Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.08-03 罠

 

 

「これは一体なんだったんだろうね?」

 

 そんなことを首を可愛らしく傾げながら、繰丘椿は問いかける。

 機関銃の爆音を間近に受け、鼓膜を痛めたものの即座に修復。認識の追いつかぬ戦闘に椿自身は白昼夢を見たような気分である。

 

 幸いだったのは椿自身がこの事態を正確に飲み込めておらず、自らの命の危機を自覚していないことか。そうだったら宥めるのは大変だっただろうとライダーは思いながら打鍵をしつつ――

 

 ふと、違和感に気付いた。

 

 周囲一帯の気配を最大限に探る。

 すでに敵は自らの不利を悟ったのか、機関銃を破壊されただけで全力で撤退し始めている。他は特段に怪しい気配はないが、その潔さにますますライダーは不信感を募らせた。

 

 敵が、余りに弱すぎる。

 

 椿に身体の主導権を返そうとするのを留まり、ライダーは周囲の様子を視界を強化して眺め見る。

 周囲三六〇度開けたこのビルの屋上は周辺観測にうってつけであり、恐らく椿の存在もとうの昔に捕捉されていたことだろう。無線機を用意しておきながら連絡を取っていないということはあり得ない。

 

「どうしたの?」

 

 ライダーの行動に訝しんだのか椿が問いかけるも「何でもありません」と打鍵することはできなかった。

 確かに、この陣形は攻略しがたいものだ。対人戦闘は無論のこと、対サーヴァントとしても有効に機能するだろう。ライダーについて相性が悪かったとしかいいようがないが、これが噂に聞くアーチャーや、実際に戦ってみたランサーであれば何の障害にもならない。

 

 並のサーヴァントならともかく、並でないサーヴァントがいると判明しているのに、これでは備える意味がない。

 情報に疎いライダーでさえそれくらいのことに気付けるのだ。宝具すら持って待ち構えていたような部隊がそんなことに気がつかない道理もない。

 それに、機関銃を始めとして装備一式とこの場で倒れている三人を失いはしたものの、他は五体満足で負傷者はゼロなのだ。これならもう少し情報収集を兼ねて悪足掻きしても良かったのではないだろうか。敵の撃退や情報収集が狙いではない。ならば、何を目的としてこの場に陣を敷いたのか。

 ライダーは考える。そしてその結果、ライダーの――椿の身体の動きは止まった。

 

 それこそが、敵の狙いだった。

 

 例えどれだけ強固な守りをしていようと、その守りに絶対の二文字はあり得ない。

 絶対防御の一例たるランサーの天の創造(ガイア・オブ・アルル)一つとっても、ライダーがやったように凝縮した魔力で抉り削れば、その質量を奪われいつかは綻びも生まれてくる。ランサーの気配感知スキルや形状変化による高速飛翔は個々にただ存在するだけのスキルではなく、弱点を補うための必然としてのスキルなのである。

 

 では、ライダーの場合はどうであろうか。

 ライダーに以前のような莫大な魔力はない。しかし、消滅を免れていたということは未だに八万人と感染している事実は消滅していないのだ。消耗こそしてはいるが強力なバックアップは顕在であり、そこから微弱ながら魔力供給は行われ続けている。

 

 ライダーは回復した魔力を用いて周囲数十メートルに魔力を帯びた粒子を浮遊させ、即席の警戒網を構築させている。飛び散った粒子も感知と同時に急速凝固させ即席の盾となり、敵の攻撃を受け止め逸らす役目も果たす。実際、この奇襲を即座に感知し初撃を凌いだのもこれによるものである。

 継続的防御能力に難はあるが、バーサーカーの暗黒霧都(ザ・ミスト)同様に、周囲一帯をまるごと監視下におくこの方法であれば、よほどのことがない限り大抵のことに対応できるのだ。

 だが残念ながら、よほどのこと、というのは大抵の場合、戦争ではよくあることなのである。

 

 その宝具に、名前はつけられていない。

 理由は簡単で、サーヴァントを屠れる威力はあっても普段使われる銃弾と運用方法が何ら変わらないからである。着火剤としての魔力も必要ないことから、射手が魔術師である必要もない。

 注意点としては通常ハードプライマーよりも衝撃が大きいこと。そしてその強大な威力故に通常の弾道計算ソフトもあまり当てにすることはできない。

 だから、その弾丸が椿の頭部数センチ横を掠っただけなのは、単純な幸運によるものだった。

 

 ライダーの違和感は正しかった。

 サーヴァントは人間には持ち得ぬ高い機動力を持つが故に、まず高所を狙う傾向にある。場所的優位性を確保する意味もそこにはあるが、英雄ならではの性格によるところも大きいのだろう。

 実際、アーチャーは人を見下せる高所を好んでいるし、ランサーも警察署を根拠もなく上から攻めている。ライダーも、この程度ならあっさり倒せると踏んだからこそ、ここを最初に攻めたのではなかったか。

 

 元よりこの陣取りゲームのように配置された部隊こそ、最初から罠でしかない。

 わざと高低差をつけた三カ所に兵を配置したのも囮。遠距離からの狙撃を可能とする、遮蔽物も存在しないこの場所へと誘導されていた。

 

 極超距離からサーヴァントを一撃で仕留める威力の精密狙撃。

 視線すらも曖昧、殺気すらも届かず、その息遣いに気付くこともできない。これを初見で対処するには少々難易度が高すぎる。

 

 一撃目が外れたことは単純な幸運ではあるが、それは同時に狙撃手が弾丸の性質を理解したことに他ならない。

 狙撃手の位置は直線距離でおおよそ二〇〇〇メートル以上離れた位置にあるビルの上階のどこか。そして椿の姿は狙撃手には丸見えであり、例えこの場から急ぎ飛び降りても身動きとれぬ空中で弾丸から逃れることはできない。

 

 遅ればせながら、たーんとかすかな銃声が遅れて聞こえてくる。ライダーの警戒網が銃弾の軌跡をようやく感知し、対処不能であることを暗に告げてきた。

 

 防御しようにもあの威力の弾丸を完全に防ぐことはライダーの全魔力を一点集中させても無理であろう。“感染”させた敵兵三名を盾にすることも考えるが、防げる保証もなければ機敏に操るだけの浸食もまだできていなかった。

 と、そこまで思考してみたがそれよりも重大な事実に、遅まきながらライダーは気が付いた。

 

『椿、大丈夫ですか?』

 

 ライダーが打鍵してみるものの、焦点のぼやけた椿の視界を見れば大丈夫でないことは明白だった。

 サーヴァントをも一撃で粉砕しうる弾丸である。数センチ横を横切ったその衝撃だけで椿の脳は完全に揺さぶられ、急いで衝撃を緩和したくらいでは即座に動ける状態にはなかった。

 

 椿の脳の代わりにライダーが直接椿の身体を動かしてはみるものの、身体は鉛のように重い。

 サブシステムとしてフラットから調整を受けたライダーは、メインシステムである椿の許可なく身体を動かすことはできない。それは当然の安全装置ともいえたが、この場にあっては、それは無視できぬ隙であった。

 

 人を傷つけぬというライダーに命じられた令呪の力が、繰丘椿本人の危機的状況を脱しようと全力で援護していた。ライダーはフラットのプロテクトを驚異的な速度で解除していくが、あののほほんとした男はその天才性をこんな状況においても無駄に発揮してみせる。

 

 到底、間に合わない。

 

 動かぬ身体を後回しにしてライダーは瞬間的に八層の多重魔術障壁を円錐状に緊急展開。

 強引で無茶な展開は果てしなく効率は悪く数秒だって維持できないが、しかしそれで命が助かるなら安い買い物。

 半ば勘だけで展開したが、狙撃手の腕が良いおかげで軌道は予測しやすかった。

 

「かっ……はぁ……っ!!」

 

 砲突一閃。破城槌で貫くような重い一撃。全魔術障壁が一瞬で貫通されるが、それでも軌道を逸らしてヘッドショットだけは回避する。

 貫通した右肩から衝撃が伝わり自然と空気が肺から漏れ出る。弾速が速過ぎたためその運動エネルギーが椿の体内で解放されることはなかったが、だからといって浅い傷ではない。

 

 まずい、とライダーは判じる。

 予想以上に威力が高い上に貫通力がありすぎる。あれだけ障壁を展開しながらほんの数度軌道を逸らすだけで精一杯。障壁を再度展開することだけなら可能だが、それは直撃ではないというだけに過ぎない。いかに治癒が可能とはいえ手足を欠損して今後に支障を来さないわけがない。

 

 最も危険な初撃は凌いだが、危機は依然として続いている。いや、むしろこうした事態を敵が想定していないわけがない。狙撃だけで終わるわけがない。

 

 ライダーが振りまく粒子は全域を支配下におくものだが、粒子が簡単に入ることのできないところ――つまり密閉空間は例外である。この建物の大部分は移動しやすいようドアが開け放たれていたので走査できたが、エレベーター内にいる人物の存在を、ライダーは感知していなかった。

 伏兵の存在に、ライダーは気づけなかった。

 

 狙撃はそのための準備がなければ対処できぬ策である。一方的に攻撃されることを良しとするわけもなく、普通であれば逃げることになる。開けた屋上にあって逃走経路は屋内への一択。そこで待ち構えるのは定石とも言えた。

 

 屋上に通じる入り口から『チン』と音がした。

 エレベーターの到着を告げる音。誰かがこの屋上に足を踏み入れる音。

 そして、

 

【……伝想逆鎖……】

 

 奇跡と狙撃がライダーを挟撃する。

 

 


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