Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.01-05 最悪の可能性

 

 

 スノーフィールドの北部、渓谷地帯には数多の洞窟が存在している。

 

 一見すると開拓時代の炭鉱のようにも見えるが、残念なことにスノーフィールドにそうした鉱物資源が採掘されたという記録はない。

 地質学的にもそうした旨みがないことが証明されているにも関わらず、蟻の巣の如く張り巡らされた幾つもの洞窟がある理由は……実のところ誰にも分からない。

 

 何故ならこの洞窟が掘られたのは少なくとも数千年以上前の話だ。いずこの者が一体どのようにして掘ったのか、その回答は長い年月とその間にあった争乱とによって失われている。

 

 内部は迷宮同然の複雑さで、深さは合計すれば優に数十キロ以上あり、最深部には直径一〇〇メートルを超える大広間まである。おおよそ人間業でないことを考えれば、神代の時代に掘られた可能性すらあった。

 

 ティーネ・チェルク率いるスノーフィールドの原住民は、住処を追われて以来七〇年に渡ってこの洞窟を拠点として活動を続けていた。

 

 崩落せぬよう内部の空間を補強し、水と空気を循環させ電線を引き、常時数百人が生活する様は街そのもの。だが、ここに武器弾薬が持ち込まれ、屈強な若者が巡回し、外周に罠が設置されるようになるとこれは街というより要塞のそれに近い。

 

 ティーネがその報告を受けたのは、そんな要塞の深部にして中心部、族長である彼女の執務室とでもいうべき豪奢な部屋である。

 

「全滅……!?」

 

 部下から上がってきた報告書を一読し、ティーネは思わず絶句した。

 これは珍しいことだ。普段であれば、彼女は親兄弟が唐突に死んだとしても冷静に対処することができる。それは十分予想の範囲であり、そのための対処を彼女は決して怠らないためである。

 前族長であった父の亡き後、他の兄弟姉妹を差し置いて幼い彼女が族長に選ばれ何の文句も出なかったのは、その身に溢れる力以外にそういった点が評価されてのことである。

 しかしなまじ優れているだけに計算外のことには、殊の外弱い。計算はできても、経験は圧倒的に足りていないのだ。

 

 そんな彼女の珍しい所作に、愉悦の視線を向ける者がいた。

 燃え立つ黄金の髪に紅玉の如き双眸。彼女をマスターとするサーヴァント、アーチャー、英雄王ギルガメッシュである。

 

 笑い声こそ上げぬものの、アーチャーの口は喜悦に歪んでいた。期待せぬ晩餐の余興で愉しみでも見つけたようである。

 

「少しは幼童らしい態度をとれるではないか」

「……失礼を致しました」

 

 顔を赤らめることすらなく、彼女はまた元の彼女へと戻っていく。

 

 ティーネは部族再興のために幼少時から指導者たらんと英才教育を受けている。

 それは彼女以外の族長候補も同じではあったが、特にティーネはその才覚が目覚ましかった。目的のため親兄弟、そして自らも歯車の一つとして使い潰される覚悟を彼女は最初から持ち合わせていたのである。

 天性の才覚と英才教育は彼女を機械の如く成長させたが、完成には至っていない。自らが自由に出せるほど残ってはないが、捨てきれていない感情はひょんなところで出てくるのである。

 

「よい。……しかし、面白そうな話をしたな。申せ」

 

 アーチャーは部屋の中央に置かれたソファーに寝そべりながらこの地の酒を味わっていた。アーチャーのために用意させたスノーフィールドで最高級のものであるが、英雄王の前では安酒も同然――ともなれば、王が肴を求めるのも道理である。

 探し求める肴に全滅の二文字はいかにも丁度良い。ティーネが多少なりとも動揺してみせた案件であれば尚更であろう。

 

 ティーネはしばし話すかどうか迷ったが、アーチャーの機嫌を損ねるとそれはそれで困る。適当に誤魔化すことも考えたが、後々のことを考えるとそれも良い選択肢とは呼べなかった。

 

「……先ほど、私の指示で街中に配置してあった戦士達が全滅いたしました」

「ほう。そんなものがいたか」

 

 言葉を選ぶティーネにアーチャーは戦士達を労うこともなかった。臣下が王に尽くすのは当然である。その点については、実はティーネも同意見である。

 直接指揮しているティーネにとっても彼らは都合の良い駒ではあるが、同時に使いづらい駒でもあった。血気盛んで無鉄砲な彼等は暴走する可能性の非常に高い急進派であり、族長直轄部隊という肩書きによって仕方なく抑えていたに過ぎない。

 

 そんな彼等にティーネが与えていた任務は、他のサーヴァント陣営及び潜伏中の魔術師達について、スノーフィールド市街で情報収集を行うこと。

 スノーフィールド内での情報網は確立しているが、いかんせんそれは非武装地帯に限っての話。そのため彼らの主な任務先は銃弾が飛び交い、魔術が牙を剥く危険地帯への潜入調査にある。

 彼等を使うには――使い潰すには、ぴったりの場所である。

 

 そうして、街中で暴れるサーヴァント、そしてそれを狙う魔術師や他のサーヴァント勢の情報を掴もうと彼等は戦場に乗り込んでいき――

 

 予定通り、全滅となった。

 

「同時に、街中に潜伏していた他勢力の魔術師共も多くの犠牲が出たとの報が届いております。敗残兵が協力しまとまる様子もなく、現在残存戦力の掃討を実施しておりますが、程なく終了する見込みです。

 これにより事実上サーヴァントを擁する陣営だけが残ったことになります」

 

 投入していた戦士を失ったとはいえ、他にもまだ優秀な戦士はいるし、情報網への損害も皆無である。むしろ余計な情報源が淘汰されてやりやすくなったともいえよう。これで更に原住民の有利が決定的になったことになる。

 

「我が手を下す必要がなくなったのは結構なことだ。どこの暇人かは知らぬが、褒めてやるのも吝かではない」

 

 この偽りの聖杯戦争において、英雄王が最も嫌ったのが街中に蔓延る魔術師達の存在である。

 対魔スキルを持つサーヴァントに並の魔術師が相手になる筈もないが、高位の魔術師においてはその限りではない。

 サーヴァント相手にマスターを守るだけならまだしも、有象無象の魔術師をいちいち蹴散らすのはただひたすら面倒なだけだ。

 単独行動スキルを持つとはいえ、マスターを失うのもアーチャーとしても面白くない。かといって狙われるマスターを守るのも彼の主義ではない。

 

 もしここに事の発端である武蔵が現れたのなら、案外本当にこの英雄王は褒めていたのかも知れない。

 

「…………」

 

 それっきり押し黙るティーネを横に、アーチャーは酒を口内で転がしてみる。

 ただの安酒と最初は馬鹿にしていたが、こうしてみると中々に趣のある味である。古今東西酒を注がせるのは美女と相場と決まっているが、肴にするにはティーネのような者が丁度いい。

 

 酒にはそれぞれ相応しい飲み方というものがある。

 アーチャーが手にしている酒は濁っている。中に異物が混入されていたとしても、これでは気づくまい。だが、例え見た目には分からずとも口に含んでしまえば味を誤魔化すことなどできはしない。

 

 ふと、アーチャーは惜しいと思う。ティーネが成人していれば閨で彼女を辱めるのも一興だっただろう。

 泣き叫ぶ姿を見たくないといったら嘘になる。

 

「賢しい真似はよせ。それだけではなかろう……?」

 

 核心を突かれ、ティーネは己の血が逆流するのを感じ取った。黙っていたのが不味かったのか、臣下が王の顔色を窺うように、王が臣下の顔色を読むのも当然だ。

 

「臣下の奸計は巧妙になればなるほど、その様を我に愉しませてくれる。お前のような小娘如きが我を謀ろうとするのも見物だが、興を削ぐ真似を許すほど我は寛容ではないぞ……?」

 

 それは騙すならもっと上手く騙せというアーチャーなりのダメ出しであったが、ティーネからすると下手な言いわけをするなら首を刎ねるという意味合いにもとれた。死ぬことに対する恐怖はないが、死ぬことで目的が達成できぬ未練はある。

 

「……申し訳ございません。王の耳に入れるまでもないと判断致しました」

「言い訳などどうでもよい。事実なども捨て置け。お前は、何を思って言葉を隠さんと企んだ?」

 

 アーチャーの興味は、情報よりもティーネにあった。

 かつてのアーチャーのマスター、遠坂時臣はアーチャーの無聊を慰めるような男ではなかった。それは彼が生まれながらの魔術師であり、王たるギルガメッシュの興味の外に心血を注いでいたからに他ならない。

 自らの目的に邁進していく点ではティーネも同じではあるが、理知的に目的に突き進む魔術師として完成された時臣と違い、ティーネには幼さ故に時臣にはない迷い悩む余地がある。

 

 (メッキ)の仮面を剥がし落とす様も見物であろう。

 若さ故の苦悩は凡作の歌劇に秀でるものだ。

 

 特に、身近で観察するには都合がいい。

 

「では、事の経緯を説明させていただきます」

 

 そんなアーチャーの考えを知ってか知らずか、ティーネは一礼し事の経緯を説明し始める。

 

 実を言えば、ティーネ達スノーフィールドの原住民は二十八人の怪物(クラン・カラティン)よりも先にスノーフィールドに入った東洋人の姿を捉えていた。

 だが発見した者が非戦闘員だったために接触せず指示を待っていたことで、二十八人の怪物(クラン・カラティン)に先を譲る形となっていた。そのおかげもあって、サーヴァント召喚後についてはほぼ万全の装備で情報収集に挑むことができていた。

 肝心の武蔵本人に接触することそのものは適わなかったが、武蔵に襲われ撤退中の魔術師チームを捕縛することによって情報を得ることに成功している。捕縛の際に負傷者が出たものの、誰一人欠けることなく任務を達成できたので上首尾といえよう。

 

 問題は、この後に起こる。

 

 そうして戦場で得た情報を受け取った伝令役によると、彼らは周囲の魔術師達の情報を集めてから撤収すると言っていたらしい。欲が出たのかどうかは分からないが、それだけその戦場での情報収集が魅力的であったことは確かだ。族長直轄という立場も相まって、伝令役もおいそれと口を出す真似はしなかった。

 

 そして――彼らが戻ることはなかった。

 

 遺体は見つかっていない。だが約束された時間になっても帰っておらず、その足取りもようとして掴めない。

 単純に脱走した可能性もあるが、彼らにそのような兆候はなく、金も家族もそのままに残っていた。彼らの属す急進派にも探りを入れてみたが、匿っている様子もない。

 状況証拠から、彼らが誰かに消されたことは明らかだ。

 

 念のためにと他の魔術師グループも調査してみれば、ほとんどがその行方を追うことができない。同時刻に警察が麻薬グループとの交戦をしたという情報も入っているが、その麻薬グループが魔術師だったとしても、ティーネ達が把握している人数とではかなりの差がある。

 

「何故失踪と全滅を結びつける?」

「他の魔術師に対しては推測でしか話せませんが、我らスノーフィールドの民であれば、この地にいる限りその生死を追うことができます。昨夜確認された人数と、先ほど確認した人数。その差は失踪した戦士達の数と一致しております」

 

 強力な結界内であれば例え生きていても捕捉することはできないが、そこに期待するわけにはいくまい。彼らが生きてる可能性は限りなく低く、聖杯戦争の最中にあっておいそれと大規模捜査できるわけもない。

 

「これは別件ではありますが、スノーフィールド市内だけでなく東部湖沼地帯の別荘に居を構えていた魔術師、ジェスター・カルトゥーレもその弟子もろともに失踪していたことが確認されています」

「何者だ?」

「確認はとれていませんが、マスターの疑いのある強力な魔術師です。しかし手練れのジェスターはともかく弟子まで姿が追えないとなると、何者かによって消されたと考えるのが妥当です」

 

 ジェスターの行方を探すに当たって、ティーネは場合によっては別荘に直接乗り込んででもジェスターと弟子の姿を確認するよう指示していた。魔術師の工房に乗り込むなど本来ならば愚挙ともいえたが、それに見合った対価を得ることができた。

 

 無茶を承知で別荘の中を確認してみたところ、人のいる気配がまるでない。更に中へと踏み込んでみれば、そこは儀式にでも使ったのか白骨化した死体が十体ほどあっただけ。しかし現場の形跡からここを立ち去ったのはせいぜい一人か二人。金銭や装備の類もなくなってる様子がなく、バイクや自動車といった移動手段についても鍵ごとそっくりそのまま残されていたという。

 

 ジェスターについてはアサシンが全ての元凶であるのだが、そんなことをティーネが知る由もない。

 弟子の死体をジェスターが骨だけ残して綺麗に始末してしまったことで、ティーネは一連の失踪と関連づけてしまっていた。血の一滴でも残っていれば話は別だったのだろうが、まさか白骨化した死体が当の弟子だったとは考慮の外だ。それをティーネの落ち度とするのは酷だろう。

 

 スノーフィールドに入っている魔術師の中で五指に入る使い手と目されていただけに、彼の失踪はティーネを次の結論へと持って行く。

 

「サーヴァントの中に、王を殺せる者がおります」

 

 


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