インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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今回も10000文字越えになります。

また、最近リアルが忙しいので投稿ペースが落ちてしまいます。申し訳ありませんがどうかご容赦とご了承下さい。
お願いいたします。

今回、妖刀さんから許可を頂いたので、妖刀さんの銀龍のキャラである家城燈さんが久しぶりに登場します。




EP-24 狂気ノ盾(挿絵付き)

IS学園・多目的室

 

深夜に急遽設けられた臨時の会議室にはパイプ椅子と長机、そしてプロジェクターが設置されており、その部屋には各部隊の指揮官の兵士や関係者たち––––––。

 

 

 

特務自衛隊第1特別邀撃隊司令官兼IS学園臨時理事長

【片桐光】一佐。

特務自衛隊第1学園警邏隊指揮官

【永井頼人】三尉。

特務自衛隊特一級機動隊指揮官

【権藤吾郎】一佐。

特務自衛隊学園臨時理事長秘書官

【久宇舞弥】二曹。

特務自衛隊第1戦術機甲連隊第2大隊指揮官

【神宮司まりも】三佐。

陸上自衛隊第2戦術機連隊第3大隊第17小隊指揮官

【鷹月仁】一尉。

海上自衛隊日米臨時編成軍艦隊日本方面司令官

【神宮司八郎】海将。

海上自衛隊日米臨時編成軍艦隊旗艦やまと艦長

【阿部雅司】一佐。

アメリカ海軍日米臨時編成軍艦隊米国方面司令官

【ウィリアム・ステンツ】少将。

イギリス海軍欧州極東派遣軍艦隊総司令官

【シェルビー・アレクサンダー】少将。

ドイツ陸軍第666戦術機中隊指揮官

【ユリア・ホーゼンフェルト】大尉。

ドイツ陸軍第666戦術機中隊本部付き将校

【エミーリア・カレル】中尉。

特務自衛隊モナーク機関派遣自衛官

【家城燈】三尉。

IS学園教師代表

【織斑千冬】。

IS学園教師代表補佐

【山田真耶】。

情報庁暗部当主兼IS学園生徒会長・ロシア代表

【更識楯無】。

特務自衛隊第1臨時試験分隊

【篠ノ之千尋】三曹。

特務自衛隊第1臨時試験分隊

【篠ノ之箒】二曹。

日本代表候補生

【更識簪】。

イギリス代表候補生

【セシリア・オルコット】。

ドイツ陸軍黒兎隊ドイツ代表候補生

【ラウラ・ボーデビッヒ】少佐。

中国代表候補生

【鳳鈴音】。

 

 

 

––––––それらの面子が集結していた。

 

「––––––夜分遅くに集まって頂き、申し訳ありません。」

 

プロジェクターが壁に投影している世界地図をバックに光が言う。

 

「––––––すでにご存知の方もいらっしゃるかも知れませんが、先日、突如西進を開始したバルゴンによりロリシカのススマン方面の防衛線が食い破られ、現在バルゴンがロシア連邦サハ共和国領内に侵攻中です。」

 

その言葉と共に室内にいた各々が––––––様々ではあるが異口同音とも言えるような反応を示す。

当然だろう。

今まで––––––17年間もバルゴンを封じ込めて来たロリシカというパンドラの箱が内側から開け放たれてしまったのだから。

同時にロリシカ共和国––––––旧ロシア領カムチャッカ地方の地図がプロジェクターによって壁に投影される。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「現在バルゴン梯団はロシア領内で2つに分裂。大規模梯団が中央シベリア高地へ。中規模梯団がレナ川沿いにヤクーツク盆地を北進––––––さらに第2波として旧ズイリャンカを経由して旧チェルスキーに侵攻していた梯団も一部が突如来た道を帰るように西進を開始。現在、旧オホーツク市北部を進行中です。

…進軍速度から、ロシア領沿海地方に到達するのも時間の問題です。」

 

バルゴンの支配領域とバルゴンの侵攻ルートを示す矢印がプロジェクターによってロリシカ共和国の地図に投影され、光が現状を淡々と述べた。

やはり誰もが沈黙している。

––––––特に自衛隊や欧州連合極東派遣軍の兵士らは戦慄すらしていた。

当然と当然だろう。

ロシアという第3次世界大戦の火種がバルゴンによって潰される––––––それは喜ばしいことだろう。

西側の敵が消えるのだから。

だが同時にそれはバルゴンの欧州への侵攻を許し、欧州がロリシカのような戦場になりかねない事を意味しており、決して他人事として楽観できるモノではない。

そしてそれは、宗谷海峡を隔ててバルゴンが樺太から侵攻してくる可能性のある日本にも言えることだった。

 

「––––––質問をしてもよろしいかね?」

 

ステンツ少将が挙手する。

光はそれに構いません、と応じる。

 

「何故、ススマン方面の防衛線はこうもあっさりと破られたのかね?」

 

「––––––恐らく、ギジガ防衛線に戦力を配分し、さらに戦力が疲弊していた所に内陸部のバルゴンが一斉に––––––通常の4倍の数で押し寄せて来たんです。…戦力が疲弊している状況下で防ぎきれるモノではありません。」

 

そう光が答えると、今度はユリアが手を挙げる。

 

「シベリアに侵攻したバルゴンの推定個体数はどのくらいですか?」

 

「––––––推定2000体以上。うち大型種が10体…未確認だが超大型種も確認されたという話も聴いている。」

 

瞬間、光の話を聞きながらメモを取っていた千尋と箒、セシリアや他の代表候補生の手が止まる。

 

「2000だと––––––⁈」

 

それと同時にアレクサンダー少将が絶句する。

 

「何処からそんな数が湧いて出て来たんだ?」

 

アレクサンダーが呟く。

それに燈が応える。

 

「バルゴンの巣穴で成長途上だった個体が成熟し尽くしたか、未確認の巣穴から発した可能性があります。バルゴンの支配領域内の衛星画像は地形の変化や環境変化が著しい為に見落としなどが多いので––––––……」

 

燈が応えるとアレクサンダー少将は納得するが、今度は神宮司海将が挙手をして、光に尋ねる。

 

「何故、奴らは今更西進を?17年間の間にいつでも出来たはずだが?」

 

––––––それは至極もっともであり、皆が一番気にかけていた事だった。

 

「––––––それは私から説明致します。」

 

再び燈が言う。

 

「––––––原因は不明ですが、一部の巨大生物は現出時に私達モナークが【マナ】と呼んでいる未現物質の激減が関連している––––––と考えられています。……巨大生物とマナの関連性は未だ不明ですが、過去に観測したデータからマナの減少地域に巨大生物が侵攻する––––––というケースが多々見受けられた事から可能性は捨て切れません。」

 

そう言うと同時に【マナ】の濃度分布図が世界地図に投影される。

 

「これらが白騎士事件以降に世界各地で観測したデータを基にまとめられた濃度分布図になります。––––––機密上、マナの観測方法にはお答えできませんが。」

 

––––––濃い地域は白、減少傾向にある地域は灰色で塗り潰されていた。

濃い地域はアメリカやヨーロッパ、オセアニア州に東南アジア各国。

減少傾向にある地域は中央アジア、中国、朝鮮半島、ロシア、中東、アフリカ––––––そして、日本。

だが、ロリシカやウクライナは限りなく黒に近い配色だった。

これでは燈の先の会見に矛盾する。

 

「––––––当然、先のマナの説明だけではバルゴンが突如西進を開始した理由にはならないでしょう。」

 

燈も自覚していたのか、そう言う。

 

「全てがマナの減少だけではない。ということになるだけですが。」

 

同時に新規ウィンドがロリシカの地図上に投影される。

新規ウィンドに映っていたのは––––––千尋達のロリシカ派兵時にバルゴン超大型種と対峙し、これを撃破した巨大生物––––––【アンギラス】だった。

 

「先の自衛隊ロリシカ派遣時において確認された新種のこの巨大生物は明らかにバルゴンを集中的に攻撃していました。––––––この巨大生物がバルゴンに敵対的、あるいは自らのテリトリーを犯すものとして攻撃的になっている事からバルゴンは自らの安全を鑑みてシベリア方面に侵攻したものかと…。その証拠にこの巨大生物はシベリアに侵攻したバルゴン梯団には攻撃を行っておらず、ロリシカ国内に残っている個体殲滅を開始しています。」

 

燈が言い終わると衛星写真が映し出される。

––––––映し出されたのは白銀の雪原に蠢めく錆色の群れ––––––バルゴン梯団と、その物量を己の特殊能力や身体能力を以ってして難なく踏み潰し、押し潰し、薙ぎ倒し、血祭りにあげ、蹂躙するアンギラスが映し出されていた。

––––––以前の超大型種のレーザーによる傷は古傷となり、跡が残っているものの完全に塞がっており、やはり雪原の暴竜は遺憾なくその力を振るい、神亡き屍戚の大地を支配する君臨者としてバルゴンを殺し回っている。

 

「その間にロリシカ政府は西部戦線の戦力や民間人、軍属の人間や医療機関などを東部方面に移転を開始。現在ギジガ、マガダン、ネリガン、アヤンの市民や駐屯している軍をカムチャッカ半島のペトロパブロフスクカムチャツキー、ウスチベンチノ、オクチャブリスキーの3都市に移送中…との事です。」

 

光が言う。

それに不意に千尋は挙手をして、質問する。

 

「それは––––––ロリシカ政府が西部戦線を破棄した…ということですか?」

 

「そうだ。」

 

光は凛として応えた。

 

「ロリシカに強いられていたバルゴンを封じ込める為のパンドラの箱としての機能が喪われた以上、無理に西部戦線を維持して兵力を疲弊させるより首都ペトロパブロフスクカムチャツキーやアナディリなどの東部戦線に集結させ、東部戦線の防衛を強化しようという動きだ。」

 

確かにそれは合理的だ。

バルゴンの支配領域ではない東部戦線を守ることで1人でも多くの国民を守りながらロリシカは国家として生き残ることができる。

そして千尋もそれを理解できる。

だが、それほどにまであっさりと西部戦線を破棄するなど––––––。

それでは––––––ギジガを守る為に自分達の目の前で散って逝った兵士達の今までの犠牲は何だったのか––––––。

そのような感情が千尋の中で芽生え荒れ狂う。

それは千尋の隣に座っていた箒も同じで、報われない殉教者達を憂うような顔をしていた。

そんな2人の内情を察し、光は複雑な顔をしつつも口を開く。

 

「––––––ロリシカに派遣され、あの地の惨状を見た貴様らが複雑な事を思う気持ちは理解できなくもない。……少なくともロリシカに派遣された経験のある者––––––特にその先で仲間などの死を目の当たりにした者は––––––な。」

 

光のそれは、何処か母性を孕んだ声音だった。

––––––そして2人よりも以前から派遣されていたまりもや仁、ウクライナでギャオスと死闘を繰り広げた経験のあるユリアやエミーリアも2人の内情に近い感情を浮かべた顔をしていた。

 

「––––––彼らの犠牲があって、今のロリシカが有る––––––それは、忘れてはならない。…だが、同時に忘れてはならないのは、この先如何にしてロリシカを生かすか…ということだ。……その最良の選択が、ロリシカ国民、並びに軍の東部戦線への後退–––––––ということだ。」

 

光はそう言う。

––––––西部戦線を破棄するという事は西部戦線で逝った者達の犠牲と同時に忘れてはならないという事があった。

ふと、楯無が挙手する。

 

「ロリシカが西部戦線を破棄した結果、シベリアに侵攻し中国にも侵攻する可能性があるバルゴンへの対処は如何にするのですか?」

 

それに鈴がピクリ、と少し反応する。

所属先の国家だからだろう。

 

「シベリアではロシア軍が機甲軍団や3個IS連隊を用いて迎撃戦を敢行するらしい。中国も同じくロリシカとの国境線上に防衛ラインを形成し、迎撃戦に備えている。」

 

「国連は介入しないんですか?」

 

「––––––一応アメリカを中心とした国連軍の介入を提示したのだが…ご丁寧に断られたらしい。『自国の問題は独力で解決する』––––––という姿勢を崩さなかったらしい。」

 

光はそう言う。

つまり中国もロシアも、西側––––––特にアメリカの力を借りることなく状況を打破するつもりらしい。

その姿勢からは21世紀になっても未だに冷戦時代から東西間で続く民主主義と共産主義の対立構造が残っていることを知らしめられる。

 

「––––––こんな時だというのに、どうして…」

 

セシリアの呻くような声が聞こえた。

こんな時だというのに、何故人間はひとつになれないのか––––––セシリアが内情に孕んでいた思いはそれだった。

––––––アニメや漫画などの創作では、こういう状況下では人類は国家の枠組みを超えて互いに手を取り合う––––––という展開だが、現実はそうはいかない。

……何より、人類同士を隔てるものが多過ぎるのだ。

思想。

宗教。

民族。

資源。

土地。

経済。

––––––人類を隔て、対立させる要因が多過ぎるこの世界で、怪獣が現れたから人類が手を取り合いましょう、と言われて、はいそうしましょう。…と言ってくれる国は確かにあるだろう。

理性的なら、確かにある。

千尋や箒、光だってそう言うだろう。

だが、言ってくれない国も当然いる。

…そしてそういう国は決まって東側––––––中国やロシアの属する、社会主義陣営だったりする。

そもそも考え方が資本主義や民主主義と根本的に違う国が西側、資本主義陣営の長であるアメリカに付き従ってくれる筈がない。

––––––なら、どうするか?

…光なら、こう言うだろう。

『––––––残念だが切り捨てるしかあるまい。』

つまり東側陣営を見捨てるという事だ。

だが千尋にはそこまでの判断はまだ下せない。

全ての人間がそうでない可能性があるから。

そしてそうでない人間は少なくとも救われなくてはあまりに報われない。

––––––だから迷わされてしまう。

だが、今そんなことに迷っても仕方ない。

…今はシベリアに侵攻したバルゴンの会議に出席しているのだ。

東側と西側があーだこーだと考えている暇なんてない。

 

「––––––次に、ロシア軍が発表しているシベリアに侵攻したバルゴンの迎撃方法ですが––––––」

 

––––––その説明に、誰もが目を見開いた。

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

ロシア連邦領・スンタル市街

 

ヤクーツク盆地の端にあり、中央シベリア高原に隣接するその都市は林業で栄えている長閑な田舎町だった。

その街の未舗装の道路をガタゴトと鳴らしながらロシア軍の兵員輸送トラックが走って行く。

 

「…酷いもんだな。」

 

第29機械化歩兵連隊司令官の【ウラジスラフ・ゲオルギー】中佐は臨時の基地が置かれたヴュリュイスタに向かう途中、外の景色を見て呟いた。

車外に見えたのはレナ川方面の街から避難してきた難民同然の人々で溢れかえっている光景だった。

歩いて避難している者もいれば、車に乗ってクラクションを鳴らしながら歩いて避難する人間をどかせて我先に避難しようとする者もいるし、それらの人々の合間を縫うようにバイクや自転車で避難する人もいるし、未舗装の道路だったが故に泥濘にはまり車を捨てざるを得なくなった避難民もいた。

地元警察や軍が誘導にあたっているが、混乱しているようだった。

 

「…長距離避難訓練などをしておくべきでしたね…」

 

ゲオルギー中佐の隣から副官の【ニカ・ベルナルト】大尉が言う。

 

「バカを言うな。…そんなことしようなら国防省の連中が言ってる『対ロリシカ戦への備えは完璧』…っていうコトに反しちまう。そうなったら、何されるか分かったモンじゃない。」

 

ゲオルギー中佐は嗜めるように言う。

 

「それに、だ…そんな事をすれば何処かの馬鹿が勝手なデマを流してそれを信じ込んだ国民が混乱を起こして中国やヨーロッパに流出してしまう。…それは今以上のロシアの国力衰退にも繋がるが他国の情勢悪化にも繋がる。––––––だから黙っていたんだろう。」

 

そうすれば人類の安寧に繋がるからな––––––と、声なき声をベルナルト大尉は聞いて、理解した。

だがその顔には納得しかねる感情を孕んでいた。

 

「…納得できない気持ちは分かる。だがな––––––仕方ないと諦めることも必要なんだよ。世の中は––––––…」

 

ゲオルギー中佐が言うと、トラックが停車し、すぐ隣をT-80戦車の群れが走り抜けていく。

先頭の指揮車の銃座に着いているのは、皆若い顔ぶれだった。

民心の安心を図るためか健気に手を振ってみせる。

それに避難民は安心させられて、笑顔を取り戻す。

 

「––––––ああいう若い連中が戦争に、なぁ…。」

 

だが、ゲオルギー中佐は複雑な心情をして呟いた。

齢50にもなる、シリア派遣経験もある彼からしたら若い兵士の戦死を多く見てきた為に、酷く神妙な気分になるのだろう。

 

「果たして、どれだけ生き残れるか––––––」

 

ゲオルギー中佐が言いかけた瞬間、不意にトラックが反転。

来た道を戻り始めた。

スピードも先程より明らかに上がっている。

 

「おい!どうした⁉︎」

 

ゲオルギーは思わずトラックの運転手に怒鳴るように聴く。

運転手は助手席の兵士と一言二言交わしたのち、困惑したように言う。

 

「ロリシカの化け物––––––バルゴンが攻勢を開始したそうです。進行方向からしてヴュリュイスタが戦場になる可能性があります。」

 

ベルナルト大尉が驚く。

ヴュリュイスタはこれから自分達が赴く筈だった駐屯地のある都市だった。

 

「移動先をウスチクートに変更します!…最悪、スンタルも戦場になる可能性があります‼︎」

 

つまりそれは、ロシア軍主力に支えられている防衛線が突破される危険があるということだった––––––。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

ウスチクート基地

 

対ロリシカ戦に備えて作られたその基地に着くなり参謀スタッフ扱いで2人は地下の耐核司令室に案内された。

部屋に入るなり、2人の目は壁の大型モニターと側面の小型モニターに釘付けになる。

大型モニターには東シベリアの防衛線––––––ザバイカル防衛ラインが映し出されており、戦況がいくつもの兵科記号で示されていた。

やはり懸念は的中し、バルゴンは前線であるレナ川西岸のザバイカル第1防衛ラインを突破。

そのままヴュリュイスタを含むザバイカル第2防衛ラインに侵攻。

前線の部隊はほとんど全てが壊滅。

さらに第2防衛ラインの部隊もすさまじい速さで疲弊していき、敗走を開始している。

先程見た、避難民たちを励ますべく健気に振舞っていた戦車兵たちも敗残兵の一部になっているか、あるいは––––––後者は想像したくもなかった。

そしてその代わりにISが空いた穴を埋めるべく、飛来する。

 

「IS部隊の参謀付き指揮官が実力を見せつけようと勝手に出撃しなければ君を呼んだりしなかったのだがね。」

 

基地司令がゲオルギー中佐を見て忌々しげに言う。

––––––まぁ、自分も基地司令の立場ならそう思うだろう。

ゲオルギー中佐は内心そう呟く。

ここは命の駆け引きを行う場であるのに、どこの馬の骨とも知れぬ将校を招き入れるなど––––––さらに先の発言を聞くに、どこかの馬鹿がISに乗って勝手に戦場に行ってしまったらしい。

 

「––––––滅茶苦茶だわ。」

 

ベルナルト大尉が吐き捨てるように、だが何処か絶望を孕んだ声音で言う。

それは2つの意味を持っていた。

1つはそのIS乗りの身勝手極まりない馬鹿らしさに呆れるという意味。

もう1つは––––––大型モニターに映されているバルゴンを示すマーカーの進軍速度。

それは、明らかに戦車などより圧倒的に速い。

そしてISの中継カメラ越しに前線の映像が映された––––––。

––––––それは錆色の肥え太ったトカゲのような怪物だった。

大型モニターのマーカーを見る限り、推定個体数300以上。

ロリシカ軍が中型種と識別している個体群だった。

 

『全機!攻撃開始!女は下等な男どもとは違うというところを、見せつけてやりなさい‼︎』

 

ふとIS部隊のものと思しき通信が聞こえてくる。

余裕のある女の声だった。

 

(そういうのは口頭で伝えるのが普通なのだが––––––)

 

ゲオルギー中佐は内心呟く。

その隣ではベルナルト大尉が忌々しそうな顔をしていた。

 

––––––だがしかし、それは突如ロリシカ方面から放たれた虹色のレーザーによってIS部隊も基地司令部も、雰囲気が一変させられる。

 

「ち、超大型種出現‼︎」

 

オペレーターが切羽詰まった声で叫ぶ。

せれと同時に旧サンガル市に新たな光点(グリップ)が生み出された。

 

「終わった…」

 

それに続き基地司令の呟きが響いた。

 

「ど、どうして…」

 

それにベルナルト大尉が聴く。

 

「…君は知らんだろうがな、我々がロリシカなどという国の独立を許してしまったのは…あのバケモノの所為なんだ…。」

 

わなわなと震えながら基地司令は言う。

 

「アレは半径60キロ圏内に侵入した標的をレーザーで自動排除する。通常の航空機や砲弾はまず撃墜される…その所為で航空兵器はほとんどすべて、無力化された。」

 

今の時代、制空権を握ったものが戦場を制す––––––故に航空機が注目されるべき兵器––––––とされていた。

バルゴンが現れてしまうまでは。

そこでロシア軍は航空機の代わりにISを大量に採用した。

 

「あ、あの、ISに超低空飛行をさせてバルゴンの無力化を行うという戦法は…どうでしょうか?」

 

ベルナルト大尉が聴く。

 

「私自身、IS乗りの態度などは気に入らないし正直言って癪に触ります。––––––ですがISは高度な三次元軌道が取れるので、それらを使った突貫戦術をとるべきでは––––––」

 

だが、遮って。

 

「…それを我々が思いつかないとでも思ったのか?」

 

基地司令がベルナルト大尉にジロリと睨みを利かせながら問う。

それでベルナルト大尉は迂闊だった––––––と自覚し、黙り込む。

 

「––––––当然、その戦法を取ったさ。バルゴン超大型種の注意を引くために旧ソ連時代の赤軍も真っ青になるほどの弾薬やミサイルを投入し、レナ川北部に展開していた駆逐艦や巡洋艦からも巡航ミサイルを放ち、ISの弾薬輸送ヘリや攻撃ヘリなどの支援もつけて……!」

 

基地司令は震えた、激情を抑えた声音で言いながらモニターを睨み付ける。

 

「––––––結果は全滅だ!支援部隊であったヘリ部隊はあっさり撃墜され、世界最強の兵器たるIS18機を投入しても、レーザーに撃ち抜かれて撃墜されるか下降し過ぎて中型種に踏み潰されて行って––––––結局はあのザマだった‼︎唯一残ったのはロリシカと違い、巨大生物戦のドクトリンを持たない身である我々がバルゴンに突貫するのは無謀に他ならないという戦訓だけだ‼︎」

 

基地司令の悲痛に満ちた声音が司令室を木霊する。

 

「––––––だからこそ…【まともなやり方】で勝てない以上、我々は【狂気】に染まるしかない。」

 

直後、司令室の扉を開けて––––––連絡官が駆け込んでくる。

手には伝票らしいペーパーが握られており、それを基地司令に手渡す。

基地司令はそれを見るなり何かにきつく耐えるように表情を歪め––––––屹然と言い放った。

 

「ロシア政府から命令が下った…状況ベー。」

 

基地司令が命じるとオペレーターが忙しく陸軍砲兵部隊や海軍、空軍と連絡を取り合う。

 

「空軍…?あ、あの失礼ですが超大型種が健在の状況では空軍は…」

 

「確かに、まともな攻撃なら働かん。––––––【まともな攻撃】、ならな。」

 

瞬間、ゲオルギー中佐は基地司令の意図を察し、顔面蒼白となる。

ベルナルト大尉も同じだ。

 

「そんな…そんな……!まだ、まだ戦場には兵士が、避難民の人達が……間違いなく、戦場となってるヴュリュイスタだけじゃない!スンタルなどの周辺都市も【死の土地】になってしまうんですよ⁉︎」

 

「戦力が足りていればこんな戦術はとらない!だが、……今は……!こうする以外……【祖国を救う手段】がないのだ…‼︎」

 

「【戦略核兵器】と【戦術核兵器】を含む多数の遠・中距離弾道弾同時発射による過飽和攻撃…………‼︎確かに、それなら超大型種をどうにかできるかも知れません……!…しかしそんなことをしたら‼︎」

 

––––––無駄だよ、ベルナルト大尉。

ゲオルギー中佐は小さく呟いた。

 

「奴らの数や能力は通常兵器などでは防ぎ難い––––––だが、数百発もの対艦・対地ミサイルと核ミサイルを持ってすれば、奴らを撃破ないし遅滞させる事ができる––––––最早、【人類を守る手段】は、これしかないのだ‼︎」

 

「しかし核で焼かれた土地は…‼︎」

 

なおもベルナルト大尉は抗議する。

そう、核で焼かれた土地は放射能によって数百年から数万年間汚染されてしまう。

それに広島と長崎の惨劇をベルナルト大尉は知っていたから必死で抗議を続けた––––––。

すると隣から政治将校がベルナルト大尉の顳顬に拳銃を突きつける。

 

「黙れ!それ以上言うものなら抗命罪で強制労働キャンプに送るぞ‼︎」

 

それで、ベルナルト大尉は引き下がらずを得なくなる。

 

「––––––大尉の心情も分からなくもない。…だが我々に手段を選んでいる余裕などない。そして理性を保っているままでは勝てない––––––だからこそ、例え人道を酷く踏み外してでも、【狂気】に染まってでも勝たねばならない––––––。」

 

大型モニターに情報が映し出される。

それを見る限り、撃ち込まれるミサイルは1000発以上。

内、核ミサイルが全部で20発––––––。

 

「各爆撃機、攻撃距離に入ります。」

 

オペレーターが感情を殺した声で言う。

その中で基地司令のうわごとのような呟きをゲオルギー中佐は耳にした。

 

「こんな無茶な戦いは…祖国に核を撃ち込むような事は、もう直ぐ終わる……。祖国が完全なる国家総力戦体勢に移行すれば……男だけではなく、女でも子供でも老人でも、ロシア人でもチェチェン人でもイングーシ人でも、キリスト教徒でもイスラム教徒でも仏教徒でも構わない……国民全てが、バルゴンに立ち向かえば、こんな戦いは……!」

 

ゲオルギー中佐は基地司令の【狂気】を孕んだその呟きに恐怖を感じた。

つまり、それは今まで自分達がロリシカをバルゴンの肉壁にしてきたように、今度は自分達が肉壁にされる番だということだった––––––。

 

「ミサイル発射まで、3……」

 

バルゴン超大型種の穿つ湾曲する虹色のレーザーが爆撃機を次々と貫き、撃墜して行く。

モニターに映った光点が消えるたびにいくつもの命が消えて行く。

 

「2……」

 

バルゴンを足止めするべく、避難民を少しでも遠くに逃がす為に奮戦し、健気に戦い続け、次々と命を散らしていく地上部隊が核ミサイルが降り注ぐと知らずに今もなお奮戦し続けている––––––。

 

「1……」

 

人々を守るという、強い信念を抱いたまま。

そして避難民は互いを罵り合いながら、互いを支え合いながら、必死で生き延びようと、明日に命を繋げようと、消えそうな命に灯りを灯して、醜いながらも必死に生に足掻いて生きようと抗い続けている––––––。

 

「……発射」

 

暫くして起こった巨大爆発の連鎖によって引き起こされた衝撃は、地下に置かれた指揮所を猛然と揺さぶる。

そしてその爆発は、必死で人を守り抜こうと、生き延びようとしていた者達を一人残らず吹き飛ばし、押し潰し、焼き尽くし、殺し尽くして行った––––––。

 

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

IS学園・食堂

 

「鈴…昨日は、その……悪かった。」

 

鈴が一夏に会うなり開口一番に聴いたのは、昨晩の言い合いについての謝罪だった。

 

「…え?」

 

そしてそれを聞いた当の鈴本人はかなり驚かされていた。

何せ、まさか謝罪してくるなんて思っても見なかったからだ。

 

「いや、流石に昨日は疲れてたみたいなのに些細な事…なんて言って悪かった。」

 

それで、その一言で、鈴は自身の中に溜め続けられていた毒が抜けていくような感覚を感じた。

 

「昨日事情を千冬姉に話したら滅茶苦茶怒られてさ…『謝って来い‼︎』って言われて……」

 

そんな鈴の内情は知らずにヘラヘラ笑いながらそう言う。

詰まる所、千冬に謝罪するよう促されただけであって、先の謝罪は一夏本人のみの意思では無いらしい。

だがそれより前の言い分を聴く限り完全に謝罪の意思が無いわけではなく、幾分かは謝罪の意思があり、促されて来た……というのが正しいと言えるだろう。

 

(…また、『千冬姉』…)

 

千冬に促されたという言葉が、また鈴に毒を一滴注ぎ込む。

毒は鈴の中にある嫉妬心を爆発させる火薬になる。

––––––だが、鈴にとって今はそんな事はどうでも良かった。

一夏が自分を見てくれている––––––それだけで、充分だった。

一夏と一緒にいられるという事実が、鈴の中で心地良い感性を芽生えさせる––––––。

 

「…いいわ、許してあげる。」

 

笑いながら、鈴は言った。

 

(––––––そういえば心の底から笑えたのって、久しぶりだったなぁ…。)

 

ふと、鈴は内心呟いた。

今まで浮かべた笑顔は全て自分の顔に貼り付けたメッキでしか無かったから。

 

「よかった……あ、なぁ鈴。お前タッグトーナメントの相方決まってる?」

 

「?…まだだけど?」

 

「良かったら俺と組んでくれねぇか?」

 

瞬間、鈴の中で極楽––––––というに相応しい感性が生まれる。

ついに一夏のそばにまで行けた––––––という悦楽と歓喜が脳を支配する。

あまりの感動に泣きかけてしまうが、こんな時まで一夏に涙を見せまいと堪えながら––––––。

 

「ええ。喜んで引き受けるわ!」

 

鈴は言った。

 

 

 

 

 

『……––––––速報です。防衛省によるとバルゴンがロリシカ・中国間国境線を突破したとの事です。現在中国軍は撫遠県に軍を展開させ––––––』

 

––––––その後ろの食堂の備え付きテレビでは不穏な出来事を伝えていたが、今の鈴の耳には入らなかった。

 

 

 

 

■■■■■■

 

中華人民共和国・撫遠市の東15キロ

アムール川南岸

 

––––––既にそこはもう、地獄と化していた。

対ロリシカ戦に備えて人民解放軍は基地を構えていたが、ほぼ抑えきれない有様になって来ていた。

戦車部隊や歩兵部隊などの地上戦力は次々蹂躙され、大型種が確認されなかったが為に航空機による攻撃が敢行されるも、あまりに数が少な過ぎる。

 

「くそ…!」

 

ラファールリヴァイヴのライセンス生産版であるIS、【天山】4機から成る【中国人民解放陸軍第6空中機械化騎兵小隊】の隊員である【林清明(リン・シャオミン)】少尉はアサルトライフルを放ちながら毒突く。

敵––––––バルゴンの数が多すぎるにも関わらず、こちらの数が少な過ぎる上に火力が脆弱過ぎる。

弾薬も枯渇しつつある。

あまりにジリ貧だ。

一度補給の為に後退するか、半ば要塞化された撫遠市に撤退して体制を立て直すべきだ。

指揮官でない自分でも分かる。

 

「くそ!全機、撫遠市まで後退するぞ––––––」

 

第6空中機械化騎兵小隊の指揮官が怒鳴る。

だが、しかし。

 

『駄目だ同志大尉!後退は認められない‼︎』

 

CP要員として撫遠市要塞で戦況を俯瞰している第6空中機械化騎兵小隊の政治将校がイライラしたような、生気を感じさせないような声音で通信を入れてくる。

部隊の階級の最高位は指揮官の大尉だが、実質的に影響力を持つのは人事権や指揮官の罷免などの権限を持ち、その気になれば生命の剥奪すら可能な政治将校だった。

 

『前進!前進あるのみ!後退などあり得ない‼︎』

 

政治将校が言い放つ。

 

(自分だけ安全な所にいるからって無茶言うんじゃないわよ…‼︎)

 

清明は内心呟く。

ISのパーツのひとつとして登録されているチョーカー…所謂、首輪に仕掛けられたスロートマイクが喉の動きで言語を検出しログに記録している為、下手に発言すればログに記録され内容が党の意向に沿わないものなら反革命因子として告発され、強制労働キャンプ送りあるいは粛清されるか––––––。

さらにそんな手間暇掛けずとも政治将校がチョーカーに仕込まれている致死毒を即時、遠隔操作で投与して兵士の生命を剥奪する事だって珍しくない。

要は、死にたくなければ政治将校の命令に従うしかないのだ。

 

「た、隊長‼︎」

 

兵士の1人が叫ぶ。

広域マップを見ると、バルゴン100体前後が突っ込んで来る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『いちいちうろたえるな!ロシアに侵攻した数より圧倒的に少ないだろう‼︎』

 

政治将校が先程叫んだ兵士に怒鳴る。

 

「…で、ですがこんな武器じゃ……」

 

そう、彼女の言う通り天山のアサルトライフルでは圧倒的に火力不足だ。

おまけにロシアがこんな数に耐えられたのは戦車や自走砲部隊の援護があったから––––––。

それに対し、戦車部隊は壊滅し、ISとはいえ軽武装のたった4機で迎撃するしかない自分達に、耐えられる筈がなかった。

理性的に考えれば後退して体制を立て直すべきだ。

だが––––––。

 

『貴様、敗北主義者として告発されたいか⁉︎』

 

「ち、違います‼︎私は––––––」

 

党に忠誠を誓い、思考を放棄した政治将校達がそんなことを聞き入れるわけがなかった。

 

そしてそんな口論をしている間にもバルゴンは迫ってくる。

ふと、広域マップを見ると後方に補給部隊と別のIS部隊のマーカーがあった。

それで指揮官はふと思いつく。

このまま後退し、後方のIS部隊と後退。

その間に補給を行って戦線に復帰すれば––––––いける。

 

「くっ!各機、後退しつつ牽制射撃を––––––」

 

指揮官が命じる––––––だが。

 

『何を言っている!突撃だ‼︎』

 

「な––––––」

 

指揮官や清明達は政治将校の命令に思わず絶句する。

 

『他の部隊に先を越されるわけにはいかん!突撃だ‼︎』

 

他のIS部隊にも第6空中機械化騎兵小隊と同じく、政治将校がいる。

そして政治将校は指揮した部隊が築いた戦績が認められれば党の高官になる近道となる。

そして当然、他の政治将校もそのチャンスを狙っている。

––––––この政治将校は、他の政治将校よりもリードするために、そのために自分達を使い潰す気だ。

たった4機でバケモノ100体に挑み、勝ち得た––––––そうなれば政治将校は英雄モノだろう。

だが失敗すれば国家の、党の所有物である貴重なISをぞんざいに扱い無駄に消耗させたとして粛清––––––。

それが分かっていて、命じている。

 

『突撃!革命精神で敵を撃滅せよ‼︎』

 

「ッ…了解‼︎」

 

指揮官機が応じる。

 

(ふざけないで……!)

 

思わず清明は内心そう呟く。

 

『3番機!林少尉!復唱せよ‼︎』

 

「…ッ……了、解‼︎」

 

清明は怨嗟に満ちて、呪いを込めた声で応じた。

 

(––––––くそが‼︎これなら、まだ私達が殺したり殺されたりするバケモノ共の方が、数万倍マシだわ––––––‼︎)

 

政治将校の横暴と、この腐敗仕切った国の体制を呪うように清明は内心呟いた。

それと同時にスラスターを吹かしてバルゴン梯団に突貫を開始する。

 

「あ、あああぁぁぁぁぁ‼︎」

 

部隊の女の1人が恐慌状態になり、天山のアサルトライフルをバルゴン梯団目掛けて乱射する。

だが、その乱射した銃弾の大半はバルゴンには当たらず、地面の土を叩き、抉るだけだった。

 

「4番機!撃ち過ぎだ‼︎」

 

指揮官が怒鳴る。

 

「でも…でも、撃たなきゃ私達がやられてしまいます‼︎」

 

4番機が叫ぶ。

 

(確かに分かるけど、しっかり狙いなさいよ!じゃないと––––––)

清明が内心呟いた、瞬間–––––––。

 

『同志大尉!4番機を何とかしなさい!』

 

政治将校が通信で怒鳴る。

 

(ほら来た––––––)

清明が内心毒突く。

 

『国家の財産である貴重な弾薬をぞんざいに扱うなど、国家への反逆に等しいぞ‼︎』

 

(––––––ふざけんじゃないわよ!撃たなきゃこっちがやられるってのに…!だいたいこの数をたった4機でやれとか、挙句の果てに突撃しろとか言ったのアンタでしょうが!そんなこと言われたら乱射せざるを得ないでしょう‼︎)

清明は内心叫ぶ。

気をつけなくては口から声が出てしまいそうになる。

下手に発言すればどうなるかは知っている。

だから溜め込むしかない。

 

「しかし、これほどの数を捌くには––––––」

 

指揮官が抗議する。

理性的に考えれば、軽装備で20メートル近くの敵、しかも100体以上のバケモノは乱射しなければどうしようもない。

理性が働けばそれくらい、馬鹿な新兵でも分かる––––––。

 

『––––––黙れ!私の命令は、党の命令だぞ‼︎』

 

だが政治将校にそこまでの理性が働くはずがない。

党の掲げるスローガンを盲目的に崇拝している彼女らは正直脳味噌がつまっているかさえ、怪しかった。

 

『これ以上言うようなら貴様から指揮権を剥奪し、抗命罪として告発する!それが嫌なら、私の命令に黙って従え‼︎』

 

「くっ…!」

 

指揮官が悔しそうな顔をするなり、指揮官権限で4番機のチョーカーを操作する。

瞬間、空気圧によってチョーカーに内蔵されていた鎮静剤が4番機の女に投与される。

 

「あ………」

 

4番機の女はそんな声を漏らしながら、意識を喪う。

直後、指揮官が4番機を自立起動––––––先のIS学園襲撃後に入手した無人IS・ゴーレムのデータから構築したもの––––––に設定する。

そして、何事もなかったかのように戦闘を継続する。

 

(くそが…!みんな…みんな腐ってるわ––––––‼︎)

 

それを見た清明の声は口から漏れることなく、ただただ内心に反響した––––––。

 

(みんな、死ねば良い––––––‼︎)

 

––––––だがしかし、後に清明は自身の放ったその呪いを酷く後悔することとなった––––––。

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

上海市・地下・下水道

 

コンクリートに四方八方を囲まれた暗闇。

空気は異臭と腐敗臭に犯されている。

そこには廃液混じりの汚染水が流れていた。

そしてその水面にはゴミとヘドロにガソリン、そして時折浮かんでいるネズミ等の動物の死骸––––––。

 

地上の都市は近未来的デザインのビル群や上海のランドマークである上海タワーがそびえ立つ、中国の経済力を象徴するかのように綺麗で美しいモノだった––––––。

だが、それは汚いモノを綺麗なモノで蓋をした––––––というだけだった。

 

––––––ぱしゃり。

 

何かが汚染水の中で跳ねる。

 

「チチッ‼︎」

 

「チューッチューッ‼︎」

 

周りに居たらしいドブネズミが慌ただしく騒ぎ、汚染水の中を跳ねる存在から逃げるように走り出す。

 

––––––ざばぁっ。

 

汚染水の水面を突き抜け、ソレが下水道のコンクリートの上に乗り上げる。

 

––––––どぷん…。

 

異様な音を立てて、乗り上げる。

 

それはどす黒く穢れ、所々に刺激の強過ぎる色を引いているヘドロを身に纏い、その外見はオタマジャクシに似ていたが、とてつもなくサイケデリックな色をしていた。

全長は2メートルほどだろうか。

そして、完全に身をコンクリートに乗り上げる。

 

––––––ぐぱぁっ。

 

瞬間、それは目を覆っていた瞼を開いた。

赤く朱く、ただ紅い飛び出んばかりの眼球である、毒々しいその眼を蠢かせ、辺りを見回す。

 

––––––ぎょろり。

 

辺りに広がるは漆黒の闇だけ。

––––––敵は、いない。

ソレはそう理解するなり––––––声を、絶した––––––。

 

「ギュブボァァァア…グビュオァァァァア…!」

 

漆黒の暗闇に響き渡るそれは、なんとも言えない、とても言語化出来ないような––––––声。

それを数回放った時だろうか。

 

「グビュオァァァァア………ギュョオオォォォアァ……」

 

違う声が響いた。

 

それに対して、ソレもまた声を響かせる。

 

ソレの声に応じるかのように、それは段々近づいてくる。

––––––そして、姿を露わにする。

それ、もやはり、ソレと同じ見た目をした、グロテスクな見た目の、1メートル50センチくらいのオタマジャクシだった。

それ、が、ソレに近寄る。

 

「ギュブェオォボョ…」

 

まるで、 ” おかえり ” とでも言うような声を放ち––––––。

 

––––––ばくんっ。

 

ソレは、それ、を丸呑みする。

瞬間––––––ヘドロの肉体が急速に膨張し出す。

 

––––––ぼこり。

––––––ぶくり。

––––––ばこり。

––––––ぶぱんっ。

 

急速に膨張し、肥大化したヘドロの肉体が破裂し、急速に腐敗していく。

だがすぐに別の箇所が膨張し出し、肥大化し、破裂し、また腐敗していく。

均衡を保ったまま続く、膨張と腐敗––––––それを延々と繰り返すうちに、ソレは肥大化––––––否、巨大化していく。

––––––一通りそれが収まると、ソレ––––––否、公害怪獣【ヘドラ】は至極嬉しそうな声を下水道の闇に響かせた。

 

 

 

 

 

––––––カチリ。

また秒針は破滅に向かう。

かくして、パンドラの箱から開け放たれた魑魅魍魎たちは愚かな人間を蹂躙し––––––。

人間が溜め込み続けていた呪いや罪科は穢れを纏い、人間に向ける牙を研ぎ澄ます––––––。

 

––––––これは破滅。

––––––これは黙示録。

 

醜い、愚かで矮小な人間に神罰が下る、その前日談の物語––––––。

 

 

 

 




今回はここまでです。

作戦会議とロシアのシーンに時間割きすぎた感…。
今回もまたgdgdになってしまい、すみません。
次回は学園にまた戻って拗れている人間関係を修復させつつ、また新たな脅威を描いて行きたいと思います。

次回も不定期ですがよろしくお願い致します。

追記)
すみません、前回IS学園の所在地は既に決めましたが、知り合いの人から

「浦賀水道って海の歩行者天国ってくらい船通るのに大艦隊や学園がすぐ近くにあったら邪魔ちゃう?それにタッグトーナメントの時に■■■が学園に来んのにそんな内部にまで侵入許したら流石に無能過ぎんで。」

…と指摘を受けたのですみません、【千葉県館山市南方沖合】に変更します。
コロコロ変えてすみません。

追記)
バルゴンの数、「流石に8000は多過ぎる」と指摘を受けましたので2000に減らしました。



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