インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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EP-21 骸ノ鳥達(ギャオス・カダヴァー)

19年前––––––2002年

奈良県・南飛鳥村

 

緑豊かな山々に囲まれて付近を流れる川の水がせせらぐ音を立てている、ある盆地。そこには田園地帯が広がり、家屋が点在し長閑で穏やかな雰囲気を纏っている村があった。

その村の中央には奈良県北部––––––県庁所在地である奈良市や天理市、北大阪への玄関口である王寺町などに通ずる国道が南北に走っている。

普段は観光客か道に迷ったドライバーや村の住民が自家用車で走っているが南飛鳥村自体が過疎地域であり、さらに年々人口が流出していっているが故に、1日に通る車の数はおそらく1000台にも満たない。

かつては和歌山に向かう人々がよく通っていたのだが、特急電車が開通した今となってはそちらに流れてしまい、ほとんど車が通らない。

村の国道沿いにある寂れた廃墟と化したガソリンスタンドが、まるでその象徴のようだった。

 

その日も村人達は国道を尻目にいつも通りに田んぼで農作業に追われていた。

今は4月––––––田植えの時期だからだ。

農家であるが故か、年寄りにもかかわらず全く衰えを感じさせず全身から精気が溢れ出ていて、まるでまだ若い体のままのような錯覚すら覚えさせられる雰囲気を纏って米の苗を一本一本植えて行く。

 

––––––ふと、1人が顔を上げる。

「……なんや、変な音せえへんか?」

初老の男性が言う。

それにつられて他の田植えをしていた村人も耳をすまし––––––音に気付く。

パトカーのサイレンの音だ。

だが、それだけではない。

もっと地面に響くような重低音やヘリコプターのローター音らしき音も聞こえて来る。

国道の北側––––––ソメイヨシノの木が作り上げた自然のトンネルの中からだ。

「なんなん?事件でも起きたん?」

齢60になる老婆が言う。

瞬間、国道北側の向こうの山から深緑色のカラーリングが施されたヘリコプターが現れる。

それと同時に奈良県警のパトカーがサイレンを鳴り響かせながらソメイヨシノのトンネルをくぐって現れ––––––背後からヘリコプターと同じ深緑色のカラーリングが施された装甲車や高機動車がエンジンの唸る重低音を響かせながらパトカーの先導に従い、地面を震えさせるようにして国道を南の方に向かって行く。

「ありゃ…自衛隊やんか…」

「なんで自衛隊がこんなど田舎に…?」

その光景を見ながら、村人は困惑しながら口々に言う。

「…もしかして怪獣退治にでも来よったんちゃうか?」

老婆が冗談で言う。

それにつられて他の村人も笑ってしまう。

そして自衛隊車両やヘリコプターが飛び去ると、何も無かったかのように作業を再開した。

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

南飛鳥村近郊・大和大空洞

 

かつて炭坑があったものの、バブル崩壊後の不景気によって経営難になり、廃坑となった炭坑跡––––––先日、和歌山県を震源とするマグニチュード5.2の地震により炭坑跡の一部が崩落。

国土交通省や環境庁が調査を行ったところ、意外なモノが見つかり、それが自分達では手に負えないモノだった為、防衛省陸上自衛隊に出動要請が降っていた。

 

南飛鳥村の国道を南に移動した自衛隊車両はその炭坑跡の崩落現場手前で止まる。

そして、軽装甲機動車や高機動車、73式トラックが停車し普通科隊員や化学科隊員らが順次降車して来る。

そこに混じって、ある男性と、男性の助手らしき女性も降車する。

男性は場違いなスーツ姿をしていて、自衛隊員ではないことは目に見えて分かる––––––が、彼は今回の件で自衛隊のオブザーバーとして役立ってくれるという判断で同伴が許可されていた。

 

「ああ、お待ちしていました。芹沢さん‼︎」

環境庁の男性役員がスーツ姿の男––––––芹沢大助に声をかける。

「例のモノはまだ見れますか?」

芹沢は男性役員に駆け寄って、聴く。

「もちろん!その為に呼んだんですから––––––。」

男性役員が応えると共に崩落した場所に視線を移す。

芹沢も男性につられてそちらを見る。

そこには光が差込めど底が見えない––––––まるで奈落の底にまで続いているかのような錯覚すら覚えさせられる程にまで深い深い、巨大な穴があった。

「…これは……」

芹沢も穴の巨大さに絶句する。

「大きさは東京ドームの約半分ほどです。……ですが、こんな陥没の仕方は私も見た事がありません…。」

男性役員も未だに信じ難いように言う。

「…しかし、驚くのはまだ早いです。……この真下に、芹沢博士の専門にしているモノがあります。」

男性役員が言って、芹沢と助手を連れて巨穴の岩壁に沿って施設してから1週間も経っていない資材輸送用エレベーターに乗り込み、3人は地下へと降りていく––––––光が届かぬ、漆黒の闇に支配された世界へ。

「ヘルメットを。落石の可能性が有ります。」

「ああ、これはどうも。」

「ありがとうございます。」

男性役員が芹沢と助手にヘッドライト付きのヘルメットを手渡し、2人は礼を言いながらそれを装着する。

正直、巨石の落下や天井にあたる岩盤の崩落が起きた場合には効果があるとは言えないが、それでも無いよりはマシだ––––––。

芹沢はそう思いながらヘルメットのヘッドライトを点ける。

 

しばらくして、エレベーターが最下層に到達する。

最下層には仮設式のライトが辺りに備え付けられ、スタンドライトがあちこちに置かれている。

そしてそのライトの放つ光の向こうにあるのは––––––無数に転がる鏃のような形の頭を持つ異形の鳥たちの数十、数百ものミイラの山。

それらは鋭利な刃で切断されたようなミイラもあれば、爆炎で焼かれたようなミイラもあり、様々な死に様をたどった事が見て取れる。

「何度か崩落事故の現場の底を見た事がありますが––––––こんなのは初めてです。」

男性役員が言う。

芹沢はそれを聴きながらも異形の鳥たちのミイラ群を見ながら険しい顔をする。

「そんな…まさか……博士、ここは––––––…」

その隣で助手の女性––––––ヴィヴィアン・グレアムがミイラ群の中にあるモノを見つけて、驚愕に満ちた声音で声をかける。

あるモノに芹沢も視線を向ける。

それは、異形の鳥––––––ギャオスに似た頭部を持ちながらも、全く別物の外見のミイラだった。

左腕は肩の根元から千切れてるために分からないが、右腕は肘関節より先が剣のように鋭利な刃となっており、その刃はギャオスの頭を刺し貫いている。

さらに左脚は別のギャオスの頭を踏み潰し、背中から生えている4本の触手だったであろう器官の内健在の2本の内1本は遠く離れた場所のギャオスの頭を刺し貫き、もう1本は先端の鏃のようなハサミ型の器官の衝角を全開にして固まっている––––––。

ギャオスと類似点はあるのだが、明らかにギャオスと対になる存在だった。

それを見て芹沢はヴィヴィアンの言葉を繋ぐように口を開き、言い放った。

「ギャオスと––––––その、【抑止力】たる怪獣が殺し合った、古戦場跡だ––––––。」

 

その日の内に大和大空洞と名付けられたそこは、民間人にこの存在が露呈することを防ぐために環境庁から防衛省およびモナーク機関の管轄となった。

そして、ギャオスに対する、【抑止力】と見なされた巨大生物のミイラにはこう命名された。

 

 

 

 

––––––【イリス】、と。

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

 

現在––––––2021年

東京・八広駐屯地・第11格納庫

 

鋼鉄の上から特殊コンクリートで加工した高さ30メートル以上の壁に囲まれ、特殊合金の金属支柱が壁を支えるように地面から天井を貫いており、床を見下ろすように大型LED照明群が天井を埋め尽くしている第11格納庫は八広駐屯地の中では中規模な格納庫であり、普段は資材の出し入れの為に輸送科の73式トラックが数回出入りする程度で閑散としているのだが、現在は指示を飛ばす怒号に誘導するためにホイッスルを鳴らす音などの喧騒に満ちていた。

 

「倉持技研より【試製21式打鉄甲一型】搬入完了‼︎」

【倉持技研】––––––第2世代ISにおいて、フランスのラファール・リヴァイヴと並ぶ名機である打鉄を手がけ、簪の専用機になる予定だったが、現在は織斑の専用機となってしまっている白式を手掛けたのも倉持技研だった。

本来、IS派側である倉持技研がIS派と対立する戦術機派である特務自衛隊に関わるというのは極めて珍しい––––––というより、異例だった。

例えるなら重さが違うが故に絶対に混ざらないはずの水と油が完全に混ざるに等しいくらいの事だった。

 

「荷解き済んだら空いてるケージにポリプロピレンロープで固定!万一に備えてリムーバーを限定発動しとけ‼︎」

 

「了解‼︎」

 

男性整備班長の怒号。

女性下士官がそれに応じる。

IS派や女尊男卑の支配する今の時勢からしたら違和感しかないだろう。

だが、これが特自では––––––いや、人間としてこれが普通だ。

 

『兵装搬入完了、武器科各隊員は指定のケージに兵装を保管してください。』

新たに打鉄甲一式の兵装が73式特大型トラックのコンテナに乗せられて第11格納庫に入って来る。

それらのコンテナを武器科管轄の第11格納庫の天井から吊るされているスタッカクレーンが掴み、兵装用ケージの所まで搬送して行く––––––。

 

 

何故IS派と戦術機派が組したか––––––それはISと【強化装甲殻】の強化を図るためだった。

というのも、アメリカはテロ対策にステルス戦術機ラプターを用いているが、日本はそんな高価なモノを量産する余裕が無く、ISを用いていたが、それが女尊男卑に滑車を掛けてしまっているのだ。

その結果、テロを未然に防ぐべき存在がテロを助長させている––––––という、なんとも皮肉な状況となっていた。

 

近年ではその問題を解決すべく強化装甲殻を採用していたが、ISより性能が劣る上に対小型生物への対策も取るために強化装甲殻の強化改修は必須だった。

そしてIS派もラドンによるニューヨーク蹂躙以降ピリピリしておりISの強化を考えていた。

そんな中、倉持技研がIS打鉄と、強化装甲殻・打鉄改二の技術融合開発を特務自衛隊に持ちかけて来た。

––––––つまりそれは、ISと強化装甲殻を組み合わせたISの強化機種でもあり、強化装甲殻の強化機種でもあるといえる–––––––【統合機兵】という機体の開発計画だった。

何故特務自衛隊に開発計画を持ちかけたかと言えば、それは倉持技研にIS打鉄のIS学園での対人戦を想定した運用データは豊富にあっても強化装甲殻打鉄改二の運用データはほとんどない。

対する特務自衛隊はIS打鉄の運用データはないが、強化装甲殻打鉄改二の運用データはロリシカ派兵時に収集した対獣戦のものが山ほどある。

何より、改修するのに資材が充分過ぎるほど揃っている––––––互いの穴を埋めて補完し合うには、充分な状況だった。

そして完成した暁には、巨大生物に対抗できる戦力が増えることに加え、パイロットを男女で選ばないために女尊男卑もアッサリ崩れ去る––––––要約すれば戦力が増強できて女尊男卑問題も解消できるという、一石二鳥な訳だ。

––––––もっとも、今試作機である1号機と2号機が完成して搬入されたわけであるから、今すぐに戦力増強には繋がらない。

戦力増強に繋がるのはIS学園のタッグトーナメントでの結果と生産ラインを倉持技研で確保すると同時に、統合機兵を扱う【機動歩兵部隊】の設立が完了してから––––––。

おそらく実戦配備まで、あと半年はかかる––––––というのが現実だった。

……それまで日本が健在ならばいいが––––––。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「––––––これが…試製21式統合機兵【打鉄甲一式】…。」

 

自身の眼前に鎮座する、深緑色に迷彩が施され、全身装甲型で頭部には双眼に、翼竜のトサカを連想させられるレーダーユニットがあり、肩部ユニットには打鉄の名残である武士の大鎧にある肩上を模したシールドユニットを持ち、戦術機や強化装甲殻由来の背部兵装担架を、腰部には跳躍ユニットを内蔵した多関節式補助脚を4基もつ、【打鉄甲一式】を見た箒がぽつりと呟いた。

 

今眼前にある機体が、タッグトーナメントで自身と千尋が駆る事になる存在だった。

 

なぜ、統合機兵というISと強化装甲殻の融合機である本機でISに挑むか––––––多分、これを期に国内のISを統合機兵へとアップグレードする口実を作るため。

いや、それだけではない。

武器輸出に対する憲法解釈が改正された今なら、東南アジアなどに戦術機よりコストが安い統合機兵を輸出して、世界破滅後でもある程度自力防衛させられる。

それだけでなく世界の警察たるアメリカにも売り込み、あちらの兵器強化を間接的に行わせ、よりアメリカ主導による人類の結束を強めるためにアメリカの軍事的地位を安泰させ、日本がそれらの取引で得た利益を極東における巨大生物迎撃に利用する––––––という目的が見え透いていた。

 

(……結局、また私達は政治の道具として使われる訳か…)

 

箒はため息をついてうんざりした顔で内心言う。

慣れているとはいえ、いざその役をやらされるとなると、相変わらず気が滅入る。

 

だが、その結果が破滅から日本を救う手立てになると思えば––––––無駄ではないし、希望はある。

……人間単独で勝てる訳がないことは重々承知しているが頼る存在が人間以外にない以上、止むを得ない––––––。

だがその頼るべき人間は民主主義・共産主義思想によって西側と東側に分かたれた冷戦時代の構造を残しながら存続している。

さらにISの台頭後に女尊男卑思想まで流行っている以上、手を取り合うどころか内ゲバに発展しかねない––––––それは巨大生物が出現してからも同じだった。

 

《はぁ…ホンット、人間って内輪もめが好きねぇ…》

箒の中に巣食うナニカが呆れた声音で言う。

《私を作った連中も似た感じだったわ…バルゴンを作った人間と敵対していたギャオスを作った連中と、それに抗うために私を作った連中の内輪もめ––––––今は内ゲバって言うのかしら?それのせいでどれだけの生命が喪失したか––––––…》

(…へぇ、いずれ私を取り込むだろうお前が他者の生命を気にするとは、な…)

箒は皮肉を込めた感情を纏って内心呟く。

《––––––私だって、好きでやってる訳じゃないわよ?貴女を取り込む事も。》

酷く珍しい、至極真面目な感じの声音でナニカが言う。

だからは箒は黙ってしまう。

《だってお友達になりたい子をどうして取り込まなきゃいけないの?》

ナニカがいつものように妖艶でいながら冷静な声音どはなく、感情的でやるせなさを孕んだ人間味のある声音で聴く。

急なことに箒がまた驚く。

《…ごめんね。前にも似たような事があったし、その娘に貴女がそっくりだから、つい……》

クールダウンした声音で、箒に言う。

《……でも、私の大元に埋め込まれて指示しているプログラムと状況がそれを許さないだけ。……ギャオスがいつ目覚めても可笑しくない今はね……。》

そういえば、私はこいつの事情や意思を考えたことは、一度も無かったな––––––ふと、箒は思った–––––––瞬間。

箒は強烈な吐き気を覚え、咄嗟に近くの女子トイレに駆け込む。

そして個室に飛び込むとドアを閉め、鍵を掛けて清潔感に満ちた白い洋式便器の蓋を開くとその上に顔を出して–––––––

「けほっけほ…!うっ、ごふっ‼︎」

激しく咳き込んだ一瞬後––––––口から赤い紅い鮮血が便器の中に吐き出され、白い清潔感溢れるモノを赤く紅く、獄炎が焼き尽くすように塗りつぶしていった。

「は、あ……はぁ…はぁ……」

吐血し終えると、全身から力が抜けてトイレの床にぺたん、と膝を着いてしまう。

「は…あ……く、う…。」

箒は自分の服を捲って胸部を見る。

前よりも黄色いシミが広がっている––––––しかも見れば、脇下を通って背中に到達しているモノもある。

箒は自分がさらに自分じゃなくなるような感じがして、自分の手を交差させるように互いの手で二の腕を掴みながら恐怖を覚えながら蹲る。

「くそ……!」

震える声音で、自身に喝を入れるように箒は呟いた。

 

 

 

 

■■■■■■

 

IS学園・中庭。

 

そこには第2守備隊と立花、鷹月の面子が芝生に腰を下ろしながら、鋼鉄の牙城群が犇めく東京湾を眺めていた。

「あれはイギリス海軍のクイーン・エリザベス級空母ですわね…あんなものまで引っ張ってくるなんて…。」

ふと、セシリアが言う。

「へぇ、オルコットさん、艦艇の知識もあるんだ。意外。」

立花が少し驚くように言う。

「クイーン・エリザベス級空母は歴代の女王陛下の名を冠しておりますから…貴族である私は知らなくては女王陛下に不敬な気がしましたので勉強致しました。」

苦笑いしながらセシリアは言う。

と同時にふと、クイーン・エリザベス級改装空母アーク・ロイヤルの横に停泊してきた戦艦を見て、セシリアは驚く。

「あれは…キングジョージ5世級戦艦⁉︎…あんなものまで……」

ちなみにキングジョージ5世級戦艦もクイーン・エリザベス級改装空母同様に、王族の名を冠した艦艇だった。

「艦艇祭りだね〜。」

本音がいつもの、のほほんとした雰囲気で言う。

だが、瞳にはどこか醒めた感情を孕んでいた。

「……いざとなれば、学園を制圧するかも知れない…。」

簪が見透かしたように言う。

「制圧…⁉︎」

鷹月が驚くように聴く。

それに簪は応えるように言う。

「学園の大半は日本資本でそこには盗聴器や監視機器が大量にある……さらに不祥事を学園が揉み消そうものなら日本政府がそれを餌に国連に要請して––––––多分、日米安保に則って、アメリカとかに制圧させる可能性がある…。」

ISが対巨大生物に役には立たないとはいえ、学園にある技術を独占できるのだからそれにアメリカが乗らないわけがない。

セシリアも、それに続くように口を開く。

「––––––あるいは、IS学園の独立自治権を剥奪し、学園の敷地を日本に返還もしくは国連管轄地域のまま治安維持として日米臨時編成軍や欧州連合極東派遣軍が国連臨時編成軍として居座るか––––––そのどちらかというのもあり得ますわね。」

その蒼眼は、眼前に映る鋼鉄の牙城群を背後から操る者たちを見透かしているような眼をしていた––––––。

 

 

 

 

◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎

 

東京都内・赤坂

 

鈴は ” ある仕事 ” を終え、学園への帰路についていた。

ふと、すぐ横に黒塗りのセダンが停車する。

本音を言えばさっさと駅から学園に帰って、今回の相手が全身に残していった跡をシャワーで洗い流してベッドに埋もれて、現実からすぐにでも意識を切り離したかった––––––だが鈴は無言のまま、自分の隣に停車したセダンの後部座席のドアを開け、セダンに乗り込んだ。

「それで、今日の成果は?」

前置きもなしに隣に座っていた女––––––中国共産党隷下・特別武装隊の【周沢民】大尉が鈴に聴く。

彼女は特別武装隊のIS乗りで、中国大使館に置かれた対日諜報斑第81号部隊の諜報役も兼ねていた。

鈴は感情を殺した声音で報告を口にする。

自らの鞄に仕込んでいた小型盗聴器を取り外し、周に渡す。

 

「……大尉の読み通りでした。国土交通省はIS学園に通ずるライフライントンネルを有しており、非常時にはそこからのアクセスが可能性だそうです。」

 

赤坂のホテルでハニートラップを仕掛け、自分と ” 行為 ” を繰り広げた国土交通省高官の男の顔を思い出し、思わず吐き気がこみ上げてきたがそれを堪えながら鈴は続ける。

 

「……また、臨海学校および、学園が万一壊滅的打撃を受けた際は霞ヶ浦研究学園都市に移転するそうです。……タッグトーナメント時は日米臨時編成軍や欧州連合極東派遣軍が見張っていますから襲撃は難しいですが、海から離れている上にIS学園と同じく中立地域の霞ヶ浦研究学園都市には自衛隊も在日米軍も展開していないため襲撃は容易かと。」

 

鈴はやはり感情を殺した声音で淡々と報告する。

「……そう、ご苦労。あとから学園に送り込んでいる情報提供者からも情報を得て、照らし合わせてみるわ。」

「………。」

鈴はそれを聴いてもやはり感情を殺した顔をしていた。

だが内心では、違った。

(……やっぱり、どこにいっても、あたしに逃げ場は無いのね…)

諦観に満ちた感情を内心に抱きながら、内心呟く。

––––––第81号部隊中国大使館駐在班の仕事は、単なる諜報活動だけではない。

日本国内における破壊工作や国内の共産主義者を扇動して反与党・反民主主義デモを行なわせたり、他にも国内の中核派や親中派の人間を懐柔し、自らの手駒にして情報提供者に仕立て上げることも、活動の一環だった。

当然、日本国内にあるIS学園もまた、諜報の対象だった。

懐柔して情報提供者に仕立て上げた中核派の人間を偽造した履歴と共に教師や生徒、用務員、警備員などとして送り込み、学園の情報を収集していた––––––。

 

「それにしても、女尊男卑主義だなんて思想問題に対処するために我が国と繋がって反国行為を行っている野党や中核派という売国奴に対処できるだけの手を回せずにいるとは…日本も大変ねぇ……。」

 

周はまったく真に思ってすらいない事を言う。

 

「女尊男卑主義者にばかり手を回しているから、我が国に隙を突かれ、共産主義の蔓延を許してしまう……まぁ、中国にとっては好都合ねぇ…このまま行けば、野党の各党にかなりの親中派を生み出し我が国との事を有利にして、我が国を間接的に肥やす存在になってくれる––––––それは党と祖国の権益になるわ––––––…。」

 

周が楽しそうにそう言うが、鈴は感情を殺した顔をしたままそれを左から右へ聞き流す。

正直、もう死んでしまった母さんの祖国だった中国なんて本当に…もうどうでも良い。

とにかく、今は––––––汚い大人たちから解放されたい。一夏と一緒に居たい。

––––––鉄格子に囚われたような、汚泥に沈んでいるような感覚に襲われている鈴の中にある感情は、それだけだった。

「……要件が以上でしたら、私は失礼します。…明日も学校がありますので。」

鈴はそう言うと会釈して、セダンから降りる。

そしてセダンから逃げるように、疲弊の残る体を引きずりながら、鈴は学園に向かう為に駅に向かって行った。

そしてセダンが視界からはずれ、少し気が軽くなる。

ふと、駅前広場に目を向けて––––––女尊男卑の社会ではあるものの、楽しく過ごすカップルが視界に入って来る。

そのカップルは、とてもとても楽しそうで––––––。

自分が一夏と共になりたかった存在そのもので––––––。

 

「…ッ‼︎」

 

不意に鈴は堪えきれなくなって、近くの公衆トイレに駆け込む。

誰もいない事を確認するなり個室に飛び込み扉を閉めて鍵を掛ける。

瞬間、目尻から大粒の涙がポロポロと零れ落ちてきて––––––

 

「…もう、嫌だ……。」

 

力無く、呻くように呟くと扉に背をもたれ、床の上に腰をつくように崩れてしまう。

それがキッカケとなり、先程まで堪えてきた感情が涙と共に奔流のように流れ出てくる。

立っていられない。

膝をついたまま、嗚咽を漏らす。

 

「助けて……一夏……!」

 

今までの鈍感ぶりからすれば、一夏が自分より千冬しか見ていない事を考えれば、応えてくれるはずが無い。

けれど、それでもそんな風に言わなければ鈴は気が狂ってしまいそうで––––––。

 

「あたし…これまで、たくさん、たくさん頑張って来たんだよ……?」

 

毎日顔を合わせている––––––けれど今日のような行為や過去に受けた陵辱によって人格が歪められて、色あせてしまっている一夏の顔に語りかける。

 

「でも……もう、こんなの嫌だよ、一夏…」

 

嗚咽を漏らしながら言う。

けれどやはり、記憶を辿っても、いつものあの、鈍感スキルを発動してヘラヘラ笑っている一夏しか見えてこない。

一夏は自分の現状を知らないから。

…自分の現状など言ったら––––––自分が汚れていることを知ったら、嫌われるかもしれないという恐怖を鈴は孕んでいるから。

 

「このまま汚され続けるだけなのっ⁉︎いつになったらあたしは、この地獄から解放してもらえるのっ……⁈」

 

鈴は堪えきれなくなり、激情にまかせて叫ぶ。

 

「こんな思いをして、党に何もかも奪われて絞りカスにされて!最後はバケモノに殺されればいいってこと⁉︎」

 

やはり激情のままに叫ぶ。

––––––こんな人生のまま終わりたく無い。

 

「だから、お願い……助けて…一夏ぁ…。」

 

君が彼に手を出して欲しく無いから党の奴隷になることを選んだんだろう––––––賀の嘲笑が聴こえる。

あたしの側に関われば、一夏が苦しむだけなのよ––––––もう1人の自分の声も聴こえる。

だが、泣き叫ぶことが許されるなら––––––。

 

「守ってくれるって…約束したよね?中学の時に、絶対に何があっても守ってやるって…!……絶対絶対だって、指切りだって交わして……だったら………‼︎」

 

だから、あたしを助けてくれない一夏が憎い––––––その結論に至るのを必死で堪える。

そんな結論に至ってしまえば、鈴自身の何もかもが崩壊するから。

答えは返ってこない。

童話の世界みたいに白馬にまたがった王子様のように一夏が鈴の前に姿を現すなどという事が、現実にあるわけがなかった––––––。

「もう、やだ…やだよぉ……」

鈴はしばらくの間、嗚咽を漏らし続けた。僅かに聞こえてくる公衆トイレの外にいる人間たちの楽しそうな声が、呪いのように鈴の鼓膜にこべりついた。

 

 

 

 

■■■■■■

 

IS学園・第2シャフト内

 

「…え?…解散、ですか?」

 

「そうだ。」

 

まりもに呼び出された第2学園守備隊の面子に告げられたのは、解散命令だった。

 

「そ、そんな…どうして⁉︎」

 

簪が声を上げる。

 

「納得できません!…そんな、急に…」

 

「––––––では更識、臨時招集部隊に過ぎない第2学園守備隊の本来の存在意義はなんだ?」

 

「それは––––––あ……」

 

まりもに言われ、簪は思い出した。

その簪が思い出した内容を他の者にも伝えるように、まりもが言う。

 

「そう。本来、第2学園守備隊はIS学園の教師部隊が中々動かなかったが故に教師部隊の穴埋めとして一時的に発足させた部隊だ。」

 

まりもは第2学園守備隊の面子に向けてそう言うと、続けて口を開く。

 

「だがIS学園が教師部隊を動かす判断を下した以上、これ以上生徒を戦線に立たせる必要は無くなった…だから第2学園守備隊は解散することになった…お前たちにこれ以上死のリスクを背負わせる必要も、人殺しをさせる必要もない––––––これだけの理由では、不満か?」

 

まりもは序盤は指揮官然とした凛としている声音で、後半は子供を思いやる母親のような声音で言う。

 

「で、でも…それだとまりもちゃんは……」

 

ふと、本音が心配するように言う––––––が、普段呼んでいたらしいあだ名で口にしてしまい、思わず口を手で塞ぐが––––––時すでに遅し。

 

「……まりもちゃん?」

 

まりもは訝しげな顔をして本音に顔を向ける。

だが意図を察したのか、すぐに何でもないような顔をすると、再び口を開いた。

 

「––––––まぁ、いい。……私の事は心配ない…元より私達自衛官は国民のために命を賭けるべき立場にある人間だ。」

 

まりもはやはり、母性を孕んだ声音で言う。

 

「…で、ですが……」

 

セシリアが口にしかけて––––––黙る。

 

「なんだ?言ってみろ。お前が思うことを素直に。」

 

そうまりもが言って、セシリアは少し口籠ったが、意を決して、口を開く。

 

「––––––元女尊男卑主義者の私が言うのもなにかもしれません。……ですが神宮司教官…この学園には、守るほどの価値があるとは––––––…」

 

セシリアが言う。

するとまりもも何処か納得しているような、そんな顔をして、言う。

 

「…確かに、今のIS学園は公正ではないし、とても日本に利があるとは、私も思っていない。」

 

「で、でしたら––––––…」

 

セシリアが言いかける––––––が、それを遮って、まりもが言う。

 

「だが、この学園には私達自衛官が本来守るべき国民––––––日本人だっている。」

 

「––––––ッ」

 

それでセシリアは黙ってしまう。

自国の国民を自国の兵士が守るのは義務であり責務だ。

学園と女尊男卑の異常性に気を取られていてそれに関する意識が欠如していたことを、思い知らされる。

 

「––––––たとえそれが女尊男卑に身をまかせるクズや国家転覆を狙う売国奴であっても––––––ですか?」

 

ふと、神楽がまりもに聴く。

 

「––––––そうだ。」

 

それにまりもは一瞬間を空ける。

だが、凛として告げる。

 

「たとえ国家の意思に反する者であろうとも、私達を妬み嫌う者であろうとも、彼らも国民であるが故にそういう人間も守り抜くのが自衛官だ。都合の良い国民だけを助け、都合の悪い国民は切り捨てる––––––自らに与えられた責務を放棄してしまえるような者に、自らを【防人】と名乗る資格などない。」

 

まりもはそう言い放つ。

そう、例え妬み嫌われ疎まれようと、国民を守る立場にある自衛官にとってはどのような存在であろうと国民を守り抜かねばならないという責務がある––––––。

そして自衛官達は、自衛隊発足当時から今に至るまで––––––70年以上もそれを遵守してきた。

そして、その精神は今後も語り継がねばならないモノだった。

セシリア達は、まりものその言葉の重さを細々とまでは理解出来なかった。

だが、まりもの意思に何か重く、そして確かに強いものを感じた。

 

「お前達が真剣に考える必要はない。お前達は自衛官ではなく、あくまでIS学園の生徒なのだから。」

 

「ッ––––––!」

 

セシリアも簪も、自分達とまりもを隔てている壁にぶつかった––––––ような錯覚に襲われる。

同時に、まりもが––––––いや、学園の予備戦力に回されている自衛官達が如何に複雑な位置に立たされているかを、教えられる。

 

「––––––話は以上だ。……そうだオルコット、湾港でお前のメイドと名乗る女性がお前のことを呼んでおられたぞ。」

 

「……え?」

 

まりものその言葉に、セシリアは思わず豆鉄砲を食らったハトのような顔をする。

 

「…––––––なんでも、ブルーティアーズをベースに開発したモノを届けに来たらしい––––––。」

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

IS学園・湾港エリア

 

その埠頭区画。

ちょうど、日米臨時編成軍・海上自衛隊【おおすみ型輸送艦くにさき】と欧州連合極東派遣軍・イギリス海軍【クイーン・エリザベス級改装空母アーク・ロイヤル】が停泊していた。

そしてその近くでは艦から積荷を降ろすために作業員が忙しく駆け回っている。

チェルシーはBDUからメイド服に着替えてそこに––––––正確には邪魔にならないよう隅の方にいた。

傍らにはセシリアに渡すために自身と共にアーク・ロイヤルに積まれていたイギリス陸軍の開発した、新型試験機––––––の入っているコンテナがあった。

「…ふぅ……」

チェルシーはふと、ため息を吐く。

先日の経験––––––スピット・エビラによる欧州連合極東派遣軍艦隊襲撃を生き残った––––––が、未だ実感がないのだ。

巨大生物がこの地球上に存在し、世界各地を跋扈していて、人類が巨大生物と戦争しているということが。

いや、確かにスピット・エビラに殺されかけておかれながらそれはないだろう、といわれるかもしれない。

だが、チェルシーは一般人、それも貴族という特権階級のメイドだ。

戦場から離れた場所におり、一番そういうモノから疎かったチェルシーからすればそれが当たり前なのだ。

 

「チェ、チェルシー⁉︎」

 

そこに懐かしい声が響く。

いや、懐かしいというほどではない。

離れてから2ヶ月しか経っていない。

––––––それでもチェルシーには、長らく会っていなかった家族と数年ぶりに再会したような感情を抱かせた。

振り向けば、そこには両親を亡くした時からずっとチェルシーが側について世話をしていたセシリアが、いた。

 

「お久しぶりです。お嬢様。」

チェルシーはそれに、いつもと同じ––––––けれど一段とにこやかに微笑みながら言う。

「あ、ああ…御機嫌よう…。ところで、またどうして学園に…?」

セシリアが聴く。

「あら?教師の方から何か聞いておりませんか?学園に連絡を入れたはずなのですが…」

チェルシーが疑問符を頭の上に浮かべながらチェルシーが聴く。

「いえ…伺っておりませんが…」

「…そうですか…。」

セシリアが困惑しながら言う。

ちなみにチェルシーが連絡したことはブルーティアーズの発展型––––––正確には日本から渡されたデータを基に開発されたISの強化機種を送り届け、セシリアにテストパイロットを務めるようにイギリス陸軍から頼まれたが故に、そちらに伺う––––––要約するとそういう内容だった。

そしてそれは、職員に確かに連絡は入れたがセシリアには届いていない––––––。

つまり、教員が故意に伝えていなかった事になる。

イギリス代表候補生宛ての連絡すら、鏡リカの再起不能化と同様に封殺されていたのだ。

「…では直接お伝え致しますね。」

チェルシーがにっこりと微笑みながら言う。

「––––––端的に言えば、ISの強化機種である統合機兵【ユリウス】の試験パイロットをしてほしい––––––とイギリス陸軍がお嬢様に依頼されたのです。」

チェルシーが言うなりセシリアが驚く。

「そんな……どうして私が…⁉︎」

「…お嬢様は仮にも国家代表候補生です。……にも関わらずブルーティアーズは不具合によって渡されなかった…イギリス政府はその詫びを兼ねて、お嬢様にこの機体を託すそうです。」

チェルシーのその言葉と共にコンテナの扉が開け放たれ、ブルーティアーズの同じ蒼を基調とした全身装甲型の機体が姿を現す。

チェルシーは一度その統合機兵––––––ユリウスに視線を送ったあと、再びセシリアに向き直る。

そして微笑みながら言う。

「この件には政治的な思惑があるのかもしれません。……ですが、それでも試作機であるこの機体をお嬢様に託したということは、イギリス政府がお嬢様に期待を抱いての事なのだろうと思います。」

「……」

「私は兵器については詳しくは存じません。……ですが、お嬢様の働き次第で、この先の時代で喪われるであろう多くの生命を少しでも減らせることが出来るやもしれません––––––。」

チェルシーはそう言い放った。

するとセシリアもチェルシーのその言葉を聴くなり、何かを瞳に宿して––––––。

「…そうですわね。私1人で出来ることは限られています…。なら、私は私に出来る事の最善を尽くし、期待に応えてみせますわ‼︎」

そう言い放った。

 

 

 

 

■■■■■■

 

 

特務自衛隊・八広駐屯地

第10番格納庫

 

格納庫の形は他の格納庫が上から見れば正方形あるいは長方形であるに対し、第10番格納庫は正8角形となっており、床から天井までの高さは100メートル近くもある。

天井部分は幾つかの超高圧LED照明を取り付けているものの、開閉式隔壁となっており、壁は合成ダイヤモンド複合装甲体で構成されている。

さらにその合間から格納庫を横切るように4本のそれぞれ高度が違う可動式空中連絡通路が通っていた。

 

普通の格納庫とは明らかに造りが違うその格納庫––––––の可動式空中連絡通路に、千尋はいた。

人通りが少なくなった今の時間帯に、千尋は可動式空中連絡通路の鉄柵に体重を預けるように両腕をついて、眼前にある存在を見上げていた。

 

––––––銀色の鋼鉄に身を包み、自分の父–––––正確には遺骨だが––––––を使って人類が自分のような存在––––––ゴジラを模倣した存在であり、この格納庫の主である、機械の龍––––––【3式機龍】を。

 

「––––––よぉ。…馬鹿息子が会いに来たぜ。」

 

誰もいない第10番格納庫の中。

千尋は何処か反抗期の子供っぽい口調で物言わぬ機械の龍に語りかける。

だが返答は帰ってこない。

当たり前だ。機械の龍の内に閉じ込められた千尋の元となったゴジラの父親––––––初代ゴジラはとっくに死んでいるのだから。

 

「…はぁ……。」

 

それに千尋も、溜息を吐く。

 

「––––––分かってる。分かってるよ…親父が応えてくれない事くらい…。」

 

そして寂しそうな顔をして呟く。

それは何処か、親に期待を裏切られた子供そのもので––––––。

 

「じゃあ、 ” あの時 ” のは、何だったんだよ…馬鹿親父…。」

 

千尋は俯きながら溜息を吐いてそう呟く。

そしてもう一度機械の龍の瞳を見つめる。

応えるはずがない。

けれど何処か意思を宿しているように見える瞳を。

 

「あれ、千尋?」

 

ふと、声をかけられる。

声がした方を向くと––––––いつも通りに作業員のキャップを逆向きに被っている山本がいた。

 

「あ、これは山本三尉‼︎」

 

声はいつも通り––––––ではなく少し張り詰めた声。

身体も反射的に背筋をピンと伸ばして直立不動の体勢をとると、ビシッと敬礼をする。

 

「そんな畏まらなくて良いぞ。誰もいないし、べつに素で構わない。」

 

そういうと、山本も千尋が見ていた存在––––––機械の龍を見上げる。

千尋もまた機械の龍に目線を戻す。

そしてふと呟いた。

 

「お前もここに来たら、いつも此奴を見てるよなぁ…。」

 

「はぁ…まぁ。自分に似た感じがするので…此奴は……」

 

千尋は自分の事を詳しく知らない山本には、まりも程自分や機械の龍について掘り下げて話すことは出来ないが、それでも山本に接する。

戦闘訓練––––––戦術機ではまりも、対人格闘術なら頼人から教わったから彼らに心を開いているように、整備に関して戦術機や強化装甲殻、今度学園で試される統合機兵そしてこの機械の龍––––––それらの整備に携わり、千尋に機体整備について一から十まで丁寧に教えてくれたが故に山本にも千尋は信頼を寄せていた。

 

「三尉は何故こちらに…?」

 

「ん?ああ、ちょっとヒマだったからな。此奴を見に来た。」

 

千尋の疑問に山本は笑いながら答える。

それは何処となく子供っぽかった。

 

「何故かヒマさえあれば此奴を見に来たくなるんだよなぁ…。今まで色々な機体を弄ったけど、ここまで人を惹きつけるヤツは初めてだよ。」

 

「そうですか…。」

 

山本はやはり笑いながらそう言って、千尋もそれにつられて笑ってしまう。

人を惹きつける存在だと言うのだ。

” あの時 ” 機械の龍の内面に触れた千尋からしたら少しおかしく感じてしまう。

だが、それは千尋が感じている事であって、山本が感じている事は千尋とはまた違う。

機械の龍に対して各々が思っている事も、全員が全員同じではない。

近しい考えのものがいたりはするが、それは細かく見れば全く違う。

……十人十色、という奴だろうか。

 

「……なぁ」

 

ふと、山本が千尋に声をかける。

 

「何ですか?」

 

「…お前さ、此奴に意思があると思うか?」

 

「ッ⁉︎」

 

突然の山本の何気ないその言葉に千尋は頭をハンマーで殴られたような衝撃が走る。

だが、それを隠しながら千尋は口を開いた。

 

「––––––ある、と……思い…ます。」

 

千尋が少し、たどたどしく応える。

自分の中で、本心でもまだ結論が出ていないが––––––直感で応えてしまう。

––––––もちろん、そう答えたからには理由がある。

だがそれは千尋の正体を知らない山本に言える内容では無かった。

だから他の理由を言う必要があった。

そして、その理由を––––––正確には思ったことを口にする。

 

「…だって……彼奴に意思とかそういうのが無かったら… ” あの時 ” あんな風に暴走したりしなかったと思うんです。」

 

千尋が体験した ” あの時 ” の事を言うなり、山本も頷いて、口を開く。

 

「なるほどな…。……実を言えばな、俺も此奴に意思があるんじゃないかって思えるんだ。」

 

その言葉に千尋は驚く。

あまりに意外だったからだ。

山本は視線を機械の龍から千尋に向けて、続ける。

 

「 ” あの時 ” 此奴はお前にギリギリ迫ってたろ?…上層部は偶然だと考えたが……俺には、此奴がお前を求めていたようにしか見えなかった。…––––––まるで長年生死不明だった息子に父親がやっと会えたような––––––そんな風に感じたよ。俺は。」

 

千尋は山本のその言葉に黙ってしまう。

山本の考察は当たらずとも遠からず––––––と言ったところだったからだ。

 

「まぁこいつはあくまで俺個人の意見だからな。事実がどうかは分からない。当たってるかも知れんし、外れてるかも知れん。」

 

山本は言う。

 

「…それよりお前、いつも悩んでる印象あるな。前は健気なガキンチョだったのに。」

 

不意に話題を変えて山本は言う。

 

「色々考えさせられることが多いんですよ。最近。…だから悩む量も前より増えちゃって……。」

 

千尋は疲れたような顔をして山本に言う。

確かに、最近は悩まされることだらけだった。

箒の容態について。

ISの存在意義について。

IS学園の在り方について。

ロリシカの現状について。

平和の価値について。

活動が活発化した巨大生物について。

新しく開発された統合機兵について。

機龍について。

そして––––––世界の破滅について。

ここ最近に悩んだことを取り上げてもそれだけある。

 

「それに、いつまでも『小坊主』って言われて馬鹿にされたくないですから。」

 

千尋は身長に関してはいつも悩みを抱えている。

何せ高校1年生にもなるのに身長が155センチしかない––––––全国の男子高校生の平均身長である169〜170センチに遠く届かない上に、箒の身長––––––162センチ––––––にすら、負けているのだ。

その低身長故に、特自ではよく『小坊主』だの『ちっちゃい』だのと言われているのだ。

 

「なんだ、気にかけてたのか?」

 

山本が千尋のそれを聞くなり、やはり馬鹿にしたように笑いながら聴く。

 

「当たり前ですよ‼︎これ以上子供扱いされんのは御免です‼︎……だから身長伸ばすために牛乳とか飲んだり運動してんのに身長伸びないんですよ…」.

 

「いや〜でも、お前、背が伸びたら可愛げないただの生意気坊主になっちまうぞ?」

 

「余計な御世話です‼︎」

 

千尋はついヒートアップして、子供みたいにムキになって怒る。

それを見て山本が笑う。

が、それを遮るようにふとアナウンスが響く。

 

『輸送科第8列車運行隊より通告––––––1805に第5ターミナル発、夢見島行きの輸送列車に乗車の隊員は速やかに第5ターミナルまで出頭して下さい。繰り返します––––––…』

 

八広駐屯地から延びている、IS学園のある千葉県富津岬東端の沖合にある、IS学園が置かれた夢見島に通じるライフライントンネルを通る列車に関するアナウンスだった。

 

「千尋、今のに乗るんだろ?急いで行った方がいいぞ。」

 

山本が言う。

 

「あ、はい!では失礼します––––––じゃあな、親父。」

 

山本にそう言って背を向けて、同時に機械の龍––––––機龍に視線を向けながら山本に聞こえないようにそう、ポツリと呟き、千尋は第10番格納庫を後にした––––––。

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでです。

すみません、最近はリアルに忙しいので…。

今回の冒頭はガメラ3のガメラの墓場のシーンとゴジラ(2014)のオマージュです。

…ちなみに例の怪獣募集時や感想で「ガメラが〜…」というのを見かけましたが…
その、誠に申し訳ないのですが…
【この世界にガメラは存在しません。】
…よって、募集した怪獣案の中からガメラ関連の設定をいじるかも知れません。
誠に勝手ながら申し訳ありません。
……え?じゃあ誰がギャオス対策のワクチンになるんだよって?
……今回の冒頭にいましたよ?ギャオスと一緒にミイラ化してましたが。
……さらに言えば、新しい抑止力は第1話…否、プロローグの時点で存在していました。

ー追記ー

えーと、この世界のイリスですが…多分原作ガメラ3を見た人からしたらかなりの異端になっております。

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