Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.08-06 協力要請

 

 

 時間は少しだけ遡る。

 ランサーが方舟断片(フラグメント・ノア)を破壊し脱出する半日前、日付が変わろうとする深夜。北部丘陵地帯に構える原住民達の要塞にある、厚手の絨毯だけが敷かれた一室に三つの影があった。

 

 三つの影の内の一つはスノーフィールド原住民を現在統括する三人の相談役の内の一人、そして後の二つはキャスターのマスターである署長と、ライダーをその身に宿した繰丘椿である。

 

 相談役は明らかに歴戦の勇者にして現賢者といった壮観な顔つきであり、それに負けず劣らずの気迫がある署長である。胡座をかいて存在感をにじみ出す両者に挟まれ、椿はただ一人慣れぬ正座を崩そうともせず恐縮をしていた。ライダーが必死になってそんな椿を慰めようと左手で携帯電話を操作するが、それもどれだけ役に立っているかは分からない。

 

「どうやら、あの情報は本当だったようだ」

 

 そんな椿を相談役は一瞥して情報の真偽を確認した。

 夢の中での戦闘はロバの竪琴聴き(オノスリューリラ)によって原住民にも伝わっているが、それ以降については何も知らない筈。だというのに、ライダーが未だ健在でしかも椿の中に存在していることに驚きもしなかった。

 

 端から見れば重圧に耐えきれず携帯ゲームに興じる少女にしか見えないが、その所作は所々に不自然。正座で足が痺れぬよう血流をコントロールしているのか、身体の随所に魔力が巡っている痕跡がある。怪しむことはできようが事前に情報を仕入れておかねば解答に辿り着くことなど不可能だ。

 

「なかなかに耳聡いですな」

「なに、お主より多少知っているに過ぎん」

 

 ブラフかとも思い探りを入れようとする署長に対し、ティーネの叔父を名乗った相談役は軽い挑発をもって返してきた。

 

 敵同士ということもあり、両者の間に火花が散る……などという陳腐な展開はない。

 末端はともかくとして仮にも互いにトップに近い者同士、私怨をもって軽率な行動をするような恥ずかしい真似はできようもないのだ。せいぜい外交として右手で握手しながら左手で殴りあうくらいのものである。分かりやすい示威などここにあっては無意味なのである。

 

 とはいえ、情勢が多少動いた程度で互いに敵である立場に違いはない。敵の敵は、やはり敵になのだ。本来であればこの場に両者が面と向かっているのもあり得ない光景なのである。

 そのあり得ない光景をあり得るものとしたのが、誰であろう両者の間で縮こまっている少女である。

 

「そんな携帯電話では会話に不自由するだろう。これを使いたまえ、ライダー」

 

 署長の存在など無視するかのように、相談役は懐から無造作に片手サイズの機器を取り出す。拳銃といった火器を署長は持ってきてはいないが、ボディチェックも受けてはいない。急に懐に手を入れ何かを取り出す所作をすれば、大抵の人間は警戒する。敵同士であれば尚更だろう。署長が拳銃を持っていれば大事になりかねないことを、相談役は平然と行ってみせた。

 

「………」

 

 だがそれもすべて相手の行動から心の内を推測する手段に過ぎない。署長は相談役の所作に指先一つ動かしはしなかった。その様子を相談役は視界の端でしっかりと観察している。

 

「えっと、これは何ですか?」

 

 そんな心理戦があったことなど露知らず、椿は受け取った機械を警戒することもなく受け取り、相談役の助けを得て装着してみる。

 左手首をバンドで固定すれば左手の指がその機械のボタンやスイッチにフィットする形となる。少し不便ではあるが、常に携帯電話を持ち続けるより自由度は大幅に増している。

 手にしていた携帯電話が、さりげなく椿の手から離れ床に置かれた。

 

「意思伝達装置とは珍しい。そんなものまで用意していたのか?」

「その気になれば心臓移植だってこの要塞内で可能だ。ライダー、悪いが操作をレクチャーする気はない。勝手に試して覚えてくれ」

 

 署長の言葉に気軽に応える相談役だが、その実要塞内の充実ぶりを誇示しているに過ぎない。でなければ医療用に市販されているとはいえ、こんな稀少かつ必要性の低い機械が用意されている筈がないのだ。

 

 後半の相談役の言葉にライダーは主人と反比例するように警戒しながら魔力を用いて機械の中を走査し、安全を確認。内部のプログラムを器用に読み取りながら、ものの数秒で操作方法をマスターしてみせる。

 

『ありがとうございます、ミスター』

「礼には及ばんよ」

 

 ライダーが操作しているのは本来であれば筋萎縮などで意思疎通が困難な者のために作られた医療用の音声発生装置だ。時にミリ単位の操作も必要となるが、慣れればリアルタイムで話すことも不可能ではない。

 

『これで椿ともお話ができます』

 

 音声システムは旧式なのか、ややたどたどしい言葉が発せられる。

 

「良かったね、ライダー。おじさんもありがとう!」

 

 単純にライダーとの会話を喜ぶ椿ではあったが、署長としては素直に喜べぬところである。これでライダーは意思疎通のために声を出さねばならぬデメリットを得てしまった。

 携帯電話が床に置かれた以上、相談役に見えぬよう文面でこっそりとライダーの意志を確認することができなくなったのだ。

 プレゼントと称して内緒話を封じられたのは拙かったのかも知れない。

 

「夢の中での共闘は私の耳にも入っている。我らが族長がその身を挺して守ろうとした御仁だ。丁重におもてなしをするのも当然であろう」

 

 好々爺然とした態度で椿に接してはいるが、これは明らかに署長はその範囲外であるということだろう。

 

「それで――一体何用かな、キャスターのマスター殿? いや、この際だからスノーヴェルク市警署長様とでも言った方がいいかな? おっと、『元』と付けた方が良かったかな?」

 

 相談役の言葉は部下と令呪を失ったという皮肉だけでなく、署長の奸計の一端を的確に表していた。

 

 わざわざ部下に対しても署長という役職で呼ばせていた理由がこれだ。

 スノーフィールドにはスノーフィールド市とスノーヴェルク市の二つの市がある。それぞれの街にはそれぞれの警察署があり、その管轄も分かれている。とはいえ、その規模には大きな溝があり、連携して動くことも多いため、事実上スノーヴェルク市警はスノーフィールド市警の下部組織と見なされることが多かった。行政機関でさえその事実を忘れることもあるというのだから、地元市民達の認識は尚更である。

 

 だから、そこを署長は利用したのだ。

 

 スノーフィールドの警察署長には違いない。しかし、スノーフィールド市の警察署長ではない。

 種を明かせば大した事実ではないが、情報を錯綜させる手段というのは偽るだけではないのである。事実、そうした誤解を招く言い方によってバーサーカーは結果的にランサーを方舟断片(フラグメント・ノア)の罠へと嵌めてしまっている。

 

「その肩書きは――」

 

 守るべき市民がいなくなった今、果たして自分が署長と呼ばれる意味があるのかと署長は逡巡した。

 もはや二十八人の怪物(クラン・カラティン)の隊長でもなく、令呪を失った今となってはキャスターのマスターとも面と向かって名乗れはしない。かといって、今更数ある偽名の一つに過ぎない名前を名乗るのもどうだろう。

 そして一巡し、やはり署長は自らの立場を表す記号が一つしかないことを確認した。

 

「――いや、そのまま署長と呼んで欲しい」

 

 『元』と付けることなく、署長は静かに宣言する。

 もはやこの戦争における署長という肩書きの意味は決定づけられている。確かに二十八人の怪物(クラン・カラティン)の隊長やキャスターのマスターという立場は不明であるが、スノーヴェルク市警察署長という立場は辞令が下りたわけではないので顕在である。

 それに、こうして市民を救おうと右往左往しているのだ。警察官としてこれ以上になく正しい行動だろう。

 その言い方が面白くないのか、相談役はわざとらしく鼻を鳴らす。雰囲気を悪くするような行動であるが、それもまた交渉術の一つである。署長としても、それは承知している。

 承知していないのは、椿だった。

 

「てぃ、ティーネお姉ちゃんを助けたいんです!」

 

 悪くなった雰囲気をかき消そうと、椿は何の前振りもなく、突如としていきなり本題を切り出してきた。

 祖父と孫ほどに年の離れた者に頼みごとをするなど椿にとってはかなりの勇気を必要としたが、それだけに必死さだけは相談役にも伝わってきた。交渉を有利にするべく署長を挑発し続けた身としては、椿のその勇気は些か眩しすぎる。

 

 相談役が署長から椿に視線を移し、眼を細めた。

 椿にとって、ティーネは間違いなく大切な人だ。過ごした時間こそわずかであるものの、椿の孤独を救い、癒やし、家族として迎え入れんとしたのは他ならぬティーネ。そして、椿はまだあの時の答えをティーネに伝えてはいないのだ。

 ティーネに会いたい。

 そのためなら、椿は何だってしてみせるだろう。

 

「……ま、それ以外に用件はないわなぁ」

 

 そして二度、相談役は無造作に懐に手を入れた。ただし今度出してきたのは先のような立体的なものではなく、一枚の紙切れ。それについては椿も署長も見覚えはある。陽が落ちようとする一時間ほど前に、古典的ながら風船を使って市内全域にバラ撒かれた紙切れである。ご丁寧に魔力を介さねば中身は読めないようになっている。

 

 内容は実にシンプル。アーチャー、ランサー、アサシンの各マスターを明日正午、南部砂漠地帯にて処刑する、とだけ書かれている。交換条件すら書かれていないこの紙は執行通告書に他ならない。

 小細工無用、助けたければこの場に来い。そうした挑発が透けてみるかのよう。それだけに、無視することなどできはしない。

 

「私としても、このマスター達を助けたい」

 

 相談役の顔色を窺い、互いに共通の認識を持っていることを確認してから、署長は頭を下げた。椿も慌てて同じように頭を下げるが、この場での違和感に気付いた様子はなかった。純真無垢、椿のそうした態度を署長は最大限に利用する。

 椿は理屈ではなく、心で動いている。その様子に相談役は苦笑した。

 

「中々面白いことを言うではないか。処刑されるのは我らが族長。頭を下げるのはむしろ我々の方ではないか」

 

 先に頭を下げ交渉の矢面に立つ署長に言っているようではあるが、相談役の言葉は椿へと投げかけられたものだった。

 そう、処刑されるのはいずれも署長には直接面識のない者ばかり。むしろ敵として殺し殺されるのが当然の間柄。それをわざわざ敵陣に乗り込んでまで助力を請うのはおかしな話なのである。

 もちろん署長には署長の目論見がある。そのためにはここの原住民の協力は必要不可欠であり、当初は諦めざるを得なかった。繰丘椿、というカードを得る前までは。

 

 ティーネと椿の関係性は既に周知の事実だ。椿がティーネを助けたがるのも自然なことであり、椿と同盟を結ぶということで署長は原住民との協力の切っ掛けを得ることに成功した。これが署長だけなら話を聞くこともなく殺されていたことだろう。未だもって綱渡りに違いないが、署長からすれば大きな前進である。

 

「だが、残念ながらそれは応じられぬ相談での。我々は既に当の族長本人から無駄に兵を消費することを禁じられておる」

 

 そして案の定、相談役は椿と署長との協力要請を思案する様子もなく拒否してきた。

 理由としてはもっともであり、そして実際にそうした命令をしたという情報も漏れている。命令直前に急進派の相談役を粛正したということもあり、こうなることは予想通りである。

 

 原住民が積極的に動くことはない。それは族長の命令に逆らうことでもあり、アーチャーの籠城策に異を唱えることにもなる。確かに族長たるティーネの処刑は原住民にとって大変なことではあるが、原住民とて軽々に動くわけにはいかないのである。

 そして、アーチャーとティーネのそれぞれの指示は、決して間違いではない。

 

「そんな! ティーネお姉ちゃんを見捨てるって言うんですか!」

 

 バン、と厚手の絨毯を叩いて相談役に詰め寄る椿。椿の悲痛な言葉に相談役も無碍にはできず、返す言葉は優しかった。

 

「ワシらとて救いたい気持ちに変わりはない。だが、これは戦争なんじゃ。迂闊に動くことはできず、必要ならば涙を呑んで姫様を犠牲にせねばならぬ時がある。今が、そうなんじゃ」

 

 見捨てることで、原住民にも得るモノがある。それは時間だ。

 新たに二十八人の怪物(クラン・カラティン)を率いることになったファルデウスが何故にこうも性急な作戦を決行したのか、それは短期決戦を望み、数日以内に戦争終結を目指すことにある。

 

 スノーフィールドの異常性は、もはや世界にどうやっても隠しきれるものではない。このような事態になった以上、外からの介入と同時に戦争は無理矢理にでも終結させられる。教会と協会はどんな犠牲を払ってでもこの“偽りの聖杯戦争”をなかったことにするに違いない。

 

 戦後を睨めば、選択肢は自ずと決まってくる。

 傍観していただけの原住民にもペナルティがあるだろうが、このスノーフィールドの霊脈を管理する観点から排除される心配は少ない。結果的に他勢力は全て取り除かれることになれば、それは原住民にとって十分戦果に値するものだ。

 

「それに、南部砂漠地帯に戦力を派遣するだけでも、ワシらには無理じゃろうて」

 

 相談役の諦めた声色もまた事実。

 この原住民が現スノーフィールド最大派閥であることは間違いない。だが、これは純粋な数としての話。女子供も数多く、戦える者はあまく見積もって四〇〇人。前線で戦える者はその半分にも満たず、統制が完全にとれているわけでもない。この要塞の防備を崩し部隊を編成したとしても、太刀打ちできるだけの戦力を用意することは土台不可能だ。

 それに、この要塞はスノーフィールドの北部。南部にある砂漠へと行くには長く行進せねばならず、いくら街の中央拠点が失われたとしても決して安全に行き来できる場所ではない。

 

 彼らができることは最初からひとつだけ。

 英雄王の裁きが下されるのを座して見るのみ。

 祈ることさえ、そこにはない。

 

「……良いのですか、それで?」

 

 端的な署長の言葉に相談役は黙らざるを得なかった。

 彼らの行動は臆病者の誹りを受けても仕方ないものだ。いくら理があろうとこの決定に納得しない者は多かろう。その筆頭である英雄王と良好な関係を今後築けるか、といわれると疑問でしかない。

 

「アーチャーは勝手気ままに独自行動をとっています。そしてこの地を拠点とすることもしない。原住民はアーチャー陣営とは名ばかりの完全に盤外の集団と成り果てますが――それでもよろしいのですか?」

 

 意趣返しとばかりに意地の悪い言い方を署長はする。

 実際、アーチャーは聖杯戦争三日目からこの要塞へ帰っておらず、連絡もとれてはいない。この状況で原住民が傍観に徹し、ティーネが処刑されることがあれば、アーチャーと原住民との関わりは完全になくなることになる。

 

「『蛮勇』ならば、族長が自ら示しておられる」

 

 それで代償となるとは本人も思っていないだろう。

 相談役の中には英雄王の信頼に応えるべく、その身を散らせていった者もいる。彼を見習うのは簡単だろう。身内の一人として、その生き様に胸を打たれぬわけがない。

 だが、自己犠牲を強いるにはこの原住民の組織は大きくなりすぎていた。守るべき家族を持ち、まとまることで精一杯な手足があり、そして最小の犠牲で目標へ至れる道標が目先にちらついていた。

 

 これは安易な妥協ではない。

 考え抜いた末の、苦渋の決断なのである。

 

 英雄王が彼らのそうした言いわけを聞くとは思えない。だが、少なからず理解はしてくれるだろう。相手にする価値はないとして今後の関係悪化は免れまいが、視界に入らぬ小物にわざわざその手を下そうとする性格ではない。

 

『……ならば何故、我々に会って下さったのですか』

 

 そこにためらうように質問してきたのはライダーだった。

 既に椿を超えた知性を持った彼である。この相談役が何を思って椿だけでなく署長同伴でこの場で会ったのか、ライダーはその解答を得ている。得ていながら、敢えてライダーは言葉に出した。それがこの場での役割だと、ライダーは自覚していた。

 

 実をいえば、この場での会合は交渉などではない。椿も署長も、共にサーヴァントを失ってはいないが令呪を失った状態。表向きには聖杯戦争に敗退したマスターを保護する、という名目を取り繕って行われている。

 もちろん、一陣営に対してそんな応対をする義務はない。会う必要などどこにもない。

 だから、署長は賭けたのだ。義務はなくとも、椿に対しての義理があると信じて。

 

『我々だけでは、助けられません』

「あなた達だけでも、助けられない」

 

 ライダーの言葉に署長も続く。そして、椿もその言葉に続いた。

 

「協力すれば、お姉ちゃん達は助けられます!」

 

 三者の畳みかけは些か演技が過ぎた。別に狙ったわけではないが、署長はこうなるだろうと予想はしていた。そして、相談役もこの展開になるだろうと思っていた。

 生き残った三人の相談役はいずれもティーネを慕う者である。彼らとて、内心としては族長を助けたいが、立場がそれを許さない。

 

 署長とキャスター、そしてアサシンというティーネと縁のない者がこの救出のためにその命全てをベットしたとしても、彼らは信用しようとはせずに傍観し続ける。

 だからこそ、椿という存在が両者の鎹となる。

 鎹となり、閉ざした扉を開ける、鍵になる。

 

「嬢ちゃん」

「は、はい!」

 

 しばし沈思した後の相談役の声に、椿は緊張しながらも応えた。

 椿の覚悟は本物だ。例えそれが子供の覚悟だとしても、椿は単独でも砂漠に乗り込むつもりだし、それでどのような目に遭おうとも後悔はしないと決めている。ここでティーネ達を見捨てれば、椿は生涯後悔することになるだろう。

 だからこそ、相談役は椿を試すことにする。

 ティーネと椿の信頼関係ではなく、署長と椿の関係を。

 

「そこの男が、嬢ちゃんの両親を殺したことは、知っているかな?」

 

 無造作に相談役が指さす先に、署長の姿があった。

 

 


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