悪の在り方   作:c.garden

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独自解釈が強い上に相当暗いお話です。
本来プロローグの予定でしたが、余りに救いのなさと本編とはほぼ関係のないため、飛ばして頂いても問題ありません。
せっかく書いたのでのっけちゃえってのが本音ですけども。

16/02/13 誤字修正
16/02/14 誤字修正


とある男の生涯

男は疲弊していた。

大きな希望も絶望なく、見るものによっては幸せとも呼べるその環境に対して。

 

男は磨耗していた。

かつての理想、いや野望とも言えるアイデンティティの確立のためにあがき続けた結果、彼の前に立ちふさがった壁は、翼のない者では超えることなど到底叶わないと気がついてしまったから。

 

 

「後藤先生、401号室の患者さんの件なのですが…」

 

その声を聞き、自分が微睡みの中にいたことに罪悪感を覚えつつ、深く呼吸して意識を集中させる。

 

「そうだな、頓服の安定剤を与えて少し様子を見よう。私は少し仮眠に入るから何かあったら叩き起こしてくれ」

 

我ながらおざなりな対応をしたものだ。

かつての俺ならば…いや止めておこう。

きっと奴の影がチラついて腹が立つだけだろう。

 

仮眠室に入り、一寝入りする前にPCの電源を入れる。

仕事用、プライベート用とメールを確認していくと懐かしい名前を見た。

 

「モモンガさん、か」

 

もう数年前になるがかつては一世を風靡したユグドラシルというゲームがあった。

仕事一筋であった彼がある出来事の後、生気を無くしてると感じた同僚の勧めで始めたものだったのだが、気がつくと深くその世界にのめり込んでいた。

 

壮大で自由度の高い仮想現実、その中で出会った数多くの仲間達。

まさに十人十色というべく、個性溢れる者たちの中で、俺は一貫して「悪」というものを突き詰めていた。

 

しかしそれも過去の話であり、今ではその世界からは身を引いていた。

 

「懐かしいな、しかしサービス終了か」

 

先のメールの文面には長年続いたユグドラシルも終幕を迎えるため、最後に皆で会いませんか、といったものだった。

しかしプライベート用のメールを開いたのは久方ぶりであったため、サービスの終了まで1時間を残すのみであった。

引退して暫く経つというのに、律儀な人だな。

そう思いつつも、これも一興かと端末を操作し、ユグドラシルの起動の為にセッティングを行う。

 

「しかし元は医療用の端末とはいえ、職場から私用に使うのがばれたら減給ものだな」

 

そのようなことに思考を巡らしつつも、指が止まることはなかった。

アップデートデータが大量にあり、残すところ五分になった所でようやく準備が整った。

 

「さて、あの天然ガイコツマスターに一声かけにいくか」

 

しかし、それが叶うことはなかった。

急に開け放たれた扉、目の血走った男、その手には何処から手に入れたのか鋭く光る刃物。

 

あぁこんな幕切か。

突き進んでくる男は迷うことなく、その手の刃物を俺の胸部に深く、深く刺し込んだ。

 

倒れこみ、視界が黒く染まる中で最後に俺が思ったのはたった一つ。

 

ああ、やっと終われる。この偽善に満ちた世界からようやく解放されるんだな。

 

そうして、ここに一つの命が散った。

 

 

男にはかつて、理想としていたものが確かにあった。

この産廃しきった世界の中で、少しでも何かできないか、誰かを救えないか。

頭の出来がよく、プライドの高かった彼は必死に勉強を重ねて医者という職業につくこととなった。

当時の医療というものは医学と機械学の入り混じったものであり、人工的に作られた肺などを外科手術を用いて行うというのが主流であった。

若かった彼は必死に働いた、かつて憧れたヒーローに近づくために。

患者には優しく声をかけ、同僚の医者や看護師への気配りも徹底していた。

その甲斐があってか、みるみるうちに出世をしていき、患者からにも慕われる素晴らしい人物へと成長していった。

 

ところが一つの事件が彼を大きく変えてしまった。

まだ幼い少女への執刀が決まり、彼はいつものようにメスを取った。

滞りなく手術は終わり、後は安静にさせておけば完治し、元気に走り回れるようになるのも、そう遠くないだろうと微笑みを浮かべていた。

 

そこに悲劇が起きる。或いはそれは必然だったのかもしれない。

彼が治した少女は裕福層の住む土地へと去っていった。

少女の親は裕福層に住めるほどの財力はない。

よくよく考えてみれば此度の手術代はどこからでていたのか?

そして少女が連れて行かれた先、そこは黒い噂が絶えない欲望と欺瞞に満ち溢れた街。

少女にこれから待ち受ける運命は…きっと死ぬよりも辛いことなのかもしれない。

せめてどうか数少ない親切な人間の元へ行ったことを彼は心から願っていた。

 

そして数ヶ月後、彼とは別の道で正義を目指している友人から連絡がくる。

警察官を生業としているその友人は独自のネットワークをもっている。

気にかけていた少女の話を以前振っていたこともあり、その件だろうとアタリを付けていた。

彼は前述の通り頭の出来がいい。友人の声のトーンと言い淀む空気から全てを悟った。

 

結論からして少女はより過酷な生活の末、その短い生涯を閉じていた。

それを聞き、彼の中で何かが崩れた。

人を治すのが本当に正義なのか、と。

むしろ治したことにより、僅かに命は伸びたがその分残酷な生を与えてしまったことこそが悪ではないか、と。

そうした苦悩の中で仕事に身が入るわけもなく、彼はこの時代衰退していた精神科医療へとわらじを履き替えた。

以前のような活力はなく、仕事はこなすがそれ以上のことはしない。

患者に感情移入しないために。

 

やがて、彼は思い立った。正義になれぬならば悪になろうと。

その悪をもってして、巨悪を打ち破って見せようと。

しかし現実はそう甘くない。

彼は結局悪にも正義にもなれなかった。

 

だからこそ彼は夢が破れた後、逃げるようにして

仮想現実の世界へとのめり込んだ。

せめてその世界の中では悪を貫こうと強く心に刻んで。




平凡な名前な人ほど壮大で、クールな名前をつける傾向がつよいと思うのです。
某モモンガさんはネーミングセンスが壊滅的なので、除外しますけども。

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