インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版 作:天津毬
あと、グロ描写がいくつかありますのでご注意下さい。
…そして千尋は当初、脳筋な死体にしたかっただと改めて思い出したから書いてみた今回。
それと…今回は3万文字超えてます…()
6月13日午前11時31分
IS学園・第2アリーナ
––––––砂塵が舞う。
––––––焦熱が覆う。
––––––雑音が鳴る。
––––––地面は焦げる。
––––––建物は崩れる。
––––––世界は焼ける。
放射熱線が解き放たれたその場所は、さながら
「ぐっ…ぅ、く…」
節々が痛む身体に鞭を打ち、千尋は立ち上がろうとする。
––––––だが、左腕に違和感が走る。
「……?」
––––––ふと、見下ろす。
…そこには、撃ち抜くように鉄骨が突き刺さり、潰れた肉の塊と化した腕があった。
(…くそっ。)
千尋は舌打ちをすると、迷い無く、鉄骨を無造作に引き抜く。
––––––飛び散る鮮血。
––––––神経を伝播する痛み。
––––––脳から溢れ出すアドレナリン。
すぐさま千尋は続けて、先程までの砲撃戦で加熱したライフルの銃口を拾い上げると、それを焼きコテのように傷口に押し付ける。
––––––ジュウ、と肉の焼ける音がする。
それは出血多量を防ぐために、熱で皮膚を焼いて無理矢理傷口を塞ぐという荒治療。
––––––名を、
肉体の細胞や神経に重度の負担をかける上に雑菌などが残留する事となるが、そんなコト知ったものか。
––––––左腕だけで済んだのは幸運だ。
傷口を溶接し、機体のステータスをチェックしながら内心呟く。
瞬間、敵性巨大不明生物の反応を示すウィンドウ。
––––––眼前には、あの黒き荒神が。
「…はっ……。」
千尋は思わず笑う。
––––––これじゃあ、あんまりにも不利過ぎる。
火力もサイズも何もかもが––––––次元が違いすぎる。
アレは今の自分達が到底及ばない領域にいる。そんな勝敗が分かりきってるバケモノとどう足掻いても対峙し相手取らなくてはならないであろう現実。
––––––笑わずにいられるか。
…おかしくて、頭が狂いそうだ。
––––––それとも、
––––––眼前の事実に対して違うことを思うのは、死を前にしての、ある種の現実逃避だろうか。
…どちらにせよ、自分の中に在るモノが狂い始めた事を千尋は知覚する。
「きゃああぁあぁぁ‼︎脚が、私の脚が‼︎」
「し、死んでる…!みんな死んでる‼︎」
––––––直後、悲鳴が爆心地に溢れ出す。
振り向けば、焦げた肉と融けた鉄がごちゃ混ぜになった、奇怪なオブジェ––––––つい先程まで人間だったもの––––––が多数転がっている。
その周りにいる、悲鳴の音源たる生存者も誰一人として無傷ではなく、四肢を吹き飛ばされた者、眼球を潰された者、肌が焼け爛れた者が錯乱している。
––––––それはまさに地獄絵図。
その中から、1人千尋の元に飛び出てくる。
––––––箒だ。
「千尋!無事か⁉︎」
その表情には焦燥と困惑と心配と。
純粋に、千尋を気にかけている声音。
「大丈夫だ。さっき止血した。」
だからその感情を甘受したい欲求を圧し殺し、箒に冷静さを取り戻させるように平静さに満ちた声音を返す。
ハッとして、箒は平静を取り戻し––––––2人して、コンクリート壁の残骸に身を隠す。
––––––そして、壁に穿たれた風穴から
「…どうにかして、アレを止めないと。せめて、アリーナ内の人間が撤退が終わるまでは––––––」
箒が冷静さを欠いた自分を呪うように忌々しげに口元を歪めながらも、指揮官然として言い放つ。
––––––驚いた。
どう足掻いても止まりようの無いバケモノを、箒は足止めしようとしている。
…あまりに無茶苦茶で無謀だ。
アレとの実力差はかつて張本人だった自分がよく知っている。
「––––––千尋、お前はみんな連れて退避してくれ。」
––––––直後、頭をハンマーで殴りつけられたような衝撃が走る。
「せめて、お前だけでも––––––」
その言葉にある意思を、千尋は分かってしまった。
箒は1人で殿を務める気だ。
さらに言うなら、それは急所への自爆特攻を前提とした戦略という事は、素人にも分かるような言葉で––––––。
「––––––ざっけんなッ‼︎」
思わず千尋は声を荒げて叫ぶ。
「お前1人でアレを止められると本気で思ってんのか⁈それとも何か?自爆特攻でもする気か⁉︎」
察した意図を改めて口にして、箒にぶつける。
––––––案の定、箒は痛いところを突かれたのか顔を歪めてしまう。
だが、それも数瞬。
「…くそ。悪いけど、撤退なんかしてやらない。」
「––––––な⁈」
「俺もお前と足止めをする。2人で対峙した方が––––––被撃墜のリスク半減と、足止め時間の延長が出来るかも知れない。」
千尋は箒の反論を捩じ伏せるように言葉を放つ。
だが、直後––––––
「箒!千尋!そこから逃げて‼︎」
簪の声が、アリーナに木霊する。
同時に、千尋は頭上から空気密度の変化を知覚する。
「ッ––––––‼︎」
振り返って見るまでもない。
––––––何がやってきたのかもよく分かる。
––––––それは、目にしてみれば容易いもの。
全長は50メートルを上回り90メートル。
蛇のように多数の関節を持ちしなる物体。
…
だからまずは箒の胸ぐらを掴んで、打鉄甲一型のロケットモーターを点火。
––––––100メートルを2秒で駆け抜ける…‼︎
…だが、機体は思うように動いてくれない。
先程の熱線で装甲が融解したのか?
それともオルガ戦で蓄積されたダメージが機体にガタを齎したのか?
あるいはその両方か。
「ああ、クソが‼︎」
––––––考えても仕方ない。死にたくなきゃさっさと動け‼︎
自身に叫びながら、機体を引きずるように、機体よりも先に身体を動かしながら––––––駆け抜ける。
直後、全長90メートルを超える黒い物体が地を叩き割るように––––––否。文字通り、地を叩き割る…‼︎
––––––捲き上る土塊。
––––––地を震わせる振動。
––––––大気を揺るがす衝撃波。
それらの要因が、地を駆けていた千尋の脚をぐらつかせる。
そして、それを逃さないとばかりに、再び尾が千尋目掛けて振るわれる。
…このまま尾の射程外に逃げるか?
無理だ。追い付かれる。
…じゃあ砲撃して軌道を逸らすか?
無理だ。質量が桁外れだ。
…箒を見捨てる?
ふざけんな、そんなの論外だ。
…じゃあ箒を逃がすか?
それしか––––––ない。少なくとも自分は逃げられない。
だからせめて。
––––––暴風を纏いながら迫り来る死の嵐舞。
生者の首を刈り取る死神の鎌の如く迫り来る絶対的な破壊。
その、ほんの数メートルまで迫って時。
––––––千尋は反射的に箒を簪目掛けて投擲した。
「なっ⁈千ひ…」
箒が言い終わるより早く、千尋は時速380kmの速さで投げ出した。
それは如何なる道理や思考などよりも、本能が優先された結果で––––––。
––––––直後、終わりの一撃が自分を粉砕した。
衝撃が走る。
鮮血が走る。
骨が粉砕される。
内臓が破裂する。
視界が塗り潰される。
口から赤い塊を噴き出す。
––––––千尋はアリーナの壁に叩きつけられ、地に倒れ伏す。
…けれども意識はある。
だからこのまま起き上がって、箒と合流を、
「––––––…っ、え?」
…あれ?
起き上がれない。
なんで…?
俺はあの尻尾に潰されても構わないから、箒だけでも逃がそうと投げ飛ばして、その後はその後で何か考えようって思ってたのに、なんで。
「が––––––––––––は」
なんで、こんな。
仰向けに地面に倒れて。息が、出来なくなってるのか。
「⁈」
……驚く声が聞こえた。
箒を受け止めた簪。
ついでに遠くで脚が千切れた教員を地上地下間搬出搬入リフトに運び終えたセシリアが愕然としていて。
そして最後に、自分が投げ飛ばした箒から。
「…あ、れ?」
腹がない。
地面に倒れている。
脚の感覚もない。
視界も半分ない。
地面には傷の割には少ない血液。
ゼリービーンズのような赤い肉片。
赤い蛇みたいに転がる大腸と小腸。
焚き木のように折れた無数の骨。
少し離れたところには、何かの残骸が転がっている。
よく見ると、それは自分のISスーツの布切れを履いた脚が2本くっ付いた肉塊で––––––。
そしてその少し手前、血溜まりの中に白い球体と白くて固そうなモノが転がっている。
––––––よく見るとそれは、眼球であった。
…その周りに散乱しているモノは、恐らく頭蓋骨の一部で––––––。
––––––そこで初めて、千尋は
「…ああ、なんて、バカ…」
箒だけでも助けたいと思って、だから放り投げて––––––自分は尻尾に潰されちゃったのか。
…そんでもって、全身に波及した衝撃の所為で上半身と下半身が千切れて、内臓をぶちまけただけでなく、ついでに頭が半分砕けてしまった。
「––––––こふッ」
ああ、なんでこんな分かりきってた結末を、よりによって肝心なところで予測出来なかったんだ。
––––––なんて、マヌケ。
「––––––ちひ、ろ?」
ぼんやりと、目を見開いたままの箒が口を開く。
その瞳は眼前の事実を拒絶していた。
「…嘘」
小さく、けれども錯乱した声音を箒は放つ。
「…なんで?私、私なんかをなんで…どうして⁈」
––––––狂いそうな彼女を前にして、千尋…だった残骸は初めて罪悪感を抱く。
…箒と一緒にいてやるという、交わした約束を反故にしてしまったからだ。
「▂▅▇▇▇█▂▇▂––––––––––––!!!」
それで正気を取り戻した簪が箒の手を掴む。
「箒‼︎早く‼︎」
「千尋…!千尋!どうして、なんでッ!!」
––––––発狂しながらリフトに押し込められる彼女は、泣いていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
––––––それが、ついさっきまであった事。
ぼんやりと、血が混じったのか赤く染まった
酷くアッサリしているけれど、これが死ぬ感覚なのだろうと受け入れながら。
––––––ああ、だけど。
––––––せめて、約束を破ってしまったこと、箒に謝りたいなぁ…。
そう、内心呟いた時に。
––––––ピシリ、とガラスが割れるような音がシタ。
「あ、ぐ、ぁ––––––––––––」
視界外から、未知の感覚が身体に入ッテ、クる。
––––––熱い。
融けた鉄を飲まされたような激痛が走る。
思わず首を傾ける。
…そこには、赤い紅い結晶を生やし、死体に群がる蟲の如く自分の身体に這いずり迫って来る、眼球と下半身が。
––––––直後、眼球に生えた結晶が自分の頭部左を刺し貫く。
「が、ぁ––––––」
瞬間、目を潰される感覚が再接合された視神経を伝い、脳にフィードバックする。
否。視神経だけではない。
四散した脳の破片もまた結晶を生やし、頭蓋の穴を塞ぐように、異物として侵入して来る。
「う、––––––げ、ぁ」
––––––なんて、悪い冗談だろう。
頭の中でナニカが蠢く音と、脳が千切れ飛ぶ感覚がフィードバックする。
まるで頭の中を蟲に喰い荒らされているような––––––間違いなく、発狂してしまいそうな感覚が全身を襲う。
いや––––––全身、ではない。
「は、ぁ––––––」
思わず首を上げる。
––––––そこには、上半身の切断面に再接合を試みる、結晶を生やした下半身の残骸が。
…そして結晶が、肉に剣を突き立てるように––––––突き刺さる。
「ぎ、あああああああああああああああああああああああああああああああああッ‼︎」
––––––絶叫する。
––––––発叫する。
––––––叫喚する。
––––––狂乱する。
上半身と下半身の神経が強引に再接合され、ソレらがバラバラになる感覚が、全身にフィードバックする。
––––––熱い。
熱した石室に閉じ込められている。
全身から侵入してくる熱と感覚は極小の蟲のよう。
身体。あるいはバラバラになった
––––––熱い。
身体の中から焼ける。で接合を開始した結晶達が爆ぜる。
熱した石室どころか鉄の箱の中だ。
じゅうじゅうと肉を焼かれて、気が付けば真っ黒焦げの炭になっている。
––––––熱い。
身体の中で爆ぜた結晶は融けたガラス片となり、心を焼き払う。
ジリジリとゴウゴウと。
細胞を
––––––熱い。
––––––痛い。
古いモノを切り棄てるように、ナニカが壊れて穴が開く。
その穴を埋めるように、
––––––熱い。
––––––痛い。
––––––熱い。
––––––痛い。
––––––熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い…………!!
例えるなら、そう––––––、
––––––全身の骨を金属バットで満遍なく粉砕され。
––––––その上全身の皮を刃物で削ぎ落とされ刺身にされ。
––––––終いには全身の肉に融けた鉄を流し込まれるような。
––––––そんな、壊れたり死んだ方が遥かに幸福なくらいの痛み。
それは、激痛なんて生易しい言葉では収まらない。
これは、言葉にするなら––––––獄痛だ。
戦場で負う致命傷などが可愛く感じる痛み。
地獄に叩き落とされても経験しないであろう痛み。
きっと地球上全ての生命体が経験することなど無いであろう痛み。
––––––熱い…!!
––––––痛い…!!
変わっていく。
全身が得体の知れないモノに変質し始める。
入ってくる。
精神は知っていて肉体は知らない知識と記憶が流入する。
それは
「は––––––あ、が、ぁ––––––!」
父親。
キノコ雲。
怪物。
瀕死の己。
強制的再生。
憎悪滾る自身。
虚無感と破壊衝動。
怪物になりし自分。
殺戮の道を歩む脚。
自らの死を乞い願う心。
強制的に蘇生させる身体。
死を。
殺す。
死を。
殺す。
死を。
殺す。
死を。
誰か。
殺す。
死を。
誰か。
死ヲ。
クレ。
––––––意識を埋め尽くす記憶の群れか、脳を焼く。
やめろ無理だそんなもの入り切らないし要らないそんなの思い出したく無い知りたく無いやめろ出て行けこの身体はお前のモノじゃない‼︎
––––––それは、自分が今日まで人間のフリに使ってきた身体の元来の持ち主たる人間の、最後の悲鳴だったのだろうか。
「––––––––––––。」
痛みと熱が冷めた身体をゆっくりと起こす。
––––––断裂した傷口は完全に塞がっている。
––––––断線した神経も血管も接合され正常に機能している。
––––––粉砕した骨も粉砕前の状態に至るまで完全に再生している。
––––––グチャグチャに四散した脳の肉片も全て定着し、正常に稼働を開始している。
喪われた肉体の全てを、細胞が無理矢理再生してみせた。
それは自分の意思など介在しない強制的なモノ。
もうここまで来ると人間どころか生物じゃない。完全に人外や化け物の次元だ。
…もう、人間の範疇に居られない。
…もう、バケモノに両足を突っ込んでいる。
…もう、長く箒とは居られない。
…いつか、箒や光たちの敵になるかも知れない。
…そして、箒や光たちを殺すかも知れない。
…そんな事実に今更気付く。
…どうして気付かなかったのだろう。
––––––目を逸らして、幸福な時の中に浸って居たかったのだろうか?
––––––それともいつかこの手で箒を殺したいと考えていた?
––––––あるいは、本当に忘れていて、ただ『ゴジラの記憶を持つ人間』になり切ったつもりでいたのか。
––––––もしかして、それら全て?
…ああ、自分は既に壊れていたのか。
…いや違う。壊れていたのではない。
…人間の視点から見て壊れているのであって、バケモノの視点から見て正常なのだ。
…はは、そりゃそうか。
だって、今の自分はしょせん…
––––––【
…オカシイ話だ。
…ただの死体を乗っ取った細胞が、人間の真似をして、人間並みの幸福を求めて、しかもその細胞は先程のバケモノと同種のモノと来た。
…その事実から目を背けて、自分が如何にも人間の弟みたいに振舞って。
…いつか自分を呪った、憎悪する対象である、ニンゲンに。
…いつか自分に終止符たる死を齎すことを
…そんなニンゲンを求めて。
…そんなニンゲンの為に生きて。
…そんなニンゲンを、剰え愛して。
––––––ああ、笑える。ケッサクだ。
…それで、先程自分が何故笑っていたのかに気がつく。
自分は、
自分は、
自分は、自分自身の歪さを今更になって思い出して嗤っているのだ。
あまりにおかしくて、歪んでいて、狂っていて、矛盾した自分自身に。
––––––どうして、こんな事忘れてたのだろう。
––––––どうして、こんな事から目を逸らしてたのだろう。
笑う。
嗤う。
微笑う。
破顔う。
わらう。
ワラウ。
––––––オカシクテ、笑エル。
けれど心と乖離するように、千尋は身体を起こす。
体内に入りこんだガラス片が擦れるような激痛を全身に宿しながら、脚を前に出す。
「…箒と、合流しない、と……。」
チグハグな言葉を放つ。
…いや、言葉自体はチグハグでは無い。
ただ心に秘めている感情とは温度差も目的も行動も全て乖離があり過ぎるが故に、チグハグという言葉が相応しい。
死をあれだけ渇望しておいて、やっと死ねるかも知れないのにどうして––––––ああ五月蝿い。邪魔するな。
ふと、千尋は思考を振り払う。
そしてアリーナの地面に落としてしまっていた試製18式原子火焔砲と試製14式
箒達が向かったのは地下だ。
ゴジラはどこ行ったか分からないけれど、今はいない。
なら、まずは箒と合流しよう。
そうしなきゃ戦力再編もままならないし約束破ったのも謝れないし。
ああ、でも打鉄は壊れちゃったから今は生身だし……いや、やめよう。
––––––グチグチ考えたって仕方ない。
それに––––––どうして本質が侵食してもなお人間ゴッコに興じるのか、そんなのは思い出せば簡単な話なのだ。
––––––ただ単に救われたから。
本当に、ただそれだけ。
それだけで充分なのだ。
––––––だから、
「ああ、箒––––––おまえのために
––––––血混じりの声を吐きながら、純正化した
––––––ある時、怪物は少女に告白した。
自分は昔、たくさん人を殺したと。
自分は呪われた事への怒りでたくさん殺したと。
自分が生まれなきゃ、死ななくて済んだ人はいるのだろうか?
だとしたら自分は産まれた事が、生きてる事こそが罪なんじゃないか?…こんな自分は、死ぬべきじゃないか?
––––––その言葉に少女は首を横に振る。
そんなことはない。
私はお前のような経験をした事はないから、なにも言えない。
…けれども、これだけは言える事がある。
––––––少女は一拍開けて、口を開く。
どんなに誰かを殺しても、どんなに誰かから怨まれても、生まれて来たことそのものに…罪はない。
だから…生きていてくれ。生きていれば…きっと、どこだって天国に変わるから。
––––––ただ優しく、嫋やかな声音で少女は怪物に告げる。
––––––その言葉こそが怪物への救済であり、呪縛であった。
◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎
IS学園中央区画
近未来的造形の校舎が林立する学園中央区画。
学生がIS関連の勉学に励み、学び舎に通うという当たり前の幸福を享受していた空間。
そこは見渡す限り、無人の建築物。
そこは見渡す限り、混乱する部隊。
そこは見渡す限り、立ちこめる煙。
耳を傾けてみれば、鳴り響く銃声。
耳を傾けてみれば、木霊する悲鳴。
耳を傾けてみれば、震わせる咆哮。
––––––そこは今、戦場と化していた。
「第2アリーナと通信途絶‼︎」
––––––切迫した報告が教務課野戦指揮所テント内に響く。
そして間髪入れずに、
『こちら警備課––––––教務課司令部、状況を共有されたし。繰り返す、状況を報告されたし、オクレ––––––』
––––––応答を促す通信。
「警備課への報告は後回しよ!まずは…‼︎」
––––––現場指揮官の怒鳴り声。
ソレら全ての音が入り混じり、さながら魔女の釜のような混沌に満ちた空間を形成していた。
…昨日まで女子生徒がここを闊歩し、地上の楽園を思わせるような絢爛豪華な学校であったと言われても、嘘のようにしか思えない。
––––––それほどにまで、状況は悪化していた。
まるで––––––廃墟と化した都市を、連想してしまえる程には。
…そして、
「▂▅▇▇▇█▂▇▂––––––––––––!!!」
––––––全ての物を圧砕する咆哮。
––––––全ての者に宣告を下す音。
––––––全てのモノを圧倒する声。
死刑宣告を告げる事象が校舎前グラウンド外縁に顕現する。
動くだけで世界を破壊する、黒き荒神が歩みを進める。
乳白色の屍体を思わせる生気の無い眼球が、ギョロリと現場指揮官の女を睨み付ける。
––––––一瞬交錯する視線。
「ああ、くそ…、総員戦闘配置につけ‼︎」
焦燥を滲ませながら、現場指揮官の女が吠える。
もはやここ、IS学園は
それは変えられない。
その結末を変えられない。
だが、指を咥えてそれを待つ程、人間とは往生際が良く出来ていない。
「第1分隊は左側面下腹部、第2分隊は右側面上肩部から挟撃!まずはあのデカブツを
無線越しに現場指揮官が怒鳴る。
…作戦がないわけではない。
––––––まずは計6機の
––––––グラウンドに到達した時点で地表たる人工基盤の支柱を爆砕、校舎前グラウンドそのものを落とし穴とする。
––––––そして落とし穴に落ちたところに、IS全機による対戦車砲やミサイルポッドによる一斉射。
––––––総合火力は肉片も残さぬレベルには至らないが、
空を裂くように舞う、深緑の影。
火薬と共に砲弾を穿つ、6名の女。
『死ねぇ––––––ッ‼︎』
『私達の聖域から出て行けェ‼︎』
6機のISが、ゴジラの外周を捕捉しきれないような高速で飛行しながら、50口径アサルトライフルを穿つ。
無線越しにIS操縦者の雄叫びと50口径アサルトライフルの銃声が響く。
勿論、IS部隊の部下のモノだ。
それを指揮官が戒める様子はない。
––––––誰も彼もが、本来の目的からズレたモノを守ろうと必死なのだ。
––––––現在ISは腐っても最強の兵器であり、対人類戦であれば立場は他の兵器より優位に立っている。
しかし、先のラドンによるニューヨーク襲撃に始まり、ユーラシア大陸に於ける敗走の連続により、その優位はとうに揺らいでいる。
もはや高性能ではあるが産廃––––––という認識が拡大し、近いうちに自らの権力や立場が形骸化する。
それを焦ったIS委員会の一部が彼女たちにIS学園…ひいてはIS部隊のみによる殲滅を行うことでISの立場を維持しようとする政治的意図を孕んだ命令を下したのだ。
––––––つまるところ、彼女らが守ろうとしているのは、
学園の生徒ではなく。
学園の来賓でもなく。
学園そのものでもなく。
剰え日本の領土でもなく。
––––––ただ、ISと女性の地位だけ。
…ただ、それだけ。
聞けば呆れるだろう、何しろ、本当にどうでも良いモノの為に護るべき人命を見捨てる命令に従うのだという。
––––––もはや狂気の沙汰。
––––––もはや妄執の領域。
––––––もはや異常な情景。
《––––––こちら警備課、悪いが生徒および来賓の避難支援に回る。オクレ––––––。》
ふと、警備課が戦線から離脱することを知らせる無線。
だが、彼女らには聴こえていない。
必死過ぎて聴こえていない。
––––––なにしろ、
『…なぜ––––––⁈なぜ、50口径で傷ひとつつかないの⁈』
IS部隊の一人が放つヒステリックな悲鳴が言ったように、50口径の銃弾で傷ひとつつかないのだ。
50口径アサルトライフルに使用されている50口径の12.7mmNATO弾は10000~13000フィートポンドに達する。
一方、生身で使用する突撃小銃で使用されている7.62mmNATO弾では2000~3000フィート・ポンド。すなわち12.7mmの50口径弾のエネルギーは端的に言って、小銃弾とは桁違いの威力を持っているのだ。
人体に近いと言われるバリスティックゼラチンに撃ち込んだ実験では、50口径で人体のどこかを撃たれたら負傷程度では済まないという結果が残された。50口径狙撃銃を実際に投入されたイラクでは長距離から狙撃後、敵の体が上下に引き千切られていたという記録やヘリコプターを撃墜した記録もある。
そも、50口径はその成り立ちが対空兵器であったため、2キロメートルという距離まで弾丸が落差も少なく威力を保ったまま飛翔する程の低伸性を持つ為、超長距離狙撃用のライフルにも使われる。
––––––特にIS用の50口径アサルトライフルは重機関銃と対物狙撃ライフルの要素を兼ね備えた武装であるが故に、貫通力も極めて高い兵器なのだ。
…だというのに、
『どぉして!傷ひとつつかないのよ‼︎』
それらが全く歯が立たない。
表層部を削ることさえ叶わない。
––––––そも、先に述べた50口径銃の威力は
人間の常識という概念が通用しない怪物相手に、通用する筈がない。
少し冷静に考えてみれば、それは素人であっても理解できる。
『落ち着きない‼︎』
ふと、IS部隊指揮官の声が響く。
『私たちはISを使えるエリートよ!警備課の自衛隊共とは違って色々なことができる!だからあのデカブツを倒すわよ!さぁ––––––』
鼓舞するように言いながら機動砲撃戦を展開し、そして––––––視界いっぱいに、光を遮る黒い塊が写る。
『え––––––』
それが何であるか、IS部隊指揮官の女には
直後––––––空に、鮮血の花火が開く。
『た、隊ちょ…い、いやぁぁぁぁぁっ‼︎』
無線越しに響く、IS部隊の絶叫。
「…そんな…そんな……」
現場指揮官は眼前の現実を前に、虚ろな声を発することしか出来ない。
ゴジラは特別何かをしたわけではない。
––––––ただ、高速で動き回るISと同等の速度で動かした掌でIS指揮官機を
その証拠に、右腕の閉じた握り拳の隙間からは––––––赤い液体と赤い物体が滴り落ちている。
ソレを見たIS部隊は錯乱し、ソレを見た野戦指揮所はただただ唖然とするしかない。
ISさえあれば怪獣は倒せるんじゃなかったのか?
全ては嘘だったのか?
絶対防御さえあれば助かる、それも全て嘘だったのか?
––––––ああ、嘘だ。嘘だこんな…‼︎
彼女はこれを否定する。
––––––これは悪い夢ではないか?
『こ、こちら第3地下連絡通路!虫…!蟲が…‼︎いや、来ないで––––––げゔッ』
––––––リアルタイムで絶命する声。
それが指揮所の女達を目の前の現実に引き摺り戻す。
だが、その時には何もかもが手遅れで。
「あ––––––」
現実に引き摺り戻された瞬間、ゴジラが此方を睨みながら、背鰭を青白く発光させていて––––––瞬間、白熱光の閃光が全てを焼いた…‼︎
◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎
同時刻
第2アリーナ直下第2シャフト最下層
ゴミが散乱した床。
置き去られたであろう私物群。
もう動く事は無いであろう作業アーム群。
地上から伝わる振動に、埃が降り積もる。
既に人が退避した後の区画であるそこには、第2アリーナより退避してきた箒達がいた。
「…千尋……ごめんね…。」
箒は涙を流しながら虚ろにただ一人、口を開いている。
千尋があのように、肉と骨の塊––––––としか形容出来ない様相になって死んだのが余程精神的に応えたのか、箒は破綻寸前の精神で懺悔を続けていた。
「…篠ノ之さん、彼は…。」
セシリアは声をかけようとして、言い淀んでしまう。
––––––今や箒は軽い
…以前、この手の人間には慰めの言葉よりも、自身の内にある負担を減らすべく、言葉を話させた方が良いという内容を本で読んだ事がある為に、セシリアはその選択をした。
「…私は…千尋が辛い目に遭って欲しく無かったから、あの子より前に出てたのに、なんで…あの子が、先に…逝くんだ…。」
「…箒、後でいくらでも聴いてあげる。だからまずは、搬出入ターミナルに向かおう?」
「……そう、だな…うん…ごめん…。」
そう言うなり、箒も全員に続いて歩き出す。
だが、
《––––––まぁ、そうは問屋が許してくれないみたい…団体さんが来るわよ。》
––––––ふと、イリスが話しかける。
だから箒は反射的に振り返り、何かを凝視する。
…視線の先には第2シャフトから南部区画に通ずる廊下への防火扉。
そこから本来あらざるべきものが迫る気配を、擦り減って衰弱した精神でありながらも本能が脳へ警鐘を鳴らす。
––––––向こうから響く異音。
––––––腐った卵のような臭い。
––––––炭酸の様に泡立つ防火扉。
ナニカが酸で防火扉を溶かしている。
「篠ノ之さん?どうか––––––」
どうかしましたか?とセシリアが言おうとしたその声と、ソレが溶けて朽ちた防火扉を突き破ったのは同時であった。
「なっ––––––⁈」
後方にいた山田先生が驚きの声を上げる。
唐突な出現に泡を食らったのか。
…全員が現れた「敵」を凝視する。
––––––蜘蛛のような体躯。
––––––平たい台形の甲軸。
––––––口から溢れる水泡。
––––––異様に小さな鋏脚。
––––––異様に幅広い節足。
––––––ザラザラした表面。
––––––貝殻のような甲殻。
––––––3mはあろう巨躯。
…見間違うことは無い。
何しろ、見間違おうにも見間違うことが出来無い。
それは節足動物型巨大不明生物であった。
「え、な、何アレ…?カニ⁈」
思わず、簪が奇妙なモノを見たような声を上げてしまう。
直後、その化け物が異様に小さな鋏脚––––––されど人間の首を落とすには十分なサイズ––––––で襲い来る。
狙いは箒の首。
––––––瞬間、箒が反射的に試製20式複合ライフル砲の12.7mm重機関銃の引き金を引く。
50口径の銃弾は対象に向けて吸い込まれていき––––––甲殻に弾かれる。
「⁈…––––––ちッ」
50口径の銃弾を弾いたことに思わず箒は驚かされる。
そして鋏が飛んで来る。
回避は間に合わない。
鋏の先端が到達するまで1メートルもない。
––––––故に、それを箒は試製12式改耐熱装甲刀で受け流す。
––––––すかさずセシリアが09式120mm滑腔砲を穿つ。
…もって、120mm滑腔砲の爆裂と熱波と共に、対象は挽肉になる。
「––––––サメハダヘイケガニだな。北海道から台湾にかけて広く分布してる。」
ふと、千冬が口を開く。
サメハダヘイケガニとは実在するカニであり、サイズは40cm〜80cmだった。
…だが、これはどうか。
あまりに巨大過ぎる。
「––––––アレも、先程の
「…詳しくは分かりませんが、恐らく。」
––––––擦り減った神経で、無理矢理平静を維持する。
だが、それも維持が難しくなる。
「––––––ッ⁈」
先の防火扉のみならず––––––
ダクト。
通気口。
さらには壁面。
それらが溶けていく。
直後––––––轟音を立てて無数の機材が地表に叩きつけられる。
––––––舞い上がる粉塵。
––––––反響する轟音達。
––––––更に落下する機材群。
––––––その中から現れる無数の蟹。
––––––あらゆる箇所より異形が顕現する。
…ざっと、100体近くはいるであろう異形の群れ。
「こいつら…どこからこんなに…‼︎」
思わず箒は絶句する。
––––––当然と言えば当然だろう。
つい30分前までこんな化け物はいなかった。
何しろ、先程の戦闘––––––対VTシステム戦のバックアップとして、補給物資をここから搬出していたのだ。
化け物がいれば補給物資を搬出することすらままならない。
––––––つまり、あの化け物達は、先の
「くそっ…‼︎」
思わず箒は唾棄したくなる感情に駆られる。
とにかくアレらが此方に攻撃を仕掛けて来た以上、間違いなく人間を襲う。
となれば、退避する予定の物資搬出入ターミナルにも危険が迫る。
––––––理想的な判断としては、今ここで迎撃する。
だが全機平均で弾薬は2割未満、推進剤は3割程度。シールドエネルギーはどの機体も危険域に至るまで枯渇している。
ここで戦っても嬲り殺される未来が見えている。
––––––それに、物資搬出入ターミナルには人員を載せるために弾薬が放棄されている可能性もある。
…なら––––––、と、思考を遮るように化け物が迫る。
––––––すかさず、76ミリ機関砲の引き金を引く。
「織斑先生!このまま物資搬出入ターミナルに向かいましょう‼︎後衛は私が務めます‼︎」
意を決したような表情をして、箒は口を開く。
「––––––了解だ‼︎」
織斑先生も箒が思考していたことと同じ内容を思考していたのか、即答し、部隊の先鋒をとる。
今、シールドエネルギーの残量が一番多いのは箒である。
ならば、少なくとも自分が殿を務めながら後退するべきだ。
心傷に浸って泣き言を吐きたい気分は山々だが、今はそんなことしていられない。
だって、そんなことしたら、セシリアや簪、千冬さんに山田先生が––––––…。
––––––そしてふと、そこに千尋が居ない事を再認識する。
「千尋…」
箒が口を開く。
「彼女らを逃したら……」
まるで懺悔するように、まるで願いを込めるように。
「…すぐ、そっちに逝くから––––––。」
––––––死を渇望する願いを口にしながら、箒は76ミリ機関砲を眼前にたむろする、無数の異形にむけて掃射した。
◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎
同時刻
IS学園第4シャフト
地下62階・東棟-西棟間空中連絡橋
「やっと会えたな?織斑一夏。」
中国共産党特別武装隊の周大尉が優越感たっぷりに口にする。
––––––だが額には珠のような汗が滲み出しており、焦燥に満ちている事は明白だ。
右手には中国軍正式採用の半自動拳銃、92式手槍(9mmパラベラム弾採用型)が握られている。
そして––––––その銃口は、左手で腕を捻組むように拘束している…鈴に突き付けられていた。
「な––––––––––––…」
あまりの光景に絶句する。
––––––そして、その女の背後に95式突撃小銃を構える兵士が3、4人。
銃口の先には––––––
––––––直後、脳裏に走る死の予感。
同時に、この空中連絡橋がまるで処刑台のようだ––––––という錯覚を覚える。
「自分から探しに来てくれるとは有り難い…我々と共に来て貰おうか。もちろん白式も一緒に、だ。」
「––––––なんで、鈴を…?」
「…貴様は馬鹿か?貴様との交渉材料に決まっているだろう。
昔から
悪魔のように囁く声。
…彼奴らに付いて行けば、鈴は助かる。
––––––だが千冬姐の剣である雪片をどこの馬の骨とも分からない奴らに侵されて千冬姐の名誉を傷付けることになる。
…彼奴らに付いて行かなければ、雪片も千冬姐の名誉も守ることができる。
––––––だがその場合、鈴が死ぬ。
脳裏に浮かぶ選択肢と結果がもたらす光景。
それが、一夏から思考の余裕を奪って行く。
最愛の姉の名誉を取るか、幼馴染の命を取るか。
…分からない。
…分からない、分からない。
…分からない、分からない、分からない。
––––––俺は、どうしたら良いんだ。
「…一夏、逃げて…私の事はもういいから早く!」
「裏切り者が言葉を話すな‼︎」
「––––––ッ!!」
弱々しく一夏に言葉を放った鈴の額を周は92式のグリップで殴り付け、黙らせる。
––––––皮膚が裂け、血が滴り落ちる。
––––––鈴の顔がさらに悲痛に染まる。
「や、やめてくれ‼︎」
「貴様の話など聴いてはいない!時間がないんだ、もろともバケモノに殺されたいか‼︎」
––––––バケモノ、と言った。
つまりは、今IS学園には怪獣が攻めて来ているというわけで。
じゃあ、こんな事やってる場合じゃ––––––
「––––––まったく、この非常時で、あまつさえ切り捨てられたにも関わらずよく党への忠誠心が揺るがないものだ。」
––––––ふと、一夏の思考と周の脅迫を遮るように、冷風のような声が走る。
それはカツカツと軍靴で連絡橋の床を踏みつけながら、一夏の背後より現れる。
そして溶け始めた雪のように人間らしい表情を浮かべて。
––––––孫華輦は口を開く。
「––––––関心するよ…なぁ?周大尉。」
「––––––⁈孫、大佐…!どうしてここに…⁉︎」
思わず顔が引き攣り、強張った声を周は放つ。
「どうして?…鈍いな同志。その娘を救出する為だが。」
にべもなく言い放つ。
それに対し、周は黙っているわけではない。
「ちっ––––––おい‼︎」
周の声。
直後––––––彼女の背後より現れる完全武装の1個分隊…7名の兵士。
手には03式
そのドットサイトから発せられる赤色のレーザーポインターが孫の頭や心臓を照準に絞り出す。
––––––なれど、孫は覚めた表情。
『それがどうした』と言わんばかりの顔をして––––––霞んだ音と共に兵士の頭蓋が砕かれながら、鮮血の花を咲かせる。
「な––––––」
何だ、と言おうとして、それは遮られる。
兵士は絶句する。
周も絶句する。
––––––その男も頭蓋が砕かれたからだ。
「狙撃だ!全周警戒––––––」
だが、それも遮るように、頭蓋が砕かれる。
––––––数秒で、3人の兵士が倒される。
そこで残った4人は狙撃兵捜索ではなく、周を取り囲むように陣形を立て直す。
「…なるほど、それでは殺せないな。」
孫が冷めた声と共に『待て』のハンドシグナルを下す。
…つまり、今兵士を狙撃したのは孫の部下という事になる。
しかも射撃間隔からして––––––狙撃兵は2名。
銃声がしない事から
狙撃兵とは元より隠密性の高い兵士だ。サプレッサーを狙撃銃に取り付ければ、さらに隠密性は高まり、肉眼での発見は困難となる。
––––––つまりこの状況は、絶対的に周らが劣勢であった。
それでも狙撃しない理由––––––それは、鈴を拘束している周を取り囲むように陣形を立て直したということ。
どういうことかと言うと––––––、
「どうする?このまま、救出する筈の凰ごと私達を殺しても良いんだぞ?」
つまりはそういうことだ。
狙撃して一網打尽にすることは出来る。
だが、貫通力の高い狙撃銃では兵士のみならず鈴にも銃弾が当たる可能性がある。
だからこそ、孫の部隊は撃てない。
––––––ここに来て、優劣は反転した。
しかし視覚出来ていない敵に対しての恐怖を拭えないのか、その笑顔を引きつっている。
…それもそうだ。
孫の部下とてバカではない。
狙撃に不向きなポジションであるならば、すぐさま移動を開始し、陣地転換を行う。
そして狙撃兵のセオリーは、静かに素早く、である。
ある狙撃兵は4キロもの重さの狙撃銃を隠しながら匍匐前進で数百メートルを1分と僅かで移動できるという。
誰もがそれと同じように出来るというわけではない。
だが––––––それに迫ることは、可能である。
故に周とその部下はソレに警戒する。
「なんで…」
…そこに、今までの一連の事態に圧倒されていた一夏が口を開く。
「な、なんで…こんな事してるんだよ、アンタら…。」
「何度も言わせるな!これが今我々のすべき事だからだ!」
「それをおかしいとは思わないのか⁈このままじゃみんな殺されるかもしれないんだぞ⁈いくら俺の身柄が欲しいからって、こんな時にこんな真似を…アンタら、頭おかしいのかよ!?」
––––––それは、
普通ならば、怪獣が攻めて来ている今ここで内ゲバをしたところで得はしない。
むしろ、命を落とす危険性が限りなく高い状況下で揉め合うなど、損でしかない。
…ならば、ここは武器を互いに下ろして協力するのが最適解である。
––––––普通の感性の持ち主であれば、その解答に到達する。
––––––普通の感性の持ち主であれば。
––––––一夏と
「我々は祖国の守護者たる党に忠誠を誓った!それで充分だ!!」
「なっ…⁈」
––––––ここで、一夏と周の間に亀裂が生じる。
彼女と一夏は相互理解が出来ない。
…否。そもそも分かり合うという【結末】以前に話し合いという《過程・前提条件》自体が成立しない。
どれだけ現実を理解して理想的な結末を説いても、相手が現実を理解する、という前提条件が満たされていない。
説得や会話をしようにも、一夏と周とでは思想信条や思考回路が根底から異なる。
––––––結末や過程以前に前提条件から破綻している。
例えるなら、【家を建てる】という結末を迎える為に《建てる》という過程に至ろうとするよりも前に《土地を確保する》という最低限の前提条件が満たせず、全てが成立しないようなモノ。
––––––つまり最初から全てが破綻しているのだ。
「私達や党がいなければ、人民は我先にと逃げ出しているはずだ!我が祖国が未だに極東随一の大国であり、戦争にされされている今この瞬間でもその地位を揺るぎないモノとしているのは、我々が人民を統率し、国家の敵の存在を許さなかったおかげだ!!」
「何を…言ってるんだ…あんた…。」
…こんなモノは、物言わぬ石に仏教やキリスト教の経典を説くのに等しい有様。
あまりにも理解不能な解答と唐突に展開された自画自賛に一夏は困惑する。
––––––【馬の耳に念仏】、とは上手く考えられた言葉だ。今の状況に遭う言葉は恐らくそれ以外存在しない。
––––––人類が地球規模での協力関係至れない原因はコレにある。
対話や議論をして、協力関係になれないワケがない。
過程次第では、理想的な結末にも至れる。
だが、今の周や一夏のように、対話という過程に至る前提条件が最初から破綻している人間が余りにも多過ぎる。
だからこそ、まずは互いに対話不可能な人間から排除しようと内ゲバになる。
そしてその隙を人類の事情など関係ない怪獣によって突かれて蹂躙される事を許す。
そしてその責任の擦り合いで再び内ゲバとなり、その隙を突かれて––––––その繰り返し。
現に今も––––––、
「––––––これで分かったろう?」
孫が実力行使による対話不可能な存在––––––周の排除を行おうとしている。
手には中国軍の
「彼女とは対話出来ないよ。…何しろ、思想教育で完全に人格を破壊されているんだ。壊れた花瓶に水を注いでもただ零れ落ちるのと同じように、心を壊された人間に何を説いても無駄だ。」
「…じ、じゃあ…どう、したら……?」
一夏の問いに醒めた声で、背中を向けたまま孫は一夏に声を放つ。
「––––––
––––––その行為はある意味、選民思想である。
互いに対話不可能な人間を
そうして相互協力を可能となる人間だけが生き残れば、人類は地球規模で協力も可能となり、延命を実現する事さえ夢物語ではないだろう。
…だが、それまでに何十億人を殺し、そうした結果、何億人が生き残れるのか。
そんな事をしてしまえば最終的に生き残れる人類の数など知れている。
だが––––––彼女、孫はそれを実際に実現しようとしている。
だから今彼女は、周に17型拳銃の銃口を向けていて––––––。
「…残念だよ、大尉。君ら党がマトモなら、私達が同士討ちをする事も、大陸で今日までに8億人もの同胞が死ぬ事も無かったろうに。」
ふと孫が言い放った言葉に一夏は驚愕する。
…中国に怪獣が侵攻したのは1ヶ月程前。
…だと、言うのに。
––––––1ヶ月で8億人も死んでいる。
その現実を叩きつけられる。
––––––8億人。
––––––8億人の死者。
あまりのスケールの違いに思考が追いつかない。
「…はッ…敗北主義者が、何を言う!どの道我々に大陸以外の逃げ場など無い‼︎それは分り切っているだろう⁈」
周が怒鳴り返す。
彼女の言う通り、中国に逃げ場はないのだろう。
––––––東南アジア諸国は南沙諸島問題からチャイナ・ブロック政策に走っている。
––––––台湾は中国の戦力拡大を警戒して日本と関係を強めている。
––––––日本はメディアに中核派が浸透しているから世論操作は叶うが、尖閣問題での関係悪化から永住は見込めない。
––––––豪州諸国や北米、欧州も対中戦略に全力を注いでいたことから救いは有り得ない。
––––––中南米も陰の主人あるアメリカが居住を許さない。
––––––資源採掘権を得たアフリカはあまりに遠く、懐柔したフィジーはあまりに狭過ぎる。
––––––南極などはもはや論外。
確かに彼女の言う通り、逃げ場はない。
だからこそ、国民を住む場所を守る為に大陸の死守に努めている。
それも理解できる。
だが––––––
「…逃げ場が無いも何も、逃げ場になり得たであろう先との関係を自分から潰したのは、他でもない私達だろう。
……おまけに江戸時代の日本よろしく鎖国体制に近い状況を開いて国民を逃がさないようにしている上に在日同胞を拉致して大陸に送って…そこまで大陸が惜しいか?」
––––––さらなる衝撃が一夏を襲う。
…8億人もの犠牲を出してもなお、大陸の死守に努めるのも分かる。
…逃げ場が無いから大陸を維持しようとする寸法も分かる。
…だが、これはどうだ。
––––––大陸を死守する人材流出を避けるために国境を封鎖し、さらには海外の在外国中国人を拉致して回っている。
…こんなバカな事があるか。
…これが事実なら、もう、めちゃくちゃだ。
…何もかも、めちゃくちゃだ。
「大陸以外に逃げ場はない以上、確実に住む事が叶う土地を守る為に人民が戦うのは当然だろう?何のために徴兵制を敷いていると思っている‼︎それは人民の住める土地を守る為だ‼︎
…だと言うのに、貴様は党と人民の意志を捻じ曲げるか⁈」
「––––––人民の意志、ではなく党の意志だろう?…ま、強ち間違いではないだろう。
利己主義に凝り固まった我が民族が、党への忠誠心だけで動く筈が無い。住める場所と喰えるモノを与えればすぐ掌を返す。
そういう単純で制御し易いから、君らは彼らを使ってるんだろう?」
「––––––だ、黙れ!貴様、我が党と民族の聖戦を侮辱するか⁈」
「––––––大尉、これは聖戦なんかじゃない。これはね…君ら党が、政治的正しさとプライド大事にやってる、14億人もの国民を巻き込んでの壮大な無理心中だよ。」
「ッ––––––、貴様ァ‼︎」
周が銃を孫に向ける。
孫は不動のまま。
––––––その景色を一夏は俯瞰している。
––––––あまりに次元が違い過ぎる世界に思考が追いつかない。
––––––あまりに自分が今いる世界と違い過ぎる人間達に頭が追いつかない。
––––––こんな、こんな…みんな、狂ってるじゃ、ないか……!!
一夏は絶句する。
もはやここには狂気に満ちた人間しかいない。
もはやここには自分が知るマトモな人間はいない。
もはや誰も彼もが狂い果てている。
一夏はこの、受け入れ難い現実を前にただ唖然として––––––直後、区画を揺らす衝撃が襲った…‼︎
◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎
午前11時31分
千葉県館山市平砂浦海岸
––––––黒煙巻き上がるIS学園の対岸。
普段は長閑な海岸線沿いに、欧州連合極東派遣軍ポーランド陸軍第2機械化軍団第8装甲騎兵師団第3戦車中隊所属のT-72M1モデルナ戦車18両が布陣していた。
スロバキアののZTSテース・マルチン社による近代化改修型である本車は車体前部と砲塔に爆発反応装甲を装着し、射撃管制装置を電子化。さらに射撃サイトを換装した上にエリコン・コントラバス製KAA-001 20mm機関砲を砲塔左右に1丁ずつ装備している、旧東側の傑作にして西側からも評価の高い、584輌というポーランド最多の保有数を誇る戦車であった。
––––––その戦車中隊を束ねる本部管理小隊では、情報が錯綜していた。
「––––––だから何度も聴いている!そちらの情報を知らせよ!こちらも対応をしかねる‼︎」
若い女性指揮官––––––ナタリア・コヴァルスキ少佐が無線機相手に怒鳴る。
相手は勿論IS学園教務課。
そしてIS委員会子飼いの治安部隊である。
現在彼女らはIS学園を陸上から警備する役割と館山市のIS関連企業に携わる邦人保護を名目に平砂浦海岸に布陣していた。
だが、IS学園があろうことか内側から襲撃を受け、さらには巨大不明生物が上陸したという未確認情報が流れて来た為に、現在配置を変えるべきか司令部に指示を仰ぎつつ、情報を得ようと学園に無線で呼びかけていたところだ。
…しかし学園側は「問題ではない」の一点張りで、情報の共有を拒んでるのが現状であった。
「ああくそ!話にならない!!」
思わず苛立ちから、コルヴァスキ少佐は無線機を握ったままの拳で戦車の装甲を殴り付ける。
「イライラするな少佐。身体に毒だぞ。」
––––––ふと、低い声が響く。
操縦担当のヤロスワフ・ヴィシニエフスカ軍曹の声だった。
コヴァルスキ少佐より20も歳上である彼は、前世紀からT-72に乗り続けていた、まごう事なきベテランである。
彼自身を尊敬しているのか、コヴァルスキ少佐は彼の言う事に対して飼い主に躾られた仔犬のように言う事を聞く。
「––––––分かっています。ですが話になりません。…連中理解してないんですよ、今どういう状況に置かれてるか…。」
思わず、うんざりしたような声音で愚痴をこぼす。
「向こうはなんと?」
「––––––『問題ではない』の一点張りです。素人目に見てもあんなんで対抗出来ないって分かるのに…。」
「…奴さんが守りたいのは、人命や学園ではなく、権力や地位だろうさ。ISで権力や地位を得た人間は決して少なくはない。んで、そういうのを喪うキッカケになりかねないが故にISの価値とそれに伴う自分達の権力と地位を死守しようて腹積もりだろうさ。」
ヴィシニエフスカ軍曹が、醒めた声で口にする。
「––––––流石、ウクライナでISがボコボコにされた途端アラスカ条約を理由に真っ先に逃げ帰って、私らに全部擦りつけて行っただけの事はありますね。」
皮肉と怨嗟の入り混じった声を吐く。
「なんで彼奴らの代わりに私らがウクライナで命を擦り減らさなきゃならなかったんだか…。」
––––––言うまでもなく、コヴァルスキ少佐もヴィシニエフスカ軍曹もウクライナ戦線に派遣されていた過去がある。
そこでコヴァルスキ少佐––––––当時二等兵だった彼女は、運だけは良かったらしく、周りが戦死していく中でただ一人生き残り、指揮官不在の中、無理な戦時昇格(少尉)をさせられ、部隊を率いていた。
ISが撤退しなければ、十二分に教育を受けられる時間があっただろう。
だが––––––ISの早期撤退という結末により、未熟なまま戦場に、しかも指揮官として放り出されてしまった。
その結果は、語るまでもなくほぼ全滅。
ヴィシニエフスカ軍曹の属していた戦車中隊––––––こちらも指揮官たる車長が戦死し、指揮官不在––––––に拾われなければ、今頃彼女はギャオスの腹の中で消化され、白い無機質な糞の中だったろう。
…これが5年前の話。
今はそれなりに優秀な指揮官には成長し、少佐の位に着いてはいるが、やはり未だ粗があり、ヴィシニエフスカ軍曹に支えてもらっている身だ。
彼に対して常に敬語なのもそれが理由だ。
「とにかく、司令部からの指示を待とう。それまでは––––––」
––––––直後、空に閃光が走る。
一瞬で本能的な危機を感じとったコヴァルスキ少佐は戦車の車内に飛び込む体制となり、ヴィシニエフスカ軍曹はコヴァルスキ少佐を車内に引き摺り込んだ。
––––––2秒後、T-72の車体を揺るがす爆風が襲い掛かった…‼︎
第1号巨大不明生物 " ゴジラ " 迎撃戦・戦況図
◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎
同時刻
千葉県館山市房総フラワーライン
館山市都心部とは打って変わり、過疎地域と化している地域。
そこを1台のセダンが駆けていた。
「…ごめんなさい。デュノアさん、大丈夫だった?」
運転席にてハンドルを握る楯無が申し訳なさと心配気な声が混じった声で問う。
「…え?え、ええ。まぁ…。」
それにシャルは浮かない声で応じる。
––––––シャルはロシア系の集団に攫われ、拉致寸前のところを助けられたのだという。
…『だという』、というのは助けたのが楯無ではないからだ。
彼女が着いた頃には既に全てが終わった後で、シャルは【朝倉美都】という女性に助けられたのだという。
––––––直後、学園から掛かった緊急の招集。
生徒会長である以上、反故には出来ない。
だがシャルを一人にするわけにもいかない。
だから今、こうして同行して貰っているわけだが––––––。
(朝倉美都…って、片桐1佐の友人…だった人よね……?どうしてまた…。)
思わず、ハンドルを握りながら思考してしまう。
––––––直後。
「––––––⁈」
「きゃあっ––––––‼︎」
閃光と共に、セダンを揺るがす衝撃波が疾る。
反射的に楯無はブレーキを踏み、シャルの頭を抑えながらダッシュボードの下に伏せさせる。
––––––衝撃が止み、安全確認に顔を覗かせた楯無が目にしたのは。
「––––––原爆…?」
––––––IS学園の方角から伸びる、キノコ雲であった。
◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎
同時刻
IS学園・第4シャフト
地下62階・東棟-西棟間空中連絡橋
––––––衝撃が走る。
まるでバットで頭を殴られたと錯覚してしまうほどに、視界を揺さぶる振動が区画そのものを震わせる。
「なっ、うわっ!」
思わず、誰も彼もが足元をふらつかせてしまう。
「––––––伏せろ、凰少尉。」
その瞬間を待っていたと言わんばかりに、体勢をいち早く立て直した孫が––––––
直後、鈴は拘束されていながらも、できる限界まで反射的に頭を下げる。
その眼前で孫は銃を構えている。
––––––構えは横撃ち。
––––––狙いは周の周辺に展開し、未だ足元がふらついている兵士。
ソレを目掛けて、引き金を––––––引く。
––––––銃弾の火薬が爆裂する。
––––––7.62ミリ弾が撃ち出される。
––––––硝煙を散らして銃口が跳ね上がる。
––––––銃弾は兵士の頸部に命中し、絶命する。
…一般的に
それはいかに鍛えた軍人であろうと封殺することは叶わない存在である。
これがある以上、射撃から狙いの定めまで時間を要してしまう。大口径拳銃ならば尚のこと。
多対一の状況下で、拳銃で完全武装の集団に挑むのは自殺行為だ。
だが––––––ほんの少し工夫すれば、その特性さえ逆手に取ることができる。
そう、例えば––––––今のように、マズルジャンプを利用して、薙ぎ払うように銃撃する、など。
––––––横撃ちに構えた孫の
––––––銃口は、左へ跳ね上がる。
––––––照準は、その隣の兵士。
––––––撃つ。
––––––銃弾が兵士の喉を喰い破る。
––––––銃口は、左へ跳ね上がる。
––––––照準は、その隣の兵士…即ち周。
––––––撃つ。
––––––銃弾が周の左二の腕を喰い破る。
「がっ、あぁッ⁈」
––––––周の絶叫と、反射的に拳銃の引き金を引こうとする指が映る。
だがそれより早く。
––––––銃口は、左へ跳ね上がる。
––––––照準は、周のまま。
––––––撃つ。
––––––銃弾が周の右腕人差し指を根元から、中指を第2関節から、薬指を第1関節から吹き飛ばす。
「あ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ‼︎」
再度上がる悲鳴。
だがそれを無視する。
––––––銃口は、左へ跳ね上がる。
––––––照準は、その隣の兵士。
––––––撃つ。
––––––頭蓋が砕け散る。
––––––最後の兵士がふらつきから回復し、小銃を孫に向ける。
直後––––––霞んだ音と共に兵士の頭蓋骨が弾けた。
––––––狙撃だ。
孫が一人で銃撃を始め、敵が隙を見せた瞬間を狙い、孫が取り零した敵を仕留めてみせたのだ。
––––––それで、鈴を巡る攻防は呆気なく終結した。
「––––––立てるか?凰少尉。」
周の拘束から解き放たれた鈴を起こしながら、孫は問いかける。
「は、はい…。」
「––––––り、鈴‼︎」
そして、ようやく現状に追いついたのか、一夏が鈴に駆け寄る。
それを背景に、憎々しい声音で周が荒んだ声を放つ。
「孫大佐…きさま…きさま、よくも––––––‼︎」
––––––だが、それに孫は冷たく覚めた瞳を向けるだけ。
「…ッくっ、殺せ!どうせ私はもう終わりだ‼︎」
全てを投げ捨てるように叫ぶ。
「––––––断る。怪獣に争うための貴重な物資が勿体無い。」
ただそれを、孫は無情に切り棄てる。
それに半ば失望の顔を浮かべながら、周は口を開く。
「…きさまは、間違えている…!人民を逃すなど…余計な混乱を招き、より多くの死者を齎すだけだ…!!」
––––––たしかに、周の言うことには一理ある。
…まず、中国国民を逃す為にはその檻たる、中国共産党政府を打破する革命を起こさなくてはならない。
それで、確かに中国国民は逃げる機会を得られる。
––––––だが、指揮系統の混乱による戦線崩壊は確実となる。
「だからこそ、人民の犠牲を減らす為にも、党が統制し、人民と国土を守っているのだ!にも関わらず––––––!」
「––––––冷静に考えてみろ。
「だッ、黙れッ!軍閥ではない!戦略区だ!それに戦略区を党は完全に制御出来ているッ‼︎」
「…では何故、北京政府陥落後も戦線は後退を続けているにも関わらず、広州や福州と言った後方地域で戦闘が起きている?内容は対人類戦。しかもつい先日だ。」
「…そ、れは––––––……」
「…ついでに聞くが、なぜ社会主義国として軍閥というあるまじき存在を中国発足当時から放置しているのだ?」
「………。」
「––––––答えは単純だ。貴様が絶対の忠誠を誓う党には、自らの私兵である軍部を制御し切れるだけの力を持っておらず、人民解放軍内部でクーデター…いや、美辞麗句を取れば内戦が多発しているというわけだ。前線が常にギリギリだと言うのに。
…そして、党にはこの末期的状況を打開する能力も権力も残されてはいないと…そういうことだ。」
「…ッ、ちが…う…党は……党は……。」
震える声音で、癇癪を起こした子供のような声音で、必死に反論の言葉を探す周に憐れみの視線を向けながら、孫は背を向ける。
左腕の二の腕の筋肉は破壊した。
右腕の指も吹き飛ばした。
…彼女はもう、銃を撃てない。
––––––もう相手をする必要もない。
だから孫は立ち去るのだ。
「ッ、まっ、待て!」
––––––泣き噦るような顔を浮かべながら周が立ち上がる。
それにただ孫は冷たく、
「…殺す気はない。後は大陸に帰るなり海外に逃げるなりあの世へ逝くなり…好きにしろ。」
––––––そう言い放つと、僅かに衰弱した鈴と未だ現実を完全には飲み込めていない織斑を連れて第4シャフトを後にした。
◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎
IS学園北部区画
第1シャフト方面第3地下連絡通路
––––––現在、そこには教員4名と3年生80名から成る、上級生選抜防衛班が展開していた。
…だが、ISを身に纏っているのは20名程度であり、その他の生徒はISの下位互換である強化装甲殻を身に纏っているというのが現状であった。
…もちろん、如何に腕に自信がある上級生とはいえ自ら進んで戦場に赴くなんて
つまるところ––––––事実上の学徒動員。
「…やだ……」
ふと、強化装甲殻を纏った女子が呟く。
その声音は恐怖に震えている。
「…まだ、死にたくない…。」
––––––先程凄まじい衝撃が走ったが、考えている余裕もない。
すでに精神的な負荷はピークを迎えていた。
––––––同時に、自分達が今まで男相手に息巻いていられたのは、絶対防御があるISを纏っていたからだと理解する。
…ふと、以前、織斑一夏の墜落事故に巻き込まれ、負傷した強化装甲殻の訓練班の姿を思い出す。
死に至る致命傷こそ出さなかったものの、重傷を負っていた。
…自分達には無縁だと、そう思っていたから気にしてなどいなかった––––––だが、それがどうだ。
今では自分がISが足りないからという理由で強化装甲殻を纏わされている。
絶対防御がない––––––それだけで、死への恐怖は極限に至った。
直後––––––
「来たわよ!みなさん構えて‼︎」
教員の声––––––生物の襲撃を告げる声。
ただ彼女達に出来たのは、アサルトライフルを構えるだけであった。
–––––トンネルを駆けてきたのは異形の蟹であった。
ただの蟹の群れ。
ただのヘイケガニ。
––––––身長が3メートルもあり。
––––––12.7ミリ弾を弾く程の甲殻を持ち。
––––––金属を腐食させる水泡を吐く以外は。
「この化け物!でかい図体しているくせにちょこまかと避けやがって!」
「なんで、なんで当たってるのに死ないのよ!?」
ラファールリヴァイヴや強化装甲殻を纏った女たちは攻撃が節足を用いた複雑軌道の所為で当たらないことに苛立って次々と銃弾を放つ。
だが––––––当たれど、銃弾は弾かれてしまう。
反動制御やハイパーセンサーによる照準アシストはISが行ってくれるが、狙うのは搭乗者自身なので当たらないのは即ち搭乗者の実力が無い、あるいは低いということになる。
逆に当たれども弾かれてしまうのは武器の相性が悪いのか、当たりどころが悪いという事になる。
––––––そして、それらの現実を叩きつけられながらも状況の改善を図らない教員は無能ということになる。
そんなことは女たちはわかってはいないので、12.7ミリアサルトライフルで攻撃するが外れた、あるいは夾叉して銃弾が明後日の方向を撃ち抜いていく。
ふと––––––異音が頭上から鳴る。
「なん––––––––––––」
口を開こうと、見上げた女の視界に映ったソレは、視線の先にある、ダクトの通気孔から降り落ちて来るソレは、
蟲。
蟲。
蟲。
蟲。
蟲。
蟲。
蟲。
––––––無数の
–––––それらはまず、彼女の顔面に飛びかかり、––––––醜悪な牙を彼女の眉間に突き刺した。
「あ、ぎあ”あ”あ”あ”あ”あ–––––––––––!!」
–––––悲鳴が上がる。
後衛の強化装甲殻部隊が混乱する。
–––––直後。
その瞬間を狙っていたのか、異形の蟹が一斉にIS部隊に襲いかかる。
「ひっ! や、やめろ! やめろおおおおお!」
ISのエネルギーシールドによって異形の鋭利な爪は女を傷つけることはないが、女の視界の角に表示された数字『シールドエネルギー』が凄まじい速度で損耗していく。
打鉄の両肩の浮遊物理シールドはハンマー、あるいは槍のように叩き貫く節足に砕かれる、…あるいは溶解性の水泡によって腐食させられ、喪失。
装甲の無い部位を攻撃されISが搭乗者を守ろうと絶対防御を発動させる。
それによりシールドエネルギーが刻一刻と摩耗し、その光景–––––すなわち
そして、数字が0になった瞬間–––––女を守るISは粒子へと変化し、消失する。
「やめ――」
絶対の盾を失い女は異形に制止の声をかける。
すると–––––異形はピタリ、と止まる。
「–––––は、っぁ…」
助かった–––––と声を漏らそうとして。
異形の口から伸びた肉管が、頭蓋骨を貫いた。
「ひ、ぎ、ぁああああああ、ああああああああッ!!!」
–––––頭蓋骨を貫かれ、脳に肉管が触れた事を理解するなり、女は半狂乱になり叫ぶ。
だが、それは痛みを訴える叫びから、理解不能な叫びへ。
そして、理解不能な叫びから、恍惚とした呻き声に変質する。
–––––脳を、溶解液で溶かしたのだ。
–––––その、溶けて液状化した脳にショッキラスが体液を啜ろうと
それを見て他の女達は絶叫し–––––地獄の釜に放り投げられた。
◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎
IS学園第2シャフト中層階
凄まじい衝撃が走り、天井を構成していた機材が地表に向けて無数に落下する。
立罩める砂塵。
鳴り響き反響する轟音。
瓦礫に薙潰された空中連絡橋。
原型を留めぬほど押し潰されたブース群。
…ひどい有様だ。
神経回路と筋繊維の再接合が完全に終わっていない身体を引き摺りながら、俺は思う。
グチャグチャにされた廊下や第2シャフトを見て思ったのかもしれない。
けれど、多分自分の身体を見て思ったんだろう。
だって、全身がツギハギだ。
手も足も、内臓や骨肉、脊髄や脳に至るまで全て木っ端微塵に砕け散ったのだ。
自分の身体でありながら、異物と繋がっているよう感覚が拭えない。
例えるなら、そう––––––病院の点滴が全身に刺されているような感じだ。
時間をかければ慣れるのだろうけど、強制的に再生させられてからまだ5分も経っていないし、皮膚に刺すだけの点滴と違って筋肉や骨に至る領域から異物が身体に入り込んで来るのだ。
…ヒトは義手や義足に慣れるのにひと月はかかるらしい。
自分の場合は分からないけれど、結局それくらいかかるのだろうか。
…なんて自問自答するけれど、誰も反応しない。
––––––そりゃそうだ。だって自分以外に誰もいないんだから。
「––––––箒…無事、だよな…?」
思わず口にする。
そして、ごぼり、と血の塊が口から吐き出される。
––––––身体は繋がったけど、繋がったのは外見だけ。内面…特に神経や内臓は構造が複雑な所為か、再生に時間がかかっている。
…いや違うか。
既存の細胞では、再生に耐えられなくて、あの後すぐに全部壊れてしまったんだ。
だから、再生直後は全部繋がっていた内側も、第2シャフトの上階層から中階層に至る中間辺りを降りていた時に全部ブツ切りになった。
そして全身で内出血や内臓破裂を引き起こして、文字通り、『血の詰まった肉袋』になってしまったという状態。
…恐らく、クモ膜下出血や脳内出血も引き起こしたのではないだろうか。
おかげで今も、神経回路と筋繊維はズタボロのまま。それを再生に耐えられるように…
––––––結局、人間の死体を乗っ取ったに過ぎない
…だけれども、
「箒…生きてるよな……。うん、彼奴強いし。……でも、俺のこと追って死に急いだりしそうだから、やっぱ、急ごう…。死なれたら、嫌だし…さ……。」
やっぱり、俺は自分の身体の有り様なんかより箒のことを気にかけている。
––––––その辺が、箒に似ていて。
––––––その辺が、壊れている所で。
だからかな––––––箒の為に
…なんて、俺/千尋は思ってしまう。
千尋も箒も、つまるところ輪郭は似ているのだ。
輪郭が似ている、というのは肉体の形というわけではない。
あくまで精神的な話だ。
––––––箒は自分という存在を行使して他人を救いたい。そして何よりも千尋に傷ついて欲しくない。その為には自身の犠牲も厭わない。
––––––千尋は自分という物を行使して他人…強いて言うならば、箒を支えていたい。そして箒を救えるなら自分の命など惜しくはない。
両者は自分の命を投棄ててまで守りたいものがある。
大体は、似た者同士と言える。
だが箒は◼︎◼︎の◼︎◼︎。
対して千尋は◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎の◼︎◼︎。
視ているモノは大局と小局。
見ている先と見ている対象の違い。
しかしして歪な心。
ぎざぎざな形の心。
噛み合うのに噛み合わない心。
奇妙なままに似ているように見えて、細かく吟味すれば全く似ていない二人。
––––––ふと、視界にウィンドウが投影される。
大破した打鉄の機器の中で唯一無事だった網膜投影システムから投影されたものだ。
…内容は箒の機体IDの現在地を示すものだった。
現在箒は第2シャフト下層階から物資搬出入ターミナルに向かっている。
それに千尋はホッとする。
だが、それも一瞬で––––––箒を追尾する敵性生物と判別された存在の
「––––––ッ‼︎」
思わず千尋は焦燥を覚える。覚えずに居られるものか。
VTシステムの時にあれだけ戦闘をして体力も機体の推進剤・弾薬も枯渇しつつあるのだ。
その状況下で追撃されている。
––––––下手をすれば、死んでしまう。
そんな思考が過ぎる。
「––––––くそッ‼︎」
––––––悪態をつきながら、千尋は次に取るべき行動について思考する。
…どうする?––––––当然箒に追いつく。
問題はどのようにして降りて行くか。
…スロープを降りて行く?
––––––そんな行儀よくやってる余裕なんかない、ていうか最下層には敵性生物と思しきカニの異形がいる。
…迂回する?
––––––ダメだ、そんな慎重にやってたら時間がかかりすぎるし箒が追いつかれるかも知れない。
…箒を見捨てる?
––––––クソ論外だド畜生。
「––––––ああ、もう面倒くせェ!!」
叫ぶ––––––気がつけば、千尋は思考を投げ捨てて第2シャフト中階層のスロープから飛んでいた。
否、『飛んでいた』というのは間違いで、現状は『落ちている』というのが正しい。
––––––高さ150メートルからの自由落下。
––––––まるで投身自殺でもするかのように、千尋は躊躇いなく飛び降りた。
当然ながら、千尋はどうこうすることもなく––––––脚から地表に叩き付けられた。
ばきゃり、と音を立てて脚が破裂する。
ぼきゃり、と音を立てて骨が粉砕する。
ぐちゃり、と音を立てて肉が切断する。
「––––––ッ‼︎」
脳を引き裂かんばかりの痛覚が全身に走り、顔は苦悶に歪む。
––––––だが、すぐにそれも消える。
痛覚が消えたのかと錯覚するように、すぐに痛みが閉じていくからだ。
痛覚が機能している状態で痛みが閉じるということは、すなわち傷が閉じて行っている。
––––––言うまでもなく、
ほんの––––––僅か5秒。
原型を留めないまでに壊れた脚が、完全に再生される。
「––––––なんだ、こんな…簡単な、こと……。」
思わず、薄く笑う。
どうしてこんなに容易いくらいの無茶苦茶な事をしないようになってたんだ––––––と。
––––––その眼前に、異形の群れが立ち塞がる。
それを睨みながら、千尋/俺は口を開く。
眼前には100近い数の「敵」。
どう足掻こうと、嬲り殺される未来しか存在しない。
「––––––邪魔、するな…!!」
––––––ああ、それがどうした。
数の差は覆らない。
そんな都合のいい話はない。
覆らない。
覆らない。
覆らない。
それは判りきった自明の理。
それでも、この体は動くんだから––––––!
こいつらをどうやり過ごそうとか、どうやって箒に追いつこうとか、考えるのもいちいち面倒くさい。
––––––とりあえず、コイツらを全部ブッ飛ばす…!
––––––考えるよりも速く、俺/千尋の身体は動き出す。
千尋の疾走が始まった。
生身でありながらコンクリートの地表を踏み砕き、前方へ飛び上がる。
右腕には杭に蒼電を走らせる試製14式
左腕には砲口に紅蓮を燈らせる試製18式原子火焔砲。
蒼電と紅蓮––––––双極する色彩を宿した武装を手に、千尋は異形の群れに突貫する…!
『ーーー!ー!!』
––––––気味の悪く、甲高い音と共に反撃の鋏が放たれる。
小さく、しかし人間の首を刎ねる事は容易い大きさの鋏が迫る。
回避は間に合わない。
最初から躱す気もない。
箒に追いつくのに余計に時間を消耗することなど、してやるものかと、千尋は内心叫ぶ。
…ではどうするのか。
答えは至極単純––––––
そう判断するなり––––––
「––––––はァッ!!」
––––––蒼電纏う、鋼鉄の杭を殴り射つ。
乾いた音と共に甲殻が砕ける。
『ー⁈ーーー‼︎』
響く、耳障りな悲鳴。
…それを遮るように。
––––––鋼鉄より放出された
異形は
「次––––––‼︎」
振り返る。
––––––そこには、積み重なる、異形。
異形。
異形。
異形。
異形。
20体近くの異形たちが積み重なり、5メートルはあろう肉の高波となって、襲い来る––––––!
––––––それを、
「––––––上等。」
掲げた左腕が握る、試製18式原子火焔砲。
それをもって、千尋は引き金を引く。
––––––瞬間砲口より疾る、大気を焼き払う熱線。
人間の常識という概念が通用する、有象無象を焼き潰すその爆炎は––––––砲身から放たれ膨大な熱量をもって地面を溶かし、蒸発させながら大地を焦がし、上昇気流によって土塊を巻き上げ––––––それ諸共異形を粉砕する。
「っ"––––––!!」
だが、それほどのモノを
千尋の顔が苦悶に歪む。
––––––左腕は燃え上がる。
––––––爪は焼けて砕け散る。
––––––皮膚は焦げ落ちていく。
––––––血液が過剰熱で沸騰する。
––––––爆風が全身を鋭く切り刻む。
…すぐに左腕は使い物にならない骨付きの肉塊へと成り下がる。
––––––その隙を見計らい、
「ーー!ーーーッ‼︎」
左側面から飛びかかる、異形の脚鋏。
狙いは首。
そこさえ断てば、生命活動を停止すると異形も知った上での行動。
それを––––––千尋は使い物にならなくなった左腕で受け止める。
当然、それでも構わない––––––と異形は鋏に力を籠め、自らの側に引く。
ばつん、という鈍い音––––––瞬間、焼けた肉の匂いと大気に舞い散る赤黒い血液。
––––––左腕を切断されたのではない。
––––––左腕を根元からもがれたのだ。
だが、千尋は気にしない。
異形に引き寄せられた移動エネルギーを利用し、そのまま––––––右腕の試製14式
「ー、ーーーーー!」
やはり耳障りな、そして悲痛な声が響く。
だが、甲殻を叩き割った杭に疾る
…もって、1分とかからずに30体近い異形の死骸が積み上がる。
––––––もちろん、根元からもがれた左腕の傷も健在である。
絶え間なく溢れ落ちる血液は地面に鮮血の海を開いて行った。
全身から血が急速に失われた感覚。
だが、千尋はソレに目もくれない。
––––––何故ならば、既にその断面は3秒とかからず肉塊で塞がれてしまったからだ。
そしてその肉塊は、炭酸の泡のように膨張と破裂を繰り返し––––––
「「「ー…ーー、ーーー」」」
––––––思わず、異形までもが絶句する。
彼らは元はと言えばカニ。
カニは切断した腕を生え変えさせることが出来るが故に、喪われた腕の再生などは珍しくもなんともない。
だが––––––コレはどうか。
––––––喪失から5秒とかからずに完全再生…否、もはや復元というに相応しい現象を引き起こしてみせた。
いかに迅速な細胞分裂を行おうと、そんな速さは不可能だ。
故に異形達は千尋を睨み付け、人間どころか他の生物にすら理解出来ない、自分達だけの言葉でこう口にした。
" ––––––
…その声を耳にして、千尋は詳細は分からずとも意思は理解したのか。
「…悪いな。…こんなんじゃ、死なないし––––––死んでなんか、やらない。」
異形を睨み付け、千尋は口を開く。
「…絶対箒のツラ拝むまで、死んでなんかやらない。だから––––––」
落とした火焔砲を拾う。
脚に力を籠める。
視界には、異形ではなくその先だけを睨み。
「…テメェ等そこを、どけぇぇぇ––––––––––––ッッッッ!!」
––––––
◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎
同時刻
第1アリーナ直下第1シャフト
地下850メートルの地点に、ソレは降下していた。
––––––全身ケロイドの様な荒々しい様相。
––––––禍々しい体表と白骨化したような背鰭。
––––––屍人を連想させる、乳白色の濁った目。
黒き荒神––––––ゴジラが。
––––––先程学園の地下全体を震わせた正体は彼である。
2万5000トンもの質量が850メートルも自由落下する––––––それだけで及ぼす質量エネルギーは絶大なものになる。
…眼前には放射性物質を意味するマークと、IS委員会のマーク。
周辺には、壁伝いに伸びる黒い絶縁体を纏った電力ケーブル。
すなわちそこは––––––以前、楯無が発見した原子力発電所。
––––––ゴジラの狙いはコレである。
放射性物質を捕食対象とする生命体であるゴジラにとって、原子力機関はエサ同然。
つまるところ––––––IS学園固有の総戦力をほぼ全滅させたことも。
––––––特自の防衛班にも多少の被害を負わせたことも。
ただ、 " 食事 " の邪魔だったから、という理由。
だから今、 " 食事 " に有り付こうとして。
––––––先程殺した筈の、
今回はここまでとなります。
…分かってはいたけど、やっぱり群像劇になってしまってる…()
【以下、おまけという名の茶番】
クラブロス(異形の蟹)
「ところで僕の名前や生態明かされてませんけど、ショッキラスと関係あるんですか?」
あるよー。
同じゴジラの放射能で変異した存在だけど、どっちが強いかというと普通に考えてショッキラスが弱いよね?
クラブロス(異形の蟹)
「…まぁ、原作(ゴジラ1984)でも鉈(漁包丁だっけ?)でカチ割られて死んでましたしね。…群れになれば強いんだろうけど。」
うん、だからクラブロスはショッキラスに餌を与えるポジションかな。
今回だって肉管から消化液流して脳味噌を溶かして液状化させた後ショッキラスにあげてたでしょ?
クラブロス(異形の蟹)
「ああ、そういう事だったんですか、あのシーン。…でも、内蔵とかを液状化してスープみたいに啜る生物って自然界にいます?」
いるよ。
コガネグモとか、オジロワシグモとかオニグモとか。
クラブロス(異形の蟹)
「へぇ〜。…ところで次回は?」
うーん…不定期…かな…。
というわけで次回も不定期ですが、出来るだけ早く投稿致しますので次回もよろしくお願いします。