Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.09-06 最弱のサーヴァント

 

 

 二十八人の怪物(クラン・カラティン)の直接戦闘において絶対視しているポイントは二つ。それは数の利と地の利である。

 キャスターにより昇華された宝具を装備しその戦力は大幅に上昇したが、それもあくまで選択肢のひとつとして利用されているに過ぎない。決して、宝具を絶対視しているわけではないのである。

 

 この魔の森茨姫(スリーピングビューティー)が用いられたのは地の利を制するためだけだ。隠れることはできても盾にすることはできない普通の森と違い、この茨姫(スリーピングビューティー)は宝具の一撃を受け止めるだけの強度がある。その攻撃性などはおまけに過ぎないないのである。

 

 そして数の利。狼煙によってアーチャーの居場所を知らされた各二十八人の怪物(クラン・カラティン)の小隊は次々とアーチャーの元へと殺到し、波状攻撃を仕掛けることによってアーチャーをひたすらに消耗させ、着実に追い込んでいく。

 

 こうした状況下でアーチャーを仕留めるためには、最低五小隊が必要だと試算されている。理想的条件下でこれである。現場運用を考えると、小隊はその三倍は必要となってくるだろう。そしてそれで十分とも思えない。

 この森の広さと、面積当たりの兵員密度を考えると、どうやっても二十八人の怪物(クラン・カラティン)全戦力の六割以上が集結していることになる。黄金王との戦闘などでかなりの人数が戦線離脱状態に陥っている筈なので、事実上の全戦力が投入されているに違いなかった。

 

 署長であれば、この作戦を承認することはなかっただろう。夢の中での要塞戦と同じく、勝ったとしても犠牲が大きすぎる。それでも強行してみせるのだから、さぞかし面白可笑しい脚本が出てくるだろうと、キャスターは内心楽しみにしていた。

 そして興醒めした。

 

 署長から事前に聞いていた作戦内容と現状に然程変わりがない。地表への不発弾被害を考えずクラスター爆弾を使用したことは単純に驚いたが、型破りであれば良いというものではない。そして特に期待していた兵の運用にも、教科書通りで想定外なものはなかった。工夫もなければ蛇足もない。

 実に面白くない展開である。

 

「こりゃ、ライダーには酷な作戦だったかな?」

 

 目を凝らせばうっすら確認できる狼煙が遠くに判別できる。場所柄からしてライダーが奮闘しているのだろう。間引きをライダーに任せたわけだが、この調子だと想定以上の成果を上げているに違いなかった。

 手駒としては極めて優秀だ。少なくとも、アサシンよりはよっぽど使いやすい。

 

 キャスターは手元の魔力針を眺め見る。

 東洋人から交換条件(原住民急進派が東洋人に代わって出撃したので、キャスター自身は何の対価も支払っていないが)で手に入れたもので、強い魔力を察知できる便利アイテムだ。「RIN」と名前も彫られており明らかに他人の者だが、それを無視してキャスターはこの魔具を昇華させ、宝具としてみせた。その効果はアーチャーの魔力だけに反応する、という一点だけ。茨姫(スリーピングビューティー)という悪条件下では不安もあったが、どうやら杞憂のようである。

 

 ライダーの活躍とこの魔力針のおかげで、キャスターは鈍足でありながらも何とか無事アーチャーに先んじることに成功していた。

 その針は目の前の一点をぶれることなく指し続ける。徐々に近づきつつあるアーチャーの魔力に、今にも壊れそうな程魔力針は過敏に反応してみせていた。その反応を改めて確認し、キャスターは魔力針を懐へと仕舞い、漆黒の匣を背に腰を下ろしてアーチャーを出迎えた。

 

 アーチャーの行く先は魔力針なしでは分からなかったが、その居場所だけなら遠くからでも分かる。二十八人の怪物(クラン・カラティン)の狼煙もあるし、何より重戦車が地雷原を走り続けるような轟音が周囲を揺らし続けていた。そしてその音はもうすぐそこまで近付いてきている。

 

 森の奥から周囲を丸ごと吹き飛ばしながら現れたアーチャーの姿は、赤く血に濡れていた。その大部分は返り血であろうが、その一部はアーチャーのものに違いない。古城並の防御力を誇っていた筈の重装甲の鎧はその一部が欠落し、凹み、そして薄汚れ、元の輝きを見いだすことはできない。

 想定通りに気力・体力・魔力が大幅に消耗された状態。しかしさすがは英雄王というべきか、その疲れた姿にあって気迫があり、所作のひとつひとつに凛々しさすら感じ取られる。

 

 劇作家として、アーチャーのそうしたオーラにキャスターは見惚れていた。アーチャーから放たれた一刀に対し瞬き一つもせずにいたのは、ただそれだけの理由である。

 キャスターの真横をすり抜け、背後にあった方舟断片(フラグメント・ノア)にその一刀が深々と突き刺さる。

 投擲された宝具は魔力無効化の原典。その効果は突き刺さった直後から発揮していたらしく、漆黒の匣はあっさりと崩壊し、宙へと霧散していった。そしてその中身は聞くに堪えぬ悲鳴を上げてぐしゃりとその場へと落ちていく。

 

「ふん。外れか」

 

 その光景に、アーチャーは嘆息した。

 方舟断片(フラグメント・ノア)に封じられていたのは通告されていたマスターなどではない。あらゆる可能性を詰め込まれた確率の霧を概念核として生み出された生体宝具シュレディンガー。

 夢世界ではアーチャーを仕留めうる切り札であったが、残念ながら切り札は切らない限りただの札であった。

 

 方舟断片(フラグメント・ノア)と共にその魔力を無効化されればその存在を確定できず、シュレディンガーは溶けたタコのような形でしか顕現することはできない。

 時間を与えれば復活の目もあったかもしれないが、外界との時間修正によって動くことすらままならない。そうこうしている内に周囲の大樹に捕食され、欠片も残さずあっけなく退場していく。

 

 随分と粗雑な罠だ。アーチャーを嵌める罠がこれでは通用せぬことぐらい理解できそうなものだというのに。

 いや、とキャスターは考え直す。これは単に倉庫の奥に眠らせるよりかはマシ、という程度で使ったのだろう。だとすればいよいよキャスターの予想通りとなる。

 

 そんなキャスターの思索の間にも、剣が、斧が、槍が、黄金の軌跡を描いて降りかかる。そのいずれも座ったまま動かぬキャスターに当たることはなく、もっぱら傍らに突き刺さり地面を抉り、大樹を貫通させるのみ。

 この距離で狙いを外すことなどあり得ないことだが、その現実をアーチャーは冷静に受け止めていた。

 

「貴様か。あの二十八人の怪物(クラン・カラティン)とやらに紛い物を作り与えていた贋作師は」

 

 近付けば自ずと分かるサーヴァントの気配に、先ほどまで戦っていた二十八人の怪物(クラン・カラティン)との関係を推察したのだろう。キャスターの予想とは裏腹に、アーチャーは特に不機嫌になる様子もなく、キャスターに問いかけた。

 その問いに、キャスターは即答せず、まずは目と鼻の先、大地に突き刺さった宝具をしげしげと眺め見ていた。

 

 これが全ての宝具の原典と謳われる本物。その姿形、秘めたる魔力は勿論のこと、オリジナルのみが持つ穢れなきその輝きは、祖を同じくした宝具であったとしても全く異なるモノだ。

 なるほど、これは、美しい。

 自然、キャスターはその歯をむき出しにして口角を上げた。

 本人は笑っているつもりだった。しかし、もしここに第三者がいたらその感想は別物であった筈。それは、獲物を前に舌舐めずりをする肉食獣の顔だ。もしくは、欲しがっていた玩具を目の前に出された幼子の顔であろう。

 

「贋作とは失礼だな、アーチャー。俺の作品はあんたの原典を上回っていた筈だぜ?」

 

 こんなつまらない宝具を、よくも恥ずかしげもなく使えるな、とキャスターは足元に突き刺さった小斧をアーチャーへと放り投げる。残念ながら筋力の足りぬキャスターではアーチャーの足元へ届くこともなかったが、返礼としては満足していた。

 

「原典を上回る、だと? なるほど、認めねばならぬな。確か貴様の贋作は原典を上回っているだろうよ。数の上では、な。

 二十八人の怪物(クラン・カラティン)とはよくいったモノだ。人数が明らかに二十八人よりも多いではないか」

「はっ。残念ながらそんなもんはミスリードですらねぇよ。かの大傑作『三銃士』だって四人組だろうが」

「くだらん」

 

 キャスターの物言いにアーチャーはその一言で切って捨てる。心底、言葉通りくだらないと思っているのだろう。二十八人の怪物(クラン・カラティン)にしろ、贋作宝具にしろ、どんな事情があろうと相手にする価値はない。

 邪魔する者は排除するのみ。それだけだ。

 

 その赤い瞳でアーチャーはキャスターを射貫く。そこに怒りはなく、ただその態度と能力を観察し、殺しておくべきか考えただけに過ぎない。並の者なら震えが止まらぬその視線であっても、キャスターは傲岸不遜にも、睨み返してみせた。

 

「へっ、これ以上雑種と語り合うことは何もないっていうのかい、王様よぅ」

 

 キャスターの挑発に、アーチャーはその眼を猫のように細めると無言で王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を展開した。

 森の中ということもあって確かに三つか四つを射出するので精一杯であるが、それは動き回り的を絞る必要があるからだ。立ち止まり木々の隙間を上手く使えば宝具の一〇や二〇くらいは射出できる。

 

 今は一分一秒が惜しい。方舟断片(フラグメント・ノア)の中身が判明した以上、急ぎ次へと向かうべきだと理解していた。キャスターは明らかに戦闘態勢にはない。いかに重要人物であろうと今は安い挑発に乗って時間を浪費するつもりもなかった。それでも、わざわざアーチャーが宝具を大量に取り出し全力で相手をしようとしたのには理由がある。

 キャスターを観察してアーチャーは気付いていた。

 

 この男は、既に先手を取っている。

 

「おっと。言い忘れていたが、俺はキャスターのサーヴァントだ」

 

 話を聞くつもりなど、アーチャーにはない。その機会は既に逸している。

 端から見ればアーチャーの先手なのだろうが、本人は後手に回ったと悟っていた。返答の代わりに、展開させていた宝具を、一斉射してまだ見ぬ先手を払い、キャスターを片付ける。

 そのつもりだった。

 

「一芸特化なんで、単純な戦闘能力では間違いなく俺は最弱のサーヴァントだ」

 

 ここに生い茂っていた串刺大樹(カズィクル・ベイ)はキャスターを中心に全てアーチャーによって吹き飛ばされていた。ここに至っても、キャスターは何もしていない。相変わらず、ただ座り込んでいるだけだ。

 浅黒く、やや肥満体であるキャスターはお世辞にも美しいとは言い難い。王気が目に見えるようなアーチャーと較べると見窄らしさすら感じられる。だがその全てにおいて、キャスターはアーチャーに劣っているわけではない。

 キャスターがアーチャーよりも優れているもの。

 

 それは、勝利への確信だ。

 

「だからよ、最強。最弱が教えてやるぜ。敗北の味ってものをよ」

 

 


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