インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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さて今回は前回の予告通りゴジラ&朝倉、ついでに束サイドです。





EP-22 ウサギ狩リ

篠ノ之束のラボ

 

蛍光ランプが照らす金属質な廊下。

そこを1人の少女が歩いていた。

––––––朝倉美都が。

 

「……へぇ、案外ザルなんですね。」

 

庭園から束のラボである豪邸に侵入した朝倉は、酷く意外そうに呟く。

世界一の天才、もとい天災を豪語する割りに庭園にセンサーは大量に有ったが、それと対象的にラボの中にセンサーの類は生活に必要な類を除いてほとんどゼロというに相応しいほどない。

いくらつい先程庭園の監視システムを破壊し尽くし、座礁貨物船偽装型原子力発電所に迫るゴジラを迎撃するためにISが出張って束自身もそちらに気をとられているからとはいえ––––––あまりにもザル過ぎる。

恐らく侵入されることを想定していないのだろう。

それだけこのラボは見つからない自信があるのか、侵入する手前で止められる自信があるのか––––––それとも。

そう考えていた朝倉はふと、僅かな空気密度の変化を感じる。

つい先程までその空間は物体によって満たされていなかった。

だが今は満たされている。

––––––つまり…敵。

朝倉は首を右に傾ける。

瞬間、機械仕掛けの腕が凄まじい速さで一瞬前まで朝倉の首があった空間を貫く––––––だがその腕は、朝倉が躱したことにより、虚空を摑むだけだった。

それを待っていたと言わんばかりに朝倉はすかさずその腕を両腕で掴み、思い切り肩に叩きつけて––––––機械仕掛けの腕を折りながら、そのまま背負い投げでその腕の持ち主を前に投げとばす。

腕の持ち主はそれで投げとばされ、床を数回転げる。

腕の持ち主は少女だった。

緑のリボンで結んだポニーテールの髪型をした、大和撫子というに相応しい外見の少女––––––。

だが先程へし折った腕はグニャリと歪み、裂けた箇所からは機械油が漏れ出しており、さらに頭を打ち付けて異常が起きたせいか頭部周りの動きがガクガクと痙攣しているように動く。

 

「––––––なるほど、義体人形ですか。」

 

朝倉は少し驚いた顔をする。

義体人形––––––すなわち人型ドローンだった。

【ある理由】で日本から逃げて、フィリピンやインドネシアなどを転々としていた先のテレビで朝倉も見た事があったため、義体人形の存在自体は知っていた。

だがそれらの義体人形はまだロボットのような外見で、今目の前にいる少女の姿をした義体人形のように精巧なものは見た事がない。

そして先程自分の頭を殴ろうとした時の出力からして、多分このラボの警備をしているのだろう。

 

瞬間、義体人形は有無を言わずにまたストレートを入れてくる。

––––––朝倉は体を僅かに逸らして躱す。

そしてその拳がコンクリートの壁にめり込み、壁に30センチほどのクレーターを作り出す。

––––––人間を殺すには十分過ぎる威力だった。

––––––そう、人間なら。

 

––––––義体人形の姿が少女なのは、篠ノ之束の趣味だろうか––––––?

そんな疑問を浮かべながらも朝倉はクスリ、と笑うと、囁くように口を開く。

 

「––––––とりあえずは、前言撤回ですね…篠ノ之束も、多少は警戒していたみたいです。」

 

そう朝倉が言うなり、義体人形は再度まだ健在の右手で普通の人間が喰らえば首が吹き飛ぶ威力のストレートを叩き込んでくる。

狙いは朝倉の顔面。

それは的確で––––––。

 

「––––––でも」

 

機械仕掛けの拳が朝倉に届く––––––直前。

 

「素手は、悪手でしたよ…だって––––––」

 

朝倉は義体人形の拳の甲に両手を置き、同時にそこに全体重を掛けると同時に床を蹴り––––––義体人形の拳を、その義体人形の上に倒立の体勢で飛び乗ることで躱す。

さらに今度は体重を手から足に再度移し––––––海老反りに近い体勢で足を義体人形の両肩に打ち付けるように降ろし、さらに朝倉は腕につけていた手に力を込め、手で義体人形の腕を弾くように跳ね上げ––––––さらに義体人形の背後にそのまま飛び降りるように軌道を描く。

同時に、両肩に置いていた両脚で義体人形の首を固定し––––––朝倉が床に手をつき、前転すると同時に義体人形も背後に体を持って行かれ––––––朝倉が足を床に叩きつけると同時に、朝倉の脚に固定されていた義体人形の頭部も、床に脳天から叩きつけられる。

さらに駄目押しを食らわせるかのように、朝倉は足を捻り––––––。

 

バキンッ‼︎

 

義体人形の首を、へし折る。

それで義体人形は沈黙する。

その一連の動作は、やはり、一瞬の出来事だった。

 

「––––––こうなりかねませんから。」

 

朝倉は、それ見たことか。とでも言う顔をして、今やガラクタとなってしまって聞こえるはずがない機械仕掛けの少女––––––と、廊下の先にいる、新たな義体人形の増援である2体の少女達に微笑みながら、言い放った。

 

瞬間、義体人形はやはり、外敵である朝倉を排除するために突貫して来る。

それに朝倉は少し、哀れみを感じる。

なにせ、『自分で物事を考えて行動する』という、当たり前の事が出来ないのだ。

––––––何故か、人の外見をしているからか、朝倉は同情してしまう。

だが、迫って来るのは、敵だ。

それも所詮は魂を持たない機械だ。

だから、朝倉はホルスターからグロック18Cを抜き––––––まず突っ込んで来た1体目の頭目掛けて、フルオートに切り替え連射––––––。

最初の数発は弾くが、脆くなっていった箇所に多重攻撃を仕掛けられた装甲は貫かれ、内部の中枢がやられ機能を停止する––––––。

瞬間、2体目が機能を停止した1体目の背後から突っ込んで来る–––––そして剣突を喰らわせようとする––––––が、朝倉はマガジンが空になったグロックを手から離し、何も持っていない状況の手で義体人形の剣突を受け流し––––––義体人形の背後に回り、後頭部を掴む。

そしてそのまま義体人形の剣突を放とうとした勢いを生かして––––––さらにそれに朝倉の勢いも加えて、義体人形の頭をコンクリートの壁に、『人間ではあり得ない力』で叩き込んだ。

瞬間、コンクリートの壁に亀裂が走り、コンクリートが砕け、破片が飛び散り砂埃が舞う––––––。

それもやはり、数秒の出来事で––––––。

砂埃が晴れた場所にあったのは、40センチほど陥没したコンクリートの壁と、壁に押し付けられた圧力により、内部の中枢が潰れて機能を停止した義体人形だった––––––。

朝倉が手を離すと義体人形がズルリと床に落ちる。

やはり動いたりはしない。

ふと、朝倉は義体人形が居た先の廊下を見る。

そこは朝倉が進もうと思っていた先––––––つまり、その先に、エモノがいる––––––。

朝倉の中が、加虐の衝動で満たされる。

口は引きつったようにどうしようもなく歪んだまま笑っていた。

そして朝倉はその顔で呟く。

 

「––––––ふふっ、会うのが楽しみですね…篠ノ之束。」

 

それは何処か楽しそうな顔で––––––。

 

 

 

■■■■■■

 

 

篠ノ之束のラボ・座礁貨物船偽装型原子力発電所

 

束のラボの発電設備である座礁貨物船に偽装した3基の原子炉を内蔵した原子力発電所。

そこから見えるのは、海より迫り来る黒く山の様に巨大な塊と、それに向かって穿たれている数多の光芒––––––。

そこには、ゴーレム12機が守備すべく出撃しており、現在はレーザーによる砲撃戦を展開中だった。

侵攻してくるソレが、ただの駆逐艦や空母、普通に普及している第2世代ISや戦術機であれば、ものの数分と経たずに迎撃は完了しゴーレムは撤退させるだろう。

 

 

––––––ソレがただの兵器なら。

––––––ソレが人智の範疇の存在なら。

––––––ソレが海より波を掻き分け––––––否、砕きながら進撃してくる、放射能を纏った黒き巨獣––––––【ゴジラ】でなければ。

 

 

ゴジラには既に1個戦車大隊を屠るに充分な火力に相当する威力のモノがゴーレムの腕からは間暇入れず、絶やすことなく極太のレーザーとして、穿たれていた。

レーザーは情け容赦なくゴジラに撃ち込まれ、皮膚の表層部の水分を蒸発させ、爆発を繰り返させる。

 

だが、しかし。

 

ゴジラには、まるで効果がない––––––いや、効果はあるのだろう。

だが、着弾した箇所の傷口が通常の生物では有り得ない速度で回復して––––––傷なんて最初から無かったかのように皮膚が完璧に修復されてしまう––––––何より、ゴジラが全く痛みを感じていないように見える事が、さらに効果がないように見させられる。

 

瞬間、ゴーレムは遠距離からのレーザー攻撃では効果がないと判断したのかゴジラ目掛けて突貫を開始する。

近距離からレーザーの荷重攻撃を掛けようというのだ。

同時にゴジラがニヤリ、と口角を吊り上げる。

今までゴジラは目当ての原子力発電所にゴーレムが陣取っていたから本気で––––––いや、本気という言葉の足元にすら遥か遠く及ばないが、やっと自分のやり慣れた戦いができるから––––––。

 

ゴーレムは突貫しながら––––––明らかに、先程より威力の上がったレーザーを連射してくる。

それは大気を一瞬でプラズマ化させ、あまつさえ大気がプラズマ化した瞬間に爆風で周囲のモノを破壊する威力のモノで––––––。

 

 

 

 

 

 

 

大出力のレーザーが至近距離から次々とゴジラの皮膚を焼く––––––。

皮膚の水分がレーザーに焼かれ、瞬時に蒸発––––––そして爆発。

その攻撃を繰り返し、ゴジラを爆炎と爆煙が包み込んで行く––––––。

束はその光景をラボの地下にある管制室からモニタリングしていた。

 

「やった‼︎これで勝った‼︎」

 

ゴーレムのアイカメラから転送されてくる爆煙に包まれた映像をモニターで見ながら、束は嬉々とした顔を浮かべて勝利を確信した。

1個師団を全滅させられる火力を集中させたのだ。

いくらバカのように巨大なバケモノとはいえ、あれだけの攻撃を受ければ原型を留めているハズがない––––––束はそう思った。

 

「あれだけの火力投射だもん。ケリは付いてるよね。」

 

対象の有無を確認せずにそう判断する。

そうしてゴーレムの操作盤を弄る。

 

「さ〜てゴーレム達を帰投させ––––––」

 

だが瞬間、爆煙の中が青く光り––––––青い、蒼い獄炎が穿たれ、ゴーレムが蒸発––––––だがそれに留まらず、ゴーレム部隊の後方にラボをぐるりと囲むようにそびえ立つ島のドーナツ型山地の山肌を融解し、粉砕––––––。

そしてそれによって生じた地震のようなその衝撃はラボの地下にいた束にも伝わり、衝撃で幾つかのモニターの液晶パネルが割れ、ガラス片が弾け飛ぶ。

束は反射的に腕で身を守り––––––衝撃が収まった後、腕を下す。

 

「––––––は?…な、何…?今の……?」

 

束は唖然とした顔をしていた。

生き残っているモニターで状況を確認する。

 

ゴーレム5機蒸発。

残存機は戦闘を継続中。

ドーナツ山E3区画融解。

 

という状況だった。

 

「––––––は?」

 

束は信じられないような顔をする。

だが、それは山を融解させられたからではない。

 

「ゴーレムが……ISが……束さんの傑作が…蒸発させられた?」

 

自分の作り出したモノがいとも容易くやられたという事実が受け入れられなかったのだ。

 

「––––––ッ‼︎そんなハズない‼︎束さんの作ったモノに勝てるモノなんてあるハズない‼︎いやあっちゃいけないの‼︎」

 

束は傲慢にも、そう言い放つ。

 

「そんなのがあったら––––––いっくんやちーちゃんの為に作った今の世界が…壊されちゃう––––––‼︎」

 

そこには何処か自分の自己満足だけではなく一夏や千冬を思いやる感情を孕んでいた。

だがその顔はエゴに歪んでいて––––––。

 

「島の迎撃システム群もゴーレムの直援に回して––––––ゴーレムはリミッターを解除‼︎なんとしても彼奴を殺しなさい‼︎」

 

束がコンソールを叩きながら叫ぶ。

 

モニターの向こうでは依然として座礁貨物船偽装型原子力発電所に進撃している黒き巨獣––––––ゴジラへさらなる猛攻が実施される。

リミッターを解除され、さらにレーザーの威力が上がったゴーレムによるレーザー照射。

そしてドーナツ山––––––島のドーナツ状山地から束が命名した山––––––の山肌に内蔵されていた高性能ミサイル【スパイダー】や【荷電粒子砲】、かつてワームホール生成器からこの世界に抽出して再現した異界の兵器が次から次へと、物量が売りだった旧ソ連赤軍も真っ青になるほどの弾幕攻撃がゴジラ目掛けて穿たれる––––––。

弾着。

爆発。

それに続くように次から次へと弾着して行く––––––。

––––––瞬間、先程とは比べ物にならないほどの爆発。

爆炎は1200メートル近く空高く上がり、周囲の温度を瞬時に上昇させ、さらには爆風が海水を吹き飛ばし、島の木々を薙ぎ倒し水分を奪い取り、火災を引き起こさせ、爆炎は空も海も陸も––––––辺り一面を赤く赤く染め上げて行った。

そして最後に残ったのはモニターに映像を転送しているゴーレムのカメラアイの視界一杯に映る爆煙––––––。

 

「は………ははは、は……や、やった…今度こそ––––––」

 

束はそれを見て、乾いているものの歓喜を孕んだ笑みを浮かべる。

だがその喜びは束の間のモノだった。

瞬間、爆煙を突き破って黒い何かがモニターの映像の転送元であるゴーレムのアイカメラを覆い––––––破壊されたらしく、モニターにノイズの砂嵐が走る。

 

「⁈なっ…⁉︎」

 

束が驚きの表情を浮かべ、直様別のゴーレムに転送元を切り替える。

––––––モニターに映ったのは––––––爆煙の中から生えるように在る、巨大な黒い腕。

そして黒い腕の先にある手の部分には––––––ゴーレムが掴まれていた。

次の瞬間、ゴーレムが黒い手に握り潰され、爆散する。

それが一体何なのか––––––束は嫌でも知らしめられた。

 

先ほどゴーレムの大出力レーザーに、迎撃システムである高性能ミサイルに荷電粒子砲、ビームマグナム砲の嵐を撃ち込み、倒したハズの––––––いや、本来生物なら、死んでなくてはおかしい火力を叩き込んだ黒き巨獣––––––ゴジラのモノだった。

米海軍の艦隊ひとつを屠り去れるだけの火力を持ってして––––––傷ひとつさえつける事が出来ていなかった。

 

「そんな…そんな、そんなそんなそんなそんな‼︎そんなハズない‼︎こんなハズ……‼︎」

 

束は半狂乱になって叫ぶ。

 

「あんなトカゲなんかに、束さんが負けるワケ……‼︎」

苛立ちのあまり指を咥えて、強く噛む。

皮膚が裂けたそこから血がポタリポタリと流れ落ちる。

その痛みで、束は平静を取り戻す。

「…お、落ち着いて……そうだ。ここじゃなくてあそこならまだ対抗できるモノがある…。」

あそことは束のもうひとつの拠点である島、レッチ島だ。

そこには、ビームマグナム砲同様にワームホール生成器で抽出した情報を基にして再現した兵器群が幾つかある。

何より研究や開発用の資材も、警備システムもキャロッ島よりそちらの方が上だ。

そうと決まれば話は早い。

「ゴーレムたちを戦わせてる間に…早く、逃げなきゃ……ッ‼︎」

恐怖と屈辱に歪んだ顔で言う。

世界の支配者たる者を気取っている束からしたら、どこの馬の骨かも知らないバケモノから逃げ回らなくてはならない––––––それは酷く屈辱なのだろう。

その感情を孕んだまま、束は荷物を纏め護身用に作ったレーザー銃を手にして管制室の床にあったフタを開けて、そこから続く梯子を降りて––––––薄暗い廊下に駆け出した。

向かう先は、超高速飛行艇【モップ号】の格納されている地下格納庫。

そこまでは、今進んでいる無機質な仮設の金属タイルが壁や床に張り詰められ、天井には高圧ナトリウムランプが吊るされているだけの廊下が一直で繋がっている。

「チチッ!」

「ひゃあ⁉︎」

思わず、自分の足元を駆け抜けていったモノに驚かされる。

––––––ネズミだ。

ここは島の改造時に施設して以来ロクに手を加えていない。

だから先程いた管制室やラボより整備していない箇所や傷んでいる箇所が目立つ。

ネズミがいても可笑しくない。

だが、そのネズミは酷く怯えているように見えた。

まるでホラー映画のお化けを見た子供のように。

それと同時に後ろに気配を感じた。

しかもただの気配ではない。

––––––殺気だ。

束は思わず振り返り、レーザー銃を向ける。

 

––––––その先には、人影があった。

女だ。

距離は10メートルほど。

高圧ナトリウムランプの影にいる所為で女の顔の輪郭は良く分からない。

ふと、女が近づいて来る。

ゆっくり、ゆっくりと、散歩するような足つきで。

そして高圧ナトリウムランプの照らす真下に来て––––––顔がはっきりとまではいかないが、見えた。

––––––瞬間、束は驚く。

「な、なんでお前がここに…⁉︎」

その女を、束は知っていた。

その女はさして有名ではないし、束からしたら気にかける事のないゴミ同然の価値––––––だがその女を束は認知していた。

自分の作り出した【完全無欠】の傑作であるISを【不完全有欠】の存在である事を知らしめさせてしまう原因となった少女––––––ソレを束は、嫌でも知っていた。

 

「……どうも初めまして。ああ、貴女はそうじゃないかもしれませんね––––––私は朝倉美都と申します。」

 

にっこりと微笑みながら少女は束に言う。

それが束から平静をさらに奪う。

 

「…な、なんでお前が生きてるんだよッ⁉︎」

 

ビシッと指を指して束は叫ぶ。

いや…喚く、と言った方が正しいだろうか。

 

「あら、何でって…そりゃあ、心臓が動いていて、脳が活動しているんだから生きていて当たり前でしょう?」

 

朝倉は何でもないように返す。

やはり微笑んだまま。

 

「…ッ⁉︎そうじゃなくて!だから…何で束さんが日本政府に殺すように脅したのに生きてるんだよ⁉︎」

 

そう、朝倉はかつて束が日本政府にISコアが欲しければ殺せと脅して、殺させたハズなのだ。

死体もモニター越しとはいえ見させてもらった。

なのに生きている。

この女は死んでいなくてはならないのに生きている。

 

「お前は白騎士事件の直接的被害者だから…生き証人だから…見せしめに殺させたハズなのに……。」

 

そう、束が朝倉を殺すように脅したのは少なからず出たであろう白騎士事件の被害者が下手に動かないようにするための見せしめ。

束に逆らえば国家の、人類の敵にされて殺される––––––という恐怖を人類に植え付けるため––––––。

そしてISの力を理解した各国は白騎士事件の被害者の監視を徹底した。

朝倉はソレを推進させるための見せしめに束が偶然選んだだけ––––––。

そして殺されたハズだった––––––生きていれば、ISの絶対性を破滅させて、一夏や千冬が墓穴に放り込まれるような惨事になりかねないから。

なのに何故生きている⁉︎

––––––取り乱す束とは対照的に朝倉は微笑んだまま、口を開く。

 

「光ちゃん…私の友人ですね……彼女が国外に逃がしてくれたお陰です。」

 

束はそれを聞いて何故生きているのか、そして見させてもらった死体はなんだったのか、脳裏に浮かんで来る。

 

「まさか–––––––あの死体はダミー…⁈だとしたら、あいつらは…」

 

だがそれを遮って。

 

「ああ、殺されそうには何度もなりましたよ?……最終的に光ちゃんに助けられただけで。」

 

やはり微笑んでいる––––––だが冷水のような瞳で束を見つめながら朝倉が言う。

 

「じゃあ––––––あのダミーは…」

 

「…さぁ?大方私を殺せなかった政府が私に似た無関係の子を殺して差し出したんじゃないですか?」

 

朝倉が醒めた目をして、言う。

 

「––––––ッ⁉︎そういうこと––––––どいつもこいつも束さんをコケにして––––––‼︎」

 

子供の癇癪のように束は喚く。

朝倉はそれを微笑みながら、醒めた、見下すような目で見る。

 

「…はは…けど、好都合だよ……」

 

束は乾いた笑いを浮かべ、レーザー銃の照準を朝倉に向ける。

 

「おまえがいなくなれば、万事解決なんだから––––––‼︎」

 

狂気に満ちた笑みを浮かべながら、束はレーザー銃の引き金を引く––––––瞬間、プラズマと共に光芒が朝倉に向けて放たれる––––––そしてそれは朝倉の左胸––––––心臓に命中する。

衣服を焼く。

皮膚を焼く。

真皮を焼く。

筋肉を貫く。

骨を砕く。

心臓を貫く。

そして、それをまた逆に繰り返して、朝倉の体を貫通した––––––。

瞬間、傷口から血が噴水のように吹き出す。

 

「は、ははは…やった…死んだ…死んだ死んだ‼︎あはははは‼︎」

 

自分の作り出した傑作であるISを脅かす要因がひとつ消えた。

それだけで束は歓喜する。

外にはゴジラがいるというのに歓喜する。

朝倉がレーザーで貫かれてもまだ立っているにもかかわらず、歓喜する。

心臓を貫いたが故に死んでいるに違いないと思い込んでいる束には些細なことだったから。

 

「––––––それで終わりですか?」

 

「⁉︎」

 

それで朝倉が死んでいれば、どれだけ良かったか––––––。

思わず束は朝倉を見る。

そこにはさして痛がる様子もなく、さらに傷口はあり得ない早さで治癒していく朝倉の姿があった。

 

「そんな…」

 

束の顔からまた余裕が消え果てる。

 

「そんな、そんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんな‼︎」

 

そしてヤケクソというべきか、レーザー銃を乱射する。

それらは全て、朝倉を貫く。

けれどやはり朝倉の傷は、その全てがあっという間に治癒してしまっていって––––––。

 

カチッ

 

「⁉︎」

 

さらに束のレーザー銃のバッテリーが切れる。

拳銃タイプ故に容量が少ないのだ。

だから乱射した所為で、すぐに無くなってしまった。

 

「––––––もういいですか?」

 

朝倉の呆れたような声。

それに束はビクリ、とする。

 

「私は貴女に借りを返しに来たので––––––白騎士事件の時の、借りを。」

 

そう言うと、朝倉は足––––––つま先に全体重をかける、そして地面を、蹴る––––––。

瞬間、床の金属タイルがへこみ、埃が舞い––––––朝倉は人間では、あり得ない速さで束に迫る。

束が瞬きをした一瞬。そのわずか一瞬で朝倉は束の眼前に迫った。

そして束は反射的に声を上げようとするが、それより早く、朝倉が振り上げていた右の拳をレーザー銃に叩き付け––––––レーザー銃の銃身をへし折る。

すかさず束はレーザー銃から手を離す––––––そしてレーザー銃から離した手は、指を開いた平手の形になってしまって––––––。

瞬間、朝倉は左手の指をピン、と伸ばして整え、束のその手の中指と薬指の間目掛けて、穿つ––––––。

 

一瞬後。

 

バキバキバキバキグシャッ!

 

肉が裂ける音。

骨が砕ける音。

体が潰れる音。

それらが、響き渡った––––––。

 

「え?」

 

束は驚く。

目の前の朝倉の左手は、血塗れなのだ。

指は割れていて、中指の先は変な方向に曲がっている。

怪我をしたのだろうか。

––––––自分の思い通りにならなかった奴が怪我をした––––––。

はは、ザマァ見ろ。

束の中にまた歓喜の感情が浮かぶ。

だが同時に、自分の右腕に違和感を感じた。

妙に涼しい。

それでいて何故か暑い。

そして空気に触れることさえ敏感に感じてしまう。

おかしい。

おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい。

思わず、束は右腕を見る。

すると束の目に右腕が入って来た。

 

 

––––––中指と薬指の間から、肘関節のあたりまで縦に裂けて、ボロ雑巾のように潰れた肉の内側から中で砕けた骨が皮膚を貫いていて、そして2つに分かたれ、明らかにおかしい方向に曲がった肉の断面からは幾つもの血管が飛び出ていて、そこから赤い紅い血がダラダラと床に零れ落ちて行っている。

それはもはや腕の原型を留めていない、腕だった肉の塊––––––。

 

 

瞬間、束は腕を裂かれたのだと理解する––––––と同時に、痛みを認知する。

 

「ひッ…いぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 

反射的に豚のような悲鳴を上げる。

 

「痛い…痛い!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い‼︎」

 

2つに裂けた腕だった肉の塊を必死に接合しようと、健在である左手で腕を握って合わせようとする。

普通に考えれば無理だ。

だが今の束にはそんな冷静に思考する余裕など、無かった。

皮膚を貫いた骨が動く度にさらに肉を切り裂く激痛が全身に走り、自身の心臓が鼓動する度に血管からは血が溢れ出している、今の状況では。

 

––––––朝倉の先程束の右腕を裂いたせいで爪が砕け、先端がおかしな方向に曲がった左手は、すでに治癒されていっている。

対して束は一向に治癒しない。

接合するはずがない、裂けた腕だった肉の塊を必死に再接合しようと押さえて、悲鳴を上げているだけ––––––。

 

「––––––じゃあ、次に行きますね。」

 

ふと、朝倉がさらなる宣告を言い放つ。

 

「今のは白騎士事件の時の借りです…次は、白騎士事件の後の借り。」

 

今度は微笑んでいない––––––加虐に満ちた笑みを浮かべ、狂ったような瞳をした顔で、朝倉は言う。

そして次なる【借り】を返そうとした––––––瞬間。

 

けたたましい警報音。

それと同時にラボを揺るがす衝撃。

『––––––原子力発電所の原子炉にて放射能漏れを確認––––––各ブロックを封鎖します。』

瞬間、朝倉の立っていた床がせり上がる––––––それは放射能を阻むための隔壁だった。

 

「––––––ちッ」

 

朝倉は、すかさず後ろに飛び退く。

だが一瞬後、隔壁が廊下を閉ざし、束との空間を遮断した。

しかもその隔壁は朝倉一人の手で破れそうにない。

それに、朝倉は舌打ちをする。

––––––だが【借り】の1つを返せたから、良いか––––––と、朝倉は妥協する。

 

「…帰るとしましょうか。」

 

朝倉はそう呟くと、背後から迫って来た原子炉から漏れ出したであろう高濃度の放射能の霧に呑まれながら引き下がって行った。

 

 

 

 

■■■■■■

 

 

キャロッ島・束のラボ

地下非常用格納庫

 

獣じみた息遣いのまま、束はモップ号目指して、彷徨っていた。

いや、実際は確かな道順に合わせて歩いているのだが、心情は迷走しており、目的なく逃げるだけの体では、彷徨っている––––––という表現の方が正しいだろう。

 

「––––––ッくっそぉ…どいつも、こいつもぉ……!」

 

怨嗟を込めた声音を放ちながら、片腕で壁を伝い、モップ号を目指す。

右腕は当然、治癒などしていない。

中指と薬指の間から肘のあたりまで一気に裂かれたのだ。治癒する方がおかしい。

それに右腕の––––––右腕だった肉の塊からは相変わらず血が溢れ出しているがソレの感覚など、最初は激痛に悶えていたがもう失われていた。

 

「…はぁ、は…ぁ、はあ………!」

 

片腕では体のバランスを取りにくく、歩くことさえ苦労させられる––––––そのせいと出血が多いせいか、足元がふらつき、左足のつま先に右足のつま先で躓いてしまい、転んでしまう。

だらり、と下げられた右腕はもはやゴミのようだった。

自分の体が何の用もなさないただのゴミだと認知した瞬間、束は笑い出した。

 

「…は、ははは、あは、あははははっ」

 

面白おかしく、笑う。

––––––痛い。

傷の所為だろうか、体は熔鉱炉から取り出した直後の鉄のように熱い。

出血により朦朧とした頭は今の醜い、肉の塊と化した右腕が崩れ落ちる自分の姿を想像した後、まわりの人間全てがそれと同じように崩れ落ちる光景を妄想した。

腕だけではない。

脚も臓物も頭部も––––––自分の姿が姿なのだ。

他のゴミ共は身の程を弁えて、より一層惨たらしく、無様で醜い姿になるべきだろう。

 

「––––––くっ、ふふふ…」

 

笑いが止まらない。

そう決めると痛みは少しマシになる。

だって正当な理由が出来たから。

まずやるべきことは自分のように腕や脚を潰して自由を奪ってやること。

誰であろうと––––––いや、親友であるちーちゃんといっくん、そして愛して止まない箒ちゃんは例外だ。

 

「あ、はは…それはいい…じゃあ、一番最初は決まってる––––––。」

 

束さんが愛して止まない箒ちゃんが想いを向けていて、箒ちゃんを束さんの思い通りに行かなくしてくれている少年だ。

そして箒ちゃんとくっつけさせるいっくんなんかより、束さんより造形が美しいなんて絶対に許されない。

 

「はは…待ってなさいよ…絶対に、酷い目に遭わせてやるんだから…」

 

咳き込むように、束は言い放った––––––。

 

 

 

 

 




今回はここまでです。

ちなみに義体人形の外見は箒です。あとボディの強度については大体、攻殻機動隊に登場した自走地雷の娘と同等です。

あと、ゴーレムのレーザー出力は…マブラヴシリーズの光線級と重光線級の中間…ってトコでしょうか。(ガンダム的に言えば初代ガンダムのビームライフルくらいの威力。)
ゴーレム…ちょっとチートっぽくしちゃったかなぁ…。
ビームマグナム砲も…。
あ、でもISと束って一応チート(笑)だし、いいですかね?

そしてその猛攻にすら耐えるゴジラさん。
……千尋陣営は果たして勝てるのか……(今の装備じゃ無理)。

…束の右腕を縦に裂くシーン、イメージ的にはHELLSINGのOVA3のアーカードがトバルカインの腕を縦に裂くシーンが元ネタなんですが………読み返して自分の描写力ヘッタクソだなぁ…と実感しました。

ちなみに束の最後のシーンは実はFate原作(PC版)の【増えるワカメ】の直前のシーンが元ネタだったり…。

……あ、そうそう。
小説のあらすじ部分に、ちょっと追加をしてみました。



さて、次回は再び千尋陣営です。

次回も不定期ですが、よろしくお願い致します。





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