Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
上空から砂漠地帯を眺めれば、どこに人質がいるのかは一目瞭然だった。
真上に太陽がある時間帯だけあって影は少なく、小さい。故に上空から見れば、その漆黒の箱は殊更に目立っていた。
黒い箱はそれぞれ一辺数百メートルの正三角形の頂点に位置する場所に置かれてある。中に何が入っているのかまでは分からないが、異質な波動も感じられるし、ああも露骨に示唆すればあの中に人質がいるであろうことぐらい見当はつく。少なくとも手掛かりくらいはあるだろう。
周囲に人の姿は見えないが、砂漠の中で息を潜め、アーチャーの
そして視線を感じるのは下からだけではない。
宙を飛ぶ光の舟
視線というよりも自らを睥睨する存在そのものに、アーチャーは不快感を示した。
「フンッ」
鼻を鳴らしてアーチャーはその背後から宝具の輝きを取り出してみせる。
視界に入った観測用の気球と航空機の数は四〇。その展開範囲は広い上に上空には強い風が吹いている。雲ひとつない晴天である。視界は開けているがが、風の強さは読みづらい。
「疾く去るがいい」
言葉と同時に放たれた宝具の数は、目標の数と同数だった。
無人機群は基本的に撃墜率より生存率を優先するよう配置されている。そのため無人機の中には囮もあれば盾となる機体も多々ある。
二割を撃墜するのは容易い。五割だって難しくはないだろう。運が良ければ七割いけるかもしれない。しかし、十割を目指すのは不可能だ。いかに目視できていようと、その全てを撃墜することはできないように仕組まれている。人間であれば不可能と断じるし、サーヴァントといえど可能性があるというだけのこと。
だが、英雄王のクラスはアーチャーである。
弓兵の英霊はただ射程が長いだけが特徴なのではない。伊達や酔狂でアーチャーを名乗れるわけではないのである。
目標の座標軸を認識するのに一瞥以上のことをアーチャーはしなかった。一度に四〇の標的を狙ったのは宝具の能力などではなく、アーチャー自身の力量によるもの。三次元的に動く上に距離も大きさも風や気圧などの環境条件すら異なるとはいえ、所詮は機械。本気を出したアーチャー相手では時間稼ぎにもなりはしない。
追尾や必中の呪いなど宝具には込められていない。ただ威力が高いだけの攻撃は、その全てをほぼ同時に標的へと命中させていた。
もしアーチャーが事前に
そして、実際にその計画書を見てそう言った者も、いた。
ファルデウスの見積もりは甘くない。
「――ほう?」
アーチャーの超絶技巧とも呼べる斉射であっても、それが罠ともなれば悪手でしかない。
無人機に仕込まれていたのは、カメラだけではない。射出された宝具によって真っ二つになった無人機から、数百、数千に及ぶ小型爆弾が周囲一帯に一斉に振りまかれる。ただ墜とされないために広がっていたわけではない。アーチャーを確実に捉え離さぬよう計算尽くで無人機は配置されていていたのだ。
全て破壊されるくらいなら、いっそ有効活用しよう。そう言って、ファルデウスは上空からの観測、という本来の目的であるカメラすら最小限の数にして、無人機の中身をそっくり入れ替えていた。
バラ撒かれた爆弾は数千個。
それは俗にクラスター爆弾と呼ばれている。
「小癪な真似を」
自らの攻撃を利用されたことにアーチャーは多少苛立つが、それで次の判断を誤ることはない。
仕方なく宝物蔵から盾を取り出し身体を守る。
その大きさゆえに
だが、アーチャーは気付いていただろうか?
いかに宝具といえども、空中を進む物体が上から衝撃を受ければ、その進行方向は下方へと修正される。そして、アーチャーは防御のために盾を展開している。周囲どころか前方すら満足に見えている筈がない。
周囲の状況を、アーチャーは全く把握できてはいなかった。なまじ視界が開けており、地形が把握できていたのが仇となった。
敵の射程圏内に入ったことに、アーチャーは気づけていない。
アーチャーの移動速度は通常の航空機とは比較にならない。いかに速度が落ち射程内に入ったとしても、通常の携行式防空ミサイルではレーザー誘導もままならず、現代航空機のように熱源を持たぬ飛行宝具では当てることすら困難である。
そんな困難な状況を打破しうる宝具――宝具を狙う宝具
それはミサイルであろうと例外ではない。
放たれたミサイルは上空を飢えた牙獣となって駆け上ると、目覚めさせられた
そして、これで終わりではない。
これはただの前座である。舞台を整えるため、アーチャーを赤絨毯の上でエスコートしているだけに過ぎない。
対応力の優れたサーヴァントである英雄王といえども、この物量の先制攻撃を受ければ防御一辺倒にならざるを得ない。クラスター爆弾の網を抜けたところで、アーチャーは盾の隙間から改めて周囲を確認する。確認できたのは、上空から豪雨の如く降りかかってくるモノだった。
それは一見するとどこにでもあるような木片に過ぎない。
曲射砲により打ち上げられたそれは、高高度からアーチャー目がけて襲いかかってくる。確かに当たれば人間を葬るだけの威力はある。それでも威力だけをみるなら先のクラスター爆弾の方がよっぽど高い。これではアーチャーの盾どころか、
代わりに、その木片は着地と同時に、一気に萌えた。
死した後にその遺骸から木々が芽吹く逸話は世界中にみられる。ただし、キャスターがその逸話を組み込んだのは、ルーマニアにてトルコ軍二万人を串刺しにした悪魔の如き十字架である。かのヴラド三世の曰くを引き継ぐその木片は、大樹となって血を求めるようになる。
当然、アーチャーに当たらず地に落ちた数千もの木片も、即座に芽吹いて一気に成長する。ものの数秒で広大な砂漠地帯に、半径一キロ四方にも及ぶ森林地帯が形成された。
宝具
作戦呼称
これが、
「手荒い歓迎だな……雑種共」
成長した大樹をいくつもの薙ぎ倒しながら船と盾を蔵へと収め、アーチャーはその地に降り立つ。
いかにその飛翔宝具を撃墜させたとはいえ、アーチャーそのものへのダメージは皆無。周囲の
アーチャーにとってこの魔の森も頓着するほどの脅威ではない。絶えず襲いかかってくる木々は面倒ではあるが対処できぬほどのものではない。厄介なのはむしろ攻撃力ではなく防御力の方。何せ大樹の枝葉を蹴散らすことができても、その影に潜む者に刃は届かないのだから。
「さすがは英雄王。我々の気配にお気づきでしたか」
英雄王の先の呟きは不機嫌から来る独り言などではない。周囲に隠れ、影から王を射んとする不敬の輩への牽制だった。
アーチャーの目前、一〇メートル離れた大樹の影から現れたのは緑色を基調とした野戦迷彩柄強化装備に身を包んだ男。ゴーグルのようなアイウェアとヘルメットによってその容姿は判らない。そして男の指にはそうした近代的装備とは不似合いな古びた指輪がそれぞれはめ込まれている。
「間抜けが。そこかしこに貴様らの影が丸見えだ」
心底侮蔑したアーチャーの答えに、指輪男は軽く笑うだけに留まった。
成長する大樹の気配は濃い。そして血を欲する大樹が放つ殺気は生物が持つありとあらゆる気配を覆い隠す。しかしこの即席の舞台は全面を覆い尽くす壁などはない。例え木の葉に覆われようとも、身体の全てが隠れているわけではない。
アーチャーは単純に、隠れきれぬその姿を目視したに過ぎない。
だから、アーチャーは周囲に何名いるのか実は分かっていなかった。
視線を動かすことなく、視界の中を走査する。
確認できたのは四人。だがその様子だともっと周囲にいたとしてもおかしくはない。指輪男はわざとアーチャーの注意を引くように誤魔化したつもりだろうが、アーチャーの死角ギリギリの上空に目を凝らせば、うっすらと煙が上がっている。完全な死角から上げられていないところから、背後を取られているわけではないらしい。
「我らが名は
原始的手法ではあるが、狼煙が上げられたことからこの場にアーチャーがいたことを周囲に知らせたのだろう。指輪男の口上をただの時間稼ぎと見切って、アーチャーは周囲を見渡す。
この即席の森は明らかにアーチャーを意識して作成されたものだ。視界が利かず、
状況は、明らかに劣勢。
アーチャーのクラス補正によってこうした森林地帯での戦闘は決して不得意ではないが、人質救出の目的がある以上悠長にしている余裕はない。
上空から見た人質の場所を思い返す。一体どこに誰がいるのかは分からないが、ティーネと銀狼の救出をするためにアーチャーはこの場に来たのだ。どこから回ったとしても最低二カ所は回らねばならない。
「チッ」
かつて朋友と共に森の番人フンババと戦った時も、こうした森の中だった。
この場に懐かしむ過去がある。たったそれだけのことに柄にもなくアーチャーの胸が高まる。こんな状況だ。もしかしたら、朋友に出会えることもあるかもしれない。
「良いだろう。せいぜい余興を愉しませろよ雑種共!」
尚も時間稼ぎの長広舌の
両の手にもそれぞれ剣を携え、アーチャーは一番近くの人質の元へと駆け出した。