インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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1ヶ月以上も投稿が遅れてしまい申し訳ありません。
バイト探しや色彩学の勉強があったのもそうですが、実はしっくりくる内容に中々ならなかった為に書き直しを重ねておりました。
大変申し訳ありません。
またラウラ戦に突入する予定でしたが、文字数の関係上、今回は無理でした…申し訳ございません。
あと今回は楯無さんマシマシ回とフラグ建設回とイメージを悪くしてしまったラウラに関する改善対策を兼ねた話です。

…え?ラウラ戦早くしろ?
じ、次回こそ…次回こそ書きますから…‼︎
そもそもこれ文字数的にちょっと不味かった前回から切り取った部分を編集し直したものなので…(´・ω・`)
…というわけで今回も群像&会話回になってしまいます。

それでもよろしい方のみどうぞ……。



EP-32 タッグトーナメント2日目(前)

2011年3月12日午後8時57分

東北地方

福島県双葉郡双葉町

 

––––––寒い。

滅茶苦茶に潰れた家の中、タンスや家具の下敷きになった少女は思う。

冬特有の冷風が身体を貫き、肌から水分と体温を奪う。

両脚はタンスの引き出しと落ちてきた家の骨組みに潰されて粉砕骨折したらしく、あり得ない方向に曲がっている。

脚だけではない、全身という全身にタンスやテーブル、引き出しなどあらゆるモノが叩きつけられ、他にも数箇所の骨が破断ないし粉砕されていた。

幸か不幸か––––––それで神経が断線したらしく、痛みは感じなかった。

代わりに、肌を貫く寒さと、鼻腔を突く磯臭い匂い、全身に負荷を掛ける山積みになり、のし掛かる瓦礫(凶器)の山––––––それらが少女を追い詰め、押し潰さんとばかりに重圧を加えていた。

 

「………ぁ……」

 

か細く、吹けば消えてしまう蝋燭の火の様に弱い声。

声を出そうと顎を微かに動かすだけでショートした電線から漏電する電気で感電するような痛みが走り、健在の神経と肉体をズタズタにしていく。

けれど、今は身体のあらゆる箇所を損傷し現在進行形で身体を破壊する痛みなどよりも、心細さが遥かに勝った。

 

「…お、とー…さ……」

 

––––––弱く儚い声。

 

「わた…し……こ、こ…」

 

––––––壊れたロボットの様な声。

 

「…た、す…け、て……」

 

––––––助けを求める声。

 

12歳の少女が瓦礫の下敷きになっているという状況下であれば、当たり前であろう助けを求める声。

しかし、そんな声を出すことに対してでさえ、代償に鞭打った痛みが全身から神経を伝い脊髄を経由して脳に集積される。

 

「…ぉ、と……ぅさ…ん……」

 

しかしそれでも、助けを求める。

自分と目と鼻の先に、父親の身体が見えたからだ。

だから、痛みなんてものは全て叩き伏せてでも、助けを求めた。

––––––けれど反応しない。

助けて欲しいのにどうして、という感情が沸き立つ中、きっと聴こえにくいのだと思い至り、聴こえやすいように少し身体を動かす。

––––––瞬間、身体に奔る激痛。

 

「––––––っ、あッ…‼︎」

 

––––––儚く小さな悲鳴。

今にも潰えてしまいそうなくらい華奢な身体に奔る痛みに、思わず反射的にギュッと瞑った目蓋を開いて、父親を見た。

 

「––––––……あ………」

 

その父親を見て––––––泣きそうだとか、恨めしいとか、助けて欲しいとか、そんな感情は失せてしまった。

––––––そこに居たのが父親ではなく、死体(父親だったモノ)ならば助けを求めても仕方がないという、単純な話だったから。

よく見ると死体(父親だったモノ)は自分と同じように全身を打撲したらしい。身体の彼方此方に内出血特有の青痰や普通ならあり得ない方向に曲がった手足と腰。

けれども極め付けは上顎より上の部位が丸ごと家の骨組みに潰されて原型を留めていない頭部と、そこから流れ出たであろうおびただしい量の血液と散乱する肉片だった。

––––––自分が助かりたい一心であったが故に死体(父親だったモノ)に気付かなかっただけのこと。

––––––そして諦観に満ちた思考の中で、『それもそうか』と内心呟く。

家の中ごとひっくり返され、荒れ狂う家具と共に、自分と父親はシェイクされたのだ。

––––––その状況下であれば自分も死体(自分だったモノ)になっていてもおかしくはなく、むしろ今自分が生きていること自体が奇跡だった。

 

(もう、いいや…)

 

瓦礫に埋もれた暗闇の中、少女は諦めて目蓋を閉じた。

––––––直後、暗黒の世界と化した目蓋の内にある視界に突如、未だかつて耳にしたことの無い不協和音(国民保護サイレン)が鳴り響き渡る。

 

『––––––ミサイル発射情報。ミサイル発射情報––––––当地域に、着弾する恐れがあります––––––』

 

町役場は無事だったらしく、防災無線が流れる。

––––––廃墟と山々に木霊する、不協和音(国民保護サイレン)

それに少女は混乱と恐怖を覚えるが、瓦礫に閉じ込められた今はどうにも出来ない。

 

『––––––ミサイル発射情報。ミサイル発射情報––––––屋内へ、直ちに避難して下さい––––––』

 

––––––後に【白騎士事件】と呼ばれる事になったミサイル攻撃を知らせる警鐘が、自然の猛威に蹂躙され尽くされた町に木霊したのを少女––––––朝倉美都は耳にした。

 

 

 

 

 

 

––––––午後9時08分、福島第1原子力発電所5号原子力建屋にミサイル着弾。

––––––午後9時10分、5号原子力建屋爆発。放射能飛散。

––––––午後9時11分、双葉群双葉町に高濃度放射能到達。

 

 

◼️◼️◼️◼️◼️◼️

 

 

––––––これは昨日の話。

 

 

 

6月5日午後11時18分

IS学園第2シャフト・医務室。

 

織斑一夏親衛隊なる女子3名に絡まれ、さらにラウラにも戦線布告をされた数分後。

千尋は医務室にやって来ていた。

理由は勿論、千冬に促されたから……ではない。

そもそも放っておけば独りでに治るものであるから、皮膚が裂けた程度で治療をする必要などなかったのだ。

––––––にも関わらず、千尋は ” 毎日 ” 医務室に足を運んでいた。

 

「…あぁ、ちょっと待ってね。もうちょっとで報告書終わるから……。」

 

医務室の戸を開けるなりまず視界に入ってくるのは、清潔感に満ちた白い部屋。

何かの実験機材。

––––––そして机に向かってコンソール叩くアイリ。

アイリは誰が入って来たか確認はしなかったが、なんとなく察していたらしい。

 

「––––––それで?」

 

コンソールを打ち終わるなり、回転椅子に座ったままクルリと千尋の方に向き直る。

そして物分かりの悪い生徒に注意する教師のように、テスト一週間前に遊び呆けている子供を叱るような雰囲気で口を開く。

 

「明日も試合があるのに、どうして来たの?」

 

「箒の特効薬についてです。」

 

千尋はそれに臆さず応える。否、臆する理由が存在しない。

なにより、千尋にとって命の次に大事な存在についての話だからだ。

––––––先ほど、 ” 毎日 ” 訪れているといっていた理由も、これである。

それも何となく察していたアイリは溜息を吐くと少し困ったような顔をして、

 

「––––––未だに有効な手段は見つかっていないわ。」

 

嘆くように言葉を返した。

 

「…細胞障害薬のシスプラチンにネダプラチン、アクラルビシン、ドキソルビシン、ネララビン、パクリタキセル。

分子標的薬のベバシズマブ、エベロリムス、オファツムマブ、セツキシムブ。

内分泌療法薬のビカルタミド、デガレリクスなどなど……がん治療で用いられれる薬品を一通り全て試したけれど、駄目。どれも一番良くて侵食を遅滞させる程度だったわ…。

……箒ちゃんの侵食された細胞から薬品を作る案も今特自つくば駐屯地でやってるけど………完成まで、あと1、2ヶ月はかかるわ。」

 

「………。」

 

––––––重い、沈黙。

千尋にそれらの薬品名や効果に関してはチンプンカンプンだったが、それでも通常の薬品では太刀打ち出来ないということは、理解出来た。

––––––普通の薬品なら、太刀打ち出来ない。

その言葉に、ふと思い当たり、千尋は思わず弾かれたように声を放った。

 

「––––––アイリさん、普通の薬がダメなら俺の細胞……オルガナイザーG1を使えませんか?」

 

千尋は、必死の声音で言う。

 

「…俺の細胞を使ったら、もしかしたら箒は助かるかもしれない…‼︎

…だから––––––」

 

だがしかし、千尋のその声を遮って、

 

「ダメよ、千尋くん。」

 

バッサリと斬りふせる。

––––––その声は、今までで一番険しいものだった。

 

「確かにオルガナイザーG1は貴方……ゴジラの強力な再生能力の要であり、【あっちの世界】の人類からも甘美な存在でもあったでしょう。

––––––けどね、オルガナイザーG1は千尋くん、貴方の細胞の本来の持ち主であるゴジラや奇跡的に同化した貴方でしか制御出来ない……この意味、分かる?」

 

––––––それはすなわち、オルガナイザーG1を使うなどもってのほかということだった。

 

「…で、でも…それくらいしないと箒は…!」

 

先の言葉は、千尋が藁にもすがる意志で放った、千尋の思える最良の手段だった。

––––––オルガナイザーG1がゴジラ以外に適応出来ないという現実から、目を逸らせば。

 

「––––––だからダメだと言ってるの。貴方だって知っているでしょう?貴方以外がオルガナイザーG1を身につけた末路を。

その上で、箒ちゃんを苦しめるかもしれないとは考えなかったの?」

 

「あ……」

 

事実、オルガナイザーG1の再生能力は一時的に喪われた部分を再生するのだが、それで止まることはない。

再生が完了しても代謝は止まらず、時間を追うごとに本来の身体の数倍の速度で過剰代謝を行なっていく。

そうなれば過剰代謝に適応するために強制的に肉体を作り変えられる。

そして結局、治すために行った行為が治すはずだった相手を怪物に変えてしまう。

その果てにどうなるか––––––【あっちの世界】で ” オルガ ” という怪物になってしまった生き物(ミレニアン)を見た者(ゴジラ)から乖離した細胞でありながらもその記憶を持つ千尋が、知らぬはずがない。

 

「貴方が箒ちゃんを救いたい一心で上申してくれた事は感謝するわ。…でもね、都合の悪い現実から目を逸らしてはダメよ。

––––––人は自己欲求の実現、他者救済の為に良かれと思って行った行為が返って他人を傷付けてしまう事だってある…そして他人を傷付けて非難されてからしか自分が愚かだったと気付けない生き物なの。

現実から目を逸らしては貴方もそれと同じになってしまうわ。」

 

「…………。」

 

––––––千尋は反論できなかった。

千尋は『箒を助けたいから』という理由でリスクやデメリット…いや、それ以前の問題で、『オルガナイザーG1を用いたところで箒は救えない』という現実が見えていたのに見えないでいた。

––––––表面上はバカで明るいガキのように振舞っていても、箒の病状が心配でならなかった千尋は、かなり追い詰められていて認識力が落ちていた事を改めて理解させられる。

そして、なんとも言えない感情が湧き上がり––––––ああ、やはり自分は異物なのだ––––––と思わされる。

認識上での異物。

常識上での異物。

感性上での異物。

存在自体が異物。

––––––人間社会(せかい)の中に入って共存出来るはずのない怪獣の残骸(いぶつ)でしかないのだと。

…だというのに、今たった一人の少女のために人間の都合(現実)が見えなくなってしまうほどに必死になっていたのだ。

––––––それは、なんておかしくて異常なことだろう。

 

「…じゃあ、どうしたらいいですか…?」

 

実際、アイリの仮特効薬のおかげで苦しそうに咳き込みながら吐血するといった発作はここ最近起きていないものの、この安寧は長く続かない。

体内で蓄積された毒は一気に爆発し、箒の身体を喰い犯しながら死へと誘う。

それを理解しているからこそ、千尋は焦燥にかられてしまっていた。

––––––だけどおかしい。どうして、箒に限ってこうも頭に血が昇るのか。

 

「…だから現実を直視して、間違いを犯さないように、今自分に出来る事、成せる事を考えて行動しなさい。

––––––私から言える事はそれだけ。」

 

「……え?」

 

アイリの言葉に、千尋は虚を突かれたように目を点にする。

そんな千尋を見てアイリは呆れたような顔をして、

 

「…はぁ……『え?』じゃないわよ。

…貴方、医学的知識はある?薬物の調合とかできる?遺伝子の構造解析はできる?」

 

本当に、物分かりが悪い子供にむけて問い返す。

当然、そんなこと千尋には。

 

「無理…です。」

 

「…でしょう?出来ない事をしても仕方ないわ。時間という有限の資源を無駄に消費するだけ––––––なら自分が出来る事をするのに当てるとかして、時間は有意義に使うべきじゃないかしら?

…私も、箒ちゃんの特効薬を作るという理由に時間を使ってるワケだもの。

……箒ちゃんの薬にどの薬品を用いるか選んで考えて、どれだけ迅速に対応するかは私達医者や科学者の領分––––––だから学生である貴方は貴方が思いついて、自分で実現可能だと思って、自信を持てることをやり遂げてみなさい。」

 

右手でコンソールを叩きながら、アイリはウィンクをして千尋にそう告げた––––––。

 

「…それとね––––––ちょっとは大人を信用しなさいな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

◼️◼️◼️◼️◼️◼️

 

6月13日

タッグトーナメント2日目

IS学園・第2アリーナ控え室

 

二日目のトーナメントが行われている中––––––ふと、千尋はアイリに言われた言葉を思い返していた。

––––––学生である貴方は貴方が思いついて、実現可能だと思って、自信を持てることをやり遂げて見せなさい。

…なら、千尋に出来ることは、

 

(––––––箒のそばにいて、支えてやること…くらいか……?

––––––でもそれだけじゃ…)

 

まだ疑問はある。

けれど、今のところ自分が信じられることを考え––––––千尋は、ふと内心呟いた。

––––––相変わらず、2人は重い。

 

「––––––ところで千尋…」

 

箒が声にする––––––瞬間。

ビシリッ!と額に乾いた痛みが走る。

それに千尋は反射的に瞼を開く––––––そこには、

 

「まったく…だいたい何考えてるか見え見えの顔を人前でするな。」

 

呆れながら、けれど至極真面目そうな顔で箒が言う。

…どうやら、デコピンを食らわしたらしい。

 

「なにすんだよ…」

 

千尋は思わず、うー…と痛む額をさすりながら抗議する。

 

「なにもこうも、お前のことだから私の身体を考えてたんだろ?」

 

––––––ピシリと、その言葉で一瞬にして頭が石になったように固まってしまう。

 

「な、え…なんで…?」

 

「はぁ…やっぱりなぁ……」

 

千尋は半ば混乱。

箒は半ば知っていたように呆れ返る。

 

「そりゃ、私の身体のことは私がよく知ってるよ。

それに…光さんから聞いたんだよ、一週間前にお前がアイリさんに私の薬について聞きに行ってたって。」

 

「…あ……」

 

光経由で聞いたという事に千尋は思わず盲点を突かれたように目を見開く。

––––––けれど、冷静に考えれば当たり前だ。

一応アイリは光に情報提供する立場にある。

だからアイリに自分が相談した事など、アイリに話した時点で光に筒抜けなのだ。

 

「…まったく、お前は……まぁ、でも、私を心配してくれたことは感謝してるし、正直嬉しい。

…でも、私はアイリさんの特効薬を信じてるから、大丈夫だ。」

 

「………。」

 

箒は場を和ませようと明るい顔で、千尋はやはりまだ心配さを拭えぬ顔で––––––完全に普段の2人がいる立ち位置は反転していた。

千尋は箒の気を遣い努めて笑顔を繕っていて、箒はその笑顔に依存して安堵を得ていた。

––––––けれど今この瞬間、そのポジションは変わっていた。

––––––そもそもなぜこの話をしているかといえば、箒の身体を蝕んでいた腫瘍が遅滞したとはいえ、確実に侵攻は進んでしまっているのだ。

だからこそ、千尋は事を起こして少しでも事態を打破するべきではないか––––––そう、思ったことが始まりだった。

 

「…それに––––––山本三尉や楠本二曹から言われてな。最近、千尋が無理をしていると。」

 

「………。」

 

箒が思い詰めたような声を放つ。

––––––それに対し思い当たる節があるのか…というか図星であるため千尋は固唾を飲んでしまう。

 

「…お前は私が安定できるよう、出来る限り明るく振舞っていてくれたんだな……。」

 

「…それは…」

 

––––––大したことなんてない。

そう言おうとして、箒が先に制する。

 

「––––––あまり自分を卑下するな千尋。」

 

「…けど、俺は結局お前の役には立ててない。それに––––––」

 

「…確かに、この人間世界では分を弁えたり自身に責任を感じたり、他人のために動こうとなってしまうのは当たり前だ。

…けれど、そのせいで自分を卑下するような存在になるな。」

 

「…いや、けど、組織って枠組みにいる以上は…」

 

「確かにそれは正論だ…だがな……私が言うのもなんだが、他者を重んじるばかりに自身を卑下し、さらに組織の規範のまま生きて、自分の意思を殺すことを仕方ないと流されながら是として顧みないのがお前の理想なのか?」

 

その言葉で、千尋はハッとする。

––––––そういえば、最近は自分の意思を殺すことしかしていなかったと、改めて再認識する。

 

「千尋…––––––昔の、私と出逢ったばかりのとんがっていて好き勝手やっていた頃のお前はどこに行った?

…私としてはその時の方が––––––今のお前より数段、輝いて見えていたぞ。」

 

前半は少し冷たく––––––けれど後半は温かな声音と笑みを浮かべながら、説教じみているような、憧憬を思い返したような視線を千尋に向けながら箒は口にする。

それは、篠ノ之千尋という存在に一番最初に触れて、篠ノ之千尋という存在に誰よりも永く接した箒だからこそ、言える言葉だった。

––––––そしてその言葉が、千尋の綻びを貫いた。

 

(…なんだ…なんでこんな事で迷ってたんだ…)

 

思わず口から溢れそうになる言葉を閉じながら、内心呟く。

 

「––––––なぁ、箒。」

 

そして少し、恥ずかしそうにしながら、千尋は口を開く。

––––––その顔には最近忘れていた子供らしい表情を宿しながら。

 

「…俺は、あまりお前の役に立ててないかも知れない。」

 

「うん、そうだな。」

 

––––––しかし恥ずかしながら意思を固めて口にした事を箒はアッサリと肯定する。

これには、最近我慢というものが否が応でも必要であり、それがいつしか自分勝手を許さないという自己暗示に変質させてしまった流石の千尋も、理屈や道理などを放り出して––––––

 

「即答かよ⁈」

 

感情的に、かつ反射的に言葉を発してしまった。

 

「…だってロリシカの時はともかく、お前が目立って私の役に立ったことなんて、あった試しが無いじゃないか。昔だってだいたいトラブルしか起こさなかったし。」

 

「…ゔ……」

 

「一夏がシールドバリアを破壊した時破片から庇ってくれたから、それには感謝してるけど、あの時私がどれだけ心配したか––––––」

 

「ゔゔぅ……」

 

––––––それには反論出来ない。

けれどもロリシカ戦線での救助任務しかり、シールドバリア破壊事件しかり、箒の事を考えるとつい先走ってしまうのだ。

だって––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––消えた命は還ってこない。

––––––自分の家族の命が消えて還ってこなかったように。

––––––奪われたものに残るのは自身と奪った者への憤怒だけ。

––––––だからその憤怒を頼りに奪った者達を殺しにかかって。

––––––けれど、ただただ一方的に踏み潰しただけ。すなわち虐殺。

––––––ヒトの命の価値などその時は知らなかったし、眼中に無かった。人間がアリを踏み潰しても何も感じないように。

––––––自分がヒトと同じ殻に落ちて、言葉を交わして、初めて知った。

––––––それは自分の家族を奪った者達と変らないという現実。

––––––残されたのは虚無感と罪悪感。

––––––しかし自分と家族になりたいと思うものが現れたらどうか。

––––––結果的に少女の幸せと自身の欲望が入り混じる結果となってしまった。

––––––少女の幸せを失くさないように、今度こそ家族を亡くさないように。

––––––それはなんて一貫性があるようで実は無く、またその少女の視点から考えられない独り善がりなモノだったのか。

––––––ただ少女が幸せならそれでいい。家族が無事ならそれでいい。

––––––つまりそれは、その他はどうでもいいと、死のうが生きようがどうでもいいと、そういうことだった。

––––––最初はそのままで良かった。しかし他者と関われば関わるほど、その価値観は破綻していく。

––––––それはただの独り善がりで、世界から要らない考えであると、いつからか考えるようになった。

––––––何かを犠牲にしなくては何も成し得ない。それは確かな真理である。

––––––大切なものが増えていけば行くほど、何を護るべきか分からなくなる。

––––––それでも、少女だけは幸せでいて欲しいと願った。

––––––だからこそ、自身を擦り減らすことを自身に強要した。

––––––少女が、家族が幸せでいて欲しいと、幸せを失くさないで、家族を亡くさないでいる為には自分を犠牲にすれば良い。自分は咎人なのだから。

––––––命を消して亡くさないためにも、自身の命と肉体を削ってでも少女には幸せでいて欲しいと。

––––––それがどんなにおこがましくて、どんなに願いからかけ離れていたかは、自身には分からなかったが他者からは明白だったのだろう。

––––––事実、今こうして少女––––––篠ノ之箒に言われなくては、気付かなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––ここに来て、ようやく篠ノ之千尋はそれを理解した。

そんな千尋を見ながら、箒は口にする。

 

「でも、そうだな……目立って役には立たなくても良い。」

 

「………。」

 

「ただ…その代わり、」

 

––––––少し、微笑んで、

 

「私のそばにいてくれると––––––嬉しい…かな。」

 

それは確かに––––––千尋は初めて見たが、篠ノ之箒という少女の、在りし日に彼女が浮かべていた表情(かお)だった––––––。

 

「あ––––––」

 

思わず、千尋は声を漏らす。

その表情はこれまでに見たことのない顔だった。箒の表情といえば、『ダメな弟を気遣う姉』と形容するに相応しい顔しか見たことが無かったから。

けれど––––––けれど、この表情は。

 

「––––––っ、ずるいぞ。そんな顔…。」

 

思わず、千尋は赤面してしまう。

それは年相応の少女らしい、表情だったから。

ただそれは、精神的には未成熟な千尋にとって精神的進化を乗り越えるための毒であるために、反射的に顔を赤くしてしまう。

それを箒は不思議そうに眺める。

(––––––ああもう、年端の男児ってやつをなんだと思ってんだこいつッ!ただでさえそんな顔されると頭痛くなるのに…てか、俺が箒を心配してたっていう重苦しい雰囲気だったのになんでこうなった⁈)

––––––思わず内心絶叫。

とにかく千尋は自身にとって、箒のその表情は克服せねばならない毒だと認識する。

––––––深呼吸。ヒートアップした脳を冷却する。

そして言いたかったことを千尋は口にする。

 

「––––––白状するとさ…」

 

先程の羞恥に満ちた顔は無く、真剣そのものの顔をして言う。

 

「…俺の言いたかったことって、今箒が言ったことのまんまなんだよ。

––––––先に言われちゃったから、言う言葉はもう無くなって…だからこの言葉はその代わりなんだけどさ。」

 

––––––どこか悲しいような、けれど喜んでいるような顔を浮かべて少年は箒に告げる。

思えば、昔から自分の表情は常にふたつの感情が混じり合ったものだった。

それは千尋の立脚点を浮つかせていて、今だって確かな意思をここにちゃんと着けることはできていない。

その意味だけでなくても自分は半人前なのに、それがより一層半人前で未熟者だと自分に思い知らしめる。

––––––けれど、これだけは確かだから。

これだけは口にしたいと迷いなく思えた事だから––––––千尋は声を放った。

 

「これからも––––––お前を支えて行きたいんだ。今の俺にできるのはそれくらいだから……こんな半人前でどうしようもないガキだけど、よろしく頼む。」

 

––––––学生である貴方は貴方が思いついて、実現可能だと思って、自信を持てることをやり遂げて見せなさい。

アイリに言われた言葉を思い返して放った言葉。

それを嘘偽りの無い、屈託も無い子供らしい笑顔で言い放つ。

––––––それが ” 今の千尋 ” に、未熟者に今できる精一杯のこと。

 

「ああ––––––それで、充分だ。」

 

箒はその言葉を受け入れる。

––––––箒もまた、千尋にはそれくらいしかできないことを理解しているし、それ以上を求めていなかったのだから。

ただ、千尋が居てくれればそれで良かった––––––。

千尋と箒(ふたり)の意識が互いの意思を理解した––––––その時、

 

 

 

「––––––あら、相変わらずお熱い関係ね。」

 

 

 

––––––シリアスブレイカーが強襲した。

 

「「んな––––––⁈」」

 

思わずふたりは声をハモらせながら顔を上げる。

––––––そこには、お嬢様らしい気品さを保ちながらも加虐者(サディスト)の顔をした四十院神楽が居た。

 

「全く、お熱くなるのに場所くらい弁えなさいな。」

 

「だ、誰がお熱くなってるだよ⁈お、俺は箒をちょっと心配しただけでだな…!!」

 

「そ、そうだぞ神楽!勘違いするな‼︎私はあくまでこれからも千尋にサポートしてほしいと頼んだだけで…!!」

 

––––––神楽の弄り倒す態度に対して、千尋と箒の2人は羞恥に顔を赤く染めて反論する。

しかし神楽は動じることなく、それを愉快そうに見て顔を愉悦に歪めながらつづけて口にする。

 

「はいはい。まぁそれも良いけどタッグトーナメントの話もしたら?

次の相手、 ” ドイツの問題児 ” でしょう?」

 

神楽が揶揄う(からかう)ように、けれどもそれでいて気にかけるような口振りで告げる。

––––––ちなみに ” ドイツの問題児 ” とはもちろん、ラウラ・ボーデヴィッヒのことである。

彼女の織斑に対する敵対心や普段の態度、戦闘時に味方を盾にするなど協調性の欠落などが理由で女子からも嫌われているポジションにおり、 ” ドイツの問題児 ” とはどこかの女子が言い始めた結果学園中に拡散した彼女に対する陰口だった。

 

「……ん?」

 

––––––だがここでふと疑問を箒が抱き、思わず声を漏らす。

それに続いて同じく疑問を抱いた千尋が口を開いて神楽に問いかける。

 

「なぁ、次のボーデヴィッヒの対戦相手ってアメリカの代表候補生とギリシャの代表候補生じゃなかったか?」

 

「––––––貴方たちまさか知らないの?」

 

神楽は出来の悪い生徒に頭を痛める教師のような表情をして呆れ返った顔をする

 

「––––––アメリカ代表候補生のダリル・ケイシーとギリシャ代表候補生のフォルテ・サファイア––––––両名は昨日、同政府の命令で帰属国家に召喚されるかたちで帰国したわ。」

 

つまるところ––––––タッグトーナメント1日目にIS学園2年生でありアメリカ代表候補生の【ダリル・ケイシー】とギリシャ代表候補生の【フォルテ・サファイア】の2名が本国から帰国命令が下り、タッグトーナメント1日目の午後に羽田空港から帰国した––––––という事だった。

 

「…な、なぜ……このタイミングで…?」

 

箒が千尋に続いて問いかける。

 

「さぁ…?日本が危ういのかもしれない。

…でも、大元の理由は本国の方でしょう。

––––––特にフォルテ・サファイアの帰属国家であるギリシャは、ウクライナが全土を失陥したからウクライナ難民と亡命政府を受け入れてただでさえ難民キャンプに中東難民が溢れて治安が悪化しているのに租借地の設置まで許可しているもの。」

 

––––––実際に神楽の読み通り、代表候補生の2人が帰国したのは日本に巨大不明生物が迫っているからというだけではない。

…特にフォルテ・サファイアの場合、帰属国家であるギリシャ領中央ギリシャ地方エヴィア県エヴィア島と北エーゲ地方レスヴォス県レスボス島に戦線崩壊で領土を失陥したウクライナ亡命政府が租借地を置いており、その際に租借地にウクライナから流れて来る難民が治安悪化を招かぬよう牽制する役割が与えられていたのだ。

フォルテ・サファイア自体はただの学生であり、大した権限も無い。

しかしISという世界最強の兵器を纏えば完全武装した兵士や装甲車、戦車と同等の抑止力になる。

それ故の帰国命令。

––––––同時に、代表候補生まで治安維持部隊に加えなくてはならないほど、現地の戦況は逼迫しているということを嫌でも知らしめられる。

 

「––––––でもまぁ、貴方たちが知らないのも当たり前よね…マスコミは女尊男卑を維持したい一心と女尊男卑政党による政権奪還に扇動したい一心で現政権の批判しかしてないから欧州の状況なんて報道されてないもの。

––––––ウクライナ人はもう総人口の4分の1…1020万人程度にまで激減しているのにね…。」

 

––––––冷めた瞳で、憂うように神楽は言う。

つまりそれは、ウクライナの総人口4520万人のうち3500万人が死亡し、なおかつウクライナという国家の領土が世界地図から消滅し、ギリシャ政府の分け与えた租借地無しにはウクライナという国家を維持出来ない事態にまで陥っているのに、日本のマスメディアは女尊男卑を維持したいがために見て見ぬフリをしているということだった。

––––––正直に言ってそれは、正気の沙汰ではない。

 

「––––––なんだよ、それ。」

 

––––––気付けば千尋は拳を強く握りしめながら、震わせている。

顔は目に見えて分かる程の怒気に満ち溢れていて––––––箒も同様だ。

––––––しかし同時に、2人ともどうしようも出来ないもどかしさも孕んでいた。

 

「…ていうか神楽はそんなのどこかで知ったんだよ。」

 

––––––その中で、ふと疑問に思ったことを千尋は問う。

 

「ん?ああ、ツイッティアっていうSNSや7チャンネルっていう掲示板よ。マスコミが役に立たないこのご時勢じゃ、ネットの情報は貴重な情報源であり生活に必須よ。

……まぁマスコミに真実がなく、ネットにしか真実がないっていうのも問題だけどね…そんなの、冷戦時代の旧ソビエトや東側諸国のメディアと同じだし…。」

 

神楽は露骨に非難めいた声音でそう答える。

 

「…話がズレたわね……まぁとにかく2人はボーデヴィッヒとの試合について対策を考えなさいな。

…私はその様子を観察しておくわ。」

 

私が付き合う人を見つけた時にどう接するべきか…という参考にもなるからね––––––にんまりと笑いながら、付け足して言う。

その顔は明らかに他人の初々しいやりとりを見て愉悦に浸る顔だ。

––––––だがしかし、対策会議だなんてその程度で動揺するほどウブではない。

 

「––––––はぁ…まぁ、とりあえず作戦を言うとさ、まずは二手に分かれて各個撃破すべきだと思う。」

 

千尋が真剣な表情で箒に対して言う。

箒も同じく真剣な表情をしてコクリ、と肯定するように頷く。

 

「ああ。相手は第3世代IS、さらに軍用機だが幸いにもチームワークは壊滅的…というか実質皆無だ。」

 

箒の言う通りラウラは援護射撃や近接格闘支援などチームワークらしいチームワークを全くせず、さらには自身の僚機を掴んで相手に投げつけるなどもはやチームである必要さえない行動がどの試合でも目立っていた。

––––––故に、自然と千尋と箒が二手に分かれ、一方がラウラに対する囮役。もう一方が僚機の撃破を行い、それが完了した後ラウラを2機で撃破するという作戦が2人の思考に浮かんでいた。

おそらくこれは千尋と箒でなくともその結論に至っただろう。

 

「––––––『どのような時でも最小単位の分隊(エレメント)で行動し、チームワークを重視せよ。』…神宮司三佐に何度もどやされたから、そのへんは折り込み済みだよな。」

 

「ああ。この手の件はいつもの気持ちでかかれば良いが……問題は奴の兵装だな。」

 

「プラズマブレードと30mmマルチレールガンだな。確かに面倒だよな…特にプラズマブレードは装甲を融解、蒸発させて体積膨張によるプラズマ爆発を誘発する…とかがあるんだっけ?」

 

「ああ。だがマルチレールガンも脅威だな。あれ程の貫徹力のある武装の砲弾…シェルツェンの爆発反応装甲だけでは相殺不可だぞ。間違いなくシェルツェンに風穴を開けられる。」

 

頭痛を堪えるように額に手を当てながら箒が言う。

実際、シェルツェン以外の追加装甲盾はあるのだが拡張領域の容量がかなり食ってしまうために弾薬と推進剤の格納も考えると一枚格納するのが限界だ。

2枚装備するなら1枚を拡張領域に、もう1枚を主腕に保持することで、数を揃えるという目的は達成出来る。

しかしそうなると保持できる銃火器の数を減らしてしまう上に機体にかかる重量が増えてしまい、機体が重くなる。

 

「だがまぁ大丈夫だろう。いざとなったら––––––な?」

 

「そうそう。」

 

––––––千尋が箒に対して心配を抱いていたために千尋の心情が安定していなかったとはいえ、二人共作戦は事前に練っていたのだ。

互いの作戦が似たようなものだったから結論を言わずとも互いに理解してしまったというだけ。

 

「––––––でもボーデヴィッヒはAIC(慣性停止結界)っていうチート技をもってるわよ?」

 

千尋と箒がウブらしい反応をしなかったために詰まらなそうな顔をして神楽が言う。

それに対して千尋が応える。

 

「戦闘映像見たけど、多分アレはどうにか出来ると思うぞ。僚機を早急に撃墜する必要があるけど。」

 

「あらそう……やっぱり作戦会議程度じゃウブらしい反応するわけないか…いやまぁ、よく考えたら当たり前ね…。」

 

なんて神楽は残念そうに自問自答する。

 

「あら、やはり皆さん試合前の作戦についてお話中でしたか?」

 

ふと声が聞こえ、千尋と箒に神楽が声のした方へ向く。

見れば午後の部に出場するセシリアと簪がいた。…今の声はセシリアが放ったものらしい。

それを見た神楽が真っ先に声をかける。

 

「あら、貴女も簪と会議にでも?」

 

「ええ。…それに––––––わたくし、みなさんにお話しないといけないことがありまして……。」

 

神楽の問いに対して少し浮かない顔をしてセシリアは回答する。

それを怪訝に思った者はその場にいる簪を除く全員だった。

 

「どうしたというのだ、そんなにかしこまって。」

 

箒が誰よりも早く問うた。

––––––数拍黙してから申し訳なさそうに、しかし意を決してセシリアは口を開く。

 

「––––––実は…わたくしは今月付けで…おそらくこのタッグトーナメントが終わり次第、本国に帰国することになりました。」

 

「「「…え?」」」

 

––––––控え室の空気が凍る。

千尋と箒に神楽は驚いた顔。否、その3人だけではない。

控え室にいた女子生徒8名を含めた全員が驚いた顔をして凍っていた。

––––––ただ1人、簪を除いて。

 

「––––––そう。やはりそうなるわよね…貴女の故国も危ないようだし……で簪さん、貴女驚いてないけど、オルコットさんから聴いてたのかしら?」

 

––––––凍結からいち早く復帰した神楽が冷静に言葉を口にして、簪に問う。

 

「…うん。昨日オルコットさんにイギリス政府からの通知書を持ってきたことを伝えられたから。」

 

「––––––そう。」

 

簪の回答に対して神楽は驚くことはなく、ただ淡白に反応する。

––––––少し、せっかく得た親友を失うことへの悲しさを感じさせる瞳をして。

 

「な、なによそれッ⁈」

 

––––––ふとそこに割り込むようにして投げかけられる、ぞんざいな声。

振り返ると、如何にも機嫌を悪くした––––––否、もはや嫌悪の域に達した女子がセシリアを睨みつけていた。

制服の襟に付けた校章の上にスペイン国旗をモチーフにしたバッジが付いていることから彼女はスペイン出身だということが分かる。

––––––そして彼女はコテコテの女尊男卑主義者だ。何を隠そう昨夜千尋に暴行を加えた集団の1人なのだから。

 

「なんでアンタまで––––––卑怯じゃない!同じ高校生で、同じ女なのに‼︎」

 

––––––つまり、そういうことだった。

彼女は同じ欧州圏の出身で同じ女性なのにセシリアが帰国させられることに対して嫉妬している。

––––––自分だけ残されるなんて不公平だ。

そう言いたいのだった。

 

「––––––帰っても、良いことなんか有りませんわよ。わたくしは貴女の方が羨ましい限りです。」

 

––––––それに対してセシリアはあくまで冷淡に応える。

 

「はぁ⁈何言って––––––」

 

「わたくしは帰国すれば、すぐさまイギリス陸軍に転属しそのままイングランド北部、ヨーク陸軍基地に配属––––––だそうです。」

 

「「「––––––⁉︎」」」

 

セシリアの言葉に全員が再び固まる。

 

「––––––なんでもイギリス軍のほとんどの将兵、特に男性が東欧戦線に派遣されているらしくイギリス本土の防衛にはISを主力とした部隊を配備するらしいです。」

 

––––––イギリス陸軍の人員は正規兵約10万5000人、予備役3万3100人。

セシリアの話ぶりからすれば正規兵をほとんど前線に出し、さらに予備役まで投入した結果本土がガラ空きになったためにISを中心とした部隊を国内に展開することで本土防衛を成そうという考えらしい。

––––––さらに付け加えるならIS適正があり、IS教習を受けたならば学生であっても徴兵するというものだ。

 

「…––––––一応わたくしもIS乗りですから、徴兵となりました。

…わたくしとしては貴女が羨ましい限りです。わたくしと同じ高校生なのに、軍に転属するわたくしとは違って平和な学校にいられて。」

 

––––––セシリアも嫌味と不満を籠めた声を放つ。

それで、終わりを告げた。

 

「……っ…‼︎」

 

迂闊な発言をした彼女は少し悔しそうに顔を歪めながら早足で控え室を出て行く。

––––––以って、不毛な争いはここに終結した。

 

「––––––無様な姿をお見せして申し訳ありません…ついカッとなってしまって……。」

 

「いや、良いよ。俺だってあんな風に言われたら腹が立つから。」

 

申し訳なさそうに口にするセシリアに対して千尋が言う。

 

「…そう言っていただけると助かりますわ。」

 

「––––––それにしても、なんなのだ彼奴の態度は…‼︎」

 

箒が吐き捨てるように言う。

––––––それに反応して神楽が口を開く。

 

「…さぁ。ああでも、ピリピリしているのかもね…彼女の知り合いが昨夜から行方不明らしいから。」

 

 

 

 

 

 

◼️◼️◼️◼️◼️◼️

 

 

IS学園・地下区画

 

「そんな…は、話が違います…‼︎」

 

––––––タッグトーナメントが華やかに開かれている地上とは相反する陰湿で薄暗い資材集積所という人目につき難い場所。

中華人民共和国共産党隷下特別武装隊北京派周大尉はエリジウム衛星携帯を手に、受話器の先にいるであろう相手に対して思わず口にした。

回線を介した先にいるのは共産党のお墨付きという理由で中華人民共和国の国家権限を掌握した駐日中国大使の王永革(ワン・ヨンコ)大使。

––––––共産党専用機が黄海上空で消息を絶ち、党の人間の大半が死んだであろう状況下で最上位の地位にあり、党から次期党首と推薦を受けていた彼が指示を下す側に回るのは当たり前と言えた。

周大尉は彼と通信をしているのだが周の反応を見れば誰でも分かるように、決して良い内容ではない。

 

「計画では確かに凰鈴音の処遇については––––––は、はい。香港派の横槍が入り…」

 

周は抗議するような口調だった。しかし受話器の向こうにいる王はさらに強い口調で言葉を言い放つ。

 

「で、ですが…」

 

周は不安げに言葉を放つ。

しかし次の瞬間、衝撃を受けたように顔を硬ばらせる。

 

「そんな⁈そうしてしまえば、私達は…」

 

しかしそんな周を無視して、王は冷酷そのもののような声音で返答を口にした。

––––––周の背筋が恐怖に震える。

––––––後戻りは出来ない。後ろには、過去には戻れない。

彼女は前に、未来に進むしかない。

ただその未来にあるのが––––––断頭台か自身に向けられる銃口しかないというだけの話で。

––––––つまり周は、どん詰まり(デッドエンド)の淵に立たされた。

恐怖に震える。

背筋から体温が冷めていく。

歯をカチカチと鳴らしてしまう。

皮膚に悪寒が走る。

しかし圧倒的な人生の終焉しか未来にはないと、そう分かった上で。

 

「……はい、了解いたしました。必ずやその使命を成し遂げます。党のために死ねるならば––––––迷うことなく幸福です。」

 

––––––その、どん詰まりに進むことを選んだ。

会話の相手は一方的に通話を遮断した。

ツー、ツー、という音が鼓膜に響く。

––––––周はそのまま口を噤んだまま立ち、視線を床に向ける。

もとよりこうする他ないのだ。

党に絶対忠誠を誓った自分にはこうする以外に道など無いのだと、周は内心呟く。

––––––この先にあるのは党の同志たちによる粛清か、敵に殺されるか、野垂れ死ぬか。

日本に住む在日同胞に紛れ込む––––––という考えがなくは無かった。

しかし鬼畜小日本(リーベングイツ)に亡命することは党に身を置いた人間などといったこと以前に崇高な中華民族として許し難いことだからだ。

日本に亡命するくらいならば同志に粛清された方が遥かにマシだ。

さらに付け加えるならば日本に寄生虫の如く巣くい、中国人の責務である兵役の義務を実行しない在日同胞には吐き気がする。

あんな連中と共に暮らすくらいなら同志に粛清された方が遥かにマシだ。

––––––何故ならば彼女の存在意義は党に仕えることしか無いのだから。

党に死ねと言われたのならそれは確かに怖い。

しかし死という義務を遂行する責務がある。

だからこそ最初は恐怖による迷いこそあれど、私は死を遂行する。

––––––党はそういう風にかつての人格(わたし)を殺されて今の人格(私)を産んでくださったのだから。

私は党に恩を返す責務がある。

––––––党は全てにおいて正しい。

だからこそ––––––。

 

「私への最終指令…織斑一夏の捕縛を為さねばならない。」

 

党に絶対忠誠を誓うが故に周はそう言い放つ。

––––––しかしそれが、恩を返す責務ではなくただ道具となるべく人格を徹底破壊された果てに植え付けられた脅迫観念から来るものだということに周が気付くことは、これより先の未来––––––周が絶命するその瞬間を過ぎても、彼女は気付くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2021年6月13日午前9時04分

館山市湊区

ホテル・グランドシティー館山

 

国道302号線・内房なぎさライン沿いの、平久里川を北に覗き、西には館山湾を覗く立地に建つIS関連企業の投資によって建設された施設のひとつ。

スペイン風の壁紙が貼られ、欧州らしさが満ち溢れているホテルの一室。

そこに楯無と黒スーツの男がいた。

 

「––––––ではこちらの書類にサインを。」

 

「分かりました––––––英語でも構いませんか?キリル文字は難しくて。」

 

「ええ、構いませんよ。我々が欲しいのは 更識楯無さん、貴女がサインした。という事実だけですから。いつまでも旧ソヴィエトのようにアルファベットよりキリル文字がどうだのというつもりはありません。」

 

黒スーツの男がにんまりと笑う。

––––––男はロシア大使館が寄越した人間で、ロシア代表のスポンサー…すなわち楯無の担当者ということになる。

そして今楯無がサインしている書類は––––––【ロシア代表解約】と【専用IS所有権放棄】に関する内容だった。

国家代表、あるいは代表候補生からすればそんなものにサインなぞしたくはない。

––––––しかし、楯無は迷わずボールペンで自身の名でサインする。

そしてサインし終えてから、ふと微笑んで。

 

「––––––こちらでよろしいですか?」

 

「ええ結構です。突然すみませんね…。」

 

「いえいえ、日本政府が用意しきれなかったISコアと専用機、国家代表という地位を提供していただいた私の立場は貴方がたロシア政府の意向で決まるものです。

現在の貴方がたの祖国の情勢を鑑みれば、これは仕方のない事でしょう。」

 

楯無は少し微笑みながら冷静に、淡々と事実だけを述べていく。

––––––事実、ロシア連邦はバルゴンやウクライナのギャオス陸棲種に加え、新たに出現した新種の巨大不明生物にシベリアと、中東に繋がる北カフカース地方からヨーロッパ・ロシアを挟撃され、二正面ならぬ三正面防衛を取るカタチとなっており、さらにシベリアにおける大多数の兵力喪失から自国内での常時的核兵器使用など、ジリ貧の消耗戦を強いられている。

掻き集められるだけの兵器を必死になって収集している最中であり、楯無の専用IS・ミステリアスレイディもその対象となっていた。

 

「ご理解が早く、助かります。

…私の個人的な考えとしては、もう少し貴女のそばに置いておきたかったのですが……これも政治でして––––––では。」

 

––––––そういうと、待機形態のミステリアスレイディと書類をアタッシュケースに入れ、男は去って行った。

––––––バタン、とドアが閉まる。

 

「––––––もう良いわよ、シャルロットさん。」

 

楯無がふと告げる。

部屋には、誰もいない。

だがしかし。

 

「––––––ぷはぁ…‼︎」

 

ガラガラとクローゼットを開けて、シャルが出てくる。

呼吸を止めていたらしく、息は荒い。

 

「いきなりなんなんですか、もうっ‼︎」

 

呼吸を止めていたのにいきなり呼吸を再開したせいか、生理的な涙を浮かべながら抗議するようにシャルは楯無に食ってかかる。

そんなシャルを楯無は意地悪そうに、面白おかしそうに笑う。

 

「あはは、本当に涙ながしちゃって…あははははっ…」

 

「貴女が勝手にクローゼットに放り込んで呼吸するなとか言うからでしょ⁈」

 

マジ切れ数秒前の顔でシャルが怒鳴る。

実際、これは楯無が悪い。

しかし犯罪者であるシャルにもこれにとやかく反論する権利はない。

 

「ごめんごめん。…でもまぁ、『殺人鬼から隠れるホラー映画のヒロイン』みたいなスリルは味わえたでしょう?」

 

「…はぁ……おかげで寿命が縮みましたよ…」

 

相変わらず、反省する気ゼロな楯無を見てもはや呆れてしまい、シャルは弱々しく回答する。

ちなみにドキドキすると寿命が縮むというが、これは迷信ではなく医学的にも証明されている全くの事実である。

––––––人間の一生における心拍数は約15億回と決まっており、無駄に心拍数を上げて心臓に負担をかけるホラー映画やギャンブルの類は寿命を縮めて死期を早く迎えさせる劇薬といっても過言ではない。

––––––閑話休題。

 

「…昨日学校に帰らず、ホテルにチェックインしたのってさっきの彼と落ち合うためですか?」

 

「うん、そうよ。」

 

「はぁ………でも…良かったんですか?」

 

もはや突っ込む気力さえなく、呆れた顔でシャルが聴く。

 

「何が?」

 

「ロシア代表をやめて…良かったんですか?」

 

国家代表や代表候補生をやめてしまえば国からの援助は下りなくなる。

そして元国家代表や元代表候補生のようなIS適性の高い人間は亡国機業のようなIS関連の犯罪を犯すテロ組織に狙われるし、IS関連企業でテストパイロットという名のモルモットにされてしまいかねない。

––––––先程シャルに隠れているように言った理由もそれだ。

彼女はフランス代表候補生を降ろされ、さらには未だ日本国籍取得には至っておらず、現在はまだ仮国籍であるため、拉致される危険があったから。

…なにせ、先程の男はロシアンマフィア系のIS組織と繋がりがある。

そして、かつて赤い帝国、悪の帝国と呼ばれたソヴィエトの末裔であり、現在もそれと変わらぬ姿勢を取っているロシアがそんな手を取らないとは限らない。

…閑話休題。

先ほどの話の続きになるが、シャルのように犯罪行為を犯して代表候補生の立場を剥奪・あるいは放棄せねばならない状況になれば仕方ない。

だが自分から解雇を受け入れて国家代表の立場を放棄する楯無はIS乗りからしたら異端にも程があるのだ。

––––––だが楯無は少し冷めた笑みを浮かべながら。

 

「仕方ないでしょう、これも政治なの––––––そして暗部の長たる私には日本政府が決めた方針に従う義務があるもの。」

 

楯無は口を開く。

 

「もとより私がロシア代表になったのも、日本政府がISコアを用意出来なかったこともあるけど、北方領土問題解決に向けての日露関係改善の為にIS関連技術の交流を行うことが目的––––––つまりは日本政府の外交交渉のカードのひとつとしてだし、私の地位なんか日露両政府の都合でアッサリなくなっちゃうものだもの。」

 

あはは、と興味ないように笑いながら、さらりと重要な事を言う。

––––––その感性は歪な経緯で国家代表候補生に仕立て上げられたシャルには、分からなくもなかった。

 

「でも、どうしてまた急に…」

 

「彼らも追い詰められているのよ、デュノアさん。…昨夜ついにカザフスタン全土が陥落し、ヴォルガ川にまで巨大不明生物が到達。その時点でロシア連邦は国土の6割を喪失していたもの。

…このまま行けばあと数週間から数ヶ月後にはアストラハン、サラトフ、スターリングラードが戦場になるでしょうから。」

 

「––––––。」

 

 

淡々と告げる楯無にシャルは息を呑む。

ロシアは国内に河川を用いた大規模水運網を張り巡らせており、特に楯無の言ったヴォルガ川は「ロシアの母なる川」とさえ言われる、全長約3690km、川幅1kmにもおよぶヨーロッパ最長の大河川だ。

そしてそこは東ヨーロッパ平原と黒海を繋ぐ重要な経路––––––言ってしまえば水運の大動脈だ。

そこが巨大不明生物の勢力圏内に飲み込まれればロシアは黒海方面から掃討されたも同然であり、東ヨーロッパ平原北部やコラ半島、島嶼部のノバヤ・ゼムリャなどがロシアに残された国土であり、同時にそこに逃げ場が限定されてしまう。

 

「おそらく首都もモスクワからサンクトペテルブルクかムルマンスクに遷都…ううん、それに留まらないでしょう。

最悪の場合、全土を失陥することを見据えて各国に避退租借地の提供を求めて交渉してるでしょうね…。」

 

––––––さらりと、楯無はまた恐ろしい事を言う。

しかし現にカザフスタンやモンゴル、ウクライナなどの国家が全土を失陥し、さらにはロシアも戦線が瓦解しシベリアを喪っている今を鑑みれば、それが実現してしまう日が遠くはないことは容易に想像できる。

––––––幸い、楯無が口にしたサンクト=ペテルブルクに至るまではヴォルガ川源流やモスクワ運河、ルイビンスク湖、シェクスナ川、オネガ湖、ラドガ湖などの河川や湖が。

ムルマンスクは南に27000もの大小様々な河川と約60000もの湖を持つカレリア共和国があり、前述のサンクト=ペテルブルクの時に触れた面積で言えばヨーロッパ第1、第2の湖であるラドガ湖とオネガ湖がある他、ムルマンスク州にもポノイ川、ヴァルグザ川などの河川やイマンドラ湖などの水場があり、さらには不凍港で知られる軍港セヴェロモルスク、そして世界最北(緯度はハンメルフェストの方が高いのだが。)の不凍港たるムルマンスクが存在している。

––––––それらの要素から見れば、水を隠避する習性を持つバルゴンに対してサンクト=ペテルブルクとムルマンスクは防衛に関して理想的な立地と言える。

–––––– ” 今のところは ” 。

 

「ロリシカに租借地を提供して貰うとかは出来ないんでしょうか…」

 

「無理よ。

––––––ロシアはロリシカ独立戦争時にロリシカに対して2発の核ミサイルを放ち、32万人もの民間人を虐殺しているわ。

それに関して謝罪はなし、おまけにそれ以降に発生したバルゴンの相手をロリシカに押し付けて体の良い肉壁として利用したし、防衛線崩壊後はシベリアで核ミサイルを乱発して【プチ核の冬】を起こして寒冷化や微量とはいえ放射能混じりの積雪でロリシカ国民を苦しめてるから––––––ロリシカの反露感情はピークに達しているわ。」

 

またさらりと––––––人類を隔てる現実を告げる。

––––––だが、シャルはそれについては分からなくもなかった。

日本人ならば「水に流す」という行為を行うだろう。

しかし世界全てを探してもそんな習慣を持っているのは日本人だけなのだ。

––––––他の民族であれば、受けた痛みを忘れない。痛みを受けた怨みを決して忘れない。

痛みを与えた者に対する復讐心を決して忘れない。

痛みを与えた者を決して許しはしない。

許しを得たいのならば、誠心誠意をもって代償を支払い、隷属し、奉仕することで信頼を得るしかない。

––––––ほとんどの人類は日本人のように【お人好し】などではないのだから。

 

 

 

 

 

––––––ぐぅ。

 

「あ…」

 

ふと、シャルロットがお腹を鳴らしてしまう。

 

「あ、ごめん。お昼まだだったわね。じゃあコンビニに買いにでも行きましょうか。」

 

「そうですね、お腹空きましたし…」

 

そう言って、楯無はシャルを連れ出した。

 

 

 

 

 

「…ところでタッグトーナメントはサボって良かったんですか?成績に関わりますよね?アレ。」

 

「う”っ……!そ、そこは…死に物狂いで単位稼ぐしかないわね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

 

––––––同時刻。

第2アリーナ第3選手控え室

 

千尋達がいる控え室と同じ造りの部屋。

––––––そこにラウラ・ボーデヴィッヒはいた。

…ペアの女子はいない。

否、他の生徒たちもこの部屋にはいない。

誰もが ” 問題児 ” であるラウラと同じ部屋にはいたくないと考え、別の部屋に行ったのだ。

…いわゆる孤独。

言い方を変えれば独占。

そんな状況になった部屋にラウラはいた。

 

(ふん…孤独とやらには慣れてはいるが……。)

 

ふと、ベンチに座りながら内心呟く。

そして数泊開けてから部屋を見渡す。

––––––盗聴器の類が無いことを確認すると、はぁ…と大きく息を吐いて。

 

「…いつまで、私は『備品』でなければならないんだろうな…。」

 

学園に来てから、否。作られてから継続的にひた隠していた本音を吐露する。

 

––––––ドイツ軍技術開発局IS科所有物『IS高適合型人工生命体(ホムンクルス)Ver1.21-18号/仮呼称名:ラウラ・ボーデヴィッヒ』。

 

2016年からウクライナで発生した大規模な巨大不明生物との戦争とそれを隠蔽したい国連によってドイツ国民の関心をウクライナからISに向けさせるべくして始まった軍用IS搭乗者創造のための【ホムンクルス計画】––––––それによって生まれた…否。作られたラウラの本名。

人体実験の末に失敗作として世に作り出されたデザインチャイルドの名前。

人類に偽りの平和という幻想を享受させて凄惨な現実から目を逸らさせるために製造された ” ドイツ軍の『備品』 ” の名称。

【廃棄処分】されまいと死に物狂いで計画に従事した人形の名前。

織斑千冬に憧れた少女の名前。

織斑一夏を倒すと誓った元千冬の教え子の名前。

同じドイツ軍兵士で前線帰りであるユリアに打ちのめされたドイツ軍人の名前。

篠ノ之千尋に織斑を倒された八つ当たりの矛先を向けた人間の名前。

––––––だというのに。

 

(本当に、これで良いのだろうか…?)

 

内心に産まれたその疑念がラウラにあった『教官を取り返しドイツで再び教えを請う』、『織斑一夏を倒した篠ノ之千尋を打ちのめす』––––––その鉄の意思を錆びさせていく。

仮にそのふたつを成したとして、ドイツ本国で千冬に教えて貰っていた頃を再度行えるとは限らないからだ。

––––––考えてみれば分かるような簡単な話なのだ。

教官を取り返すというが、それには織斑千冬という公務員をどうするか日本国外務省とドイツ大使館で協議する必要がある。

日独両国の合意無しに無理にでも千冬を連れ帰ろうものなら、それは拉致––––––犯罪行為と変わらない。

次に織斑一夏を倒した篠ノ之千尋を打ちのめそうとしても、まず両者にメリットは無い。

満たされるのはラウラの自己満足感だけ。

––––––そもそもドイツ軍技術開発局IS科の下にいる限り、ラウラに自由はない。

そんな根本的な問題を、ユリアに罵倒されるまで気付かなかった。

 

(…結局は浮かれていたのだろうか…?)

 

内心、呟く。

いや、そんなことはない。

 

(だって織斑教官を救い出すために織斑一夏を倒すと–––––––––え?)

 

そこでラウラは気付く。

織斑一夏を倒す必要などどこにも無い。

むしろ千冬を悲しませ、怒らせる原因になると理解した。

さらに言えば、織斑一夏を打ちのめした篠ノ之千尋を倒すことの方が、よっぽど意味がないと理解した––––––否、理解してしまった。

 

––––––瞬間。

 

「––––––っ、あ”ッ!!」

 

突然頭に走った、無数の針に刺し貫かれるような痛みに、ラウラは思わず短く低い、呻くような悲鳴を上げてしまう。

––––––脳に埋め込まれたマイクロマシンが放電を発し、脳を焼きかけたのだ。

ラウラ・ボーデヴィッヒはドイツ軍技術研究局IS科の備品である。

故に人権は存在しない。

備品である以上、人間の指示に従わねばならない。

僅かでも反抗の意思と見られるものが確認されようものならば脳に放電し、反抗的思考を制圧する。

それでもなお反抗の意思を表明し、制圧が困難である場合脳そのものを焼き、処分する––––––すなわち、それは非常時の安全装置であった。

ラウラ・ボーデヴィッヒはそれに従わねばならない。

従わなければ【処分】される。

だからこそその思考を消し去り、ラウラは既存の思考を無理矢理再構築する。

 

「––––––はぁっ、はぁっ……そうだ…私は織斑教官を連れ戻して…織斑一夏を倒した篠ノ之千尋を倒さねばならない……‼︎」

 

珠のような汗を浮かべたまま、死に物狂いで思考を再構築する。

生命あるものにある生存本能をついたシステムからは逃がれられない。

まだ生きていたいと望むラウラ・ボーデヴィッヒはマイクロマシンの放電から逃れるべく、『自らの思考』を封じ込めた。

しかし、ラウラ・ボーデヴィッヒは気付いておらず、また記憶から消されていた。

帰属先の意向に背く思考をしても、今日この瞬間まで––––––学園に来てから一度もマイクロマシンは起動していないという現実を。

そしてドイツ軍技術研究局IS科そのものが、天災の傀儡であることに。

 

「…ああ。仕留めてやるとも、篠ノ之千尋…‼︎」

 

––––––それを知らないヒトガタは、ただ第3者の期待と用意した脚本に沿うように操られることしか出来なかった。

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

午前9時45分

館山市内房なぎさライン沿い・コンビニエンスストア

 

楯無は自分とシャルの分の朝食を買いに訪れていた。

買い物カゴの中にはサンドイッチや簡易サラダ、コンビニ弁当などが入っている。

ちなみにコンビニ弁当は楯無の分であり、サンドイッチはシャルの分である。

最近のコンビニ弁当は質や味が良くなり、温めてさえいれば捨てた物ではない。

だがシャルの口には合わない恐れがあり、比較的欧州でも馴染みがあるだろうサンドイッチにしたのだ。

そして現在はレジに並んでいる。

 

「––––––やっぱり行っちゃうの?」

 

ふと、レジの方から声がしたために前を向く。

レジの店員が楯無の前で会計中の買い物客と話をしているのだ。

どうやら親しい仲らしく、お互いに砕けた口調で会話している。

 

「ええ、主人が『俺の事は良いから長野の実家へ疎開しろ』って…。」

 

「疎開…ねぇ。この時分でそんな言葉を聴くなんてね…。」

 

(––––––それに関しては、同感ね。)

 

楯無は内心呟く。

今現在の平和な時代からしたら違和感の塊でしかない言葉だ。

–––––– ” いつ頭上から核ミサイルが降ってきてもおかしくない ” 、多分今日は大丈夫…と思って明日にでも来るかもしれない ” 全面核戦争による人類滅亡 ” に怯えながら生きてきた冷戦時代だって疎開なんてモノは無かった。

” 最も人類滅亡に近づいた ” とされているキューバ危機当時だって疎開なんて無かった。

東日本大震災とその後の原発事故に至ってから、自主避難と呼ばれているが疎開が実施された。

だが、楯無が『疎開』という単語自体を国民から耳にするのはこれが初めてだった。

 

(––––––みんな分かっているんでしょうね…マスコミがユーラシアの戦況を報道せず、野党が必死で保守第一党を叩いていて、平和ボケしているように見えても、いつかは日本が戦場になるじゃないかって…。)

 

––––––国民の平和ボケが削がれつつあるのは良い事だ。

しかし日本が戦場になるという結果は楯無も望んでいない。

むしろ平和であった方が遥かに良い。

だが、それはもはや回避不可能な話でもあった。

 

 

「はぁ…。」

 

溜息を吐く。

 

(さっきの話を考えるだけで憂鬱…。)

 

会計を終えた楯無は内心そう思う。

しかし自分ではどうしようもないというのが現実だ。

––––––それより、今はシャルを表で待たせてしまっている。

 

「…よし‼︎」

 

––––––気持ちを切り替える。

コンビニの自動ドアを開けて外に出る。

 

「ごめーん遅くなって––––––…」

 

しかしそこでは楯無は異変に気付く。

––––––シャルがいない。

代わりにシャルが持っていたバッグとケータイだけが落ちている。

 

(––––––まさか…攫われた⁈)

 

直感的に楯無はそう察する。

 

(なんて、迂闊––––––‼︎)

 

店先に待たせて置かず、連れて来るべきだった–––––と内心思い、同時に数分前の自分を張り倒したくなる。

しかし嘆いても何も始まらないので、とにかくシャルの位置を探ろうと、彼女の服に仕込んだGPSを探知するべく、スマートフォンを取り出す。

場所は––––––館山市南部・南館山港。

 

(急がないと––––––‼︎)

 

間暇入れず楯無は地面を蹴り、走り出した––––––。

 

 

 

 

 

 

 

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同時刻・沖ノ鳥島の東10キロの海域

海底基地【ムウていこく】

 

そこはレッチ島からの脱出に成功し、高速艇と潜水艇の能力を併せ持つ『グローリー丸』で辿り着いた、篠ノ之束のラボがある海底基地だった。

––––––無論、御都合主義で事をなしてしまう束であっても、この海底基地の全てを作ったわけではない。海底に基地を作るのは、無人島に基地を作るのとはわけが違うのだ。

事を隠密に成そうにも、日本の潜水艦探知網は異常なまでに高度なもので、束の御都合主義能力を持ってしても気付かれないでい続けるのは至難の技だった。

––––––そんなところに運良く見つけたのが【ムウていこく】の軀体となった旧大日本帝国海軍の作った潜水艦の修理基地だった。

若干浸水していたものの、80年前に作られたとは思えないほどに保存状態が良く、当時の酸素が残されていたその基地を再利用するという選択肢を選ばない手は無かった。

 

 

 

 

––––––同基地・管制室

 

「ああもう、危ない危ない…」

 

コンソールを叩きながら束は声を漏らす。

––––––モニターには1人の少女と、その少女の脳髄らしきモノがデータ化された上で投影されていた。

 

「全く、せっかくの手駒がまた離れちゃうとこだった…」

 

Laura Bodhewig …

Micromachine arise . ––––––ラウラ・ボーデヴィッヒ…マイクロマシン起動。

そのように英語で表記されていた。

 

「いっくんのマイクロマシンが壊れちゃったから、自己不信になってるが心配だけど…まぁ、IS操縦能力は残ったままだし、大丈夫だよね‼︎…あとはいっくんと箒ちゃんをくっつけようとするのを邪魔してるのと束さんの白式を散々ボコボコにしてくれたクズガキをぶっ飛ばしていっくんのマイクロマシンを治せば『いっくんハーレム計画』は安泰だね‼︎」

 

自信満々で束はそう言う。

––––––そこにある感情は自己満足だけではなく。

 

「…だってそうじゃなきゃ、いっくんが可哀想だもん…ううん、いっくんだけじゃなくて、ちーちゃんも、いっくんに想いを馳せてた箒ちゃんも…。」

 

––––––ただ純粋に、しかし方法は歪な形で他者の幸せを成そうとする感情があった。

そもそもなぜ織斑一夏にマイクロマシンを埋め込んだのか、答えは単純だった。

––––––何故なら今の織斑一夏は束のマイクロマシン無しに生きていけないからだ。

第2回モンド・グロッソにて織斑一夏は攫われ、ドイツ軍協力の下、大会を棄権した織斑千冬が救出した。

…ここまでは合っている。

しかし救出時に思わぬイレギュラーがテロリストによって引き起こされたのだ。

織斑一夏を攫ったテロリストの銃弾––––––それが一夏の頭部に命中してしまうという、イレギュラー。

辛うじて一命こそ取り留めたが、遺されたのは––––––『一生涯【脳死】状態で緩やかな死へと向かう日々を過ごすことになる』という残酷な結末。

そんな結末なんて、可哀想過ぎる。

そんな結末なんて、救われなさ過ぎる。

そんな結末なんて、認められない。

––––––だからマイクロマシンで欠けた脳を補完し、出来うる限り脳死以前の一夏の人格をデータ化・インストールさせた。

そして、せめて幸せな世界で生きられるようにと、IS操縦能力を付与させて。

––––––舞台は整った。

––––––役者は揃えた。

––––––万事完璧だった。

なのに––––––またイレギュラーが起きた。

溺愛してならない妹の箒が自分に黙って養子を取っていた上に、既に関係が出来てしまっているのだ。

信じられない。

箒ちゃんはいっくん一筋のハズだったのに。

否…そうでなくてはならないのに。

そうでなくてはいっくんが幸せではない。

そうでなくては箒ちゃんも幸せではない。

だからあの養子になったクズガキは殺さなきゃいけない。

いっくんと箒ちゃんが幸せになる為には邪魔だ––––––だから、殺さなきゃ。

––––––いっくんが幸せになるためなら、どんな犠牲を強いても構わない。

––––––何処の馬の骨とも分からない奴が死んだって、知った事じゃないんだから。

 

「…束様。」

 

––––––ふと、澄んだ声が束の鼓膜を震わせる。

ラウラと同じ白銀の髪。

瞼は閉じて––––––しかし淡白な表情の中に何処か母性を孕んでいる女性。

ラウラ・ボーデヴィッヒの姉にしてドイツ軍技術研究局IS科のホムンクルス––––––【クロエ・クロニクル】がそこにいた。

 

「ああくーちゃん、どうしたの?」

 

「…妹が––––––いえ、ラウラ・ボーデヴィッヒが試合を開始する様です。」

 

「そっかぁ。じゃあ『アレ』が起動したら起こしてね、ちょっと寝るから。」

 

「…しかし『アレ』が起動するのはシールドエネルギーが2割を切ってからでなければ起動しないのでは…?」

 

「ん?…ああ、多分それくらい削られるよ。歯痒いし認めたくない話だけどあのクズガキ、中々やるみたいだからさ…あとはくーちゃんの妹がチームプレイ皆無の俺TUEE系じゃない?だから削られるって。」

 

「……。」

 

「そんなの見てたって不愉快だし、『アレ』が起動してクズガキがボコボコにされてるとこしか見所ないよ……。じゃあちょっと寝るね〜…。」

 

そう言うと束は、くぁ…と欠伸をするとソファベッドに倒れ伏した。

––––––それを好機と見て、クロエはコンソールを操作する。

束が技術研究局IS科を掌握し傀儡にしたからこそ、クロエは今束の部下として限定的ではあるが自由を得られた。

––––––しかし自分の幸福のために他人を、家族を犠牲には出来ない。

特に、家族を犠牲にしようとしている元凶の下にいるのに何もせず傍観するなんて出来ない。

 

「––––––データの改竄は…ダメ、ロックされてる……。」

 

先程、『アレ』と言っていたものにアクセスしデータの改竄を試みるが、それは不可能だった。

何故なら束が仕掛けた厳重なプロテクトがあったからだ。

仮にも世界各地のミサイル基地をハッキングできる天災。故に並みのプロテクトではない為ハッキング等の情報電子戦専門クロエにも書き換えるのは不可能だ。

––––––ならば…改竄ではなくデータの追加はどうか?

ふとした思い付きからクロエはデータを確認する。

––––––予備スロットは空。すなわちデータの追加は可能だ。

それを見るなり即座にコンソールを叩く。

 

「…!……よし…‼︎」

 

––––––そして、データの追加に成功した。

 

––––––V.T.システムに【Delayed virus / Orga 】の追加情報。

 

そう履歴に標示されるが、その履歴をすぐに削除する。

––––––…これが束にバレれば自分は殺されるだろう。

だが。

 

「あの子が生きてくれれば…それで構わないですね…。」

 

束がまだ眠りについている中、静まり返った管制室でクロエはぽつりと呟く。

––––––視線の先にあるモニターでは、ラウラと千尋達が戦闘を開始していた。

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでです。

投稿が一ヶ月も空いてしまい申し訳ありません。バイトやら学校はじまったりやらで忙しかったので…。
また、あんだけ「ラウラ戦やるやる」言っといて全く触れられず申し訳ありません。

世界情勢も挟みながらキャラの心情も写そうとしたらトンデモナイ文字数になったので、「タッグトーナメント2日目」は上・中・下の3分割構成にしようと思います。

まず千尋ですが…ぶっちゃけ「お前主人公やんなよ役立たず。」と思われるかも知れませんが…千尋が吹っ切れるのは福音編なのでもう少しお待ち下さい…お願い致します。

あとダリルとフォルテですが、帰国命令という形にする事で言及致しました。
2人の登場を楽しみにしていた方には申し訳ありませんが…。

ちなみに周ですが…元はこんな性格じゃありませんでした。
文でも語っていましたが、人格を徹底破壊した上で党に隷属させられています。鈴がされた事と同じくらい…いえ、それ以上の内容を。

––––––そして次回こそラウラとの戦闘に入れるよう善処致します。
次回も不定期ですがよろしくお願い致します。


…そしていつも通り投稿が不定期になってしまいますが、どうかよろしくお願い致します…。


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