Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.07-13 ロバの竪琴聴き

 

 

 ミダス王が持つ第二の呪いロバの竪琴聴き(オノスリューリラ)は、オリュンポス十二神の一柱アポロンによって耳がロバとなってしまう呪いである。

 ある時、そんなミダス王の秘密を知ってしまった理髪師は口止めされた苦しさのため地面に穴を掘り叫んでしまう。その後穴を掘った場所に群生した葦がその秘密を暴露する、という逸話である。

 

 つまりこの呪いは『秘密の暴露』という性質を帯びている。

 

 聖杯戦争においてこの呪いは致命的である。

 戦争において情報の秘匿は最優先事項だ。普通の戦争でそうなのだから、聖杯戦争では尚のこと。ロバの竪琴聴き(オノスリューリラ)によって、この“偽りの聖杯戦争”に関する秘匿情報は全て世に流れることだろう。

 各陣営サーヴァントの正体、宝具、能力、パラメーターは勿論、作戦内容や秘匿事項、ありとあらゆる秘密は外部へと漏れ出てしまう。その歯止めは情報源たるミダス王自身にだってできやしない。

 

 一説には理髪師は涸れ井戸に叫んでしまったため町中の井戸からその秘密が漏れた、という記述もある。これを現代に置き換えてみると、どうなるか。

 

「クハ、クハハハ、クハハハハハハッ!」

 

 ジェスターは嗤いながら狂風の如き素早さをもってその施設を踏破していく。

 バーサーカーから奪った携帯端末には先ほどから凄まじい勢いで秘密の暴露が続いている。その中からこの施設の防壁解除パスコードを探しだし、手早く入力。ただの力任せで開かなかった隔壁を、かくも容易く突破してみせる。

 

 そう、全てはジェスターの目論見通り。

 聖杯戦争に限らず、幾多の生存戦略においてもっとも有効な方法は『群れる』ことだ。それは家族であり、村であり、國であり、社会であり、そして文明でもある。人類が生態ピラミッドの頂点に立っていられるの理由の一端は、少なくともそういうところにあるだろう。

 だからこそ、そこを突いた。

 

 ジェスターはこの聖杯戦争における主立った組織は四つあると睨んでいる。

 一つは二十八人の怪物(クラン・カラティン)とその背後にいる聖杯戦争を仕組んだ組織。

 一つはスノーフィールド原住民。

 一つはバーサーカー達のサーヴァント同盟。

 そして最後に東洋人を送り出した何者か。

 最後に限っていえば未だに不明な点が多いが、少なくともこれで他の三勢力の情報は流出したことになる。特に、この聖杯戦争を仕組んだ組織の情報はこれ以上になく貴重である。

 

「クハ、クハハハ、クハハハハハハッ!」

 

 嗤いがどうにも止まりそうになかった。

 スノーフィールドは周囲から隔絶された場所にあるにも関わらず、かなり大きな街だ。そのため街を維持するためのガスや水道は近場で何とかなったが、電力だけは自前で賄うことができずラスベガスからの供給に頼っている。

 その送電線をこのタイミングで遮断してしまえばどうなるか。混乱に拍車がかかるのは間違いない。

 

 非常用電源にはすぐに切り替わるが、対応は想定よりかなり遅い。それにこの基地には電力を馬鹿喰いする設備が数カ所あるようだ。おかげで自家発電に切り替わっても施設の警備網は後手に回っていた――後手に回らざるを得ない状況にまで陥っていた。

 

 この隙を、ジェスターは最大限に利用する。

 

 そのためにわざわざスノーフィールドを離れて砂漠の単独横断を行ったのだ。途中何者かに射殺されるアクシデントで時間を想定以上に浪費してしまったが、それに見合うだけの成果は得られている。

 

 周囲には二十八人の怪物(クラン・カラティン)と思われる武装した兵士が意識を手放した状態で横に転がっていた。

 別にジェスターが何かしたわけではない。これは強力な宝具による強制睡眠によるもの。使用された宝具は笛吹き男(ハーメルン)と呼ばれるレベル2の規制対象宝具、と漏れ出た情報に記載があった。

 これでこのスノーフィールド一帯にいる八〇万人を一斉に眠らせたようである。本来なら奥の手の一つだったであろうに、署長不在の二十八人の怪物(クラン・カラティン)では悪手と分かっていても使わざるを得なかったのだろう。

 おかげで鉄壁の守りである筈のこの基地が全てフリーパスで通れてしまう。

 

 スノーフィールド中央十四番地に存在する巨大地下施設。

 元々地下にあった大空洞を利用したシェルター構想から、この施設は核の直撃にも耐えられるよう設計されている。有事の際にはお題目通りに機能させることだろうが、この様子を見る限り、この施設の在り方は全くの逆であろう。

 中のモノを外から守るのではなく、中のモノを外へと出さぬ監獄施設。

 そしてここのの一番奥に封印されているものは間違いなく“偽りの聖杯”そのもの。

 

「クハハハ――おっと、さすがにこれだけ時間が経てば対処もするか」

 

 想定よりも早い対応にジェスターは更新の止まった端末を確認した。恐らくメインシステムを停止させたのだろう。これで流出は防げたのだろうが、すでに必要な情報は手に入れてしまっている。

 

 このロバの竪琴聴き(オノスリューリラ)にも事前と事後において対処方法はある。

 事後の対処方法は大きくわけて二つ。情報の発信源をどうにかするか、情報の受信者をどうにかするか、である。情報口としてネットワークをダウンさせ、市民をすべて眠らせてしまえば、いかに強力な呪いであろうとその脅威は限定的にしか発動できない。

 そして事前の対処方法とは、そもそも暴露されるような秘密を口にしないというもの。秘密を秘密でなくすのはいつだって秘密保有者の迂闊さだ。一瞬たりとて気を抜くことなく、墓場まで秘する覚悟だけが、この呪いから逃れる方法なのである。ジェスターが仲間を欲しながらも、単独行動をし続けた理由がそこにあった。

 

「肝心の“偽りの聖杯”そのものの肝心な情報はほとんどない……ようであるな」

 

 ジェスターもロバの竪琴聴き(オノスリューリラ)の効果を一〇〇パーセント推察できていたわけではない。どうやらこの呪いは効果範囲があるようである。恐らくはスノーフィールド内で暴露された秘密のみが対象となっている。

 

 偽りの聖杯もこうした理由によってその内情が暴露されないのだろう。つまり、内情を知っている筈の“上”とやらはこの地にはいない、ということになる。これは事前に市内にいる“上”の人間を襲って確認を取ってみたので最初から期待していなかったが、ここまで徹底しているとはある意味予想外である。

 

 それでも駄目元で情報を探せば、少しはある。

『偽りの聖杯。クラス・ビースト。奪われし神。終末の英雄。番外のサーヴァント。設定資料処分済。封印処理済。十番目の化身。崇められる者。奪還対象物』

 

「……これはどう判断していいのかわかぬなぁ」

 

 何しろ漏れ出る情報は形式の決まった資料などではない。単語の羅列など珍しくなく、情報を引き出すにも一苦労。そんな中で見つけたこれらの言葉は中二心をくすぐられるような珍しくない内容である。特に、途中にある「設定資料」というのがなんとも胡散臭い。ババ抜きをやってるのかジジ抜きをやっているのか分からなくなってくる。

 しかし、これ以上漏れ出た情報をあてにするのも難しいということだけは、よく分かった。

 

 予想以上に計画が上手くいったために、ジェスターの行動には幾分の余裕ができていた。

 タイミングのいいことに今現在二十八人の怪物(クラン・カラティン)の実働部隊はろくに動けぬ状態で、二十八人の怪物(クラン・カラティン)の指揮官もその失敗から更迭となり混乱に拍車をかけている。

 アーチャーに今動ける余裕はない。

 ランサーは二十八人の怪物(クラン・カラティン)が封印中。

 バーサーカーは動けぬようにしておいた。

 アサシンは東洋人と二人で街から遠ざかり不在。

 キャスターはジェスターの予想だと令呪によって眠らされている頃合い。

 未だ正体を掴めぬライダーも、ランサーとの戦いで消滅もしくは大幅に弱体化したかのような記述があちこちで見受けられている。こちらに手を出す余裕はないだろう。

 そして、この施設の場所を事前に知る者は少なく、仮に知っていたとしても近道がない以上、追いつくのにも時間がかかる。

 

 つまり、今この場で邪魔者が入る可能性は限りなくゼロに近いと判断していた。

 少なくとも、ジェスターを相手取れるほどの魔術師はもうスノーフィールドにはいない。死徒であるジェスターであれば、それこそ代行者クラスでもなければ相手にすらならないだろう。

 

 この場に来る可能性のある面々を、ジェスターはひとつひとつ潰していく。バーサーカーと同じ愚は犯さない。念には念を入れ、入り口には即興で結界を張っておいた。足止めなどは期待できないが、それでも感知するぐらいならできる。

 

「さて、そろそろ予習は終了して本番と行こうではないか」

 

 第十三隔壁を前に12桁のパスコードを入力していく。情報さえあれば掌紋、網膜を偽ることは容易い。機械相手に騙しても張り合いはないが、この厳重さからもこの中が一体どういった扱いをされているのかよく分かる。

 馬鹿でかい扉上部に設置されたセントリーガンをはじめとする自動警戒システムは、沈黙を守り続けている。主電源のみならず副電源にもジェスターは細工しておいたし、予備電源となりうる雷神の名を冠した宝具も念入りに処分しておいた。おかげで施設の電源は今や完全に落ち、非常電源が最低限の明かりを照らすのみ。

 

 そのためやるべきことはあと一つだけ。

 この分厚い扉を自力で開けるだけである。

 厚さは優に五〇センチ以上。重量は軽く数十トン。開閉用のモーターが動かなければその重量をもって侵入者を阻む絶対の壁となる。とても人の手で開けることなど不可能だが、あいにくとジェスターは人間ではなく死徒であり、それも一線級の魔術師である。

 

「ふんっ!」

 

 気合を入れる呼気をひとつ。地を抉るような踏み付けと血管を引き裂くような筋肉の盛り上がり。魔力が肉体を駆け巡り肉体の強化と断裂した筋繊維を即座に修復する。

 できることならこんな優雅さとは程遠い力任せなどしたくはなかったが、これが独り身の辛いところか。

 とはいえ、別に肉体労働を厭っているわけではない。ジェスターが厭ったのは別のこと。可能性をいくら潰そうとも皆無にはできないのだ。

 地に足を付け肉体を酷使し魔力を湯水のように用い集中力を要する。

 すなわち、今この瞬間こそが、無防備となるジェスターを討つ最大のチャンスなのである。

 

「――っ!」

 

 何とか子供一人が通れるくらいの幅ができたところで、ジェスターは振り返ることもせずに真横に大きく跳んでみせた。そのまま二転三転移動し、天井まで一〇メートルはある高さを一息で跳び上がる。手に吸盤を付けたかのように、そのまま壁に張り付いて地面に落ちることはない。

 これらの挙動を一瞬のうちにやってのけたジェスターではあるが、その全身は黒く焼け焦げ、盾に使った右腕は代償として炭化し崩れ落ちた。

 荒い呼吸のままにジェスターは全神経を集中させ現状を見極める。

 周辺への警戒は怠っていなかっただけに、対処が遅れるほど高速の攻撃が来るなど、

 

「これは――予想外」

 

 ジェスターの呟きに応えるように、眼前に避け様もない次撃が迫っていた。

 

 


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