

「統合機兵の基本運用についてはどんな感じなわけ?」

 

レーズンバターパンに食らい付きながら、鷹月が問う。

 

「基本的には戦術機や航空機の支援や歩兵と連携しての防衛線維持…他には工兵と共に土木作業など…一応、幅広くはある。

基本はISとは変わらないから、運用・教導の面でもさほど予算を食う事は無いということで運用する分には問題ない。」

 

箒がハムチーズデニッシュパンを喰らいながら応える。

 

「ついでに言えば、整備と補給・データリンクの面でコスト削減と互換性を持たせる為に、パーツは機動装甲殻やEOSのような機械化歩兵部隊の強化外骨格の部品を流用。

補給面も弾薬や火器の安定性を考慮して既存兵器の武装を流用したものが多い。

…データリンクに関してはNATO国際規格のものを採用しているから、西側諸国とであれば、通信障害や味方の座標位置に悩まされることも無い。

––––––まぁ掻い摘んで言えば、ISをより実戦特化型に改良したようなものだな。」

 

––––––彼女の言う通り、統合機兵はある種ISの発展改良型であった。

弱点であった火力不足を既存兵器の重火砲で。

弱点であった継戦能力の低さを既存兵器との連携・並びに補給面での互換性を付与することで。

それぞれの弱点をある程度は払拭することに成功している。

 

「…そのせいかして、イギリス軍の第2世代ISサイレント・ゼフィルスと、同機がベースの第2.5世代ISフォッカーの統合機兵化が決定したらしいわ。

…というか、一部では既に実戦配備済みだそうよ。」

 

紡ぐように神楽が口を開く。

 

「…どこで聞いた?」

 

「廊下で国連軍将兵が話してるのを立ち聞きしたの。」

 

千尋の問いに、神楽はサラリと告げる。

そして、

 

「話によると、欧州戦線はポーランド領ヴィスワ川、スロヴァキアおよびルーマニアと旧ウクライナ領カルパチア山脈、ブルガリア領バルカン山脈を防衛線として戦線を維持しているらしいわ。

…で、統合機兵化改修を受けたフォッカーがイタリア海軍の軽空母【カヴール】および軽空母【ジュゼッペ・ガリバルディ】に。統合機兵改修を受けたサイレント・ゼフィルスが戦術機と共にイギリス海軍の正規空母【プリンス・オブ・ウェールズ】と軽空母【インディファディカブル】に艦載されて、バルカン山脈防衛線の沿岸部––––––バルナ要塞に展開中だそうよ。

…イタリアの国家代表も参加してるって話も聞いたわね。」

 

––––––あまりにも濃密過ぎる内容(ばくだん)が投下される。

…話題に必要な部分だけ抜粋すると。

統合機兵化改修を受けたサイレント・ゼフィルスとフォッカー。

それらが、欧州戦線の一角を担うブルガリア領バルカン山脈防衛線の東端に位置するバルナ要塞の防衛戦力として、軽空母3隻と正規空母1隻と共に展開中である…という話だった。

 

「でもなんでバルカン山脈防衛線の東端だけなの?他の地域にも展開したら良いのに。」

 

ふと、鷹月が言う。

それは至極当然の意見と言える。

 

「そこに地形の問題が絡んでくるのよ。ええと……あー、もう。ごめんなさい篠ノ之さん、グー●ルマップの地形図開いて。」

 

少し片腕で操作が難しいが故に、神楽は取り乱す。

しかしすぐ立ち直り、グーグ●マップの地形図が表示された画面を3人に見せながら口を開く。

そこにはブルガリア領バルナ市周辺の地形図が表示されていた。

バルナ市とは黒海に面したブルガリアで3番目に巨大な都市であり、「海の首都」もしくは「夏の首都」と呼ばれる。メジャーな観光地でありビジネスや大学、海港、ブルガリア海軍の司令部、商船などの各拠点が置かれている大都市であった。

都市は海抜356mもある北側の高原から下がって来た緑豊かな台地(モエシアプラットフォームのヴァルナ単斜)と南のアヴレン台地、馬蹄型に沿った黒海のヴァルナ湾、細長いヴァルナ湖や湾と湖をつなぐ二つの人工的な運河やアスパルホフ橋が占め。

中心部はコナベーションが沿岸に沿って北側に20 km、南側に10 kmにわたり成長し広がり。

南側はほとんどが住宅地や保養地が広がる街並で、湖に沿った西側25 kmは交通や産業用の施設がほとんどである。

古代以来、都市の周辺はブドウ畑や果樹園、森林に囲まれており、商船施設は湖の内側や運河に再配置され湾内は保養地となりそのほとんどがウォーターフロントの緑地という、絵に描いたような長閑な様相である。

 

「––––––バルナ要塞と言っても、実際は北側の台地を用いた砲兵陣地……分かりやすく言うなら、ミサイルや大砲をバカスカ撃ちまくる基地と言ったところね。

…そして他のバルカン山脈沿いの要塞陣地と違って、この要塞はある問題があるの。」

 

神楽が地形図を縮小しながら口にする。

 

「––––––あ、」

 

千尋が地形図を見ながら、ふと気付いたように口を開く。

 

「川が、無ぇ…。」

 

「その通り。他の要塞陣地はルーマニアとの国境にもなっているダヌベ川が正面にあるから、ある程度の侵攻遅滞が叶うわ。だけど、バルナ要塞正面には、台地より北にダヌベ川は流れていない。

流れてはいるけど、それは200kmも北。実質的に台地より北には平野部しかないと言っても良い。」

 

千尋の回答に頷きながら神楽は言う。

––––––確かに、ダヌベ川はバルナ要塞から北西50kmの位置までは国境に沿っている。

しかしそれより東では、弧を描くように北へと曲がりくねった流れとなっていた。

最終的にダヌベ川は海に注ぐとはいえ、それはバルナ要塞より200kmも北の話。

…それでは、神楽の言う通り侵攻を遅らせる遮蔽物が無いに等しい。

––––––加えて、ここにはブルガリア海軍の司令部が所在する。

そう簡単に落とされてはならない拠点でもあった。

…つまり。

 

「もう分かると思うけど、そういった理由から、バルナ要塞に戦力が集中しているのよ。

…バルナ市が避難民の国外脱出の拠点のひとつとして機能する事を強いられる事態になる可能性だってあるから。

だから、統合機兵や戦術機が最優先で配備されている––––––裏を返せば、それ以外の要塞陣地は既存兵器でもいまのところは(・・・・・・・)まだどうにかなるって感じかしらね。」

 

––––––そう、神楽が言う。

 

「…まぁ、ポーランドが一番の激戦区でしょうね。あの国って全体的に平野続きだし、第2次世界大戦時もその地形がナチス・ドイツ軍の電撃的侵攻を助長したわけだし…。」

 

「神楽––––––話が逸れているぞ。」

 

「ん?ああ、ごめんなさい。」

 

箒が戒め––––––神楽はコッペパンに齧り付きながら話を戻す。

…ISの将来的な運用と、現状成されている運用環境についての話は終わった。

––––––そうなれば。

 

「ISの今後はまぁ分かったけど、じゃあ、IS学園はどうなるのって話よね〜。」

 

全員の声を代弁するように鷹月が言う。

それに千尋は少し考えて口を開く。

 

「––––––とりあえず、独立自治権は剥奪だろう。現に今だって特自の駐屯地に居候してる状況だし。」

 

「…可能性としては、国連軍に編入される可能性があるのではないか?元はと言えば、IS学園は日本資本とは言え、国連主導の施設だからな。」

 

そして、紡ぐように箒が言う。

––––––可能性としてはそれが最も高かった。

IS学園が国連主導であること。

また八広駐屯地には国連管理区画が存在しており、臨時校舎も暫定的に国連の管理区画に割り当てられるという噂があること。

そして現在、国連は各国の予備戦力をかき集めた国連軍を編成中であり、独立自治権を喪失し帰属先がどっちつかずのIS学園は国連軍に組み込まれる可能性が大いにあった。

 

「じゃあ、私達また戦場送り…?」

 

思わず昨日のIS学園防衛戦で繰り広げられた惨状が脳裏によぎったのか。

ふと、鷹月が怯えを孕んだ声で口にする。

肝が座っているとは言え、彼女は学生である。

怯えを隠せるはずが無い。

––––––そんな鷹月を落ち着かせるように、

 

「大丈夫だ鷹月。国連軍に組み込まれたとしても、まずは訓練部隊だろう。私や千尋、セシリアに簪を除いて、対獣戦の心得を持つ生徒はほとんどいない––––––それに人によって向き不向きもあるし、やはり力仕事は男の方が向いている。…場合によっては後方への配置になる可能性の方が高い。––––––だから気にするな。」

 

柔らかな笑みを浮かべて、箒が言い放つ。

それに鷹月は少し安堵して。

––––––ふと、遠方より甲高いジェット音が接近して来る。

観ると––––––4機の16式荒吹(あらぶき)戦術機が滑走路へとランディングしていく光景が視界に映る。

その光景が、ここが学園ではなく。

特生自衛隊駐屯地––––––国際基準で言うところの軍事基地である事を思い出させる。

 

「私達の学生生活はいつの間にか軍隊生活だねー…いやまぁ、私は良いんだけどさ。」

 

ふと、鷹月が言う。

それに箒が口を開いて、

 

「そうだな…なんなら私と千尋が指導しようか?一応特自の元で生活してたし。」

 

「ちょ、なんで俺まで…!」

 

それに千尋が文句を垂れる。

––––––『女子の必須アイテムやら話題にはついて行けねぇぞ俺…』なんて、ぶつくさ付け加えながら。

 

「大丈夫だ千尋。その辺は私がどうにかする。…さて––––––朝食も済んだし、授業の連絡もないし、とりあえずは今後の話題について話そうか。」

 

––––––『多分、これから忙しくなるだろうしな』と付け加えながら、箒は口にした。

確かにな、と千尋が苦笑する。

多分このまま行くと、遠からずこの世界は壊れ堕ちる。

そして箒も自分も、壊れて爛れ堕ちる。

俺はもう一度怪物になるか、それとも死ぬかのどっちか。

箒はきっと、多分、俺みたいな怪物になってしまう。

それはどれくらいかは分からないし、なるかすら分からない。

つまりはただの予感だ。

…まぁ、でも。

 

(––––––怪物になっても、死に物狂いで止めれば良いだけの話だもんな。)

 

千尋は静かに独りごちる。

それがどんな結末を齎そうが、どんな末路になろうが。

––––––箒が幸せなら、それでいい。

多分、きっと。

俺が化け物であっても––––––誰かの幸せを願うくらいは、間違ってないハズだから。

だから、うん。

 

「––––––箒の為に、死んでやろう(生きてやろう)。」

 

小さく、風に掻き消されるように小さく呟いて。

それに箒が反応して、

 

「ん?なにか言ったか?千尋。」

 

「いや別に––––––そういえば、明日から《怪獣学》ってのをやるとかなんとか、燈さんが言ってたような気ィすんだけど。」

 

––––––好きな奴に、生きていて欲しいとか、幸せになって欲しいって願いは、きっと間違いじゃないと信じて。

だからそれまでは––––––仮初めの平和を維持しようと。そう考えて、千尋は応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでになります。
日常と戦闘の両立…出来てたらよいなぁ…って感じですが…。

次回も不定期ですが極力早く投稿を致しますのでよろしくお願い申し上げます。



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