ベビパニ・アナザー~君が主で執事が俺で~   作:高嶺 蒼

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ベイビー・パニックの「君が主で執事が俺で」バージョン、とうとうやっちまいました。
といっても、レンレンが子供になる訳ではなく、ベビパニのちびレオが「君が主で執事が俺で」の世界観に潜りこみ、そちらの皆様と交流する話になります。
時間軸とか、設定とか、甘い部分だらけですが、その辺は勘弁してもらえると有り難いです。
まあ、その辺はベイビー・パニックも同じですけど(笑)
「君が主で執事が俺で」を知らなくても読めるかとは思いますので、お気軽に楽しんで頂ければ幸いです。


第1話

 週末の七浜は、たくさんの人で溢れかえっていた。

 乙女はその日、レオをつれて七浜中華街を訪れていた。

 季節は2月。

 中国の旧正月にあわせて中華街もかなりの賑わいを見せていた。

 

 実はこの後、姫やなごみ達と赤レンガ倉庫の方で待ち合わせをしている。

 計画としては、乙女とレオが中華街で中華をテイクアウトし、姫となごみは赤レンガ倉庫の辺りのお洒落料理や甘味の出店で食料を調達し、日当たりのいい公園で上手いものを味わおうという感じだ。

 季節が季節なので少し寒いが、幸い今日は天気もいいし風も少ない

 気温もそれほど低くなく、何ともアウトドアに向いた日和だった。

 

 目当ての店をいくつか周り、すでに乙女の片手には一般人なら持ちきれないくらいの料理の容器が積みあがっている。

 本来ならレオに手伝ってもらうべきなのだろうが、今のレオにはそれが難しい。

 

 少し前、レオは不幸な事故で子供になってしまった。

 そしてそのまま、今現在に至るまで、まだ元の姿に戻ることが出来ないでいる。

 元に戻る方法は鋭意模索しているが、まだ形にはなっていないのが現状だ。

 

 とにかく、今のレオは見事なまでに3歳の愛らしい幼児で、荷物持ちをさせるなどとんでも無い。

 むしろいつもなら乙女が抱いて運んでやるのだが、流石に今日は荷物が多すぎてそうも言かない。

 まだまだ買いたいものは山ほどあるが、そろそろ持ちきれなくなりそうなので、乙女は一度姫達と合流することにした。

 彼女達の買ったものも見て、もし足り無そうなら2人にレオを預けてもうひとっ走り買い出しに出ればいいーそんなことを思いながら、乙女はレオの手を握ったまま信号が変わるのを待った。

 

 不意に、一陣の風が吹く。

 その風を受けて、芸術的に積み上げた食べ物の容器がぐらりと揺れた。

 

 

 「おっと」

 

 

 乙女はほんの一瞬レオの手を離し、倒れそうになった容器を支えてバランスを整える。

 それが終わるのを待ったかのように、信号が変わり人が流れ始めた。

 乙女は慌てて手を伸ばし、レオの手をぎゅっと握った。

 

 

 「よし、レオ。ちょっと急ぐぞ?」

 

 「は?ちょ、まっ・・・・・・」

 

 

 そう声をかけて走り出す。常人ではあり得ないスピードで。

 何となく、聞いたことのない男子の声が聞こえた気がしたが、まるで気にすることなく。

 

 そうして走る乙女は最後まで気づかなかった。

 自分の握る手が、3歳のレオのものでなく、大きなレオの時と同じくらいのサイズだと言う事に。

 こうして、事件は乙女のうかつなとり違いから始まった。

 

 

 

 

 

 その日、上杉錬は主である久遠寺森羅につき従い、中華街まで足を伸ばしていた。

 もちろん久遠寺家の後見人兼執事である田尻耕ー通称・大佐も一緒である。

 

 森羅が中華街に足を伸ばすことは非常に珍しいことだったが、実の妹である久遠寺未有と久遠寺夢に誘われての事だった。

 3姉妹とそれぞれの専属が揃い踏みで、夢の同級生・稲村圭子の家に中華を食べに行ってきたのだ。

 

 すでに食事は終わり、それぞれの主従に別れて解散した。

 森羅のもう1人の専属、朱子ことベニーの姿が無いが、彼女は絶品の中華料理に触発されたのか、食材を求めて1人中華街の中に飛び込んで行ってしまった。

 もちろん、森羅の許可を得ての事ではあるが。

 

 そんなわけで、現在森羅の側にいる専属はレン1人。

 新鋭の指揮者としてかなりの人気を誇る森羅のお付きが1人では心許ない為、大佐も同行している。

 現在3人は、大佐が車を停めている駐車場に向かっている所だった。

 

 大勢の人の波に紛れながら、今は信号待ち。

 大人しく信号を待ちながら、森羅は自分の忠実な僕の顔を横目で見る。

 鋭さを持ちながらもまだ幼さを残す顔立ち。

 そんなレンの顔を、森羅は結構気に入っている。からかうと、途端に真っ赤になるところも。

 

 

 (どれ、ちょっとレンでもからかってやるか)

 

 

 森羅はそんないたずら心から、内心ニヤニヤしながらレンに向かってそっと手を伸ばす。

 レン本人を、視界に入れないまま。

 その瞬間、信号が変わった。

 森羅はぎゅっと、レンの手を握る。

 

 

 「は?ちょ、まっ・・・・・・」

 

 

 そんなレンの慌てたような声に思わず口元が緩む。

 そしてそのまま、あえてレンの方を見ずに前へ進んだ。

 レンの真っ赤な顔を見てからかうのは、後のお楽しみだ、と。

 

 悦に入って歩く森羅は気がつかなかった。

 自分が握っている手が、レンのものとは思えないほど小さくぷよぷよしていることに。

 そんなこと、あり得ないと思うだろうが、本当に気がつかなかったのである。

 久遠寺森羅ー本人が自覚している以上に大ざっぱで無頓着な人であった。

 

 

 

 

 

 さて、場所は変わって赤レンガ倉庫前。

 姫となごみのチームもほぼ買い出しを終えて、乙女とレオの到着を待っていた。

 ここで合流してから一緒に公園へ移動する予定なのだ。

 

 乙女の胃袋の異次元性を考えて、2人もかなりの量の食べ物を抱えている。

 色々な料理を食べ歩く事が好きななごみは、無表情ながらも内心わくわくしていた。

 

 今回、佐藤良美の姿は見えない。

 姫はもちろん抜かりなく誘ったのだが、どうしてもはずせない用事があり、断られてしまった。

 私とその用事とどっちが大事なの!?とだだをこね、呆れられたことも記憶に新しい。

 

 

(今日のよっパイ不足は、なごみんと乙女先輩のおっぱいで癒してもらわなくちゃね)

 

 

 姫はニヤニヤしながらそんなことを思う。

 そんな姫を、なごみが気味悪そうに見つめ、一歩距離を空けるのだった。

 

 

 「おーい、姫!椰子!待たせたな!!」

 

 

 遠くから聞こえた乙女の声に、やっと来たかと顔を上げ、2人は何とも言えない顔をした。

 乙女が山盛りの料理を持っていたからではない。

 そんなのは想定済みだ。

 2人が驚いたのは別の理由。

 

 今日、乙女は小さくて可愛くて、姫もなごみもめろめろなちびっ子を連れていたはずだ。

 それなのに、乙女が引きずるようにつれている存在は、どうみても大きすぎる。

 

 もしかして、元に戻ったのかとも思ったが、乙女が近づくにつれそれも違うと判明する。

 対馬レオという少年は、どちらかというと優しげな容貌をしていたが、乙女がつれている見知らぬ少年は、ちょっと鋭い目つきの、見たこともない少年だった。

 コスプレなのか執事服のような服を着て、目を白黒させている。彼も、混乱しているようだった。

 

 何がどうしてこんな事になったー姫もなごみも、ほぼ同時に同じ事を思う。

 一体レオは、どこに消えてしまったというのか。

 

 

 「えーっと、乙女先輩?」

 

 「すまんっ、待たせたな!!だがこの通り、たくさん仕入れてきたぞ♪」

 

 「いえ、あの~、そうじゃなくって、ですね」

 

 「上手そうな料理が多くて目移りしてしまってな。足りなければ、もう一度ひとっ走りしてくるぞ?」

 

 「あ~、なんというか」

 

 

 何とか切り込もうとする姫と乙女の会話がかみ合わない。

 いらっとしたなごみが額に青筋を浮かべる。

 恐らく、この3人の中で、一番ちびレオを甘々に可愛がっているのはなごみだ。

 レオの行方が、気になって仕方なかった。

 

 

 「余計なことはどうでも良いですから。レオはどこです?」

 

 「ん?レオならちゃあんとここに・・・・・・」

 

 

 にこにこしながら自分が右手につかむ人物を見た乙女はしばし固まった。

 そこにいるのは見知らぬ男だった。

 ちっちゃくて可愛くて、乙女が愛してやまないレオではない。

 

 

 「き、貴様、何者だーーーーー!!!!」

 

 

 乙女は料理が宙を飛ぶのもかまわずに、左ストレートを振り抜いた。

 その鉄の拳は見事にレンの頬を捕らえ、巻き込まれ訳も分からずここまで引きずってこられた上杉錬は、何の言い訳もさせてもらえないまま、派手に宙を舞い、その意識は見事にブラックアウトするのだった。

 こうして乙女は、レオに至る道を、うっかりぶっつぶしてしまったのである。

 姫となごみが頭を抱えたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 さて、同じ頃。

 レンの手を握っていると信じ込んだまま、大佐の後をついて駐車場に着いた森羅は、そろそろレンの真っ赤な顔を拝んでやるかと、自分が左手をつないでいる相手に目を落とした。

 

 

 「ん?」

 

 「う?」

 

 

 森羅は左手に掴んだままの人物を見て、首を傾げた。

 相手もつられた様に可愛らしく首を傾げる。

 

 右手をあげ、こしこしと目をこすってもう一度見た。

 だが、見える相手は変わらない。

 

 

 「なあ、大佐」

 

 「はっ、何でしょうか?森羅様」

 

 「お前には、コレ、何に見える?」

 

 

 振り向いた大佐に向かって、森羅は左手に握ったままの人物を指し示す。

 大佐はその相手を見て相好を崩した。

 その余りに迫力のある笑顔に、森羅の左手に捕まれたままの人物がひくっと体を震わせる。

 

 そのおびえた様子に何となく庇護欲を刺激され、森羅が握ったままの手のひらにそっと力を込めると、小っちゃくてぷにぷにした存在は、頼りはそれだけとばかりに森羅の腕にすり寄ってきた。

 それは何とも森羅の可愛いモノ好きを刺激する光景であった。

 

 

 「おお、何ともいとけない幼子ですなぁ」

 

 「レン、には見えないよなぁ」

 

 「見えませんなぁ、全く」

 

 

 はっはっはっと、大佐が笑う。森羅様もご冗談が上手ですな、と。

 だが冗談ではないし、これ以上なく真剣なのだ。

 森羅はこの瞬間まで、左手に掴んだ相手を己の従者である上杉錬だと思いこんでいたのだから。

 どうやらどこかでとり違いが起こってしまったらしいーそんなことを思いながら、森羅は相手の目線に自分の目線をあわせるように両膝を折った。

 

 

 「私は、久遠寺森羅。名前は?」

 

 

 おびえさせないように気をつけながら、そっと声をかける。

 本来ならこういう役目は、レンの姉である上杉鳩子辺りが適役なのだろうが、この場にいないのだから仕方がない。

 レンの行方を追うにしても、まずはこの幼子から情報を得ないといけないだろう。

 

 

 「くお?」

 

 

 森羅のフルネームは、小さな子供には難しすぎたようだ。

 きょとんと首を傾げる様子に笑みを誘われながら、森羅は優しく言い直す。

 

 

 「森羅。森羅、だ。ほら、言ってみろ」

 

 「しんら?しんら、ちゃん?」

 

 

 舌っ足らずな声が森羅の名を呼ぶ。

 ちゃん付けで呼ばれるなど、いつ以来のことか。

 かなり幼い頃は、そう呼ばれることもあったとは思うが、今の森羅をそんな風に呼ぶ相手などいない。

 だが、こんな子供相手に様をつけて呼べと言うのも大人げないだろう。

 森羅は鷹揚に頷いて、

 

 

 「そうだ。よく言えたな。偉いぞ」

 

 

 そう誉めながら、ふわふわした柔らかい髪の毛をそっと撫でた。

 すると、それが嬉しかったのか、にこぉっとちびっ子が笑う。破壊的に可愛らしい笑顔で。

 ズキューンと、何かに胸を打ち抜かれたような、それほどの衝撃が森羅を襲った。

 

 そして思う。抱きしめたい、と。

 抱きしめてなで回し、柔らかなほっぺにちゅーもしたい。

 むしろ裸にむいて、全身舐め回したいくらいの激しい愛情のこみ上げに、森羅は思わずゴクリと喉を鳴らした。

 だが、耐える。

 

 普段は欲望に忠実な森羅であるが、流石にそれなりのTPOはわきまえているつもりだ。

 家族や身内相手ならともかく、初めて会った赤の他人にしていい事ではないだろうと、それくらいのことはちゃんと分かっていた。

 あふれんばかりの欲望を堪え、森羅は微笑む。

 

 

 「名前と、年は?」

 

 

 その質問に、我が意を得たとばかりにちびっ子が得意そうに胸を張る。

 そしてぷくぷくした指を3本立て、

 

 

 「対馬レオ。んーっと、3つ、です」

 

 

 そうはっきりと答えた。

 ほめてほめてとばかりに、森羅を見上げるレオ。

 森羅はほほえみを深めて、再びその頭を撫でてやった。

 大佐も、微笑ましそうにレオと森羅の様子を見つめている。視界に入るとレオがおびえるので、少し離れた場所から。

 

 

 「そうか。レオ、というのか。いい名前だな」

 

 

 レオとレン。

 名前まで似ているなーそんなことを考えながら、更なる情報を引き出そうと質問を続ける。

 

 

 「レオは、今日は誰と一緒だったんだ?」

 

 「んーっと、乙女ちゃん!!」

 

 

 森羅の質問に元気よく答えたレオは、きょとっと周りを見回した。

 ここに来てやっと、大好きな乙女の姿が見えない事実に気づいたのだ。

 急に不安そうな顔になり、パタパタと動き回って乙女の姿を探す。

 森羅の後ろや停まっている車の陰、直立不動の大佐の後ろまでも。

 

 しかし、どれだけ探しても、レオが愛してやまない乙女の姿はなかった。

 もちろん、乙女と同じくらい大好きな姫やなごみの姿もない。

 その事実は幼いレオの心を打ち砕いた。

 

 

 「乙女ちゃん、いない・・・・・・」

 

 

 ぽつりと呟く。肩を落とし、小さな背中を丸くするレオ。

 その後に続く事を予想出来ないまま、

 

 

 「乙女ちゃんか。レオ、その乙女ちゃんとやらは・・・・・・」

 

 

 森羅は続けて問いかけようとしてやっと、ぷるぷる震えるレオの背中に気がついた。

 

 

 「レオ?」

 

 

 不思議に思ってその顔をのぞき込み、ぎょっとする。

 レオは大きな目にいっぱいの涙を溜めて、今にも泣きだそうとするところだった。

 うろたえた森羅は慌ててレオを抱き上げる。

 

 

 「た、たたた、大佐。どうしよう。泣くぞ!?」

 

 「どうしようと言われましても。私の顔を見せたらもっと泣きますぞ?」

 

 

 慌てる森等にそう返し、はっはっはっと笑う大佐。

 そんな大佐を見て、こいつは役に立たんと見切りをつけ、森羅はあやすようにレオの背中を叩く。

 

 

 「レオ、レオ?大丈夫だから、なっ?私がいるぞ。あー、えー、そ、そうだ。乙女ちゃんとやらも、私がちゃあんと見つけてやる。な?だから、泣くんじゃない、泣くんじゃないぞ?」

 

 必死になだめるように声をかけながら、森羅はレオをつれて車の後部座席に乗り込み、大佐に車を出させる。

 レンの事は探さねばならない。

 だが、今はとにかくレオの涙を止めることが先決だった。

 それに何となく、レオの乙女を探し出せば、レンもそこにいるような気もするのだ。

 

 その乙女という人物を早く探し出すためにも、レオの気持ちを落ち着けてやる必要がある。

 だが、それを得意とする人物は残念ながらここにはいない。

 まずは、レオから情報を聞き出すのにベストな人材のいるところへ行くべきだと、森羅は判断したのだった。

 

 車は一路、久遠寺の屋敷へと向かう。

 そこには少なくとも自分よりは子供の相手をするのに適した人物がいるはずだったから。

 

 




読んで頂いてありがとうございました。
後で手直しはするかもしれませんが、とりあえず導入部をお届けします。

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