Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
「俺の能力は“昇華”だ。『原典を上回ることのできる宝具を生み出す能力』っつー触れ込みなわけだが、実際には大したもんじゃねぇ。出力がピーキーだったり、制約が多くなったり、コストがかかったりと欠点も多い。
その代わりに、オリジナル以上に強力にもなる」
原典を下回っているからこそ、上回る。
だからこそ、キャスターの作品は面白いのだ。
無垢な輝きなどよりも、キャスターは汚れた芸術を好む。
完成された過去よりも、キャスターは可能性に溢れた未来を好む。
そしてそれは決してキャスターだけの特異な嗜好ではない。
キャスターは胸元のポケットの中にある自らの宝具を意識し、胸に手を当てる。以前バーサーカーに見せたときにはソードオフショットガンの形を取っていた
その名も、
自らの召喚媒体であり、署長へ一時預けた命よりも大事な金貨。それにキャスターは惜しみなく持てる魔力と能力の全てを注ぎ込み、昇華してみせた。
アーチャーの
物量に押されれば、喩えどんな加護であっても最終的には英雄王にひれ伏すことになるだろう。実際、こんな一斉射を何度も繰り返されれば、いかに昇華されようと早晩この金貨は砕け散る。
キャスターが串刺しとなって消滅するのもそう遠いことではない。
「ハハッ。さすがだぜ、英雄王」
人質の処刑執行時間の差し迫った時間のないこの状況で、当たらぬことが分かっている攻撃を、アーチャーは繰り返す。
アーチャーがキャスターの
他人なら躊躇すべき選択肢を、英雄王は構わず選択する。
アーチャーのその行動に、キャスターは羨ましく思う。
納得のいくその瞬間まで塗り替え書き換え、昇華していくしかない自分にその選択肢は選べない。
英霊とはかくもそうした傾向にあるが、キャスターにそれはない。そうした意味では、キャスターはまっとうな英霊ではないのだろう。かといって反英霊になれるような器でもない。
多くの英霊の後塵を拝するしか能のない英霊、それがキャスターなのである。
下回るが故に上回る。
それは別に昇華の宝具を指しているのではない。
キャスターの存在そのものである。
「でも、これでチェックメイトだ」
キャスターのその一言に、アーチャーの有無を言わせぬ射出が、その瞬間にピタリと止まった。もちろん、アーチャーはそんな命令をした覚えはない。
「何?」
射出しようとするアーチャーの意志に反して、
「こういう演出も、面白ぇだろ?」
「……一体何をした、雑種」
キャスターの先手。その存在に気がつきながら逃げなかったのはアーチャーのミスともいえた。
不可解で認識できないのであれば、下手な対処をするべきではない。逃げていたのなら、まだ最悪の事態に陥る可能性は低かっただろう。せいぜい爪の先の垢程度の違いであったとしても。
「王様の攻撃は封じさせてもらった。俺は弱いからよ、強者に対して策を幾つも用意してねぇと怖くてたまらねえんだ」
そんな分かりきった答えに、余裕を持ってキャスターは答える。そのわずかな間にもアーチャーは自らの知識を照らし合わせ現状を探ってみるが、心当たりは見つからない。
ここに来て、初めてアーチャーに焦りが生じた。
何かを仕掛けられた以上、今更ここで撤退は許されない。
アーチャーは自らの最大の強みが莫大な財であることを自覚している。この莫大な財を前にしては、アーチャー自身の能力や固有宝具である乖離剣ですら、「おまけ」でしかない。
どんなに火力があろうと、火力だけで打開できる局面というのは非常に少ないのだ。どんな敵や環境であってもそれに対処しうる宝具があるからこそ、アーチャーは圧倒的制圧能力を有するのだ。
アーチャーは最強の名を欲しいままにしているのは、バビロンの宝物蔵があるが故である。
その裏付けたる
幾つか思いついた対処策のひとつとして、試しに自らが最も信頼している宝具
「封じられたのは射出機能のみ……ということか」
「それは正確じゃないな。俺は
アーチャーの答えを否定するようにキャスターは答える。アーチャーが実際に行ったのはただの確認であるが、キャスターはその考えを補足する。意味深な言葉を黙殺しようとするが、その言葉は巧みにアーチャーの中に入り込む。己の中にのみ答えを見いだそうとしても、あまりに手掛かりが少なすぎた。
程なくしてアーチャーはキャスターの言葉を理解する。
キャスターとアーチャーの中間地点に、一体どこにあったのか周囲から黒い霞が集まり出でる。黒い霞はその厚みを徐々に増していき、すぐにそれが人型であることに気付かされる。足があり、手があり、顔がある。細かいディティールが修正されると、それは鎧を着込み、その鋭い眼差しをもった男の姿をとっていた。
一言で言えば、それは黒いだけで、アーチャーと瓜二つの存在だった。
そしてその手にあるのは。
――鍵剣。
「ドッペルゲンガー、ダブル、離魂病……世界に同一人物が同時に二カ所以上に現れる自然発生的な呪いは数多い。それを意図的に作り出し、オリジナルにとって変わる。俺が対アーチャー戦に用意して置いた
キャスターの勿体ぶった説明に、アーチャーは有無を言わさず手にした
ドリアン・グレイの絵画をはじめとして、対象を実体化させる宝具や術は多い。英霊という格上の存在を無条件かつ即座にコピーするなど不可能である筈だが、アーチャーはそんな些事に拘泥しなかった。
より大切な事実は、アーチャーの目の前に顕現した黒いアーチャーが確かな敵戦力として在るということ。その手にある鍵剣が宝物蔵の制御に割り込みを入れている事実。
種が分かれば単純なことだ。
どちらが本物か偽物かは一目瞭然。しかし、
だから、両方の命令を忠実に実行してみせる。
「安心しな。確かにこいつは偽物だ。本物の英雄王に匹敵はしない。けどな、その手にしている鍵剣はお前が持つ鍵剣と同じく本物だぜ」
キャスターの言葉にアーチャーは合点がいく。
あの鍵剣は、アーチャーがスノーフィールドに召喚された時の召喚媒体。アーチャー以外に扱えぬ代物だったためにそのままティーネの元に捨て置いたが、それがこんな形で徒となるとは。
一瞬にして思考は繋がる。しかしそこに後悔の念が入ることはない。手にした
しかし、それだけで事は終わらない。新たな命令がここに付け加えられる。
新たな宝具を、射出せよ。
そのオーダーに
本物のアーチャーが放った
瞬間、二人のアーチャーは同時に
これでは千日手だ。
確かにオリジナルのアーチャーの方が優れている筈だが、残念ながら一瞬で蹴りが着くほどに実力差は離れていない。もしこのまま宝具の射出だけで決着をつけようというのなら、千日と言わずともそれなりに時間はかかることになる。
だが、思い出して欲しい。キャスターはこう言ったのだ。
チェックメイト、だと。
既に、詰んでいる。
「この俺を、忘れちゃいないかな、アーチャー?」
ゆっくりと、キャスターは立ち上がる。
もはや慌てる必要はない。型に嵌まってしまったアーチャーがキャスターを避けて通ることなどできはしない。
キャスターはお世辞にも戦力と呼べる存在ではない。それはキャスター自身自覚しているし、アーチャーも看破している。喩え偽物のアーチャーに加勢したところで天秤の針はいまだ本物に傾いている。
「褒めてやる。この我を前にこうも姑息な手段を用いるとはな」
アーチャーは激昂しながらも、尚冷静に対処している。
その選択は、正解だ。
罠に嵌められたと激昂し我を失えば偽物にも多少の勝機はあったかもしれないが、アーチャーは我を失っていない。その傲慢さは影を潜め、偽物を侮ることもない。
唯一アーチャーが誤っていると指摘するならば、キャスター自身はまだ、何もしないということのみ。
姑息な手段は、これからだ。
「宝具――開帳」
本物と偽物、両者がぶつかり合うその横で、キャスターは自らが持つもう一つの宝具をその手に宿す。
それは光り輝く巨大な腕だった。
キャスター自身の腕が単純に肥大化したというわけではない。巨人の腕だけが呼び寄せられた印象を与えるが、そんな無骨なものではない。その巨大さと反比例するかのように優雅でしなやか。その輝きは何者をも寄せ付けぬ光を放ち、奇跡を成就させる神の御手が顕現する。
そもそも、キャスターが行う“昇華”とはスキルなどではなく、この宝具が持つ特性の一面に過ぎない。元となる宝具をその御手でもって使用者の思うがままに改変する。ただそれだけの宝具であるなら、片手落ちだ。
材料なくして、この宝具は役立たず。
故にその能力は、“奪取”と“昇華”の二面性を持っている。
「見るがいいさ英雄王。これがお前には決して持つことのできぬ我が神の手」
「――宝具
自らの宝具名すらシェイクスピアからの盗作。だがその名は確かにキャスターの宝具の名にふさわしいものだった。
元々、キャスターは盗作したことで世間から原典を上回るアレンジ力を見せつけた英霊ではあるが、盗んだものは何も形のないアイデアだけではない。
劇作家としての名があまりに大きいためスポットが当たりにくいが、キャスターは実際に革命の最中に話術や偽造した命令書などによって敵陣へ乗り込み、その武器を大量に強奪した功績を持っている。
相手の武具を“奪取”する能力といえば確かに強力ではあるが、その成功率はかなり低い。何故なら、多くの英霊はその宝具の担い手として結びつきが極めて強固であるが故に、奪い取ることは事実上不可能だからだ。
署長が世界各地から材料を集めてくることによって“昇華”のみを今まで活かしてきたが、この地この時にあって、ついにその能力をキャスターは使用することが可能となった。
アーチャーと
それでも英雄王という格付けはキャスターであっても手が届くことはない。だからこそ、その宝具と英霊との結びつきを弱めるためにキャスターはありとあらゆる策を用意した。
最初からキャスターの狙いはいるかどうかも分からぬ人質ではなく、英雄王の蔵にあった。
この瞬間だけが、唯一のチャンス。
全ての情報が暴露されながらも、マスターである署長や狡猾なファルデウスですらもあり得ぬ可能性として一度は切って捨てた勝機。それを今まさに、キャスターは掴み取ろうとしていた。
キャスターの巨大な腕が、王の蔵を掴み取る。
この手は、奪う物が大きければ大きいほどその大きさを増していく。掴み取られた衝撃に空間が波打ち、歪曲した衝撃波によって並の宝具にも堪えうる筈の
アーチャーが口元を噛みしめ血が滴り落ちた。
自らの財が根こそぎ奪われていくというのに、当のアーチャーは為す術もない。何かをしようとするならば、その瞬間に鍔迫り合いを続けている偽物の自分が隙を突いて襲いかかってくる。そうでなくとも、周囲からアーチャーを狙ってくる枝葉は無視できぬ存在だった。
怒気を孕んだその表情は筆舌に尽くしがたい。だがそんな状況にあっても、この期に及んですら、アーチャーは無様に喚き散らすことをしなかった。口内を噛み千切り、その恥辱を確実に己の内へとため込んでいく。
それが、一体どれ程の役に立つのか、分かる筈もない。
周囲を覆い尽くすように育った樹木は、宝物蔵を失ったアーチャーを逃がしはしまい。偽物も、その攻撃を休めることなどしない。キャスターがこの期に及んで手加減する道理もない。
そこに奇跡は起こらない。
強奪の嵐は、程なくして消え行く。
かくして、この聖杯戦争における究極の番狂わせ、
この
対アーチャー作戦は、これで終了。残る作戦は、事実上あと一つ残すのみ。
予定されていた人質処刑の時間まで、残り一分を切っていた。