Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
「本当に砂漠に森ができちゃったね、ライダー」
『そのようですね、椿』
椿のそんな感想に骨振動スピーカーを通してライダーは同意した。
事前にキャスターから予想される作戦内容
「痛くないっ!」
『痛覚遮断をしています。肉を抉る程つねらないでください』
椿の突飛な行動にも慌てることなく対処するライダーではあるが、内心溜息をつきたいところだった。椿に力加減というものを教えておかねば、将来的に大変になりそうだとうれいている。その思考はサーヴァントというよりも保護者じみていた。
現在、椿はキャスターと別行動し、単独で森の中へ踏み入っている。
森の中は狂気と凶器で満ち溢れた異界だった。
血を欲し自律活動をする宝具故に、彼らは貪欲だ。その枝葉は触れただけで人の柔らかな肉を削ぎ落とす威力を持ち、その全てが意志を持って行動する。獲物を捕獲できねば数時間で魔力切れを起こし枯れ果てる大樹であるが、逆にいえば芽吹いた直後の今が最も余裕があり活動的になる時間だ。
キャスター曰く、イメージしたのは「腑海林」「思考林」「動き襲い捕食する森」の異名を持つ死徒二十七祖第七位、アインナッシュだとか。よりにもよって宝具で死徒を再現したのである。
森を形成するほどの大量投入を前提としていた運用方法のため、キャスターが昇華した宝具の中で最もコストパフォーマンスが悪く、しかも一度きりの使い捨てである。本家と同じく大気中のマナを吸い取り続ける特性もあるので、この森の中でそうした魔術は行使できない。こうした砂漠の枯れた地でもなければ迂闊に使用することもできぬ使い勝手の悪い宝具である。
そして繰丘椿の場合は後者だった。
廃工場での肉体操作技術の練習が役立っていた。樹上を生活の場とするオランウータンのように、この森を椿は己の庭としてみせる。手が届かねばあり余る魔力でもって大樹を蹴り上げ、その反動をもって跳躍。幼い体躯では進みづらい起伏の多い地面であっても、中空であれば高速かつ楽に移動できる。
「あははっ! ライダー! 楽しいねっ!」
楽しげに森を突き進む椿であるが、並の者ならとっくの昔に死んでいる。
血を求める大樹が椿へとその幹を伸ばすが、素早く移動する椿には追いつけない。進行方向の葉が急激に生い茂るが、椿が軽く両手で払っただけで葉はその幹ごと四散する。
本来の目的を忘れていなければいいと思いながら、ライダーは椿の思考に従ってその身体を機敏に動かしていく。
椿とライダーの目的は、
封印されたティーネ達を解放する術を持たぬ椿は救出には役立たず。そのためにできる限り派手に暴れ回り、キャスターを援護するべく彼らを引き寄せる囮として機能しなければならない。
キャスターの作戦を聞いたときに椿は無邪気に頑張るなどと言っていたが、具体的なプランを練るのは結局のところライダーである。一体どうやって
猫を集めるならマタタビでも使えば良いだろう。砂糖を使えばアリが集る。香水を撒けば男が寄ってくるとも聞く。血を撒けばその匂いに殺人鬼がやって来るかも知れない。いや、その前にこの辺りの大樹が根こそぎ吸い取ることになるか。
そんなことをライダーが考えていると、上からひっそりと伸びてきた蔓が宙を飛び交う椿の足へと巻き付いてきた。この森の中でライダーが普段撒き続けている粒子は木々に吸収されて役に立たない。完全に椿の視覚外であるが故にライダーも気づけない奇襲。どうやらこれら大樹にもある程度の知能があるらしい。
「あっ」
調子に乗りすぎた、という顔で反省する椿ではあるが、本来ならこの状況から逃れる術はない。足を掴まれた以上、次から次へと襲いかかる蔦は四肢を拘束し、椿の血を一滴残らず吸い尽くすまで離しはしない。
『油断するからです』
ライダーは窘める言葉と同時に魔力の刃を紡ぎ上げ蔦を切ろうとするが、その前に絡みつく蔦はまるで興味を失ったかのようにその力を緩め、あっさりとそのまま解き放ち椿を地面へと落とした。
昨日までの彼女であれば頭から落ちているところだが、椿も同じく学習はしている。ライダーが何もせずとも着地姿勢を取れるほどに、椿も自身の身体を動かすことに慣れつつある。
着地の衝撃にすぐ傍の根が椿を捉え動き始めるが、これもまた何かを感じ取ったような気配と共に興味を失い大人しくなる。
「キャスターさんの言うとおりだね」
そんな大樹の動きを確認しながら、一歩間違えれば死にかねぬ状況を暢気に椿は眺め見る。
この
「虫除けスプレーでも効果があるんだ」
『時間経過と共に効果は薄れるようです。油断は禁物ですよ椿』
椿の言葉をライダーは訂正せず、注意だけをする。
ルーマニアの地より湧き出た古い聖水を魔術加工し波長を合わせ、不眠不休(しかも消滅しかけた直後)で苦労しながらキャスターが作った加護ではある。とはいえ、子供の目から見れば虫除けスプレー程度の認識でしかない。
キャスターの説明によると、
その分、この急造の加護では周囲の魔力を吸い尽くし飢餓状態に陥った
椿はこの
念のため、とライダーはこっそりと先日手に入れたばかりの固有宝具
ライダー自身もこの宝具の可能性を把握していないので「念のため」の域を出ないが、喩え最小限度にその機能を限定させたとしても人の手に余る宝具であることに違いはない。
この選択が今後どのような影響を椿に及ぼすのか、現時点でライダーが分かる筈もないし、想像できぬのも無理からぬ話だった。
『ひとまず、目的である
その代わり、手がかりなら、あった。
『――椿、上を見上げてください。狼煙が上がっています』
「? 煙なんて見えないよ?」
視界を共有する二人であっても、その見解は別である。
自由に目線を動かし目的のモノを捉える椿と違い、ライダーは椿の視界を映像情報として処理し解析することで認識している。そのため椿の焦点が合っていなくとも、ライダーは画像処理をすることでそこに何があるのかを認識することが可能である。
椿の肉眼で見えないことはないが、見分けることは難しい。改めて視覚を調節し、うっすらと狼煙が上げられているのをライダーは確認した。これは魔術によるものではなく、科学によるもの。特殊なゴーグルでもつけて波長をずらせばこの森の中でもその狼煙ははっきりと確認できるのだろう。
となれば、あの下には
そして、アーチャーも。
『椿、ここから直進して――』
ください、と言おうとしたところでライダーは背後の気配を敏感に感じ取った。そして、ライダーが応対するよりも先に気配の主は分かり易く声をかけてきた。
「
そしてカチャリと分かり易く何かが構えられる音がする。
狼煙があるということは、その場に向かう
よくよく考えれば、一〇メートル以上の高さを落下したのだ。純粋魔力の放出や
結局、ライダーも椿のハイテンションに引きずられていたらしい。
『動かないでください。彼らの言うとおりに』
咄嗟に逃げようと足に力を込める椿を、ライダーは制止する。
椿の姿勢は着地し立ち上がろうと左手と左膝が地面に着いたままだ。こうした状態では人間という生物は機敏に動けない人体構造になっている。
それに、この近距離で背後から狙われているのだ。この対アーチャー作戦に参加している者がただの銃弾を装備している筈がない。椿が下手に動けばその瞬間に蜂の巣となりかねない。
幸いにも椿の格好は街中を出歩くようなそれと同じだ。動きやすい短パンと半袖という武装の施しようもない軽装。装備と言えば、左手首に巻かれた医療器機である意思伝達装置と、それに有線で繋がれた耳裏の骨振動スピーカーくらい。医療器具に詳しくない者なら不可解な機械であるが、武器に見えることはない。
武装をしていたら警告なく即座に撃たれていた。
「子供、だと?」
「例の繰丘椿という元マスターか」
三種類の声と、四種類の足音。どうやらフォーマンセルの小隊と遭遇してしまったらしい。
敵が一人でないことで椿の思考にノイズが走る。そこに恐怖がないことが救いだが、何をして良いのか判断がついていない。やはり「念のため」程度で宝具を使用してもあまり効果はないようである。いや、パニックに陥りライダーの声も聞こえなくなるより幾分マシか。
夢の世界で令呪を使われた時を思い返す。椿はあの時と同じ轍を踏む真似をしない。これは急激な進歩だと、ライダーは「感動」という感情を認識する。
もう少しその感動に漬っていたいところだが、悠長に浸っている場合ではない。ライダーは冷静に冷徹に、今後のことを考える。
ライダーとしてもここで明確な殺気を感じれば、取るべき手段が限定され即決即断もするのだが、何故か彼らからはそうした気配を感じ取れない。むしろ、戸惑いの気配を色濃く感じるのだ。
「……隊長、優先順位は理解しているつもりです」
声の方角からして銃を構えているであろう
この作戦上、アーチャー以外の存在については可能な限り無視、そして作戦上脅威になりうると判断されれば排除されることになっている筈だ。戦力を集中させる上で遭遇しながら何もしないのも、別段珍しいことではない。
もっとも、子供ながら先の中央拠点襲撃でその戦闘能力が露見した椿である。戦力的脅威と見なされているのだから、積極的に排除される条件を満たしている。立場が逆であれば、ライダーは迷わず撃っていたことだろう。
なのに、何故撃たない?
合理的ではない敵の判断に、ライダーは理由が分からず混乱する。いっそのこと撃ってもらった方がライダーとしては気が楽である。
ヘッドショットをされればさすがに防がなければならないが、心臓程度なら撃たれた後で即時回復も可能だ。ライダーは死んだふりをしてやり過ごすつもりである。
「お前の言いたいことは分かっている。だが、看過はできん」
歩み寄り、椿の目の前に現れたのは近代装備に身を包んだ初老の
しかし、その手に持っているのはそんな剣呑な雰囲気の宝具などではなく、警察官であれば珍しくもないただの手錠だった。改めて彼らの本職が警察官だとライダーは認識し直した。
「これで十分だろう。あとは、彼女の運次第だ」
殺すつもりはないが、この森の中で自由を奪われることはそれだけ死の危険が高まることを意味する。
なるほど、彼らは直接椿を殺すつもりはないらしい。
その迂遠さについてライダーの理解は及ばないが、これはチャンスということだけは理解する。
『……椿。私に自由をください』
声を潜める必要はない。骨伝導によってライダーの言葉は四人の
先日のスノーフィールド中央拠点での戦闘を反省し、フラットがライダーに施した安全装置はその一部をキャスターに外して貰っている。
「You have control」
呟いた椿の言葉をこの小隊長は聞き取れたのか。椿の右手首を掴み、その手に素早く手錠をかけようと動くが、それでもまだ遅かった。
『I have control』
椿の許可に、ライダーが応じた。