Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.08-01 裏技

 

 

 宝具笛吹き男(ハーメルン)は、かつて1284年6月にハーメルンの街で起きた子供の集団誘拐の逸話に出てきた笛を発掘し昇華させた宝具である。

 鼠や子供といった一定の対象物を無差別に惹き付けるこの宝具をキャスターはひたすら強化し、狙った対象を自由自在に操る宝具へと仕立て上げた。

 

 当初の予定ではこれを用いて即席の人形兵団(マリオネット・イェーガー)を用意し、いざというときの予備兵力とする手筈であった。しかし今回はそうした予備計画を破棄し、細かい操作を犠牲にしてスノーフィールド市民八〇万人を強制的に眠らせるだけに急遽使用されることとなった。

 

 この無茶苦茶な規模の宝具使用により二十八人の怪物(クラン・カラティン)が事前に貯蔵していた魔力は完全に底を突き、二十八人の怪物(クラン・カラティン)部隊も半壊、電力の供給がストップされたことで市内各所のカメラもその大半が機能停止となった。

 ミダス王もつい先ほど魔力切れから消滅し、アーチャーも光る黄金の船でどこかに飛び去っていった。

 つまり、今市内で何があったとしても、誰にも気付かれることはなかった。

 

 遠慮のない銃声が市街地に響き渡る。

 もはや何発放たれたのかバーサーカーは数えるのを止めている。追っ手が一人や二人であればそれもまた有効な情報なのだろうが、こうもあからさまに組織だって追い立てられると装弾の隙を突くことも不可能だ。

 

 ジェスターに殴られ目覚めてから、バーサーカーは息つく暇もなく逃走を繰り返している。

 四肢に突き刺さったままの杭は相変わらずバーサーカーの動きを阻害し、抜き取る暇も余裕もない。頼りの保険もティーネ・チェルクに情報を伝えるのに使ってしまった。キャスターから貰った携帯端末もジェスターに奪われたようで、助けを呼ぶこともできやしない。

 逃げ足が自慢の殺人鬼だというのに、殺すどころか逃げることすら覚束ない。まったく情けない限りである。

 激痛と疲労に自然と顎が上がり、目映い星明かりがバーサーカーの視界に映る。アーチャーの一撃により雨雲が消し飛ばされたことが唯一の救いだが、それだけで突破できる状況とも思えなかった。

 

 相手が一体何者かすらバーサーカーは分からなかった。継続的に笛吹き男(ハーメルン)による強制催眠の魔力波が放たれているが、追撃者達がそれを意識しているようには思えない。魔術師ならば己の魔術回路を少し起動させるだけで抗うことは簡単だが、この追撃者達はわざわざ対魔呪符を用いて魔力波に抗っている。

 装備こそ魔道に則った物であるが、それを操る兵士は間違いなく魔道を解さぬ一般兵。今までスノーフィールドのあちこちを調べて回ったバーサーカーではあるが、こんなちぐはぐな組織など初めてである。

 笛吹き男(ハーメルン)に対抗する手段を準備しているところからキャスター陣営の情報を正確に掴んでいる部隊なのは間違いない。となると、これがキャスターや署長が言っていた“上”の運営直轄部隊というやつか。

 

「どうやら表舞台に出すことには成功したようだな」

 

 これを逆にチャンスと捉えてしまうのはバーサーカーの悪い癖なのかもしれない。どの陣営も今夜は消耗しきっているし、ロバの竪琴聴き(オノスリューリラ)による情報漏洩を精査するのに必死である。己の危機においてすら邪魔が入らぬことを、逆に好都合とすら思ってしまうバーサーカーである。

 

 相手が銃器である以上見通しのよい直線道路を避け、裏町を必死になって逃げ回る。が、頭の中で地図を広げればバーサーカーの行動が意図的に誘導されているのは間違いなかった。

 途中何とか敵を欺こうと策を練ってはみたが、敵はツーマンセルで一定距離を保ち連携を崩す様子はない。壁を壊したり登ったりとルート外への逃走も試みたが、その度に予め配備されていたとばかりに立ち塞がる敵兵がそれを許さない。

 

 ならば、選択肢はもう一つしかなかった。

 バーサーカーの体力・魔力共に疲労の蓄積は無視できなかったが、まだ限界ではない。バーサーカーの今の戦闘能力では敵勢力を強引に鎮圧できぬ以上、手のひらで遊ばれている様を装いながら、相手の虚を突くより他はない。

 フラットのために意味のある死ならここで死ぬのも悪くないが、進んで死ぬ真似はしたくない。

 

 ここに至ってもバーサーカーは勝算を持っていた。

 この異常な練度を誇る兵であれば、無理に誘導などしなくともバーサーカーを仕留めることは不可能ではない。最終的に敵が何らかの交渉を仕掛けてくるのは間違いない。

 ……その、筈だった。

 

「お目にかかれて光栄の至りです。稀代の殺人鬼、ジャック・ザ・リッパー」

 

 そう言って、誘導された場所で待ち構えていた男はバーサーカーへ対サーヴァント用の弾丸を容赦なく撃ち込んできた。

 相手を威圧するべく堂々とこの場へ現れたことが災いした。映画でよく見るこうしたシーンでは奇策を用いて避けたり防いだりということをするものだが、あいにくとこの場はフィクションじみてはいるが、現実であった。

 

 問答無用で打ち込まれた弾丸にバーサーカーは為す術もなく倒れ伏す。バーサーカーの計算は根本から誤っていた。

 交渉など、敵は最初からするつもりなどなかった。敵はただ、バーサーカーを相手に力尽くで攻めるより、こうして交渉の可能性を匂わせた方が効率的だと判断したに過ぎなかった。

 

 バーサーカーは生きていた。だがそれは即死を免れているだけで、致命傷には違いない。もっとも、サーヴァントの致命傷と人間との致命傷では、その意味は大きく異なる。

 

「……何故、一思いに殺さないのかね?」

 

 呻くように、疑問を吐き出す。

 これまで何度となくフラットにも言ったことがあるが、瀕死のサーヴァントこそ近付くべきではない。できる限り遠くからただ力尽きるの待つべきであり、その場に留まり殺す手段があるなら、速やかに首を刎ねるのが正しい在り方だ。

 まだ可能性がある――などとは思えなかった。敵の首魁たるその男は、油断なく更に銃弾をバーサーカーに放ち続けてきたからだ。

 

「安心してください。ちゃんと殺します。耳を傾けるつもりはありませんし、助けるつもりなども当然ありません」

 

 そうして、再度銃弾がバーサーカーへと撃ち込まれる。

 

「今、何発ですか?」

「右手五発、左手二発、左足二発、右足二発、胴に三発、計十四発です」

「そうですか」

 

 部下の報告にそっけなく答えて引き金を二度引いた。既に動けぬバーサーカーの両足にそれぞれ一発ずつ撃ち込まれる。

 これは、ただの実験だった。

 元々ヴァチカンで対死徒用にチューニングされていた弾丸が、一体どれだけサーヴァントに通用するのかを確認するための実験。そのための素材として、男にとってバーサーカーは丁度良いモルモットであった。

 

「クラス・バーサーカー。真名はジャック・ザ・リッパー。対魔スキルはなし。宝具は暗黒霧都(ザ・ミスト)――」

 

 手持ちの端末から漏れ出たであろう情報を次から次へと読み上げてみせる男。そしてその話が宝具へと移った段階で、バーサーカーは男の言葉通りに全力でその宝具を展開してみせた。

 

 宝具、暗黒霧都(ザ・ミスト)

 

 バーサーカーがかつて暗躍していた時代、産業革命により大量排出された石炭の煤煙がロンドンに大災害を引き起こしていた。この宝具はその『死の霧』を再現する宝具であり、一度結界内に閉じ込められれば脱出は難しく、それでいて着実にダメージを与え続ける代物である。

 だが、バーサーカーはこの宝具をこれまで何度となく使用してきたが、こうした本来の使い方をしたことはない。そしてこれに関してはマスターであるフラットやキャスターにも話していないのでその秘密が漏れ出ていることはない。

 

 ここには雨も風もない。

 敵は周囲を囲んでいる。

 我が宝具の餌食となる条件は整った。

 即座に首を刎ねなかった事を後悔させてやるとしよう。

 

「ではご覧に入れようではないか、我が宝具を――」

「必要ありません。もう、観察は終わっています」

 

 そんなバーサーカーの最後の抵抗を、男はばっさり斬り捨てる。

 バーサーカーから立ち上る漆黒に、男は焦ることもなく余裕を持って背後にある車の後部扉を開け放つ。そこに用意されたそれは神秘や奇跡ではなく、どこにでもあるような現代技術の塊に過ぎぬモノ。

 それはただの、業務用の巨大送風機。

 

「気付かれていないとでも思っていたのですか? 宙に飛散し周囲を取り囲む結界型宝具。最小限度で発動すれば微弱な反応に使用者以外にはそこいらの土埃と見分けは付かない――そういえば、空間を削り取る能力者を相手に砂使いの能力者が立ち向かうという話を聞いたことがありましたね」

 

 あれを参考にでもしましたか、と男の嘲笑にバーサーカーは告げる口を持たなかった。

 本来、この宝具は全力展開させることで周囲一帯の敵を捕獲し、弱体化させる効果がある。しかしそれでは目立ってしまうし、展開するまでに時間もかかる。

 そのためバーサーカーが考え出した運用方法がこれだ。バーサーカーはこの宝具を最小限度で周囲に展開させることで、即席のレーダーとしたのである。これによって周辺地形を把握し敵を子細に認識し、武蔵との戦闘においても奇襲を防いでいた。常時展開したとしても消費する魔力は極小で済む。

 ただし、この宝具は展開時に邪魔な雨や風がないことが条件である。魔力の塊とはいえ霧という認識には違いなく、十分な魔力濃度が維持できない状況では結界も意味を成さない。

 バーサーカーがキャスターの前で暗黒霧都(ザ・ミスト)を見せた時も、換気扇ひとつで宝具を収めたのはそういった理由があったからである。そしてジェスターの奇襲を防げなかったのも雨で宝具の展開ができなかったからである。

 

 送風機が働き、ただの風があっという間にバーサーカーの暗黒霧都(ザ・ミスト)を消し飛ばす。事実上これがこの状況における最後の切り札であったというのに、その希望の糸は実にあっけなく切り捨て――いや、吹き飛ばされた。

 

「なかなか良い手ですよ。あなたの情報抹消スキルと組み合わされると二十八人の怪物(クラン・カラティン)では太刀打ちできなかったでしょう。まあ、裏技には裏技で対抗できるものです。制限を受けない我々だからこそ裏技は通用しなかったのですが」

「裏技だと?」

「現実的に可能であれば、我々は実行してみせるということです。……一応言っておきましょうか。我々はバーサーカー、あなたを最も警戒していたのですよ」

 

 パン、とまた一発、薬莢が宙を飛ぶ。

 

「それは、光栄だ……」

「いえいえ。これは本当です。あなたが街中で何の準備もなく召喚された時から注目してました。もっとも、当時はあなたというよりマスターであるフラット・エスカルドスの戦略に注目していたのですが。彼が行方不明にならなければあなたを集中的に調べようなどとは思わなかったかもしれません」

 

 男の言葉にバーサーカーは何が言いたいのかよく分からずにいた。フラットの魔術師らしからぬ思考と天然さは外から観察する分には不可解すぎるようである。

 そんなバーサーカーの内心を知ってか知らずか。男はせっかくです、と軽くその右手を挙げて合図を送る。今度は狙撃でも来るのかと覚悟を決めるが、放たれたのは銃弾などではなかった。

 放たれたのは、電気信号。

 

「――ッ」

 

 この場にそぐわぬ間抜けな音楽が、周囲に鳴り響く。

 だがバーサーカーには聞き覚えがある。これはフラットに連絡用として用意して貰った携帯電話の着信音。着信音一つで気分も盛り上がるとフラットがわざわざ有料ダウンロードまでした日本の国民的お笑い番組という触れ込みのオープニング曲。

 

 潜入や尾行といった調査業務の多いバーサーカーが携帯をマナーモードにしていない筈がない。それより何より、バーサーカーは事前に携帯電話の電源を落としていた筈だ。

 この事実に思わずバーサーカーはわずかに顔を綻ばせるが、すぐにまた元に戻した。一瞬のことだったためか、その事実に目の前の男も気にとめていない。

 

「あなたの行動は最初から我々に筒抜けだったのですよ。御存知でしょうか? 最近の携帯電話は電源を切っていても遠隔操作で勝手に再起動もできるし、位置情報も抜くこともできるんです。もちろん、盗聴も」

 

 男の言葉が本当であるのなら、これまでのバーサーカーの行動は全て把握されていたことになる。

 となれば、バーサーカーの不自然な行動にも気付いて当然。

 

「あなたはマスターから各陣営に不戦協定を結ぶよう要請されていましたね?」

「……」

 

 男の言葉に何も応えずにいると、またも無造作に弾丸がバーサーカーの胸を抉ってくる。バーサーカーではなく、自らの携帯電話を取りだし、バーサーカーに宛てた筈のフラットのメールをその証拠とばかりに読み上げる。

 

「しかしおかしいですねぇ。あなたがアサシンと会ったのは別として、ランサーと不戦協定を結んだのは、マスターからの要請の『前』でした。つまり、あなたはあなたで別の思惑があって不戦協定を結んでいたことになる」

 

 パンッ。

 

「それでありながら、マスターからの一番の要請であるアーチャーとの不戦協定を実行していない。しかもマスターが自由になったというのに未だ会いに行っていない……どうしてなのですか?」

 

 パンッ。

 

「……」

「……まあ、黙秘権を行使するのもいいでしょう。そうした分析は後ほどじっくりやるとします」

 

 そうして、男は無造作にバーサーカーへと近づき、その頭部に銃を突きつける。連続して発砲したことにより銃身は熱を帯び、バーサーカーの眉間を焼きつける。

 

「……貴様らは」

「はい」

 

 バーサーカーの最後の抵抗など考えもしていないような柔和な笑みで、男はバーサーカーの言葉に応じてみせる。

 

「貴様らは、一体何者だ?」

「……あー」

 

 その言葉には、男は想像以上に困った顔をした。

 そして、困った顔をしながら、バーサーカーの問いかけに答えることもなく、無造作にそのまま引き金を引く指に力を込めた。

 サーヴァントといえど頭部を打ち抜かれては末期の声を残すことも適わない。そしてその中身も人間同様にグロテスク。

 鬼も人も、違いなどありはしない。

 

 返り血に汚れた頬を指先で拭いながら、男は光となって消え逝くサーヴァントに背を向ける。そしてふむ、と頬を掻きながら思いもよらぬ事案に頭を巡らせる。

 

「そういえば、まだ我々には呼び名がありませんでしたね」

 

 秘匿部隊という特性上、記号的な部隊名は確かにあるが、それを公言するにはあまりに虚しいし、これから改めて『新生二十八人の怪物(クラン・カラティン)』などと名乗るのも気が進まなかった。ここで気付いていなければいざ動いた時に惰性で二十八人の怪物(クラン・カラティン)と名乗りそうである。

 

「まあ、おいおい適当に考えておきましょう。では皆さん、撤収準備。第一班は退路を確保、二班は護衛をお願いします。三班は現場を清掃、バーサーカーが確実に消滅したことを確認してください。

 次の鬼ごっこは生け捕りですから難易度が上がりますよ。明朝までに二十八人の怪物(クラン・カラティン)本部へ出頭できるよう、みなさん急ぎましょう」

 

 実に気軽な口調で、ファルデウスは率いてきた部隊に対して命令を下した。

 思った以上にバーサーカーが逃げ回ったので、とっくに日付は変わっていた。夜明けまでもう数時間である。それまでに、やるべきことはたくさんある。

 だが幸いにして、わざわざファルデウスが出て行かずとも指示一つで部下はその全てに応えてくれることだろう。手持ち無沙汰という程の暇はないだろうが、まあ、組織名を考える時間くらいはあるだろうと、ファルデウスは暢気に考えながら指揮車両へと乗り込んでいった。

 

 


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