インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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すみません、うp主の手違いで誤って削除してしまったEP-37と旧EP-35を統合したEP-35になります。

今回は鈴救済と最近影が薄れつつあるセシリア達とビオさんの予兆についてプラスαの内容となっております。
ビオさんの予兆のあたりがちょっといい加減かもしれません…某ゴジラの冒頭を参考にしたんですが観たのが3ヶ月も前なので最近あやふやになって来ていて……すみません。




EP-30 幕間の群像(前)・(挿絵有り)

9時50分

IS学園第2アリーナ

 

 

 

鈴は女性––––––共産党特別武装隊の士官に連れられ、ある一室に連れてこられた。

 

鈴の顔は蒼白で冷や汗に満ちている。

この先何が待ち構えているかは容易に想像出来た。

先ほど負けたことに対する罰を与えられるのだ。

恐らく、一夏にハニートラップを仕掛ける任務から除名されるか、本土に強制帰還させられて強制労働キャンプ送りか、それとも––––––粛清か。

しかし上辺は恐怖に満ちていたが、内面は冷めた、諦観に満ちていた。

 

(––––––あたし、何してんだろ…?)

 

ふと、鈴は内心呟く。

 

(一夏と一緒に居てくれるのは、嬉しい。あわよくばこのまま関係を肉体的築いてしまってもいいかもしれない。––––––でも、一夏は私を見てくれているんだろうか?)

 

今まで留意し続けていた疑問が脳裏に浮かび上がる。

よく思い返せば––––––一夏は私を見ていなかったのでは無いか、という瞬間が再生される。

 

(––––––でも、そんなことない!だって、一夏は––––––)

 

一緒にタッグを組んでやるって、約束してくれた。

ヘマをしたけど一緒に戦ってくれたし、試合が終わってから謝ってもくれたじゃない––––––自分に言い聞かせるように、内心に反響させる。

 

「凰少尉。」

 

女の声。

––––––瞬間、鈴は凍りつく。

まるで蛇に睨まれた蛙のように凍りつく。

––––––心臓を鷲掴みにされたような衝撃。

それを悟られぬように、平静を装いながら、ぎこちない動きで首を後ろに向けると––––––鈴の監督官である、鈴の生命与奪権を掌握している––––––周沢民大尉がいた。

 

「は、はい…」

 

平静を装いながら応えるも、喉で声が詰まる。

 

「––––––今回が如何に重要な出来事だったか、分かっているのか?」

 

「は、はい!もちろんです‼︎今回の一件は党や国家の威信をかけた重要な出来事です。ですから––––––」

 

「失態は許されない。だがお前は敗北した––––––お前は党と祖国にの顔に泥を塗ったのだ。」

 

冷たく言い放たれた、宣告。

鈴は恐怖で全身が石のように硬くなるのを感じた。

 

「そ、れは––––––」

 

「失態を晒せば罰せらる……特に貴様は党に刃向かった経歴があるから––––––粛清ものだろうな。」

 

追い討ちを掛けるように放たれる言葉。

––––––ごくり。

鈴は喉に溜まった息を飲み込む。

この女の口にした言葉は脅しでも冗談でもなく、全て事実だから。

 

「まぁ、貴重なIS乗り––––––しかも貴様は特上品のものだ。そう簡単に粛清などには処されないだろう。我が国には人民は腐るほどいるが、優秀な者は一握りしかいない…。党は常に優秀な人民を求めている以上、貴様を粛清するのは勿体無い––––––と判断したそうだ。」

 

「そう––––––ですか…」

 

顔には出さないが、安堵と不愉快極まりない感情を鈴は内情に浮かべる。

詰まる所、周の言ったことを要約すれば、党の備品––––––ヒトではなくモノとして在り続けるなら、殺しはしない。

そういうことだった。

 

(どうしてこんな奴らに従わなきゃならないんだろう…あたしは、一夏と一緒になりたくて、IS乗りになっただけなのに……‼︎)

 

––––––思えば、母親に付いて行って中国に渡ったのが間違いだったのかも知れない。

––––––情けなくて、ビタの一文も貯められない、けれど優しくしてくれた父親に着いて、日本に居続けたら良かったのかも知れない。

しかし、そう思おうとも、時間を遡るなんてSFじみた事など出来やしない。

自分は選択してしまった結果行き着いた今を生きるしかない。

––––––常に党の備品にされ、監督官に監視され、例え日本に亡命できても何処に潜伏しているか分からない親中派日本人の密告者に尻尾を掴まれないように、怯えながら生きなくてはならない。

 

(––––––いっそ、みんな死ねばいいのに。こんな世界滅んじゃえばいいのに。)

 

鈴が泥のように濁り、淀んだ意識で内心呟いた。

––––––直後。

足音が鳴る。

軍靴の足音だ。

だが、周のものではない。

 

「––––––⁈け、敬礼ッ‼︎」

 

瞬間、周は先程のように優越感たっぷりだった声音とは打って変わり、困惑に満ちた声音に変わる。

鈴はその声に反射的に振り返って敬礼をする。

––––––その目に映ったのは特別武装隊の警察の制服を着込んだ、しかしそれでいてその制服が似合わなさ過ぎるくらいに芯から冷たさに満ちた雰囲気の女––––––特別武装隊・孫華輦(スン・カレン)大佐だった。

 

「––––––そう堅くならなくていいわ。2人とも。」

 

表情を変えない、氷像のような顔で華輦は鈴と周に告げる。

 

「は、はぁ…し、しかし何故大佐がこちらに……?」

 

周が困惑と緊張に満ちた声音を発する。

––––––何故だか、鈴には理解できなかったが。

 

「少し凰少尉と話がしたくてな––––––周大尉、悪いが2人にさせて貰えるか?」

 

「なっ…⁈困ります‼︎凰少尉は私の監視対象で––––––何より、《香港派》の貴女に我々【北京派】の兵士は関係無いはずだ‼︎」

 

上官である筈の華輦に対して、周は噛み付く。

普通ならあり得ない光景だ。

そして周は今、華輦のことを《香港派》、自分と鈴のことを【北京派】と言った。

そこから鈴は結論を生み出した。

––––––つまり2人は同じ特別武装隊の兵士でありながら別々の派閥に属していて、尚且つ互いに対立している、ということだ。

 

(…まさか、噂には聞いていたけど…共産党と反体制派の内ゲバのみならず、共産党支配下にある特別武装隊内でも…ホントに内ゲバをしていたのね………)

 

噂では、中国共産党遵守の【北京派】、西側の政策を真似て部分的に改革を目指す《香港派》、ロシアとの友好関係を取り戻そうとする〔莫斯科(モスクワ)派〕の三大派閥が存在し、それぞれのやり方で党や人民解放軍、一般人、果ては粛清対象者や囚人、政治犯までも自らの支配下に置くために、それらの争奪戦を繰り広げている––––––という話だった。

––––––ぶるり。

鈴は背筋に悪寒を感じた。

つまり、この女は、私を––––––⁉︎

鈴はそう直感する。

だが、香港派は三大派閥の中で最も勢力が小さく、比較的理性派集団の人間たちだから、そう横暴はしないだろう。

––––––でなければ、共産党の支配する中国では生き残れない。

 

「––––––同志大尉、なんなら君を上官に対して叛意ありと判断して告発しても構わないのだぞ?」

 

しかし、鈴のその結論を覆すように華輦は周に対して、相変わらず氷像のように冷たく、凍てついた瞳で言い放つ。

 

「…そんな脅しは……」

 

––––––通用しない。

何故なら国内の三大派閥の中で ” 今のところ ” 一番の勢力があるのは北京派だ。

彼らに逆らうことは国家への反逆に等しい。

にもかかわらず、華輦は横暴な手段に出た。

あまりに危険極まりない自殺行為だ。

 

「私はこう見えても、党の中枢や人民解放軍高官にコネがあるし私自身党の高官だ。必要あらば、君を告発するだけの偽装書類は幾らでも用意出来る。」

 

「な––––––⁈」

 

「場合によっては君を米国と繋がっていた売国奴に祀り上げる事だって可能だ––––––そうなれば君の命はもちろん、ご家族はどうなるか––––––」

 

華輦のその言葉に、周は凍りつく。

––––––そんなレッテルを貼られて告発されてしまえば、間違いなく周はスパイ罪と国家反逆罪で処刑だ。

しかも、それは周だけに留まらない。

極端な例だが、ロシアにおける革命初期の人物であるレフ・トロツキーとその一族のような目に遭う。

––––––具体的にどうなるかと言えば、周が処刑されてメディアや歴史から抹消されるのは変わらない。

––––––次に、周の同志たちが粛清される。

周は北京派のそこそこ中枢に近い位置にあるから、間違いなく北京派の頭脳たる中枢も粛清対象者になりかねない。

そして粛清されれば北京派は力を喪う以前に、党の面子を潰したから、という理由で党によって生き残りも粛清される。

そして北京派の人間たちもマスメディアや政府のリスト、歴史から抹消される。

––––––さらに、今まで抹消された人間の遺族や血縁者にも疑いが向けられ、粛清され、皆殺しにされる。

そして彼らもマスメディアや政府のリスト、歴史から抹消される。

それはつまり––––––大粛清というモノだった。

そこまで事がうまく働くとは思えないが、最悪の可能性というモノがある。

最悪、粛清対象者の数は数十やそこいらでは済まないだろう。

数百、数千––––––それだけの人間が周の偽装書類によって国家反逆罪のレッテルを貼られて告発された結果、皆殺しにされる。

いや、それ以前にこの女は––––––華輦は間接的に大粛清を引き起こすことを分かっていながら平然と言ってのけた。

それだけの人間の命を無常理に奪う行為––––––虐殺の引き金に指をかけて、その引き金を引こうとしたのだ。

 

「…ば……売国奴は、貴女の方でしょう⁈」

 

しかし、周も負けじと再び噛み付く。

このまま引き下がるのが北京派の一人として許せなかったらしい。

 

(そんなプライドなんて…捨てればいいのに…)

 

鈴はうんざりした顔で内心呟く。

 

「私に偽のレッテルを貼って告発し、その情報を米帝に売り渡すつもりだろう⁉︎…資本主義寄りの香港派がやりそうな事だ。そうすれば国際社会で中国の立場は形骸化し、共産党政府の弱体化を促し––––––」

 

「もういいぞ、そこまでで。でないと私たちが偽装書類を作らずとも君は粛清されるぞ。」

 

「え?」

 

「…君の言ったことは、確かに資本主義寄りの香港派ならやりかねないだろう。……だがそれ以前にそれが原因で共産党政府の弱体化––––––という結論を言ってしまっては、『私は敗北主義者です。どうぞ告発して労働キャンプ送りにして下さい』––––––と言っているようなものだ。」

 

「……あ…」

 

周の額から、珠のような脂汗が流れ出す。

今ここで華輦が周を告発すれば、先のような最悪の事態が現実になるかもしれないからだ。

だが、華輦はそんな醜態を晒した周には目もくれずに口を開く。

 

「––––––日本にはこんなことわざがある。【雉も鳴かずば撃たれまい】––––––余計な事を口にしたがゆえに災いが自分の身に降りかかって来るという意味だ。現代では、ブーメラン現象……と言ったかな?」

 

日本で暮らした経験のある鈴にふと、視線を向けながら華輦は口にする。

 

「似た様な言葉には、【口は災いのもと】というのがあるな。––––––今後は余計な発言は控えるといい。…生き残りたいなら、な。」

 

冷ややかに、突き放す様に、華輦は周に告げる。

それで周は怯んでしまう。

 

「さて、いい加減、凰少尉と話がしたいんだが?」

 

––––––威圧するような声。

弱みを掴まれ生命与奪権を華輦に掌握された周は、思わずその場から退いた。

 

「––––––さて、邪魔者は消えたな。」

 

周が部屋の扉を開けて出て行ったのを確認すると、華輦は呟く。

そして、その扉の向こうに男性が2名いたのを鈴の視覚が捉えた。

入って来る時には居なかったことから、恐らく華輦の部下だろう。

 

そして次の瞬間、

 

「…うん、じゃあ改めて、初めまして。凰少尉。」

 

––––––先程まで氷像のように冷たかった華輦が女性らしい笑顔を浮かべながら、鈴に挨拶をした。

 

「––––––は?」

 

それで、鈴を束縛していた緊張という名の糸は切断されてしまった。

そして先程の雰囲気まで撃ち壊した華輦のあっけらかんとした態度が鈴から状況を把握して判断させる余裕さえ奪い去る。

 

「あら、何か変かしら?初対面の相手には挨拶するのが当たり前でしょう?」

 

「え?え、ええ…それは……って、あの、そうではなくて…」

 

(––––––なんなの、この女…⁉︎)

 

思わず、鈴は思わされる。

今まで特別武装隊にこんな人間らしい人物なんて会った事がないが故に、今まで以上に困惑させられる。

 

「貴女と一度話してみたくてね…ああ、盗聴に関しては気にしないで。部屋の外には私の部下がいるし、元よりIS学園の警備システムは異物を見つけるのが得意だから。」

 

やはり華輦は女性らしい笑顔のまま、口にする。

 

「何故こんなマネをしたのか…と言いたい顔ね?」

 

「…はい。」

 

鈴の顔を見た華輦が言う。

それに鈴は頷き、当たり前だ。と内心呟く。

先程の華輦が偽装書類を用意して告発するという話は周にも出来ない訳ではない。

故に、下手すれば自分たちが周に告発される可能性すらある。

 

(なのに、何故––––––)

 

鈴は内心呟いた。

 

「貴女のことが気に入っているからよ。」

 

「––––––はい?」

 

再び、鈴はポカン…と口を開けたまま固まってしまう。

それを見て華輦は大きく苦笑いする。

 

「––––––貴女の過去を調べさせてもらったわ。…この矛盾と欺瞞、腐敗に満たされた国の中で正しいと思ったことを貫こうとした。…そして特別武装隊に入隊させられてからも従順に従ってはいるが内には反抗心を宿している––––––そんな貴女に少し興味があったから。」

 

鈴はそれに驚かされる。

従順に従っていたつもりだったのに、常日頃から内に孕んでいた反抗心を感づかれていたのだから。

 

「…で、ですが大佐は私の属している北京派と対立していて––––––」

 

「私は北京派を脅威と認識していない。」

 

「––––––⁈」

 

今、この女は、なんと行った?

自分をここまで堕とし、恐怖の象徴として脳に刻まれ、自分を奴隷に仕立て上げた北京派を脅威と認識していない––––––そう、言った。

 

「私たち香港派には強力なスポンサーがいるもの……多くの人民と私の取り込んだ党の高官、台湾経由の西側諸国……西側諸国と繋がりがあるからこそ、我々香港派の諜報能力は北京派のソレを凌駕している––––––そして私なりに取り込んだ党の高官も、良い傀儡として機能してくれているわ。数では劣勢、しかし能力では優勢…そんなところね。」

 

華輦はそれを誇る訳でもなくただ現実を告げるように淡々と口にする。

 

––––––そういえば、党は近年行き詰まりつつある中国経済を回復すべく、西側諸国のやり方を中国式に改変するために西側諸国との交流機関を創設していたという。

その機関が香港派の傘下にあるのだろう。

だから、香港派は西側諸国から情報を与えて貰える。

 

「…で、ですが……」

 

「貴女が北京派に恐怖を抱くのは分かるわ。でも、貴女たち北京派が仕える共産党は––––––いずれ、アメリカの別荘に逃げ込むわよ。」

 

「––––––え?」

 

鈴の脳に衝撃が走る。

––––––では、本土に取り残される人たちは?

 

答えるまでもない。

近年の中国の横暴が理由で外交関係が悪化している国家など山程ある。

少なくとも、近隣諸国には逃げ場は無い。

つまり––––––下手をすれば、中国民族が死滅する可能性すらあり得る。

そしてその現実から逃避し、党の人間たちは自身の保身に徹して人民を救うという責任を放棄し、アメリカに我先にと逃げ込むだけ。

 

「––––––少なくとも、貴女はそのままでは党に使い潰されるわ。…だからよく考えて、選びなさい。このまま共産党の奴隷で居続けるか、私の同志になるか、あるいは––––––…何が貴女の幸せに繋がるかは貴女の意思と決断次第よ。…私は同志たちと果たすべき責務を果たした暁には貴女を解放し、自由の身にしてもいいと思っているわ…もっとも、貴女が私の同志になるならば、だけど。」

 

「…………」

 

「私からはそれでお終い……何か質問は?」

 

「…ひとつだけ、教えて下さい。」

 

度重なる衝撃に心を揺らしながら、鈴は口を開け、言葉を紡ぐ。

 

「何故、私にそこまで話してくれたんですか…?私だって何人も密告しているんです。私が大佐を密告する危険だって貴女にはあったのに、どうして……」

 

「私は、部下にだけ危険を押し付けることを良しとしない。」

 

華輦が再び氷像のような表情になり、華輦の瞳が鈴を捉える。

華輦の瞳は真剣そのもの––––––彼女は今、自身の貫く信念を口にしている。

 

「特別武装隊だけでなく、党の傘下にある組織は少なからず薄汚れている。私たち香港派でさえ、外道と罵られても文句は言えない–––––––だからこそ私のように大勢を率いる者は進んで自ら手を汚し、自ら命を捧げなければならないと考えている。穢れて、血塗られた道だからこそ、その邪道に走っても成し得ることを成すということに誇りを持たせてやる必要がある。」

 

それは、鈴をここまで堕とした賀とは正反対の理念。

賀は周りのもの全てを道具––––––否、玩具と見ている。

 

「それと同じだ。信頼を得るには、それしか無いと思ったからだ。それに共産党の今後の方針を伝えてもなお、共産党に隷属するほど党に忠誠心があるわけでも無い………あとは…そうだな……」

 

人間らしい表情をしてから一拍開けて、

 

「––––––昔、大連の爆発事故で亡くした娘に似ていたから…だろうか。」

 

––––––私的な理由。

華輦の行いを勝手だ、自己満足だ、と罵ることは出来る。

しかしそれまでで鈴に対してどれだけ救いの手が降ろされただろう。

鈴は無意識に華輦に感謝と思しき感情を覚えていた。

 

「––––––じゃあね…次に会う時は、敵でないことを願うわ。」

 

そういうと、華輦は部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前10時17分

東京都八王子市気象庁高尾山地震観測所

 

「だからっ、何度も言ってるじゃないですか…っ‼︎」

 

そこの女性職員が受話器を手に、通話先の相手に向けて叫んでいた。

その手元では、地震の振れ幅を記録する機械が作動している。

 

「美浜から、東白川村、飯島町、中央市、上野原市–––––– ” 震源が移動している ” んです‼︎」

 

今もなお記録を続ける地震計は次第に振れ幅が大きくなっていっている––––––つまり、観測所のある八王子市に迫って来ているのだ。

 

「…なんでって……知りませんよそんなの!連動型にしては不自然だし………とにかく、各自治体に住民への注意を呼び掛けるよう指示して下さい‼︎お願いします!」

 

女性職員がそういった、瞬間。

ブツリ、と音を立てて電話が切れた。

 

「……もしもし?もしもし⁉︎」

 

切られたのだ––––––女性職員は嘆き混じりの吐息を吐きながら察した。

 

「やっぱり相手にされないよ…『震源が移動している』なんて言ったら。」

 

もう1人、観測用紙の処理に追われている男性職員が言う。

 

「他にどう言えって言うんですか⁉︎これどう見たって震源が移動してるしか…似た例だと、東日本大地震だって3つの震源が連動して発生した連動型地震ですし…‼︎」

 

だが今回は違う。

周りの震源に連鎖はせず、美浜原子力発電所直下から関東に向けって真っ直ぐ走って来ているのだ。

普通なら、あり得ない。

 

「それに……もし、大惨事に発展したら…‼︎」

 

「はぁ……【新潟中越地震】で被災して祖父母を亡くしたお前の気持ちは分からんでも無い。だが地震観測士という地震において重要なポジションにいる人間が、勝手に憶測で引っ掻き回すワケにもいかんだろう。」

 

「それは……」

 

「まぁ、やりたいんなら好きにやれば?やらかしたら給料減らすけどな。」

 

「ッ、ありがとうございます‼︎…とにかくもう一度電話を…」

 

女性職員が受話器を取ってダイヤルボタンを押そうとするが、そこで違和感に気付く。

電話の液晶画面が真っ暗になっているのだ。

ふと、周りも見れば窓の外から入ってくる日光の所為で気付かなかったが、電気も消えている。

動いているのは、万一の際に非常用電源が作動する地震計と地震のデータを保管するスーパーコンピュータ群のみ。

 

「電気が、落ちてる…?」

 

女性職員が困惑した声音で呟く。

基本、高尾山地震観測所は隣県である神奈川県相模原市からの電力供給に依存している。

電気が絶たれたということはつまり––––––

 

「まさか…」

 

––––––瞬間、鈍い、地鳴りのような振動が伝わって来る。

 

「まさか…!」

 

悪い予感が的中したように、血相を変える。

2秒後、窓の外から金属の軋む音が響き、窓際に駆け寄る。

窓はいつ地震が来ても大丈夫なように開けっ放しにした上で固定している。

少なくとも固定器具が外れない限りは大丈夫だった。

 

––––––女性職員は窓に駆け寄り、相模原市緑区が遠目に見える景色を視界に入れた瞬間、

 

「あ––––––なんて、こと……‼︎」

 

崩れてしまった。

高尾山から見えたのは、緑区を埋め尽くす土煙だった。

ただの土煙ならどれだけ良かったか––––––。

距離の所為でくぐっもってはいるが土煙に混じって、地面が砕けるような、車のクラクションと、コンクリートが砕け木が潰れるような音まで聞こえて来る。

ただごとではないのは遠目からでも見て取れた。

そして、新潟中越地震での被災経験から、女性職員はそれが建物の倒壊音だと嫌でも気付かされた。

あそこには避難勧告も何も布告されていない。

あそこに住む17万人以上の住民は先程まで何の変哲もない生活を送っていただろう。

では、あの土煙の中にいる17万人は今––––––

 

「––––––感傷に浸るのは後回しにしとけ。」

 

それを遮るように男性職員が言い放つ。

 

「で、ですが…」

 

「地震ってのは何の前触れもなくやって来て何もかも破壊し尽くすもんだ。…俺らにそれを止めることは出来ない。そこで嘆くだけでいるか、出来る限りの事をするかは別だがな…」

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

午前10時19分

神奈川県相模原市中央区国道129号線

 

「緑区で地震だってー。」

 

「え、うっそマジで?すぐ隣じゃん。」

 

プリウスを運転する女性に対し、助手席に座っていた女性がスマートフォンで確認した情報を言う。

 

「詳しい被害は不明だってさ〜、超怖くない?」

 

「分かる!超怖いよね〜!」

 

彼女らは怖いと口にしたが、声には一切恐怖というものは含まれていなかった。

それは当たり前だ。

何せ生まれてからそのようなモノは体験した事がなく、『少し危険なイベント』程度にしか認識していなかったから。

 

「………え?…ち、ちょっと……」

 

––––––だから、自分たちの真下から地響きがした瞬間に、彼女らは沈黙した。

 

真下から響く振動は、震度6クラスの地震のソレだった。

 

「……ね、ねぇ…」

 

「な、なによ…」

 

2人共、困惑した声音で互いに声を交わす。

 

「に、逃げない?これヤバいよ絶対‼︎」

 

「そ、そうだよね!逃げよ‼︎」

 

本当の意味の恐怖を感じて、車のドアを開け、出ようとした瞬間––––––足が、アスファルトに吸い込まれた。

 

「ひっ、な、何よコレ⁉︎」

 

思わず助手席の女性が声を上げた。

足がアスファルトに––––––正確には、アスファルトに出来た亀裂を足が踏んでしまい、底の見えぬ奈落に足を取られたのだ。

助手席の女性はすぐさま足を引き抜いて、再び車の中に戻り、ドアを閉める。

 

「…や、やっぱりここにいよ!なんかヤバいよ‼︎」

 

運転席の女性が叫んだ。

周りを見ると、他の車も降りて逃げようとする者、車の中に篭ってやり過ごそうとする者に別れていた。

前には––––––突然陥没した道路に吸い込まれていく車両と人間。

 

振動。

地面の割れる音。

悲鳴。

クラクション。

地面の割れる音。

クラクション。

クラクション。

悲鳴。

地面の割れる音。

振動。

悲鳴。

悲鳴。

クラクション。

地面の割れる音。

地面の割れる音。

地面の割れる音。

 

––––––それらが不規則に響き、不協和音に満ちた音楽を作り出す。

 

「…っ、やだ…やだぁ……」

 

運転席の女性が泣き出す。

助手席の女性も同じだ。

けれども、そんな彼女たちには構わず無情にも、彼女らはプリウスごと道路の陥没に––––––奈落へと、呑み込まれて行った。

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

午前10時22分

内閣府・首相官邸

官邸3階廊下

 

清潔感に溢れた廊下––––––そこをスーツ姿の2人の男性が足早に歩いていた。

 

「午前10時15分から20分ごろ、相模原市にてマグニチュード5.2の地震による地割れが発生、車両数百台と建築物数十棟が巻き込まれた模様。被害は現在進行系で拡大中です。」

 

男性––––––内閣官房副長官秘書官の【志村祐介(しむら ゆうすけ)】が口早に、それでいて分かりやすく要約してもう1人の男性––––––内閣官房副長官【矢口蘭堂(やぐち らんどう)】に報告する。

 

「官邸に対策室が設置されることになりました。」

 

「その前に被害の詳細な情報が欲しい。官邸災害対策本部に行く。」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

官邸直下災害対策本部

オペレーションセンター

 

いくつものモニターが壁に備え付けられ、数多のデスクの上では数十人もの各省庁の役員がコピー機で印刷された無数の紙媒体資料を手に対策に追われていた。

 

『Jアラート(全国瞬時警報システム)発動。』

 

『横浜線、京王相模原線、横浜線、相模原線は全線運転を見合わせ。』

 

『国道16号線は相原インターチェンジで通行止め。』

 

『横浜市、相模原市他自治体に非難勧告、避難準備警報を勧告。』

 

飛び交う、報告の声––––––。

情報は錯綜している。

しかし、これといって確定的な情報は存在しない。

 

『東京消防庁観測ヘリより現地映像、入ります。』

 

モニターに新たに映される映像。

––––––深く、深い底をもつ、地割れによって引き裂かれた大地が映し出される。

 

「…やはり、局地的地震による地割れでしょうか……?」

 

志村が矢口に問う。

 

「––––––それにしては違和感がある……志村、現地で発生した地震のマグニチュードは5.2で間違いないのか?」

 

「え、あ、はい。確かに地震観測所からの情報ではそれで間違いありませんでした。」

 

「––––––だとしたらおかしい。」

 

志村の答えを聴くなり、矢口は画面を睨みつけながら異質な存在を見るような目をして言う。

 

「––––––あれが地割れだというなら、あまりに大き過ぎる…あれは陥没と捉えるべきだろう。」

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

 

 

午前10時25分

IS学園・第2アリーナ

 

アリーナではセシリア・簪ペアの試合が展開されていた。

やはり、廃墟街を想定した遮蔽物郡が乱立している。

 

そこを、セシリアが統合機兵《ユリウス》を纏い、超低空で駆けていく。

––––––機動砲撃戦。

セシリアが先日習得したばかりの機体運用戦術だ。

先程千尋や箒がやってみせたような遮蔽物を足場に不規則な軌道を取るオルブライトターンを行いながら、ハイパーセンサーの捉えた敵影の元に突撃する。

裏路地を想定した遮蔽物群を抜けた––––––瞬間、対戦相手であるラファール・リヴァイヴと打鉄のペア2機と会敵––––––そして、

 

「はぁぁぁっ‼︎」

 

––––––セシリアの雄叫び。

同時に、09式120ミリ自動滑腔砲をその2機に向けて放つ––––––‼︎

 

 

今までイギリスのISおよびその発展型である統合機兵は高出力レーザーによる狙撃を主目的としていたが、それを可能たらしめていたのは制空権を確保できた場合の話。

加えて、ただでさえエネルギーの消費が激しく、継戦能力の低いISにとってレーザーは非常に相性が悪い。

補給がいつでも出来るならば話は別だが、補給がままならない状況下においてレーザーをいたずらに使用すれば言わずもがな、継戦能力を喪失し、ISの絶対防御も喪われ、もはやただ高価なだけの鎧に成り下がる。

おまけに、絶対防御があるから––––––という理由で地肌を晒している箇所が多いために、絶対防御を喪えば身体を守る術がなく、重傷を負いかねない。

それはISの発展型である統合機兵も同じだった。

さらに言うなら、巨大不明生物相手に、既存のレーザー兵器では威力不足という事実。

––––––その現実から、戦術の方針転換を迫られたイギリス陸軍が編み出したのが、既存の戦車や自走砲などの砲兵や機甲部隊との連携を前提にした、戦車砲を流用した突撃滑腔砲装備での地表面三次元立体近接打撃戦。

 

––––––もちろん、既存のレーザー兵器は艦艇や戦闘機のCIWS(近接防御兵器)に転用するなど、ある程度既存兵器の発展を実現させたため、 ” 決して無駄ではなかった ” のだが。

 

 

––––––高速徹甲弾が炸裂する。

遮蔽物のコンクリートも爆風で表面が抉られ、砂塵が舞い上がる。

––––––敵のラファールに着弾。

ラファールを吹き飛ばし––––––後方の打鉄に衝突させる。

ラファール・リヴァイヴは打鉄と同じ第2世代機だが、打鉄と比べると軽装甲であるため、吹き飛ばされやすい––––––その点を突いた砲撃だった。

 

「っ、この…!」

 

そんなセシリアには余裕をかます暇など無い。

敵ラファール・リヴァイヴが発砲。

50口径アサルトライフルの銃弾が迫る––––––。

 

––––––セシリアはそれを、

 

「…ふっ‼︎」

 

––––––拡張領域から喚び出したシールド、《シェルツェン》を前面展開する。

 

ガガガガガガガ‼︎

銃弾がけたたましい音を立ててシェルツェンの表層部に命中しながら、火花を散らす。

表層部の爆発反応装甲は任意で反応起爆させるか否かを決められる。

今は反応起爆させないようにしているため、起爆する怖れはない。

 

『––––––セイバー02よりセイバー01へ!弾種の交換完了!繰り返す、弾種の交換完了‼︎』

 

セイバー–––––––セシリア・簪ペアが戦闘中に使おうと決めたコールサインがプライベート通信に響く。

––––––簪だ。

 

「了解ですわ…発射をお願い致しますわ。発射されれば、わたくしが誘導します。」

 

(––––––正々堂々と戦う騎士道の精神には反しますが、これは試合とはいえ実弾や実刀を用いた戦闘––––––おままごとでは以上、このような邪道もやむを得ません。)

 

簪に返答するなり、セシリアは少し複雑な感情を抱く。

もとより貴族出身で幼い頃から騎士道精神を叩き込まれて育った彼女からすればこれから実施する戦術には抵抗があるが、これが単なるスポーツの試合とは違って、現代の戦場で用いられている存在を使っている以上、多少の邪道はやむを得ない。

 

『––––––セイバー02、フォックス2––––––‼︎』

 

簪の声。

それと同時に、噴煙を伴いながら穿たれる、64発の小型誘導弾––––––しかしそれらは、的はずれにも程がある地点に飛んでいき––––––制限高度ギリギリの高度で弾頭のカバーが、 ” 外れた ” 。

同時に、筒型の塊を地表に突き刺すように撒き散らす––––––。

 

––––––轟音。

弾頭から解き放たれた筒型の塊は地面に突き刺さると、自身を固定するように、表面の隆起部分の火薬式ノッカーが炸裂、簡易式脚位が展開され、地面に打ち付けられるようにして筒型の塊を地面に固定する。

––––––12式単一指向性爆弾《ブラスト・ボム》。

本体内部に蓄積された火力を特定方向に放出して爆発する、対人・対戦車兵器。

固定されたものは、それだった。

 

「セイバー2!作戦どおり行きますわよ‼︎私がブラストボム群まで誘導。貴女は指向性操作で遠隔起爆させて下さい!相手が怯んだ隙に私がビットで沈めますわ––––––‼︎」

 

『分かった––––––起爆15秒前––––––』

 

勝負をシメるべく、作戦が開始された––––––。

 

––––––爆発。

鼓膜を劈く爆音の連鎖がアリーナに轟き、爆風が入りくんだ遮蔽物の合間を縫うように駆け抜け、砂煙が舞い上がる。

ブラストボムが起爆し、単一方向に放たれた50ポンドもの爆発エネルギーとその余波がアリーナの闘技場内を蹂躙する。

絶対防御を持つISそのものには、シールドエネルギーを擦り減らす程度と、爆風で相手の動きを硬直させる程度の効果しかない。

––––––けれど、それで充分だった。

 

爆風で相手の動きが固まった瞬間が、セシリアと簪の狙いだったのだから––––––。

 

「––––––指定展開‼︎」

 

指定展開。

量子変換された武器を取り出す容量で、指定した座標に拡張領域から量子変換で展開させる機能。

––––––それをもって、4機のBT兵器【ストライク・エア】を展開させる。

連鎖爆発による爆風に吹き飛ばされぬよう、4機のビットのスラスターを微調整し続ける。

––––––これは『一度に5つ別々の思考をしている』ということなのだ。

並大抵の人間が出来る技ではない。

そういう意味では、彼女は天才なのだろう。

––––––けれども、ストライク・エアの能力を完全には引き出せていない。

引き出そうとするならば、戦術機部隊でも使用されている【思考拡張薬物】を投与する必要がある。

それは、かつて得られなかったIS、ブルー・ティアーズでも同じだった。

 

けれどもセシリアにはそんなことは気にならなかった。

『今この瞬間を乗り越える』ことこそ、自分に課せられていることなのだから。

09式120ミリ自動滑腔砲に焼夷榴弾を装填しながら、自身に言い聞かせる。

 

『セイバー02よりセイバー01、面制圧用誘導弾の装填完了‼︎』

 

––––––簪からの通信。

 

「了解ですわ…連鎖爆発の爆風が晴れた瞬間に、頼みます。」

 

『分かった。』

 

––––––そういうと同時に起爆する、最後のブラストボム弾頭。

そして爆風がアリーナを蹂躙し––––––晴れた。

 

『セイバー02、フォックス3‼︎』

 

瞬間、簪が64発もの、面制圧用27式マイクロミサイル《山嵐》を、解き放つ––––––‼︎

 

 

––––––さあ、爆風(かぜ)は止んだ。

––––––味方の面制圧(合図)も鳴った。

では–––––––わたくしは、眼前の敵を射落とすのみ––––––‼︎

 

「セイバー01、フルファイア‼︎」

 

セシリアは叫ぶと、ストライク・エアと09式自動滑腔砲を、敵ラファール・リヴァイヴと打鉄めがけて、穿つ––––––4筋のレーザーと120ミリのタングステン合金、そして簪の放った山嵐が、空を裂く––––––‼︎

 

––––––爆炎と共に轟く弾着音と爆風が世界に波及して––––––それが、試合の終わりを宣告した。

 

 

 

 

 

 

『––––––シールドエネルギー残量ゼロ。勝者、セシリア・オルコット、更識簪ペア。』

 

 

 

 

 

 

その裏で、

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

第2シャフト・IS学園警備課仮設指揮所

 

使われずに余っていた部屋を改装して作られた臨時の指揮所内の隅で、光は守秘回線の携帯を手に通話をしていた。

 

「––––––袖原、状況は?」

 

相手は光と防衛大学時代に同期であった、陸上自衛隊統合幕僚監部防衛計画部防衛課長【袖原泰士】一佐だった。

 

『現在緊急の閣僚会議を準備中だ。巨大不明生物の可能性を否定できない為、横須賀に駐機中の【ACS-3しらさぎ】が観測のために発進。入間のF-15Jに護衛されながら現在現場上空で旋回中だ。』

 

 

【挿絵表示】

 

 

ACS-3しらさぎ–––––––元はといえば3式機龍の空輸・援護を目的に開発された超大型攻撃輸送飛行艇だ。

その1号艇が横須賀に配備され、2号艇が今現在、広島県呉市の海上自衛隊呉基地で就役式典の真っただ中だ。

 

「花森防衛大臣は今呉か?」

 

『ああ、現在しらさぎ2号艇の就役式典に出席してて不在だ。–––––––予定を全てキャンセルして今帰ってきてる最中だが…』

 

袖原の報告を聴くなり、光は歯痒い感情と、ある意味感心を抱かされた。

歯痒い感情は、今から航空機に戻って来ても手続きや陸路の移動時間も含めれば1時間〜4時間はかかる。

つまり、間に合わない。

感心した理由は女性の閣僚なのに全ての予定をキャンセルしてまで戻って来てくれる点だ。

当たり前と言えば当たり前なのだが、前政権時代はこのような災害が起きても予定をキャンセルして帰ってくる事はなく、そのまま行き先でのんべんだらりんとしていたからだ。

それに比べ花森防衛大臣は有難い。

 

「袖原、閣僚会議で防衛大臣の代理は誰が?」

 

『––––––傘松副防衛大臣だ。』

 

「分かった。では先日渡した【巨大不明生物侵攻想定マニュアル】の侵攻パターン第4種を元に対策するよう上申してくれ。」

 

巨大不明生物侵攻想定マニュアル。

特務自衛隊がロリシカ戦線のデータやウクライナ戦線のデータ、各地の散発的巨大不明生物のパターンを研究した結果、海中侵攻、海上侵攻、空中侵攻、地中侵攻、地上侵攻の5パターンに分類した侵攻にどう対応するかを記したマニュアルだ。

 

「災害でマニュアルが役に立った試しは無いが……無いよりはマシだ。頼むぞ。」

 

『了解した。一旦切るぞ。』

 

そういうと、通話は中断された。

光は溜息をつくと、頭をガシガシとかきながら、

 

「––––––こんな時に来るとはな…いや、いつ来てもおかしくなかったんだ。ただ、私も浮かれていただけだったんだろうな……。」

 

呻くように、自嘲するように呟いた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

午前10時31分

内閣府・首相官邸第2会議室

第一次相模原地震に関する対策会議

(花森防衛大臣は海自呉基地しらさぎ2号艇完成式典に出席しているため不在。

また、里見農林水産大臣もオーストラリアに豪遊中のため不在。)

 

 

何処か和風らしさが見受けられる白い壁と木の組み合わせで出来た会議室。

10メートル以上あるのではないかと思わされる木製の長テーブルを挟み、各省庁の官僚が集い、相模原地震に関する解説を繰り広げていた。

 

「相模原の地震災害による経済的損失を鑑み、現在東名高速道路は通行止め。東海道新幹線も全便運行を取りやめております。」

 

【柳原邦彦(やなぎはら くにひこ)】国土交通大臣が報告する。

常識ではあるが、東名高速道路は東京・名古屋間を結ぶ高速道路であり、東海道新幹線は東京・大阪間を結ぶ新幹線の事だ。

交通に関しては日本の動脈のひとつと言っても差違えない代物だった。

––––––ふと、彼の部下らしき男性が後ろからメモを手渡し、柳原はそれを見るなり、

 

「––––––失礼。訂正致します。東名高速道路及び東海道新幹線は経済的損失と【人命に関わる危機的事態に発展することを懸念して】神奈川県内においては全面的に封鎖致しております。」

 

––––––そう、訂正する。

閣僚会議で発言権を持つのは大臣クラスの政治家のみであり、それ以外の政治家はこうしてメモを手渡し、大臣に意思を反映してもらうのが常識(セオリー)だ。

 

「––––––次に、地震によって生じた地割れですが…正確には陥没と捉えるのが適切であるため以後は陥没として––––––」

 

「––––––待て、陥没?どういうことだ。」

 

しかし柳原のその発言に、大河内清次(おおこうち きよつぐ)内閣総理大臣が難色を示し、質問する。

 

「––––––は、まず当初地割れと思われていた現象が地震のみでは起こり得ない規模––––––具体的にはマグニチュード10クラスの地震が来なければ起こり得ない規模であるにもかかわらずマグニチュード5.2という規模の地震で発生していることから、地割れはあり得ないこと。

さらに相模原市一帯には相模湖や津久井湖、相模川を水源とする水脈が拡がっており、それらの幾つかが破断し地盤を浸食した結果、大規模陥没に至ったと考えられます。

––––––過去、大阪・梅田で地下鉄の開発時に水脈を破断し陥没が発生した事例と照らし合わせた結果、【局地的地震による水脈の破断が地割れを助長し大規模陥没に発展】したモノと考えたため、このような結論に至りました。」

 

矢口はその光景を見つめ、柳原の会見を鼓膜に染み入らせる。

––––––過去の事例と照らし合わせた結果編み出された常識の中の回答。

確かに一理あるし、仮説としては充分だった。

––––––しかし、それだけでは事態の解決には程遠いように思えた。

 

「ですが局地的地震は未だ続いており、それはほぼ一直線に三浦半島に向かっています。

さらに如何に連動型局地的地震と見ても、あの辺りは断層が通っておらず、【常にマグニチュード5.2を維持】しているのは不可解と思われますが。」

 

矢口の疑念を代弁するように、傘松防衛副大臣(防衛大臣代理)が質疑する。

 

「えー…そのあたりにつきましては、目下調査中ですので現段階ではなんとも……」

 

痛いところを突かれたように柳原は顔をしかめながら言う。

(––––––このままでは埒が開かない。)

矢口は内心呟く。

今、現在進行形で事態は悪化しているのだ。

にも関わらず、呑気に会議を開かなくてはならない。

–––––––民主主義であるが故にやむを得ないのだが、これでは初動対応が遅れすぎてしまう。

どうにかして、埒を開かなくてはならない。

だが、いかにして埒を開くべきか––––––矢口が思考していた、その瞬間。

 

「会議中失礼します。」

 

会議室のドアを開け、制服姿の陸上自衛官が慌ただしい様子で入って来る。

首相官邸にいるということは、彼は連絡将校なのだろう––––––。

矢口は思った。

自衛官はそのまま傘松防衛副大臣の元に駆け寄ると、なにやら資料を提出し何やら耳打ちする。

–––––––会話が終わると、傘松防衛副大臣は深刻そうな表情をする。

それを見て、矢口は思考する。

一瞬見えた資料の画像を見る限り、今回の陥没事故に関してのようだった。

しかし防衛省が陥没事故においてここまで深刻な反応を示す事自体珍しい。

–––––––確かに、被害想定範囲内には在日米海軍厚木基地があるからそこが被災することを懸念しているのかも知れないし、本人が今回初の閣僚会議というのもあるだろう。

しかし、それを差し置いても今までした事がないほどにまで深刻そうな反応をしているのだ。

防衛省にここまでに深刻そうな反応をさせる存在は、この世に2つしかない。

––––––1つはIS。

毎年のように領空侵犯を繰り返され、その度に空自の戦闘機が邀撃の為にスクランブル発進している。

しかし、今回ISの関連性は希薄だ。

そうなると、つまり陥没事故に関わって来るのは––––––

 

「––––––総理、地下に何者かがいる可能性があります。」

 

––––––矢口は結論に達し、声を放った。

 

「何者って?」

 

「今までの不可解な地震発生のパターンからして––––––巨大不明生物と推測します。各省庁の検討を願います。」

 

矢口の声に閣僚は騒つく者、侮蔑の視線を向ける者に分かれる。

––––––そこに、

 

「矢口、議事録に残るんだぞ。閣僚会議で不用意な発言はよせ。」

 

【東竜太(あずま りゅうた)】内閣官房長官が矢口に告げる。

––––––彼には内閣官房副長官に推薦し引き上げ、今まで支えてもらった恩がある。

だからこそ、矢口はその言葉に従うべきだ。

だが、しかし––––––

 

「––––––しかし先の東日本大震災のように不測の事態が惨劇を招いた事例があります。それらを未然に防止あるいは抑制する為にも予測されるあらゆるケースを想定し、具申する必要があると考えます。」

 

矢口は申し訳なさと決意を孕んだ顔をして、言い放つ。

この時、【しらさぎ】が地下深度50メートルを長駆侵攻する全長120メートルもの巨大潜行物体を探知していた。

 

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

IS学園

東海モノレール南房総線夢見島学園前駅

 

白を基調とした床や壁、青みの色ガラスが天井となっているIS学園と本土を結ぶモノレールの駅。

そこを光からの密命を受けた舞弥は歩いていた。

服装はおおよそ目立たない格好でありながら、地味過ぎない普通の服装。

仕草も少し控えめな性格を装うべく、人混みを横切る際に「すみません」といちいち言いながら頭を下げる行為までしている。

ホームにまで上がり、ふぅ…と溜息を吐く。

 

––––––瞼を閉じる。

 

 

––––––偽装は目立つべからず。

幼い頃に拉致された先である北朝鮮の工作員養成施設で嫌と拒絶したいくらいに頭と身体に叩き込まれた鉄則だ。

だから予め脳と身体に用意したいくつかの性格と仕草を使い分けることでこういう仕事に参加していた。

それがどんなに異常な事か、平和な日本で生きてきた者ならば誰でも分かるだろう。

普通自分の脳にいくつもの性格、身体にいくつもの仕草を用意したりなんかしないし普通の人間ならば出来ない––––––それが18歳の少女ならなおの事。

それは脳の容量が他の情報で埋まっているからだ。

––––––USBメモリに例えると分かりやすいだろうか。

例えば、一般ならば小中高と教育を受けたりそうして成長する過程で教育のみならず友人や趣味のモノから様々な情報を脳に集積する。

そうすればそれらの情報は脳に蓄積される。

しかし成長するに従って脳の容量を圧迫しだすから人は必要ではないと感じた記憶(データ)を忘却(削除)する。

そうして新たな知識を脳というUSBメモリに集積していくのだ。

––––––舞弥の場合、脳(USBメモリ)はそのように機能しない。

無理矢理工作員として育て上げられた故に趣味に該当するデータは無く、生きる最低限の情報と一般教育のデータも必要最低限のモノしかなく、残りは軍事的知識、諜報活動のコツのみ。

脳は忘却することを知ってはいても、ひとつの情報を洗練し新しい情報に上書きする事で情報の空き容量を保持したまま生き続ける。

––––––そう教育されたから。

 

情報を蓄積する。

情報を上書きする。

情報を蓄積する。

情報を蓄積する。

情報を上書きする。

情報を蓄積する。

情報を上書きする。

情報を上書きする。

情報を蓄積する。

情報を蓄積する。

情報を蓄積する。

情報を上書きする。

 

––––––それはただのコンピュータや機械と何ら変わらなかった。

その状態から外れた理由があるとすれば、それは自分の在り方に疑問を抱いたから。

 

––––––自分が行う行為に意味はあるのか?

 

そんな、単純な疑問。

けれどもそれで充分だった。

ただ機械のように生きるのが正しいのか、今まで使われる事なく朽ち果てた者も数え切れないほどいた。

このまま自分も使われずに朽ち果てるのではないか?

だとしたら、何の意味がある?

 

––––––その瞬間、久宇舞弥という機械は破綻した。

 

そんな単純な躓きで破綻した。

––––––思い返せば、ただ恐怖に支配されていたから今までこうして機械になり切っていただけなのだろう。

それを成させるべく指導官は無駄をそぎ落とすために、北の指導者に忠誠を誓わせるために恫喝し、暴行し、恐怖心による支配を行なっただけ。

産み出される結論––––––同時に心に穿たれた穴。

今まで機械になることで思考する必要が無かったのに思考したから疑問にぶつかり、埋められぬ穴が空いてしまった。

 

––––––此処にいてはいずれ朽ち果てる。ならば––––––還ろう。

 

気がつけば、施設を抜け出し、必死で港を目指していた。

––––––北から逃げる者達が港の船から出るのだと知っていたから。

––––––そうして、久宇舞弥は脱北者となった。

対日工作員として養育されたのが幸いだったのか、色褪せそうなくらいに磨耗した日本語を口にしたのが理由なのか––––––今でも思い出せない。

けれど今こうして再び日本の土を踏んでいる。

 

 

––––––瞼を開く。

 

次のモノレールを待つ乗客たちがスマートフォンをいじったりベンチに腰掛けたりしている景色が視界に映る。

 

––––––欠けた記憶を観ていたようだ。

 

舞弥は思わされる。

ふと、ホームの隅––––––あまり人が座らないであろうベンチに腰掛けている女性めがけて、久宇舞弥は歩き出す。

––––––歳は30代後半だろう。長い金髪と白い肌が特徴のその女性は何処か妖艶な雰囲気を漂わせながら東北地方の写真集の本を読んでいる上品な感じの女性だ。

舞弥は周囲を確認してから、少し興味ありげな女子高生のような人格に切り替える。

 

「Excuse me, May I sit next to you ?(すみません、隣に座ってもよろしいですか?)」

「Well, I do not mind.(ええ、構いませんよ)––––––それと、日本語で構いませんよ。」

「あ、分かりました。ありがとうございます。」

そう言って、女性の隣に腰を下ろした。

「貴女は東北に興味があるんですか?」

「ええ、歌川広重の浮世絵に描かれている風景の松島が気に入っていてるんです。」

「そうなんですか––––––でしたら三浦半島の風景もオススメですよ。」

「ええ、だから昨日のうちに三浦半島は回ってしまったんです––––––……さて、合言葉はクリアね。」

 

なんてことのない痴話話レベルの会話––––––に見せかけた合言葉を舞弥と交わして、スコールは言う。

諜報員同士が接触する際に合言葉を交わすのは当たり前だ。

そしてその内容も他者に怪しまれないようにごく当たり前の痴話話レベルにする––––––当たり前のような内容なら何処にでも転がっているし、何か特別な内容でなければ人の耳には入らない。

例え入っても脳が必要ないと判断してシャットアウトするのだ。特に意識するべき内容ではないから。

––––––舞弥は改めて周囲の人の気配を確認する。

そして問題ないと判断すると、ホームの人々や駅の構内放送の音にかろうじてかき消されないくらいの、一般人には聴き取りづらい程度の声で話を切り出した。

–––––––彼女、スコール・ミューゼルがCIAの潜入捜査官なら一言半句漏らさず記憶できるだろうと舞弥は判断したからだ。

 

「––––––単刀直入に申します、モナーク北米本部とCIAが共同で管理している【ベッセルング計画】のデータを渡していただけると助かります。」

 

「あら、どうしてまた?」

 

「相模原市の陥没現場からベッセルング計画で放棄されたダリネグルスク実験場内にあった酸性物質と同一のモノが発見されました。…特自上層部は神奈川県北部を三浦半島に向けて縦断中の地中潜行物体が同計画で発生した巨大不明生物ではないか––––––と考えています。」

 

「だからデータを寄越せ––––––と?でも、当事者がいるでしょう?」

 

「––––––まともな会話が出来る精神状態ではありませんので…。」

 

––––––ベッセルング計画で巨大不明生物を産み出してしまった白神英理加博士は精神崩壊を引き起こしてしまっているからだ。

今は回復に向かっているがベッセルング計画関連の事を聞こうとするたびに彼女は発狂してしまうのだ。

––––––なんでも、噂では重金属汚染に苦しむ子供達を治そうとして、彼らを怪物に変えてしまった事がトラウマとなって今のような精神崩壊に至らしめたらしい。

––––––急を要する事態で彼女にそれを問うても時間の無駄。愚策でしかない。

であれば––––––

 

「なるほどそれは確かにそうね…まぁ、見返り次第では構わないでしょうけど……」

 

スコールは思案するように手を顎に当てがいながら呟く。

––––––まぁ、世の中タダが通るモノはない。それは当たり前だ。

CIAがモナーク北米本部とベッセルング計画の情報を独占できるなら、独占したままでいたい。

国益を優先するなら当然の話だ。

 

「––––––生憎、アメリカはタダで情報を開示するような生易しい国じゃなくてね…まぁ、他人にタダで情報を喜んで差し出すのなんて、【信じる事に凝り固まった】貴女たち日本人くらいよ。」

 

––––––裏切られる、なんて概念を知らないのか、理解したくないのか知らないけれど。

なんて添えて、スコールは言う。

確かに、日本は鎖国、開国、文明開化、開戦、敗戦を経て、他者を【信じることに凝り固まった】特殊な国だ。

日本人からしたらごく当たり前だが、アメリカ人からすればそれは『狂信的なまでのお人好し』と映るらしい。

まぁ、理解出来なくもない。

先の大戦以降、日本は他国との信頼を取り戻すべく自己犠牲にも程がある行為を度重ねてきたのだから。

それらは当たり前といえば当たり前だが、敗戦直後や20世紀半ばごろならまだ分かるが、2020年代の今の世の中になってもそれは続いているのだから、異国からみればお人好し過ぎるのだろう。

実際、日本人も気づいていないのだ。

度が過ぎたお人好しに漬け込んで、この国を転覆させようとする異邦人まで受け入れてしまったのだから。

この政治問題は今後改善すべきだろう。

––––––しかし今は、

 

「ええ、ですから特自が解析中のG元素のデータを貴国に開示します。」

 

地下潜行物体に関連しているであろうベッセルング計画の詳細なデータを得るべく、交渉のカードを切る必要があった。

––––––G元素のデータという、日本とモナーク日本支部独占している情報、すなわち切り札を。

 

「…いいの?それ。私やアメリカとしては嬉しいけれど––––––」

 

「許可は光より受けています。」

 

––––––その言葉で、スコールは理解した。

 

「ああ、片桐一佐は私やアメリカがその情報に引っかかるのを知っていたのね。」

 

「はい。––––––いずれ、対G殲滅用に必要となる存在…当然アメリカは欲しがるはずです。ベッセルング計画にもG絡みの情報はあったでしょうけれど不完全。世界の警察として覇権を誇示したいアメリカとしては喉から手が出るほど欲しいハズ––––––光はそう読んでいました。」

 

舞弥がそう言うとスコールもそれを予見していたかのように、A4サイズの封筒を舞弥に手渡す。

 

「––––––私もラングレー(CIA本部)からG元素に関する情報収集の通達が下っていた所だったの。––––––下手に調べ回して米日両国の関係悪化に繋がる事態にならなくて良かったわ。」

 

「––––––私もそうなる事態は避けたいですし、お上はもっと避けたいでしょう。…まぁバレても逮捕には繋がらないでしょう。––––––日本には、【スパイ防止法】が無いのですから。」

 

––––––スパイ防止法。

言葉通り、他国の諜報活動による情報漏洩を阻止するための法律だ。

海外では当たり前だが東西両陣営の最前線たる日本にそれが無い。

例えるなら、コンピュータウィルス対策を施していないパソコンと同じ状態だ。

––––––いつ情報が筒抜けになってもおかしくない状態。

こうなったのは、やはり日本人特有の【平和ボケ】という病気だろう。

 

––––––閑話休題。

ひとまず情報は得たのだ。あとはG元素のデータを大使館経由でアメリカに送るなりする必要があるが、それは情報庁––––––更識楯無率いる暗部の仕事だ。

自分はここで退散する。

 

「––––––ではそろそろ失礼します。」

 

舞弥はそう言ってベンチを立ち、その場から去ろうとして––––––

 

「もうひとつ、特別に情報を教えてあげる。」

 

––––––スコールの放った言葉が鼓膜を刺激し、舞弥の足を止めさせた。

 

「貴女、デンマーク王国領スヴロイ島って知ってる?」

 

「––––––いいえ。」

 

聞き慣れない名前に舞弥は訝しげな顔をしながら応える。

 

「––––––イギリス北部スコットランドとノルウェー西海岸、アイスランドに挟まれた北大西洋に浮かぶフィロー諸島っていう諸島の一番南に位置する島––––––それがスヴロイ島よ。」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「––––––それが何か?」

 

「非公式ではあるけれど、スヴロイ島の町であるファンジンスベガーの56世帯全員が昨夜消失したそうよ。」

 

スコールのその声に舞弥はふと、脳裏に仮定が浮かぶ。

「しかも、逃げようとする車の無線からはこんな通信があったそうよ––––––」

そんな舞弥の様子を愉しむかのようにスコールは口から声を放った。

 

 

「『鳥だ––––––‼︎』––––––と。」

 

 

その言葉で、舞弥は核心に至った。

 

「––––––まさか」

 

「ええ、そのまさかよ…ウクライナの怪鳥か、この間ニューヨークを蹂躙したラドンと同種の生物と思しき存在がスヴロイ島にいるわ。––––––ラングレー(CIA本部)もモナーク北米本部と共に調査を開始したそうよ。…何もないと良いけれど。」

 

スコールは憂うように呟く。

しかし舞弥は内心スコールの言葉を––––––何もないと良い、という言葉を否定した。

そこまで要因が揃い、ウクライナの怪鳥かラドンと同種の生物の可能性がある以上、何もないわけがない。

––––––生物は時として自然災害が人智を超えた姿形となって人に牙を剥くのと同じように、想定外の事態を引き起こすのだから。

 

「それともうひとつ、孫の手島沖合で我が軍の原子力潜水艦【シードラゴン】が消息を絶ったわ。」

 

「––––––⁉︎」

 

そしてもうひとつの報告に、舞弥は思考が凍結してしまった。

原子力潜水艦が消息を断つことは事故ということもありえる。

––––––しかし、あの海域は事故に繋がるような要因は無いのだ。

つまり、

 

「DOE(米国エネルギー省)が興味を示し、貴女達特自がもっとも恐れている存在が日本に来る可能性が極めて高いわ––––––早ければ明日明後日には浦賀水道に出現する可能性がある。」

 

 

––––––すなわちそれは、【ゴジラ】の出現を決定付ける話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––カチリ。

また秒針は進む。

秒針は時計の5を刻む。

破滅まで残りあと半分と少し。

 

秒針は無情に進む。

破滅の世界へ。

巨獣の世界へ。

 

世界が終わるまで––––––人間の支配していた世界が終わるまで、あと半年足らず。




今回はここまでです。

えっとまず…投稿遅れてすみません。



鈴は一応これで救済処置の分岐は辿りました。
もしこれで分岐しなかったらシュヴァルツェスマーケンのリィズ、ガンダムUCのリディみたいになってしまうので……。

今回は晶彦さんのトーガスを登場させました。
こちらの都合でアンケート時の内容とは異なってしまっていてすみません。
トーガスの本格的活躍はタッグトーナメント後の大英帝国本土(グレートブリテン)防衛戦になります。



シン・ゴジラを基にした、真似たシーンを多々繰り広げた今回ですが、次回はちゃんと怪獣を描こうと考えております。

あ、あとスヴロイ島の件で言っていた生物は既にウクライナ戦線にも登場しているみんな大好きな超音波メスぶっ放すアイツです。
ちなみにスヴロイ島はタッグトーナメント後の番外編【大英帝国(グレートブリテン)本土防衛戦】のフラグとなります。

さて、孫の手島で消息を絶った原子力潜水艦シードラゴン…まぁ、怪獣いる世界で原子力潜水艦とか死亡フラグの塊でしかないですよね…キンゴジしかり、ゴジラ1984しかり、ギドゴジしかり、モスラ2しかり、GMKしかり、機龍ゴジしかり、ギャレゴジしかり……。





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