インフィニット・ストラトスadvanced【Godzilla】新編集版   作:天津毬

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EP-19 決断、そして怒気

IS学園近海

 

そこではラウラのシュヴァルツァレーゲンを先導に補佐としてラウラに付随してきた黒兎隊の隊員のラファール・リヴァイヴ(ドイツ軍仕様)2機が3機でアローヘッド陣形を取りながら飛行訓練を行っていた。

もちろん、IS学園を通して日本政府に特別に許可を得て行っていた。

 

「カニーンヒェン03、遅れているぞ。もう少し速度を上げろ!」

 

「は、はい‼︎」

 

ラウラが少し遅れていたラファールに対して撃を飛ばす。

ラウラの第3世代機の機動性に第2世代機であるラファールで追いつけなど、無茶な話だが、隊員はそれをやってのける。

 

自分達の飼い主––––––ドイツ軍技術開発局IS課の女達に『用済み』と判断されて処分されるのが怖いから。

それは部下の女達のみならず、ラウラもそれに対して恐怖を抱いていた。

 

ドイツ軍技術開発局IS課がISの優秀なパイロットを求めた結果、『探すのではなく、作ればいい』という判断に達した結果、作られた人工生命体––––––それがラウラ達黒兎隊の隊員の実態––––––故に彼女らはドイツ軍技術開発局IS課の所有物であり、生き残る為には『優秀』でなければ、処分されてしまう。

それは人間同様に感情や意思を持つ彼女らからしたら恐怖の他何でもない。

 

––––––特に、製造過程で不具合が生じ、作られてからすぐに失敗作扱いされていたラウラはそれに人一倍強い恐怖心を抱いていた。

 

『優秀』でなくてはならない。

『最良』でなくてはならない。

『完璧』でなくてはならない。

 

自らを洗脳するように暗示を唱えながら、ラウラは人一倍努力した。

そして2年前––––––教官としてやってきた織斑千冬の指導で才能を発揮したラウラはドイツ軍技術開発局IS課からも評価を得て、黒兎隊隊長に昇格した。

––––––不良品だった、ラウラがだ。

その、自らに大き過ぎる転機を与えてくれた織斑千冬はラウラに強烈な印象として残った。

 

『いつか教官のような––––––教官と同じような人間になりたい––––––』

 

織斑千冬という憧れと同じ存在になりたいという願望。

織斑千冬と同じ人間になりたいという純粋な願望。

 

その二つの意味を孕んだ願望を持って、ラウラは今ここにいた。

だから織斑千冬と同じように冷徹に、完璧であるように振る舞う。

教官のようになりたいという願望を叶える為に。

 

そして、『教官の経歴に泥を塗った織斑一夏から教官を取り戻しドイツに連れ戻す』––––––そんな子供じみた、身勝手な願望のために、IS学園にやって来た。

 

彼女の育ちが違えば、ここまでエゴに偏った人間にはならなかったかも知れない。

だが、それに滑車を掛けたのが、織斑千冬と、彼女に憧れた他でもない自分だとは––––––気付く事すら、なかった。

 

 

(ふん、一度戦ったが織斑一夏とはあの程度だったからな…あの程度なら、いつでもひねり潰せる。)

 

内心、ラウラは呟く。

 

(そういえば、あの後アリーナが使用禁止にされてしまったな……まぁ、教官の手を煩わせてしまったからな…仕方無い。)

 

 

ラウラがそう自己解決した––––––直後、けたたましいアラーム音と共に『警告:長距離ロックオン』と網膜に投影される。

 

「なっ…⁉︎」

 

ラウラは…いや、ラウラ以外の2人も絶句する。

 

「レーダー照射のようですが…照射源に機影、ありません‼︎」

 

部下の女が叫ぶ。

そしてその女の言う通り、確かにハイパーセンサーには機影らしきものが『一切』映っていない。

 

「バカな…⁉︎」

 

ラウラは思わず絶句する。

普通ならあり得ない。

ハイパーセンサーの索敵網をかいくぐるなど、普通なら不可能––––––あり得ない筈だった––––––。

 

(なら一体誰が…何を使ってハイパーセンサーに映らないようにロックオンしている…⁉︎)

 

ラウラの思考が固まってしまう。

 

「た、隊長!早く散開を––––––」

 

先程、ラウラに撃を飛ばされていた部下の女がラウラに叫びながら上申する。

–––––––が、それを遮って、低い、それでいながら澄んだ声が響いた。

 

『こちらシュヴァルツ・リード。カニーンヒェン各機、聴こえているならそのままでいろ‼︎』

 

(第666戦術機中隊⁉︎)

ラウラは通信ウィンドウに映った、先日の小競り合いの場に現れた指揮官の顔を見て、驚く。

後方を見れば、海面スレスレを匍匐飛行するMEF-2020【ヴァイツァヒンメル】6機編隊が、視認できた。

 

「ど、どういうことですか⁉︎私達に死ねと––––––」

第666戦術機中隊の指揮官––––––ユリアの命令に思わず部下の1人が反抗する。

だがそれをユリアは落ち着いた声音で受け流して言う。

『落ち着け、あれは友軍機だ。笑い物にされたくなければ、そのままでいろ。』

ユリアが冷静に言い放つ。

 

『––––––接近中のアンノウン(敵味方識別不明機)に告げる––––––今なら手荒い歓迎の挨拶の冗談と受け取ってやる。さもなければ、貴国に対してドイツ政府を通して正式に抗議すると共に訓練妨害の賠償を請求させてもらう!』

 

「冗談だと––––––?」

ラウラが屈辱に顔を歪めながら、呟く。

ユリアの警告と同時にレーダー照射が止み、黒兎隊各機のロックオン警報も解除される。

だが、そこまでしてもロックオンしてきた存在はハイパーセンサーに映らなかった。

––––––瞬間、唐突にハイパーセンサーのウィンドウに4機のグリップ(光点)が網膜に投影される。

 

(速い––––––⁉︎)

 

ラウラは思わず驚愕する。

そのアンノウンの速度は、米軍の軍用IS【銀の福音】より、僅かだが、速い––––––だが、姿が見えない。

思わずラウラは周りを見渡した。

瞬間––––––自分たちに、真上から強力な風圧が襲い掛かる。

一瞬瞼を閉じかけて––––––僅かに開いていた瞼の隙間から見えたその光景に驚愕する。

 

何も無かった筈の場所––––––そこが急に歪んだかと思えば、フォレストグリーンの装甲がプラズマを纏いながら、突然現れる––––––そして、その機体の全身が現れる。

熱光学迷彩––––––世界でもまだ開発が進んでいない技術だった。

全身の所々に鋭角的で凶暴そうなユニットを持つ、複眼の機体を見て––––––ラウラは、絶句する。

 

「––––––MF-22ラプターⅡ……⁉︎ アメリカ軍の、ステルス戦術機………‼︎」

 

それは、今まで資料でしか、見たことがない機体だった。

資料によれば、対人類戦に特化した戦術機で、元はと言えば近年アメリカで起きているテロや中東での紛争への投入を行ったり、対ISでは、ラプターのライバル候補はあの【銀の福音】––––––と言われるほどに強力な機体、と記されていた。

ラプター4機は一瞬、黒兎隊を一瞥するようにメインカメラを向けたが、直ぐに向き直ると黒兎隊を尻目にその空域から離脱して行った。

 

「米軍め…!我々をコケにして…‼︎」

黒兎隊の1人が忌々しげに漏らす。

 

『––––––それにしても、熱光学迷彩搭載型のステルス戦術機って……まったく、贅沢なモン作るわねぇ…。』

 

ユリアが素の声で、呆れるように言う。

だがすぐに指揮官然とした声音に戻る。

何故なら––––––

 

「た、隊長!アレを‼︎」

黒兎隊の1人が、ラプターの去って行った方角を見たからだ。

 

 

そこには––––––鉄の牙城群が、有ったからだ。

普段は風光明媚なはずのその海域はまるで鋼鉄で満たされたように、艦艇––––––それも、駆逐艦や巡洋艦、空母のみならず戦艦までもが––––––IS学園目指して、進撃していた。

データリンクしている艦艇のクラス名と艦名が、ハイパーセンサーのウィンドウに投影される。

 

「日本の海上自衛隊、【あいづ型護衛艦】に、【こんごう型イージス艦】に……【やまと型護衛艦】…⁉︎そ、それに…米海軍【アーレイバーク級イージス艦】、【アイオワ級戦艦】に、【キティホーク級空母】まで⁉︎」

 

思わず、ユリアとエミーリアを除く黒兎隊と第666戦術機中隊の面々は、その景色に圧倒されていた。

 

「ッ…!どうなっている⁉︎シュヴァルツ・リード⁉︎」

ラウラがユリアに噛み付く。

『…どう、とは?』

「どういう状況か教えろと言っている‼︎」

思わずラウラは声を荒げる。

そんなラウラを通信ウィンドウ越しに一瞥し、ユリアは、

『見て、聞いての通りだ––––––総員に通達する。』

凛として宣告した。

『これより我々は、IS学園の警備任務を解任––––––日米臨時編成軍指揮下のもと、IS学園の監視任務に移行する!』

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

ジェラルド・R・フォード級空母【ジョン・F・ケネディ】

 

甲板上では艦載戦闘機【F-35ライトニングⅡ】が並び、先程IS学園の守備システムが如何なものか偵察するついでに黒兎隊に手荒い挨拶をしたラプター4機が甲板上に着艦し、甲板作業員が忙しく駆け回っている。

 

そこに一機のペイブロウ輸送ヘリコプターが、ローター音を鳴らして着艦する。

「…ふぅ…。」

そして、そのペイブロウから、元・福音部隊のヘックス・オブラインがタラップを鳴らして機体から、降りてくる。

 

その彼女に金髪の女––––––CIA潜入捜査官スコール・ミューゼルが話しかける。

「わざわざご苦労様。…ニューヨークでは活躍したそうね?」

にっこりと微笑みながら言う。

「…それは嫌みかしら?」

「まさか。ペンタゴンから女尊男卑主義者共を一掃する要因を作ってくれた、お礼よ。」

 

 

先のラドンとのニューヨーク空戦で、支援用フリゲート艦が轟沈した時点で、ペンタゴンから直接撤退命令が出た。

だがすぐにペンタゴンの女尊男卑主義者が取り消すよう求め、作戦室で乱闘沙汰に発展––––––。

その間ヘックスが福音部隊に撤退を申告したが––––––。

『黙れ!裏切り者が‼︎私たちはまだやれる––––––‼︎』

そう、一蹴されてしまった。

だからヘックスは彼女らを無視してペンタゴンの命令に従い、撤退した––––––つまり、福音部隊の残りを見捨てたということに、なる。

『あたし達を盾にして逃げるつもり⁉︎』

『この、裏切り者ぉぉぉぉ‼︎』

その時に、そんな断末魔が聞こえてきた。

結果、生き残ったのはヘックスと彼女の意図に気付いて彼女に追随した1人だけ––––––。

他は、ラドンにやられた。

だが、帰投後、ヘックスに向けられたのは叱責ではなく、賞賛だった。

『よく命令に従ってくれた。』––––––と。

 

 

「別に、私は命令に従っただけですよ。スコール。」

ヘックスは興味なさそうに応える。

 

「…ラドンは?」

 

ヘックスはスコールに聴く。

 

「アフリカに帰ったそうよ。ひとまずは安泰ね。」

 

スコールが世間話をするように言う。

その、瞬間。

 

「へーックス‼︎」

 

「わぷっ‼︎」

 

ヘックスの背後から衛士強化装備を身に付けた金髪の女性が飛びかかるように、首に腕をかけた。

 

「ひっさしぶりー!」

 

「…ナターシャ……貴女ねぇ…。」

 

ヘックスは、忌々しげにそのハイテンションな元・福音パイロットだった衛士––––––ナターシャ・ファイルス中尉を見る。

「あらあら、本当に仲が良いのね〜。」

スコールが笑いながら言う。

「誰が––––––…」

「でしょう?なのにヘックスったら素直じゃなくてねー…。」

「––––––もういい。…じゃあ私はもう行きます。」

呆れながら、ヘックスはそそくさと足早に艦橋の方へ向かって歩いて行った。

「ちょーっと、からかい過ぎたかしら?ま、ああいうトコが可愛いんだけどね。」

ナターシャはそう笑いながら、ヘックスの後を追って艦橋の方へ向かって、行った。

 

 

一人残されたスコールは、IS学園の方を向く。

「世界最強の兵器とパイロットを育成する組織であり、世界最強たる織斑千冬を通じてIS委員会や女尊男卑主義者、天災の息がかかった場所––––––IS学園、ね。」

ふと呟く。

スコールがIS学園に来た理由は、学園の実態と、ある人物の素性を暴くため––––––。

「会うのが楽しみねぇ。」

スコールの口端が頬を引き裂くように、つり上がる。

 

「あれを世界最強と言わしめて英雄まがいの存在に仕立て上げた美談がどれだけの嘘と罪で塗り固められているか––––––それを暴けると思うと楽しみで仕方ないわ。」

 

スコールの目が獲物を前にして勝ち誇った蛇のように鋭くなる。

加虐の衝動が全身を支配する。

そう、我々は近いうちに奴らを––––––ISを根こそぎにしなければならない。

人類と、我々の祖国・アメリカの未来のために––––––。

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

 

IS学園

 

織斑千冬は廊下を歩いていた。

ふと窓の外を見れば目に映るのは数多の艦艇群––––––日米臨時編成軍の艦艇だった。

 

––––––数時間前、日本政府は学園の警備体制強化を国連に要請。

それにアメリカが応じ、日米安全保障条約に則り在日米軍、本土米軍を派遣。

日本政府は国連租借地とはいえ仮にも自国領土であるため自衛隊に防衛出動を要請し、在日米軍、本土米軍と合流。

日米臨時編成軍を組織し、学園を警備––––––という名目で監視していた。

さらに先程学園守備––––––現在は監視だが––––––を担当しているドイツ軍第666戦術機中隊の国防省本部付き将校のエミーリア・カレル中尉から、イギリス、ドイツ、ポーランド、フランス軍の予備戦力から成る欧州連合極東派遣軍も行動を開始しており、現在先遣艦隊が北海から北極海、ベーリング海を経由して、日本に向かっている––––––と連絡を受けていた。

 

「はぁ…」

 

千冬は、ため息を吐く。

(世界から力が集まってきている––––––それも私たちを監視する為の––––––私たちを世界の異物と見るように––––––…。)

 

千冬は内心呟く。

 

(確かに、IS委員会の命令に従った私に問題はあるだろう。……だが、私が従わねば一夏が委員会や利権団体の息がかかった人間に––––––…)

 

瞬間、千冬の脳裏にあの時の光景がフラッシュバックする。

2年前、モンド・グロッソにて一夏が利権団体の息がかかった集団に拉致され、ドイツ軍の協力を得て救援に向かったものの、流れ弾が頭部に当たり、一夏が重傷を負った光景を––––––。

 

(一夏がもう二度とあんな目にあって欲しくないから、あんな光景を見たくないから。私はIS学園の教員になって、一夏から利権団体や委員会の息がかかった人間を遠ざけようとした––––––)

 

私のやって来た事は正しいんだ。

そう肯定しかける。

だが、もう一人の自分がそれを否定する。

 

ならば何故、私は委員会の傀儡になっている?

何故守るべき生徒を切り捨てる命令を受諾してしまった?

それは誰のために?

 

そう、自問する。

答えが、出ない。

その問題から目をそらし続けてきたから、その問題に対する答えが出ない。

いや、もうわかってはいる。

だがそれに結論が至ってしまえば私は人間として––––––社会不適合な人間だと、認知してしまうから。

だから認めたくない。

認めてしまえばそこで私たちは––––––でも、認めなければもう後戻りできないのも、分かっている。

私は、どうするべきか––––––結論が、出ない。

 

(どうすれば、いい––––––?)

 

思わず、縋るように自問する。

誰かが聞いてくれる訳でもない。

誰かが導いてくれる訳でもない。

でもそうでもしなければどうにかなってしまいそうで––––––

 

 

「織斑先生」

ふと、凜とした声が千冬の耳に入ってきた。

千冬はそちらを向く。

そこには、特務自衛隊の制服を身に纏った、神宮司まりも三佐がいた。

墨田駐屯地で戦術機の教導隊に属しており、教官を務めた事が幾度かある––––––千冬も資料を読んだため、彼女の過去は知らされている限りではおおよそ知っていた。

「少しお伺いしたい事があるのですが––––––よろしいですか?」

まりもが言う。

 

「構いませんが…何でしょうか?」

また、処遇関連だろう…そう思いながらも、千冬は応じる。

 

「先のシールドバリア破壊の件…何故、被害者を軟禁し、加害者を放免しているのか…それについて、教えていただけますか?」

「…適切な処置をとったまでです。」

IS委員会に、『先の件に関して問われれば、そう答えろ』––––––そう言われた答弁をする。

「…––––––それで貴女は納得しているのか?」

瞬間、まりものその問いに、千冬は揺すぶられる。

IS委員会の命令に従っただけというのを見透かされたからではない。

どの教師も生徒も自分の答弁に疑問を抱き、問いかけて等こなかったからだ。

それだけではない。その命令にお前は納得しているのか––––––自分が今最も悩まされている事を問い詰められたから––––––。

「…どういう、意味でしょうか?」

僅かに震える声音で聴く。

「委員会のイヌに成り下がって、平気で他人を犠牲にする––––––そんなやり方に納得しているのか?と聴いている。」

見透かすように、蔑むような瞳で射抜くように千冬を見ながら、まりもは言う。

「…私の家族を––––––一夏を委員会や女権の連中から守るためにやった事です。それに、学園の生徒やIS乗りの期待にも応えなくてはならない…だから私は、そのやり方に従ったんです。」

千冬はやはり完璧人間を装ったまま、応える。

「…なるほど。」

やっと止まった。

内心千冬は安堵すると共に僅かに罪悪感に苛まれる。

今の言葉は彼女との討論を終わらせるために仕方なく言った––––––だが同時に、自分が最低な行為に手を染めたことに、改めて自身の浅ましさと卑怯さを、呪う。

「…だが私は貴女の言い訳を聞きたいわけではない。」

「ッ––––––‼︎」

瞬間、まりもが放った低く、鋭い声に千冬は身を強張らせる。

「納得しているのか、否か…私が聴きたかったのはそれです。」

断固として聞くまで退かない態度––––––しかも、やはり鋭い視線を千冬に対して見透かすように向けている。

「そ、れは––––––…」

口ごもってしまう。

今、千冬が立たされているのは分岐点。

委員会の傀儡になり続けて使い潰される道と、理性と自己意識を持って傀儡から脱却する道の2つ。

委員会の傀儡になり続ける道は、確かに今のまま一夏を守れるだろう。

だが待っているのは破滅––––––。

理性と自己意識を選べば、今よりもより一層厳しい立場に立たされ、一夏を守るどころか自身の立場され、危うくする。

だな僅かながら、未来はある––––––。

選ぶのは、千冬。

自らの意思で自らの道を選択する。

そこに、引くという選択肢はない––––––。

前に進むしか、ない。

だから、千冬は––––––。

 

 

「………納得……………出来て、…いません。」

 

 

理性と自己意識を選んだ。

「……そうか。」

すると、まりもは少し表情を柔らかくして言う。

「…私は…どうするべき、なんでしょうか…?」

千冬がポツリと呟く。

それに、まりもは突き放すように言う。

「…それは分からない。貴女の事を私に決める権利など、無いのだから。」

「…あ」

「…だが、貴女にまだ自ら選択する意思があるなら––––––他人を思いやろうとする人間性があるなら––––––まずは負傷した生徒に会うべきでは無いか?」

「……」

「貴女の処遇は委員会が言い渡すでしょう…とはいえ、世界最強であり、天災と繋がりがあるが故に、厳罰には処されないでしょう。」

まりもの言葉は事実だった。

千冬はその言葉のひとつひとつに心臓を貫かれるような、錯覚を覚える。

「…だがいつまでも連中に縋り付いていては貴女自身が手遅れになる––––––そうなる前に、マシな手を打つ事を私は推奨します。」

そう言うと、まりもは踵を返して廊下を歩いて行った。

残された千冬は、ただ今後自らがどうすべきか––––––決断を迫られる事と、なっていた。

 

「教官‼︎」

 

ふと瞬間、聞き慣れた声––––––ラウラが千冬を呼び止めた。

そして、ラウラが駆け寄って来る。

「お願いが、お願いがあります!」

「なんだ?」

千冬は思わず、かつての教え子––––––ラウラの前で完璧人間を装ってしまう。

「どうか、どうかドイツに戻って来てください‼︎」

「ラウラ。」

「教官‼︎どうか…」

「……私は今はIS学園の教師だ。教官ではない。」

「そんな……お願いします‼︎こんな極東で教官の教えについて行けるものなど1人もおりません‼︎ですからどうか––––––」

ラウラが言う。

内容はメチャクチャだ。

だがそれが彼女なりのアプローチなのだろう。

それを聴いているのが千冬だけなら、どれだけ良かったか––––––。

 

「…ふざけているのか?貴様は。」

 

ふとラウラの後方から声が響く。

振り返るとそこには栗色の髪の、666のロゴマークが付けられたドイツ軍のBDUに身を包んだ女性士官––––––ユリアがいた。

それもかなり怒気に満ちた目を、している。

「ッ––––––貴様には関係な––––––」

ラウラが言う。

だがそれを遮って、

「甘ったれるのもいい加減にしろ、ボーデビッヒ少佐。」

冷たく、蔑むように言い放つ。

それにラウラは反射的に噛み付く。

「私が––––––私が、甘えているだと?」

「––––––そうだ、 ” 貴様は甘えている ” 。」

ユリアが氷のように冷たい声音で言う。

「––––––先のアリーナでの騒ぎ…何故、他人を巻き込むような騒ぎにした?」

「織斑一夏を誘き出し、奴の腕を確かめるためだ!」

「その結果、4人の重傷者を出しているが?」

「私の知ったことではない‼︎」

群れる事しかできない甘ちゃん共のことなんぞ知ったものか––––––ラウラの瞳がユリアに対して、言外に訴える。

貴様ごときにどう思われようと、知ったことではない––––––と付け足して。

だが、ユリアは許し難い何かを見つけたような視線をラウラに突き刺しながら、きつい口調で言う。

「…それで?」

ユリアは瞳に炎を見宿しながら聴く。

「貴様はその身勝手な行為をして、何を得た?」

「…ッ⁉︎……そ、れは……」

「…では質問を変えよう。先程織斑先生を連れ帰るつもりでいたようだが…どうやって、連れ帰るつもりだったのだ?」

「決まっているだろう‼︎だからこうして説得を––––––…」

「…それは、外交官の仕事だという事を理解しているのか?」

「そんなことは関係ない!教官に私は育てられた––––––それで、充分だ‼︎」

ラウラが叫ぶ。

瞬間、堪忍袋の尾が切れて、ユリアは冷静さを保っていたその顔を烈火に染め、怒声を放った。

「それを思い上がりと言うのだ!ラウラ・ボーデビッヒ‼︎」

怒鳴られると思いもしなかったラウラは思わず、身を強張らせる。

ラウラの後ろの千冬も、虚を突かれていた。

「貴様1人で、一体何ができる?ドイツ国家代表候補生?ブリュンヒルデから教わった?その程度のことで、本気で全てを成し得られると思っているのか⁉︎だとしたら貴様はただの大馬鹿者だ‼︎」

「…だ、だまれ!私は…」

ラウラが反論しようとするが、ユリアはラウラに対してその隙を与えない。

「先のアリーナの件に関しても同様だ。貴様が馬鹿な真似をしなければ、再起不能となった生徒の将来が潰える事も無かったのだぞ!貴様にとっては手段の為の消耗品だろうが、奪われた者からすれば、それが全てだ!クソのようなプライドと身勝手極まりない目的は守れて、何故他人は巻き込まぬように考えない⁉︎」

「……ッ!」

ラウラは何か言葉を紡ごうとする。

だが、ユリアの言葉のひとつひとつがラウラに直撃し脳震盪のような目眩を覚えていた。

そこにユリアは追い打ちを掛けるように、言い放った。

 

「貴様は訳知り顔で現実を理解したつもりになっている捻くれたただの ” 子供 ” だ!どれだけ戦技に優れていようが、己の私欲にしか使わない貴様に、 ” 軍人 ” を名乗る資格など無い‼︎」

 

ユリアのその言葉は、ラウラに深刻なダメージを負わせる。

世界最強、ブリュンヒルデである織斑千冬から指導を受け、黒兎隊を率いるドイツ最強のIS部隊を任され、もう怖いものなど無くなっていて、千冬のように完璧人間になろうとしたラウラに突き付けられた、捻くれた子供と軍人と名乗る資格がない、という二言。

ラウラの精神的支柱になっていたその存在を粉砕するには、充分過ぎる口撃だった。

「…ちが、う…私は…私は……ッ‼︎」

「ラウラ‼︎」

思わず、ラウラは廊下を走って、その場から去ってしまう。

千冬の制止すら、耳に届いていなかった。

ユリアに突き付けられた現実から逃げるように、自身の無垢な心を守ろうと自室に逃げ込み、ベッドに沈む––––––。

「ちがう…私は…私は…ッ、私……はぁ…」

現実から逃げる為に、うわ言を呟き、ベッドにうずくまりながら、ラウラは涙を流した。

 

 

 




今回はここまでです。

戦術機ラプター&ナターシャ登場回。
さらにIS学園に向かう日米臨時編成軍に欧州連合極東派遣軍の存在…

そして千冬とラウラへの説教回でした。

…え?怪獣?
ごめんなさい次回に書きます。絶対書きますから‼︎






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