インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版 作:天津毬
…まだ、イリスはおとなしくしていますが……イリスさん?
イリス「もうやだ、箒怖い。」
…イッタイナニガアッタンダ(棒)
それと今回は久しぶりの日常回でもあります。
EP-45 (崩壊の)日常、再開。
6月13日午後19時30分
館山市・海上自衛隊館山基地
––––––巨大不明生物離岸から6時間40分後。
––––––篠ノ之姉弟との会話より10分前。
臨時の避難所となっている仮設テント群。
その、連なる白い屋根に隣接する深緑の屋根––––––軍用テントのひとつ。
そこが、学園撤退戦に参加していた兵士達の衛生確認の為に設けられた臨時の医務室であった。
医務室とは言っても、看護師が出迎えてくれるわけではない。
出迎えは、NBC防護服に身を包んだ––––––
陸上自衛隊化学防護隊と。
特務自衛隊汚染防護隊だ。
IS学園では原子力発電所の原子炉––––––それも日本政府・資源エネルギー庁や国際原子力管理委員会に建設許可申請を出していない、ド違法のもの––––––が破損し、極めて大量の放射能が流出した。
更には館山市では巨大不明生物同士の戦闘が発生。
––––––結果として、広範囲で放射能・生物汚染が付近一帯で発生した。
…それらを考慮すれば、住民や避難民、自衛官への身体検査を行うことは必然と言える。
そしてそれは勿論––––––自分/千尋もそうである。
何しろ、ゴジラによってバラバラにされた挙句––––––生身でオルガⅡと対峙した、という人間の常識からすれば無茶にも程がある事態を経たのだ。
検査対象にならない方がおかしい。
だから今は採血だの放射線検査だのその他諸々を経て、今はアイリに呼び出される形で、テント内で2人きりとなっていた。
––––––テント越しにくぐもった音が伝わって来るなかで。
対面する
彼女は手にした資料と千尋の顔を見比べながら、酷く神妙な顔をして。
…本人に向けて言うべきか、悩んでいるかのように。
「––––––アイリさん、言いたいことがあるなら言ってくれ。とりあえずそんな顔でチラチラ見られてたって、話が進まない。」
少し気遣うように、しかし若干苛ついた声音でざっくばらんに言い放つ。
…もちろん、相手を気遣うことは重要だ。
だがそれ以前に千尋自身も疲れているのだ。
––––––それでようやく、アイリは決心がついたのか。
「––––––タッグトーナメント前と比べて、少し大人に成長したみたいね。」
呆れながら、" 降参だ " とでも言うかのようなジェスチャーでアイリが言う。
––––––それに千尋は少しムッとして。
「––––––俺は元から大人ですってば。」
––––––拗ねた子供のような表情と声音をもってアイリに抗議する。
その反応こそが、未だ子供であることの象徴なのだが。
だが、いつもなら窘めるハズのアイリは軽口すら叩こうとせず、やはり神妙な顔––––––まるで自らの子供が離別してしまうかのような顔を浮かべて。
「…ふぅ––––––」
深呼吸。
まるで睨みつけるかのように意思を決めた顔を浮かべたアイリは、
「…結論だけ言うわね。」
覚悟を決めて、そして––––––
「千尋くん貴方––––––あと、6ヶ月で死ぬわよ。」
––––––ハンマーで頭蓋骨をぶん殴られたような衝撃が千尋の脳を揺らす。
…は?
…死ぬ?
…なんで?
…俺死ぬの?
…あと半年で?
…あと6ヶ月で?
––––––唐突に告げられた死亡宣告。
––––––唐突に告げられた余命宣告。
それが…千尋の頭を混乱させた。
「––––––なんで…?」
思わず、声が漏れる。
思わず、乾いた笑みを浮かべた表情のまま固まってしまう。
「––––––貴方の肉体が、ヒトの細胞にG細胞が寄生・共生することで生きているという話はしたわね?」
アイリの問いに、千尋は頷く。
––––––千尋は知っての通り、墨田大火災で犠牲となって子供の亡骸に寄生したG細胞がヒトの細胞を乗り物にする形で産まれたモノ。
一度死んだ細胞を強制的に蘇生し続けることで動き続ける骨と肉の塊。
言わばリビングデッド。
即ち、ゾンビである。
それは、ヒトの細胞とG細胞が微妙な均衡を保っていたからこそ成し得ていた安寧。
…だが今は––––––
「…今の貴方は、G細胞が各所で活性化しているわ。その所為でバランスが崩れて、ヒトの細胞がどんどんG細胞に侵蝕されてる。」
––––––均衡は崩れ、自滅に転がり落ちているのだと言う。
「…身に覚えはあるはずよ。例えば––––––かつての貴方の表皮に変異した右肩とか。」
その言葉に、千尋は身を硬くする。
––––––タッグトーナメントにおけるVTシステム≒オルガⅠ制圧戦にて負傷した右肩。
そして一度ピットに戻った際に成長痛のような痛みと共に、傷口から生えるように変異していた––––––
… " あの時からか " と、この時初めて事象の深刻さを自覚する。
「侵蝕を止める手段は––––––今のところ無いわ。箒ちゃんのシミの侵蝕と同じく。
だから––––––完全にヒトの細胞が侵蝕され尽くされるのが、今から6ヶ月後。その時個体生命を維持出来ているかさえ怪しい。」
アイリは顔を歪めて。
「だから––––––貴方は、あと6ヶ月しか生きられないと、覚悟して。」
–––––– " こんな事しか言えなくてごめんなさい " とアイリは申し訳無く、謝りながら告げる。
…千尋はただ、静かにそこを後にした。
––––––この結末を、俺は望んだのか?
それは肯定とも言えるし、否定とも言える。
だからあんなに申し訳なく謝られたら、こっちが居心地悪くてたまらない。
…自虐自暴というヤツだろうか。
ただ、6ヶ月後に確実に死ぬ未来を告げられて。
––––––冀った死を迎えられる事に歓喜する自分がいた。
––––––救われた命を無碍にしてしまう事に怒る自分がいた。
––––––死ぬしか無い自分より、壊れた少女の未来だけを危惧する自分がいた。
壊れ始めた俺/箒。
壊れるしか無い俺。
壊れる事を望んだ箒。
守らなくてはならない少女。
守ろうと決めた少年と世界。
––––––ふと考えれば、箒と千尋は似ている。
どちらも自分を勘定に入れず、分不相応な抱えきれないものを抱えようとする。
どうしようもなく似ていて。
––––––どうしようもなく違っていて。
まるで千尋/俺は人間になりたいかのように思っていて。
まるで箒は俺と同じ怪獣になりたいかのようにさえ見えて。
「……ああ、くそ。」
…だめだ。頭がパンクする。
あんまりにも多過ぎるこの事象や事態の数々に、千尋の頭は根を上げた。
「––––––俺、やっぱり頭が良くないんだなァ…。」
溜息を吐きながら、空を見る。
––––––煙で曇った空に、星は映らない。
…なので、千尋はすぐに顔を下ろした。
今はとりあえず散歩でもしよう、と独り言ちて。
その足取りは軽やかに楽しそうに。
––––––残り少ない命を謳歌するセミのように。
––––––心の何処かで死にたくないと訴える子供のように。
「––––––別に、死が怖いわけじゃないけどサ。」
1人呟く。強がりではない。何しろ、千尋は死よりも辛く苦しい痛みを知っている。
秒単位で延々と、全身を焼き尽くされるような痛みと共に繰り返される死と蘇生。
放射能によって死に至る細胞と蘇生させられ無理矢理作り変えられる身体。
どれほど自らの手で死を迎えようとも、死を許さないかのように蘇生される肉体。
" ––––––この苦しみが終わるなら、誰か殺してくれ。もう俺じゃ、無理だ…! "
––––––かつて、死を渇望した時の声が頭を過る。
…だから、それを考えれば死は甘美な救済でしかない。
だから怖いのは別の話。
" 生きてる…生きてる……‼︎良かった……ありがとう…生きていて…1人でも生きていてくれて…1人でも救えて…救われた……!"
––––––墨田大火災で初めて箒と出逢った記憶が脳を過る。
それが、悪魔に誘惑される人間への戒めのように、自らを食い止める。
そして同時に、箒との記憶が再生される。
––––––初めて、
––––––初めて、
––––––そんな彼女と見た、昼休みの青空。
––––––そんな彼女と過ごした、夕焼け。
そういう、ただ一人の人間というちっぽけな、手に取る事さえ値しないと決めつけていた存在を介して見た––––––あまりに尊い憧れが、俺には眩しくて。
けれどもあまりに脆いその存在を、初めて守ってやりたいと思えた
…そこで––––––自分は箒の為に生きてやりたいのだと、再度自覚する。
こんなぐちゃぐちゃになりつつある世界の中で。
大義とか。
組織とか。
そういうのが飛び交う複雑なこの世界で。
人類滅亡が秒読み段階に入ってしまっているこの世界の中で。
––––––たった一人の少女の為に自らの命を焼き尽くす。
自分はそんな小さな事に対して必死こいて生きてやろうとしている。
…自己満足とか、そんな風に言われそうだけど。
でもそれが、死に飢えていた自分に生きる事を教えてくれた––––––
人間の基準で測れば、少しの感謝で済む程度のもの。
だが
今まで失望しか無かった世界が塗り替えられ、希望に転化する程に綺麗だったもの。
…だから千尋は、 " それならそれでもう良いや。" と内心独り言ち––––––
「箒––––––お前の為に
寂しげに笑いながら口にする。
微かな喜びと胸の痛み。それを補強するように力強く口にして。
––––––あと6ヶ月。
––––––あと6ヶ月で尽きる命。
––––––あと6ヶ月しか残ってない命。
これは多分、人を殺め過ぎた罰なんだろう。
俺には償いの代わりに自分に都合の良い方法しか取れないけれど。
…だからせめて償い代わりに、一人の人間…箒くらいは、幸せになって貰えるように。
どう足掻いても詰みだし、お先真っ暗だけど––––––残った余命は、箒の為に焼き尽くそう。
「しっかし、お先真っ暗ってのもオレらしい末路だよな。」
自虐めいて無邪気に笑いながら、少年はひとり呟いた。
––––––暗転。
◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
…これは夢。
泥が街を飲み込んで行く。
人が燃える。
人が死ぬ。
車が燃える。
車が爆発する。
建物が燃える。
建物が崩壊する。
その中を、箒は逃げる群衆にまみれながら墨田区を走って、泥から逃げる。
その後ろで。
1人が泥に飲み込まれる。死ぬ。
3人が泥に飲み込まれる。死ぬ。
8人が泥に飲み込まれる。死ぬ。
悲鳴や断末魔を上げて燃えながら死んで行く。
燃えた跡には。
タンパク質が炭化する臭いを放ちながら燃えていくヒトだったもの。
煙を大量に吸ったせいで呼吸ができずに窒息して死んだヒトだったもの。
未だに燃え続ける木造建築が一部に使われていた建築物。
焼け落ち、完全に瓦礫と化した建築物。
誰もいない、生きている人間が誰もいない、廃墟と化した街。
私が壊れた日。
私が変質した日。
私が人を見殺した日。
私が千尋と出逢った日。
墨田大火災という地獄を見た日の––––––景色。
6年前から変わらぬ、夢にこべりついた光景。
ただ箒は焼け落ちる世界をボウっと眺めていて。
「…え?」
でも少し、それは変質していて。
––––––この後救い出すであろう少年が炎の中に立っている。
––––––よく知っている少年が、血塗れのまま獄炎の中に立っている。
––––––その眼前には。
「…あ––––––」
––––––煙の如く、群れを成して空を席捲する
それらは少年/千尋目掛けて急降下、して…
––––––やめろ。
千尋の身体がぐちゃり、ぱきゃり、と音を上げる。
––––––やめろ。
ぐちゃぐちゃ、ぺちゃぺちゃ、と千尋の身体を弄る音がする
––––––やめろ。
じゅるじゅる、と千尋の身体を啜る音がする
––––––やめ、
––––––直後。
業ッという轟音と。
蒼状の熱光が、異形の鳥諸共千尋を焼き尽くす…!
「▂▅▇▇▇█▂▇▂––––––––––––!!!」
遅れて響く、黒き荒神の咆哮。
知っている。
知っている。
あの鳴き声の主を私は知っている。
IS学園で私達と対峙したアレを、覚えている。
だけどそんな事より今は少年の方が先決で。
…手を伸ばす。
助けないと。
––––––もう手遅れだけど。
違う、そうじゃない。
––––––あの子は、こんな風に死ぬべきじゃない。
だから絶対助けてる。
––––––お前達が居たら、その子が笑えない…!
絶対、傷付かないようにする。
––––––その子が戦わなくても良いようにしないといけない。
私が全部背負ってやらないと。
––––––私自身を投げ捨てたって、その子が幸せになれるなら…!
––––––瞬間、轟音とともに背後で爆ぜる音。
…振り返ると。
––––––黄色の単眼を浮かべる骸骨めいた、異形の鳥が。
…その鳥は哀しげに箒を見下ろしながら。
《––––––アレを救う為に自分を投げ捨てるのか》、と問いかけるかのように。
箒の前方を見つめている。
––––––振り返る。
––––––そこには、
「" ––––––!––––––––––––!!"」
––––––千尋の本質が、剥き出しとなっていた。
「––––––あ。」
光景は、理解の範疇を超えていた。
最強の肉を宿す身体。
紅蓮に息衝く焦熱の具現が此処にある。
沈黙する赤い世界の中。
業火に焼かれながら、黒い影がひとつ。
焔の眼をもって、矮小な一人の人間を捉えていた。
––––––咆哮する。
応えるように、再び無数の
それは確かに、地上に在る全てを蹂躙し、根こそぎ喰らい尽くすであろう貪食の具現。
…だがそれは、あくまで人間の基準で測った話である。
––––––故に、
人智を超越したモノが目を覚ます。
都市という構造物を蒸発させるように、業火が渦を巻く。
赤い大気が柱となり空を焼く。
あるいは、嵐の渦中とはこういったものなのか。
荒れ狂う波音はあまりに重く巨大であるが故に聴覚は知覚出来ない。
大き過ぎるが故にものが見えないように、その咆哮は無音に等しく。
一瞬の時、全身が赤く満たされて––––––紅蓮が世界を焼き払う……!
––––––体内放射。
ひとたび放たれたその一撃は。
貪食する
「" ––––––––––––––––––!!"」
…それは、もはやヒトの
…それは、もはや生物の
アレはもはや生物の摂理から外れ、天災めいた現象に成り果てた存在。
ヒトの手が決して届かぬ皇。
なれど、ヒトが生み出してしまった罪悪の象徴。
そして、ヒトに歪められてしまった被害者でもある存在。
絶対の強者であり。
呪われた者であり。
不死の覇王であり。
永遠に孤高である。
––––––星の頂点に位置する君臨者。
ソレが、
…だからこそ。
「…ああ––––––」
…だって、これは。
こんなものは。
…最初からそうだったのなら違うかも知れない。
だけど、そうではなかった。
最初から
ソレを
…そんな結末、誰が望んだのか。
…そんな結末、誰が望むのか。
諸悪の根源は
だけど、否。だからこそ。
「だからこそ、もうアイツが不幸にならないで良いように。【自分】などくれてやる。」
––––––凛として、箒は応えた。
そこにはもう、人間性など露ほども遺されてはおらず。
…ソレで、
––––––彼女は、自ら進んで
…ただ
––––––怪物が人間に出逢い、人間になろうとしたように。
––––––彼女は怪物の肩代わりをする為に、怪物になろうとしている。
…ただ
これが恐怖でないならばなんだというのか。
彼女のソレはもはや、狂気的なまでに強い精神だけを動力源とする機械ではないか。
「…私がアイツの代わりに全て背負う。」
…もはや翻す意思などないのか。
…器として死ぬ選択肢を。
…彼女は本来無関係だったというのに。
畏怖と共に、憐憫が
しかしそれを叩き伏せるように、
「だから––––––追従しろ、
––––––心を鉄にした
––––––暗転。
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6月14日午前8時45分
––––––巨大不明生物離岸より20時間後
––––––一夜が明け、東京は何事も無かったかのように通常通りに朝を迎えた。
通常運行の路線。
陽光に照らされた高層ビル群。
稼働するガントリークレーン。
道路を往来する車両の群れ。
騒音と共に朝を迎える工事現場。
アスファルトに落ちる木漏れ日。
公園をランニングする人。
「おはよー」と挨拶を交わし通学する学生の群れ。
電車という箱に押し込まれながら出勤するサラリーマン達。
––––––いつもと変わらない日常風景が展開される中で。
テレビやラジオ、無線では––––––無数の危機管理センター要員や報道アナウンサーの声が木霊する。
『よって、久里浜・金谷フェリー港は全便が欠航中––––––』
『館山市消防署管内館山バイパス付近にて新たな火災発生––––––』
『都内および千葉・神奈川各路線は館山直通線および房総モノレール線を除いて運転を再開––––––』
『各国首脳から哀悼の意と支援の表面が届いています』
『援助物資やスタッフの受け入れを東京都と千葉県の防災課と至急調整してくれ。』
『東京証券取引所は通常通り取引を行い、特別な事は計画していないと発表しました』
『房総環状新幹線は、東京-新成田間と東京-木更津間で折り返し運転を行なっております』
『アメリカ、フランス、ドイツを始めとする各国の学術的調査団が羽田空港や成田空港、関西空港に降り立ち、現地へ向かいました。』
『現在、浦賀水道および相模灘を捜索中なるも、未だ目標【甲】・【乙】共に発見に至らず。海自の横須賀地方隊が探索範囲を拡大し相模トラフ全域を中心に捜索中』
『––––––巨大不明生物離岸から既に20時間が経過していますが、関東沿岸部を中心とした東海地方全域には未だ特別警戒注意報が発令されています。』
『昨日の巨大不明生物上陸による死者行方不明者は500人を超え、今後もさらに増えると見込まれています––––––』
『館山市内の火災はほぼ沈静化され、現在、金井防災担当大臣を団長とした政府視察団が派遣されており、直接被害状況の確認を行っております。』
––––––同時刻。
八広駐屯地隊員官舎3号棟
407号室
「––––––IS学園については、何一つ触れないわね。」
––––––テレビの電源を落としながら、鷹月が言う。
彼女の言う通り、テレビは館山市の被害やそれに関連する情報ばかりであり、IS学園については一言も触れていない。
…まるで、IS学園など初めから存在していないかのような錯覚を覚える程に。
「––––––テレビではね。…ツイッティアを開いてご覧なさい。IS委員会が無許可で建造したらしい原子力発電所からの放射能漏れの件で大炎上してるわ。」
覚束ない片手での操作でスマートフォンを弄る神楽が言う。
それに鷹月は反応して、
「なら、尚更…!」
「…情報が不足しているんでしょう。不正確な情報は無駄な混乱を招くわ。…そこにデマが加わればもう泥沼。収拾がつかなくなって下手すると流血沙汰になる。」
––––––まぁ、ホントはもっと黒い利権絡みの話とかがあるから報道したりしないのかもね。
と神楽は付け加えながら鷹月に返す。
…ふと、
「––––––んで、なんでお前らは俺の部屋にいるんだ。」
箒をあやすように眠らせている千尋が、二人を睨みつけながら言う。
––––––断固抗議する、と言わんばかりの表情で。
「…仕方ないじゃない。部屋足りないって言われたんだから。」
それに、バツの悪い顔をして鷹月が言う。
そして釣られたように、
「私達がいるから夜の営みが出来なかったって言ってるんでしょ、察してやりなさい。」
「ちがうわ––––––––––––––––––ッ!!」
––––––ボケなのか、話をややこしくする神楽と。
––––––ツッコミを入れるように反射的に吠える千尋。
…なんだろうか、この光景は。
…なんだろうか、目を覚ましてすぐに飛び込んで来た状況は。
とても。
とても、久しくて。
とても––––––穏やかで。
だから、
「––––––ばかみたいだ…。」
その一部始終を見ていた少女が、身体を起こしながら口を開く。
それに、千尋は驚きながら振り返る。
そこには、布団に寝転がりながら自分達を見つめる少女––––––箒が。
「ゔェ⁈いつから起きてたんだ箒!?」
「…ずっと。千尋が2人に声をかけた辺りから。」
––––––正しくは、意識は有ったけど身体が起きたくなかっただけだがな。
と付け加えながら、寝転んだまま箒は少しほぐれた笑みを浮かべながら言う。
そして意地悪そうな表情を浮かべ、
「––––––朝から不潔だぞ。」
「だから違うってェ––––––––––––ッ!!」
千尋は揶揄うように言い放つ。
––––––千尋は反論こそしているが。
その実、内心喜んでいる。
…何しろ昨日は箒に負担を掛け過ぎた。
だからこそ、こうして僅かにでも笑ってくれるだけで、こちらも救われる。
––––––そして同時に。
この、面白おかしい愉快な時間は、そう長くは続かないと––––––心の隅で理解してしまっていた。
「––––––ま、全員起きたなら朝食に行きましょ。まだ食堂開いてるだろうし。」
ふと神楽が言い––––––全員の目が点になる。
それを訝しむように神楽は顔をしかめて口を開く。
「…何よ?その目は。」
「––––––いや、だってお前、腕…。」
歯切れ悪く、千尋が応える。
––––––それに神楽は、「ああ」と思い出したように千切った左腕を見る。
…IS学園撤退時。
崩落して来た鉄骨に潰された左腕を、神楽は引き千切る形で切断したのだ。
今は包帯でぐるぐる巻きになっているその断面の内側は、見るに耐えない肉塊と化した左腕の残骸が生えていた。
「別に大したことないわ。思い出話のネタのひとつくらいにはなるでしょう。
それにいざという時は食べさせて貰えば良いじゃない。」
––––––と、千尋達の危惧など何処へやら。
そこには杞憂という言葉を具現化したような神楽の姿があった。
「––––––んじゃ、飯行くか。」
––––––箒、と。
箒を見つめて、千尋は口を開く。
「––––––ああ。」
そう言って、箒は身体を起こそうとして。
「…ぴっ––––––ッ!?」
びしり、と全身に走った痛みを受けて、奇妙な悲鳴を上げてしまう。
「どうした箒⁈」
思わず千尋は駆け寄り、箒を抱えて問うように叫ぶ。
それに箒は––––––
「––––––多分、筋肉痛…。」
––––––羞恥心に塗れた、消えそうなくらい情け無い声で応える。
…1秒の後。
––––––どっ、と407号室に爆笑の渦が発生した。
◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
同時刻
八広駐屯地・隊員官舎・医療棟
––––––次に目覚めた場所は、見知らぬ天井。
…なんだろう、凄く、怖い夢を見ていた気がする。
顔を横に向ければ––––––黒髪の、女の人と目が合った。
…女の人は驚いたように。
「––––––ラウラ…?」
…私の名前を口にする。
「––––––ラウラ、意識が戻ったんだな!ラウラ!!」
女の人はいきなり私を見て喜んで。
だから私はとても困ってしまって。
でも、どうしてそんなに喜んでいるのか分からなくて。
「えっ…あ、あの––––––」
それに、この女の人は––––––––––––
「お姉さん…––––––––––––––––––だぁれ?」
窓から吹き込む風に白銀の髪を揺らし、赤い紅い瞳で女の人を見つめながら。
––––––私、ラウラ・ボーデヴィッヒは聴いた。
今回は短いですが、ここまでになります。
千尋「いやちょっと待て。最後のラウラ、どういう状況だよ。」
それは次回やるから。
…次回も不定期ですが、極力早く投稿致しますのでよろしくお願い申し上げます。