インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版 作:天津毬
EP-35
2021年6月13日
日本国青森県むつ市
海上自衛隊大湊基地
青森県の内湾である陸奥湾。
その湾内は地の利も良く、砂嘴である芦崎に囲まれた水域に海上自衛隊の艦艇停泊場が置かれ、港湾の南西部には航空基地も整備されており、旧海軍が建設した修理用ドックを引き続き運用している。
そして海上自衛隊の基地で唯一、専用のドックを保有している場所でもあるそこには来客が停泊していた––––––。
・・・・・・
ロリシカ海軍輸送艦【ニューカーク】
「––––––それにしても…よく、こんなオンボロ艦が現役ね…。」
ふと、エリザはニューカーク艦内の甲板に通ずる廊下を歩きながら、ふと呟く。
––––––元々、ニューカークは1979年に竣工したノルウェー船籍のかつて建造された全長458.45m、全幅68.8m、564,763重量トンにも及ぶ世界最大の石油タンカー、【ノック・ネヴィス】をロリシカが購入・改造を施した艦艇だ。
以前は1988年にイラン・イラク戦争で撃沈されたが戦後に浮揚され修理された上で2004年から2009年まで沖合で
だが艦齢の限界である30年に差し迫った2010年にインドのグジャラート州にて解体される–––––––ハズだった老朽船舶である。
艦体の彼方此方に錆が目立ち、腐食が激しい箇所が至る所に散在しているオンボロ艦は5年にも及ぶ大規模改装を経て、揚陸輸送艦として使用されていた。
とはいえ、今までこんな老艦にまで頼らねばならなかった––––––それを考えただけで、ゾクリと悪寒が走る。
–––––––ニューカークだけではない。
ロリシカに配備されている戦艦ガングートでさえ、第一次世界大戦時の戦艦を改造した老朽艦なのだ。
…唯一の新造艦と言えば、現在ペトロパブロフスクで整備中のガングート級2番艦チェルスキーと3番艦コルイマだけか。
あれらの老朽艦が沿岸部の戦線を支えていたと思うと––––––如何に戦況が逼迫していたかを嫌というほど思い知らせる。
「まぁ、無いよりはマシなのだけれど…」
実際、ニューカークはその巨体を利用して補給物資の輸送積載、給油燃料の積載、戦術機およびヘリ等の航空支援プラットフォームとして機能するほか、冬季には凍りつくオホーツク海においての活動を支援すべく艦首には砕氷用のドリル型シールドマシンが搭載されているなど、単艦でも数多の役割を担える程に様々な能力を付与されていた。
唯一の不満があるとすれば見ての通り老朽化が激しい事と、武装は20mmファランクスCIWSが5基しか無い事、最大速力が25ノットと極めて鈍足であることだろう。
…とはいえ元は民間船なのだから、仕方ないのだろうが––––––。
…閑話休題。
––––––エリザはふと、自分がここにいる理由を思い出す。
––––––30日前、首都ペトロパブロフスク=カムチャツキーから北西に20キロの地点にあるエリゾヴォ市。
その市内にあるエリゾヴォ空港を流用したエリゾヴォ統合基地の会議室にて、エリザはニコライおよびイレーナの両名から呼び出しを受け、出頭していた。
・
・
・
「––––––私を特別顧問としてIS学園に派遣…ですか?」
エリザは信じかねるような顔をして、思わず聞き返してしまう。
––––––なんにせよ、今は西部から難民救出や撤退支援、ロシアが引き起こした核の冬による異常気象によるインフラ麻痺、兵員の枯渇などでチュクチ・コリャーク戦域の防衛が極めて不安定化しているのだ。
場合によっては今すぐに防衛網に穴が開いてもおかしくない。
––––––そんな一兵たりとも惜しい状況化で、中隊後衛指揮官という重要ポジションの自分を国外に派遣する。
…いくら自分達が軍の再編途上で予備戦力扱いとなっているからとはいえ、無茶な話だった。
「そうだ。––––––IS学園では対獣戦を想定した授業を行うとされている。
故に実戦経験と後衛とはいえ指揮経験も豊富な貴様に行ってもらう。」
ニコライは厳然たる態度で言葉を放つ。
隣に佇むイレーナも言葉を発してはいないが、表情からニコライと同意見であると言外に伝えている。
「…お言葉ですが、この時期にその判断は––––––」
エリザが反発しようと言葉を放つ––––––だがそれを遮って。
「––––––この時期だからだ。」
ニコライが告げる。
「未だ軍が大規模な再編を行なっている途上だからこそ、我々は予備戦力扱いだ。
つまり今ならまだ、一線から下がって戦闘以外の行動にも専念できる。
訓練や教導––––––もちろん外部顧問も。」
それに続いて、イレーナが口を開く。
「またそれらは国内の戦力の4割を国連に依存している我々としても、国連管轄のIS学園に関わることで国際社会に貢献し、結果次第では今後強力な支援を受けられる可能性を産むことに繋がる。
人員は気にするな。ジャール大隊の予備1個中隊が我々の指揮下に編入されることになっている。
––––––だが再編が終われば、それすら叶わないだろう。
我々はまた最前線に舞い戻ることになる。」
––––––この期を利用して隊と国を強くする必要がある、つまりはそういうことだった。
「それに––––––」
ふと、ニコライは口を開いて、言葉を紡ぐ。
「貴様も今のうちに曾祖父の祖国くらい拝んでおけ。––––––これが最後になるかもしれんからな。」
・
・
・
「––––––ひいお爺ちゃんの祖国…か。」
廊下を抜け、甲板に佇みながらポツリと呟く。
視界に映るのは大湊の街並みと深緑に包まれた山肌。
––––––エリザ自身は、シベリア抑留によって旧ソ連領に連れ込まれた旧満州国在住であった日本人の末裔にあたる日系ロシア人である。
故に、少なくない程度に日本への憧れは強く、いつかは行ってみたい––––––という、叶わぬ夢を見ていたのだ。
––––––それがまさかこんな形で叶うというのは思いもしなかったのだが。
「う〜…あったかい…」
ふと––––––若い男の震えるような、けれど伸びるような声音がする。
振り返るとそこにはラテン系の男性が肌を貫く暖気に歓喜に打ち震えながら甲板に出て来ているところだった。
「あら、ガルシア伍長。」
エリザが声をかける。
–––––––男の名はハビエル・ガルシア。
今は久方ぶりの暖気に絶好調の様子。
しかし、いつもなら慣れない寒さに歯をカチカチ鳴らしている。
それもそうだ。何しろハビエルはロシア人でもロリシカ人でも無く、メキシコからの移民なのだから。
2018年以降、人的資源の不足に悩まされていたロリシカは、同時にメキシコからの不法移民に悩まされていたアメリカに対し、ロリシカはアメリカにおける不法移民を請け負う盟約を交わしていた。
不法移民とはいえ、それは枯渇する人的資源を補完するためであった。
その為に多くのメキシコ人がロリシカに雪崩れ込み、ペトロパブロフスク・カムチャツキー周辺はロシア語とスペイン語が飛び交う地区と化していた。
…ひとつ誤算があったとすれば、メキシコ人の大半が極寒のロリシカに慣れないということだろう。
ハビエルもその1人だった。
「ああ、マツナガ曹長…。ところで本国の寒さどうにかなりませんか?」
「ええっと…私に言われても…元々、カムチャッカは年中極寒で、温泉が海水浴の代わりと言われる程の場所だもの……。」
エリザは苦笑しながら口を開く。
ペトロパブロフスク・カムチャツキーは、
加えて太平洋に突き出たカムチャッカ半島南部に位置するため、気温はシベリア内陸部より比較的温和だ。
––––––しかし、だからといって温暖というわけではない。
冬の平均気温は常に摂氏マイナス10度を下回る。
夏の平均気温は10度を超えることこそあれど20度を超えることは決してない。
––––––それほどにまで過酷な極寒。
カムチャッカ半島南部に存在する
そこより北––––––
「…まぁ、此処は暖かいから良いじゃない、ハワイやメキシコほどじゃないけど。」
「…違いないです。」
エリザが微笑みながら口を開くと、ハビエルもくつくつと笑う。
––––––ふと、視界にまた自分達とは違う別の来客が映る。
所々に散りばめられた星のように錆が浮かぶ暗みがかった灰色の艦体。
金網型の巨大アンテナを掲げるトップヘビーなマスト。
両側舷に陳列された対艦ミサイルの巨大な
そしてマストに掲げられ、はためく赤・青・白の
それが視認出来るだけでも––––––6隻。
そしてその全ての艦は甲板に大量の仮設テントが張られ、無数の人間が鯖詰めにされている。
「…ありゃ、ロシア海軍の駆逐艦じゃないか。それになんだってあんなに…民間人がギュウギュウ詰めにされてるんだ?」
ハビエルが言う。
視界に映ったのはロシア海軍のソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦とウダロイ級駆逐艦。
どちらもソヴィエト時代に開発され現在に至ってもなお建造されている主力艦である。
そして––––––ウダロイ級の奥に見えたある艦影が視界に入ると、エリザも口を開く。
「…奥には、キーロフ級重原子力ミサイル巡洋艦もいるわね…。」
キーロフ級重原子力ミサイル巡洋艦。
ソヴィエト時代に建造された、原子力機関搭載型のミサイル巡洋艦である。
非常に強力な対水上打撃力・防空力・核攻撃能力を備えている他、防護装甲まで備えており、さらには大戦後に建造された水上戦闘艦としては海自の「きい型」に次いで世界最大のサイズであることからミサイル巡洋艦よりワンランク上の " 重ミサイル巡洋艦 " として知られている。
––––––詰まる所、キーロフ級とは大口径砲塔の代わりにミサイルの
しかし––––––その威厳を台無しにしてしまうように、甲板はやはり仮設テントが埋め尽くし、無数の人間が鯖詰めにされている。
しかもその人間が、ほとんど全て私服に身を包んだ民間人––––––つまり。
「おそらくウラジオストクからの難民移送艦隊でしょう。この辺りでロシア海軍が展開可能な地域といえば不凍港のウラジオストクか、不法占拠している北方領土くらいでしょうし。
––––––おそらくここに展開している臨時国連軍から補給を受ける手筈になっていたのでしょうね。」
エリザが口にする。
つまり彼女の言葉を整理すれば。
––––––ウラジオストクから発した難民移送艦隊はこの大湊で臨時国連軍から補給を受けたのち、北方領土に難民を移送するつもりなのだろうという話であった。
「…この分だと、民間のフェリーとかも…?」
「…いるでしょうね。ウラジオストクは人口60万人もの人間を抱える、ロシア極東管区最大の都市だから…。」
仮に極東ロシア最大の都市が難民で溢れかえっているなら、本来の人口の倍以上––––––120万人以上の人間がいることになるけれどね、という言葉は呑み込む。
––––––ふと、ある事に気づく。
「…それより、そろそろ出航の時間じゃないかしら?」
エリザが腕時計を覗きながら呟く。
時刻は午前11時05分。
予定では午前11時ちょうどに大湊基地を出航し、IS学園に程近い神奈川県・海上自衛隊横須賀基地へ2週間ほど時間をかけて向かう手筈になっている。
しかし––––––抜錨はおろか、出航前の点呼さえ実施されていない。
––––––厭な、予感がする。
「何か、有ったのかしら…関東地方で…。」
––––––果たして、エリザの予感は既に現実のものとなっていた。
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10時58分
––––––
東京都墨田区・特務自衛隊八広駐屯地
第一機動団第一情報分析本部中隊司令部
巨大なスクリーンとコンピュータの操作端末が墓標のようにずらりと並ぶ灰色の空間。
J.T.W.N.設立のキッカケは、1971年・太平洋方面の日本領海内に世界で3番目の巨大不明生物が侵入した事––––––公式にはソ連の原子力潜水艦による領海侵犯とされている––––––だった。
当時は対ソ連・対中国牽制を名目に現役であった砲撃護衛艦––––––事実上の戦艦––––––の活躍により撃破に至ったものの、それは当時主流と化していた空母艦載機による航空攻撃を全く受け付けず、対人類戦で余剰火力となった戦艦を投入せざるを得なくなった結果である。
偶然撃破を可能とする実力––––––戦艦が現場に間に合ったから良かったものの、もし間に合わなければいかな結末を迎えていたか…それは想像に難くない。
当時東西冷戦と最前線であった日本に怪獣を上陸させるという事は、東側に自衛を名目に日本への核攻撃の口実を与える事と同義である。
そしてそれに釣られてアメリカは核の傘に基づき東側に報復核を撃つ。
それにソヴィエトも報復核を撃つ––––––この結末は全面核戦争勃発による人類滅亡。
冷戦下の東西最前線国家において怪獣の上陸は、文字通り––––––人類世界存亡の危機であった。
だからこそ、その最悪の結末を回避し、より確実で安定した迎撃を取るべく行われたのが島国である日本列島を囲むように張り巡らされた海底ケーブルや領海内海峡間を通る海底トンネル上部への全周囲アクティブソナー併設。
大掛かり且つ無茶苦茶な計画。
だが、意外や意外。そこに怪獣上陸による人類滅亡とソ連の太平洋進出を食い止めたいアメリカの意図が絡まり––––––事は容易く大成し、三重の索敵網から成るJ.T.W.N.は構築された。
そんな数千数万キロにもおよぶ広大な監視網を駆使する情報分析本部中隊はこの日、擬似目標を用いた週2回の模擬訓練が行われる事になっていた。
––––––それが訓練ならどれだけ良かっただろうか。
––––––それが機器類の不具合ならどれだけ良かっただろうか。
––––––それが悪い夢ならばどれだけ良かっただろうか。
––––––緊急事態を告げる
模擬訓練を前に僅かな和みを見せていた司令部の空気が瞬時に冷却される。
分析中隊の自衛官が持ち場に駆け付け、ある者はヘッドセットをつけて通信を始め、ある者はコンソールに張り付く。
大スクリーンに投影された日本地図に、警戒網から送られてきたデータが重ね合わされ情報ウィンドウの塔が構築される。
別のスクリーンには測定のアングルを変えたデータと、対象である巨大不明生物に最も近い艦艇––––––
それはすなわち––––––巨大不明生物の領海侵入を告げる警鐘であった。
6月13日
11時16分。
––––––
––––––スタッフが固唾を飲んで、あるいは冷や汗をかきながら奮闘する中で、状況は確実に悪化の一途を辿っていた。
「警報システムに異常なし、該当する
「【しまかぜ】より入電、追跡中の未確認目標を巨大不明生物と断定。現在緯度34.7292、経度139,7983を時速40ノットで北上中。」
通信士がディスプレイにしがみつくように告げる。
「首相官邸とは?」
司令が落ち着きを払って訪う。
「現在予算委員会会議により繋がりません。」
––––––状況は最悪だ。
要約すると、本土ギリギリに詰まられるまで巨大不明生物の侵攻を察知出来なかったのだ。
結果、もう巨大不明生物は本土と目と鼻の先––––––否。その前にIS学園が存在する。
にも関わらず、憲法によって常に制限を受けるが故に独断で動けない自衛隊を唯一動かせる首相とは繋がらない。
仮に有害鳥獣駆除を目的に部隊を派遣しようにも出動要請が無ければ動かせない。
そして上陸予想地域であるIS学園はVTシステムの対処に忙殺されており繋がらない。
さらに巨大不明生物はこちらの事情など御構い無しに侵攻を継続する。
––––––これを最悪と言わずしてどうしろというのだ。
そもそもここまで発見が遅れたのはある意味必然だ。
何しろ、J.T.W.N.システムの老朽化したソナーを補充する予算を女尊男卑主義であった前政権が削り、補修期間が大幅に遅れ、警戒網に穴が開いてしまったのだ。
––––––この巨大不明生物は、まさにその警戒網の穴を突いてきた。
…こうまでされては、上陸阻止は出来ないだろう。
それに、如何に足掻こうと法による制約がある以上、上陸阻止を行えるかさえ怪しい。
「––––––法を尊重し、国防を疎かにしてきたツケ……かな。」
思わず、しわがれた声音で––––––だが平静を保ったまま司令が呟く。
嘆いても仕方ない事は理解しているが、口より漏らさなくては気がどうにかなってしまう。
そしてそこへ、現実が押し寄せる。
「––––––巨大不明生物、
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11時20分
IS学園第2アリーナ
––––––
轟音と共に、海より異様な影が現れる。
異彩を放つ、大きな影が。
そこにあるだけで万物を破壊してしまいそうなほどの大きな影が────海を破り、世界へと顕現する。
全高50メートル以上にもおよぶその巨体は、まるで歩く山のよう。
威圧と破壊の音色を感じるその影は先の
それに関する知識や認識の疎い者ですらも理解できる。
────あの
そして────黒き荒神が、こちらを睨む。
リボルバー銃の弾倉が回転するように。
引き金が、徐々に引かれていく感覚。
––––––動き出す。
空気が、死が、異形の巨躯が。ゆっくりと、音を立てて動き出す。
脚を踏み出すごとに大地が鳴動する。
巡航ミサイル14発分に相当する衝撃を持つ一歩で、土塊が舞い上がり地表は陥没する。
「▂▅▇▇▇█▂▇▂––––––––––––!!!」
地獄の底より響くような咆哮。
そこに難しい意味はない。
ただ、殺すと。
皆殺しにすると。
その意思だけが込められている。
––––––アレは死だ。死そのものだ。
視界を埋める
此処にいる
そう告げる破滅の音色。
…なぜ、そうも分かりやすく伝わって来るのかは分からない。
ただ確かなことは、アレは殺す側であり、此方は殺される側に在る存在ということ。
––––––処刑宣告を下す死の破音が大気を
「––––––なん、ですの…アレ…。」
沈黙の口火を切り、セシリアが呻くように言葉を発する。
その表情はまるで、猟犬に睨まれた野ウサギのようだ。
セシリアだけではない、簪や山田先生、その他教師部隊の面々––––––皆が皆、同じ顔をしている。
––––––当然と言えば当然だ。
先程までの
故にISや統合機兵での戦闘・制圧も辛うじて可能であった。
だが––––––眼前のアレはどうか。
サイズは身長50メートル。
3メートルの
––––––考えずとも、今の装備が明らかに火力不足である事は言うまでもない。
例えるならば小口径拳銃一丁で恐竜に挑むようなもの––––––否。人間の基準で語るのも
実際には人間ではなく蟻が恐竜に挑むようなものだ。
––––––ならばもう、やるべきことはひとつだけ。
『––––––総員傾注!』
それを告げるようにヘッドセットに響く、光の号令。
通常の通信規則を飛ばして放たれたソレは、緊急を要するという意味である事は、誰でも判る。
『––––––直ちに第2アリーナから退避しろ。ソレは、今の装備では抗戦すら叶わない。』
有無を言わせない、撤退の号令。
––––––直後。
「…33、33…b@ac4––––––!!」
再起動を告げる、
「ッ!まだ、動いて…⁈」
思わず簪は驚愕の声を上げる。
ISを動かす上でコアの他に必要なメイン・パーツとも言える
先の無人ISのようなタイプならばいざ知らず、ラウラのシュヴァルツァレーゲンはそれを実現出来ない機体だ。
––––––故に誰もが驚愕。
そして、先程までラウラが埋まっていた空間を見て––––––再度、驚愕。
「ボーデヴィッヒ、さん…?」
白い肢体。
鋭い銀髪。
細い体躯。
赤い隻眼。
金の隻眼。
––––––それは紛れもなく、千冬が救い出したラウラと瓜二つの複製であった。
…つまり、ラウラの奪還により自己の維持が不可能となった
––––––すなわち
…それはある種の生命維持機能なのだろう。
「––––––33…b@ac4、eZf[e……!!」
––––––それは千尋を上回る
––––––それは
直後、地を蹴りながら飛び上がる
牙を突き立てられれば、間違い無く
…………だが。
––––––大きさは歴然。
––––––両者の差も当然。
…………それを示すように。
「b@ac4、…⁈––––––––––––––––––––––––」
––––––突如として
同時に骨が砕ける乾いた音と、金属がひしゃげ歪む不快な音が響く。
直後、大地に叩きつけられ––––––土を、舐めさせられる。
––––––先程まで、数人がかりで抗戦しようと、圧倒していた。
––––––たとえ原型を留めぬまで破壊されようとも完全再生していた。
…その
「な––––––…」
簪が絶句する。
否、簪だけではない。
セシリアや千冬、山田先生––––––箒でさえも、眼前の光景に釘付けにされる。
何しろ、先程まで猛威を奮っていた
それは、今眼前におり、
生気の無い––––––まるで屍のような乳白色の眼が眼下の人間を睨む。
…必然的に、人間の集団に混じっていた千尋と黒き荒神の視線が交錯する。
––––––ニヤリ、と、死神が嗤う。
ざわり。
次の瞬間には、大気の変質を感知する。
––––––死が来る。
本能的に千尋はそれを察知する。
そこに理屈など要らない。
振り下ろされるナイフを肉眼で見ているような感覚。
銃口から撃ち出された銃弾を肉眼で見ているような感覚。
全ての理屈を無視した絶対的な死が迫り来る感覚。
それを肯定するように、死神は鈍い光を奥に宿しながら、口角を吊り上げて、嗤う。
––––––次の瞬間、千尋はただ、喉がはち切れそうになる程の声で、
「全員、散れ––––––––––––––––––ッ!!」
叫んでいた。
––––––直後、眼を潰すほど眩い閃光が、世界を焼却した……‼︎
◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎
同時刻
IS学園北部区画地下
地下C棟学園・本土間連絡貨物線搬出入ターミナル
6つの貨物鉄道路線と4つの輸送トラックロータリーから成形されている小規模操車場。
––––––そこに、学園内の人間が雪崩を打って溢れかえっていた。
『––––––次の列車は5分後に発車します。どうかみなさん落ち着いて––––––』
駅に反響するアナウンス。
半円形の車庫から忙しくディーゼル機関車が搬出されては三点支持形ターンテーブルによって路線に振り分けられ、人員輸送車両に連結される。
そして走行に問題がないかの最終確認。
––––––その隣では、本来貨物列車から積荷を下ろすトラック達が列を成す所を、バスや人員輸送トラックに教師部隊護送車、挙句の果てには用務員の軽トラックまでもが行軍するアリのように群れていた。
先のアリーナ観客席の地下収容後、在校生・非戦闘教員・用務員・来賓らを一時本土へ逃がすべく東部区画学園モノレール線、北部区画夢見飛行場、そして北部区画地下・学園本土間連絡貨物線ターミナルの3ヶ所の集積場から退避を継続していたのだ。
––––––既に地上モノレールと飛行場エリアからの退避は完了し、現在は地下貨物線に残された人間を退避させるのみとなっていた。
…とはいえ、避難が開始されたのはつい20分前。
IS間連の問題が起きた事を封殺したい学園側とIS委員会により、避難経路の確保などが大幅に遅れた。
さらに言えば、学園に配備されていた輸送手段は大人数の輸送に向かないという事実。
––––––地上モノレール路線はその性質上大人数を乗せられない。
––––––飛行場エリアには小型ジェット機やセスナ機に小型警備ドローンしかなく、大勢の輸送などもはや論外。
––––––地下貨物線は唯一大人数の輸送を一度に行えるが、退避しようとする人間が殺到して来るのは目に見えている。
結果––––––今ここは、1000人以上の人間が殺到し魔女の釜鍋のように混沌と化していた。
「すみません!鈴を見てませんか⁈」
ふと––––––教員に問いかける男性の声。
言うまでもなく、その声の主人は織斑一夏であった。
それに教員は困惑と焦燥を浮かべた顔をして、ただ事実を告げた。
「どこにも、いない…?見てもいない…?」
頭から血の気が引き、青ざめながら一夏は復唱する。
そして––––––ふと、思い出す。
––––––タッグトーナメント1日目に、鈴に声をかけてた女性。
あの時の鈴の反応とただならぬ空気––––––。
「––––––まさか。」
––––––あの2人の関係は分からない。
だが、素人目に見ても危険な関係であったのは明白だ。
…では、鈴はまたあの女に…⁈
「くそっ…‼︎」
教員の制止を振り切り、アリーナの直下にあった第2シャフト方面へと駆け出す。
鈴は自分の大切な幼馴染なのだ。
…もし、もし、彼女に何かあれば、どうすればいいのか。
––––––どうしてこんな時になるまで気付いてやれなかったのか。
「くそっ、くそっ!くそっ!」
第2シャフトに通ずる廊下を駆け抜ける。
––––––地下階層廊下には人影は一切ない。
封鎖されている訳ではないが、ほとんどの人間は既にそこから退避している。
故に無人。
「くそっ!鈴、どこだ⁈」
無人の廊下に響く織斑の声。
しかし虚しく反響するだけで、反応はない。
––––––直後、地震と錯覚するほどの衝撃と爆音が廊下を震わせる。
…今のはなんだ?
…何が起きてる?
…鈴はどこだよ?
錯綜する思考を振り払いながら足を進める。
––––––ふと、どこかで鈴が自分を呼ぶような声が聞こえた気がした。
「鈴⁈」
微かに、しかして確かに自分を呼ぶ声。
それを頼りに、第2シャフトの二つ隣––––––第4アリーナ直下の第4シャフトにまで至り、
「こっちに来ちゃダメ!一夏‼︎」
「………!」
右手の空中連絡橋から、鈴の声––––––。
振り向けばそこには、タッグトーナメント1日目に見たあの女と、右手を後ろ手に掴まれた鈴の姿があった。
…今回はここまでとなります。
色々文章構成を考えていたらこんな風になってしまった次第ですが、間延びしないように努力したいと思います。
次回も不定期(1ヶ月に1話くらいのペース)ですが、よろしくお願い申し上げます。