Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.08-07 ライダーの主張

 

 

 ロバの竪琴聴き(オノスリューリラ)によって漏れ出た情報は数あれど、その恩恵を受けぬ者もいる。

 そもそも電子通信機器を持たねばロバの竪琴聴き(オノスリューリラ)の効果は発揮できぬ類のものである。それを持たねば当然恩恵は受けられないし、持っていたとしても使い方が分からねば情報収集のしようがない。

 

 繰丘椿が知りうる情報は、全て周囲から見聞きしたもののみ。深く険しい情報の樹海の中から自らの求める情報を得るには、この年頃の子には難度が高すぎる。実際、椿は流出した情報について何一つ自分で調べてはいない。

 

 指摘された事実に、署長は何のアクションもしなかった。口を開くことはなく、態度もそのまま。呼吸にも変化はなく、視線すら動かさない。

 短くない時間が、三人の間で過ぎて朽ちる。

 

 今日という日は、椿にとって密度の非常に濃い一日だ。疲労の蓄積はライダーの補助があったとしても、なかったことにできはしない。日付が変わろうとするこの深夜にあって既に彼女の体力は限界であり、精神力だけが頼りだった。

 

 ここで椿と署長との関係に亀裂が入るようであれば、話はそこまでだ。椿は保護の名目で幽閉され、署長は殺されることになる。原住民は動くことなく、状況は流れるままに任される。

 

「わっ……私は」

「私は?」

 

 促すように繰り返す相談役に、椿は俯きながらもはっきりと応えた。

 

「知って……いました。お父さんとお母さんを、殺したのは……この人だって」

 

 下を向いていた椿の視線が、ゆっくりと署長へと向く。涙など流さない。それは椿自身、予想していたことなのだから。

 

「正確には……多分、そうじゃないかと、思ってました」

「……ああ、そうだ。私が指示を出し、殺した」

 

 椿の言葉に署長は否定することなく、自らの責任であることを肯定した。

 ある意味、こうして指摘されることは想定した事態であるが、敢えて署長は椿にそのことを伝えてはいなかった。

 

 魔術師として当たり前の感覚を椿は持っていない。

 いくら署長が言いつくろったとしても、椿が署長の指示に完全に納得することは有り得ない。事前に言い含めることもできただろうが、それをしなかったのは署長もまた椿を確かめたかったからである。

 

 今後のことを考えると、これで敵討ちを言い出すようなら論外だし、怨恨が残るようならその程度ということになる。

 椿はこの場で署長の行為を許す必要があるのだ。棚上げや、条件付きの許しなど中途半端な真似は許されない。でなければ背中を預けることなどできるわけもなく、ティーネを助けることなど最初から不可能だ。

 ……もちろん、それだけ、というわけでもない。

 

「親の仇と肩を並べ、命を預け、恩人を助ける。話としては美談だが、それが嬢ちゃんにできるのかい?」

 

 幼い少女の双肩に、このスノーフィールドの運命がかかっていた。

 魔術師の両親を持ち、魔術師へとなるための下地こそあったが、所詮はそれだけ。そんな彼女に、重すぎる決断を相談役は強いてくる。

 

 大人の世界は汚いものだ。甘い話を持ちかけつつも、都合の悪いものには蓋をする。特にこの地は戦争の最中にある。騙し騙される日常において、騙される方が悪い。巻き込まれたとはいえ、大人の世界に無防備に入り込んだ椿こそが、悪かったのだ。

 

 椿は、ティーネを助けたいと署長に頼んだ。署長はその言葉に、「君次第だ」と答えていた。覚悟があれば願いは叶う、とも。そしてそのまま、この場へと連れて来られた。

 騙そうと思えば、いくらでも騙せた筈。利用するだけ利用して、捨てることは簡単だ。だからこそ、署長は騙すことはしなかった。黙して語らなかったのが、署長の精一杯の誠意だったのかも知れない。もしくはそれも計算の内なのか。

 

 ……そんな椿の胸の内を、ライダーはリアルタイムで感じ取っていた。

 

 ライダーは知っている。椿は死者と生者の秤を間違えてはいない。葛藤はあれど、その答えはもう出ている。繰丘椿は合理的に正しい答えを導き出していた。あと数秒もすれば、ことは上手く運ぶことになるだろう。この幼気な少女の心に傷を残しながら、状況は一歩前進する。

 形の上ではウィンウィンの関係だ。そこに異論が出てくることはない。

 

 それが、ライダーには我慢ならなかった。

 

『お二方は、何を勘違いしているのですか』

 

 椿が息を吸う。そして言葉を発しようとする直前、ライダーは意を決して話に割り込んだ。

 ティーネを助けるために椿は署長への恨みを持ってはならない。だが歪んでいたとはいえ、両親の愛を奪った者を簡単に許すことなどできはしない。納得などできる筈もない。どんな事情があろうとも、その事実を忘れ去ることなどできはしない。

 そんな無理難題を表向きにでも解決することを周囲の大人は望んでいる。椿には酷であろうが、ライダーも必要なことだとは思う。

 同時に、必要なのはそこまでだとも思う。

 これ以上椿に覚悟を強いるのは、些か虫が良すぎる。

 

 ライダーは、自分が二人に向けるものが殺意であることを認識する。

 それが自分自身にも向けられていることにも、気付いていた。

 

 ライダーは意を決した。

 覚悟を決める。

 

『椿の両親を、殺したのは、私です』

 

「ライダー! それは違うよ!」

 

 ライダーの突然の言葉に椿は慌てて否定する。ライダーが全ての切っ掛けであることには間違いない。だが何も知らず何も分からぬライダーが両親を救うことなどできよう筈もない。

 悪いのはこの聖杯戦争だ、などと椿だって言うつもりはない。

 責任はいつだって人間にある。両親を殺したのは、ライダーを御し得ずマスターとしての役割を果たさなかった愚かな少女一人でなければいけなかった。

 

『いいえ。違いません。椿の両親を殺したのは、私です』

 

 ライダーは、朗々と主張する。

 

『その責任は私のものです。

 その責任は私だけのものです。

 横取りなど許しはしません。

 他の誰にも渡しはしません。

 椿が恨めるのは、私だけなのです。

 椿が恨んで良いのは、私だけなのです。

 椿から恨まれて良いのは、私だけなのです。

 椿から恨まれる権利があるのは、私だけなのです』

 

 

『私だけなのです』

 

 

 子供を諭す大人のようなライダーの口ぶりに、相談役と署長は言葉を失い、椿は呆然となった。

 サーヴァントはマスターあってこその存在だ。分類上は使い魔の一種であり、強力な武器のひとつでしかない。拳銃で人を殺すとき、拳銃そのものに罪はない。ナイフで人を刺すとき、ナイフが悪いわけではない。

 

「……意外だな、ライダー。君は自らの存在定義を否定しようというのか」

 

 ただのサーヴァントならまだ分かる。しかし、こともあろうにその発言をするのは災厄の権化たるペイルライダー。原初の時代よりライダーが奪ってきた命の数は江河の砂の数よりも多いだろう。これは人のみならず動植物、果てや神や幻想種と呼ばれる存在にまで平等に死を振り下ろしたが故の数である。

 そんな彼が、責任を主張するなど自己否定も甚だしい。

 

『私がこの人格を持ち、己の意志で操った結果の死です。だからこそ、そんな私のために貴重な令呪を使い切った椿を、私は守る義務があるのです』

 

 それがライダーの責任であり、償い方だと主張する。両親の死の責任というのは牽強付会ではないかと思わなくもないが、筋は通っていた。

 

「ならば、君と関わり死んだ者の責も、ライダーにあるというつもりかね?」

『当然です』

 

 相談役の意地の悪い言い方にも、ライダーは即答する。

 ライダーは既に数万もの感染者を出している。

 その中の一人でも死ねば、それはライダーの責任となる。

 この場だけの話ならライダーのその言葉で凌げるだろう。過去についての精算はライダーが一手に引き受けることで決着を付けることができる。

 

「自分の言っていることの意味を分かっているのか、ライダー。君は過去のみならず、未来に渡って感染者の身の安全を保証しなければならないのだぞ」

『承知しています』

 

 署長の確認にも、ライダーはその意見を変えることはない。

 

「話が変わってきたな」

 

 署長の言葉に、さすがの相談役も困った顔をして頷いた。

 ライダーという保証人がいる以上、椿と署長の協力関係は強固なものとなった。相談役としては土壇場での椿の覚悟まで見据えて試したかったのだが、これ以上の揺さぶりは強大な戦力であるライダーの機嫌を損ねることに繋がる。

 

 ここでのライダーの宣言は、彼の守護対象が椿だけに限定されないことを意味している。夢の中で同盟関係を結んだティーネは無論、感染した者全てを、守護者としてライダーは全力で動くことを宣誓しているのだ。

 

 口約束の空手形とはいえ、大言壮語に過ぎる。いかに規格外のライダーといえど、とても信じられるものではない。第一、既にライダーが感染した者の殆ど全てが敵の手の中にあるだ。この事実を無視することなどできよう筈もない。

 

「……分かってるよ、ライダー。私はライダーのマスターだから、ライダーは私を利用して。私も、ライダーを利用する。

 だからまず、ティーネお姉ちゃんを助けるために、力を貸して、ライダー」

 

 ライダーの言葉の意味を真に理解していると思えずとも、相談役が要求した以上の椿の答えである。そこに異を唱えるわけにもいかない。

 アルベール・カミュ曰く、ペストと戦う唯一の方法は誠実さであるらしい。ならばライダーが誠実さを武器とするのも肯けよう。

 

「プレゼントをしたのは、失策であったかな」

 

 静かに笑う相談役も、これで腹は決まった。決めさせられた。

 ここで警戒するべきは、署長ではなかった。この場で最も目的に忠実で、覚悟があったのはライダーに他ならない。だとしたら、ライダーがこの場において何もしていないわけがない。

 この近距離だ。いかに抵抗しようともライダーがその気になれば“感染”を防ぐことはできない。そのリスクを恐れ、相談役は一人だけでこの場に臨んだ。いざというときを考えこの部屋を自分もろとも滅菌処理する手段も整えていたが、この様子ではそのための対処もしていることだろう。

 

「協力を、していただけますね?」

 

 相談役の心を読んだかのように、署長は何をするでもなく、ことの成り行きだけで成果を掴んでみせた。結果としてではあるが、想像以上の成果である。

 

「策士だのう」

「そうですよ。あなた以上の策士でなければこんな真似はしません」

 

 最初の挨拶の意趣返しとばかりに、署長はうっすらと笑ってみせる。対して相談役は静かな笑いから徐々に口角を上げ、最終的には呵々と大笑してみせた。

 

 双方にとって、これは非常に旨みのある話だ。実質損をしているのは椿とライダーだけであり、椿にとってもそれは最初から覚悟の内。あとはどれだけリターンを多く取り、リスクを減らすかが焦点となる。

 

「いいだろう。我々原住民もこの救出作戦に乗ることにしてやる――いや、乗らせて欲しい」

 

 そう言って署長と椿に深々と頭を下げる相談役。

 この場で原住民を代表して確約できるものではないが、後を任された三人の相談役の権限は大きい。残り二人の相談役に反対されることだろうが、無理に動かせる戦士の数は決して少なくはない。

 となれば、善は急げ。南部砂漠地帯に向かうための移動手段も含め、準備するなら早い方が良い。

 だがそんな相談役のテンションに水を差したのは、誰であろう協力を申し出た筈の署長本人であった。

 

「それは及びません。今回の南部砂漠地帯に原住民の方々は不要です」

「……ふむ?」

 

 署長の言葉に頭を上げた相談役の眉根に皺が寄る。

 歳を取りはしたが、相談役も一線級の戦士。周りが押しとどめようとも戦場で指揮官として出向くつもりですらあった。

 

「どういうことかな?」

「原住民の方々には別の作戦があるということです」

 

 相談役として、一度協力すると申し出た以上、戦力提供は譲れぬところ。物資提供などと生温いことなどするつもりはない。

 

「では、一体誰が我らが族長を助けに行く? あの東洋人が戦力などと戯けたことをぬかすのではあるまいな? それとも、お主が行くとでもぬかすつもりか?」

 

 アーチャーが出てくることは間違いないだろうが、それでは敵の思惑通り。それを打ち破るためにはそれ相応の戦力と策が必要である。それがないからこそ、署長達は原住民に協力を申し出たのではなかったか。

 だが、相談役が思い描いていた戦力と署長が思い描く戦力では、その意味はまるで違う。

 

 戦略と戦術ではその意味が違うのだ。戦術としてティーネを助けるだけの戦力ならば、現状で事足りるのである。

 もちろんその戦力の中に署長がいるわけではない。東洋人はキャスターが使うと聞いているので、署長の作戦には組み込めない。

 

「救出作戦にはこのライダーと、」

 

 署長は椿を見ながら、その手で二本の指を立ててみせる。

 

「キャスターだけで十分です」

 

 


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