「では、仕事に行ってくる」
そう言って玄関へ向かう森羅の後ろを、レオがよちよちとついて行く。
それに気づいた森羅が膝を折ると、レオは潤んだ瞳で森羅の顔を見上げた。
「森羅ちゃん、いっちゃうの?」
心細そうにぎゅっと森羅の服を掴む様子が、また何とも可愛らしい。
思わず、行かないと言ってしまいそうになる気持ちをぐっとこらえて、
「ああ。行ってくる。おりこうに、留守番をしているんだぞ?」
言いながら抱き上げ、愛しくて仕方がない小さな体を傍に控えていたベニにそっと預けた。
「ベニ、レオの事を頼んだぞ?」
「はい、森羅様。お任せ下さい!!」
森羅の腕からレオをしっかりと受け取り、そのまま玄関の外へと見送りに出る。
「ほら、レオっ子。ちゃんと森羅様にお見送りの挨拶、しなさいよ」
「お見送り??」
「いってらっしゃい、よ。いってらっしゃい」
耳打ちするベニをきゅるんと見上げ、それから森羅を見上げた。
森羅は名残惜しそうにレオのほっぺたを撫で、
「ではな、レオ。……今日は、なるべく早く帰ってくる」
そう言って微笑む森羅に、
「いってらっしゃい。……早く、帰ってきてね??」
レオがちょっぴり潤んだ目を向ければ、
「……速攻で帰ってくる!」
森羅は力強く断言し、大佐を引き連れて職場へと旅立っていった。
そんな森羅を見送り、
「森羅ちゃん、いっちゃった……」
しょんぼりしてしまったレオの頭を撫でながら、さてこれからどうしようかと考えながらベニは屋敷の中へと戻っていく。
レオを元気づけるために、お菓子でも作ってやるかと、頭の中でお菓子のレシピのページをめくりながら。
居間に戻ると、使用人達はそれぞれの仕事に散っていて、そこにいるのは未有と夢だけ。
レオをどうしようかと、一瞬立ち止まったベニに、未有が声をかける。
「ベニ、なにかやることがあるなら、レオの事は私と夢でみておくわよ?」
「いいんですか?じゃあ、すみませんがお願いします。私はキッチンでレオの気を引くおやつでも作ってます。何かあったら声をかけて頂ければ」
「わかったわ。ここはお姉さんな私に任せて、レオのおやつをどーんと作ってあげなさい。どーんと。ちなみに私はプリンに一票、よ」
「あ~、夢は本格的なケーキが食べたい気分だよ~」
「はいはい。かしこまりました。今日のおやつは大盤振る舞いで用意することにします」
それぞれの希望もちゃっかり伝えてくる二人へ苦笑混じりに答えつつ、ベニはレオを未有の膝の上にそっと乗せた。
離れていこうとするベニの服の袖を、レオがきゅうっと握る。
「ベニーも、行っちゃうの??」
心細そうに見上げてくる大きな目が可愛くて、ベニは思わず微笑み、レオのほっぺたをぷにっとつつく。
「レオのおやつを作ってくるから、ちょっと待ってな?」
「レオの、おやちゅ??」
「そう。ベニ特製の、このぷにぷにほっぺが落ちちゃいそうなくらいおいしいのを、ね。レオはプリンとケーキ、どっちが好きなの?」
「プリンとケーキ?レオね~、どっちも好き~」
にこぉっと笑うレオのほっぺたを指先で摘みながら、
「どっちも?レオは欲張りね。でも、ま、レオの為に腕をふるってくるから、レオはここで大人しく待ってなさい」
にっこり笑いかけると、レオはやっと掴んだままのベニの服を離した。
だが、まだちょっと不安そうにベニを見上げるレオに、
「レオが呼んだらすぐ来るから。お二人といい子にしてるのよ?いい子にしてたら、おやつもすぐに出来ちゃうからね?」
そう言い聞かせ、最後にレオの頭を一撫でし、未有と夢に再度頭を下げてからベニはキッチンの方へと消えた。
それを見送ったレオが再びしょぼんとする。
そんなレオの頭を撫で、未有はよいしょとレオを持ち上げて、自分と向かい合わせになるようにレオを抱き直す。
そして改めてにっこりと微笑みかけた。
「レオ、改めて自己紹介するわね。私は久遠寺未有。特別にミューって呼んでも良いわよ?」
「ミュウ?」
「そうよ、レオ。お利口ね。レオだったら更に更に特別に、ミューお姉ちゃんって呼んでもいいのよ?」
「ミュウ、おねえたん??」
促されるまま、レオが未有を呼ぶ。
その様があまりに可愛くて、未有の鼻息が少し荒くなる。
「な、なんなのかしら。この犯罪的な可愛らしさは。はっ、ダメよ、いけないわ、ミュー。理性的になるのよ……それにしても、半ズボンをはいてないのに、これほど私を動揺させるなんて。レオ、恐ろしい子……これで半ズボンを履いていたら私の理性が持たなかったわね」
「ミュウ、たん?」
赤い顔をしてぶつぶつつぶやく未有を不思議そうに見上げ、レオが首を傾げる。
ミュウお姉さんと呼ぶのはちょっと長くて面倒立ったようで、未有の呼び方は、ミュウたんと略されることになったようだ。
そんなレオの純真な眼差しにさらされて、未有ははっとしたように取り繕うような笑みを浮かべ、レオの頭を優しく撫でた。
「な、なんでもないわ、レオ。お利口ね」
そう言いながら。
お利口とほめられて、レオの顔がぱああっと明るくなる。
「レオ、おりこう?いい子??」
「そ、そうね。レオはとってもいい子だわ」
レオの問いに反射的に答えながら、未有は別の事を考えていた。
ああ、レオに半ズボンをはかせたい、と。
レオの可愛らしさは反則的で、半ズボンをはかなくても相当な破壊力を有している。
だが、そのレオが半ズボンをはいたら、どうなるのかー未有は己の探求心を捨て去ることが出来なかった。
彼女はにっこり微笑み、傍らでニコニコしている妹の膝へレオをそっと乗せる。
それからきょとんと自分を見上げるレオのほっぺたをすりっと撫でた。
「レオ、ちょっとだけ夢と一緒にいてね。すぐに戻ってくるわ」
「ミュウたん?」
不安そうに自分を見上げるレオをなだめるように頭も撫でてやり、
「大丈夫よ。本当にすぐ帰ってくるわ。ちょっと買わなきゃいけないものが出来たの。私が戻るまで、夢とお利口に待ってるのよ?いい子にしてたら、すてきなお土産をあげるわ」
「お土産?」
「そう、すごくすてきなお土産よ。楽しみにしていらっしゃい」
最後にはコクンと頷いたレオに、とっても良い笑顔で笑いかけた。
そして、大人な投げキッスでレオの目をぱちくりさせてから、夢の方へと向き直る。
「じゃあ、そんなわけでレオのことは頼んだわね、夢」
「うーん。なにがそんな訳なのかよくわかんないけど、レオ君の事は任されたよ、ミューお姉ちゃん」
「ふふ。いい子ね、夢。あなたにも投げキッスをあげるわ」
夢にも投げキッスを送り、未有は悠々と居間を出て行く。
専属の美鳩の名前を呼びながら。
そんな姉の小さな背中を見送ってから、夢は膝の上のレオに目を移す。
そして、さっき未有がしていたようにレオを自分の方へと向き直らせた。
「さーて、やっと夢のターンがきたね」
「う?」
「初めまして、レオ君。私の名前は夢だよ。夢って呼んでね?」
「うめ??」
「や、それじゃどこかのおばあさんみたいだし。ゆめ、だよ。ゆーめ」
「ユメー?」
「うーん。最後は伸ばさなくてもいいんだけど、ま、いっか。ウメよりはましだし。レオ君はまだ小さいんだしね」
ぶつぶつ呟きつつ頷いて、夢はにこぉ~っと笑ってレオに頬をすり寄せる。
「そうだよ、レオ君。夢だよ~。上手に言えたね~~。いい子いい子」
わしゃわしゃと頭を撫でながら、しっかり誉めてあげる。
出来たらすかさず誉める。とにかく誉める。これが犬を飼う上での基本だと、夢は思うのである。
その脳裏に、ビーフジャーキーを加えて満面の笑みを浮かべる南斗星の顔を思い浮かべながら。
(犬も小さな子も、扱い方の基本は一緒だよね~。それに夢は、誉めて伸ばす方が好みだし)
そんなことを思いながら、レオをもみくちゃにする。
きゃっきゃと笑うレオが予想以上に可愛くて、めろめろになりながら。
そうやってひとしきり遊んでから、一息入れる。
レオを自分の胸にもたれ掛からせながら、その頭のてっぺんに顎を乗せて夢は考えた。
レオは一体どこから来て、レオのいう『乙女ちゃん』なる人物は一体どこに消えてしまったのか。
(圭子に聞いたら、なにか新事実とか、出てこないかなぁ)
中華街で両親が店を営む同級生の顔を思い浮かべながら、夢はうーんと唸る。
『乙女ちゃん』なる人物が彼女の両親の店に来ていないとしても、なにか情報は入ってきているのではないか、と。
少なくとも、ここでレオとまったりしている夢よりは、圭子の方が色々な情報を得やすい位置にいる事だろう。
もう一度彼女のところへ行って、情報収集の協力をお願いしておくべきなのかもしれない。
(夢だって役に立つんだって事を、みんなに知らしめないとね!!)
夢は夢なりに、色々と考えながら腕の中のレオを見下ろすと、いつの間にかレオはすぅすぅと寝息をたてて眠っている。
これならば、ちょっと置いて出かけても大丈夫かもしれない。キッチンにはベニがいるわけだし。
夢は頷き、レオを起こさないようにそうっとソファーの上に下ろした。
起きちゃうかなぁと不安に思ったが、レオの眠りは意外に深いようで、くぅくぅと可愛い寝顔で眠っている。
そんなレオを見下ろして、夢はふにゃ~っと笑い、
(レオ君の乙女ちゃんの情報を、しっかり仕入れてくるからねぇ~?)
声に出さずにレオに話しかけ、それから抜き足差し足で居間を抜け出す。
そして南斗星を共に、再び中華街へと舞い戻るのだった。
その際、出かけることをベニに伝えていないと言うことを、まるで念頭に思い起こさないまま。
こうしてレオは一人、居間に取り残されてしまったのだった。
読んで頂いてありがとうございました。
中々書けずに申し訳ない。
本家本元の「ベイビーパニック」の方も、近々投稿します!