悪の在り方   作:c.garden

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名の意味するところ

それからは思いの外スムーズに話が進んだ。

 

絶望を知り、思考能力が下がったものを操るのは容易い。

それこそ魔法など使わなくとも。

 

彼女から得た情報は、驚愕に値するものであった。

一つハッキリとしたのはここはユグドラシルの世界とは全くの別物であるということ。

というのも言葉は通じるが文字が見たことが無いものだという点、記憶力の良いと自負する俺ですら全くもって聞き覚えの無い地名や国。

魔法を使えるものや異形種のようなものはいるそうだが、彼女はその存在と縁がなかったためにユグドラシルとの差異がどれほどあるかは不明である。

 

そして何より大きな収穫は彼女が裕福な商人の一人娘であり、ここから一番近い国であるバハルス帝国という国に屋敷があるとのことだ。

更に先の盗賊と通じていた彼女の父の部下の手引きにより、両親は惨殺され、美しく気品をもっていたお嬢様は散々盗賊達の慰めものになった挙句、娼館へと売られるところであったという顛末。

 

彼女にとっては不幸だが、俺にとってはこれとない幸運だ。

不可視の魔法を見破られることも考慮し、身分がしっかりしている者の屋敷に潜むというのは悪くない選択だしな。

 

まずは彼女の身なりを召喚した悪魔に整えさせ、帝国へと向かった。

次に斥候としてシャドウデーモンを送り込み、彼女には衛兵に事情を説明させ、下手に干渉されぬよううまく丸め込んだ。

無論、俺の入れ知恵だが彼女は思いの外うまく取り繕ってくれた。

不可視化して横にいた俺に怯えているから、というよりかは寧ろ何処か楽しげな様子すら見受けられた。

俺が召喚した悪魔にもさほど驚いた様子はなかったしな。

 

変わった女だな、こいつは。

仮にも悪魔の手を取った女だ、凡人では困るというもの。

本当に思わぬ収穫であった。

 

 

「ここが私の屋敷です、悪魔さん」

 

ほう、と声漏らした。

そこはまるで昔文献で見た西洋の貴族が住んでいたと言われていたものによく似ていた。

優秀な商人だったのだな、と素直に賛辞を贈る。

 

「いくつか魔法をかけるが問題はないか?無論君には害の無いものだ。むしろ我々を守ってくれる類のものと言った方が分かりやすいか」

 

例え断れたとして、その意思を変えるつもりはさらさら無かったが。

 

「構いませんわ。この屋敷も私も好きなようにお使い下さい」

 

ふむ。

ここまで従順だと毒気も抜かれるな。

しかし馴れ合う気は無い、情なんてものは俺にも彼女にも必要などないものだ。

だが、ある程度は交流を深めておくとするか。

 

「そうか、ならば好きにさせてもらうとしよう。さて、何か聞きたいことはあるかな?答えるかは内容と気分次第だが」

 

彼女は少し考えたのち、今更ながらの問いをよこした。

 

「そうですね、では一つだけ。貴方のお名前を教えて頂けませんか、悪魔さん」

 

再三言うが本当に変わった女だ。

得体の知れない魔法を操る悪魔である俺に対し、打算も計算もなく単純な質問をしてくる。

他に聞くべきことはいくつもあるだろうに。

 

「良いだろう、但し余り吹聴するなよ?私の名はー」

 

嘗ての栄光に思いを馳せつつ、この名を口にすることが再び訪れたことに多少の喜びを感じながら。

 

「ウルベルト・アレイン・オードル。それが私の名だよ、お嬢さん」

 

 

シャドウデーモンが集めてくる情報によると、やはりこの世界はユグドラシルとは別物であることがわかった。

俺が拠点としている帝国はそれなりに大きな国力を持ち、鮮血帝と呼ばれる皇帝、側近である騎士達、帝国内外でその名を轟かせる老魔導師の存在。

そして何より興味を引いたのがモンスターについてだ。

モンスターが存在していることに対しては問題はない。

しかしそのモンスターがユグドラシルと同等のものが存在していたことを考えるに、多少なりともユグドラシルとこの世界に繋がりはあるのだろう。

俺が魔法を使えることもユグドラシルモンスターである悪魔を召喚できることも、その裏付けとなる

 

となれば…

 

「お嬢さん、君はナザリック、或いはアインズ・ウール・ゴウンというものを耳にしたことはあるかな?」

 

メッセージは誰にも繋がらない。

望みは薄いな、そう感じながらも聞かずにはいられなかった。

 

「いいえ、存じ上げません。お役に立てず申し訳ございません、オードル様」

 

やはり、か。

そうなればこの先すべき事は

 

「いやいや、構わないさ。それにそんなに畏まることはないよ、お嬢さん」

 

まずは地盤を固め、自分の力がどれほどこの世界で通用するか。

そして如何にして『悪』を成すか。

そうだ、これが泡沫の夢だろうがユグドラシルの欠片だろうが構わない。

俺はウルベルト・アレイン・オードル。

悪を成して、悪を成して、悪を成して。

この世界を俺のものにしてやる。

さあ、はじめよ

 

「オードル様」

 

おい、人が壮大な目的定めたところで話の腰をおるな。

 

「なんだい?お嬢さん」

 

多少イラツキを含ませつつも問い返した。

 

「それです」

 

それ?この女もしや俺の計画を見破ったのか!?

 

「それとは何のことかな」

 

冷静を保ちつつ、この女を処理することも選択肢に加える。

 

「そろそろお嬢さんではなく、名前で呼んでは頂けませんか?」

 

「ぇ?」

 

いかん、変な声がでた。

気を取り直し、問い返す。

 

「いや、悪魔に名前を預ける意味がどういうことか知らないのか?」

 

この世界ではどのような認識があるかは知らないが牽制をしておいた。

しかし

 

「私は貴方と契約しました。ですので今更名前を、この魂を貴方に奪われてもそれは本望というものです」

 

本当にこの女は…

 

「そうか、ならば聞こう。お嬢さん、君の名前は?」

 

「マリ・ダスピルクエットです、オードル様。マリと呼んでいただければ幸いです」

 

何処かで聞いた覚えのあるような名前…。

しかし終ぞ思い出すことは出来ずにいた。

 

「そうか、ではマリと。私は君を利用するが今の所君には害なすつもりはない。しかし君が私の邪魔をするというのなら容赦なくその魂を奪うことを心に刻んでおくことだ」

 

そういいつつも、何故だろう。

マリという女に対するこの感情は。

ただの気まぐれだな、そう自分に言い聞かせた。

 

「はい、元よりそのつもりはございません。ところでオードル様はお食事はどうなさるのですか?やはり人や魂が主食なのでしょうか」

 

悪魔に対しての認識はやはりそのようなものなのだな、そう思いつつも答える。

 

「いや、私はマリのとる食事で充分事足りるよ。外での食事は難しいであろうから、君が料理を作れるのならそれに越したことはないのだが…」

 

大して期待もせずに目線を向けると初めて見る彼女の表情、それは自信に溢れるものだと感じた。

 

「ふふ、これでもお母様からお墨付きを頂いた身です。こと料理に関してはご満足頂けるかと」

 

それは嬉しい誤算だな、現実世界ではロクなものを食べた記憶がない。

飲食不要のアイテムの使用も考えていたが、せっかくだこの世界の食を堪能するのも悪くない。

 

「君の性格が少しだが掴めてきた気がするよ。私は自分を卑下する人間よりも君のようなタイプの方が好感が持てるな」

 

我ながららしくないことを言った。

彼女からも何処となく以前の空虚さが薄くなっているのも感じる。

そこに僅かながら喜ばしく思える自分に違和感を覚えるが、深く考えないことにしよう。

 

「ところでオードル様」

 

今日はやたらと多弁だな。

まあ、今の所はこの女と友好を交わすのはそう悪くはない。

 

「なんだい?マリ」

「私に情欲は湧かないのですか?」

 

あーもう本当にこの女は。

 


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